湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

8/30 被災時認知症介護を語る…講演調整に入った 他

2013-08-31 05:20:04 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/30 記
--------------
「認知症の人と家族の会」の岩手県支部長・小野寺彦宏(よしひろ)氏から連絡が入り、茅ヶ崎懇話会講演が決まった。日程がまだ定まらないが、「2013.12~2014.01」平日の18時~となる。陸前高田の自宅で被災、陸前高田の会員の体験が織り込まれた語りが期待できる。会誌を見ていくと、男性介護者の集いがあるようで、この辺がユニーク。特に避難後の生活の諸問題について、避難所生活・仮設住宅生活の局面を押さえて語ってくれる。日本認知症学会の家族分科会などでも発言されるなど、広域活動で活躍中。

しかし頭が痛い、5万円+(別企画映画2万円)が重なる。

高齢者関係の企画となるが、高齢化した知的・精神・発達の各障がいの当事者と家族の範疇も重なるだろう。

9月の初めに再度連絡をとり、日程が決まる。

---------

障がい者の関係では、「JDF(日本障害フォーラム)」の、陸前高田市内にある「JDFいわて」に来年講演してもらえるように、話を進めている。何回も書いているが、陸前高田市は全国初めて、被災時障がい者個人情報開示を行っており、それに基づき「陸前高田市内の障害者に対する訪問調査」を行った。訪問支援の基礎となるアンケートだ。この個人情報開示からアンケート、現在の訪問支援に至るレポートを懇話会で語っていただけるように、現在企画書評価と人選をしてもらっている。

最後のプライマリ・ケア連合学会PCATは、安全避難時・避難後医療保健サポートと民間活動連携を探ってもらう。これは、9月、関係者に2回目の面会をお願いしている。

最後に「茅ヶ崎駅駅長」に外出時被災の受け皿として、被災時の要援護者保護の件について、講演要請する件は、懇話会実績が具体化した段階で、再度依頼にお邪魔する予定。

神戸や宮城の施設関係は、まだ個人情報交換の段階。

個人出資には限界がある。資金が欲しい。

-------

茅ヶ崎養護学校(特別支援校)に、資料を持ち込む。夏期講習の隙間に飛び込むので、茅ヶ崎養護のように、西久保から徒歩15分弱、我が家からは乗り継ぎが悪いと1時間15分は、かかる。とても市内とは思えない。17時をまわってしまったので、落ち着いて説明できなかった。テスト講演の1回目のとき、「経験交流」として、提出できる被災体験が無い方や、懇話会が懇談形式であることへの戸惑いを茅ヶ崎養護の先生方に印象づけてしまったことがあって、会自身の信用が無い。講演者依存ではなく、質疑に重点があることが常識を逸脱していた。

ともあれ、情報提供と参加要請の訪問を重ねていく以外ない。

帰りに寒川図書館の書籍更新をして、寒川の某事業所を訪問。これもまた資料のみとなっていた。

無茶苦茶に大気が熱く蒸す。汗だくで帰宅。明日と明後日、サザンの茅ヶ崎ライブがある。市内が大混雑するとのこと。身動きにハンデが出そうだ。

夜間傾聴>開店休業(教室では忙しいのに)


(校正1回目済み)

コメント

8/29 認知症家族の会内諾取れる/JDFいわて、企画書送付他

2013-08-30 05:27:19 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/29 記
--------------

この時期、不登校の子が増える。個別指導の対策指導会議あり。結局私にも発言の時間をというが、長いからと敬遠された。全く…。

認知症の家族の会関係の講師内諾がとれ、企画書をFAX。団体の指導者。これでひとつ決まるが、元市議。講演会前までに、当人と会って様子をつかむが、問題は語りの質の濃さだ。政治的脱線は堪忍してもらう。しかし災害時の認知症の当人と家族の苦悩の語りが、懇話会に登場する。

陸前高田市の災害時障がい者の個人情報開示という、全国初の決断の成果について、地域アンケートと訪問支援活動のJDFいわての活動の紹介依頼の企画書をJDFいわてに送った。

今日プライマリ・ケア連合学会のPCATの調整は、個別指導の飛び込み会議に流されてしまったが、早急に面会を求める。

このあと、茅ヶ崎駅駅長に外出時被災の関連の講演依頼のプッシュ。

現在下肢障がい系の会の阪神淡路大震災当時養護学校元教員(神戸)、高齢者施設管理者(宮城)とのコンタクトも開始。彼らは来年度。地区社協・自治会関係者も探っている。

精神の2事業所に、資料を届ける。バスのつながりの悪さよ。

塾教員の指摘。「あまちゃん」もうすぐ地震だなと。そういえばそうだ。

夜間傾聴>内職が詰まってきたので中止。9/2まで。


(校正1回目済み)

コメント

8/28 県保健福祉事務所と育成会にお邪魔して

2013-08-29 05:36:47 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/28 記
-------------
茅ヶ崎の県保健福祉事務所に、「懇話会その後」の資料を持っていく。懇話会のテスト段階で、講演を依頼したこともあって、経過はしっかり届けられたように思う。これからは「平日18時ごろ」からの会になるだろう。被災体験の現場主義の対話を重ねたい。高齢者は認知症の件、障がい者は被災時要援護者の個人情報開示の実例となった陸前高田の調査と支援について語ってもらう。一般啓蒙型講演と一味違ったテーマと懇談重視の運営が特徴となる。この件について、参加を検討してもらいたい旨の話をし、快諾を得た。

茅ヶ崎手をつなぐ育成会の事務所にお邪魔。資料を事務局の方に託してきた。年内に「被災障がい者の避難生活の現状」を描いた映画を上映する予定との話を伝えた。前回、映画を取り組むことは無理との回答を得ていたので、お百度のイメージ。

講師依頼書のFAXを2通送った。明日は、夏期講習の前に時間が空けば、PCATの方と話しにいく。こちらは、医師・看護師・トレーナ(OT/PTさんたち)が医療支援に取り組んでいる。来年の取り組みとなるだろう。

頼んでおいたCLCのテキスト「震災被災地における要援護者への個別・地域支援の実践的研究 報告書」が到着した。一般書店ルートには乗せないようだ。CLC(全国コミュニティライフサポート)から直接購読となる。¥500-

-------

母の調子が悪い。台風が近づいてくると、古傷がいたんだり、低血圧になったりする。大腸内視鏡検査はストレスが大きい。即、食事を食べなくなる。難問。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

コメント

8/27 父の介護と被災地訪問レポートのこと

2013-08-28 04:52:04 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/27 記
-------------
後期の夏期講習が始まっている。隙間が少なくなってくると、予定を崩すような用事が飛び込むことは、経験的に読み込み済みであるべき年齢ではないかと自分を叱るのだが、それでもつい焦りを感じてしまう、愚かである。

父の特養の書類を提出する期限がきていた。予定を変更して、隙間に特養訪問を入れた。書類は渡すだけだからそれでいいが、介護は一見些細なことが、実は蜘蛛の巣にかかったように身動きを封じてしまう。

特養に行くときは、二度に一度は父の顔を見に行かねばと思っていたが、陸前高田行とその準備のしわ寄せが起きていた。今回は何らかのおやつを持ち込むことにしていたが、父には嚥下障害がある。飲み込むときにむせて、食べ物が気管から肺に入って、肺炎を起こすのだ。ぜりーのようなとろみのある食物のみに食事制限されてしまう。だから土産選びが結構難しいのだ、固形物はいっさい混入してはいけない。

今回は、店頭で迷った末、玉子豆腐をもちこむことにした。父は入れ歯を入れていなかったので、いっそうやつれてみえる。持ち込み許可をとって、父の傍らに陣を張り、それをスプーンで父の鯰のような口に流し込む。入所者は栄養士の管理メニューの食事をしている。だから全体に薄味だから、父のように関東の人間には塩味が欲しくなる。菓子より惣菜が欲しくなる。お茶にさえとろみ剤が入っている状態なので、玉子豆腐は名案と思っていた。

ところが買い物の段階で、茶碗蒸しはあるが、玉子豆腐はなかったり、冷えていなかったりする。またメーカーを選びたい。そこもメーカー品がなくて探すこととなる。偶然東小和田のスーパーで見つけたが、三軒めだった。

いざ父の口に運び込んだが、確かに食べるが喜んでいない。栄養士さんに尋ねると、普段の食事に玉子豆腐は出ているんだという。アウトなのだった。

また、父は全く鼻毛が放置されていた。半身不随に加えて巧緻動作が阻害されていた。自分で身の始末がつかないから、鼻毛を誰かに切ってもらわねばならなかった。前の老健では月に一度整髪屋が入り、鼻毛は切ってくれていた。ところが今度の特養ではそれをしてくれない。フロア担当の看護師に相談を持ちかけた。応答は治療に必要な場合は看護師が切るが、治療ではない場合は、家族が父を外出させ、美容室などで切ってくることになっているという。考えてみれば、老健の整髪屋はボランティアが入っていたのだとわかった。

小さな出来事のその一つ一つが、解決するには、時間と手間がかかる。在宅介護のときのことを考えるとぞっとするが、入所させればさせるで、補完サポートが手間がかかる。結局、二団体の巡回と、DVD作りが出来なくなっていた。

茅ヶ崎図書館に他館借り入れ書籍を返しに行って、予約していた「検証 新ボランティア元年」を借りてきた。しかし、思うのだ。災害関係の書籍は、いつの時期のものを借りても、新刊本のように折り目が少なく、図書館に置いてあるにしては、利用者がいないことがわかる。これが災害に対しての一般の認識なのだといつも自分に言い聞かせている。ひどいものなのだ。

私の活動は、市内の全議員関係にもレポートを送っている。その場でゴミ箱に行こうと、かまわない。今回は保守系市議とまあ野党の県会議員の二箇所だ。今市議会が始まっているので、市議の方はお留守。投函だけで終えた。県会議員の方は、秘書の**さんに概要説明をしてきた。目だった応答は勿論ない。

母から外食にしたいと携帯に電話が入ったので、母を駅前で迎えて、平塚に連れ出して食事をしてきた。

NPO福祉フォーラム・ジャパン(陸前高田)から講師依頼の件で、丁重な辞退の連絡が入った。役員が地元の被災者ではないことと、訪問介護や「朝日のあたる家」集会所運営も始めたばかりであるとのこと。いい活動をされているので残念であるが、検討してくださったことを感謝し、講師リストからはずした。

明日、のこりの事務所にFAXを送る。

介護は根気が要る。だから被災時、群集の一角で静かにしかし苦渋に満ちた困難に取り組んでいる方がいらして、その声を私たちは荒い目の網で見落としてきたのだと思う。世間に迷惑をかけまいということを強く念頭においている東北人気質が、なおさらに迷彩をかけているのだと思う。

どう連携したらいいのだろう。父なら衰弱し入院しているだろう。そんなことを思いながら、ブログを書いている。

夜間傾聴>ひとり


(校正1回目済み)

コメント

8/25 被災地巡回レポート完成、関係行政・団体に配布開始

2013-08-27 05:56:36 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/25 記
-------------
今回の気仙地方訪問のレポートを、関係団体と行政課に配布をはじめた。これから障がい者諸団体と、高齢者の医療・介護関連団体との説明巡回を行うが、空転は覚悟しなくてはならないだろう。それに具体的な企画への参加要請の形をとらないと、すべて流れて終わってしまう。だから、企画が先だが費用が事前に捻出出来ない矛盾がある。

高齢者関連の企画は不慣れなので、高齢福祉介護課の企画による11/22の黒田裕子氏の講演会に、話を向けようと思う。ただこの日は県立鶴嶺高のボランティア塾と日が重なっている。時間が重ならないことを祈っている。

障がい者関連の企画は、大事な課題ではあるが、参加者が全く見込めない。懇話会はケア関係者が対象なので、一般啓蒙型の企画と違うために勝手が違う。今回は被災時の安全避難と避難生活にわたる保護対策の、即時性と有効性を高める「個人情報開示と訪問支援」の課題となる。このことは、運営者の見通しの課題であることから、支援を受ける側からは見えにくい課題となっている。

ここに被災地からゲストを呼ぶのだから、説得に時間をかけなくては無理と判断した。また、怪しげな私の「無視」はこの十年間に作られた物語である。そんじょそこらで変わるわけも無い。しかし、被災地事業所を招待するのは、時期尚早。

地元の障がい者関連事業所が、被災時教職員とその家族も被災し動きが取れなくなる。当然、障害者と家族も被災するところとなる。そのときどうするかということは、特別支援校(旧養護学校)や盲学校・聾学校などが福祉避難所兼センターとなり、避難訓練なども行われているため、目だった形で議論されているわけではない。しかし成人障がい者や、精神障がい者、就学免除の施設の入所待ち自宅療育と訪問介護を受けている方の場合は保護の網が行き届いているわけではなく、地域からも保護の必要が出てくる。学齢を越した方の支援と外出時被災救護というバイアスをかけた支援が必要となるにもかかわらず、実際には被災時の人材不足下の実行が求められる。

また特別支援校を福祉避難所とした場合、要介護祖父母の同居家族などは、家族が要介護祖父母や青少年障がい者をあずけなければならない状態となる。単一のプランだけでは支えきれない事態がある。だから被災者の経験を聴いたり、ケア関係者の事前懇談で地域の関係者に知恵を集積していく意味がある。

しかし、このことは組織の内側からは見えなかったり、指導者の政治的立場が反映したりして、「非」所属者の蚊帳の外の立場からの提案は、その喫緊の課題であることを伝える仕掛けを組み込んでおかなくては、見えるものも伝わらない。

こうした意味で、高額の講師招待を先にするのではなく、障がい者の避難生活の現状をあらわした映画を秋に企画する。それまで巡回を待つべきなのだろうか。

-------

今、被災地で依頼した諸団体への講演依頼書を書いている。9月は防災で避難訓練をまた行うのだろう。ならば是非、福祉避難所の拡張をお願いしたいところだ。また個人医療情報QRカードを検討の棚に載せて欲しい。それを願うばかりだ。

--------

「はだしのゲン」の閲覧禁止撤回の記事を見た。禁止する方もする方だが、私は「はだしのゲン」の作品の程度が低いと感じている。戦争を起こすに至る政治の愚かさを抜きに、戦争の悲惨さから戦争を描くことは、悲惨が論拠になってしまう。またマンガ事態も主張の操り人形化している人物の描き方がステレオタイプ化していて、これは中沢氏ではなく他の方が描いたなら違ったかなと思えるのだ。テーマが問題なのではなく、とらえ方が皮相的なのだ。やってはならぬことから出発すれば、起きていることが消える。

また蛇足なのかなと。


夜間傾聴>なし


(校正1回目済み)

コメント

8/24&25 被災する要援護者の体験語りを懇話会に持ち込むために(報告2)

2013-08-26 05:55:29 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/24&25 記
-----------------
陸前高田の海岸線は、まだ津波に飲まれた荒地が延々と広がっている。45号線の高田松原あたりは、歩行者が全く見当たらない。昼過ぎになって、被災地見学の一団とすれちがったが、頻繁に通る工事用ダンプの隙間を歩いている感じとなる。傘などこわくてさせない、歩道が通れないのだ。

今回の狙いは、ふたつある。

障がい者関係は、自治体の被災時個人情報開示の具体例として、陸前高田のアンケート調査がある。この調査と訪問支援活動を始めている「JDFいわて」の事例を取り上げた。

高齢者関係は、被災認知症高齢者とその家族の困難の話を湘南に招待し語っていただこうと思う。避難所の高ストレスの生活の中で、高齢者の心身の衰弱、単身者の孤立はまずます深くなっている。まずはケア関係者の懇談の中にそれを持ち込むことにした。

来年度にかかるが、石巻・気仙沼・神戸の訪問を続けていく。

-------

被災地巡回の報告書と、関係団体向け資料集を仕上げた。

今日から後期夏期講習だ。合間を見て、資料を持って、団体関係者巡回を続けていく。なによりも、認知症関係は、ふたりカップリングで講師の孤立感を避けていくが、二人分10万円が頭痛の種となっている。いい方法はないものだろうか。

------

池袋に着いてから帰宅まで、全然記憶がない。家でシャワーを浴びて、そのまま眠ったが、年寄りはその翌日のほうがダメージがある。股が笑っているのには参った。報告を書きながら、一日中寝ていた。食事も冷凍物ばかりの手抜きなり。

夜間傾聴>ふたり


(校正1回目済み)

コメント

8/23 被災する要援護者の体験語りを懇話会に持ち込むために(報告1)

2013-08-25 03:18:33 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/23 記
--------------
22日の夜、池袋から夜行バスに乗って、朝6時台に陸前高田市役所前についた。23日昼間の勝負だ。ただ到着時間が早すぎるので、朝9時からすぐに仕事が始まる事業所から巡回するように計画した。

はじめは、「JDFいわて」陸前高田は自治体としては2番目に、被災救援目的で個人情報開示に踏み切った。今年のはじめインターネット上に、市内障がい者の現状の調査報告を出し、3月に統計資料を公開した。この調査を担い、訪問型地域サポートをしている団体である。

陸前高田はまだ一面の雑草の原の状態が2年半近くたったいまでも、ダンプトラックはひっきりなしに通っても、民間の土地の復興は始まっていないかのようだ。

JDF(日本障害フォーラム)の事務所は、陸前高田の気仙町という奇跡の一本松のある高田松原の近くの気仙大橋の北西にある。

目の前に陸前高田のボラセンがあり、そこでJDFの事務所の場所を聞いてみたが、どなたもわからない。環境整備・復興支援活動ボランティアとの距離を感じてしまう一瞬だった。

そこでインターネット検索をしたところ、「朝日のあたる家」の画像がでてきて、そこならばわかるのではという話で、実は私もそこでJDFが企画を行った話を記憶していたので、その施設に移動することにした。

米崎町、陸前高田の東側である。数kmあるので車道歩行を覚悟していたら、なんと大船から参加しているボランティアの方がいらして、車で米崎町の集会所施設まで送ってくださった。ところがそこは3番目の予定だった「NPO福祉フォーラム・東北」の管理する施設だった。JDFの電話番号がそこでわかり、「NPO福祉フォーラム・東北」の取材を先にさせてもらったのだが、わかったJDFの場所は、なんとボラセンの真ん前だった。

歩いて戻り、JDFとの話し合いに入ったが、この食い違いに、なにやら意気が削がれてしまった。

結局、講演依頼書を送ることで検討してもらうことになったが、講演する場合の日程の空きは、来年に入ってからである。講演は可能性が大きくなったが、必要としている情報をかなり細かく依頼したので、実現時には、ケア関係者向きの焦点の定まった講演が期待できる。

次に、「NPO福祉フォーラム・東北」は、医療系の方かなと推測される館長さんと話し合った。こちらは高齢者関係の企画なのだが、重い課題を組むつもりなので、カプリングを意識している。

避難時は勿論のこと、避難所、仮設住宅の時期において、高齢者の心身の悪化が進行した。被災は、いうまでもなく高齢者には過酷な状況だ。特に認知症発症された方の家族の心労は計り知れない。

認知症の家族を抱える介護者の慰労交流を含んだ「認知症カフェ」の活動をここの「朝日のあたる家」で行われていることから、その家族の会とともに、被災体験というバイアスのかかった認知症の状況を、ケア体験と様々な局面とともに語っていただこうと思う。痛みや激情を孕むレポートである。孤立した状態で語っていただくのは、問題があるように思うのだ。地元の理解者とともにというのは、そんな意味もある。

ふたりで10万円、苦しいところだが、年内なんとかならないか、これから帰宅しての借金騒動となる。あと5万円なんとかならんかというところだ。

地元説得の期間を1ヶ月いただいてだから、早くても12月企画となるだろう。

今回の話は、家族の会の会長さんとも話し合う機会を得た。強面の方だったが、最後は納得していただいて、適任の方がいらして、その方を仲介していただけることになった。つまり、3通、講演依頼書を書くことになる。自分の撒く種だが、重い。

すでに身体障がい関係と高齢者訪問看護の「医療ケア関係」の湘南在住関係者の方とコンタクトすることが決まっているが、この方は協力が得られれば講演者というより世話人会の方で、ご厄介になろうと思っている。

講演関係の話はここまでだが、この後、求人情報の用件も重なった「津波伝承館」訪問を行った。

採用の話は様子が全く違っていたため、候補の青年には無理という残念な結果となった。通勤が車がないと無理だったり、本来の計画が進んでいない様子で、なおさら、このさいとう製菓の工場の一角では、雇用は不安定であり、地元でなければ勤まらないことが、はっきりしたからだった。

かもめの卵という菓子のメーカーの社長齊藤賢治氏の子ども時代からの体験に基づいた津波避難の啓蒙活動であり、その画像解説はリアルだった。

一宮市の社協さんのメンバーに割り込ませてもらって、その講演を聞いたのだが、内容は安全避難の範囲内だが、実に平易に津波の恐ろしさを解きほぐし、映像を活用して解説していく。小中学生にも十分納得してもらえ、なおかつ大人にも満足してもらえる、そんな体験の厚みがあった。私のように要援護者支援を行う団体ではなく、環境整備・復興支援を行う団体が招待すれば、質の高い講演になると思った。

話が津波の恐ろしさ一般なのではなく、陸前高田で起きた事なのだ。

ただ津波伝承館が、現在の工場の一角の大会議室であるかぎり、立地条件から観光バスの利用の形でないと利用が難しい。商工会議所がらみの企画だが、他の企業さんとの歩調があわないのかもしれない。

その後の友人との再会と東海新報社さん訪問は、残念ながらかなわなかったが、本来の目的は達成した。帰ってからが、私の一番の苦手、金策が待っている。

すべてが講演成立するとは限らないが、全て、つっこめる相手である。実のある話が期待できる。協力者が欲しい。走りながら念じるものである。

夜間傾聴>なんと昨夜(22日夜)、夜行バスの車内で専用携帯が鳴った。常連の**君からのものだった。事情を説明、遠慮してもらった。いつもと違い、私が対応できないこと自身が不安なのだ。最悪のときは、塾長に担当をふることにした。

(校正1回目済み)

コメント

今、夜行バスなり

2013-08-23 21:56:54 | 地震津波災害ボランティア
2013/08/23 記
------------------
今、夜行バスの社内です。PCの旧式
カードの調子が悪く、スマホで書いています。

障がい者関係の交渉がひとつ。
高齢者関係がふたつ。いずれも企画の主旨はOK.講師依頼書を出すことに。

まあまあの成果なりと、自画自賛。

詳細は帰宅後。
コメント

8/22 これから出かけます

2013-08-22 21:09:14 | 地震津波災害ボランティア
22・23両日とも、昼間に更新します。
夜行バスなので。
コメント

8/20 意見交換会レポート(郵送分・団体宛)

2013-08-22 04:08:15 | 地震津波災害ボランティア

この間、講演会に参加してくださった方や団体に対し、資料とともに添付したご挨拶です。ご一読ください。

岩手に22日より24日朝まで陸前高田と大船渡に行きます。

--------


暑いですね、体調を崩していませんか。

昨日20日、茅ヶ崎市との協働の意見交換会があり、被災時の要援護者(今回は障がい0467(82)5048 or 090-4396-6434 tobita@mbm.nifty.com 飛田者と高齢者)の保護について、私の提案の時間をいただき、懇まで。談を行いました。いわゆる災害発生時の安全避難の話ではなく、避難生活が始まってからの様々な困難を話し合う、ケア関係者の懇談の場を作ろうという話です。

行政課は、障害福祉課・高齢福祉介護課・防災対策課、オブザーバーとして市民自治推進課、司会がNPOサポートちがさきでした。

東北の災害弱者の現状が昨年末あたりから、マスコミでも報道されはじめていますが、被災地の現状レポートの絶対量が減っているため、皆の知るところとはなっていません。2年余の時間が経っても、特にケアにあたる人材不足から、実に様々な困難に直面しています。これは、今後湘南を巻き込んで起きる南海トラフまたは首都直下型地震の際も必ず通る道となります。

この手の経験交流はなかなかうまくいきません。被災地に派遣された経験は、大きな出来事の一部でありながら、そこで起きた出来事でしかないのです。そこから見通せることにこそ、お互いの中に生かされる資源になります。その意味で、懇談参加者は一般向けではなく、ケア関係者、当事者を対象にし、現場経験者をチューター(いわば触媒)として招待した懇談を提案しました。

東日本大震災の非被災地の災害ボランティア活動が退潮していく状況では、復興と就労を支える家族と生活への取り組みが、地元専門職と臨時雇用相談員の双肩に集約されてしまうのです。この時期には、被災地に応援に行く以外、なかなか支援の意思は活かされていきません。だから被災地または、被災者として支援者を求めながら、被災の経験を活かし、いわばより的確な対応の取れる、自己研修を含む人材の苗を育てていく、現場主義の懇談が必要なのだと語りました。

一般啓蒙型の講演活動を否定しているのではなく、これからの活動の見通し探索と経験の継承が、あとあと必ず活きてくるし、それを体現する医療と生活のセイフティ・ネットワーキングの推進力になると思うのです。

こうした懇談型講演会のテストは、昨年末から2回行いました。1回目は昨年12/26に、永井雅子・県福祉事務所保健予防課課長(当時)の講演であり、2回目は今年2/18の黒田裕子・阪神高齢者障碍者支援ネットワーク理事長の講演でした。初めての試みでもあり、生に経験談を求めたり、講師側に現場経験を求めて戸惑わせたり、従来の安全避難訓練との接点をしっかり説明しなかったりと、未熟なことも多かったのですが、現場の息吹を持ち込むという試みは半歩前進したように思います。

私は8/22・23に陸前高田に行き、被災地の現状を仲介できるように、障がい者のB型事業所をまわってきます。この中に講師を受諾してくださる方を探してきます。

また、現在****************や、外出時被災の問題について******も打診を続けています。年数回以上の会ができればいいと思っています。

昨日の意見交換会では、主旨についての理解、課への持ち帰りと協力検討、世話人会形成はまだ無理とか、世話人会ができた時点で、一般向けではないが市の公益活動ということで、「げんき基金」採用候補になりうるという話がでてきました。障がい者・高齢者の生活医療介護に特化した企画をどうか支えてください。

懇話会についてのお問い合わせは、下記。

本ブログ・コメント機能をご利用ください。書き込みは即公開できない設定になっています。ご安心ください。

意見交換会に使った資料を同封します。どうかご検討ください。

次回は10月実施を探っています。

(視覚障がい関係者の方、資料の電子データが整わない点、申しわけありません。)



飛田 拝



コメント

8/20 茅ヶ崎市との協働を目指した意見交換会に参加し

2013-08-21 05:22:52 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/20 記
--------------
市との協働をめざした意見交換会が終わった。

私の提案の分科会は、

●被災緊急避難完了後からの、要援護者の介護・医療・生活支援の効果的な官民協働を形成・運営する横断的な経験懇談型講演会の実施。

●大規模被災のトリアージ以降の医療・避難生活管理の効率化を促進する医療個人情報QRカード使用案レポート。

という2つのテーマを語り合った。

私の提案の分科会には、茅ヶ崎市の高齢福祉介護課・市民自治推進課・障害福祉課・防災対策課(五十音順)およびNPOサポートちがさきが参加した。

各課の構成メンバーの中で目立つことは、今までの交渉の中で、初参加の方が多かったことだ。私は、

被災時要援護者の支援に特化した現場の経験交流を喚起する講演をケア関係者の中で行い、東北の生活・医療継続支援や湘南の防災へのヒントをつかみ出していくこと。見方を変えれば、いわば活動の苗床、苗を育てる活動であると提案。ここへの積極参加を要請。また企画の世話人会作りに協力をと訴えた。

これについては、主旨は理解、しかし、持ち帰り論議へ。市としても防災研修を企画しており、前回の講師、黒田裕子氏が一般啓蒙型講演会を11月に行うことになったと、高齢福祉介護課**さんから報告があった。

22日夜から24日朝まで、陸前高田と大船渡に講師交渉と引きこもり青年の就労支援の交渉を目的に出かけると告げた。講師については具体名を出して、協力を求めた。

またQRカードについては、改良版をか配布した。またデモをおこない、可能性を論じたが、プライバシーの保護の問題が」
また指摘された。初参加の方だった。結局論議が繰り返された。

詳細は24日以降に書き込む予定。可もなく不可もない出発となった。

夜間傾聴>中止


(校正1回目済み)

コメント

8/19 母の腸内視鏡検査が済んだ

2013-08-20 02:33:15 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/19 記
--------------
朝8時からの検査に間に合わせるため、弟の車で朝6時に家を出発した。近所に医大病院がない困った状態がある。北里大まで車で1時間半強。母のめまいがあったからやむを得ないが、もし弟の都合がつかなかったときのタクシー代を考えるとぞっとする。

母の胃切除後の検診は5年目を迎える。胃の内視鏡検査なら、地元総合病院で済むが、今回の腸の内視鏡検査は、腸内洗浄が伴うので、身体負担も大きく、腕の差も露骨にでるため、手術を行った病院で検査することにしていた。

母は食事が細くなっているので、事前の食事制限までは負担にならなかったが、検査当日、洗浄のため2Lの水を飲まねばならないのがひどく困難だったようだ。私がやったときは、2Lの水は平気だったが、検査後、数日間は排便の調子が崩れてしまった。母は結局、水を飲みきれず、腸洗浄をすることになって,効かない下剤を飲まされたようだ。その段階まで3時間、私たちは、外来ロビーで待たされた。仮眠を取りやすい、クッションは、すでに他の利用者たちに占領されて、硬い長椅子しかない。食堂もまだ食事ができないうえ、病院の近くの飲食店も10時にならないと店を開けない。

暇なとき、私はスマホや読書で済ませてきたが、弟がいる。私は塾や社会運動について語りたいが、弟は公務員なので、危うい世界にバリアを張る。趣味は全く交点が無いとなると、男は不器用そのものだ。ぶらぶらと外来フロアを歩き回り、時間をつぶすだけ。その収穫が添付画像である。「北里大学水」という冗談だった。「集団治療室」という部屋もあった。(笑)

何はともあれ、母は腸内麻酔をせず、回復は早かったが、急ぎ家に戻ることにした。

途中私を旧ジャスコの前で下ろしてもらい、サポセンでQRカードのサンプルを作成。弟がその間、母の見守りをしていた。
弟は、家に徘徊する義理の母親がいる。私の帰宅を見計らって帰って行った。

--------

後期夏期講習が始まる。その準備をして、明日の意見交換会の準備をしていて考えた。民間側から誰が傍聴にきてくれるだろうか。そんなひんやりとした刃を背筋に感じたままだが、とにかく道を拓こう。

夜間傾聴>ひとり


(校正1回目済み)

コメント

8/18 QRコードカードの経過要点と、懇話会のトップダウン型特性のこと

2013-08-19 03:21:51 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/18 記
--------------

医療個人QRカードの経過報告を、20日の意見交換会の場で行うことにしているため、当初試行に伴う様々な問題が登場した件を実態報告の形で記載、公開した。また技術的な問題は、解決したものは、経過を簡潔にまとめて報告した。その結果、今問題となっているものは、賛同者・作成協力者という理解者獲得の問題であるという情けない話で、次回に送られている。

行政への要望の活動が約半年間沈黙していたのは、情報のプライバシー保護にからむ、共通番号制度法が成立するという時期的な影響によるものだ。カード紛失・情報流用・余剰情報転用などとともに、同法制限の逸脱の可能性などの検討を行っていた。「名前・年齢・性別・血液型・連絡先・住所」という必須項目と「既往症・常備薬・職場…」のような任意選択項目に情報を分けたことや、地域拠点病院・市役所の受付窓口設置や、自閉症スペクトラム・知的障がい者の職域開拓既得権の確立という地域医療システムについて語る。議論に参加して欲しいことや、テストを実現する道を模索していることで結んだ。

また、懇話会本体の試行について、障がい者領域からの参加の道が途絶れている現状についてもふれる。

本質的に懇話会は、ガバナンス、地域政策の活動として行うトップダウン型の活動であること、ここが活動のダイナミクスを欠いてしまう弱点だが、課題は的を射ている。

やっと運動論的な意味で、次の扉へと進んだが、私が個人負担できるのがせいぜい年間10万~15万円程度であり、政策的な評価を得られるものなら、不足分補助にまで削減してもらいたい。この活動が自由参加のゼミのような性格なら、なかなか助成金対象にならないため、財源問題が控えている。

さて20日の意見交換会では、世話人会が必要という話も思案中。


ーーーーーーー

19日、母の腸の内視鏡検査がある。北里大の病院で行うが家を6時に出る。弟の車を頼み込んだが、麻酔を使うため、回復に時間がかかるので一日仕事となる。

20日の資料ができた。あとはQRコードシールのサンプルを、19日に作って終了。

夜間傾聴>橋本3君(母親・久しぶり)


(校正1回目済み)

コメント

8/17 母の検査後遺症の一日/医者と支援者のスタンスの違いとは

2013-08-18 05:47:26 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/17 記
--------------
昼過ぎ、**先生の親族から教材屋に連絡があり、故人の遺志もあって、家族だけの密葬にするとのことで、社葬は中止となった。おさまらないのが社長。**先生は創業者のひとりだったからだ。葬儀の日、関係者全員にメールを要求した。なるほど、まとめて遺族に届けようという魂胆。反対者なしで、決定。この案、社長のときは「やんなーい」だそうだ、零細企業は噂好きなり。

とにかく寝不足。昨日の記事を書き込んでいる最中、テーブルに数回頭を打ち付けていた。朝、目覚ましの音が気づかないほどに短時間で深い眠りに落ちていた。

我が家にはプリンタがない。サポセンでデバッグした20日の資料ファイルと、懇話会名刺を仕上げ印刷した。20日に間に合いそうだ。

気になるのは、先日お願いした**学会の震災現場医療経験者の講師依頼の応答だった。私の提案が、一番災害矛盾が集中するところ、災害時要援護者に焦点を置いた支援となり、ひとつは安全避難の困難、もうひとつが特別なニーズを持った避難生活という問題意識となる。ところが、救急医と医療関係者には、確実な救急医療提供が念頭にあり、現場医療に偏りの無い提供を行うために要援護者への関心が出てくる。似たようなものに見えるが違う。

私には大きな救急医療の投網に無理があり、結局要援護者が後回しになるという不審感がある。救急医療は専門職の腕力の問題にしてしまうと、膨大な被害が一瞬にして立ち現れる災害に対処しきれるものではないのだ。健常者に働きかけ、援助を現場組織する担当者が、可能性を見極めて動くノウハウを身につけて動くことが必要であるし、避難生活が始まってからは、分担できる仕事は、システマチックな具体性を帯びてくる。官民協働とはそういうことであり、医療は専門職の仕事という痩せた観念を半歩でも超えて行こうという試みなのだ。

依頼の際、説明に避難生活時の「高齢者認知症の悪化」の話をした。そのとき、先方に動揺があり、「認知症は難しい。これは災害以前からの問題であり、無理だ」という施療側の本音のような言葉があった。私は障がい者の困難を語る意気を削がれてしまった。福祉避難所ではなく、一般の避難所で起きていることは、高齢者・身体障がい者の体調悪化であり、福祉避難所の貧困も手伝った精神・発達障がい者の生活の場所喪失とストレス悪化、介護者・家族主導者の心身疲労であろう。実際、生活支援と接点の薄い医療の成しうることは、実際には氷山の山の部分である。ことはこの医療の解決力と結びつく、支援の効果的運用の課題なのだ。

だから、この齟齬は永遠の課題というようなものではないが、災害医療のパラダイムの転換を求めるものなのだ。大風呂敷が始まったように聞こえるかもしれない。しかしそれを先鋭化して問いかけるのが災害なのだ。

ここの力学を失ってしまったから、仮設住宅入居以降の被災者支援活動が水をかけられたように、非被災地の活動が冷えていってしまったともいえる。就労支援・現地の復興支援以外は、被災者と結ぶ具体的絆をうしなってしまった。就労支援も復興支援も、日々の生命活動を維持する生活基盤安定が水面下に沈んで見えないのだ。

見えないところゆえ、ケア関係者からはじめようという話を私はしている。現場組織者ネットが出来上がれば、巨人の腰があがる、そう「妄想」するのだ。

夜間傾聴>**子(案の上)

(校正1回目済み)

コメント

8/16 母の胃の検査で 他

2013-08-17 06:26:14 | 地震津波災害ボランティア

2013/08/16 記
--------------
母の胃切除後の定期検査第1日目。前日から食事制限したせいか、母は22時過ぎにめまいが復活。北里大付属病院までの移動に問題が起きる。弟夫婦は徘徊のある母親と同居しているので、負担がかかるため依頼しなかったが、現状では延期せざるをえないので、車を出してもらう。

精神面のストレスが影響している症状は、ときとして現金な変化をする。弟の車で行けることがわかると、めまいとダンピングは急速に治まった。

親子3人で北里大に向かうことに。胃のCTと造影剤撮影。あっけなく午前11時には会計を済ませることができた。私は徹夜状態だったので、昼を中華街で食べようと提案。実のことをいうと、ビッグイシュー誌の新刊を、茅ヶ崎分受け取りに、横浜駅の販売員さんのところに買出しに行く用事があり、これがしんどくなっていた。私を車で駅まで運んでもらい、移動中は仮眠を取りたかった。

昼食と受け取りの両方をすませ、帰宅する頃には、母はぐっすりと寝息をたてていた。問題は19日の腸の内視鏡検査である。ダメージが大きいので、母のケアで翌日の茅ヶ崎市との意見交換会や、岩手出張(?)に影響がではしまいかと、勝手に考えている。

意見交換会資料に2箇所のバグを発見。急遽差し替え印刷。懇話会発起人の名刺を作る。

**子から今日の0時54分に電話がかかってきた。このとき、教材屋チームのボス、**先生が急に亡くなった。老衰だった。私が一番場所が近く、息子さんが旅行先から帰国するまで、お手伝いするため、辻堂に跳んだ。**子の電話はタイミングが最悪なので、メールで事情を説明。他の青年の夜間傾聴は中止となった。

明け方、息子さんの手配で親戚の方が入ってきたので失礼し、1時間ちょっとで戻ることができた。葬儀は社葬の方だけ出席することにした。母の検査と重なりかねないからだ。

今回はごたごたの記事になってしまった。


夜間傾聴>中止

(校正2回目済み)

コメント