湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

4/29 地域保健・看護関連の教官探しで

2012-04-30 06:19:12 | 引きこもり
2012/04/29 記
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母のダンピングの発作が再発。足止めを喰らっていた。お互いに風邪を引いていた。その市販薬を飲んだのが引き金になってしまった。

休みの期間中なので、機関・施設まわりをしても休みなので、今回は見守り支援すの実際をつかみ出すために、地域看護・保健の教育関係者を絞り出していた。慶応大看護医療学部のひとりは障がい者地域医療関係の場で会ったことがあるが、高齢者地域保健看護関連の方ではない。訪問が必要だなと思いつつ、しっくり活動内容が合う方が見当たらない。もうひとりは、東京の江東区の病院の院長さんだ。この方もアポをとれるかどうか。更に茅ヶ崎保健福祉事務所の方に質問をぶつけ経験的な部分を教えてもらおうと思う。

特に外出困難な単身高齢者・老夫婦・障がい者の連れ出しや、日常生活雑務請負いをすることで、孤立化を防いでいく。高齢者の健康度の帯状グラフを考えたとき、1)心身ともに元気 2)塞ぎがちだが、病床にあるわけではない 3)病床にあり、看護を含む支援が必要 という3段階を考えて、この2)にあたる方を主眼に置く。今までの支援活動が、結局は1)の方に結果的になっており、ここの方たちの影になって支援が届かなかった。

私は学生さんたちの掘り起こしをして、地元の**君のもとに送り出す活動が出来ないかと思っている。その「やること」を、具体的につかみ出すために、関係者と会おうと思うのだ。そこに連なる学生さんもまた、その方の周辺にいるだろうと思うのだ。

今回は連休で先方がお留守だろうということもあって、検索に時間をかけていた。

また、ペットレスキュー支援の号,No.07をコンビニ・コピーでとりあえず40部とった。月曜日から歩き出すが、今回は「ねこひと会」の「猫号」だ。今度シェルターの写真を送ってもらうつもりでいる。

昨夜の回覧板に茅ヶ崎市消防署からIDカードを作り、カプセルにして冷蔵庫保存しないかという、希望者集めの申込表が入ってきた。手書き紙カードで、冷蔵庫に保存する。なぜ冷蔵庫かというと、被災したとき、金庫と同様に押し流されずに保存されるからだ。しかしこれは、救急医療現場荷対応したものではなく、被災後の看護・治療にいかすためのものだ。ここが要。本人が治療を受けるとき困らないようにメモを残すという発想。それほどに医療関係者には当人の医療情報は軽いものなのだろうか。医療現場の迅速化・適格化のために考えたQRコード化がもとはずれなものであるかどうか、現場の様子、経験を知りたいというのは、この使い方の目的を定めるためのものだ。

また、この回覧板からわかるように、一般市民の防災意識はまだまだ引く、これが障がい者の仕事に役に立つほどのニーズを生むには、学校や職場まわりなどの口コミと公的キャンペーンが必要になるだろう。しかし、紙メディアから、デジタルデータに橋渡しする意味や,「携帯内登録」のような柔軟な対応が必要となる。これは別途説明を加えたい。



夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)

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4/28 陸前高田・広田半島と結ぶ湘南の活動を

2012-04-29 06:55:27 | 引きこもり
2012/04/28 記
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横国大の事務の**君と会う。陸前高田・広田町の見守り支援を出来そうなことからはじめるために、現地駐留の++君に車を委ねて活動を始める準備をしていることを告げた。無理だよそれはと呆れられた。生活支援の比重が高まるにつれ、災害ボランティア活動は、地域自営業の再建起業支援に半身が移っている。環境改善の活動を含めたら、地域ケアのボランティアの比率はますます小さくなっている。

現地にいくことを持って、災害ボランティアというなら、非被災地の連携活動はますますやせ細っていくだろう。しかし、非被災地という遠隔地にあって、被災地の生活支援活動とは接点を持ち得ないのだろうか。

一番大きなことは、生活支援と言ったとき、被災地で何に困りどういう現状にあるかという具体的なものが、漠然としてしか語られていないこと。この部分をもっと明らかにしていくことが大事なのだと思う。

++君には広田半島とその周辺地域の巡回文庫を通じた仮設入居者との交流をお願いした。当面は非公式な連れ出し支援、車で通院・買い物・外出の手伝いをすること、何でも屋的な電球の交換とかゴミ出しとかそういう日常の中の、特に単身高齢者の支援をはじめて欲しいと言った。

彼の応援は彼自身、法政大学の後輩グループがいるようだが、彼の支援に湘南を動かすことが私の仕事になるだろう。要は民間交流を徹していくこと、そのための結束の焦点を企画したということなのだ。

同時に地元の介護福祉ケアの活動との連携や、彼の始めている地場産業の支援などと結びついて、私は支援活動の根っこになればいいと思っている。それはそれで、時々広田町を訪問して人的田起しをしてくることになる。しかし、学生さんなどの支援が欲しい。地域看護のフィールドとして、食料自給性の高い、島社会に近い地域の生活支援である、それには関係者とつながれないかと思っているのだと、**君に言った。いわゆる行政の専門職派遣の支援活動は被災救援期にはあった。しかし、生活支援期に、一枚層の裏側にある、元気の輝きに打ち消されそうな心身の問題がある。そこに支援が届くようにすることにアクセントがある。一度壊された家族と仕事の再建は高齢者の場合しんどいものがある。語るに語りきれない地元の情の奥に潜む孤立がある。それを包み込んでいくような支援は、経験が要る。しかしその活動の始まりは、つねに日常の中にあるので、現地における小さな連れ出しや援助が、奥へと続くものだと思っている。

被災は荒っぽい再建の下準備だという議論は、就労支援や再建起業支援の場で語られているが、熟年層の生活再建と高齢者の生活再建は関連付けるべきだが、高齢者の孤独はそれだけでは解消できないだろう。このあたりの加減に専門職との連携を作りたい。それで某大の地域看護関係のゼミとの取り持ちを横国大の彼に依頼したのだが、歯がゆいかな、所詮、男でしかないのだ。ここばかりは、熟年女性の支援が実際的だろう。連休明けに、車の整備が始まり、5月中旬には現地に車を届けたいと思っている。そのときに、島社会も渡っていける地域看護ケアの猛者(笑)と湘南側で企画をたてたいのだ。

広田周辺から関係者を呼びたい。民間交流の一石を投じる企画を立てたいのだ。

勝手にうなづいて、彼と別れてきた。

目に見えぬひとたち、ここへのラブコールの支援である。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     橋本3君(仮名・母親)


(校正2回目済み)

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4/27 連休明けに寄贈車を整備工場に/救急救命時の自己申告医療情報

2012-04-28 06:42:43 | 引きこもり
2012/04/27 記
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寄贈車の車検切れの前に整備を行い、陸前高田に運ぶ。金策のめどが立ったが、不安要因がいくつか残る。ひとつが車を走らせて、茅ヶ崎から陸前高田に運ぶ人材と交通費を捻出しなくてはならない。TAJがガリバーの中古車寄贈に乗っかって、南三陸に車を出したとき、3万5千円を超えたと嘆いていた。これも初期投資に入れ込まないといけないのだろう。運転手は学生グループから出してもらうが、心配である。私は網膜色素変性症で免許失効。同乗しても運転できない。

もうひとつは、先方のM君は免許取立てである。自動車保険(対人・対物・搭乗者)とボランティア保険に入ってくれないと、危ういことになる。ガソリン代もある。M君の支払い能力を確認してサポートしないと、事故で企画が消えてしまう。

車を渡す前に、在京運転手候補の学生さんと、私とセカンドブックアーチのYさんとで、顔合わせして、細部の詰めを行なう必要がある。陸前高田・広田にいるMくんは上京すると1万5千円強が消えてしまう。

資金がまとまるのが5月。連休明けに整備着手と運転手の件をつめていく。また、湘南と陸前高田市広田をつなぐSNSを立ち上げる。また実行委名の通信を発行していく。まずは巡回文庫。できたら広田町と周辺町の地元の方の参加も募りたい。

見守り支援のターゲットは、外出困難な単身高齢者女性だ。まずは通院とゴミ捨てなどの生活支援あたりからだ。次回、おそらくは金策がつく7月に私が陸前高田に行くが、高田病院と近隣医院まわりをする。

M君のやろうとしていることも、協力していきたい。

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日本集団災害医学会や日本救急医学会をまわっているのは、災害発生時の傷病者のトリアージと応急処置の場面で、IDカードの医療情報を使うことがあるのかどうかである。入院後の治療と看護の場面ではIDカードが生きてくるし、家族への緊急連絡の場面は、携帯電話非所持の高齢者・乳幼児・傷病者・障がい者等の電話代行送信や、避難所管理に使えるので、紙製IDカードよりも汎用性が高まる。だから発行は意味があると思うが、救急救命の場面の様相をもっと具体的につかんでおく必要がある。その現場の経験を知っておきたいのだ。そのために救急医療関係者の話が欲しい。1)救急救命現場のIDカード電子化のメリット、2)自己申告医療情報誤記による医療事故の可能性(信頼度)の問題。これを実例確認していきたい。学会の理事さんから救急医を紹介してもらいたいのだ。

消防庁のHPのe-カレッジの中に、紙製IDカードの例が紹介されている。

●「防災48」(総務省消防庁e-カレッジより)
----- cf.「わたしの防災サバイバル手帳」p.31

紙カードのいいところは、体調・治療中疾病の変化を即書き換えで反応させやすいこと。QR-IDカードは、記載データを電子データに転用しやすいところにある。IDカード入力の仕事は拡がるだろう。知的・発達障がい者の仕事に確保したい。いずれ市長面談をして骨格を--紹介するが、市防災対策課との詰めもしていく。だが障がい者団体が無風なのだ。

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広田町仮設から協力者を得たい。講演会を組みたいが遠野まごころネットから、大船渡の大関輝一さんを呼びたい。6・7月。広田町からもだ。大関さんは上京時、問題は広田町だ。助成金、なんとかならないか。

《注目書籍》
●「MIMMS 大事故災害への医療対応 現場活動と医療支援―イギリス発、世界標準」
●「災害現場でのトリアージと応急処置」

----- 要は、救急救命時の作業場面を具体的につかむことだ。


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ゴミ箱の件、箱を中仕切りで二分するのでいいのではないかとの、応答があった。悪くはないが、部屋を占領しすぎではないか。ならば縦積みはいかが。


夜間傾聴:なし


(校正1回目済み)

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4/26 今回は、ばらばら

2012-04-27 05:38:30 | 引きこもり
2012/04/26 記
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茅ヶ崎の銀行まわりをして支払いを済ませたあと、相模線に乗り込んで橋本に出る。外出時、雨というのは憂鬱になる。原当麻を過ぎたあたりで母から「**仮設の++さんという人から電話がかかってきたよ」と連絡が入る。車内の顰蹙をかいながら、先方の電話番号はと問うが、応答が無い。電話のログを呼び出してよと応答するが、さあ、操作がわからない。電話が切れてしまい混乱する。巡回図書の件らしい。困った。帰宅したらチェックだ。苛立ってもしかたないのだが。

帰宅後、ログをチェック。内容は違っていた。仮設で工芸品を作って売ろうという話で、++さんが木工を教わっていたので、それを生かしたいというのだった。湘南で売れそうなものはないかという話だった。

今、茅ヶ崎では急に分別廃棄が細かくなっていて、プラスチックと可燃ごみとの分別が急に難しくなった。我が家では、70リットルのゴミ袋の中に、45リットルのゴミ袋を入れ子にして、仕分けをしている。しかし厨房ゴミの分別だけでなく、各部屋のゴミ箱も、一度混ぜて捨てると、それをゴミ袋に捨てるときに、手で触って仕分けをすることになる。狭い家屋では、ゴミ箱ふたつというわけにもいかないので、もともと道具として、二重のごみ箱を作っておけば、外側はプラスチック、内側可燃ごみという、捨てる時点の分別が可能になる。内側の入れ物が簡単に着脱可能に作れば、茅ヶ崎では売れるよと応答した。販路拡大まで付き合えというのは、堪忍してほしいと応答した。(図)

ともあれ、少しずつ知り合いが出来始めている。育てねばと思う。

南大沢で学習指導。16時をまわってしまったので、財団は場所確認のみ。

椿油の食品案は、現在、椿クレープの方向に探りをいれている。そば粉クレープもあるのだが、椿油自身の特徴が出せない。帰りに平塚と茅ヶ崎図書館から以下の化粧品の道関連の書籍を受け取った。

●「メディカルハーブの事典」
●「ハーブと精油の基本事典」
●「手づくりの石けんと化粧品」

陸前高田の大洋会の作業所の食用椿油の販路作り。難しい。

明日、車の持ち主のところに連絡し、整備見積もりが始まる。いよいよである。

気仙地方の医療情報を探している。高田病院と、大船渡病院の医師と保健師さんに会わねばと思っている。広田半島の概況掴みである。

4/8の記事でも書いたが、湘南は遠い。生活支援を行なうには、道を敷かなければ、外野の支援はどんどん熱が失せていくだろう。みなし仮設・仮設生活であるからこそ、困っていることをルポしていかないと、非被災地の想像力はすぐに枯渇してしまう。民間交流をいかに育てるかが鍵になってくるが、その交流の間を何がどう取り持つのか。三日市町の剥き出しの田に、みごとにつぶれたマイクロバスが放置されている。その近辺には、おもちゃのネックレスや、幼児のおもちゃののボディの破片が落ちている。何が起きたか、その光景が走り去ってぞっとする。こういうリアリティを前提に話すことができないもどかしさ。

若葉マークの新卒者の自動車保険、搭乗者をつけるとかなり高くなる。ガソリン代と保険料、##君、維持できるのだろうか。私は車の車検・寒冷地仕様化の支払いで手一杯になる。##君のスポンサーを探すには、仕事の中身をしっかり伝えねばならない。##君とセカンドブックアーチの%%君を交えて、東京あたりで会合を一度もてないか考えている。

今年は教材屋の統括屋が定年退職した。こちらも若返り。調子が違うので、困っている。話すのに酒は、いらない。なんでも宴会というのは、悪しき風習なり。酒で爺ぃを取り持つというのは甘い。酒癖悪いのがあちこちにいる。&&君。

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QR-IDカードの耐久テストを続けている。2種類あって、ひとつは凹凸が少なくにじみが少ない白シールをパウチして使う方法、もうひとつはインクを深く抱え込む艶のある白シールを軟らかいタイプの透明ビニールケースに入れて使う方法。処方されている薬や、体調の記録の更新をし易くするためのビニールケース(定期入れ)更新受付窓口は市行政の一角に置くか、市内の病院・医院を中継窓口に置くかだ。湿気はパウチが圧倒的にいい。しかしコストが高くなり、更新ごとにパウチとなると問題が多い。やはり後者か。

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軟らかいイカとアスパラガス、茄子の炒め物。野菜サラダ。胃切除すると空腹感がない。イカ、クコの種、母は皆残してしまう。温泉卵を無理矢理食わせた。



夜間傾聴:南橋本君(仮名・こちらから)

p.s.慶応大看護学部、関連人材がいないか

(校正1回目済み)

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4/25 日本集団災害医学会と日赤医療センターを回ってきました

2012-04-26 05:46:25 | 引きこもり
2012/04/25 記
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母が風邪をひいた。葬儀のとき、長時間上着を羽織らずに喪服姿で外風に晒されていたからだろう。薬を飲んで東京の神経内科に出かけていった。めまいが出始めていたので、付き添いを申し出たが、「お前がいると寄り道ができない」と断ったので、バス停まで見送って、母を「放免」(?!)した。

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一度家に戻り、駆け足で家事を済ませた後、再び東京にでかけた。QR-IDカードについて、とりあえず関係団体を回ってきた。


●一般社団法人 日本集団災害医学会(JADM)>中野
●一般社団法人 日本救急看護学会(JAEN)>中野

へるす出版の中にある。特に

多数傷病者への対応標準化トレーニング
 Mass Casualty Life Support (MCLS)

の中に、トリアージをめぐる現場管理の共通ルールが示されている。

私が持ち込んだのは、

救急救命時
救急入院と看護時
家族・職場宛緊急連絡時

のIDカードの必要性と最低限の項目選択についての問い。


これが第一番。

次に

自己申告医療情報の信頼性について>誤記原因医療ミスの可能性

この2点だった。

学会事務局関係は、その場に専門家がいるわけではないので、これらの問いの相談に乗ってくれる医療関係者(大学等教育機関を含む。)を紹介して欲しかったのだった。しかしそれぞれの事務局は直接面会ができず、電話仲介者が入るため、ニュアンスが全く違って伝わってしまい、最後に電話を手渡されたときには、先方にレッテルが固定してしまうという、歯がゆい結果となった。結論から言うと、ここは専門救急救命関係者がいないのでということで、紹介の話にも立ち入れず、空転に終わった。

やむなく、中野から広尾に移動。

●日本赤十字社医療センター

に向かった。大門の本社に行かなかったのは、隣接する日赤看護大の関係者を仲介してもらえまいかと欲をだしたからだった。ここは教育機関や広尾ガーデンプレイスの敷地が邪魔をして、地図を検索しても道が現れない。道を聞いてもわからなかった。特に広尾一丁目のバス停近くのGSで道を聞いたのがいけなかった。相手はアルバイト、何も地域を知らないのだった。奥から出してきた明細地図の道には、実際はビルが建っていた。

こうして堂々巡り30分、聞けば聞くほど遠くに連れ出される始末で、着いたときが17時。結局、守衛を仲介、庶務課へ、ここでも時間切れで断られる。そこを無理押しして、庶務の方と守衛室の前の外来ソファーで、ともあれ話すことになった。

茅ヶ崎市消防署がIDカードを作っているのだから、必要性は、利用者各人の要請に応じる範囲で認められること。救急医学の問題というより、現場管理等救命士さんの判断の問題なので、そちらに行って相談されたらどうかと話となり、これも空転。

17時をまわってしまったので、本郷の「日本救急医学会」と大門の「日本赤十字本社」がまわりきれなかった。「厚労省医政局指導課」は無茶かなと思ったのだった。日赤には助成金相談もあったので、近々まわる予定。茅ヶ崎市医師会は、もうすこし実情をつかんでから話を持っていく。ここで空転したら企画の効果が半減してしまうからだ。

あとはIDカードの頻繁な更新をどうささえるかということと、行政等公共機関との協働の道筋作りの問題だ。これは自己申告医療情報の必要性の件と同時に、調べを進めていく。堂々巡りを経なければ、道は拓けない。「藪」を切り拓くと言ったら、くしゃみの出る関係者がいるかも。

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寄贈する車について、整備は連休明けとなる。助成金を調べているが、これは無理。予定通り個人負担で進める。関係者の連絡を今日中に取る。

モビリア仮設は広田町のはずれと思っていたら、小友町だった。至急訂正。

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母が先に帰宅していた。寿司屋に入ったから夕食は、いらないという。嫌な予感がして帰宅後、食事の内容を確認。案の定ウニと、赤身を1貫だけ。時間も遅いので少量のリゾットを作り、嫌がる本人に無理強いして食べさせ、清美オレンジを出して仕上げ。

そういう私も海鮮スパゲッティ。

今日は巡回があるので、南大沢の救急振興財団だけかなあ。ばっさりやられそうな気がする。助成金情報はないか。日本ファイザー(代々木)には資料請求している。

夜間傾聴:南大沢君(仮名)
     橋本2君(仮名)


(校正2回目済み)

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4/24 セカンドブックアーチのメンバーと会合を持って

2012-04-25 06:04:09 | 引きこもり
2012/04/24 記
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QR-IDカード分割型に機能修正を検討し始めた。3分割の中身を、(1)救急救命用・(2)治療/看護用・(3)家族向け情報に分割。従来型との長短を探り始めた。

14時から、セカンド・ブック・アーチの**君と会う。順調に活動を伸ばしていると聞く。胃の調子を壊して入院し、退院してきたところという話があって、心配ではあった。ではとは、彼のメールから伝わってくる「張り」が、病人のものではなかったからだ。その理由は会ってすぐ判明した。胃炎だったというのだ。広田町の巡回文庫を始めてくれる++君といい、若い。生命力のようなものが違っている。

それはそうと、陸前高田の米崎町の高齢者比率の高い##仮設と、小友町のモビリア図書室に継続して図書を送る件、地元の++君経由で行なう件、お願いした。

てきぱきと会議が進行していく。いわゆる企業型の進行に違和感を感じていた。企業の場合、目的は各企業にあって、その接点は契約によって結ばれるが、そのメリットは各企業の中で処理される。社会活動の場合の基本はネットワーキングであって、相互の交流が基本になる。自分の現在位置を示し、中継を含んで連携することで相互が変容していく。企業契約は極めてソリッドなものだ。それに引き換え社会活動の場合は「共感」が基礎にある。たとえばがれきの撤去を行なうボランティアは、工事屋ではない。大槌町なら大槌町のがれきを撤去することで、「大槌町の」ひとびととつながっていく。その自己変容の現在を明らかにすることで、連携することでなにをなしうるか明らかにしていくことが意味を持ってくる。微妙だが私がいつもソーシャル・ビジネスの話をきくときの違和感はこの辺にある。社会活動はもっと雑然とした混沌に線を引くようなものなのだ。活動主体はいわばノード(結節点)のようなものと考えている。

しかしこの活動に見守り巡回活動の契機が提供されたことは大きい。そのことからも、彼らの活動は使い方によってひとをつなぐ有効な活動だと思う。

話し合いの中で残念だったのは、「紙芝居」型(「読み聞かせ」型)の読書「活動」としての書籍の提供は、入荷がないということで実現しなかったことだ。私は配本後の死蔵を恐れる。巡回提供としたもうひとつの意味は、本の活用提案をしていく道を残しておいたことだ。

いよいよプロジェクトが始まる。車の整備着手を急がねばと思う。

**君と++君がつながる。これもまた、注目である。


《気になる記事》
●「みなし仮設の入居者4割にストレス 65歳以上に顕著」(河北)

p.s. 県立鶴嶺高校まで**君の仕事の車に乗せてもらう。仮設から毛糸の帽子のお礼が届いていたので、%%先生にその手紙をとどけるためだ。あいにく%%先生はお休みだったが、事務室に預かっていただいた。**君、感謝。


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4/23 行き先の予定変更、茅ヶ崎市消防署にQR-IDカードの必要性を問う

2012-04-24 06:30:25 | 引きこもり
2012/04/23 記
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雨が降った。どっしりと疲労感。そこに**子のヘルプに、様子見を頼んだ旗の台君(仮名)からもう1時間眠りたい8時、相談用携帯に電話が入る。昔の塾の同級生。作業所に出かけたみたいだとの連絡。行けていれば、まだ弾力をもっている。感謝を伝えたが、今度は旗の台君自身の話が始まり、15分ほど話したので、肩こりダウン。目が覚めてしまったものの、四肢がしびれている。結局起きたのが11時。母もダウンしていて起きてこない。朝昼兼用食を作って食事をさせて家事を済ませて出かけたのが13時。鶴嶺高校にまわるゆとりがなくなった。

南大沢の救急振興財団なら、南大沢君の訪問指導と両立できるので、南大沢君に連絡、肘鉄を食らった。当たり前である。広尾に行ったら、この時間では次に回れない。明日はセカンドブックアーチの**君と14時に会う。今日東京に突っ込まないと、明日が午前中1ヶ所しか回れないだろう。こんなことをぐずぐずと考えているのは、異様な睡眠不足のせいだろう。割り切って茅ヶ崎市内をと考えているうちに、どしゃぶりとなった。

茅ヶ崎市医師会に向かったが、事務局のある茅ヶ崎市勤労市民会館が休館の張り紙。ついていない。やむなく茅ヶ崎市社協にまわる。車の件は言ってもしかたがないので、個人が自主的に書いた医療情報の誤りから医療事故が起きたとき、責任の所在はどう考えたらいいのだろうかと問う。看護師さんとの話に、血液型のような場面では、クロス検定という検査を必ずやるという。だから事故が起こることは避けられるという。

次に茅ヶ崎市消防署の救命課の**さんと、若手++さんにお願いして、相談に乗ってもらった。消防署では医療情報カプセルを推奨している。「ちがさき安心カード」という厚紙2つ折りの印刷カードだ。「氏名・住所・電話・生年月日・かかりつけ医療機関(1)(2)・治療中の病気等(アレルギー 有無)・普段飲んでいる薬・その他・緊急連絡先>氏名/電話/続柄3人分」が項目として立っている。

(注1)救急隊や医療関係者などが、このカード情報を利用することがあります。(注2)記載内容に変更があった場合は、書き換えをしてください。

こういう指示が書き込まれていた。大きさは銀行カード大である。このカードを携帯することより、冷蔵庫にカプセルにいれて保存することをCMしているようだ。災害のとき、冷蔵庫は残ることが多いので、その結果、医療情報が取り出せるというものだ。印刷は障碍者団体に依頼したという。

私のQR-IDカードの話をすると、若い方が硬直しだした。話は微妙なものになってしまった。QRコードはリーダーがなくては読めないこと、傷ついたら読めないことが指摘された。私はQRコードによって書かれた医療情報が、実際に救急救命の場面において、特に災害のような大量の救命措置が必要な場面において、自主提出された医療情報が役にするかどうかという点を質問していたのだが、若い方の反感をかってしまったようだった。これはカードの担当者なのかなと思いつつ、消防署の安心カードから、いくつかの学びを得た。

ひとつは、上記項目は、医療情報として利用されるだけの価値があるということ。子のカードを拡げるキャンペーンをしているのは、利用価値が高いという事だ。

もうひとつは、血液型情報が入っていなかった。これは医療関係者が医療技術に基づいてつかむ情報と、社会的な、その個人を包む医療関係の情報とを峻別しているということだ。私は病院自身の被災も考えて、個人が知っている情報は、書いておくべきと考えていたが、災害という場面では輸血という事態が即座になしうるものなのかという点で、もっと救急救命医療関係者の情報を知る必要がある。

治療・看護の場面で、医療情報は意味を持ってくる。そのことの論議ではなく、救急救命の場面で使える情報とはという問いと、非常時に自己申告情報に誤りがあったとき、それが医療事故に結びつく可能性があるか、またその事故の責任がと割れるのは誰か、判例などを含んでつかんでおきたいという気持ちがあった。しかしそれは、他の機関とは様子の違う話となった。携帯して紛失したときの個人情報の漏洩のこと、医療情報の自己申告の価値のこと、このふたつは問われなかったのだ。

ただ前者の方は、QRデータはデジタルデータであり、現在の漏洩はインターネットを使っておこなわるので、QRデータは危険だというものだった。

しかし考えてみれば奇妙だ。紛失した個人カードのデータをオンライン漏洩するなら、手書きデータも簡単に打ち込まれて電子データとして漏洩するはずだ。漏洩の社会的な不安を利用するような指摘はおかしい。

医療情報の更新が手書きならすぐ直せるが、デジタルデータでは頻繁に直せないという指摘もあった。これはカード申請窓口を病院・医院で行い、カード化する私たちが回収する、医師会との協力が理想形で、口頭申請を含むオンライン受付と個人宅郵送というシステムや行政窓口を考えれば、医療科の違いを超えて、更新サポートが可能だと思う。勿論そこには、本人確認や製作者の守秘義務をシステム保証することが必要だ。

だから、今回の訪問は特に若い方の反感を生むという、安心カード否定のような印象を残してしまった。QRカードが傷に弱いということは、紙カードは濡れや紙のこすれ劣化に弱いということも可能だ。しかしこれらのことは、非常に感情的なものが背景に感じられて残念だった。

もうひとつ、QRデータを3分割する形のときは、1)基本医療情報 2)治療・看護時情報 3)家族向け被災対策情報 と内容別分割すべきと感じた。

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帰りにサポセンにより。買い物をコインロッカーにいれて橋本へ。約束どおり南大沢君と会う。レポート添削のみなので、すぐに帰宅。ともあれ、消防署のカードは参考にさせてもらおうと思う。


夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)

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4/22 伯母の告別式を済ませ/明日から再出発します

2012-04-23 04:33:33 | 引きこもり
2012/04/22 記
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陸前高田市米崎町の西風道仮設から、県立鶴嶺高校有志の子達の毛糸の帽子プレゼントへのお礼の手紙が届いていたので、月曜日、鶴嶺高校に届ける予定。

朝、10時台にNHK総合で、「陸前高田市広田町の復興」についての現地シンポジウムの様子を伝える番組があった。私の伯母の告別式があったため、予約しておいた番組を先ほど見た。三重大の勝川俊雄教授が産業復興の説明をしていた。

その中に、いくつかの海産物が紹介されていた。募金のための販売というより産地直送の新しい関係を作るというものだったが、なかなか新鮮だった。

広田町にはいろいろな海産物の商品があり、現地漁協と連絡を取り合っている。大船渡の末崎町の分もいれ、茅ヶ崎に海産物を茅ヶ崎に持ち込む予定。

先ほど、セカンドブックアーチ宛に、報告と発送依頼をかけた。


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**子に手を洗う脅迫観念が復活。家庭内の緊張が高まっており、電話でガス抜き。精神科主治医と調整。7日に午後、慈恵医大眼科で検査なので、午前中、プシケ大田と調整した。**子と出かける。

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伯母の告別式の一日。残された伯父の疲労のいろ濃く、会食の場でいびき。張り詰めた緊張が解けたのだろう。田舎なので町内会館を使う。地域隣人の多さ、某自民党系国会議員が焼香をして消えた。地元のつながり作りだろう。

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今日は、QR-IDカードの「医療情報の信頼性と医療事故の責任」の質問を下げて、救急救命士の全国団体と赤十字を訪ねる予定。


疲れたので、今回はここまで。
明日から活動再開します。


夜間傾聴・橋本2君(仮名)



(校正2回目済み)


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4/21 不在感という痛み(伯母の葬儀と被災地を結ぶ感覚の糸について)

2012-04-22 04:00:47 | 引きこもり
2012/04/21 記
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母に付き添って通夜の会場についた。知らない顔ばかりである。

伯母方の親戚とは付き合いがなかった。きっと伯母方の人たちなのだろうと思っていたら、地元の町内会のひとたちだった。脳裏には3/11の葬儀の場面が重なっていた。今もまだ伯母の逝去が信じられなかった。行事の裏、炊事場から大きな声で私を迎えてくれた伯母。部屋の向こうの暗闇から、ふいに表れるような悲しみを超えた錯覚。被災者を苛む想いに通じる感覚なのだろう。

私は伯母の動脈瘤破裂は19日の出来事と聞いて、何の疑いもなく信じていた。ところが通夜の場で説明を受けた話は17日。私が陸前高田から、地元につながる小さな手ごたえを抱えて、池袋に降りたった頃、伯母は心筋梗塞で救急外来にいた。急場を脱した伯母は、一度家に戻された。重い四肢と猛烈な眠気に救急救命士の関係団体に立ち寄る気力が失せて、まっすぐ我が家の布団の中に突入していたころ、伯母は動脈瘤破裂を起し、一瞬にしてこの世を去っていた。

だからどうだということではない。亡くなった日時が、違って伝わったことに異様なこだわりを感じたのだった。同じ時刻の異なる出来事が消化不良を起したように押し寄せてくるのを感じていた。この違和感は私と被災地をつなぐ「ひび」というつながり、ささくれ立った実在感なのだった。

誰にも話せない「違和感」と、小さなつながりを握り締めて、見ず知らずの方々の間で行なわれた葬儀への奇妙なリアリティ。

暗闇の中の我が家のポストに、陸前高田市米崎町の仮設の**さんから、県立鶴嶺高校有志の毛糸の帽子への礼状が届いていた。月曜日、鶴嶺高校に届けよう。

月曜日、高校から救急救命士の団体を訪ねる。QR-IDカードの医療情報の信頼性をどのように位置づけるか。経験で構わない、医療情報の価値と現場の必要性をつかみたい。医療情報の更新問題については、医師会との話だろう。

古本提供のセカンドブックアーチに、報告と依頼のメールを書いている。いつものとおり長文化。申し訳ない。まもなく完成。


夜間傾聴:**子(仮名。バザーの報告)
     橋本2君(仮名)



(校正1回目済み)


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4/20 伯母の葬儀/広田町モビリア図書室の話をまとめ

2012-04-21 06:12:12 | 引きこもり
2012/04/21 記
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今回、内容が薄くてすみません。

父方の伯母が心臓近くの動脈瘤破裂で急死した。19日の朝の出来事だった。極端に腰が曲がり、それが臓器を圧迫して通院していた。90代なので大往生と言ったり、寝込む前のぽっくり死だから夫の**さんはほっとしたろうなどと、心を装ったレッテル貼りのおしゃべり電話ばかり。

21日18時からお通夜・22日・告別式。

職場からの帰りに公衆トイレを探して着替えた。地元の付き合いの広い方だったので、家の中は地元の方でごった返していた。南大沢君(仮名)の訪問は動かせなかったので、橋本から横浜線に乗り換える時間がもどかしかった。結局役に立てず、駅前で陸前高田で破損した靴を買って家に戻った。北海道の旧友の父上が亡くなったとの連絡があり、春は心身の弱者に強いストレスを加える季節と、母に改めて思う。

図書館の書籍が期限切れになるので、明日(土)真っ黒けのスーツ姿で書籍を帰して。母と駅前合流して、斎場へ向かう。

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陸前高田訪問レポート(3)

モビリアには、シャンティの巡回文庫専用車の大型トレーラが停まっていた。公共図書館なみの大きさ。空は晴れ、空気が暖かくなって汗ばんでいた。東北のイメージの大雪は、岩手の太平洋岸の実態に反している。ここの特徴は寒風だ。それも和らいで、これからここにお邪魔するときは、遠回りでも大船渡から入ると路線バスの都合がいい。

図書室の責任者吉田晃子さんには会えなかったが、代理のおふたりさんと茶飲みながら、欲しい本を書いて貰った。大手の巡回文庫の隙間の配本という事になる。

「セカンドブック・アーチ」第二の陸前高田文庫第2号の受胎だった。

勿論、モビリアから広田小までの道は、昼食を取るようなところはない。下手をすれば人家がない。1時間ちょっとの道のり。38号線沿いを歩いた。中里>大陽>越田>前花貝>大久保(広田小前)である。仁田山トンネルのそばは、フキノトウがあちこちに芽をだしていた。

(つづく)



夜間傾聴>南大沢君(仮名)
     橋本3君(仮名)


(校正1回目済み)

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4/20 車の実行委を開き報告をするものの/陸前高田訪問レポート(2)

2012-04-20 06:48:15 | 引きこもり
2012/04/20 記
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車の実行委の集まりを行なった。連絡をまわしたが案の定2名である。仮設生活期の生活支援活動は、募金と激励の周辺活動では届かない。被災者の自立支援活動への試金石が待っている。生活再建活動は、仕事の復興活動と切り離すことはできないが、就労は生活という土台の上に成り立っている。地域産業の復興支援のひとの土台への支援、ひとの支援にある。このフィールドへの想像力が問われている。深い苦しみや悲しみは、そのままは表出しない。やせ我慢や、沈黙忌避の向こう側に潜んでいる。しかしその方に寄り添うには経験がいる。加えて信頼される関係を築く寄り沿う共有の場と時間がいる。それは専門職の仕事であり、現地常駐の活動以外は無理であるという定説がある。加えて車提供は高額な無駄金であり、その負担を共に担うことは出来ないという、大きな常識の壁が阻んでいる。

果たしてそうだろうか。その考えは過ちではないが、非被災地の生活支援活動の可能性を汲み尽くしたものとはいえない。仮設に移ればあとは自力でという論が過ちであるのと違い、この論はひとつの経験論的な見通しに基づいている。

私は初めから、生活支援期の後方支援活動を意識して構想している。日本人は飽きっぽいと風潮を論拠に旗を巻いてしまうのはお粗末だと思う。

こう考えた。非被災地の活動・現地常駐支援活動・被災者と地域住民の自助活動が同じテーブルにつけば、おのずと支援する中身が固まる。それには、距離やアプローチの距離の差があろうとも、大きな地域的課題が3者を結び付けてくれる。

その大きな枠組みを生み出すことが、今回の巡回目的だった。しかし湘南の支援活動は理解が得られない。このギャップは覚悟して始めている。文庫活動は見守り支援の契機と考えているが、最悪のときでも書籍郵送サポートならできるように話をまとめてきた。車の運転者は地元定住を決意した若手と組んだ。彼をバックアップするのが地元民の自助活動の福祉介護グループである。ここと連絡を取り、巡回文庫の車で行う高齢者の連れ出し支援への協力要請や、地元活動への応援協力も可能な形を探ってきた。これも大風呂敷にならぬよう、現地常駐支援者の受け入れ依頼と、外部へのメッセンジャー的機能を受持つことへの理解をお願いしてきた。つまり、湘南の支援は、前提にしない提案をしてきた。その上での話となっている。

私が次回気仙地域に行けるのは、おそらく7月だろう。車検や移送料、一回目の自動車保険(搭乗者)を付けて手渡せば、おけら状態になるからだ。3者を共通のテーブルに着くテレコムの整備と価値付け企画をしていれば、7月になってしまうだろう。

経過と見通しについて、**さんにそう説明した。周辺関係者の私の様子見は当分続くだろう。それを短縮できるほどの企画を走らせることだ。従来の活動をただ踏襲し続ければ、衰退は目に見えている。生活支援期の活動をつくる時期にきている。それを「防災」という形で東北を切り捨てる道は残されているが。

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西風道仮設を出て、路線バスが何時間もつながらない「矢の浦」方向に歩き出した。小友町の三日市から塩谷を経てモビリア仮設に入る5kmの道だ。38号線をまたぐと、車もめったに通らない山道になる。家もまばらになり、ただ舗装路を延々とあるくことになる。バスの止まらない震災前のバス停に立ってみた。事前に路線バスの時間をチェックしていなければ、間違えてバスを待ってしまうようなところだ。路肩につぶれたマイクロバスが錆をふいて転がっている。三日市である。交通整理をしている方に道を聞いた。案の定、北がどちらかすら答えられなかった。夏場私が竹駒を訪ねたとき、宿泊所も交差点に立つ警官も、大阪府警と長野県警といっしょだった。いわゆる余所者なのだ。

モビリアは、オートキャンプ場で、キャンプ敷地面に架設が建っている.合計139戸の大所帯だ。山道の標識はわかりやすいが、坂が急で息が切れる。頂上の入口の向こうに管理事務所があるが、ひと気がなかった。

急階段を休み休み上ってきた老婦人に図書館を聞く。場所は盆地の底にあったのだ。大きい。百畳ではきかないログハウスだ。盛岡(?)のシャンティ本部に連絡を入れておいたのだが、地元には伝わっていなかった。HPにはモビリアの連絡先がかかれていないので、連絡ができないのだ。

若い学生さんふたりが書庫を管理していた。本部から許可を得ていたので、事情を説明。くつろいだ時間を過ごしたが、やはりここは確認をしてもらった。もともと移動文庫を、阪神淡路大震災の頃から行なっている国際組織の活動なので、観点は、被災者子育ての親子のたまり場つくりとすっきりしている。

私たちの移動図書は高齢者がターゲット。ここにはそれとは全く別の話で、選択された子どもの本を届ける約束を車巡回とは別に約束してきた。話を終えて、モビリアからがまた歩く。広田小学校の広田コミュニティセンターまで移の動だった。

(つづく)

p.s.

●「モビリア仮設団地」

●「岩手県陸前高田市のオートキャンプ場モビリア内に「陸前高田コミュニティー図書室」が開設

●「陸前高田市の空っぽの図書室を本でいっぱいにしようプロジェクト」





夜間傾聴:南大沢君(仮名・こちらから)


(校正2回目済み)

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4/18 NPOサポートちがさきの例会を終え/陸前高田巡回レポート(1)

2012-04-19 06:09:11 | 引きこもり
2012/04/18 記
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NPOサポートちがさきの全体会に出る。歳を取るほど疲労は一日置いて出るようになる。幸い昨夜のふくらはぎの伸びきった痛みは治まってきて、まだ最後の踏ん張りが残っているのを、情けないかな確認していた。

池袋23:00発のバスは、6:38陸前高田市役所前に着く。この時間開いている店は、数km先のローソンしかない。到着後すぐに西風道前を通る立根方向の通学バスがあるが、これに乗ると7時過ぎには仮設についてしまう。時間をつぶして向かおうとするとバスがぱたりとなくなってしまう。仮設の周辺は全く何も無い。ここで時間を潰すよりは、道筋のローソンで食事して、のんびりと歩く以外ないだろうと判断した。鳴石団地から、精神科の希望が丘病院を通り、普門寺に出て、米崎小を抜けて、和野から西風道に入る。およそ2時間強の道7km位か。

せわしく車が止まっては、通行人がゴミを捨てていくローソン。店内で食事をしている私と視線が合うとさっと視線をそらす。朝っぱらから嫌なものを見てしまったと思う。

高田タクシーの営業所が近いのか公民館脇の駐車場のタクシーを見ながら、希望が丘病院の入口に立つ。以前、被災時、障がい者の方々の避難生活をつかむために、連絡を取ろうとした病院だ。個人情報は話してくれはしない。しかし状況はつかめるかもしれないと思っていた。そのまま行っても門算払い。社協から紹介してもらおうとして、所長の強烈ないなしを喰らってしまった。その結果、病院訪問もままならなかったのだが、徒歩者の限界、担当者がいないから明日来いという話、この10月の時点で7月に続き2回目だった。命の旗企画も、この一言で消えた。組織を背負わない者の限界は、忍耐で超えるしかない。

単調な田舎道を歩いていると、蒸してくる。気温があがってきたのだ。雨に降られたら最悪と思っていたから、それよりはいい。普門寺に近づくと右手に松原の海岸線が見えた。この辺りから津波の爪あとが見え始める。突然のホトトギスの声。

米崎小の仮設を見ながら、車の専用道のようなインターを抜けて、JAの営業所を抜けて、西風道前のバス停から道を折れて仮設に到着。1ヶ月半ぶりだった。

ここは近隣の小規模仮設をつなぎ、支援格差を超えて協力する話があって、そのために自主活動を進める契機の大人向け巡回文庫を準備していた。その活動に協力する形で、湘南から週刊誌やグラフィックな軽い書籍を定期的に届け、文庫係の方を乗せ、近隣小規模仮設をまわる輸送の仕事を、私たちと連携した常駐支援者が請負う構想を進めてきた。今回はその最終の詰めにお邪魔したのだった。地元駐留グループに寄贈した車が、彼らの運転で仮設の担当者を乗せて文庫を運ぶというのは、一見無駄に見える。しかし西風道仮設のように高齢者が集中する仮設では、自分で運転するというよりは、支援者が運転することの方が現実的なのだった。

ここの仮設には、県立鶴嶺高校の学生さんの毛糸の帽子を届けている。学校に応答の手紙をもらいにいくという、もうひとつの用事もあった。

区長さんにあうことはできたのだが、お茶会があって時間がまずいとのことで、代理の方と話を詰め、終わりごろに戻ってこられた区長さんと話をつけた。これから若手の広田町常駐の学生さんグループと連携の話し合いをすること、若手に福祉分野の見守り支援や連れ出し支援を頼むのは、荷が重過ぎるだろう。地元の民生委員さんたちと話して、地元介護サイドとの連携が更にないと、長期戦は無理かなと思っていること。周りで応援するいままでの活動と違い、生活支援の実際の場面に接することになるので、彼らを育てる視点で、まずは文庫巡回から見守ってやって欲しいことを伝えた。復興の土台となる「ひとと生活」の支援だから、価値がなかなかみえないかもしれないからだ。

この点で、小規模仮設の連絡会の後押しは、ただの文庫活動ではなくなる。あとは若い彼らのセンスに賭ける以外ないが、もし、今回の調整が破綻したときは、郵送文庫の形で書籍を届けるので、いずれにせよ、文庫スタートとしようと、話し合った。

本棚ごと仮設集会所に設置することになった。巡回文庫活動は何組か大手の支援者が入っている。しかしそれは、子育て文庫が内実であり、男性高齢者は本を読まないという定説が、高齢者向け文庫の普及を阻んでいる。しかしこの仮設は、数年の間に櫛の歯が抜けるように引っ越していく仮設ではなく、被災者住宅へと固めて移動する、いわゆるコミュニティ温存型の仮設なので、読書を好みで分ける個人単位の営みと考える必要もない。それは回春法ではないが共同読みの契機たりうる読書活動のプロが喜びそうな場でもあるのだ。文庫の生気を失わない活動への併行提案も含んで、配本を行なっていく。

30分強の訪問だったが、出発点としては上々の滑り出しだった。

(つづく)


夜間傾聴>南橋本君(仮名)
     橋本2君(仮名・FAXのみ)


(校正2回目済み)

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4/17 陸前高田行の収穫はあったものの

2012-04-18 05:30:44 | 引きこもり
2012/04/17 記
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陸前高田から帰りました。みやげというより手がかりをもらって帰ってきました。

・陸前高田市米崎町の仮設に、巡回図書納入第一号が決まりました。
・陸前高田市広田町のモビリア仮設に、寄贈図書の約束が出来ました。新しい大きな図書室に入ります。
---- 以上は、車による巡回企画が不成立でも、図書は宅配便で配送します。

*広田町定住を決めたある若者に、湘南から車を提供し、巡回文庫をルーチンワークとしつつ、単身高齢者・高齢者夫婦・外出困難者の見守り支援(連れ出し支援・何でも屋支援)を行なうというもの。この支援は、地元福祉活動と連携しないと不可能なので、地元の関係者と話し合い、運転手を引き受ける学生グループと3者の企画煮詰めることになりました。(契約前なので、詳細は

*陸前高田市広田町から、小友町・米崎町(一部)・大船渡市末崎町にエリアをおく活動に拡げて行きたいと思います。陸前高田市と大船渡市にまたがるのは、大船渡の遠野まごころネットと連携したいからです。これらの地域は、いわゆる交通の不便な土地柄だからで、今回は少し実験的なことを始めます。図版や長文を扱うので、ツイッターではなく。運営メーリングリストを作ることです。まずは巡回日誌を流すこと。日常の要望も紹介し、湘南に出来ることがあれば、手伝うつもり。内容から、公開はしない予定。HPは考慮中。(もっと面白い方法があるかもしれないので、)

車の委譲は5月中。そのときは、彼と学生グループを交えて懇談会を湘南で開く予定。また予算を捻出できたら、地元の自助活動を始めている関係者を招待したい。(車の整備費がかかるので、運転者・地元関係者2名で、交通費最低で35000円は必要ですが、謝金はとてもでません。)

*米崎町仮設に、県立鶴嶺高等学校有志が贈った毛糸の帽子は配布されたそうです。区長さんがお留守だったので、証しのお手紙が来ることに。日にちがずいぶんかかってしまいました。

*陸前高田の醤油と海産加工品が茅ヶ崎にきそうです。茅ヶ崎市の行事に登場か。


------ 某トンネルを越えた辺りの崖下、ふきのとうが沢山芽をだしていました。湘南と1ヶ月ちょっとちがうのかなと。

両足が筋肉痛。歳だなあ。

詳細は次回以降に。

夜間傾聴:橋本3君(仮名・どこにいっていたんだと叱られた、いや、ごめん)


(校正1回め済み)



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陸前高田にいます、交渉順調

2012-04-16 21:43:33 | 引きこもり
陸前高田・広田町に、連れ出し支援と、巡回文庫登場か?

福祉畑ではない若い方なので、心配。

帰りのバス、滑り込みセーフ。
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4/14 15日夜から陸前高田に行きます17日朝帰ってきます

2012-04-15 05:13:55 | 引きこもり
携帯アクセスになるので、箇条書きで、すみません。
資料をまとめて持って行きます。

広田地区復興マスタープラン、読み直し中。

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