湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

昨日は風邪でダウンしていました

2008-03-31 07:03:06 | 引きこもり
一度風邪を引くと長引く傾向があるので、昨日の巡回は日送りした。天井がぐるぐるゆれて見えた。解熱剤で治まってきたものの、食事の味覚がおかしい。鼻がつまると嗅覚だけでなく味覚が鈍くなる。調理をやめて、出来合いのため置き惣菜を利用して家族の食事を作り、本人はさらりと茶漬けで食事を済ませる。

父がTVが壊れたと電気屋に電話をしているので、確かめた。案の定、ビデオに切り替わっている。父はビデオを使えない。追いかけるように電気屋に電話。事情を話して修理を断る。私の父は技術畑の人間である。どうしてこうなるのか、さっぱりわからない。ただ不満をあらわにして、寝室にこもってしまった。このほうが安全ではあるのだが。

集中力がにぶっているので、PCと読みかけの本を枕元に持ち込んで、昨日はあちこち情報つまみ食いをやっていた。ともあれ「わーく」のオンライン環境を安定させるために、OpenPNEとKNOPPIX関連マニュアルをひらくが、分厚い本が何回も顔に墜落して、やむ終えず座り込んで読み進めていた。KNOPPIXはCD(DVD)起動のLinuxである。これを推奨して通信端末環境を整えれば、会員のPC環境が常にリセットされるので、メインテナンスが有利になる。障碍者のハードルを少し低くすることが出来る。本当はUSBメモリー起動にしたいところだが、PCがUSB起動に対応していない機種が多い。

ともあれ、たまったメールや、構想準備の中途になっていた部分をまとめて一日を終わった。今日は外出できるだろう。

*参考*
●「高機能自閉症~誕生から就職まで~」

●「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書 (708))」

以上

夜間傾聴:*******(本人)
     橋本君(仮名)

(校正1回目済み)
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心の中まで風邪を引くまいと/北欧の優生学

2008-03-30 07:14:50 | 引きこもり
風邪を引いた。巡回も先方がすでに風邪を引いているところにいくという馬鹿なことをしている。うつしたといわれるのを避けてのこと。しょうもない。だから1件きり。残念ながら大森海岸君(仮名)は、元の塾の関連なので実費しかでない。まあいいかと会って、咳き込み合いに、喫茶席の周辺の引くこと引くこと。

彼はスーパーでアルバイトを始めていた。ただまだレジには立てない。父親の友人の店とのことで、不安定就労は多少規制が緩いらしい。友人の大森君(仮名)が覘きに来てくれるという。徐々に復活の兆し。彼の話は進学相談ではなく、職場復帰の話。

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昨日は、父の通所デイサービスの件で、母とケアマネさんと三者で話し合った。当人が頑として出かけるのを拒んでしまう。宗教団体の送迎が週3回あるから十分という話がケアマネさんからあったり、父は「養老院になぞ、行かん」というもの。楢山節考ではあるまいし、時代錯誤。

問題は、この宗教団体の集いは短時間であるにもかかわらず、食事と着替えで生活時間を輪切りに管理されてしまうこと。身辺自立ができていないうえ、放置すると自炊が火の始末で実際に危険な状態を起こし、一度はボヤにまでなっていること。方法を学習しないで失敗を繰り返す。出かける前に急に風呂に入り、一昨日は湯船で転倒した。目が離せないのだ。家族の息抜きの場を作りたいという意味がある。本人に家族拘束の意識が全く無いので、話が進まないでいた。私は祖父母の介護から続けているから比較してしまうのだが、家父長然としたがっている男はどうしようもない。茶の一杯、電話の応答ひとつ自分でやらない。沽券のために家族がつぶされてしまう。

今回の話で、ホームスタッフが来週父の説得に来ることになった。家族同伴でホームを見せることになった。とにかく寝室と茶の間、トイレの間を数往復程度しか歩かない。半身麻痺がじわり深まっているのに、まもなく歩けなくなる。宗教団体の送迎は男ふたりがかりで両側を支えて玄関先まで送迎する。これでは足が萎えてしまう。

まずは具体的な行動がひとつ決まった。

もうひとつの意味は、ホームスタッフとの慣れをつくること。いずれにせよ、このままでは寝たきり状態に移行するのは、まもなくのこと。その準備。

祖母のときからお世話になっているケアマネさんと話していると、時が経ったことを感じる。もう二十年になる。私が自分の塾を閉じ、他塾や予備校の契約講師に彷徨いでたのも、この介護が最大の原因だった。行く先々で学習困難児の認識の違いで衝突を繰り返し、外勤講師でようやく仮の棲家を得てきた。私教育の現場は低学力の子に微笑まない。正視する塾は、私を雇う余裕が無い。その塾でさえ、教え込み神話を抜け出すことが出来ない。祖母をきちんと送り出すことが出来たという自負だけが、闇の中の手ごたえとなっている。

今度は難関ですが、よろしくお願いしますと伝える。ずいぶん経ちましたよねえとケアマネさんの応答も追憶の中にある。その話、父は知るべくもない。

私の友人の看護師のメルマガはその辺、飄々としている。母上が癌と診断されて、遠方からの電話会話が載せられているが、ことばの間に情を感じさせる。送り出しという言葉がぴたりとくる。泥仕合の送り出しほど、悲しいものは無い。

父を除いた作戦会議だったので、近隣のファミレスを使って話をした。夕食の惣菜を買い足して帰ると、冷蔵庫から白い液体が流れ出していた。牛乳がこぼれていたのだった。野菜から食品パックまでびしょぬれ。その牛乳にぬれた足で茶の間をあるいた足跡があり、冷えたご飯に生卵をかけたのだろう卵の殻がたたみの上に落ちていた。

カロリー制限もなにもあったものではない。わずか1時間足らずの留守の間に、目を盗むようにして食事をしてしまっていた。しかし、ご飯に卵はわかる。牛乳をどうしたのだろう。全く応答しないので、知るよしもない。

ともあれ、介護の転換の一歩を踏み出した。掃除をすませ、巡回に出る前に、茅ヶ崎サポセンに寄って、PJ会議に欠席したMさん宛ての資料をMさんのレターケースに入れた。

すると前回の平塚のシンポに参加したしたのは公務だからと交通費を出すとSさんから、360円をいただいた。しかしどうもこの公務というのがしっくりこない。いつもどおり、カンパの形で返金するつもりでいる。

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大森から帰ると、身体がずっしりと重くなった。38度。2時間仮眠をとって、作業を再開している。喉が痛むので、夜間傾聴は緊急性がないものは、日送りさせてもらった。こうした仮眠を取ると、かならず無言電話がかかる。私を宗教団体の一員と勘違いして怒っているご近所さんがいる。ナンバーディスプレーで相手が分かるのに、それに気づかないので先方が年配者とわかる。たまにはひとの笑顔がみたくなる。しかしずれは次のずれを生み出す。

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橘木俊詔著の「封印される不平等」の中の対談で、佐藤俊樹氏がスウェーデンの断種政策という衝撃ある発言をしていた。(p.80)

スウェーデンや北欧では「特定の人々を遺伝的に劣った素質を持つとして、その人たちにできるだけ子どもをつくらせない政策をとってきたのです。障害のある人や犯罪者、さらにはロマ(いわゆる「ジプシー」)の人々も対象だったそうです。つまり、最初の出発点で強制的に強く均質化しておいて、その上で比較的平等な社会をつくってきた可能性があるんですよ。」

という。小国家ゆえに福祉政策が行き届く、そう思ってきた橘木・斎藤貴男・苅谷剛彦三氏が驚く部分がある。北欧各国戦後ずっとその政策を取ってきたのだという。国家は権力であるということをいまさらながら感じさせる一文。このことは市野川容孝氏が「世界」誌に「福祉国家の優生学」('99)として語っているという。

もうひとつ。


080324 朝日新聞東洋経済ニュースに、社会的企業の手法の試みが始まっている事例紹介がでている。一見の価値あり。


以上

夜間傾聴:******(本人)

(校正2回目済み)


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巡回の中のハプニング/閉塞感の中から

2008-03-29 06:00:43 | 引きこもり
この間、巡回をサポっていた関係で、昨日は3段重ね+会議。学校教員は春休みを利用した研究会を企画するけれど、塾屋・サポート校講師(外回りの端っくれですが)は、片や春期講習(私は不参加)、新年度固め、片や流れに取り残された孤立感から引きこもり青年の心情が荒れてくる時期への応対に、こちらもナーバスになりがちとなる。情報収集のために、研究会参加は望ましいのだが、なかなかタイミングがあわない。

巡回の合間に図書館の本を更新した。県立図書館は4月の初め館内整理日で1週間休みとなる。大学関係もパスの更新をしないといけない。そんなことで、昨日は県内をあちこちうろついていた。帰宅後、喉が痛み出し、熱が出てきた。風邪をもらったようだ。

精神科医の自閉症スペクトラムへの対応は、信じられないほどのばらつきがある。特に二次障碍がでてきている方の場合や、成人になってから通院がはじまった方への対応は、注意しないと薬漬けにされてしまう。以前私が関係した鶴川君(仮名)は、まさにその例だった。よどんだ黄色く濁った目と、以前はなかったチックに逆効果を感じた。担当者もそのへんの指摘をしたが、親御さんが退学届けをだして、関係を切ってしまった。自閉症ではないが、逆にフィットした自由が丘君(仮名)の場合は、パニック障害の状況を切り抜けつつある。なんとも時間がかかったが、彼自身が意思的だったので、私も治療の枠からはみださずに済んだ。

今回の巡回先の一軒は、中学生の頃私が担当し、しばらく関係が絶たれていた。視覚認知に大きな問題を抱えていたが、ある宅配業の若い主任になって、ノルマにつぶされた。一年の休職を経て、大学進学に自己再建の道を選んだ。彼はその休職の間、二箇所の精神科を回っている。初めの医師の処方した薬の多さに危うさを感じ、親を説得して病院を変えた。幼いときの主治医はすでに亡くなっていたため、つぎの出会い探しにしては結構運がいいというところだ。この方は相模原の方の方で、いつもの相模大野校の関係ではないために、これ以上は語れないのだが、これから一年、橋本でお会いすることになる。橋本2君(仮名)である。名前だけの登場だが新顔となる。

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巡回途中、平塚にもいた。駅の地下道で私の大きなショルダーが、曲がってきた青年の服に触れた。「気をつけろ、このボケ」と突然突き飛ばされた。「周囲に当たってはいかんよ」と応答したことで逆上した。胸倉をつかまれたとき「その力、自分のために使え」と言った。「せんこうか、けっ!」と、私を突き放した。彼女が同伴していたので、彼女が強引に彼を引き離したので、話はそこで終わった。しかし、受験期をはさんでこの数ヶ月はすさんでいる。覚悟はしているけれど、パニックを沈めるときと違い、暴力のとげが心に残る。彼に何ができただろうかという問いである。

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町田さん(仮名)と会ったあと、会議に遅刻して飛び込んだ。これは公認の遅刻。やはり、この間の青少年の加害事件の連鎖が影を落としていた。「社会は閉じている」と言わせてはならないのだと思いつつ、ゼリーのようにのしかかる社会の閉塞感は私にもある。内輪と慣習に閉じた社会はある。そこに窒息しない自分をどう確立するかは、逆に傍流の私たちだからこそ活かせるはずと、念力(笑)をかけているのだが。

●「ベーシック・インカム」(ゲッツ・W・ヴェルナー著)入手。

夜間傾聴:大森海岸君(仮名)
     ******君(仮名・親)


(校正2回目済み)

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地域就労支援PJ年度末会議から

2008-03-28 05:54:59 | 引きこもり
今回は、昨夜行われた地域就労支援PJ総括会議の話題を中心に書きます。

今回の話し合いは、単純に中間支援団体の1プロジェクトの運営のまとめに自己完結する性格のものではないと思っています。3月1日の松為信雄さん(県立保健福祉大学教授)の講演会は、茅ヶ崎市長参加を含む地域の障碍者就労支援議論の重要性をあらわすものでした。様々な意見はあれ、地域自立支援協開始とともに、地域就労支援の輪を広げていかなくてはならないというコンセンサスは取れるものと思います。PJはその触媒になったのです。(主催者を除く参加者:37名)

PJは企業就労出来るところまでコンディションを整えきれない障碍者・引きこもり青年の活躍の場であるような「地域のプレ就労の形」を、行政懇談を軸に議論に乗せます。もうひとつは、社会的企業の手法を使うこと。公共性の高い課題への掘り起こしと有償労働をそこに組み込んでいくモデルを考えます。以下は、昨日の討議資料のPJ性格付けの部分を引用します。大枠は昨日の出席者の了解を得たものです。

**************************************************

PJは、就労を当事者の生涯
という長いスパンで考える。生活自立のための生計作りというより、「社会参画の形の中に就労を考え、生活する地域の人の輪の中に就労を探っていく。」

 >>> 企業就労の条件を満たせない不安定なコンディションの方のプレ就労を意識。
>>> 地区自立支援協の企業就労推進との協力補完の関係をつくる。
>>> 引きこもり青年・軽度障碍者を地域就労促進者として考え、本人活動を奨励する。
>>> 障害の種別を越えた地域協業型就労をデザインする。
>>> 社会的企業を意識する。公共性の強い就労企画作りから、行政懇談を深め、第3セクタ立ち上げ促進。

**************************************************

以下はPJの2007年度企画の一覧です。

------ PJの2007年度企画は次の通り。

7/23 行政懇談第一回目・講演会
テーマ:「障がい者の若年者就労支援の協働の輪づくり1(労働行政の立場から)」
神奈川労働局職業安定課・寺崎圭子担当官
職業対策課・阿部正和課長補佐


8/28 世田谷区障害者就労支援ネットワーク参加施設見学会
世田谷区役所障害者地域生活課・課長解説
知的障害者生活就労支援センター「すきっぷ」宮武施設長解説
キタミ・クリーンファーム


10/23 (行政懇談)第二回目・懇談会
テーマ:「障がい者の若年者就労支援の協働の輪づくり2(市行政との対話)」
茅ヶ崎市障害福祉課


11/30 当事者の話を聴く(Kさんの仕事)


'08/3/1 就労支援講演会(年度末講演)
テーマ「生涯を見通した就労を支えるために
~障害者の地域就労(生活圏の就労)を考える~」
県立保健福祉大学教授
日本職業リハビリテーション学会会長
松為 信雄 氏

 初年度(2007年度)は、「障害者の地域就労関連の行政との企画の流れ」を作っていった。


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PJ終了の21:30過ぎ、PJ参加者のTさんに声をかけ、食事に付き合ってもらいがてら、時間切れの不完全燃焼分の話し合いをした。いつものことなれど加熱し、23時ごろまで、話を付き合わせてしまった。

PJ参加者は、みな自分の活動を持っている。地域の就労支援活動が自発的な結集をもって展開できないのはおかしいという議論に、今必要な問題に忙殺されている現場に対し、地域活動から提案したり、街の中への障碍者参画の実現に向けた企画をデザインしたりという活動をぶつけていくことで、機運をつくっていくことではないかと応答。TさんはPJがそれをやるのか、個々の関連団体が作っていくのかという点を指摘。実現性の展開力量の問題ですっきりした応答が出来ない状態で、Tさんと別れました。Tさん、お疲れ様でした。

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地域就労支援や「わーく」編集部活動を軸にした昼食会のようなラフな懇談の場を呼びかけていくべきではと、Uさんからお話がありました。実はそれにはもうひと味の魅力を添加する必要があると思っている。思案中なり。

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Mさんの抱えているアイデアは、とても楽しいものだった。小箱ショップ構想と結びつくと、収益もでてくるかなと。改めてこれはこれで、相談を持ちたいと思った。

全体の流れが詰まっているから、個々の提案が出番待ちになってしまうのだ。なんとかしないと。

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今回の会議は、地域任務を抱えた大事な話し合いだったように思う。インクルーシブな地域活動をどこからどう形作っていくのかが問われている。4月3日まで思案深めるべし。

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身体が3つ欲しい。ほんとに。

昨日は母がいたので、父は無難に一日を過ごした。


夜間傾聴:町田さん(仮名:こちらから)
     ******君(本人)
     大森海岸君(仮名:明日に日送り)



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今回は取り急ぎメモ、今夜じっくり書きます

2008-03-27 05:58:02 | 引きこもり
昨日は立て続けに企画があった。

朝、TOTOドロノワ倶楽部あねもねWS。不登校・引きこもりの青少年と支援者おばさんグループが、TOTO工場の一角のドロノワ倶楽部の3Fで陶芸に取り組んでいる。(第四週水曜日、10~15時。粘土代あり。)新しい小学生が参加。元市議の高月さんが参加。朝10時はきつい。大概傾聴が終わるのが7時。9時には一斉にメールが飛び込み、応答を急ぐものが毎日数通、電話をかける必要があるものが、これも毎日数件ある。やっていると遅刻してしまう。徹夜。

12時に切り上げ。遅刻早退でTOTOのOさんに呆れられているが、故**君の件以降、どうもしっくりいかない。私の早朝パターンが変わって来たため。バスが15分待ち。13時から武蔵工大(横浜市地下鉄中川)に間に合うはずなし。藤沢行きバスで藤沢本町から中央林間乗換え、あざみ野からひとつ。

情報工学と就労支援との接点を探す。快適に流れたくない私と、そこに価値を感じる感性とのすれ違い。私を忘れたくない私と問わない流儀、遊びに論拠は野暮だが、生活と仕事はそこからはみ出ている。ジョイントしたところに実態がある。

また変なのが来てるの感。成果はありや。

1時間半かかり茅ヶ崎に戻り、子どもネットワーク主催の諏訪利明氏の保育講演会。市議和田清氏と会う。20時半終了。

父が留守番、また事件。ごはんパッケージをオープントースターで丸焼きに。火事跡悲惨。液体洗剤を柔軟仕上げ剤と間違え、しかも量を間違え泡だらけに。洗面所びしょびしょ。寒いと毛糸のセーター、ひざがけをしてストーブに当たっている。蒸し風呂状態。ケアマネさんからの電話、相手を忘れてセールスを断るように、切っていた。ストーブ前に新聞紙。触れないほど加熱。滑り込みセーフ。母は私の一本後のバスで帰宅。

PJ新年度企画が決まらない。今日は13時から巡回がある。さぼっていたツケ。頭痛。

夜間傾聴:******君

(校正1回目済み)

p.s.この時期、青少年のストレスが噴出する。今回の岡山線路突き落とし事件は、精神疾患の香りが薄い。

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社会は閉じているという言葉に/皆の合流点をつくること

2008-03-26 06:03:44 | 引きこもり
土浦の連続殺傷事件の報道記事を読んでいる。ここに出てくる金川真大容疑者のプロフィールが、誘導を伴っていないか気にしながら読んでいる。その上でも、ここに描かれた青年の姿と、私の以前巡回してきた引きこもり青年達の複数の姿が、重なって見えてくるのに憂鬱な思いを抱いている。経済学者の橘木俊詔氏のいう「競争から締め出された」グループというパターン、社会の傍流に押しやられると、隣にいながらも、つながる、参加する機会が断たれてしまう苦しみがそれである。合流を試み交差して終わるそんな関係。

ある青年は「社会は閉じているのだ」と語った。ある大学在学中、家庭の事情から休学した。復学してもますます家庭が重荷になることが明白になり、ずるずると引きこもった。引きこもりの期間が長く、退学届けを出して転身。職業訓練を受け初めてまもなく、彼は激しい嘔吐に襲われ、精神科への通院生活へと追い込まれ、それでも短期アルバイトを探しては日を過ごしていた。小康を得て彼はハローワーク通いやボランティア探しをはじめ、学童保育の関係で私と知り合った。すでに30代後半に差しかかっていた。ハローワークの求人情報はいくつかあったが、面接はことごとく落ちた。休職期間が問われ、その求職期間中に親が倒れ、焦れば焦るほど、彼はその焦りを精神病と疑われ採用面談に落ちた。そのクッション役に私が入ったのだが、ある商社の面談の際、彼は切れてしまった。相手がはじめて問う言葉でも、彼には皆が言い募る言葉だった。「社会は閉じている」この言葉は、警察に接見に行った際、彼の言った言葉だった。

幸い先方の怪我も軽微で告訴には至らなかったが、彼は釈放の二日後に命を閉じてしまう。私と知り合って3ヶ月後のことだった。命を絶つ、この手前で差し伸べる手がいくつあっただろうか。それを考えると「社会は閉じているのだ」というとき、この認識の特徴を経過から切り離して精神病の類型に当てはめてしまう医療関係者の発想の無神経さ呆れる。この言い回しに何回出会っただろうか。住む世界が違う者が語る言葉を失ったり、参加を試みようとするが先方には受け入れる必要が無いという関係は、厳然としてある。(なんとも今の私に身につまされることではあるが)この場面の乗り切りが極端であれば、彼はパーソナリティ障害のレッテルが貼られる。それが何の解決になるだろうか。私が就労支援を志したとき、この「手」の必要を痛感していたのだった。しかし社会に、はまれば解決ということではない。彼をここまで追い込んだのも社会だからだ。私は歩いていただけだ、足を出すから踏んでしまったのだという論理は歪だろう。

土浦の容疑者が、実はそうした「社会の被害者である」という結論をだすつもりではない。社会を変えなければならないという結論も、それでは力にならない。こういう無念が命を蝕む前に、気づいているものがその思いがかき消されないような形を束ねていかなくてはならないと思うのだ。知恵が必要。生き抜いていく形、拠り所が必要なのだと思う。芽吹くための土が欲しい。それになれるような活動を作りたい。

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昨日は父が宗教団体の迎えに応じて車に乗った。帰りに薬が切れていると、主治医の医院の近くで車を降りたが、雨が降り出したのでバスで我が家の近くのバス停に戻ってきた。このとき雨が激しくなり、傘を差したが杖がからまり歩けないと、近くの企業の電話を借りて連絡してきた。家まで5分とかからない距離なのでタクシーという状態ではないだろうと出かけた。傘を差しかけて歩き始めたとき、父が腹痛を催した。すさまじい状態になった。結局事態を処理して、私の巡回の仕事は時間切れで流れてしまった。

薬が切れたためだと父は主張。ところが前から薬を飲んでいなかったため、家には残りの薬がたまっていた。それを見せたことで、父は面子を失ったということか激高し、黙りこくってしまった。冷戦のまま、一日が終わった。

身体の老いに、じれている。しかしほとんど歩かない。宗教団体の誘いの週3回、2時間ほど集会参加があることで、日々のテンションは保たれている。しかしその参加を支えるには、身支度から食事まで、やらねばならない危険な状態だし、加えて糖尿病の空腹感を満たす間食を見張っているならば、それだけで私たちの一日は終わってしまう。この状態はデイケアの安心できる時間を作らなくては、私達家族が、時間帯に切り刻まれてつぶれてしまう。

巡回は時間が遅くなったが、先方に無理を許してもらい、御宅にお邪魔した。修復された激戦の痕が見える部屋で、町田2君と話した。時間が遅かったので、短時間でお暇したが、今日は慣れていない方ならたまらない一日だろう。これは私の仕事。今夜の傾聴をパスして、PJの新年度企画を携帯にメモしながら重い身体をごろり横にしている。

(この記事は部分、部分、携帯で書いたものをあわせて書いています。)

今日は10時からTOTOドロノワ倶楽部の陶芸WS、午後から武蔵工大横浜キャンパスで情報デザイン関連のシンポ。夜は茅ヶ崎で子どもネットワークの諏訪利明氏の講演会。そのあとPJ企画の仕上げと、大森海岸君(仮名)の傾聴予約が入っている。午後からのNPOさぽーと茅ヶ崎の部門代表者会議は欠席。

夜間傾聴:******親
     橋本君(仮名・ゆとりがあるので日送り)


(校正2回目済み)
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心から冷えていく一日(連続殺傷事件に思う)/サポセン文庫への図書提案

2008-03-25 06:22:52 | 引きこもり
昨日は眠らずに朝、8:45からの都銀ATMオープンに間に合わせて、当日引き落としの入金を済ませる。帰宅後、部屋に飛び込むようにして睡眠時間確保。勿論爆睡。地銀が土曜休日入金が可能なのに、都銀は不可解な状態を残している。営業時間も平日18時までだから、金曜日油断すると月曜日朝まで入金できないのだ。

昨日は一日気温が上がらなかったせいもあって、父は転倒したときの節々が痛むらしく、午後は半日、床で眠っていた。ケアマネさんと電話で呼び調整。

1)父の体調管理>家にこもること・歩行量数百歩/日の影響
  足腰の弱まり・左半身麻痺の進行・認知症の進行

2)食事管理と危険行動監視の必要による家族の生活時間拘束

この2点の改善のために、ホーム通所のお試しデイケア開始を。
身体活動と対人関係拡張の効果を狙う。先々のショートステイへの慣れを作ってもらう。

今日、午前中に訪問日程の調整応答電話が入る予定。

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町田2君(仮名)宅から本部経由で連絡あり。日程を変えて欲しいとのこと。大森海岸君(仮名)を日送った直後の連絡。昨日は巡回仕事にあぶれてしまった。

母の居室大整理の影響が残っており、大型ゴミの解体作業。ゴミは物置へ。

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土浦の連続殺人事件。またかと息を呑む。

若者が孤立している社会、対人関係に困難を持つ特性の青年があぶりだされるように社会に押しつぶされ爆発する。「テキサスタワー乱射事件とか、「コロンバイン高校銃乱射事件」等学校襲撃事件を思った。精神・知的の障碍者がまた隔離論を煽り立てるから、偏見が拡大する。就労支援活動にも影が及ぶだろう。

情報収集開始。


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サポセンの文庫を買うための希望図書や提案図書の一部のリストを理事のMさんにメールした。参考にリストを書いておく。

●「地震の時の料理ワザ―グラッと来てもあわてない!防災袋に必携!!電気が復旧するまでの1週間」¥ 998 (税込)

●「高齢者・障害者の災害時の避難支援のポイント」¥ 2,000 (税込)

●「子どもがつくる旬の料理〈1〉春・夏―素材を感じる「食育」レシピ」¥ 1,680 (税込)

●「子どもがつくる旬の料理〈2〉秋・冬―素材を感じる「食育」レシピ」¥ 1,680 (税込)

「坂本広子の台所育児―一歳から包丁を」ISBN-10: 4540900838 というのも面白いですがね。これ障害者の食育授業にも結構ヒントになります。

あとは月並み、玉石混交、ご存知、岸田 真代さんの協働事例集他。

●「NPOと企業 協働へのチャレンジ―ケース・スタディ11選」¥ 2,100 (税込)

●「NPOからみたCSR―協働へのチャレンジ ケース・スタディ〈2〉」¥ 2,415 (税込)

●「企業とNPOのパートナーシップ―CSR報告書100社分析 ケース・スタディ〈3〉」¥ 2,310 (税込)

●「CSRに効く!―企業&NPO協働のコツ」¥ 2,100 (税込)

●「オッリぺッカ・ヘイノネン「学力世界一」がもたらすもの (NHK未来への提言)」¥ 998 (税込)

●「ビッグイシュー突破する人びと―社会的企業としての挑戦」¥ 1,575 (税込)

●「TEACCHとは何か―自閉症スペクトラム障害の人へのトータル・アプローチ」¥ 2,520 (税込)

●「NPOバンクを活用して起業家になろう!―組織作りから資金調達まで」¥ 1,995 (税込)

●「知的障害者の企業就労支援Q&A」¥ 1,995 (税込)

●「成年後見制度とは…―制度を理解するために」¥ 400 (税込)

●「移民の子どもと学力―社会的背景が学習にどんな影響を与えるのか<OECD-PISA2003年調査 移民生徒の国際比較報告書>」¥ 3,360 (税込)

●「コミュニティ・カフェをつくろう! 」¥ 1,890 (税込)

●「ケアの本質―生きることの意味」¥ 1,575 (税込)

●「精神障害者のための就労支援ガイドブック」¥ 3,780 (税込)

●「電子市民会議室のガイドライン―参加と協働の新しいかたち」 ¥ 2,310 (税込)

●「出会えてよかった―絶対の差別の解消をめざして」¥ 1,890 (税込)

●「高機能自閉症―誕生から就職まで」¥ 1,890 (税込)

●「ユニバーサルサービス―すべての人が響きあう社会へ」¥ 1,890 (税込)

以上


夜間傾聴:大森海岸君(仮名)
     町田2君(仮名)


(校正1回目済み)

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墓参のアクロバット/解決と見切り

2008-03-24 07:19:43 | 引きこもり
昨日は午前中墓参、午後母方の墓参だった。駅のコインロッカーにバッグを入れておき、昼の移動のときに、茅ヶ崎サポセンに荷物を届けた。父が宗教上の立場から墓参を拒否。家で留守番をしているために、昼食を届けなければならなかった。父方の会食前に抜けて、1時間かけて車で家に戻る変則事態。案の定、もうもうと煙たつ鍋に焦げ付いたうどん。部屋を締め切りストーブをかかえて、うだるような暑さの中に父がうずくまってTVをみていた。制止の効かない事態に、通所デイケアは火急の課題となった。

墓参は20日嵐のため日送りされたのだが、今日は椿祭りの企画主催のために母は午前中動けず、午前中の墓参は私ひとりのアクロバットのような状態となった。ひとつの歯車のずれが異様な振幅を起こすような事態を味わっている。父の頑迷な非協力に心揺れているのか母が自室の大整理を行い、サポセンのフリマの出品商品を昨日私に手渡した。これもまた危うい。父方の墓参と自分の趣味の以前から決まっていた演奏企画参加の板ばさみにイラついていた。翌日サポセンに届けよと無理をいうことで、父方の墓参を妨害する無意識の行動に思えた。結果、サポセンではきっと驚いていることと思う。

車のアクロバット。サポセンから北茅ヶ崎に出て、現地に近い駅合流で母と会う。母も派手な着物を着替えるアクロバットをしていた。日の変更に余裕が持てないのだ。渋滞の中を母の不機嫌な顔に付き合いつつ、墓地に着く。

こちらも会食前に私が抜け、入谷さん(仮名)の巡回にでて、寒川で会食している母と再度合流。母を車に乗せて、私は父の夕食の買い物を済ませて帰宅という、予定に振り回された一日だった。よく綱渡りが成功したと思う。

認知症の始まっている父の課題は、母にとっては夫婦の絆の問題となる。残された体の自由な時間を介護につぶされたくない思いが、反発を含んで噴き出している。それを父は解さない。この連鎖は閉じれば破局になる。第三者介入を取り入れた介護の知恵が要る。しかし、家事をしてこなかった男性は身辺自立で人を縛る。強烈なものと改めて体験している。

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入谷さんがまもなく再度渡米する。シアトルに向かう。転居を考えているのではないかと思う。彼女はこの間、日本の同世代の若者に見切りをつけたようにも見える。中国語と英語の混じった訛りを嘲る偏狭な若者は、日本の若者のすべてではないと私は弁護しつつ、そのことを陰湿ないじめにつなげる者もいることを受け止めた。彼女の多国籍的環境は、むしろそれを活かす方向で考えたらどうかと水をむけて、実はあまりうまく行かなかった。彼女は表現者の道を探っていた。それは語学の方向とは一致していなかったからだ。私は語学を勧めたのではないのだが、活かす方向のイメージが語学以外は「文化と感性」という抽象的な話になっていたからだと思う。

今回の渡米は家族が考える旅。入谷さんの危機のクッションには成れた自負はあるが、いじめに対して何も手を打てない自分に、じんわりと怒りがたまっていく。泥沼が広がっている。事態に歯止めをかける社会の流れを作ること。そのことばを反芻しながら巡回面談を閉じていた。

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母の大整理大会に煽られて、私も重ね買いの本などを身の回りだけ何点か取り出した。本はフリマでは全く売れない。その本の中で、読む本というより調べる本を中心に選び出し、サポセンの文庫においてもらうことにした。都社協の就労支援事例集などだ。しかし、何をやっているのかとも思う。ひとつのきしみがあらゆることの歪みを併発している。それほどに家族は根底的なものだ。しかし例年、墓参時の親戚包囲網が、しきたりと常識論議を吹っかけてくるのには閉口している。リアルに追えば親戚とて、いくらでもはみ出ているところは見つかるものだ。本来そういうものなのに、しきたりと常識は生き延びる、ここの力に分析のメスは切れ味を発揮できるのだろうか。方法的な限界があるように思う。



<今日の資料検索(入手予定)>
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「“ユニバーサル”を創る!―ソーシャル・インクルージョンへ 」

「ユニバーサルサービス―すべての人が響きあう社会へ」

「発達障害の子どもの「ユニークさ」を伸ばすテクノロジー 」

「軽度発達障害児のためのSST事例集」

「成功するコミュニティFM放送局 」


夜間傾聴:*******親
     町田2君(仮名)
     入谷さん(仮名)


(校正1回目済み)

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3/22「カタリバ」の経営を考える/社会的弱者の就労の場として/父の介護の形を変える必要性

2008-03-23 06:05:53 | 引きこもり
昨日は平塚で「NPOで稼ぐ」というシンポが行われた。NPO法人「カタリバ」の創設者今村久美さんの経営分析のレポートがあり、時代と参加者の感覚にフィットした企画から、活動は当日スタッフ3500名にまで膨らんで、活動の転換期に入っている状況が語られた。(次の@@@までワープ可)

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14時平塚駅南口徒歩数分の会場だから、父の昼食と服薬を支えてもゆとりがあると判断していた。ところが前日、私が外出することが父に伝わったところ、引き延ばしが始まった。この日、父の所属する宗教団体が特別の行事を行うために、夜の18時までに夕食を作って欲しかったからだった。

朝呼んでも昼過ぎまで起きない、昼食を作ってもトイレに行き、食事を長引かせるという困った行動となった。母は茅ヶ崎椿祭りにイベント参加しているので、出かけてしまっていた。こういう引き伸ばしは、過去数回あった。母の携帯電話を呼び出し、夕方のフォローを頼んだところ、月曜日に通過口座に引き落としがあるので、行きがけに入金をと頼まれ、それを条件に夕方の父の食事フォローを交代することが成立した。時計は13時50分を指していた。

急いで駅前の銀行ATMに行った。ところが「土曜日入金不可」のなのだった。地銀は有料で入金可能となっていたので、地銀口座に時間外入金があり、コンビニATMも使えた。そこで地銀口座から送金することを思い立った。近くの地銀支店で送金分を入金し(105円有料)送る段になってトラブルが起きた。送金先が無いというのだった。送金先口座は銀行の統廃合でカードには古い口座番号が記されたままになっていて、そこの銀行ではコンバートされて使えたが、実際の銀行口座は変更になっていたのだった。送金不可。時間はどんどん経ち、会場に着いたのは40分遅刻の状態になっていた。

会場に着くなり、携帯にメールが届いた。夕方、18時までに帰宅できないから早く帰るようにという、母からの約束撤回メールだった。つい先日はヘアドライヤーを水の中に落とし、電源ブレイカーがあがって停電した。父はそのまま、宗教団体の車に乗って家を出たために冷蔵庫の冷凍食品が無残な状況となり、母がドライヤーを引き上げてから電源ブレイカーを上げたところ、白煙を上げてドライヤーが発火したのだった。機材をコンセントから抜かない電気リテラシー不足による事故だった。

大きな事故につながりかねない出来事が続くため、父の食事は任せるわけにはいかなかった。そう、菜箸がガスレンジの脇で燃え上がっていることもあったのだ。

シンポが延長15分、終了して会場を飛び出し、駅ビルで弁当を購入。電車の中で母からのメール。車で送ってくれるひとがいて、帰宅が間に合ったから、自分の分を外食して帰ってくれというものだった。完全に父の予定に振り回された一日だった。しかし送金は、母が金曜に夜18時15分に、時間外として入金できないまま持ち帰ったこと。月曜日の引き落としが金曜日の夕方から出来なかったのだった。これは困ったことだった。先方の会社は土日休業で電話に出なかった。サポセン窓口スタッフを去るTさんにも、挨拶できぬまま会場を出ていた。父の無神経な帰宅の声に怒りが澱のように胸にたまった。解消せねばと手を打つが、こんなことを繰り返していたら、いずれ信用もなくす。ガス抜きが必要なのだった。

@@@

NPO法人「カタリバ」は、転換期に差しかかっていた。大きくなって、安定した運営がスタッフ拡大だけでは済まされない事態になっていた。またその展開も行政からの補助金と企業カンパに依存しているために、経営も不安定になっていた。この事態をどう超えるかという危機感に満ちたものだった。実践を支える人件費が異様に膨らんでいた。

それでも、大学生の気迫の入った進路の自己選択紹介や、「ななめの関係」の気安さから高校生の進学談義も発火していた。この輝きは消えることが無い。関わることで双方のモチベーションが上がったのだった。これは学習論からすれば、群れを抜いた素晴らしい実践と呼べるものだった。だからこの実践は改良してパッケージ化して、多元化移植する方向が望まれた。

発想の中にある年下への面倒をやくということのなかに、大学生の目覚めがあった。これは私が「わーく」に織り込んだ「ケア・パートナー」という非対称協業単位チームの発想に似ているものだった。「カタリバ」はもっと軽やかであるが。職場孤立を避け、双方の力量を適度に背伸びさせる方法と自負していた。

出会いがひとを変えていく、それをプランにいかに抱え込むかも大事なことだった。

会場のバズセッションの議論は面白い分極を示していた。NPOビギナー中心のグループは資金難を助成金拡大とフランチャイズ化という切れ味の悪い結論を出していた。企業的手法はNPOの魂の上で意味を持つ。企業化すれば、活動は色あせてしまう。企業文化に浸かっていた人は、この境目が見えない。清貧路線と批判するが、収益は活動の継続と拡張のために利用することは必要。しかし収益の使い方は厳密を要するし、単純に会員分配されるものではない。この辺の論議は、「ソーシャル・ファーム」(社会的企業)関連のサイトを見てほしい。「コミュニティ・ビジネス」という手法はこの辺を曖昧にしている。だから私は「コミュニティ・ビジネス」とは呼ばない。企業的手法は市民活動の可能性を拡張する劇薬なのである。

古株中間支援者のいるグループは、「カタリバ」のニーズとミッションが見えないと批判していた。この発想も企業的といえる。年間計画をたて、それを実施していくことがまともなNPOの進む道と私も批判され続けてきた。しかしここには「出会いと即興」の変容の躍動が息づいていない。私が「カタリバ」と出会い、接点で次の提案を仕掛けようとすることは、年間計画には出てこない。

社会には潜在するニーズを先取りすることによって状況を拓く先験的な実践がある。この道を「カタリバ」は壁を越えることによって道を拓いてきたのだと思う。生きた実践を市民活動は無定形がゆえに抱え込んできた。この活動が力を得るために定式化も必要である。これは他者に対しての説明効果の拡大という必要に裏打ちされているからだ。しかし魅力そのものではない。あくまでもダイジェストでしかない。簡単な事例で言えば、活動には個人の顔がある。ところがニーズとミッションに沿う解決活動には顔が無い。

こういうグループの分極が行われていた。

私の参加したグループには、近隣自治体職員・企業支援系NPO法人主催者・近隣社会活動専攻系大学生複数名と私という構成だった。「カタリバ」の危険経営脱却をはかるというテーマが会場全体に与えられたが、この組み合わせは大学生の率直な発言に支えられて、比較的に内容に立ち入れた方だと思う。バズセッションは出会いのずれをリフレッシュの動力として初発の着想を溜め込むことと、視点の差異から隠れていた解決策を引き出すというか創造する効果がある。ただこれは構成員をかなり選ぶのだ。最低限互いの流儀が見えてこないと議論が始まらないため、ある程度の時間がかかる。一方時間をかけすぎると、その分野の経験者に議論が淘汰され、つまらない結論に収束してしまう。まさにその道半ばで時間切れとなって、これから話題が広がるところで終わったのだった。立場ばらばらゆえに、硬直した議論は避けられたと思うのだが。

これはあくまでも直感なのだが、今村さんは手負い傷を抱えているように見えた。この世代を巡回している者のただの直感なのだが。それゆえの鋭さを持っている。そのように見えた。違っていたら今村さん、ごめんなさい。

--------

朝日新聞3/22朝刊に「脱・働く貧困層 積極ドイツ」という記事が出た。就労技術を身につけて就職させる道をドイツの行政は制度的に固めている。「職業実習>公的負担で数年間」、「生活費>収入補う現金支給」の二本だて。有給職業実習と生活費補完の形で、就労を促していく。若年者ほど生活費補完(失業給付II)の運用が厳しい。日本の場合は、職業訓練中生活費保証は生活保護に頼ることになるが、生活保護は高齢者・傷病障害者に主に向けられ、若年者や母子世帯には適応していない。現役育成の発想があるか、それがこの比較の中に問われている。

ここで描かれている職業実習の場を職業訓練校のように行政の仕事としてしまうのではなくて、ここにプレ就労の企業を社会的企業として定位させていくことが、勤労者流動性を安定させていく鍵と思う。ここに社会的弱者の就労の場も含ませることができる。ソーシャル・ファームなどの試みのヨーロッパ的展開に注目していきたい。

夜間傾聴:自由が丘君(仮名)夫妻
     入谷さん(仮名)

(校正1回目済み)

p.s.6:02父の夜間演説と格闘が始まった。
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テレコムなんて関係ないよのWさんの論に/3/22「NPOで稼ぐ」平塚シンポ

2008-03-22 07:21:00 | 引きこもり
昨日、**ゼミのTさんの紹介をもらって、やっとmixiに入れた。驚くかもしれないが、身の回り、協力者の中にmixiを使っている方が、本当にいなかったことだ。他の紹介制ではないSNSには参加しているが、言葉を発していなかったので、mixi仲介をしてくれる方を作ってこなかった。今月中は資料収集に利用させてもらうつもりだ。Tさん、感謝。

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Wさんの発言の根底には、いくつもの認識の違いが潜んでいる。

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1)情報化>現場と直結しリアルタイムで「流されてくる」もの
   消費社会では、商品情報の流れがこれ。ところが「情報へのアクセス」のことや「空間を越えたコミュニケーション」という利用者の主体性・表現をめぐる発想が無い。ここがすれちがいを生んでいる。

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2)オンライン・コミュニティの否定
   表現が否定的にとらえられているために、社会活動の拡張の中に情報テクノロジーが位置づいていない。ビジネスツールのイメージがせいぜい。市民生活(市民活動を含む)と情報化を切り離して考えている。

   「オンライン上の交流は空疎なもの」という言説を信じていること。電話の話は信用できないのかなというところ。モデルはオンラインゲームと仮面チャット、垂れ流し携帯会話、これさえもリアルの評価が間違っている。

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3)パソコンは一部の人間のもの>むずかしい・高い

   牧歌的認識だと思います。携帯電話・PDA等情報機器と別の存在として語られる特徴あり。障害者にわかるはずがないというPC狭義理解と障害者への偏見。

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4)オンライン・コミュニティの実社会切り離し

   オンラインはオフラインと相互補完的関係にある。コミュニティ形成はオンライン上に固定されるものではないこと。


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こうしたすれ違いを是正するモデル(切り口)を立てるかが問題。分断障壁を超えるユニバーサルデザインとインクルージョンの大事な手法を「わーく」というテーマの中で、いかに語りうるか、結構厄介。実活動として見せられないし…。


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20日に休日が挟まったために、様々な影響が出ている。昨日ケアマネさんと連絡を取ったが、訪問は来週の頭に押し出された。しかし、父の件ではどうしようもない話がどんどん出てくるので困っている。服薬の自己管理の件で、糖尿病の結果が最近も思わしくない理由が、飲み忘れた薬を捨てて、個数合わせをしていたことが判明。医師に「いつでも血栓が飛んで障害が出てもおかしくない状態」「このまま食事をしていると死にますよ」とまで言わせているのに、父には「血栓」自体がわからない。薬を飲んでいないため、飲ませる管理業務(?)が広がってしまった。

昨日の説得は、本人の落胆とふて寝を引き起こした。来週ケアマネさんが通所サービスを説明する。閉じこもっていては転落の道ということを語るつもり。


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図書館から次の2冊を借りた。

●「変化する社会の不平等~少子高齢化にひそむ格差」

●「協同組合企業とコミュニティ~モンドラゴンから世界へ」


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今日は、平塚市民活動センター(平塚駅南口駅徒歩数分農協ビル2F)で、「NPOで稼ぐ」(14時~)という県サポのシンポがある。このシンポジストにNPO法人「カタリバ」の今村久美さんが来る。高校に大学生集団を派遣して、進路と仕事のフリートークを行う活動。様々な創造的な交流が生まれている。注目株。

☆NPO「カタリバ」http://www.katariba.net/

以上

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「わーく」紹介は対話形式で/3/19朝日「発達障害とともに 上」ご覧ください

2008-03-21 07:15:34 | 引きこもり
嵐の一日。墓参帰宅後に詰め込んだ巡回も、歩きなのでさすがにこちらも日送り。寄せ場の日雇い労働者の「雨の三日も」の句を思う。歳だなと。

昨日の中学校教員Wさんは、私がメール交換中心に夜間傾聴していることに、文句が絶えなかったひとだ。実際、メール交換だけでは仕事にならない。しかしそれでも、危機的な場面でも距離を保つためにメールを使うときがあるし、体温を伝えるために電話に頼るときもあるのだ。

電話には発音や間の微妙なニュアンスがリアルに関係に反映する。しかしだから神経過敏の相手では危ない場合もある。使い分けは本当にTPOなのである。実際、周囲の寝静まる時間なので、声を出して応答することは難しい。魔の時間は夜明け前にくる。車を持っていた頃は、近くのひと気のない空き地に移動して携帯応答して、24Hファミレスに会いに行ったこともあったが、最近は故*君の場合を例外として、メール+例外電話応答の形で済んでいる。チャットの場合も勿論ある。

メールは話し言葉とちがって、経過が双方に残る。自分を振り返りながら対話するので、力のある子はそれを内省に使う。私のところに来る子は、家庭的にインテリの子の比率が高い。自分なりの成功のイメージがあって、それが壊れ屈折する場合だ。というより、進学校挫折組を扱っている関係だ。前の塾のときなら、電話さえも直球を好しとし、含みのある多義的な発言を避け、まずは彼の激情を受け止めることを抜きには展開しきれなかった。若者の闇が熱いか、しんしんと冷えているかの違いがあるように思える。

だからメールを使うかどうかは、方法の選択肢の数のことと思っているのだが、Wさんは、書き言葉を粉飾として信用しない。私はその論拠のレベルでは、いずれも話し言葉も虚構と思う。その言葉の向こうに彼が隠れている。

どうも年配者には、電子メールに依然として、アレルギーがあるようだ。文字媒体に視覚認知の関係で頼れない子はいる。その子はFAXを使う。私の側は専用機を使わないTIFFの送受信をPCで行うことにして、PC画面にお絵かきソフトや筆書きソフトで字を描き送る。先方はFAX機なので、解像力に問題があり、「返信の返信」までが限界。新規にファイルを取り替える。

電子技術はそのこと自身が疎外であるというより、使い方に工夫がいることと、相互にその表現形式の合意がとれるかということに要がある。

-----

遠山啓さんがガリレオの「天文対話」に似せて対話形式の解説を好んだことを思い出した。もちろんそんなことを言えばギリシャ哲学の云々ということになるが、予定調和の世界であるが、ときに着想が流れ星となって、はみ出していく。その辺のさじ加減が素敵で、時々真似させてもらった。

Wさんはロハスが好きなのだそうだが、私はそういう取り上げ方が嫌い。とまあ、一昨日の話は彼女が意識的に逆らった部分も大きいのだが、「わーく」企画のガイド作りには。Wさんのキャラをいただくことにした。天安門事件のときのテレコムの力を語れば、「スパイはいつだっているでしょ」というレスを返した人だ。頭痛がするほど頑迷(大変失礼)、ある意味面白いひとだ。(よいしょです。)

私は300bps半角カナのパソコン通信時代の空気を吸っているので、テレコムに判官びいきがあると思う。しかし溺れてはいないつもりだ。だからどこかの宗教とか政党チラシ、いっていいのか授業計画書のうんざりする予定調和の言説と、皮一枚向こうの仮想対話が書けたらいいなと思っている。あらゆる思惑を飲み込んでLinuxやらWikipediaを成り立たせるテレコムのネットワーカーのつながりを「価値あり」と思う。空間を越えてとなりに知人を携える社会の激変を、積極的に受け止める。2チャンネルもジャングルの価値はあると思っている。

私が作りたいと思っているのは、障碍者の地域社会(地域生活圏)デビューであり、引きこもり青年のリターンマッチに地域生活圏を彼の舞台に育てることだ。その有力なコミュニケーションにテレコムを使う。そこにオンライン・オフラインを貫いて(Web 2.0以降)の日常的な交流を作ることが可能だと思っている。そのオンライン・オフラインの環のどこかで出会い結びつくことを考えている。

だから障碍児者の親御さんの「うちの子にメールは無理よ」というのは、誤解であり、また環のどこかで出来るかもしれないという意味で「そんなことはないですよ」となる。

概論を描いて、対話で野次る。これで「わーく」の構想解説のスタイルが決まった。ことは何人かに講評を頼み他者の視線を確保すること。

------

家にいると父の冷蔵庫ゲリラと見張り番のような関係になってしまう。食欲は健康の証拠という思い込みがある。足の麻痺は痛くないから病気ではないという思い込みもある。極端な健忘は一時的なものであり、夜中の騒ぎは悩むからだとする。「血栓がいつ飛んでもおかしくない」と主治医に言われても「血栓」がなにものかが通じない。技術畑の人間だったのにと思ったり、家父長願望が世界を見えなくしていると、嘆かわしく思ったりもする。

さすがに私が家にいるので、階段事故は起きなかった。しかし、認めないが左手は巧緻運動を失い、反射も鈍くなっている。じわりと半身麻痺が忍び込んでいる。茶碗のつかみ損ね、急な事態のろれつ。短期記憶の因果律が壊れてきている。予防対策を打ちたくても、当人の同意が得られない。今、5時半。寝ぼけ防止だろう寝室の明かりがつきっぱなし、しかし無言でベッドが揺れている。

さすがに彼岸だけあって、さきほどうたた寝(転寝と書く)に、ひ婆さんが出てきた。父はこの婆さんとよく喧嘩した。ふたりとも生活のテリトリーを強烈に打ち出したひとだったからだ。私はこのひ婆さんの介護から家族介護なるものを知った。言うことを聴かないひとだった。そこに父が重なってしまう。父もただごとではすまされないだろうと覚悟している。このやりきれなさ、解決つかない毒をあおるような気分は、介護者の持つ心証だろう。その心の隙間に、闇に覆いつくされない領域を見出す知恵も介護者ゆえの体験だろうと思う。

情動を突き抜ける知の力を発揮できる者は少ないだろう。この情動の世界にいて、その運用に変容の隙間を確保する。押し流されない私の要をそこに保ち膨らませていく部分に他者との共鳴があったら、ともに共有する時間と体験が積もっていったら、知の力で情動を飼いならすことより、豊かな世界が広がるように思う。他者とつながる意味において、これを公共空間になぞらえていいだろう。「ハレ」と「ケ」でいえば、「ケ」に育てられた「ハレ」である。ここに就労や社会参画が横たわっている。

-------

3/19(水)の朝日新聞生活欄に「発達障害とともに 上 生きづらさ なぜなのか」という太田康夫さんの署名記事がある。横には「対応できる精神科は少数」という杉山登志郎さんの解説がついている。

不器用な生き方やこだわりの背景に「自閉症スペクトラム(連続体)」の障碍が隠れていること。就職がうまく行かなくて検査を受けたところ自閉症スペクトラムに属するアスペルガー症候群であると診断されたことで、自分の特性にあった仕事を絞ることが出来たという事例が紹介されている。啓発記事としてはなかなかいい。最近の研究成果を反映した杉山氏の図は、すっきりしている。

「わーく」の主人公たちは、ここに描かれている青年たちよりやや重い自閉症・知的障碍・精神障碍のひとたちに踏み込んでいる。状況突破の先頭に引きこもりの青年がたって欲しいと考えている。

朝日新聞を読めるひとは、バックナンバーをぜひご覧ください。


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地域ミニコミなんて/転倒する状況を再現し/*ゼミTさん登場

2008-03-20 07:40:19 | 引きこもり
(注)書き込み時、カテゴリーを「引きこもり」ではなく「活動理論」にしていました。戻しましたので、すみません。


NPOサポートちがさきの全体会には、「わーく」のチラシが間に合わなかった。「わーく」再起動のスタッフ固めの呼びかけだ。

地域ミニコミの展開を「情報と出会いの集散点」と表現した。私の旧知の公立中教員のWさんを偶然茅ヶ崎ジャスコで捕まえたので、カフェに引き込んで実験台にした。ジャガイモと人参を抱えているので、長時間捕獲すると切れると判断し、「わーく」の話をしてみた。「さっぱりわからない」という率直な意見が出た。この壁は越えないと、理解は広がらない。

まず「放送局」というところ。

イメージは

「NHKみたいな大掛かりな地方の電波を出すところ」ではないみたい…

「サテライトスタジオで何か曲を流しているみたいなものかな」
「あんなの誰も聴いていない」
「障害者と何の関係があるの」
「引きこもりには無理だよ」
「お金がかかるでしょう。えーと200万円とか1千万円とか」
「無駄だね」
「放送部とか、好きな子は好きだけど」
「何やりたいの」

--------

強烈なカウンターパンチを食らった気分になった。

そこで「電波じゃなくてインターネットで流すんだよ」というと

「あ、パソコン、だめだめ。」
「むずかしくて、そんなの誰も聞かない。」

---- 携帯電話とかiPadでも聴けるんだけど

「だって、パソコンと携帯電話は違うでしょう。」
「お金の無駄。ワンセグテレビとかなの」
「持っている子は少ないし、お遊びじゃない。」
「うるさい曲ながして、障害者のためになんかならないよ」

「iPadって何?あ、あれ電波飛ぶの?」
「さっぱりわからない」

「流行追ってもだめだよ」


---------

機銃掃射を食らったところで、彼女と別れた。コーヒーをおごったのでなんとか許してくれたが、新しいもの好きの馬鹿者で、障害者や引きこもりの子を出汁にするのは良くないなあと諭された。予想はしていたが、彼女には情報化社会は「勝手に機械が垂れ流すもの」でしかなかった。宇宙の映像や、イラクの映像を見ることができるから情報化はたしかにすごいけれど、聞く側に何の関係があるのかという話だった。

昨年、横浜市の職員の*さんが「携帯メール」を「げろ」と表現した。あんなの何時間やっても何にもならない。直接しゃべればいいことばかりだというのだ。「中高生の煙草みたいなもの」とか、「武装隠れ蓑。携帯出して雑踏突貫」という穿った表現もあったが、「馬鹿のおもちゃ」と情報科教員が言うかとびっくりするような表現もきいたこともあった。


「さて困ったぞ、どうするか」と、チラシ原稿をにらんでいるのだが。


----------------------------

父の説得の第一弾をはじめた。階段の危険からだった。三段目の魔の話だ。麻痺している左側をかばって、利き足右足から踏み出す。二歩目が左足となり、左足片側で支えて三歩目を踏み出す。一歩目は慎重に踏み出すが、三歩目は流れに乗ろうとするから、維持できないでつまづく。聴いていても「だっ、だっ、だだ…」と三歩目で足がもつれている。

流れに乗らなければ歩行はしんどい、緩慢な動作に取り込まれるし、流れようとするからこける。平坦なところと違い、階段では身体を持ち上げている。だからこける。

実は重心の移動が左右ぶれも起こしているのだが、そこにはあえて踏み込まず、朝、母の立ち会う場で私が真似をしてみせた。しかし、「注意してあがれば平気だ」「うるさい」ということを聞かないのだった。何が起きているかということは、原因に迫る必要は無く、ころぶから危ない。我慢できないからころぶというところに堂々巡りをしてしまう。

三段目の魔、七段目の落下(手すりに身体を宙に浮かせてストップ、手を離せば逆反り体勢で床まで落下)これは命取りになる。もう三回同じ状態が生まれている。枕を使った通路遮断は、「邪魔だ」と蹴られてしまった。

第一弾、敗退。

この直後、茶の間でテーブルを回り込もうとして、重心を崩し、茶碗を割った。
新聞紙をたたみの上におくなと注意。>話空転。

----- 何人が大腿骨骨折していることか。

-----------

なんとか食事を食わせたが、留守の間の冷蔵庫漁り対策に、15時からの全体会の間際までかかり、結局家からタクシーで飛び込んだ。母とふたりとも留守になるとき、父を守るためは、危険な場所(階段・風呂)には行かせないことと、SECOMの非常通報装置を身につけさせること。

これをいい加減にされると、私たちは身動きが取れなくなる。だからデイケアが所詮16時まででも、ともかく曜日をあわせて連れ出してほしいと思う。

これは朝、健康診断書を受け取ってから、ケアマネさんと金曜日の勝負となる。家事をやってきた女性なら、この時間拘束がわかる。ところが水道の水のように、家事ひねれば出てくるような当たり前感覚で過ごしてきた男性には、この「拘束」が話しても通じない。自分を厄介者にしていると、主婦業の怠惰をなじることになる。何とも愚かしいことではあるのだが。

-----------

全体会は新年度役員体制の改選話。妥当な線で話が進んだが、社会運動畑、特に直接ひとに向かい合う福祉と子育ての分野は、市民活動の中でも固定メンバーの中の生存確認のような閉塞した状態になりやすい。互いに無縁で、それぞれの活動がつながる契機がつかめないのだ。

----------

突然、某予備校のTさんから連絡があった。ジョブカフェに行かせたい青年がいるという話だった。Tさんも障碍を抱える青年の相談指導を行っている。地域ミニコミ放送局作りと社会的企業の話に関心をもってくれた。彼は若いときバンドをやっていたし、趣味の現役でもあった。ぶらさがるつもりは無いが、柏手(かしわで)を打ちたくなる貴重な出会いだった。会ってほしいと伝え、了解を得た。「わからなさ」をチラシがどこまで解決できるか、試行錯誤に当座の目標がついた。

「わーく」原稿と同時に、PJ用来年度計画資料を併行して書いている。

夜間傾聴:旗の台君(仮名)
     橋本君(仮名)こちらからTEL
     入谷さん(仮名)日程調整のみ


(校正3回目済み)

p.s. 20日墓参、雨天で中止。

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すみません、今夜は手抜きです

2008-03-19 08:32:26 | 引きこもり
今日から3日間、大阪で関係者が集まるので宿泊予約などもしていたが、父の状況をみて遠出を諦め、予約をキャンセルした。横須賀・野比へ、関連分野の方に「わーく」のテレコム部分の発達障碍者向けのカスタマイズ相談の件で、昨日お邪魔しようと思っていた。これも父の予定健忘の混乱で日送り。少々気持ちがへこんでいる。今日、ケアマネさんと連絡を取り、ここ一両日中に話し合いに入る。

巡回を日送りしていたので、チラシを作っている。間に合えば全体会のとき、呼びかけたい。たまっていた仕事の処理中、今回はここまで。

●「KNOPPIXビギナーズバイブル (MYCOM UNIX Books)」購入。

●「障害者自立支援法下における地域生活支援事業所ガイドブック 」注文済み

●「高機能自閉症―誕生から就職まで」注文済み


夜間傾聴:町田さん(仮名)


(校正1回目済み)

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父の確定申告代行が済み/「わーく」準備活動再開の前に

2008-03-18 05:12:35 | 引きこもり
嵐が過ぎ去った。父は年金生活の副業に小商いをしていた。本当に大した額ではないが、現役のアイデンティティを維持する道具としては十分でもあった。私たち家族はその仕事と納税を本人の仕事として投げておくことで、関心も持っていなかった。昨年までは、父が確定申告の期間が始まると早々と自ら申告を済ませていたので、今年もそのつもりでいた。

私の申告は、これも大した額ではないが複数収入の関係で申告の必要があり、いつも不精の結果、締切り間際に駆け込んでいた。今年は先週の金曜昼に済ませてきたので、やれやれと腰を落ち着かせようとしていたとき、父が出かけていないことに気がついた。横柄な対人応対と健忘、生活の家族への全面依存と強要、体調管理の放棄、粗暴な行動という頑固さの局地にあった父との諍いの最中であったが、申告の件を父に問うと、「どうしたかな」という具合に的がはずれた。

異常を直感し、仕事の元帳をみると夏場からみるも無残に誤記と中途放棄の残痕だらけで、仕事自身が破綻していた。家族はその様子を気づかないでいたのだ。まずいことに、顧客側からのアクセスに、その場しのぎに応対したものが散見されるために、この1日半で、収支を復元整理して申告し廃業申告を出す必要があった。

じわりと、認知症が昨年後半忍び込んでいた結果なのだった。

当人の防戦に妨げられながら、事態を説得。ともかく申告締め切りまで時間が無いので、ばっさり手術する思いで、確定申告第2ラウンドの突貫作業が始まった。結局17日の午前2時、提出準備がなんとか整った。

日曜に県サポで、ユニークな有償ボランティアのNPO活動紹介の集いがあったのだが、途中もそうだが、最後も手伝えないままで失礼してしまった。また私の巡回の方もこの時期、必ずなんらかの事件が起こるのだが、三度目のA子の失踪騒ぎがあったり、やっと先方の心が開き、私と話す状態にまでゆとりを回復してきた******君との、たっぷりとした時間の中での貴重な対話時間が取れなくなるという事態がうまれていた。本校の入学進路面談の応援の方は堪忍してもらったが、無事切り抜けられたので、駅に母を呼び出し外食し、父には弁当を買って帰宅。糸の切れた操り人形のように布団にうつ伏せのまま3時間、爆睡した。

認知症を舐めてはいけない。当人の生活の基本的なところで、表面化しなくとも虚ろな空洞が広がっているのだ。今回の事態も実は父は状況をつかめないでいる。家族の狼狽振りから自分の過ちらしさを推測し、的外れな謝罪しているだけなのだ。私は父の行動の変調に気づいていたものの、その状況把握や対応の押し付け合いを母との間で、やっていたように思える。しかしどこで父とつながりなおしたらいいのだろう。その関係更新を過てば、当人を管理の網にからめ取ることになる。それは双方にとっての過剰負担となり、父が転倒から動けなくなれば互いに自滅の道を転げ落ちるだけだ。

幸いここ数日中に、ケアマネさんに間に入ってもらい、長めのスパンのプランを作ることになっている。またデイサービスを中心とした、当座の通所サービスの、目的確認を踏まえた話し合いを持つ。ここしばらく忙しくなる。機動力を増すために、骨折復帰した私の右足と相談して自転車を買うことを検討してみようと思う。実のところ、昼夜逆転の私には昼間の急な眠気があるので、車や原付はこわくて乗る気になれないのだ。

また父の階段転落の件も階段途中に大きな枕を置くことにした。警告のツールである。寝室で眠る場合は2階にあがるため、そのときは枕を下に落として、階段通路を確保する。枕の障壁から階段をひとりあがる危険を思い出してもらう。極力1階の茶の間に居て欲しいと加えて説得する。

ケアマネさんとの事前の打ち合わせのとき、私の仕事やNPO活動への影響をぶつけて話し合った。今回、健康診断証明がでるので、デイやステイをどう組み合わせれば間が作れるかということも話している。特に父の事故や失禁に約束が中断せざるをえない状況が生まれたとき、既存の団体活動の一員ならしも、新しい活動を立ち上げようとしている者にとっては、この中断が致命傷になりかねない。そういう(介護にとっては日常茶飯時だが)緊急事態との関連を、父の保護の周囲のことではあるが、相互確認しておこうと思っている。通所は父にとっての、生活と人間関係の大きな転換点になるだろう。

今月後半は「わーく」の再立ち上げ関連の作業と、協力要請の取り直しに歩く。スタッフ作りである。うまく行くとは思っていない。「当事者活動を軸に持った就労支援」という「燃えない薪に点火する」活動だからだ。具体的なイメージ資料を作るので、その準備作業の試行錯誤をこのブログに載せていく。

東京の「オールニートニッポン」や、大阪の「ビッグイシュー」の放送があるが、私の主眼は、社会的に疎外された青少年の結びつきの芽になる交差点というかノードを作ること。様々な活動の契機をつくる場作りであり、それ自身ただの受け皿ではなく活動主体(社会的企業)の地域マスコミ活動であることだ。この点で、東京・大阪の社会問題解決の宣伝活動とは軸足が違っている。日常態、環境提供が主軸となるからだ。

引きこもり青年や軽度障碍の方のつながりのプログラムは、活動領域の境界線になりたつ活動のために、エンジンを持たなくてはならない。諦めと未踏の困難を抜けていかなくては、活動は立ち上がらない。しかしこの活動がたちあがったとき、特に「情報社会に生きる障碍者と社会」の関係を動かしていくことにつながっていくだろう。障碍者のQOLの部分だ。

今日私はもう一日巡回を休み、技術畑の研究者を求めて横須賀方向に行ってくる。問題は地元。現物を見せなくては動かない矛盾した現実をどう動かすかというこの一点。ブログに描いていこうと思っている。

夜間傾聴:******君



(校正2回目済み)
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今日は書き込み、休みます

2008-03-17 06:07:07 | 引きこもり
やっと作業を終えました。憂鬱な「悩税」してきます。
しょうもない話で…。

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