湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

11/28 火曜災害ミニカフェ実施と看護師の災害時支援とアシスタントの件

2017-11-29 04:33:43 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/28 記
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火曜災害ニカフェを久々に実施した。部屋が先に使われていたため、10月待つから11月に変更されていた分は、母の発作対応で流れ、11月初めの分は、母の通院の勝手な変更のため、実施できなかった。祈るような気分で今回を迎えていた。被災した子の心身異変や、山陰大衆浴場被災の復旧困難の背景にある高齢化社会の影の話など。

帰りに市社協に寄って、次回のボラセン設営運営の訓練への参加希望を出してきた。若い職員さんが対応したのだが、はからずしも6年余にわたって社協に配布してきた「わーく」をはじめとした諸印刷物から、私の名前まで全く分かっていなかった。職員に回覧希望と、少なくとも月4回依頼しつづけてきたものは、握りつぶされてきたことが分かったのは、今後そういうものとして対応する参考になった。職員の入れ替わりは確かにある。たださほど多くない印象を持っていただけに、依頼時の説明などを強化する必要があると思った。先方の名誉のため名前は伏せるが、チラシ配布の許可を参加者感想交換時に配布OKとの応答をもらった。これさえも当日流されるなら、のれんに腕押しでも抗議する予定。

横市大の**君と埼玉まで訪問取材に行き、被災時の地域衛生と看護の応援団を作ることの可能性を質問してきた看護師++さんから、メールが届いた。横市大**君の宗教勧誘の件は了解したこと、訪問看護師の会合があり、「発災時の御用聞き支援」を紹介してくれたこと。首都直下型地震の際の94万仮設が必要という見通しの件は、民間アシスタントを考えねば対応しきれないことなどが書かれており、再訪問してくれれば、話し合いたいテーマもあるということと、被災時のマンション医療管理のアイデアがあるかとの話もあった。師走の忙しい中に隙間時間を作ってくれそうだ。

相模原の塾を断ったので、今年は忘年会はゼロ。母の付き添いで送迎が1つ。大晦日の横浜寿町差し入れと炊き出し支援と、これは行かないが多摩センターで会った某大の##ゼミの宴会招待話。教材屋は音頭取りがホーム入所でいなくなって会合消滅。東京の生業筋は底なし沼ゆえ辞退。教材屋筋から、イラスト協力してくれそうな学生さんと会うことで、に出る話が1件。(有料なんだろうな…)ともあれ拡大読書機がないので読書が制限されている。ふむ。

夜間傾聴:母親から、ひとり

(校正1回目済み)

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11/27 年末諸景・拡大読書機故障他

2017-11-28 05:49:32 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/27 記
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拡大読書機のコントローラーのケーブルが細く、いずれコネクタの接合部の破損故障が出ると思っていたら、やはり端子半田劣化で故障した。

このことはメーカーにも申し入れてあったのだが、先方は同様の故障が持ち込まれていないのでとの拒否という対立経過があったので、メモを入れて宅配便でメーカーに郵送した。入れる梱包箱が見当たらず、宅配便業者から一度、箱を買って、もう一度回収してもらって送り出した。

これがないと書籍や新聞が読めない。拡大モニターを持っているが、解像度に問題があって全体画面表示できないし、第一、スキャナやカメラがない。PC内蔵の拡大鏡と、無影照明型の作業鏡(球面収差で周辺が歪む歪む。)でなんとかしのいでいる。今の事態はPC操作上の問題ではなく、書籍・新聞・書類で問題が起きる。この製品と同じものは寒川の図書館にある。

今のところ、緊急を要する印刷物はないが、早く修理が上がってこないかと、少々焦っている。最悪のときは拡大コピーを取る。来月早々教材屋の仕事が始まるので、修理が間に合わないといけないので、スキャナだけ予備機を新調する。出費が痛い。

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母のリハの帰り、営業所で母を引き取って耳鼻咽喉科に連れていった。風邪の後遺症で、鼓膜の中耳側に粘液がたまって聴覚が落ちていた。今回は2回目。とにかく乳幼児が多い。爺婆居どころなし。

市社協にボラセン設営運営訓練参加申し込みをしに行くタイミングがとれなかった。ティーンズの防災研修の実行委設立の呼びかけチラシを入れたかった。明日、申込み再チャレンジ。

今年の横浜寿町の路上生活者の越冬支援だが、例年知人畑の山北みかんの差し入れをしてきたのだが、今年は畑が無くなったので、簡易カイロを安く仕込めないか探り始めた。とにかく人数が多い。母の件があるので物理力に、なれないので持ち込みカンパにしている。ビッグイシューの卸中継所が移転した。徐々に徐々に街が変化している。

喪中の葉書が届く。塾生の親たちを塾生が送るほどの時間が流れている。年末はいつも好きになれない。定年後、冬期講習がない年末となる。悪だくみしようにも母がひっかかる。大船渡の吉浜から泊まりに来るなら、二人分なら空けておくとの釣り宿亭主の**さんから連絡がきていたが、感謝しつつ他の方に譲ってくださいという。無念さが胸にこもる。

明日は、やっと火曜災害ミニカフェだ。2回つぶれてしまったので、是非というところ。

北村年子さんの講演を組んだところが、思春期カフェのシェア会をやるという。講演会のとき、北村さんの優れたレポート(「ホームレス」襲撃事件と子どもたち等)から10年弱の北村さん当人の変化を見てしまったショックがある。問題は今の若い人たちには通じまい。今の北村さんは宣教者だ。かきまわすこともないから、不参加とした。

発達障碍を語るとき、スローラーナーも含んで自閉スペクトラム症としてしまうと、あえて思春期、私と関わって通りすぎて行った厳しい状態の子たちと、ミスマッチングを起こしてしまう。当人の怒りや悲しみの激情が無視され、彼等は談話の居場所を失ってしまう。親の庇護が当人を窒息させてしまうことに気づく方が何人いるだろうか。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)
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11/26 川崎のCSWさんのお茶会に便乗させてもらった 他

2017-11-27 05:26:24 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/26 記
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川崎のCSWさんたちのお茶会に便乗させてもらった。私が紹介した「高齢者の御用聞き支援」に関心をもったということで、参加を許してもらったのだが、これは先方が勘違いしているので、他人のふんどしで相撲は取れないのでと、事前メールしておいたのだが、なぜか許してくれてしまい、息子が石巻の支援に行ったという年配の方のお手伝いがあって、何とか話題の接点がとれた。(感謝)

話題の中心が、高齢者の地域イベントと食事会の話なので、高齢者施設関係の方が多いとみて、私が災害時要援護者支援の災害ボランティアであることを明かし、ちょっと困り顔も見えたので、私の家族が高齢者だらけの家系で5人の在宅介護の片棒を担いできた擦り切れ人間であると付け加え、接点を明示した。これで何とかつながった。

関心事の「高齢者の御用聞き支援」の団体を紹介し、在宅単身高齢者支援が発想の中央にあることと、地域の高齢者サポートの原状とどうかみ合っているかが、いまいち伝わってこなかったと、板橋の会の印象を伝えた。大きな流れとして「在宅医療・在宅介護」があるが、高齢者関係起業の流れの中で、生活支援が語られているが、これから先の単身高齢者、どこでどう生きていけばいいのかしらんと話を向けて、自分は予備軍だけどと結んだ。予備軍という表現が古いという茶化しがっ跳び込んで、話は一気に先方に跳んで、割り込む隙なし。

見えてきたことは、地域NPOへの期待と「御用聞き活動」の支援のような話となって、若手の社会活動立ち上げ支援や、オールキャストの地域作りの支援と展望作りが全く出てこなかったので、空振りだったと昔の数学教育協議会(AMI)の**さんのご自宅の近くに出て、ご存命かなあと思いつつ、訪問する勇気が萎えたままなので、母に電話を入れて帰宅した。

川崎のローカルな話や、東京の先進事例などの情報の断片を得て終わった。災害ボランティアとしては、情報が熊本地震の方が高齢者支援の課題が得やすいということを伝えた。CSWさんの情報源を聞いたがばらばら。

地元で話せればいいのだがね…。

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帰りはどこにもある崎陽軒のシューマイを買って帰る。

今、ティーンズの絆講習立ち上げ呼びかけを推敲している。

夜間傾聴:ひとり

(校正1日間済み)


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11/25 多摩センター合流で++先生に相談/夜間傾聴炎上で 他

2017-11-26 06:37:35 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/26 記
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<書籍到着>
●「平成28年 熊本地震 大学避難所45日~障がい者を受け入れた熊本学園大学震災避難所運営の記録~」ISBN: 9784877555672
●訪問看護師ができる「災害時の支援」ISBN: 9784818020139
●「大災害時の自治体に必要な機能は何か:阪神・淡路大災害の現場に学ぶ」ISBN: 9784862492845

これらは、すべてコピーの取り直しをして、シートを読み上げ機能付き拡大読書機に読み込む。コピーのシート状にするのは、書籍の浮き上がりによるスキャナ読み取り確率を高めるため。最近やっと誤読の癖がわかってきた。

今、夜間傾聴を閉じた。父親との喧嘩仲裁。詳細は語れません、ごめんなさい。
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多摩センターで、社会学系の++先生と会う。以前、静岡の市民トリアージ研修でご一緒した方だ。「地元災害ボランティアによる被災者長期支援」に関心を持っている方で、私がお願いしたのが「地元高校生災害ボランティア事例」取材。むずかしいといわれつつ、拝み倒してきた・

塾は受験指導分担で忙しく、私はダウン症の青年の専門学校進学の道支援が増えた。初めての女子ダウン症者。家業を継ぐ準備。

12/3 10:00~、茅ケ崎市体育館2F会議室で、社協・TAJ主催のボラセン設置運営研修。参加しようかなと思っている。「ティーンズの絆研修」の呼びかけをさせてもらえるか。申し込みは11/29までに社協へ。

書き込み、何とかセーフ、か?

夜間傾聴:ひとり(炎上)

(校正1回目済み)


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11/25 夜間傾聴が煮詰まっています。投稿遅れます。

2017-11-26 03:19:10 | 地震津波災害ボランティア
傾聴がオーバーヒートしています。
クールダウンさせたら書き込みます。すみません。
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11/24 やっと母の手綱が緩んだ/ティーンズ防災研修の事例集め開始 他

2017-11-25 05:56:15 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/24 記
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母の通院に連れ添う。消毒の期間も終了し、母を地元の趣味のグループ先に送って、私は高校時代の恩師宅にお邪魔し、お別れをしてきた。高校時代の友人の消息をそこで聞くことになった。私はどうやら他のふたりとともに変人トリオにされていた。ひとりは心臓の病ですでに他界し、もうひとりは某政党の重鎮役員をしている。先に他界した++は、家業の医師となり趣味の書のコレクターとして、そっちに入れ込んでいたらしい。新しい情報としては、**が大手予備校の経営陣にいながら、講師らと焼き芋屋をしていたという話を聞いた。偏屈塾屋は私だけらしい。母から迎えにこいと連絡が入り、ため息つきつつ迎えに戻った。政党役員の@@は、彼の親父さんを引き継いだものなので、意外性はなかった。恩師は持病の発作、突然のことだったという。死の影の片鱗も感じさせないひとだった。ただシンパシーを感じさせる人物がいないのは少々寂しくもある。母にあれこれ質問されるが、そんなわけで語るのも気が乗らず、とにかく母を寝室に早めに詰め込んで、母の見守り協力してくれる##さんに、土日の協力をメールでお願いした。

少し面白いことを思いついた。私が塾を開いていた頃、理科教室で使っていた実験器具がある。ゴミにだすと怪しげなので、つい気後れしていままで抱え込んでいたが、利用してもらえるひとにつないでもらおうとと考えた。来週の火曜の災害ミニカフェのとき、手渡そうと思っているのだが、量があってどうサポセンに運び込もうか思案中。化け物屋敷に彼を呼び込みたくないのだ。どう考えても妖怪だからだ。彼は桃太郎さんの風貌をしている。

土曜日はJR相模原の塾の後期高認合格者のサポート割り当てを決める会議。12/07に結果が通知されるが自己採点で大体わかっている。私はむしろ近未来の就職を絞り専門学校に入れる担当になる。偏差値の高いところは、伏線に私の教材屋ルートで実績のある予備校を踏ませる。つまり初めから一浪させる。

帰りに京王線で多摩センター周辺で、某大の社会学屋と会う。ティーンズの災害ボランティアについて、事例が欲しいからだ。帰りは再び相模線。今回の研修実行委作りの予備かけには、類似事例をあげていきたい。
(母は友人と回転寿司外食が決まっている。)

イラストを描ける協力者を募集する話で、急に去って行った横市大の&&君を思い出していた。宗教団体の勧誘をしたので叱責した途端、消えてしまった。医療関係に進むのに、どんなものかと思う。

日曜は川崎でSSWさんと会う。会合申し込み。「御用聞き支援」に関心ありとのこと。地元湘南が動かない。政党すみ分けが邪魔。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

p.s.母がうなぎ弁当を頼んでおいてくれたが、ひどいもの。牛丼屋のうなぎと変わらない。まずいともいいづらく…。

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11/23 東大阪パンジーPJ放送のこと/板橋「高齢者御用聞き支援」から学ぶこと他

2017-11-24 05:11:08 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/23 記
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ハートネットTVの「私たちは発信する~パンジーメディアの挑戦」は面白かった。東大阪市の知的障害者通所施設「クリエイティブハウス パンジー」の利用者さんがインターネットTVの番組作りのルポだ。私は昔、ミニFMを行っていた。番組作りは非常に創造的で、経験のあるアドバイザーが就けば、表現を通して参加者が変わっていく。

ミニFMとインターネットTVは番組作りという場面に共通点があるが、初回はいいが複数回となると、何を語ればいいのかわからなくなる。表面的には種切れということになるが、実際は誰に語りかけるのかが意識できないことが根底にある。番組作りを行っている仲間内の楽しみ以上の関係が理解できないことがあって、ここがアドバイザーが長期的に説明していく必要がある。外部からのゲスト招待や外部取材のような風通しを良くしていくことで、土台を固めていく仕事、内閉性を封じる仕事だ。

つい2回観てしまった。施設利用者さんの表情が素敵なのだ。

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<資料>
NHK-G
●ハートネットTV「私たちは発信する~パンジーメディアの挑戦」
11/30 ETV(再)13:05〜13:35
http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/program/?id=201612082000

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板橋の高齢者「御用聞き支援」の件で、私たちが提唱する「御用聞き支援」は、被災時の災害弱者支援を狙ったティーンズ活動として狭義の意味合いを持たせているので、少々目的が違っているが、取材してみることにした。特に単身高齢者支援の場面を話題にしてきたい。先方のHPの会員登録を済ませ、メールを送った。

<参考>
http://helpmanjapan.com/article/6211

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木曜日は午前中の配達が複数ある。また母と同世代の朝型人間の電話が8時台から数本入る。私の夜間傾聴が終わるのが6時前。このために木曜日は私自身が寝不足の異常が出る。煮物をしていて鍋を落下させてしまいそうになるなど、危険なこともある。だから木曜日は母が応対を担当することになっている。ところが母の体調が悪いために、今日は一日中眠気との闘いとなった。私の周辺の電話はモジュラージャックを抜いてあるが、母の携帯はいうことを聞かない朝型友人たちが電話をかけてくるので、その応対で私も起こされてしまう。

「この指とまれ」方式の活動自身の限界を感じている。初動を与えることの大切さの話だ。ここを書いた話を次の金沢の友人の修正稿に折り込むつもり。通じないかなとも。

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夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

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11/22 師走の追われる気分は/発達障碍関係の断層が見えて

2017-11-23 05:41:13 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/22 記
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母の通院に「付き合う」。母の勝手に怒りが残る。
今回は消毒だけなので、担当医はレジデントと見た。ここ数日は刺激物を食べられない。とにかく寒い。母を我が家の玄関を通した足で、再び路線バスで茅ケ崎から橋本へ。帰りに海老名で買い物の習慣ができている。糖尿病ゆえ私は食べられないが、調理用にマリボーチーズを買う。
18時台に茅ケ崎に戻るが、この時期日没は早い。早々とX'mas ソングが流れてくると物悲しくなる。今年もまた手ごたえなしのまま終わるのかという心と、手を打つべき施策に間違いはないという淡々とした現実感がぶつかっている。所詮、社会活動は少数の共感者と、小さな内輪の風向きを追いかけて納得する多数者で成り立っている。この後者が活動の中で自己変革を遂げていくのが優れた活動。所属の論理に嫌悪を感じるなら、やれる範囲をやりきって様子見状態を作り、協働の意思ある者と確実に連携すること。忖度集団に一喜一憂する必要はないのだ。

母の消毒は明後日で終わる。母の友人協力者と有料家事支援事務所とお願いをした。医療ケアの必要な障碍児者の家族との話し合いを求める活動を始める。次回の懇話会の「医療ケアの必要な障碍児者の被災と支援」を実現することが当座の目標。この領域では被災地からの離脱が大きな課題となって現れる。DMATや公的医療避難支援が行われるまでの急性期の家族協力法と、疎開による家族分断の困難に対する家族支援という特異点がある。被災地に当人が留まるという前提の支援とは姿が違う。

家族が抱える事情が異なれば、また懇談不成立の事態が起こる。協力の絆が霞んでしまう。生命の危機という倫理観で説くほどひとは離れる。他人事ではないと感じる論拠はなにか。懇話会準備活動は隘路を行くことになる。

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金沢の私塾の**さんの教育活動紙の投稿依頼が来て、今回は「発達障碍のある子(小学生以下)の教育支援」をテーマのことを書くことになった。彼のところは、親御さんだけでなく、元小学校教員たちが参加している。だから今回は、申し訳けないけれど親御さん向けではなく、支援教育関係者向けの語りにさせてもらった。

発達障碍を課題にその支援活動を行うとき、私は2層の活動の溝を感じている。ひとつは学校の学習困難の課題、授業適応と子育てを行う比較的若い母親の活動。もう一つは自閉症や遅滞の困難が学習のみならず社会適応にも課題を持つグループだ。いわゆる手帳を持つ子たちの支援だ。

私の活動領域は、後者に軸足がある。さらには精神障がいと交差している場合が多く、知的障害の遅滞とは重なりが少ない。二次障がいが起きており、年齢層も高い。二十年前までは、小学生クラスを担当していたこともあって、小学生が中心だったが様変わりしている。

私は前者の活動団体との相性が悪い。親が立って当人が隠れるからだし、当人は人間不信のハリネズミのような、時には刑事事件になるほどの際に追い詰められた若者がいて、その背後に発達障がいが隠れているという当人との(願わくば対等の)対話から活動が始まっていくからだ。人生の生死がかかるリアリズムの現場となる。

ところが前者は子育て心得伝授のような、正しくて正しくない活動が横行する。当事者を親はどう受け止めていくのかという大前提は正しいが、学校授業復帰の気持ちが強く、手帳を持っている子の活動との連続性は忌避するからだ。

後者の若者は世代も違うが、いわゆる思春期も親の包摂を重荷に感じている場合も多く、まずは当人に寄り添う活動も、信用調査の反発をくぐらねばならない。鶴嶺高ボラ塾のとき、私はサンドバッグと語ったが、その反発の洗礼の彼方にしかことは成り立たない。

この活動現場の質の違いは、発達障碍への取り組みと言っても、ああ、あれは高機能のひとたちと言っても仕方のない断絶があるのだ。私はその谷間の活動をしているという自覚がある。

この事態を抑えたうえで、どうか手帳を持った若者たちの語りかけを忌避するような奇妙な排外的自尊心を持たない活動を作ってくださいと念じた記事を送った。通じるかな?

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夜間傾聴:ひとり(珍しく鉄ちゃん)

(校正1回目済み)

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11/21 火曜災害ミニカフェ再び不成立/ペット里親さがしに思う、他

2017-11-22 04:44:41 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/21 記
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落ち込んでいる。先週に続いて今回も火曜災害ミニカフェが開けなかったのだ。理由は母が病院予約を自分勝手に決めてしまったこと。後期高齢者の健康診断で母は数点引っかかった。そのため的を絞った二次検査をしていた。その結果を聞きにいく日の設定を、私の都合を聞かず、定例の水曜日から一日繰り上げてしまったのだ。先方が火曜日にできないかと言ったらしい。

重要な結果なので、連れ添って行かないわけにいかず、こうした母の状態で、頻繁に私の行動がいわゆるドタキャンさせられるという現実だ。

つい感情的になって母に当たったが、母は医師が言ったのになぜ叱られなくてはならないかと興奮した。問題は私の都合が無視されたこと。介護は共同行動で、当事者だけの話ではないこと。母の場合、「めまい」発作は突然おきるが、胃切除の後遺症は頻繁ではなく過ぎており、日常は元気なこと。だから自分のことは自分でやるという発想が強く有って、本来なら付き添いは必要ないと考えていることだ。

二週続けて起きた不祥事。ボディブローが効いている。抜けた2回分は来月積み込むことにした。信用が無くなる疼き。

病院の診察結果は、1点は継続様子見となり、他の1点は日帰り手術、残り1点は問題なし。いずれも現在母が抱えている病状とは別の話。高校時代の恩師の弔意の手紙を投函しつつ、足元からまとわりついてくる老いの影が見えるようで、帰りは何も話せなかった。

母の手術はあっけなく終わり、また抗生剤が出た。食事の騒動になる。覚悟した。

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「火曜災害ミニカフェ」は、招待者メーリングリストがあるので、開催延期のお詫び連絡をしたが、応答などはなく、無言。

母を手術後と諭し、寝かしつけ、再度茅ケ崎に出た。市社協に「地元ティーンズの研修企画立ち上げ」について相談に行った。市議に依頼すれば、反対者が必ず出る。企画の肝は、参加者が協働の公共の場を分かち合って、それぞれの災害ブランティアを行い、それぞれの成果を収穫するという活動であり、大人関係者と知り合って、発災時の活動たちあげのキー・パーソン作りという方策を参加諸団体が仕掛けていくという共通の活動論持つことだ。

しかし、呼びかけ人が生まれなければ、関係団体はすべて様子見のまま消滅してしまうだろう。その呼びかけ人依頼の第一号要請だった。勿論、応答はない。

次回は関係ボラとコンタクトを取る。

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ある政治関係者が、「猫の里親探し」の活動を始めたと語るを見て、複雑な気持ちになった。というのもその方と協働している政治関係者の方と、3.11後方支援活動の立ち上げに「被災ペットの安全確保と飼い主さんを結ぶ活動」から立ち上げようと話をしていたことだった。

引きこもり者複数名だけでは、活動立ち上げに無理を感じていた。だからこの方の女性たちにも、協力をしてもらうことで活動の実体化を図ろうとしたのだった。引きこもり君たちは、十数回の社会参加経験をしていたころ、この政治家さんからは、通信を届けるが無音だった。最後に講演会を開く前日、明日の企画には参加できないと通知が届いた。一方寒川方面では、ペットレスキューをしている他団体が、暴力団のような活動で問題を起こしており、寒川町議の誤解から、私も同一の活動と噂がひろがり、当日の講演会は協力被害を訴える場に変質してしまった。私は全く別の東京の動物愛護団体のペット契約に基づいていたもので、濡れ衣だった。結局、私たちは市内動物病院へのポスター貼りとチラシ投函活動をつづけ3年未満で活動を終了した。

そういう経過があるために、全く活動の影響を受けていないような「里親さん探し」活動は素直に喜べなかった。この虚しさは私の主観にすぎないことはわかるのだが。

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「ティーンズ研修賛同者募集」のリーフレットを作っている。誰か「イラストのうまい方」が欲しくなった。どうしたら募集できるか、いい方法探している。

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夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

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11/20「 地元ティーンズの防災教室発足呼びかけ人募集」チラシの作成他

2017-11-21 04:35:54 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/20 記
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今回の風邪は異様に長い。完全に治らないのだ。それもあってか、リハでは治ったばかりの会員さんを、軽度運動と観察において、短時間終了して休ませる臨時特別コースのようなことをしていた。元気な会員さんと隔離して実施するというのは、感染を考えて普通ありえないことだが、治らないということに気づいての応急措置だったのだろう。ところが、母はそれを手間かけて悪いと取った。しかし家族にとっては、リハは託老所の意味も持っており、施設が受け入れてくれるなら出かけてよというのも本音。結局母は出かけず私の家事の指図をすることで、私は出かけることができなくなった。在宅仕事中も干渉するので、疲れさせるために近所の生協まで、買い物に就き合わせた。

買い物中も、昨日の亡くなった高校の恩師の家族宛の手紙の文面を脳裏にたどりなおしていた。それが母の癪に障った。糖尿病の私には食べられない甘いものばかり、買い物かごに詰め込んだ。父親は家事は女のやる事という家父長ぶりをほころばせている人だったから買い物をするはずがなく、こういう母をおそらく知らなかっただろう。(狙いは当たり、帰宅後母は眠ってくれた。)

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「地元ティーンズの絆防災研修」実現のための呼びかけ人作りの募集文書を書いているが、市内既存の防災NPOに呼びかける前に、地区社協まちづくり協に話を持っていきたい。だから分科会事例をできるだけ膨らませて仕上げたい。年内に集まりを持ちたいという願いを込めて仕上げたい。

次回懇話会の「医療ケアの必要な障碍児者の避難とその後の支援」について、地元の重身の当事者団体との出会いをセットしたいが、母の件で足踏みをしている。また、今回の話に聞き耳を伸ばしてくれる方をどう集めるか腐心している。経験を教えてもらうのが筋だろう。狙いにしているゲストは一人いるのだが、遠い。発達障碍を取り上げたときのように、他障碍領域の方の無関心の壁がこわい。

金沢の**さん(旧塾屋)から、南部煎餅もどきの茶漬けのもとの作り方を教えて欲しいとメールがあった。乾燥味噌の加減が鍵になる鍵なのだが、中間保存食としても作りやすく、お湯をいれて茶漬けに戻すだけなので、障碍者喫茶にも使えるのではと、ずいぶん昔の話なのだが、**さんは覚えていてくれた。持ち寄り図書館の昼食会で紹介してみたいという。眠らせていたアイデアなので、嬉しかった。半付きアルファ米粉を使うのが鍵だ。返信を出した。


夜間傾聴:塾長の奥さん(風邪でダウンとか)

(校正1回目済み)



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11/19 高校の恩師の訃報を聞き(知の広がりを問う)

2017-11-20 05:22:14 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/19 記
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20年ぶりに、高校時代の友人とすれ違った。場所も私の家の近所、相手が私の目の前でタクシーから下車して、お互いに気が付いたというところだった。開口一番驚く話が飛び出した。私の恩師の訃報だった。白血病だという。すでに1か月が過ぎていた。たしか92才だったと思う。友人とは学年が違うので、彼は直接教わってはいなかったが、部活の顧問だった。教員を退職され、家業の保険代理店職に転身されていた。その関係で、昨年までお付き合いが続いていた。面倒見のいい方だった。

私は同窓会を苦手としていたので、同窓生の消息は、もっぱら恩師経由で受け取っていた。今、弔意をしたためた紙メールの校正格闘中である。私の字は異様に汚いので、身の縮む思いで書いている。またひとり現世のつながりが消えた。

彼は我が家の近所に仕事上の訪問先があって、偶然訪ねてきたので、出会いは実に奇遇だった。

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そんな出来事があって、当時私が考えていた問いのことを反芻している。進学校だったので、大学受験から逆算した授業プログラムがあり、家での予習復習は当たり前の前提であって、そこからはずれた発想は授業から排除されていた。私自身、昔から自分が抱える条件から、知をその根幹末梢の反復から自分の学習を組み立てていた。それを全否定され、一律の鍛錬プログラムの中に入れられた為、激しい煩悶を繰り返していた。

恩師の授業はそのはみ出す思考を、有効性の原理から、まずは利用価値の高いものから受け入れていくと考えるべきではないかとたしなめた。私はそれを「論の再構築こそ知の習得」と反発。その対立は、爺ぃになっても変わらなかった。

当時、受験という必要性から日常鍛錬が学習という論が一般的だが、私はそのものを全否定はしなかったが、公理を認める論拠を仮想の論理体系としない発想というか、墜落中の説教のようなすくみすら覚えない先方の感覚が信じられなかった。やがてそれは、浅い「知識の価値」論議に引き回されていくことになる。私の脱線の例でいえば、古典表現のなかに流れる時間への私の違和感は、古典の時間が共感に収斂する反復であり、個人や社会が時間経過を発展に置く発想そのものが実は近代(資本主義)のものだという気付きがあって、その社会観過渡期の葛藤を知りたいと問うことが課題としてあった。無論、教室では完璧に空転した。科学の言う「現実ひとつ」の確信はなにが根拠であるのかというような問いを私のメモ帳に書きためていた。

これらのことは、高校の枠からはみだしていた。やがてそれらは、私にとって受験教育の懐疑へとつながり、それらは大学の専攻のなかで取り上げられるというような先験的な物言いとなってもいいから、ともあれ教員から応答が欲しかった。私は中学生のころから社会活動に参加していたので、やがてはみだしの行き先はフリースクール的な活動への関心として高まり、教育運動に入って行くのだが、いわゆる受験教育批判のような形で類型化して批判を下す論にも満足できなかった。ただ「社会的不平等から教育機会の均等の議論」の延長ではすくいきれない、教育の質の問題を同時に私は取り上げてきた。

この問いかけは、論語やコーランの反復暗唱型学習への違和感につながり、いわゆる資格取得というスタビライザに守られて不問の体制が出来上がっていることの気づきにつながった。貧困に基づいた社会的不平等がゆえの「読み・書き・(四則)計算」取得の困難という課題の「読み・書き・(四則)計算」論の延長は、知識そのものを無批判に受け入れてしまう。この貧困論からの空転は数年前から、再燃しているが、子どもの貧困という形で問われている課題は、社会背景から議論するだけでは過つという、ステージの差異を意識するようになった。

ゆとり世代の批判と同じくして、フリースクールやプラグマチックな学習批判は、受験教育批判とテンションを保つ形で行われてきた自由教育活動不順は、その前時代の高校全入運動などの貧困と機会均等を求める発想の回帰のような形で進行した。創造性とか知のネットワーキングは、それ自体が階級・階層性を持った課題であると割り切られてしまったような時代の
空疎感の中に私はある。

これらのことは、考えてみれば恩師のビジネスライクな発想との齟齬から顕在化してきたように思う。私がフリースクールを作ってみたり、学習困難児の指導や、識字学級・夜間中学への参加は、生活知を含む知をを膨らませていくことへのこだわりがあったのだと思う。

最後まで分かり合えませんでしたね、**先生。

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朝は寒かった。母の風邪は一応治ったようだが、早朝から母の咳込みが聞こえるので、熟睡はしていないだろう。花かつおを大量に使っただしを取り、豆腐と細切りネギをのせた「あんかけうどん」を食べさせ好評だった。母は麩が嫌いなので、短冊切りシイタケを乗せた。

こういう静穏な時間をいつまで保てるだろうか。お茶をだしつつ考えた。

夜間傾聴:なし

(校正2回目済み)

p.s. 昨日、北村さんのことを書きすぎたかなと思いつつ、でも「観客操作」は、やめましょうよと言いたかったのです。

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11/18 思春期カフェ・北村年子さんの講演を聴いてきました

2017-11-19 06:06:47 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/18 記
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思春期カフェ「学びの会第3回講演会(北村年子さん)」に参加した。13時からというのはよくない。母と朝食を兼ねた昼食をとるので、後片付けをすると、どうしても12:30は、まわってしまう。今回は会場が本村ということもあって、どのバスを使っても間に合わないということがわかっていたので、あきらめて徒歩で会場に向かったのがよかった。

会場はほぼ満席。若い母親が多い。白髪頭は私だけ。

講師の北村年子さんは、路上生活者支援の「湘南あすなろ会」の関係で、2009年の北村さんの著書「 「ホームレス」襲撃事件と子どもたち―いじめの連鎖を断つために」の出版時に、あすなろ会の企画の関係でお会いしたのだった。印象はシャープに情況を読めるが、昔風のセクトのように、内と外の目をもつ、外見柔らかなできる人という印象があった。書籍も、視点あざやかなドキュメントであった。

現在の北村さんへの期待をこめて参加したのだが、生の課題に臨場するまなざしは失せ、庇護されるべき思春期の子を守る母親の心得を説く宗教者になっていて、がっかりした。心理学専攻者が陥る社会関係を捨象した内的根拠に解答があるかのような幻想の罠にはまっていた。

もうひとつは、生きにくさを持った外見からは個性の強い子と、いじめや障碍のように困難を抱え孤立を深めている子の抱える問題の深刻さの差があって、なかには家庭崩壊の事情にある子を射程した支援からは、同じ話では通用しない、子ども情況の幅を感じてしまった。

健在なのは、寄り添いとともに考えることの重要さの話。ここが崩れていないことに安心したという次第。

私のような教育畑の人間は、授業技術を対象化している。徴収とのダイレクトな問いかけ対話から、話の流れをいっきにつくっていく手法や、正面ではなく隣の立ち位置から語る手法、マインドコントロールに使う包摂的な声調など場慣れした語りがあふれだすほど、課題のリアリズムが心がけにすりかわって、期待は失せてしまった。講演のプロの講演。過ってはいない、だけど違うというのが私の印象。

北村さんのせいではないが、時間切れで途中退席させてもらい、失礼しました。

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ビッグイシューをサポセンに流して、北茅ケ崎から橋本の訪問学習に向かい、急ぎ帰宅。ひとりというのに入浴しようとしている母を現行犯逮捕。(まったく…)

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残り物の野菜を使って、けんちんうどんを作る。これなら母が野菜を食べる。食事準備中、電話あり。昨日、私が板橋に行ったとき、有料家事援助の担当者が帰ったあと、母のお守りに浜見平の友人**さんが立ち寄ってくれたのだが、その**さんが突然現れた。昨日の報告だそうだが、しっかりけんちんうどんを食べて帰っていった。

こんなに本が散らかっているのだから、数冊捨ててもわからないだろうと母が言い、大切なものだと大変だからと廃棄に応じなかった話が暴露された。危ない危ない。文学書のような価値が出るものではないハードカバーばかり。しかしゴミよばわりは、だいぶきつい。

そういえば、重くて「もったいないジャパン」の++君に渡す書籍の包み、サポセンに持っていかねば。

夜間傾聴:ひとり
     塾長の奥さん

(校正1回目済み)


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11/17 板橋の「御用聞き支援事例発表会」に参加してきました

2017-11-18 05:52:05 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/17 記
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板橋区立グリーンホールで催された「御用聞き地域包括ケア事例発表会-voice03-」に参加してきた。1階ホールいっぱい、高齢者ケアに関心を持つ者200人ほどが集まった。「株式会社 御用聞き 経営パートナーズ」の主催。

ゲスト
Join for Kaigo 秋本可愛 氏
R-65 代表 山本 氏

御用聞き 代表 古市 氏 講演

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私がいう「『御用聞き活動』は、災害避難下の見守りケアという条件付き活動だが、今回の「株式会社 御用聞き」のいう「御用聞き」は高齢者を中心とした生活困難を抱える方向けの「家事代行システム」のことだ。2025年をターニングポイントに、介護に携わる若い人材を育てることに置いていた。

高島平団地と文京区内の道路清掃活動や、ハイタッチなど互いを知り合い、孤立化を防ぎ、ニーズを知るというような諸活動や、訪問支援の様が語られた。共通して学生さんが語っていたのは、ごみ屋敷の整頓のような未経験活動。初めゴミの散乱と自己管理できない方という認識が、ゴミ自身が生活史の中に組み込まれた思い入れのあるものだったと見え方が変わったり、同居の家族の死や入院により、傷害があるために片づけられなかったりという理由のあるものだと知る。その変化を語っていた。

しかし、中価格帯の有料サービス化した活動は、高齢者の精神的負担を軽減し、対等の関係を育てるという緻密な掲載を包含していた。これは、クライアント(高齢者)との関係という距離を置いたものになるが、被災者の生活支援は、未来への絶望や家族の喪失など心に深い重荷を負っている方の孤立を避けるという点で、ここでいう「距離」を置いていくということが、これでいいのか。学生さんの活動ということで、この距離がかえって活動しやすさが保障されるとみるべきか。問題が残った。

学生さんが実践参加した体験の喜びに、ついつい内輪乗りになる壇上に危うさを感じつつ「平成介護プロジェクト」の秋本さんが本拠地が藤沢であるという話は嬉しかった。一度訪問してみようと思った。

ともあれ片道2時間、近場でも事例報告会をやってもらいたいと願う。

最後に、終バス時間切れで中途退座させてもらったが、質問用紙に書いた「高齢者の怒りや悲しみの訴えに出会ったら、学生さん、どうします?」と意地悪を書いた応答が聴けなかったのが残念だった。

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母、ビーフシチューを食べたとか満足気にTV1の前に横になっていた。セーフ。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

































































































































































































































































































































































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11/16 「板橋の『御用聞き支援事例発表会』」参加準備 他

2017-11-17 05:45:01 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/16 記
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明日、板橋区役所で行われる「御用聞き支援事例発表会」に、あいさつ代わりにおいてくる資料をまとめた。面倒なことに、朝、共同購入の灯油屋が予約販売員がやってくる。1時間後、生協が来る。受け取り担当が母だったのだが、風邪薬を飲んで眠りこけているので、就寝1時間半後に私が起きて受け取ることになった。実質徹夜。「御用聞き支援」関連資料集めも夢の中。

今は倒産してしまった茅ケ崎クラウンの隣に、昔、翔の会がA型の事業所の「ゆめたい」という「たい焼き屋」を作るとき、引きこもり青年と発達障碍・知的障碍の青年とチームを組んで(ケア・パートナー制就労)、隣のクラウンの買い物のお届け就労を提唱したことがあった。まちのなかに積極的に出ていく就労。販売の形式は県下の「赤い屋根」という事業所の豆腐製造行商をモデルにした社会参加拠点を持つ就労だった。

しかしこの提案は拒否され続け、現在の小物販売とたい焼きの店になって、最後の望みの多目的地域会合の場に転用できるスライドレールのついた簡易証明と小型SP、プロジェクタスクリーンをかけられる壁面空間を残した普請で、地域の小コンサート等がやりやすいコミュニティ転用店舗を提言した時点で、昔からの障がい者の居場所としての事業所にしておく案と対立して、ここを出た。たい焼き店舗販売というつながりがあればいいと考えるか、そこから一歩踏み込んで地域コミュニティを考えるかの発想の違いだった。

ここでも「買い物を自宅に届ける」「注文販売の輸送屋」という仕事をクラウンさんに提案しようという提案は拒否され私は「ゆめたい」から身を引いた。しかし「買い物支援」は、これからも「御用聞き支援」の大事な分野となるだろう。ひとつは高齢化社会・在宅乳幼児子育て家庭、在宅生活障がい者・引きこもり者支援に向かられるだろう。それを支えるのが、知的・発達・精神障碍や引きこもり者等の社会参加・チャレンジ就労である。いわゆる「ソーシャル・ファーム」の芽である。

この「買い物支援」は、特に災害被災時の復興の場においては、地元自営業者の店舗販売再開と組んだ行商販売や、弁当宅配と組んで復興時店舗活動を始められるかもしれない。

「ゆめたい」は「クラウン」倒産によって、隣接店舗の利を失うことになったが、構想は捨てていない。板橋の事例は、在宅医療高齢者の便宜を図ることに関心があるようだが、私は災害という特殊な場面の中から再構成してみたい。

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母がとんかつが食いたいと言い出して、外食に突きあった。歩行がやられたらしく、極端に遅く不安定になった。10日間ベッドにいたための筋力低下によるものだった。リハでカバーしてきたが、回復には時間がかかりそうだ。

夜風で刺激があるといけないので、夕方、母と食事にでかけ、帰りの路線バスの中で珍事が起こった。離れた座席に座っていたので、先に停留所に私が下りたったが、母が下りてこないで、バスの扉が閉まってしまった。母の居眠りだった。慌てて車体をたたいて、母を呼んだが場が理解できない。数分後、業を煮やして母を立ち上がらせバス停に降りたが、運転手さんや、乗客の皆さんは笑いをこらえている。母が抵抗したからだ。ご迷惑かけましたと謝ったが、冷や汗をかいた。

これからこういうことが増えてくるのだろうなと思いつつ、家庭に閉じ込められる前に対策を打っていかねばと少々残り手の少なさを感じさせられた。母は疲れが出たか寝息をたてて、珍しく深い眠りをしている。明日は、応援団が来てくれるので、板橋に行ってくる。

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塾長から電話。原付接触後の差別言辞問題、彼が泣き寝入りしたとのこと。補償金騒ぎにならず、示談ですませたらしい。フィリピーナうんぬんという差別言辞は裁かれることなく、私たちの胸の中の折りとなって残った。

夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)


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11/15 子ども食堂と「御用聞き支援」あれこれ

2017-11-16 05:56:55 | 地震津波災害ボランティア
2017/11/15 記
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母は昨日の発作など無かったかのように、家事を行っている。地元医は今日が休診日ではないが、風邪の服薬がまだ続いているので、通院っさせるのを見送った。しかし、大事な企画を作ったときにも、急に出られなくなるという事態は避けたい。弟夫婦は、共働きのまま、、施設入所を嫌がる先方の母親の同居介護を続けており、介護者緊急派遣対応の人材派遣会社の有期限会員になった。横浜からくるので利用料が高く会員登録するつもりにはなれない。もっと賢い方策はないかと思案中。

母を言い含めてビッグイシュー配達を行い、あと4部残すまでになった。明日、解決するだろう。川崎の子ども食堂関連の企画があったが、駅からさらにバスの会場なので、母からの呼び出しがあったとき、戻る時間が長すぎなので、見送った。FBでこの企画に関心をしめしていたCSWさんと話をした。

学童や保育園感覚からの地域コミュニティ注目潮流と、生保家庭の子どもの貧困からの離脱を見通すフードバンク関連の潮流がある。私が注目しているのは後者だが、厳格なものではない。ただここに、生保受給者の母親から、知らない人が互いに顔を合わせるのが気が引けて、できることなら「食材配達」の方が嬉しいという。地域連携か個別生活支援のあれが食事をしに来てもいいことになっている。しかし、そのうえでも気が進まないという。しかしそこにア・プリオリな「資源節約」からフードバンク的に発想して、消費の場として子ども食堂を考える活動がある。

私は路上生活者支援や貧困について活動をするので、フードバンク的な発想となる,ソーシャル・ファームの一つの形として、子ども食堂を考えていると先方に告げた。先方は地域コミュニティ育成の筋が強いといった。災害ボランティアから入っているので、共同作業と地域作りに関心があるという。

話は持ち越しとなったが、私はそのとき復興住宅の単身者の孤立防止策として始まっている食事会のことが、脳裏に浮かんでいた。

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明後日の板橋区の「御用聞き経験交流」の会合は夜となるので、浜見平の知人に母の見守りを頼む。明日、浜見平に行く。

「ティーンズの防災教室」の件で、イラストがうまい方をさがしている。企画立ち上げのために小さなリーフレットを作ろうと思うが、絵が描けない。SCF会員のおばはんたちは無理だし、どうしたものかと思案中。

夜間傾聴:ふたり(原付事件外野、うるさい)
     塾長の奥さん

(校正1回目済み)
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