父の電話応対忘却が母の友人関係に問題を起こし、母の修復の慌てぶりを見て父が怒り出すということがあり、それが契機になりまして、次々に父の無責任応対が発覚。立場を失った父が寝室に興奮して上がる最中、落下しました。
さすがに今回は背中と肩を強く打ち起きられず、私が背負う形で床に寝かせました。現場に立ち会っていたので、頭を打ってはいないことが分かっていましたが、安静にさせ、しばらく横についていました。寝たきりの契機になったり、この瞬間に命を落とすことになるのかと、手に負えぬ繰り返しの転倒に、やりきれない愚かしさと悲しみを感じています。
この日、父が私の部屋を探索しまして、固定電話機のコードに足をひっかけ、コードが抜けてしまう事故が起きていました。およそ半日、私の電話回線は話中だったと思います。幸い交換モジュラーコードを持っていたので、交換で修理できましたが、母と同様に1件問題が残り処理に頭を抱えていたところでした。不安なんでしょうか。行動がいつもより激しいのです。この日の夜中の騒ぎも怒鳴り声が周辺に響きました。
母は重要な知らせを携帯に、私は電話機の位置を変えることで対応しましたが、こういうハプニングがこれから頻繁に起きるのです。
日があけて、父を主治医に連れて行くことになり、母の留守中、私が駅前の用事を先に済ませ、家にタクシーを送りました。母がその時間だけ家に戻ることになっていたのですが、父がつっぱねたため、父はひとりでタクシーに乗ることに。タクシー会社に事情を説明。危なかったら脇を支えて欲しいと要請し、「目的地を告げて」、父にも車に注意して乗るように注意。その上で、私は到着先の医院の前で待っていました。これがいけなかった。到着が遅いのでタクシー会社に連絡すると、「実車中ですが、行き先が分からず運転手が『泣いて』います」という笑えない珍事。
タクシーの配車法のおかしなことは、迎えにいく先は運転手に連絡しても、目的地を伝えないのです。この落とし穴に落ちてしまった。父は行き先を理解していなかったのです。寒いのにフリース1枚で、目の前の着替えを無視してタクシーに乗り込んでいました。私の連絡でようやく発車したという状態でした。
主治医は薄着に驚き、父の異様に豪快な笑い声と、快活強引な一問一答先取り応答に振り回されました。仇をみるように殻にこもっていた今までからは、想像もつかない転身でした。昨日の失態への仮面でした。
父が検査で席をはずしたときに事情を説明。主治医は心療内科か精神科の受診を直接父に勧め、父が怒り出して私が制止するシーンがあり、とにかく、父の暴走が収まらないと、仕事も中断せざるをえなくなってきています。
興奮の後には落胆が忍び寄ります。この落胆が薄れていったとき、認知症は父自身を見失わせることになるのです。怒りや悲しみの回路で私たちの心が接点を持っているときは、まだ対話のチャンネルが残っているのです。乖離したとき、その接点をどう見出すか。
オーバーフローしている母には、もうこれ以上は無理だなと思っているので、第三者(ケアマネさん)を入れます。
昨日は、この戦いがあり、書き込みを失礼しました。
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一昨日、障害者リハビリテーション協会主催の「読みやすい(Easy-To-Read)図書とマルチメディアDAISY」講演会が、虎ノ門の日本財団ビルでありました。
●「読みやすい(Easy-To-Read)図書とマルチメディアDAISY」
DAISYは音声シンクロしたXMLのWebのようなもので、1996年視覚障碍者の点字図書に代わる、国際標準のマルチメディア図書開発のような形でスタートしつつ、開発途上でディスレクシアや発達障碍・知的障碍の方や、最近では認知症の方をも含んだユニバーサルデザインに位置づけられてきた技術です。
「わーく」のPCからのニュース環境は、RSSを利用した配信ですが、情報密度の関係で、静止画像のDAISYによるスライドショーを行おうとしています。主な配信内容がインフォメーションと、当事者のスナップショット表現ですから、「わーく」を超えて社会環境にDAISYがどのように広がっているかは、見通しを立てる上で気になるところです。
「わーく」が安定した頃、DAISYを媒介にした出版活動を起業の萌芽として提供して行こうと思っています。このとき、障碍に適したユニバーサルデザインが構想されていなければなりません。この間の開発は、障碍者に提供するメディアとしてのDAISYでした。私は自己表現のツールとしてDAISYを置けないかと考えているのです。「ニコニコ動画」の「ニュース」並みの操作でオンライン編集できたらそれは最高ですが、今回はソフトウェアの方の話でした。
スウェーデンのNN-BOOKの推進者・「読みやすい図書ガイドライン」の執筆者であるブロール・トロンバッケ氏の講演だったのですが、DAISYの周辺では、障碍のある方の特性や語彙水準に合わせて、ビジュアル且つ簡明な出版、NN-Book(Easy-To-Read)の出版が進んでいます。そこに音声DAISYのDVDが語彙水準別に編集され、添付されているのです。著作権の障壁をよりソフトに超えていく方法です。日本の場合はマルチメディア出版として研究されてきたから、ベクトルが少し違います。
私は「わーく」と、その次に進められる社会的企業の地域起業モデルにDAISY運用を考えています。IT分野の原資が少なくて済む仕事として、アイデアを拾っているのです。大きな保護的環境として携帯SNSを、表現活動として「わーく」ポッドキャスティングニュース(PC閲覧はDAISY)をつくり、発刊・取材に協業と就労支援の活動を織り込みたいのです。ここを貫くのが当事者活動です。
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5/31つまり今日、ヒュースタのMさんの参加表明があり、ADHDの歯科技工士さん、高橋さんの懇談会に合流することになりました。小さな会議室、どうやら閑古鳥が鳴かずに済みそうです。13:30から、茅ヶ崎市民文化会館第5会議室に、飛び込み参加歓迎ですから、いらしてください。500-かかりますが。
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●「スクールソーシャルワーカー 福生市採用へ」(朝日多摩版080530
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夜間傾聴:橋本2君(仮名)
中延君(仮名・こちらから)
p.s. 6/22 茅ヶ崎市長との懇談に参加します。地域就労支援PJの説明をしてきます。
(校正1回目済み)
さすがに今回は背中と肩を強く打ち起きられず、私が背負う形で床に寝かせました。現場に立ち会っていたので、頭を打ってはいないことが分かっていましたが、安静にさせ、しばらく横についていました。寝たきりの契機になったり、この瞬間に命を落とすことになるのかと、手に負えぬ繰り返しの転倒に、やりきれない愚かしさと悲しみを感じています。
この日、父が私の部屋を探索しまして、固定電話機のコードに足をひっかけ、コードが抜けてしまう事故が起きていました。およそ半日、私の電話回線は話中だったと思います。幸い交換モジュラーコードを持っていたので、交換で修理できましたが、母と同様に1件問題が残り処理に頭を抱えていたところでした。不安なんでしょうか。行動がいつもより激しいのです。この日の夜中の騒ぎも怒鳴り声が周辺に響きました。
母は重要な知らせを携帯に、私は電話機の位置を変えることで対応しましたが、こういうハプニングがこれから頻繁に起きるのです。
日があけて、父を主治医に連れて行くことになり、母の留守中、私が駅前の用事を先に済ませ、家にタクシーを送りました。母がその時間だけ家に戻ることになっていたのですが、父がつっぱねたため、父はひとりでタクシーに乗ることに。タクシー会社に事情を説明。危なかったら脇を支えて欲しいと要請し、「目的地を告げて」、父にも車に注意して乗るように注意。その上で、私は到着先の医院の前で待っていました。これがいけなかった。到着が遅いのでタクシー会社に連絡すると、「実車中ですが、行き先が分からず運転手が『泣いて』います」という笑えない珍事。
タクシーの配車法のおかしなことは、迎えにいく先は運転手に連絡しても、目的地を伝えないのです。この落とし穴に落ちてしまった。父は行き先を理解していなかったのです。寒いのにフリース1枚で、目の前の着替えを無視してタクシーに乗り込んでいました。私の連絡でようやく発車したという状態でした。
主治医は薄着に驚き、父の異様に豪快な笑い声と、快活強引な一問一答先取り応答に振り回されました。仇をみるように殻にこもっていた今までからは、想像もつかない転身でした。昨日の失態への仮面でした。
父が検査で席をはずしたときに事情を説明。主治医は心療内科か精神科の受診を直接父に勧め、父が怒り出して私が制止するシーンがあり、とにかく、父の暴走が収まらないと、仕事も中断せざるをえなくなってきています。
興奮の後には落胆が忍び寄ります。この落胆が薄れていったとき、認知症は父自身を見失わせることになるのです。怒りや悲しみの回路で私たちの心が接点を持っているときは、まだ対話のチャンネルが残っているのです。乖離したとき、その接点をどう見出すか。
オーバーフローしている母には、もうこれ以上は無理だなと思っているので、第三者(ケアマネさん)を入れます。
昨日は、この戦いがあり、書き込みを失礼しました。
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一昨日、障害者リハビリテーション協会主催の「読みやすい(Easy-To-Read)図書とマルチメディアDAISY」講演会が、虎ノ門の日本財団ビルでありました。
●「読みやすい(Easy-To-Read)図書とマルチメディアDAISY」
DAISYは音声シンクロしたXMLのWebのようなもので、1996年視覚障碍者の点字図書に代わる、国際標準のマルチメディア図書開発のような形でスタートしつつ、開発途上でディスレクシアや発達障碍・知的障碍の方や、最近では認知症の方をも含んだユニバーサルデザインに位置づけられてきた技術です。
「わーく」のPCからのニュース環境は、RSSを利用した配信ですが、情報密度の関係で、静止画像のDAISYによるスライドショーを行おうとしています。主な配信内容がインフォメーションと、当事者のスナップショット表現ですから、「わーく」を超えて社会環境にDAISYがどのように広がっているかは、見通しを立てる上で気になるところです。
「わーく」が安定した頃、DAISYを媒介にした出版活動を起業の萌芽として提供して行こうと思っています。このとき、障碍に適したユニバーサルデザインが構想されていなければなりません。この間の開発は、障碍者に提供するメディアとしてのDAISYでした。私は自己表現のツールとしてDAISYを置けないかと考えているのです。「ニコニコ動画」の「ニュース」並みの操作でオンライン編集できたらそれは最高ですが、今回はソフトウェアの方の話でした。
スウェーデンのNN-BOOKの推進者・「読みやすい図書ガイドライン」の執筆者であるブロール・トロンバッケ氏の講演だったのですが、DAISYの周辺では、障碍のある方の特性や語彙水準に合わせて、ビジュアル且つ簡明な出版、NN-Book(Easy-To-Read)の出版が進んでいます。そこに音声DAISYのDVDが語彙水準別に編集され、添付されているのです。著作権の障壁をよりソフトに超えていく方法です。日本の場合はマルチメディア出版として研究されてきたから、ベクトルが少し違います。
私は「わーく」と、その次に進められる社会的企業の地域起業モデルにDAISY運用を考えています。IT分野の原資が少なくて済む仕事として、アイデアを拾っているのです。大きな保護的環境として携帯SNSを、表現活動として「わーく」ポッドキャスティングニュース(PC閲覧はDAISY)をつくり、発刊・取材に協業と就労支援の活動を織り込みたいのです。ここを貫くのが当事者活動です。
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5/31つまり今日、ヒュースタのMさんの参加表明があり、ADHDの歯科技工士さん、高橋さんの懇談会に合流することになりました。小さな会議室、どうやら閑古鳥が鳴かずに済みそうです。13:30から、茅ヶ崎市民文化会館第5会議室に、飛び込み参加歓迎ですから、いらしてください。500-かかりますが。
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●「スクールソーシャルワーカー 福生市採用へ」(朝日多摩版080530
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夜間傾聴:橋本2君(仮名)
中延君(仮名・こちらから)
p.s. 6/22 茅ヶ崎市長との懇談に参加します。地域就労支援PJの説明をしてきます。
(校正1回目済み)