湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

3/30 年度末決算、一家中病院受診となって…私事ですみません

2018-03-31 04:56:46 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/30 記
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母を病院の整形外科に連れていく。歩行にややもつれあり。状況を説明すると、お薬手帳から、癌鎮痛・慢性疼痛に処方されるオピオイド系鎮痛剤「トラムセット」の副作用と予測され、直ちに服薬中止となった。医者のしっかりとした経過観察下で使う薬と注意された。この件は、母の頸部の長期疼痛が、様々な鎮痛剤で効果が出ず、そのため試験的に処方されたものだった。副作用の説明も受けていたが、母だけで受診したので、意味が通じなかったという真相も浮かび上がってきた。医師への完全依存は危険、納得の上で飲まないといけない。どうせ説明されてもわからないという判断が重篤な副作用を引き寄せてしまう。

この「医師依存・説明聴き流し」は、急性期の避難所の治療薬確認でも大きな壁になる。医師・看護師の質問に「肝臓の薬」とか「痛み止め」というような記憶しかなく、その場の観察診断で標準的な処方しかなく、配給されたグレープフルーツの食べ合わせで低血圧を起こしたりもする。隣の家族からもらった「元気の出るサプリ」の中に、アレルギーのある方がアナフィラキシー・ショックを起こしたりする。とくに「はちみつ」・「そば」などは警戒しなくてはならない。医師・看護師のいない集団生活の中に潜む危険は,死へと直結している。

高齢者の場合、特に「医師依存・説明聴き流し」の傾向が強いため、診断時の同席は欠かせない。今回は治療経過の薬品選択の失敗があったのだが、「セカンド・オピニオン」として、主治医の出身病院と連携治療をしていたことで、カルテがあったことが、幸いした。診療報酬の得点計算の関係か、ひとつの疾病に対して、複数の医師にかかることはできないが、治療機器や入院・手術の必要などの町医者と病院の役割分担(分業)は認められている。

しかし、激しい副作用の実例をこんな形で体験しようとは思わなかった。だからこそ、私の提唱している「お薬手帳QRコード版」は、発災時胖用、自己表現できなくなっている者の身を守る。生存確認などを行えるのだが、マイナンバー・カードが邪魔をしていた。

私のラップ巻きの左足は、一部がII部熱傷の水泡が出たものの、大半はI部熱傷で事が済んだ。

結局、今日は受診で一日が終わってしまった。気だけが焦ってどうしようもない。放送大学の「危機の心理学」(第14回)には「高校生の周辺参加の必要性が語られているが、一歩踏み込んだ「御用
聞き支援」による専門職周辺協力を紡ぐ案とともに、

1)「地元ティーンズ防災絆作り研修(若手キーパーソン作り」
2)「御用聞き支援と質問紙様式作り」
3)「汎用お薬手帳QRコード版」

この3点は、実現へと進めたい。そのためにも1)は、不可欠な環境づくりであるのだが。母の見守りの隙間をどうするか。障子の向こうの庭が明るい。時間切れである。

夜間傾聴:ふたり(ひとりは、強制不妊手術を断罪した。
でもねえ、それは政府・行政に言わないと…。)

(校正2回目済み)

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3/29 懇話会の来客整備(人集め)始める

2018-03-30 05:55:47 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/29 記
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FBで40年ぶりに再会した##さんたちから従軍慰安婦のドキュメントの自主上映会の誘いのメールが来ていた。覗きに行くと応答しつつ、政治活動の誘いには乗らない。私の矜持なのだが理由は、いずれ。

都の防災士の**さんに、東京の身体障碍関連の団体の役員の方を方を紹介してもらった。ここから神奈川の身体障碍の石頭ではない方を紹介してくれと役員の方を困らせた。打診して下さるとの応答を得た。懇話会の「医療ケアを必要とする方の被災」をテーマとした懇談を実現したいからだ。目的の了解を取った。

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朝、生協の配達があった。5時間弱の睡眠が中断されるため、応対は母の役割となっているのだが、今日は起きてこない。しぶしぶ食材を受け取って母の居室に行ってみると、母がベッド下に座り込んでいた。聴くと、生協が来たのでベッドから立ち上がろうとしたら、足が全く動かない。慌てて座り込んだのだという。母には脊柱管狭窄症がある。胃がないために、真上を向いて眠ることが多いのだが、その姿勢は腰周辺の脊柱を圧迫してしまうと主治医から、姿勢を変える工夫をするようにと注意されていた。神経を圧迫していたのだと予測された。

喘息のような呼吸器疾患がある方が痰から気道を守るために、布団を抱え込んで座位で休むことがあるが、その姿勢が脊柱管狭窄症にも有効なので、布団をセットして母をベッド上にあげて、休ませた。

おかげで睡眠は断たれ、4時間弱のまま朝食兼昼食を作った。ところがガスレンジ面は黒で、片手鍋の柄が黒と同系色の上、片目でものを見ているので遠近感が弱く、手を鍋の柄にひっかけて、沸騰している蕎麦を、私は逃げ遅れた左足に浴びて火傷をしてしまった。寝ぼけているのである。

母はパニックを起こして泣き出し、私は自分の左足を洗面所の「ため置き」水で冷やして、少量の市販ステロイド軟膏を塗って包帯を巻いた。夜には包帯をはずすことができるほど軽症で済んだのだが、赤みが残っている。おそらく、皮膚がはがれずに済むだろう。

母はしばらくして、食事を食べたくないと言い出した。昨日の外出の影響があるだろうと、無理強いせずに、ベッドに戻した。

結局一日中、母は眠っており、橋本の訪問を済ませておいて正解だったのだ。足止めされたが、歯医者の予約が入っていたので、急ぎ定刻にクリニックに飛び込み、まっすぐ帰宅した。

夕方、庭の草むしり、洗濯。一息つくと猛烈な睡魔に襲われた。仮眠を1時間半とった。母は夕食も食べないという。バイタルチェックしたが正常値。ただ頸部の痛み止めの副作用の便秘がある。鎮痛剤の副作用、これかなと予測をたててみた。

夜間傾聴と併行して作業をしていた午前3時、母の居室で大きな音がした。行ってみると、母がベッド下でうつ伏せになっていた。トイレに行こうと立ち上がったが、また足が動かず、部屋のキャスター付きの椅子につかまったら、椅子が動いてこけたという。手を添えて母をトイレ往復サポート。明日、行きつけの整形外科に行くことになった。

親子揃って情けない。母は水分・電解質を切らしてならないので、冷ました塩を隠し味に入れた重湯を飲ませた。木曜日夜明け前、夜間診療所に連れて行くか悩んだが、一晩待つことにした。

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夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

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3/28 首都直下型地震関連の自治体の災害弱者対策の遅れは

2018-03-29 05:14:55 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/28 記の
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橋本に行き、今年度最後の訪問を済ませた。ついでに教室にも寄ったら、鉄ちゃんがいた。羽田空港にいた件を塾長の奥さんが、愚痴っぽく話してくれた。彼のカメラから画像を何枚か見せてもらった。いつも連結器ばかり撮っている彼は、同時に改札口に関心をもったようで、何枚か京急蒲田の改札口の開閉ガード板(彼の説明)が納まっていた。移動経路はぐるぐると回っていたらしく、JR川崎にも立ち寄っていた。本人は嬉しそうだが、母親のことを「くそばばあ」はない。いっしょに春野草天かき揚げそばを食べたが、塾長の奥さんのお手製だったが、天ぷらのまずいこと一級品であるが、内緒である。

奥さんに、車で南橋本まで送ってもらったが、いつまで遠い教室に通えるかなとつぶやいて、えらい剣幕で叱られ!た。そう、3年前に定年となってから、引きこもり青年たちとの接点はここでつながっているだけだから、ここを止めたらつながりが無くなる。太郎次郎社ひと塾時代の旧友にも声をかけているが、埼玉・茨城では通いきれない。

再び海老名で買い物をし、母と茅ケ崎合流。外食を済ませて帰宅。母の方も、単身茅ケ崎で実家を構えていた趣味仲間が福岡の息子のところに転居、もうひとりは特養に入ったとかで、お稽古仲間が歯が抜けたようになったと、ぼそぼそと語っていた。年度末は人間関係の変動の季節。年を食うと減る事ばかりで、なにやら桜の木の根っこの死体になったような気分になる。壮行会ならぬ送行会の土産の菓子を母が並べ始めたから、トイレに逃げ込んだ。

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昨日の東京駅周辺の町会主催の講演会のことを考えていた。首都直下型地震関連の企画は、大田区の講演会に引き継ぎ2つ目だったが、東京湾沿岸では、いくつかの首都直下型地震関連の企画が行われている。ところがその空気も藤沢までで、東南海地震+相模トラフ地震の関連では平塚までと、茅ケ崎がエアポケットになっている。

大田区では、発災時自宅待機推奨という大きな流れを作っており、被災者の「情報と物資配給と状態把握」の仲介者育成が立ち遅れてているという事態があり、東京駅日本橋界隈では、帰宅困難者対策という「群衆なだれ」対策をめぐる大惨事につながる課題を負っていた。しかしその双方とも、住民、

特に災害時要援護者に至る対策議論は聞こえてこなかった。しかもそれが対応が行き届かないというのではなく、今まで考えて来なかったような異様な的外れ回答を行政が行っていた。現状は厳しい状況にある。

泣いても笑っても年度替わりである。人事異動の済んだ時点で、資料配布できるように、5月の「地元ティーンズ絆防災教室」実現の実行委発足会議を提案していこうと、ちらしを作っている。日程は5月連休明けの平日夜を考えている。中心になる考え方は、発災時の若手キー・パーソン作りである。

茅ケ崎市議会で、政党機関紙の所内配布禁止が通ったというひどい話がある。まさか防災活動チラシまで影響しまい。回覧停滞が起きまいかと不安がある。

夜間傾聴:ひとり(++君、普通免許取得、おめでとう)

(校正2回目済み)

p.s.<注文書籍>
●「高齢障害者のための介護学」(2018.1刊 ISBN:9784863453531)



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3/27 日本橋5町会の講演会「帰宅困難者対策と人材育成」に参加し

2018-03-28 05:21:43 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/27 記

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東京駅・銀座を含む日本橋から京橋の町会が主催・協賛の、ちょっとがする講演会「帰宅困難者対策と人材育成」(講師:岡本正氏/日本橋三丁目西町会・防災助け合い連合体主催/日本橋二丁目通町会・八重洲一丁目防災区民組織 他・協賛)に参加した。

参加者は50名程度を想定されていたらしく、その参加者はほとんどがスーツ姿の地域にある企業の防災担当者。社会活動関係者は私だけのようだった。講師の岡本正氏は、弁護士・法学博士だ。首都直下型地震の際の帰宅困難者やタワービル被災の避難群衆の大混乱が予測される地域であり、その際の企業の安全配慮義務が問われるため、法的な観点から事例をあげつつ情報提供するということが主だったように思う。

この地域は首都被災のシンボル化される地域でもあり、緊迫感のようなものは感じられたが、群衆の質的な検討(通勤客・通行人・企業来訪者等)がなされていなかった。この帰宅困難者、出かける側から見れば外出者の被災の講演の機会は少なく、買い物や移動のために関わる災害弱者への配慮がそこに読み取れないかという関心のもとに参加していた。

東京駅周辺では、6人/㎡ 以上の密度の群衆となることが見込まれており、明石花火大会歩道橋事故(2001,死者14名)に匹敵する事態となる。職場待機や周辺企業の臨時避難所への避難が不可欠となる。ここに企業がどう対応するかという視点が話の中心となった。しかしそこには公共空間上被災とか企業連携防災という視点は見えてこなかった。

2時間の講演の延長分30分に入るに至り、急に話題が被災者個人の生活破壊と再建の法的手掛かりに転換してしまうので、たまらず講演を中断して申し訳けなかったが、帰宅困難の話題に絞ってもらえないかと、非常割り込みをしてしまった。

この群衆の中には、通学中の子どもや、ショッピング中の高齢者・障害者・乳幼児連れの母子等が含まれており、なかには傷病発症する方も出る。長期間避難所待機の際、治療薬枯渇の問題も出る。そうした方々は一般被災者とは分離して避難計画をたてていく必要もあるだろう。幸い都内の密集火災被害地域ではないが、通信手段が飽和状態の中で、家庭の側からの安否確認は、通信回線の回復に委ねていいのだろうか。高齢者の携帯電話携帯率は低い。共助の呼びかけによる携帯の発信代行を隣人に促すアナウンスや、周囲の被災情報と避難の見通し情報提供の義務など検討すべきではないのかを問う行動だった。

残念ながら、被災現場へのリアルな想像力を求めるのには無理があったようだあった。相変わらず主催者の闖入者視は痛かった。障害者=車いす利用者という発想ほど、障碍者の多様性に触れたことのない方で、AEDや止血法などの話題になってしまうこと自体、救急医療との接続の件が希薄であることを示していた。連続講座であるとのこと、是非課題を災害弱者保護の話題を入れ込んでもらいたいと願う次第だ。

Q&Aでは、私以外では高島屋防災担当者の方の発言があったのみだった。収穫は京橋プラザ区民会館前公園の見事な桜。満開の花吹雪だった。

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●「共通テ記述式正答率、1%未満も 試行調査」
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2018032601001853.html

やはりね…。記述式は論点の再構成がいる。アクティブ・ラニングも上位の子しか見えていない証拠。ましてや自閉症スペクトラムの子には重荷。

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とにかく急いで帰宅した。母は抗儀か床から出てこない。ため息。

夜間傾聴:臨時休業

(校正1回目済み)

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3/26 東京駅&銀座周辺町内会連合会主催の「帰宅困難者対策と人材育成」講演会にさんかします

2018-03-27 05:30:36 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/26 記
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母をリハに送り出し、「地元ティーンズの防災絆教室」の実行委5月出発呼びかけのメールを関係団体に送った。今だ応答なし。

明日、東京駅・銀座周辺の町内会連合会主催の「防災講演会 帰宅困難者対策と人材育成」に参加します。今回の講演会は、通勤客・一般通行人の安全帰宅が主眼になり、避難待機所の整備の話へと流れていくと考えます。私が参加するのは、発災時、外出中の災害弱者の安全がいかに確保されるか、そのケースをできるだけ拾うことに関心を置いています。

茅ケ崎などの地方都市では、職場が茅ケ崎にあり他地域に帰宅しようとする方の問題は規模が小さいが、東京方向通勤者の現状の情報仲介はより必要な情報となります。この大きな混乱の中に、高齢者・障害者等の災害弱者が飲み込まれています。発災現場周辺の避難待機所では、常用薬不足や、要透析者、心身変調など優先帰宅が必要な方をいかに安全確保し救護所に結び付けられるかが問われます。このとき、帰宅先の地方都市の医療体制が東京よりも貧弱となってしまっている場合もあり、適切な対応が求められます。

被災程度が軽度の場合、公共機関ではなく家族の迎えが必要になる
。熊本地震で明らかになったように、本震1回で済むとはかぎらない。余震もまた大きく、様子見のために家族の迎えは危険となるかもしれない。こうした災害弱者のケースをアドバイスする人間が必要になる。防災士必要になる。看護師・保健士・防災士の協働が支えとなる。

こうした諸事情を聞き取れたらと思います。

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母の居ぬ間の洗濯を済ませ、明日は家事支援者に18時までの見守りっを頼んだ。東京駅の駅弁で夕食となりそうだ。

夜間傾聴:開店休業

(校正1回目済み)
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3/25 「思いを育てる、自立を助ける」明石洋子氏講演会より

2018-03-26 06:06:42 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/25 記
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明石洋子氏の講演を聴きながら、その子育て経験への共感と同時に、私は自分の活動のスタンスとの距離を改めて感じていた。いわゆる乳幼児期の健診から、障碍を発見された子とその家族サポート、いわゆる障碍の困難を抱える子との子育て活動というメインストリームに対し、私の関わってきた子たちは、がつ学齢期の行動の違和感から、自閉症スペクトラムが発見されることから始まる高機能の子たちの社会的軋轢に介入する活動だ。親子関係も障碍認知から再編されることになる。

ところがこの高機能の子たちの支援活動には、もうひとつの危うさの壁がある。乳幼児・小学生の発達の遅れ(仮想標準との遅滞)への不安をベースとした警戒としての子育て活動が、重なってくる。これらの活動は、それ以前、受験競争の低年齢化としての親の教育過熱が、ゆとり時代を経て隠然と復活した流れと接しており、実際社会との軋轢や、心身諸症状で苦しむ者の現状改善の活動と不協和音を内在させている。

私の担当してきた青少年は、その多くは二次障害をおこしており、中には職場からいわゆる就労挫折組がいる。ここに関係している子たちは、いわゆるメインストリームの子育て活動とも、場面が限定的という意味で異なっており、一方の発達遅滞不安を基礎にした教育向上活動とも違う孤塁を守っている。その差は火急の困難を現在抱えているという点だ。発達障碍風に言えば中途発見としての発達障碍をかかえ、鬱やパニック障碍など、精神障碍との重なりもある。知的障碍重複よりも数が多い。

講演のコアな部分は、「自己有用観(自己肯定観)」の基となる進路の自己決定の大切さ、親として子の得意な部分の発見へと導く伴走の分析力の大切さだった。数年前のNHK日本紀行のドキュメント画像だった
そこには、スーツ姿で颯爽と通勤する息子さんの姿だった。それはそう、とても素晴らしい姿だったが、私が担当してきた子たちの姿ではない。そういう寂しさのような、本当に5年以上前までは、手帳を持たぬ障害者のレッテルのもと、不登校・引きこもりの子たちの病気持ちの子の扱いで疎外されてきた子たちであるがゆえの、感慨だった。

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私にとっての明石洋子氏は

●「お仕事がんばります」(ASIN:4892401765)2005年刊

だった。今回、講演の会場で紹介されていた書籍は

●「思いを育てる、自立を助ける(発達障害の子の子育て相談1)
  (ASIN:4907582064)2017/10刊

だった。当初IQ:30の子が、公立小中学校普通科を卒業し、定時制抗高校定時制高校に進学し、現業部門の公務員として働くまでを見せてもらった。拍手であり、乾いた隙間風に背筋を立てる会だった。


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地域包括支援センターの++さんが、昨日、私が帰宅するころ、我が家に来ていた。定例の巡回だったが、そこで紹介された特養に入る単身者の方の趣味の書画が朝届き、母は私のいない間、その仕分けに追われていた。私に嬉しそうにフキノトウの画を見せる笑顔は久しぶりだった。
久々のものだった。

夜間傾聴:ひとり
(校正1回目済み)

p.s. 茅ヶ崎駅ビル通路にて、陸前高田のブースが、でていた。「高田のゆめ」という地元米販売。誰が呼んだのだろう。
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3/24 再び私事ばかり、すみません

2018-03-25 05:20:14 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/24 記
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昨日に引き継いで、東京の父の墓に行く。駅を降りてから道は、やはり工事だらけだが徒歩10分なので、影響はほとんどない。父ゆえ、花も線香もなし。手を合わせてもいけない。偶像崇拝だそうだ。そのこだわり自身が宗派の歪みを感じるのだが。まあ生前の約束だから守っている。昨日の母方の墓参とは交通の利便性が雲泥の差だ。

彼岸の最終日なので、ほとんど他の家族が見えない。空いている。せっかく東京まで出てきたのだから、(小川町は鬼門として)懇話会関係の団体まわりをしたかったのだが、土曜日だから皆休日、役にしない。また母をひとりにすると、元気のデモンストレーションの危険技をやりかねないので、普段行かない八重洲ブックセンターだけチェックして帰った。

●「実践!復興まちづくり:陸前高田・長洞元気村 復興の闘いと支援 1011~2017」(ASIN:4772660968)
●「貧困問題の新地平」(ASIN:4845115328)
●「からっぽの冷蔵庫:見えない子どもの貧困」(ASIN:4866411252)

を仕込む。5万分の1地図(盛岡・一関・石巻)を久々に購入・塾の掲示物作りの部品)購入。大人向けの勉強会資料、初体験。)

さっさと用を済ませて、駅弁2つ買って帰る。

母はお茶を傍らに置き、電話に燃えていた。だいぶ長電話していた模様。危ない行動を取られるよりは安心。昨日購入しておいた「甘鱈の薄煮」を弁当に添えた。母は硬めのおかずはすべて捨ててしまう。胃切除者なので消化を警戒している。しかし、これでは栄養が取れない・加えて好き嫌いが多い。献立には苦労する。

教材屋から、主幹病欠は5月までだという連絡あり。鉄ちゃんは、羽田空港で逮捕された。ゲート撮影の不信行動が原因。しかし、それはおかしい、彼は電車しか興味がないはず。電話がその後入ってきて、彼はモノレールを撮っていたことがわかった。笑うしかない。

明日は、川崎の明石洋子さんの自閉症関連の講演が市役所会議室で開かれる。14時からなので、参加する。

夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

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3/23 私ごとですみません

2018-03-24 05:57:13 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/23 記
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母方の墓に定期掃除屋よろしく墓参する。明け方、教材屋からの緊急招集メールで駆り立てられていたから、車内仮眠で、ともあれ墓へ。とにかく自家用車がないと極端に不便な場所なのだ。これは生前、父が信奉していた宗教のごり押しで、東京の仏教の墓を無宗教の墓へと移転してしまった結果だった。墓には魂はいないから墓参は無意味と、わざと不便な場所に移されたのだ。その父は、東京の無宗教の墓に眠っている。

路線バスが40分後なので、ベンチでうとうとしていると、電話がかかってきた。間違い電話だったが、その直後、鉄ちゃん失踪の塾からの専用電話。「用事が重なっているから地元で対応してと断っているうち、ベンチの前は長い列ができてしまっていた。

とにかく今回は異様続きだった。墓苑についてさっそく始まった。目の前に、以前の予備校同輩のへたれ講師(失礼)が、この墓苑つながりとわかり、奥さんやら、息子やら、ぞろり6人と挨拶することになってしまった。理由はすぐにわかった。クリスチャンだからだ。予備校の足切り導入と同時に定年を盾にやめさせられたらしい。今は家業をついでいるとか。

さて墓に着いて第二弾。一列前の墓の背後に、動物の糞が落ちていた.野犬かと撤去方法を考えていたら、墓苑の整備員の方が来て、イノシシの糞だというのだ。いくら田舎といえど、人里のはずれである。彼岸の時期になるとあらわれて、墓前の供え物を食べにくるのだそうだ。昔、浜見平団地ができたころ、東海道線きわは水田で、ウシガエルが鳴いていて、捕獲の業者が小さな筏を浮かべていた。その頃の香川駅周辺は,狸が朝方も人目についていた。だからイノシシがいても近くの山から下りてきても不思議ではなかった。

墓苑管理事務所が看板を出していて、周辺で道路工事があちこちで行われているので、路線バスの時刻表はあてにしないでくれとの内容。離れたバス停が見えるところまで接近したとき、1時間に2本しかないバスが立て続けに2台通り過ぎて行った。幸いその後ろにタクシーがついていたので乗り込み、いつも混雑する箇所を回避する裏道を指示して入ってもらったのがいけなかった。行くも変えるもトラックに阻まれて身動きがとれなくなり、駅に着くころには5千円近い料金をとられるはめになった。裏道までの道路工事の一方通行が原因だった。

ともあれ乗り継いで東京の小川町に辿り着くころ、緊急会議は終わっていた。イタリアで虫垂炎を起こした##氏が腹膜炎をおこし、現地治療が決定。帰国後も数か月は戦力にならないことが判明した。その代打決定の打ち合わせだった。教科が違うから私は安心していたが、直属のボスが変わって、苦手な明朗青年になっていた。

嫌な予感がしたので、急ぎ家に戻ると母がいない。風呂に入った形跡がある。電話すると趣味のサークルのところに出かけていたのだ。絶対に言う事を聞かない。電話で問い詰めると家の前までタクシーを呼んで行ったから平気だという。

惣菜も昼に食べたのだろう、食い散らしてあった。つまむ量が少ないが、外に出しておけば痛んでしまう。文句ひとりでいいつつ自炊していると、母がコンビニで買ったと、弁当を買ってきた。帰りのタクシー料金も待ち料金込みで支払わされた。この弁当、いつもまずいからと,箸をつけてすぐ投げ出してしまう、いわくつきの弁当だった。

明日のために真鯛の幽庵焼きを仕込んでおいたので、なんとか食べさせることができたが、ますます毛が抜けそうだ。

撮影してきた墓と、猪の糞の話で食べさせたが、こえでも健康だからいいじゃないといわれるのかと、滅入るのだった。

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夜間傾聴:ひとり(イノシシ話で一夜が明ける。)

(校正1回目済)

p.s.しかし年度末の帳尻り合わせの道路工事、何とかならないものか。


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3/22 「もったいないジャパン」の会合に参加し/KHJシンポに参加して(下)

2018-03-23 05:16:41 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/22 記
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母に軽食を食べさせて、今日、橋本からの帰り、海老名で買い込んだ惣菜を冷蔵庫に詰め込んで、「もったいないジャパン」の会合に向かった。魚清ビルは、ともいきや誕生時代からお邪魔してきた懐かしい場所。オーナーも参加しているかなと半分期待の参加だった。(これは実現しなかったが。)

「もったいないジャパン」は、古書再利用仲介活動の「セカンド・ブック・アーチ」の発展形なのだと知った。以前、古書の利用法提案として、古い昭和の写真集を回想法に使うという提案をして、特養とつないだことがあったが、現場は人手不足で職員がじっくり取り組むゆとりがなく、ボランティアがやってくれるなら歓迎するという結末になったことがあり、欲しいところに書をつなぐと言ったとき、実際は活動を持続仲介する活動が生まれてこないと、欲しいとする側の継続利用にはなかなか結び付かないと思っていた。それはグッズ提供側の問題ではなく、受け取り側の問題なのかもしれない。しかし、その隙間が気になって仕方なかった。それが様々な物資の仲介となったとき、受け取り待ちだけではなく、有効利用先の打診の形で積極開拓するとき、それは種を蒔く活動に似ているが、隙間問題が増幅していくのではないかと気になった。

私は過剰生産物の有効利用という切り口ではなく、フードバンクに近い「生活困窮」または「子どもの貧困」と「子ども食堂」のような必要の原型が困難解結の道としてつなげたいという気持ちが主なので、今回の「もったいないジャパン」の設立経過を聴いて、支援提供のニーズではなく、受け取る側のニーズも予想以上に広がっていることを知った。

面白かったのは、**氏の語った「災害被災地の男性被災者が、孤立する傾向があるが、それを中古陶器フリマのような形でイベントを企画すると、参加するようになる」という語りだった。

彼らには、つながりのパワーがある。その可能性が、**氏の目配りの広さと社会的弱者を無視しないところに評価したいところがあるが、いわゆる困難を抱える者たちの再起につながる社会参加活動、就労支援活動と、どう結びつけられるか、接面が繰り返しクリアにならんかと、もやもやするところで、私は**氏にとっては貧乏神的なすりよりになりそうなので、見守りたいとしておく。行動パワーを萎えさせかねないからだ。

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熊本からの引きこもり家族会の話では、障碍者のセンターを運営している活動との接点はあるのかが少々きになっている。同時に、やはり地元活動の芽が事前にあり、発災を通して、活動がつながる契機を得たような説明(勘違いか?)があり、その諸活動のネットワーキングが、地域の活躍の場の提供や、企業就労以外の道を同時に生み出しているように思えた。ヨーロッパの「ソーシャル・ファーム」は、政策的にトップダウンの活動傾向が強いが、同様にボトムアップ型の活動が定着していけるのか、困難を抱える彼らの自己有用感を育んでいるのか気になっている。

ともあれ、この団体との気まぐれメール交換を実現したいとかんがえている。

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「他者の世話にならずとも、大丈夫だ」という気持ちを母は持っている。突然のめまいと、慢性食欲不振があって、認知症の徘徊者がいる家族からは「うらやましい」といわれたこともあるが、場面関係なく突然襲う「めまい」の怖さは、自己主張のような冒険単独行動とともに、見守っていかなくてはならない状態ではあるのだ。

「もったいないジャパン」に行っていた数時間の間に、母はひとりで風呂に入り、冷蔵庫に納めた惣菜で、ひとり食事を済ませていた。帰って来てからと止めていても、これがある。安心できないのだ。

約束通り、明日墓参してきてくれるねと母に念を押されて、霊園に行ってくることになった。前日のみぞれから、母は神経痛をおこしており、墓参は私一人でということになった。しかし、神経痛があるなら「ひとり風呂」の無茶は、やめて欲しいと告げたが馬耳東風なのである。悩ましい。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

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3/21 みぞれで蟄居

2018-03-22 05:50:35 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/21 記
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朝、みぞれが降った。寒い。
母の東京の主治医の方のリハ、天気が悪いので、やめさせる。
在宅作業の一日。世間は休日だが、旅行先のイタリアで虫垂炎の手術となった教材チームの上司**氏の穴埋め、一応完了。

「火曜災害ミニ・カフェ/4月分」の番組が決定した。
(会場:茅ケ崎市民活動サポートセンター)


★★「火曜災害ミニ・カフェ/4月分」★★

4/10 14:00~16:00
●「学ぼうBOSAI 被災者に学ぶ『避難生活が長引くとき』」
2018/03/05 ETV 10分)

●「ハートネットTV 東日本大震災から7年/高齢者・障害者の"個別避難計画"」
2018/03/12 ETV 24分)

●「プロフェッショナル 仕事の流儀∇どんなときもそばにいる~在宅医療医師・長 純一」(2018/03/18 NHK-G 47分)

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4/24 14:00~16:00
●「ハートネットTV 東日本大震災から7年/石巻・孤立する人たちを見捨てない~」
2018/03/06 ETV 30分)

●「NHKスペシャル『誰にも言えなかった~震災の心の傷~母と子の対話~』」
(2018/03/10 NHK-G 50分)

3.11が近いこともあって、番組が多彩。災害弱者の医療・福祉ケア関連の選択。「学ぼうBOSAI」シリーズの中で、小・中学生ら、災害の予備知識がない子たちに、災害の概説をさらりとまとめた優秀な番組。被災7年の現段の状況課題を見失っていない点が、空疎な知識から一歩踏み込んでいる。学校現場でも使える。

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「地元ティーンズの防災絆教室」準備懇談4月は、4/3・17ni
決定。

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(前回からの続き)

3/10の大田区の「首都直下型地震に備えて」講演会の熊本県の団体「おーさぁ」の赤星講平氏に、地元ティーンズの避難生活下の活躍について、電話取材させてもらえないか、問い合わせのメールを出すことにしたが、個人宛のアドレスを探している。なければ「おーさぁ」の団体宛に出す。

いわゆる「手伝い」の部分と「独自活動」の登場と、実態を問うつもり。
(続きは次回に)


夜間傾聴:ひとり(パチンコ屋屋外整備係のバイトの様子がわかる。10時出勤・14時まで/火・水・木休日)週4日、最賃交通費支給。店長が掃除の仕方を教えているとか。子に障碍があるらしい。

(校正1回目済み)


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3/20 KHJシンポに参加して(中)他

2018-03-21 06:01:05 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/20 記
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教材屋の緊急動員まだ終わらず。旅先で虫垂炎やったボスの穴埋め。そういえば故祖母が97才で虫垂炎になった。旧徳洲会病院の医師の反対を本人が反対。病院初めての最高齢手術。無事に乗り切った。祖母の盲腸標本は、記録保存すると言っていたけれど、徳洲会にあるのか、東海大にあるのか行方は知れない。寝たきりだったのに、気丈な人だった。

火曜災害ミニカフェを行う。ポスターを打ち出すのに、サポセンのPCを借りた。愕然とした。カーソルが全く見えない。大きな画面のどこを泳いでいるかわからない。Winの拡大鏡を設定しようとしたが、表示フォントが小さくて、なおかつ貸し出しPCなので、裏にはいりにくくしてある。やっとのことでコンパネに辿り着いて設定すると、読み上げ機能も同時に設定されてしまい、騒々しいこと、カフェの番組よりVolが大きく、音量をさげても、しばらく操作をしていると、また騒々しくなる。そんな格闘しているうちに、番組が終了。資料未完成のまま、疲労だけが残った。

貸し出し用なら、デスクトップに拡大鏡のアイコンをつけておいて欲しい。弱視・老眼対策が嬉しい層は、それなりにいるだろう。

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(前回の続きから)

私は引きこもり者家族会の社会参加的就労の中で、災害ボランティア的な活動に参加している実践はないかと常々気にしていた。一時期ではあるが「災害ユートピア」の場面を被災地は通るから、社会的有用性を実感する場面がある。問題は交通費が高いこと。私のように車の運転免許を視覚障碍発症により返納した者には、車が運転できないので、他者を同伴することが難しくなる。一度、陸前高田で気仙沼の地元の方と交流し成果があったが、それ以降は実現出来ていない。

TAJの席上で、車検切れの車の提供があって、私のレコードコレクションすべてと、諸蔵書を売り払って車検と修理代にあてて、陸前高田のNPO代表に提供したことがあった。彼なら空き時間に市内移動の運転手さんをしてくれるだろうと思っていたら、市議になってしまった。空き時間は無理だろう。

今回の家族会のシンポには、熊本から「おーさぁ 地域コーディネーター」の赤星講平氏が地元の災害ボランティアを行ったという報告があり、配食ボランティアもリンクしたらしい。ただ活動としては。がれき撤去や避難所支援の物資のバックヤードを支えたらしい。

私は「御用聞き訪問支援」を災害弱者を支える幹になると考えるので、的が絞られていない感じを受けた。

(時間切れ、続きは後ほど)


夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

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3/18&19 KHJシンポに参加して(引きこもり者の高齢化)(上)

2018-03-20 05:55:43 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/19 記
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教材屋のトラブル処理の応援仕事が突然飛び込みました。すみません。今回は2日分合わせて書き込みます。

一昨日の日曜日、蒲田のシンポに出かけた。

我が家に母の友人がくるのと入れ違いに、私は蒲田の大田区産業プラザの「"地域"から"ひきこもり長期高齢化"を考える」シンポジウムに向かった。今回は危うく参加できなくなるところだったが、協力者の登場で切り抜けることができた。家族の見守りは日程の不確定要素がつよすぎる。

主催者のKHJ(全国ひきこもり家族会連合会)との再会は10数年ぶりとなる。会の活動の経過は知っていたが、着実に成長してきたことを感じていた。引きこもりは、社会的要因の強い身の軋みであり、社会とのつながりを最小限に絞り込むことによって、身を激変から身を守りつつ自律再起の契機が熟するのを待つ状態のことだ。人間関係の破綻や挫折を経過するものだけでなく、無力感や喪失感の蓄積が閾値に達したものもあり、ニート(無職者)よりも「苦しみの結果」という色彩が伴う
だから学生の延長上に登場するものと同時に、就労・結婚挫折者や、疾病治癒後の社会復帰困難者も含んでいる。よって年齢幅が大きく、個々人に適した変容可能性を孕んだ生活様式作りが手探りされているが。社会の多様性許容度の硬さによって、長期化が起きている。

学生時代からの延長にある方が多数を占めているが、後期の若年層からの方もおり、いっそう「引きこもりの高齢化」が問題になっている。背景には生活資金確保継続困難や、同居両親の生命の限界が迫る中、家計の自立が火急の課題となりつつある。現在最大のピークは30代にあるが、単純に就労先を決めれば解決するというものではない。さらには、引きこもり者は未婚のまま高齢化することが見込まれるため、単身高齢者の予備軍として、社会の課題となりつつある。

一方、支援活動はもうひとつの裏の課題を認識しつつある。それは自閉症スペクトラム等の発達障碍や、鬱病や統合失調症等の精神障碍、高次脳機能障碍、軽度身体障碍が対人関係や就労継続を困難にそていることが高率で、引きこもり者の社会参加や対人関係を困難にさせている場合があり(私のお付き合いする方はこのタイプの方が多いが)、いわゆる障碍者手帳をしていない、社会保障が得にくく、いわゆる障碍者畑の年金保障や未就労ゆえの年金保障も使えない立場に置かされている。

こうした社会的支援の不安定さゆえに、引きこもり畑の支援活動は、家族当事者の自発活動によって、相互協力したり情報共有を進める「家族会の活動」が必要となる。そこに生まれたのがKHJ(全国ひきこもり家族会連合会)だ。引きこもり者のプロフィールは、前述のとおり千差万別、多様性に満ちており、狭義の生活資金確保能力に社会的要請が、障碍者・高齢者不要論に通じる生活観に至る社会的転換が望まれている。

この問いに答える鍵が「地域」であり、いわゆる「ソーシャル・ファーム」的コミュニティの拡張版の生活共同体作りが試みられている。

KHJの講演では、伊藤正俊氏(KHJ共同代表)の基調講演の後、地域の取り組みが紹介された。

●KHJ宍栗市支部 ひまわりの家家族会 代表 松本むつみ氏(兵庫)
●NPO法人 おーさぁ 地域コーディネーター 赤星講平氏(熊本)
●NPO法人 暮らしづくりネットワーク北芝 尼野千絵氏(大阪)
●社福 総社市社協 事務局次長 中井俊雄氏(岡山)

いずれも交流活動から派生した生産活動(就労継続支援B型)や、食事会や共同娯楽活動等さまざまな活動コロニーが生まれ、ネットワーキングしていくという生活共同体作りと社会参加的就労の紹介が行われていた。

私は、ふたつの目的でシンポに参加していた。ひとつは本業の教育屋からつながる「不登校・引きこもり」伴走型支援情報収集であり、もうひとつは、熊本の赤星氏らの事例紹介に含まれていた社会復活としての災害ボランティアの実例収集だった。この災害ボランティアとの関連は、後日、再度検討するが、家族会ならではの地域連携との重なり、開放された生活共同体志向が読み取れた。活動の成長の動学を探りたい。既存の社会団体の株から新規活動が生まれてくるケースが多いようだが、一個人が社会活動の芽となり、新規活動へと広がる可能性はないのか、既存の活動の中からしか新規の活動は生まれないのかという問いが私の中にある。

会場内ブースに目をやると、10年ぶりの友人丸山君(ヒューマン・スタジオ代表)がいらした。おそらく会えるだろうと予測していたとおりになった。SSWの熟練でもある。私は母の件があるので、総括報告を聴く前に退席し、丸山さんと後日の再会を伝え、帰路についた。

私は2011.3.8に炭谷茂氏の茅ケ崎講演を行い「ソーシャル・ファーム」作りに踏み出したが、数日後の3.11東日本大震災発災によって、軸足を災害弱者支援の災害ボランティアにシフトした。引きこもり青年たちの社会参加体験の基礎もここにおき、彼らとの陸前高田行・被災ペットの引き受け活動、中古自動車提供活動、鶴嶺高校ボラ塾参加を行って現在に至っている。講演会は古巣の香りとともに、手帳を持った障碍者団体の活動と重なる活動の台頭を見た。その印象が薄れないように、次回もこの続きを書いていく。(続く)

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夜間傾聴:ひとり(3/18)、ひとり(3/19)
(校正1回目済み)

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5/18 記事が間に合いません、明日、書き込みます。わ

2018-03-19 05:05:27 | 地震津波災害ボランティア
仕事が発生し、ばてています。KHJのシンポについては、明日書き込みます。すみません。


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3/17 明日、KHJ主催の「ひきこもり」関連の会合に行きます

2018-03-18 04:55:09 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/17 記
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母の明日の見守りを頼んでいた浜見平の**さんが、用事が出来たと連絡してきて困ってしまった。行き先が蒲田なので、即座に対応ができないし、時間も長くなる。携帯から電話して状態確認しても、異常対応ができない。さあどうしようと悩んだ。当人は、ひとりでも大丈夫だというが、無茶が際どい事態を起こしているからだ。

しかし運がよかった。昨日の趣味のサークルの++さんから電話が入り、明日、お焼きのおすそ分けに立寄っていいかという話がきた。母から電話を奪い、時間のゆとりがあるか尋ね、私の帰宅まで我が家で雑談していてくれることになった。アクロバットである。

明日は、KHJ主催の「"地域"から"ひきこもり長期高齢化"を考える」という私の本業関係の会合がある。私は「共生的に地域に生きる場づくり」、「自己肯定感を伴う社会参加」というテーマから「引きこもり者」の変容を見ている。就労支援や生活支援と同列に「社会参加」を考えるがゆえに、「災害ボランティア」もまたそこに位置づけられる。

大田区は、以前も書いたように、一時期この東京南部地域のフリースクール的な私塾を友人とともに運営していた。土地勘だけはあるのである。私の湘南での災害ボランティアに協力してくれそうな方が、主催者側にいらっしゃるので、接点を作りたいというのが、裏の目的だった。その方は、今回は二次会はムリだ。再会の約束をとりつければ成功というところ。

横市大の##君のダメージがまだ尾を引いている。できたら意見の相違があっても知り合いと組みたいのだ。
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書籍「日本の無国籍者」をチェック。被災地では、災害の困難や戸籍の喪失によって、DV影響下の子どもや、戸籍不明の中の就労・結婚・借金などの場面で異常事態が起きている。しかし、特に「不登校・引きこもり」や「障碍者」の条件がからむ事例は取り上げられていなかった。

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懇話会の準備。こちらは「災害弱者」というくくりの無理に困難が出ている。障碍者畑の関係者のひとたちにとって、被災ということは現在の課題の優先順の後位にある。地域というくくりの中にあっても、諸障碍は多様で困難も異なり、それに加えて防災=集団避難訓練というレッテルが邪魔をしている。以前の前川さんの懇談のとき、「発達障碍と被災」のテーマをたてたところ、ドタキャン相次ぎ、発達障碍関連の方ひとりの会になってしまった。今回の医療ケアが必要な方の被災のテーマも、関係者だけになりそうな気配なのだ。発災時、彼らは、たちどころに命の危機に直結する。そういう意味で、どうしても論じておかねばならない分野なのだが、参加者数が怪しい状態が続いている。身体障碍系の方にも働きかけているが、政党独立の反発の強い方が」話を一層困難にしている。私が学生時代、いわゆる過激派だった経歴が根拠になっている。そんな土俵で取り組んではいないが、通らない。茅ケ崎はそういう意味で、何十年も昔から不毛の地域なのだが、平塚・藤沢に挟まれて、このままでいいとは思わないが、事態は膠着している。

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夜間傾聴:開店休業

(校正1回目済み)

p.s. プライマリーケア連合学会の@@医師にメールを出した。東日本大震災のとき、幼児ケアの観点の近隣協力者の情報をいただいた。
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3/16 ボラ活動再開しかし失敗の連続、まあ一歩なりと

2018-03-17 05:33:37 | 地震津波災害ボランティア
2018/03/16 記
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やっとボランティア活動を再開することができたのだが、恥ずかしいことだらけ。とても従来通りというわけにはいかなかった。

ともあれ今日の作業は、1)ビッグイシュー配布仕上げ、2)滞留した申請書提出・企画参加費送金ここからのスタート。母を趣味の団体に送り届け、その間に用件をこなした。この間に、予約していた歯科に行く事も。ところが私は3つ目の荷物を持つと頻繁に物を置き忘れるのだ。網膜色素変性症の影響で、例えば同系色の場所に、同系色の例えば財布を置くと、もう見えなくなる。置き忘れてしまう。これを歯科の前の休憩所と市役所出張所、社協の3か所で3種類のものを置き忘れて、落とし物係のところなどをまわる始末となった。ブリーフケース・携帯・購入したパンの袋だ。自己嫌悪の極み。物陰に携帯を置けばその携帯は見えなくなる状態だ。用心することだけでは不十分。たとえばサポセンに行ったらどこの席にすわり、どの所持品はどこにおくというルーチン化とその遵守が守りとなる。ところがその意識が乱れている。痛切に感じてしまった。

それでも予定はすべて成し遂げることができた。今回書き残しておくことは、

1)東京駅周辺の被災時の帰宅困難者対策の講演企画団体に、外出時被災災害弱者の保護施策の質問を事前質問したこと。
2)TOTOを通じて、非常時用トイレの資料取得と対策論議の経過に詳しい方を紹介していただくこと。
3)埼玉の災害に特化した看護師団体に熊本地震対策に参加した講師候補の看護師さんの紹介依頼。
4)やまとオレンジPJの定例会と、もったいないジャパンの会合が重なるのでPJの方に、不参加のメールをだしたこと。

今回はビッグイシューの茅ケ崎駅周辺を配布しきったこと。ここで携帯とパンの袋を置き忘れている。社協の**さん、お手数かけました。

サポセンにロッカー使用(継続)申し込む。珍しい提出期限内。

書籍「無国籍の日本人」(ASIN:4087456927) 購入。
(仮設内DVの紹介ありとか。)

駆け足のようだったが。障害物競争のような一日が終わった。まずは綱渡り終了。

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趣味のサークルに母を迎えに行くと、母は食事を済ませたという。結局、母の分の刺身は、私の胃袋の中に。

夜間傾聴:初めての3人

(校正2回目済み)
p.s.気になる話。市職員にチラシ配布禁止?なにそれ。

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