湘南オンラインフレネ日誌

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引きこもり経験者と故祖母の介護/減算原理という感覚

2009-10-28 10:48:54 | 引きこもり
昨日は久しぶりに、父がショートステイ2拍3日に出かけて行った。母は知人の葬儀の関係で集まった旧知の友人たちからの電話応答と、父の寝具や衣類の洗濯に余念が無かった。私は父の使う常備薬の不足分を、片道1時間弱かけて届けるという交通費の方がかかってしまうような、割り切れない役割を済ませながらも、いわゆる急変の不安定感が収まった、表現しにくいが、せわしなくとも時間が自分のところに戻ったような気分を味わっていた。

ホーム職員の◇さんは、元引きこもりの経験者である。祖母のお世話になったころの話なので、もう10年来のベテラン。薬を経営者の++さんに手渡ししたあと、車椅子の片付けをしている◇さんをつかまえて少し話をした。

「わーく」の取材話だった。呆気なく断られてしまったが、採用されたときは嬉しかった話を少し聞かせてくれた。前に聞いた話とあわせると、介護職は学校担任の先生のリードがあったようだ。仕事を始めて、はまったというタイプ。いつも父の介護をしてくれている。

訪問介護の藤沢営業所にいた〇さんは、退職して専業主婦して、鎌倉の紀伊国屋で買物をすると、出会うことがある。学生時代鬱の闇をくぐった方である。この方も、パート職時代、祖母のお世話になった。娘さんを抱いて買物をしている立ち話に、祖母介護時代の懐かしいフレーズが混じる。

しかし考えてみると、わかっているだけでふたりの不登校引きこもりの方のお世話になっている。十数年前と比べると、介護の世界もだいぶ四角四面というか効率優先の時間に流れが変わっているが、当時は若干の茶飲み時間というか、立ち話時間がとれた。この二人の方と話す機会が取れたから、プライベートな話も伺うことができたのだ。

しかし、引きこもりの方への支援も、今と比べようも無いが、選択肢が少ない分、自分で探したり、数少ない選択肢に自分を賭けたりする場面が多かったのではないかと推測する。その影には、数多くの失敗などが隠れているが、私の祖母をめぐってさえ、ふたりの方に出会う。それは私からは成功例と思うが、就労は転機なのだと改めて思うし、彼らの眼差しがあってこそ、祖母は安定した生活(余生とは言わない)を送ることができたのだと思う。

ホームから湘南台駅に出て、相模大野の巡回2件。片方は同僚の担当する中学生。明るい子なのだが雑踏に出ることが出来ない。私は訪問2回目なので、先方も覚えていてくれた。もう1件は%君。親御さんと話したものの本人と会うことができなかった。

同じバス路線上なので、予想外に早く仕事が終わったので、藤沢に戻り辻堂図書館で書籍の入れ替えをすませることが出来た。横浜から寿町に出て「Nくん」がBig Isuue を仕入れつつ生活支援を受けているNPO法人「さなぎ達」の半分閉まったシャッターをくぐった。閉店まぎわ、セーフ。

「Nくん」は今、「はまかぜ」にいる。就労を前提にした生活支援の横浜市の公共施設である。心身の体調悪化や、アディクションのために就労が困難な中高年の方が入っている。N君はなかでも若手に属する。

はまかぜには、まだ帰っていなかったので「さなぎ達」のSさん、Tさんと情報交換することが出来た。11/16の懇談会への参加要請や、Tさんから頼まれたBig Issue のバックナンバーを仕入れて、2枚続きのままの懇談会チラシを渡してきた、お恥かしい次第。コピー後、切り離しを忘れていたのだ。

寿町から川崎のLD懇話会の講演に参加しようと携帯を覘いたら、同僚から、電話が通じないのでとメールが入っていた。%君の親御さんと至急連絡を取るようにとのメール。受信後1時間経っていた。

%君の家族の方が応答。至急相模大野に戻ることに。横浜と相模大野はつながりが悪い。%君宅で仕事。

藤沢で遅い夕食を済ませ、辻堂に戻った。バスも丁度セーフ。図書館にもどったときスーパーで駆け足の買物を済ませて買物袋をコインロッカーに入れておいたものを取り出すゆとりもあった。

LD懇話会の「フィンランド・メソッド」の発達障碍の観点から再検討する講演(牟田悦子成蹊大教授他)は参加できなかったが、今の私には予備情報に当たるのでやむをえないと納得させている。

母は茅ヶ崎側から、船橋は遠いと愚痴りつつ、私より少し先に帰ってきていた。

家に戻ると猛烈な睡魔に襲われ、地元からの依頼があった方との出会い調整電話を済ませて、そのまま着替えもせずに私は眠りこけていた。従来なら、茶の間でちょっとしたお茶の時間を持つのだが、そのまま眠ってしまった。やがて午前3時になるころ、夜間傾聴の待機を忘れていたと照明がついたままの厨房に出て行って驚いた。母が居室の机にむかって、まだ手元のレシートを整理していたのだった。

私が寝込んだら、この家はどうなるのだろうと、私が眠ってしまった孤立感をかみしめていたのだった。だまってお茶を出した。大丈夫だから早くお休みという以外、何もいえなかった。私も60になる。この家は減算原理で動いている。だから、その歩みは踏みしめていかなくてはならない。そう思いつつも、嵐の合間の時間の価値に驚いている。

夜間傾聴:******君(仮名)


(校正1回目済み)

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