湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

10/29&30 やっと「わーくNo.048」完成、避難所マイクロFMについてひっかかって

2014-10-31 05:16:09 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/29&30 記
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「わーくNo.048」(全8ページ)が出来上がった。難航していたのは「避難所マイクロFM」の得失の部分だった。

1)マイクロFMの機能(番組コンテンツの件)
2)放送局運営チームの資質(青少年の世代閉鎖性の件)
3)情報提供から対話形成へ(コミュニティ媒体への道)
4)避難所利用災害弱者へのメリット(取材活動)
5)地域ミニFMとの連携他
6)災害発生前のチーム日常活動(待機)

今回は1)までしか言及できなかったが、このマイクロFMの話は6っつの壁に囲まれている。次号は2)・3)を記事化する。

明日に印刷し、「金曜ミニカフェ」が19時からサポセンであるので、そこから配布する。

---ここから---

シリーズ*災害時、青少年の活動参加(5)
☆☆避難所内官位マイクロFM放送局を運営する☆☆
**「『避難所マイクロFM』が果たす役割とは」**
<<<連絡放送/イベント提案/安否確認/避難所NEWS/etc.>>>



●大きな避難所は利用者の多様なニーズに応える情報環境を提供することが難しく、被災者の出入りが多いために、情報が断片化して、避難所間を越える必要情報の提供も蓄積も期待できない。情報提供は従来の掲示板とチラシ配布によるものだが、被災者にとっては、物資や食事、巡回医療等の避難生活情報や、安否確認などの大量の情報提供の取捨選択に追われて、利用者間の対話や、質問や要望の安定した受付ルートが見えないという孤立感を抱えることすらある。避難生活は忙しいから、小さな不満が次々に鬱積していく。
●阪神淡路大震災のころから、被災地には、被災者をつなぐミニコミが自然発生的に誕生してきた。その中で注目すべき活動は、自主発刊の不定期新聞であり、アマチュア無線家が協力した「ミニFM」があった。これらはインターネットメディアと異なり、極めてローカルな仮想コミュニティを形成し、前述の孤立感、雑踏の中の孤独、長期不確かな場に晒される不安から脱出するアリアドネの糸のような期待と親近感を得つつ、その後の災害の度に登場するようになった。
●地域に根ざし、公的な情報だけでなく、被災者の中からタイムラグはありながらもまとまった情報を文字に載せて提供したミニコミ紙と異なり、SNSのような即興性をもった音声放送媒体である「ミニFM」が、公共放送のローカルな補間の役割を持ちつつ登場した。やがてそれは「災害FM」という有期限放送免許に基づく地域公共放送を生み出していく。
●しかし地域FMでは小回りが効かない一避難所の連絡放送や、幼児一次預かりイベントなどのような、避難所運営本部に提案されたイベントの有志集めや、周知のようなイベント提案、家族探しに現れた方の紹介などの安否確認、簡易トイレの増設などのお知らせ(避難所NEWS)連絡などの役割を持たせつつ、「避難所マイクロFM」が生まれた。エリアが狭いので、設備も簡素なもので済む。大災害時、急性期のコミュニティは、基本的にインターネットに頼れない。放送という一方通行のメディアではあるが、大避難所ひとつ程度のエリアであれば、応答はすぐに発信者に返される。この放送活動は、避難所運営本部の補完的な情報受付集散点(ノード)なので、その運営から対話まで出入りする協力者を生み出して行く。出会いの場なのだ。
●インターネット放送が始まり、自由に、原理的にはグローバルな環境が整っている現在、その運営情況をみると、想像力のかけらもない豚に真珠のようなひどい状態があり、ただ技術と可能性に任せている現状とは異なり、そのコンテンツは被災という状況のニーズが見えている。それゆえに運営本部と連携した「ひとつの屋根の下コミュニティ」を進める媒体たりうる。 (次号へつづく)

---ここまで---

p.s. ⚫︎「老後を大震災の街に生きる」中島れい著(1999/03)(ISBN:4754100255)入手。古いが、具体的。

夜間傾聴>ふたり

(校正1回目済み)

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10/29 「わーく OnlinePicUp No.048」仕上げ中

2014-10-30 05:58:52 | 地震津波災害ボランティア

今、「わーく」No.048の仕上げをしています。

10/31の金曜ミニカフェで配布できるように準備中。

今回のブログは、30日分とあわせさせてください。

すみません。

 

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10/28 懇話会活動・わーく活動と障がい者支援防災活動の接点強化を考える

2014-10-29 06:02:26 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/28 記
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Skypeを使って、奈良**大MLの**さんに協力を依頼してテスト。懇話会に透析をしている##さんとTV会議が一応出来ることがわかった。しかし問題は、被災時の体験談を交わすところから、私たちが何を見通していくかという点で、先方の医師と合同で意見交換を行うというような演出をしていかないと、地域医療と災害という論点にたどりつかないだろう。

先方にSkype経験者がいれば、高田病院とか石巻赤十字病院も,湘南まで足を運んでいくことが難しい方も、意見交換が可能になる。特別支援校関係者もそうだ。しかし実際は、被災地に協力者がいないと、私の身体はひとつだから、話が進められない。ただ企画の枠がひろがった。

「わーくNo.048」の構成が8ページ型に落ち着きつつある。連載ものの「汎用個人医療情報QRカード」と「マイクロFM」、Top記事、「金曜ミニカフェ予定表」で4ページが無くなり、残り2~3ページが「金曜ミニカフェ番組の各回レポート」となり、あと1~2ページが空く。ここは、今、「N君と私の雑談」が入っているが、ここに取材記事を隔月1本入れられないかと、思っているのだ。

悩みは、懇話会の活動も、「わーく」の活動も、障がい者サイドの切り口が弱いことだ。もともと高機能自閉症とかアスペルガー症候群、ADHD,鬱病、パニック症候群等、あえて束ねれば、自閉症スペクトラムと神経症という領域に関連した、引きこもりの青少年という、従来の身体障がいや、知的障がい、精神障がいという範疇に接しながら、活動が別だった人たちを対象にしてきた経過から、同じ災害ボラを語りながら、なかなか重ならなかった経過がある。

障がい領域の中でも、有効なサポートがあれば、安全避難が何とか可能の方もいれば、ベッドや車椅子等物理的障がい、コミュニケーション障がいのように、時の運を待つような感覚になっている方もいる。そして圧倒的多数が、避難訓練を防災活動と勘違いしているため、いわゆる亜急性期・慢性期のサポート活動のような避難後を活動対象にしていることが通じないイメージの壁がある。

例えば「避難所マイクロFM」の話は、引きこもり青年たちが結構取り組んでいる。災害ボラ活動への参加のファーストエイドの役割があり、中高生世代の集散点という居場所作り活動なのだが、ここでいう「引きこもり青年」は、「わーく」の場合、自閉症スペクトラムという困難を抱えている子が多い。避難生活の中の居場所・世代ネット作りを考えている。軽度の方は課題が違うのだ。これが障がい者活動にフィットしていないのがわかる。

連載「医療情報QRカード」は、被災時、身の安全確保のために必要なことはわかるが、避難所生活の様子と、仮設またはみなし仮設の生活サポートに発想がふくらんでいない。

懇話会でも同質なものが挟まっている。だから、被災地からの体験紹介を入れたいと思うのだ。「被災時の災害弱者の医療保障」という点で、当面は、高齢者・障がい者共通のテーマでいくが、障がい者サイドに直結したテーマも追いたいのだ。

今週の金曜日は、埼玉・川越の自閉症者安全避難訓練の話題を入れる。

11月は県立鶴嶺高校ボランティア塾の応援で、少し脱線してNHK仙台のドラマ「ラジオ」を14日に入れる。この辺、思案のしどころなのだ。

夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)

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10/27 大震災は医療危機の露払いになるのだろうか?

2014-10-28 06:14:11 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/27 記
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気仙沼の被災自閉症児者と家族の経験を湘南に持ち込めないか、懇話会企画の中で考えている。ただこれは、高齢者関係の方にはピンと来ないだろう。また、今後の防災医療への民間の役割分担の意味で、市民トリアージの動きは、聞き耳を立てておくべきだが、これは発災時の拠点病院の混乱回避という救急医療の迅速化と、見守りへの民間支援の道を開くものとしての意味が出てくる。災害弱者救護への民間分担のボランティア育成の畑を耕すものだ。その意味で、これも懇話会で扱いたい。しかし、それもそういう戦略性を持って関わる者以外は、市防災対策課・保健福祉課今後の防災との対話が必要になるだろう。ここが難関。災害弱者というくくりが希薄だからだ。関係者を招待する場合、懇談参加者が難しい。

この他にも、災害弱者の地域サポート体制(ケアネット)の構想先行実践の関係者として、大阪・神戸からの招待も考えている。

こう考えてくると、障がい者・高齢者という懇話会企画構成はかなり難しい。

地方の過疎高齢化と、2025年問題は地域医療という分業のビジョンを見通していくと、病院と自宅治療を潤滑に運営する地域セイフティネットという構図になる。地方では通院が、都市部では病院の満床が問題になる。訪問看護を入れても、介護者家族の負担の増大は大問題だ。

ところが、東日本大震災が地域の過疎化を生み、産婦人科・小児科・MRI放射線課などの高度医療の維持が経営的に難しくなる。そうなったとき、高齢者の通院難だけでなく、出産・高度治療を受けるには、遠方の病院を探さなければならなくなる。都市部では、治療というより介護対象の高齢者が病院からはみ出してくる。地方と同じ、家庭の介護負担が増大する。

これは予感でしかないのだが、南海トラフ・首都直下地震が起きて、医療体制の危機を災害が露払いになるのだろうという危機感がある。要介護高齢者の医療が救急医療の前面にでると、医療サポートが必要な障がい者のサービス低下が起きねばいいがと思うのだ。出産・子育ての方も、然りだ。

地域の医療ケアのセイフティネットは、重要性が増している。

懇話会の方法論は「現場に聞け」だが、次回の人選、ため息をついている。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

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10/26 わーくNo.048 原稿書き始め(2本)

2014-10-27 06:06:34 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/26 記
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「わーくNo.048」の記事を整えている。
下の「---- ここから -----」以降が記事です。

応答をいただいた透析を受けている方は、遠出の懇話会ゲストには無理。面白い方なのでSkypeのTV対談に載せられないか検討している。

母の古い友人が千葉県からご母堂の命日で、茅ヶ崎の菩提寺までいらした関係で、母は正装して食事に出て行った。私は教材屋の追い込み(改訂稿締切)があって夕方まで家にいた。息が詰まるので、遅い昼食でぶらり駅前の店に入って驚いた。母たちが食事をしていたのだ。結局逮捕されて、高齢女性軍の肴にされていた。

困ったことになった。夕方この時間に食事をしているとなると、母は21時過ぎにならないと次の食事をしない。生ものを解凍しておいたのだ。案の定、母は食べない。私が勿体無いから全部食べることに。炭水化物を摂らずにお茶で刺身を流し込んだ。猫になったような気分だ。


---- ここから -----

P.6/8記事
<<>>
------ 発災後、3年半余経っても、避難生活をしている方が、いっこうに次の一歩を踏み出せずにいます。それなのに、いわゆる非被災地の支援活動は衰退しています。これでいいわけはなく、特に「災害弱者」の状況は、問題が深刻化しているにも関わらず、情報が減っています。だから凝視していかなくてはと思います。ここでは、気仙地方にお邪魔したときの経験を、N君と話してみたので、文字起こししました。連続物ですがお読みください。(飛田)

==危険な夜間の未整備被災地/生活再建と災害弱者==


ん)飛田、前、被災地で子どもから挨拶されたって、自慢してたね。
と)ああ、あれね。夕方、女子小学生ふたりと、通りでであったの。すれ違いざまに「こんにちは」と、ふたりが声をあわせて挨拶した。ひと気のないところで、相手は学校からの帰り。近所の子だと思うよ。少し遠い家の子はスクールバスだから。
ん)嬉しかったんだ。
と)いや、定食屋さんが教えてくれたんだけど、怪しいひとと出会ったら、大きな声で挨拶して、急いで離れろと先生に教わっているのだとさ。
ん)怪しい爺ぃ。(大笑い)
と)そう、「怪しい」爺ぃ。でもね、湘南の夕方のイメージで考えてはいけない。本当に人が歩いていないし、街路灯も点かないし、日が落ちると真っ暗なんだ。防犯ね。
ん)飛田、穴に落ちたんだろ。
と)側溝の蓋が割れていた。そこでこけた。懐中電灯を持っていたけれど、僕は目が悪いから、見えなかった。今でも一部の荒地のところでは、つぶれた車や、自転車のスポーク、割れた壜(びん)などがころがっている。怪我すると破傷風になる可能性がある。
ん)3年だろ?!
と)全然、復興が進んでいない。
と)でもね、この危ない場所の近くで、もっとこわいことに会ってしまったんだ。認知症の徘徊って知ってるか。
ん)認知症って、高齢者のだろ。
と)高齢者が中心ということ。脳に異常が起きて、 方向感覚がなくなる。自分がどこにいるかわからないまま、歩き続けている。この危ない場所のすぐ脇の道をふらついていた。
ん)110番だろ。
と)私が会ったのは、被災後1年たっているのに、携帯が通じないところがあちこちにあって、盛駅の前でさえ、と)外出癖のある知的障がい者の場合は、内陸部の施設に預けたりしているようだけれど、精神障がい者の場合は、社会的隔離といって、精神科の病院に監禁してしまう例もあったようだ。家庭の生活再建に力を注ぎたいので、常に擁護していられないという 事情がある。
ん)引きこもりの人は?
と)わからないんだ。ただ、避難所などで結構活躍しているという話をあちこちで聞いた。
ん)そうなんだ。          
               (つづく)

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Top記事

==不登校・引きこもり青少年の
      自主参加災害ボランティアを考える==
●私たちは、いわゆる若年者(15~34才)の社会参加を行っている。現在は災害ボランティアを取り組んでいるが、このロー・ティーンズ層を含むティーンズは、災害時、自分の家族の使いまわしになる程度で、休校明けまで地元で居心地の悪い時間を過ごすことになる。

●ボランティアの報告会に参加しても、彼らの声は聞こえてこず、彼らは学校の企画の中でボランティア参加している。しかし、不登校・引きこもりの青少年たちの自主活動が実証したように、学齢期をモラトリアム期間として発想している常識も、たかだか百数十年の近代教育制度の中で形作られているに過ぎない。年齢上自主ボランティアは無理ということにはならない。

●この層は、ひとり浮き上がることや責任を問われることを避ける傾向が強いとされている。しかしそれはアルバイトをしたり、得意なことを頼まれたりしたときの彼らと、日常の彼らとのギャップは大きい。また、大人たちにしても、仕事に正面から取り組む人もいれば、怠慢な人もいるから、この層だけをバッシングするのは、おかしい。

●ましてや発災時、家族や知人、身近な人たちの危機に、この世代の子たちの役割分担の発想があってしかるべきと考える。枠を決め、背中を押せば動き出し易いだろう。経験的に言えば、最良のボランティア参加は、同世代の多い集団ではなく、年齢が上の方ばかりの中で彼らが学んで行く、そういう環境が作り出せるとき、ティーンズを現在の責任回避傾向と束ねてしまう前に、彼らに適した有用な仕事モデル、影響の少ない端役ではなく、ボランティア活動の周辺、中心につながっていける周辺の役を作っていく必要がある。

●彼らの自主ボランティア活動のもうひとつの問題は、失敗時の責任の問題がある。しかし、ここで論じているのは、災害発生時という非常時という背景の中で考えて行く必要がある。一般的には彼らの保護者・親御さんということになるが、大災害時には、その親御さん自身が被災している可能性もある。未熟であろうとも、地元の若い力が求められる。その「若い」とは「成人」という意味ではなく、「地づきの若い力」、それは大学生ではなく、中高生が眠っていることに注目していきたい。

●私たちは、不登校・引きこもりという社会的挫折や軽度障がいによる不平等競争に晒された子たちと伴走してきた。彼らを精神治療の庇護の囲いに封じ込めるのではなく、リターンマッチができる状態を整え、自主参加の道を拓いておく活動を行う。幸い大災害の被災環境は、「災害ユートピア」と称される「必要とされる体験の場」が現出する。このファクタが旨くからみあったとき、彼は脱皮するだろう。また平穏な日常ということが実は水面下の泳ぎによって支えられているという体験が出来る場でもある。だから災害ボランティアという社会参加にこだわるのだ。                                                 (飛田)
--------------------------------------------------

---- ここまで -----

p.s. メモ
●「震災で孤立… 発達障害児どう支援」


夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)

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10/25 朝日。黒田裕子さんの訃報記事/今ここで「災害弱者」支援を語るのは

2014-10-26 04:51:42 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/25 記
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朝日新聞10月24日(金)夕刊に河北新報で見たものと同じ写真が載っていた。阪神高齢者・障害者支援ネットワークの黒田裕子さんの訃報が載っていた。「被災者のそば 最期まで」だ。

懇話会では、看護師養成の授業を語るのとは勝手が違っていたようで、戸惑いつつ阪神淡路大震災と気仙沼の2つの経験を語ってくださった。茅ヶ崎市主催の講演会でも、話を楽しんでいただいたことが印象に残っている。

経験はその方一代のものだ。それを対話の中から普遍性を持った共有の知識に昇華させていく作業の中に懇話会の対話がある。懇話会は、一般向けではない。経験交流だからだ。しかしその目的は、災害弱者保護の防災ネット作りと、東北被災者の支援現場支援を摸索して行くことにある。支援活動を生み出して行く土台となる現場の要請と被災者の心身擁護企画への影響作りにある。

市社協のボラバスが金曜日は43名が乗車していったという。小野間さんの落語ではないが、ニーズにあった自前の企画を持ち込んで欲しいと思う。ただフリートークでも語ったように、被災者全般に対する慰安企画や就業支援をするとき、そこから心身の困難ゆえに、その集団に入れない疎外された方々が、必ず隠れている。元気が見えない影を生み出しているのだ。それゆえに、障がい者・高齢者・傷病者等のように、災害弱者の取り組みは、ニーズをしっかり受け止めたものでなくてはならない。その領域のデザインをどう生み出して行くかの仕事を抱え込んでいる。

今、「わーく No.048」の中の連載「汎用医療個人情報QRカード」の特集で、「SOSカードとのカップリング」をとりあげていく。その参考資料を以下にあげる。


●「助けてカード」(日本自閉症協会)

●「茨城県聴覚障害者協会より」

今、視覚障がい者団体をチェック中。

日曜日は、在宅作業となる・・。


夜間傾聴>なし

(校正1回目済)

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10/24 映画「A2・B・C」/被災者支援落語「初天神」を聴いて

2014-10-25 05:40:27 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/24 記
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寝不足のまま、橋本に出る。今日はJR相模原に出て塾長の奥さんの交代要員となる。フィリピン料理が飛んできた。塾長のサービス。豆のスープ。

市役所に私用で立ち寄る。特養のケアマネ**さんやら、秘書課の++さんと出会って立ち話。窓口で私を呼んでいるのに話が切れず、ついつい時間ぎりぎりになってしまった。隣の文化会館小ホールで、映画「A2・B・C」を見る。

福島原発事故の放射能汚染した郷土。自宅周辺だけ除染し、地域に住民を戻そうとする行政のおかしさを描いて行く画像。恣意的な安全基準を弄する東電・国の対応の危うさはわかる。しかし、基準値の数字の考え方を直感的な行動基準に戻す発想はどうか。長期の低線量被爆の影響を継続観察したり、環境要因との複合評価などはいいが、放射線は無い方がいいという主張を最後にはさみこんだことは野暮ったい。四捨五入を子どもに教えるとき、切り捨てられる部分について、丸められた同じ数値に、切り捨てられたのだから、こちらの方が多いという意見を述べることある。処理された数値は同じ。0ほど良いという論理はどうか。原発以前の環境を基準とするならわかる。しかし、ゼロを基準に持って行くのは、いただけない。「原発建設以前の数値へ」ならわかる。低線量被爆の恐ろしさを実証して行くことを徹するべきだった。

日常生活を記録して行くことは、実は透徹した観察眼を求められる意味で、大変難しい。それが中途半端になって、主張が浮き上がってしまったという意味で、残念。

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早めの夕食と買い物を済ませてから、サポセンへ。小野間博さんの落語「初天神」を聴いた。「よるカフェ・ひとりのちから~私の思いと被災地支援」「南三陸仮設住宅に暮らす人々が 笑いを取り戻した 落語『初天神』」

うまい。落語としては拍手。しかし、被災地支援としては、今の被災者のニーズに応えているとは言いがたい。休憩を挟んだ後のフリートークの場で、今回は自己紹介の一部をさせてもらった。案の定、話すと周囲がフリーズする。司会の誘導が有効に効いて、なんとか皆の意見を交換できたのは、よかった。欲張らなければ、今回は、よし。

二つの話を出した。

1)民泊交流の推進の意義(家族と家族の私的交流)

2)金曜ミニ・カフェへの招待

この2点。


Mさんに、某マスコミに打診した話を公開。


夜間傾聴>ひとり

(校正2回目済み)

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10/23 金曜ミニカフェ11月分作品選定終わる

2014-10-24 06:16:56 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/23 記
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生業の方でトラブルが続いていたが、一応の解決。先方の日程がたたないため、挨拶で東京へ。あちこちメールを出して打診していた懇話会ゲスト候補の団体に、東京に出たついでに、アポなし訪問してきた。論点の山はいくつかあり、安全避難が一応終わった避難所の劣悪環境原因の健康被害・福祉避難所をめぐるサポートの件で、再々度赤十字に打診。要点を聞いてもらったが、先方が若い…。責任者に話が届くか不安。

精神医療関係の某団体。東日本大震災への全国サポートは終了していると断わられたが、湘南の防災の検討の一環としてと問うが、いい返事なし。

時間切れで辻堂に戻った。両者とも一応のメール応答があったところ。担当者の個人の腹の中にまだ納まっている話なのかもしれない。

買い物を済ませて帰宅。母の夕食は大腸検査の後なので、急に食物を入れないとの指示を受けていたので、洋風粥と温野菜サラダ。私は大戸屋で焼き魚定食を食べておいた。糖尿病対策なり。

今日の茅ヶ崎映画祭の「遺言」は、参加できなかったが、明日は出られそうだ。エコの視点かなと思いつつ、日常生活の価値を福島の避難生活の中で吟味する視点が面白いかも。

昼までに橋本。帰りに上映会と、サポセンの復興支援落語を聴いてくる。海老名周辺で電源コンセントがつかえる喫茶がないかなと探っている。上映会前に作業をしておきたい。サポセン、準備で落ち着かないだろうなと思いつつ。

先ほどまで、金曜ミニカフェ11月分の予定を組んでいた。


11/14
NHKドラマ「ラジオ」(災害ミニFMをめぐって 55分)
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11/28 ~発災時病院の混乱と民間ボランティア~
●ハートネットTVシリーズ東日本大震災
 「どうしたら救えたのか
  ~宮城・志津川病院からの報告」(NHK30分)
●NHKスペシャル「阪神淡路大震災19年
 巨大地震その時あなたは」(NHK50分・再放送)
 ~自主活動・市民トリアージ等  (計80分)

以前「災害FM」のドラマで、事実に反する脚色が強いとの批評から、放送中止になった災害FMドラマ番組の方ではない。ミニFM参加を通じて社会的参加の中で一少女が育って行く様を描いたもの。ビデオの調子が悪く、頭2分強が切れているのは堪忍してもらう。

「わーくOnlinePicUp No.048」に予定表を載せる予定。

猛烈に眠い。今回ここまで。

夜間傾聴>開店休業

(校正2回目済み)

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10/22 朝日「避難所環境紹介記事10/20」より/「毎日がアルツハイマー2」にふれて

2014-10-23 06:32:28 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/22 記
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朝日新聞10月20日(月)の36面に、「災害大国 避難所 過酷な環境」という特集記事が出た。このタイミングで取り上げたのは中越地震10周年の影響かなと思いつつ、ざっと目を通した。避難所の生活の具体的な例(岩手県大槌町安渡小学校避難所)が紹介されている。目を通して行くとふたつの特徴に出会う。

それは、発災後2週間を経て、避難所移動者も少なくなり、生活にパターンが出来てくるころを「心理的欲求 ストレスが上昇」として特徴付けている。この間に被介護者の心身の健康は強いストレスに晒されている。ここまで介護してきた者の無理をしてきた心身の緊張疲労が限界に達し、医療的な見守りの限界が訪れる。その力動のようなものが、朝日が引用した内閣府資料では、「誰の話なのか」という説明がない。避難所利用者というくくりなのだろうけれど、この一元的な束ね方にどれほどの意味があろうかということ。

もうひとつは、安定期に入ってから後の生活パターンの中身を改めて明らかにした価値のことだ。日のあるうちに生活再建の準備を進めるという生活パターンと、夕食から消灯までの屋内の五時間、ここに避難所利用者の相互を関係付ける時間や、家族という閉じた時間を過ごす時間帯があるということ、更には被災3ヵ月後以降も切り詰めた食事が続く様子が描かれる。つまり避難所生活のディテールが明らかにになっている。これらは、避難所生活に対して何らかの提案をなそうとするものに、漠然としたものではあるが、ガイドラインを提供するものになっている。

資料解説の「配給に列 水や暖房制限/狭い空間 体調崩す恐れ」「高齢者や障害者への配慮に課題」の2つの記事がコンパクトに要点を整理している。同紙39面「非難弱者 地域で守る 福祉避難所設置 各地の摸索」を副次資料として使えば、議論に使える資料が出たように思う。なお、36面は

●「平田京子・日本女子大教授研究室『避難所解説読本』」

●「中村和男・長岡科学技術科学大名誉教授の分析」

から更に話題を広げられそうだ。平田京子氏のサイトからは、避難所解説読本のパンフレットをDLすることができる。

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相模大野校からの帰り、「毎日がアルツハイマー2」の上映会に参加した。今回は関口監督親子の介護ショットだけでなく、イギリスの「パーソン・センタード・ケア」の現地見学も含んでおり、

●「パーソン・センタード・ケア」
●「ユマニチュードとは」
●「認知症ケア「ユマニチュード」…患者目線で伝える優しさ」
●「認知症の介護:バリデーション療法」

というように、認知症治療は認知症の方(『患者』といわない)との人間的な交流をすえなおした関わりが始まっている。その意味で、笑いや明るさは大切だが、認知症家族の介護は、静かにその関係に移行してきたのではなく、家族の歴史を背負っているという意味で、求められる関係に柔らかに流し込むことは難しい。

我が家は強情な父方の曾祖母と専制君主的な父双方の介護で、認知症ケアに携わったが、異常が出る前から高ストレスな関係にあり、父は脳血栓から半身麻痺が始まり、家族の中の専制君主の座が崩れるという当人の焦りの中に血栓性認知症が進行した。路上の転倒を繰り返し、それでも徘徊。そういう経過の嵐の中に認知症ケアがあった。曾祖母はいわゆる嫁いびりがきついひとだったので、せん妄から認知症が突然始まる経過をたどり、物の紛失と犯人探しの大騒ぎをして、激流のように認知症が進んだ。おそらく父と同じ血栓型認知症だと思われる。もと茅ヶ崎市の職員の**さんもそうであったように、万引きがじつは「ピック病(前頭側頭葉変性症)」の症状であったように、性格の変化や理解不能な行動を伴うものもあり、なだらかな坂を下りて行くような、穏やかな認知症とは限らないものがある。その嵐の中で、なおかつ人間的な関係をとり戻していくことは、専門職のリードが、やはり必要となる。

映画のあるカットだが、外出する際の車の中で、関口監督が母親に寄り添い、カメラに向かってVサインを出すと隣の母親もVサインするシーンがあるのだが、そのVサインを「あ、逆か」と、手のひらを返す特徴的なシーンがある。自閉症の多くの方が苦手とする行動なので気がついたのだが、見られている私を自覚できる状態は「軽度」の状態。認知症は、ここから先が胸突き八丁となることを思いつつ、意地が悪いが、作品を楽しませてもらった。

茅ヶ崎映画祭があって、日程から「A2-B-C」だけ覗かせてもらおうかと思っている。

ある下肢障がい関係の団体の関係者の方と話した。その方を世話している家族の方が透析治療をしていた。その方と話すことができた。詳細は今夜。

夜間傾聴>ひとり

(校正2回目済み)

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10/21 某マスコミ事業所を訪問し、鶴嶺高ボラ塾の…他

2014-10-22 05:06:31 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/21 記
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某マスコミの事業所に、発災時のハイ・ティーンズの仕事作りに提案をしてきた。勿論、即答などできないことなので、今回は、これで終わり。気分は賽は投げられたという気分。鶴嶺高のボランティア塾で「マイクロFMの避難所放送ワークショップ」を行う。そこから見えてくることと関連付けたい。応答を待つ。詳細は後日。

その話の際、ティーンズをどうとらえるかという点で、空転が生じた。子どもをかたるときに、君は何年生かなと問う。大人を問うときに、あなたは看護師何年生とは問わないだろう。歳はいくつと問うときもあるが、この「何年生?」と問う発想の元に、モラトリアムとしての学齢期、庇護下の等級を問うような社会がそこにある。就学率が低い国で子どもに会ったとき「何年生?」とは問わない。未成年は親の庇護下にあるとし、ハイティーンズをも「学校の許可」という壁を語るときの違和感がある。

大型災害の発災時、学校は休校となり、彼らは家族とともに避難所生活が始まる。このとき、彼の行動は、学校の許可を必要とするものなのだろうか。まさに境界人である。親の責任下というのならまだしも、学校の機能停止の期間、動くなとは言えまい。少なくとも学校の授業が再開されるまでの期間は、親の責任下にあろうし、その親が被災した場合すら考えられる。急性期・亜急性期、彼はモラトリアムとしての「学生」から「一個人」に戻れる期間だ。彼が物資搬送を手伝っても、高齢者の排泄に肩を貸す場合も、そこで起きた事故が学校の責任としてかたるだろうか。

社会常識はときに、戦前ではないが非常時にすら「高校生は」と、発災前は言いがちになる。しかし、この時期、ハイティーンズは、生活を支える地元の有用な人材である。彼らにできる仕事は分かち持つことに問題があろうか。

災害体験のない湘南のハイ・ティーンズが、そのような自覚があろうかと問われて、その日常からは被災に対する想像力が出てくるはずがないという指摘があった。確かにここ30年、ハイティーンズの社会性が衰えている。そこに厄介な課題を提案しても伝わるだろうかという疑念だった。大学の学園祭が高校の学園祭と大差なくなって久しい。しかし、その彼もまた大震災に襲われたとき、他者に思い至らないだろうか、必ずそこで求められる役割に気づくと思う。

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右目がおかしい。昨日の老人クラブの**さんと路上で出会ったとき、気がつかなかったのだがメガネの汚れかとおもっていた。そのうち目に脂状の汚れを感じていたのだ。見えないのに、触感はあるのだ。水曜日、続くようなら地元眼科にいく。

先日集中メールを出したうちの1通に応答有り。透析患者さんだ。移動はどうだろうかと問いかけている。マグロと同じように床に寝て透析を受けたという。

夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)


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10/20 拡大鏡反射が邪魔だが順調/マスコミ記者さんと鶴嶺高ボラ塾が出来るか・他

2014-10-21 04:14:12 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/20 記
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某マスコミの記者さんを、県立鶴嶺高ボランティア塾の「避難所マイクロFMワークショップ」に招待することにした。明日午前中、支社の方に相談にいく。まとまれば面白いのだが。詳細は明日。

ビッグイシューを持って、市社協にお邪魔。その際、1月の懇話会ゲスト選択の雑談をした。今回は癖の強い人。CSWさんというか元社協の方で、路上生活者関係も関わっていた方。災害時の災害弱者支援の地域ネットの構想そのものに関わってきた方だ。依頼がうまくいくといいのだがと話すと、かなり微妙な反応。癖が強すぎるかなと思いつつ、ちょっと…。

老人クラブと自治会連関連の**さんと路上で会ったが、また困ったことが。私の目が原因。突然、姿が現れてすれ違ったが、それが**さん。右側から登場した。挨拶したしないで、またもめそう。すれ違ってから誰だかわかるから始末におえない。これで何人もトラブルになっている。先方は私の目のことを知らないからだ。ため息。

地震津波防災警報スイッチ・オン!プロジェクト主催の11/29上映会「3.11とびだす100通りのありがとう」のポスターを社協で受け取った。++さんたちの活動である。チャリティ入場料を寄付していく企画。市民文化会館18時半~。市「げんき」基金の活動。普通の支援活動。私のように「災害弱者」というくくりも無ければ、地域ケアネット的な構想支援という対象絞りもない。いけないことはないから、頑張ってくださいというけれど、13万人余の避難生活者に響くだろうか。疑問。カンパはします。

「被災地デイズ」を読み終えた。例えば「あなたは被災者です。駅ビルで友達とふたりでショッピングしているところで、地震に遭いました。落下物に挟まれて、友達は動けない状態になりました。第二波がやってきて、天井が落ちそうです。さてあなたは、友達を見捨てて逃げますか。Yes/No 」という調子で、災害関係のジレンマの問いかけが続く。回答がいい。現場だねという回答。茅ヶ崎市立図書館にある。お勧め。

夜間傾聴>約束があったのに、なし。

(校正1回目済み)

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10/19 照明付き拡大鏡が届く/書籍「被災地デイズ」他

2014-10-20 03:58:34 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/19 記
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照明付きの拡大鏡が届いた。やっと目的のものが手に入ったのだが、あまり喜べないのだ。以前工房で見たものと比較して、どう見ても華奢(きゃしゃ)。壊れそうなのだ。ショールームで比較商品をみても、同様に華奢なので、選びようがなかった。
しかし、返送したクランプ止めの製品と違い、スタンド自身が重く出来ているので、野暮ったくも感じる。これは仕方がない。

箱から取り出して点けてみた。期待通りの明るさ、むらの無さなのだが、PCの画面拡大には、視野の限界と収差があって、手元作業用のものを無理に立てて、目的外使用をしている感じが強いのが重心の安定域の狭さから感じる。

Windows 8は、B5画面のPCにはコマンドの文字が小さくなりすぎて読めない上、これを拡大できない。HP画面の中にも文字が小さく、拡大するとHPが画面からはみ出してしまい、使い勝手が悪い。拡大鏡は読書にも使うのだが、PCの自宅の作業の疲労軽減が目的。少々画面の反射があって慣れが必要だが使える。

ただレンズに「収差」があって、四隅に歪みが見え、かなりひどい。虫めがねを覗くと外周部は歪むのがわかる。本の拡大鏡とよく似ている。収差である。

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相模大野の帰り、ジュンク堂書店藤沢店で「被災地デイズ」を立ち読みした。なぜ立ち読みかというと、茅ヶ崎市立図書館に在庫とOPACに出ていたからだ。安全避難時に話題が限られているが、クイズ形式で話題が進んでいく。Yes/Noの二者択一では割り切れないものの解説が面白かった。子ども向けではない。関係者になりきって答える点も面白い。お勧め。2014/07刊。

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気温の変化が激しくなって、膝の交通事故の古傷が痛くて、1時間早く目が覚めてしまう。これが昼間影響がでて、相模線は居眠りに決めた。以前、病院の外来で仮眠を取ったことがあったが、そこまではいかないが、小田急のときは、藤沢のうるさく言わない喫茶で1時間居眠り。来月半ばまで例年体調を崩す。

おれは引きこもっていないと主張するN君(自称:ん君)と「わーく」次号用の対談の文字おこしをしている。音声入力をフルに活用する。修正を加えておわりこれが済んだら寝る。

p.s.火山噴火災害の番組が多くなってきた。震災津波災害が忘れられようとしているように感じる。噴火災害は報道すべきだが、またこうして13万数千人の方が避難生活をしているのに、東京オリンピックの次が噴火災害かよと、向けどころのない怒りを感じている。

夜間傾聴:N君(最近、風邪ぎみとか。)

(校正1回目済み)

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10/18 今回はつまりません、すみません

2014-10-19 05:23:35 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/18 記
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来年の懇話会のゲスト決定を始めている。次回は阪神淡路大震災関連が2名、石巻・女川関連3人、静岡1人、気仙沼1人、大船渡1人、閖上1人、学会関連3人、赤十字1名、厚労省1名の14名。施設関連本命が3人。2人メールが帰ってきているが、ひとりは現地ボラさんの受け入れと勘違いされている。狙いが通じるか。8月に一度メールしている方ばかり。医師会関係は謝金金額で折り合いがつかない。現場語りがスリリングな方がいい。夜行高速バス往復で現地1泊または無泊。節約で行く。マイクロバストとか、ドゥルーズとかへんてこな古本を売った。屁にもならない。

鶴嶺高校ボランティア塾の準備を進めている。仕掛人がもうひとり手を組んでくれれば、面白くなりそうだ。脱線だが面白いマンション放送の情報が入った。ローカルFMではなく有線放送。

明日、また神田小川町になりそう。茅ヶ崎養護のきらきらチャンプル(学園祭)も行けなかった。久々に古本屋まわりして帰るつもり。

母にほうとううどんを出す。かぼちゃと豆乳を入れるが、結構食べた。糖尿病の私にはA1cの恐怖。母、いつもの倍量食べて成功。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)




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10/17 金曜ミニ・カフェを行いました

2014-10-18 05:30:31 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/17 記
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南橋本の訪問を済ませて、茅ヶ崎サポセンで恒例の金曜ミニ・カフェを行った。明日は茅ヶ崎養護のきらきらチャンプルという文化祭が行われる。以前は大型シャボン玉を作ったが、今回はパス。こういう空転が不審のもとになっていくのだろう。作業がまだ終わらない。午前中では無理だ。

今回は2本。福島の避難者の現在の番組と6月のろうあ者大会かたの記録だ。以下、原稿。

---- ここから -----

「わーく Online PicUp No.048」用

=ふるさとを遠く離れて~原発事故避難者の3年=
☆3.11福島原発事故で避難を余儀なくされた浪江町・双葉町の人々の3年後の様子の記録。福島原発近隣の浪江町を含む避難者は、約14万人。首都圏への避難者は2万3千人だという。発災後3年目の数字だ。東電からの慰謝料月10万円/人で生活を支えている。避難者は全国各地に散っているが、その方々をつないでいるのが、地方自治体が雇用した「復興支援相談員」の仕事。日々、戸別訪問を続けている。
☆浪江町の調査によると、避難者の31%が、不慣れな土地に馴染めず、「近くに話し相手がいない」(孤立化)と感じている。先行きの見えない不安にストレスの限界に来ている。比較的近隣の方が集中している仮設住宅や、双葉町の場合は埼玉県加須市では、お茶会や昼食会のような地元交流会を行い、孤立化防止と地元の絆を保つ活動が行われている。しかしそれも、避難生活の長期化によって、双葉町の調査では「町に戻らない>65%」という統計が出てきており、帰還の可能性が薄らいできている。
☆埼玉県の埼玉県労働者福祉協議会が発行している「福玉だより」のようなミニコミを通じて、相互の出会いの場の予定を紹介しているが、その中で「自主避難」のひとたちの孤立化、いいかえれば、所在を把握しにくい上、援助が届きにくいひとたちの孤立化が問題になっている。以前の近隣のひとたちからも白眼視されているという。一向に進まない脱避難生活と行政施策の停滞に苦しんでいる。
☆しかしこれらの避難者の移住している地域では、逆に言えば、受け皿tなる地域とその地域の住民との接点が生まれるわけで、ここでも差別などの問題が起きるが、協力支援の活動が、日常生活でつながれる場でもある。それはご近所交流を深めることであったり、同郷の方をつなぐ活動であったりするが、いまだからこそ大切な活動だといえる。息の長い活動が求められている。

~全国ろうあ者大会in長野~
☆2014年6月大会が長野で行われ、防災分科会で安全避難について議論が行われた。ここでは発災時の状況把握に困難が生じること。情報不足、コミュニケーション困難という高いハードル越えが要求される。自分の困難を伝え、協力者とつながる方法として「SOS黄色いハンカチ」が紹介されていた。これはハンカチを持ち歩かなくてはならないが、いい方法だと思う。「わーく」の提案では、逆に街頭や駅の構内などで、両手を飛行機や大型車の誘導のときのように、両手を頭上で交差して振ることで、障がい者支援の協力意思表示を行う活動を社会的に認知しておけば、相乗効果があがるはずだ。
☆また、夜間避難訓練の必要などが語られていたが、障がいによって困難の質が違う。それだけに、様々な場面想定の避難ワークショップを通じて、場への想像力を育てておく活動を実現して行く必要もあるだろう。

---- ここまで ----

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

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10/16 自閉症児者の避難訓練の問い合わせ、他

2014-10-17 06:04:18 | 地震津波災害ボランティア

2014/10/16 記
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埼玉・川越の過去の自閉症児者の避難訓練についての問い合わせを出した。安全避難の取り組みだが、気になるのは場面をどう押さえているかだった。この訓練は消防職員に対しての教育的な意味合いが濃い。地域住民・通勤客と自閉症児者との関係は千差万別なので、場面モデルをどう選択したのかが気になる。10/31の金曜ミニ・カフェでもこの問題を取り上げるが、ニュース編集した短いものなので、探っているのだ。

もうひとつは、今年の夏場に長野で開かれた全国ろうあ者大会の防災分科会の資料入手のこと。問い合わせをかけたが、参加者にきかないとわからないとのこと。これも是非さがしてくださいと話をした。入手できたらFAXがくることに。

神田小川町の教材屋で、同僚++さん、動脈瘤爆発で即死だとか。塾の教え子も同じ病で命を落としている怖い病だ。私よりひとまわり年配の方だが。密葬だったようだ。全然知らなかった。関係者で仏前にとお花代をまとめているとのことで、支払ってきた。教材屋は何の保証もない、因果な商売だ。

帰りに横浜でビッグイシューを受け取る。県サポ9Fの図書貸し出しから「発達障害白書〈2015年版〉」を借りてきた。

相模大野校に向かう。退職した元事務長と偶然会う。悠々自適に市民講座で趣味の講座に通っているという。本当かなと生臭さを感じる。(何か企んでるでしょう?)

急ぎ帰宅し、温野菜蒸しをつくる。母はビーフ・ストロガノフ、私はライトツナで猫飯。

照明付き拡大鏡が届いていたが、クランプ止めの形の製品だったので送り返すことに。食卓でしごとしているのでクランプ止めで常につけておくわけにはいかない。PC画面が光ってしまう。意外な欠陥。デモでは平気だったのに。偏向板か?

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

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