湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

10/30 西日本豪雨災害下の障害者/懇話会資料印刷終了

2018-10-31 06:02:59 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/30 記
--------------
録画しておいた下記の番組を観た。

●ハートネットTV「地域に暮らすということ〜西日本豪雨 被災した障害者〜」(11/30 ETV 30分)

2018年7月6日夜〜岡山県倉敷市真備町の豪雨災害
7/6夜豪雨〜7日にかけて浸水・土砂災害で、5800世帯が被災し、3000世帯が現在も仮設生活をしている。51名の死者を出した。その8割にあたる42名は市行政が把握している要援護者だった。その「要援護者」の中に障がい者が含まれているという。

5歳の娘を持つ知的障害のある母親Mさんは、福祉の担当者とのメールで、避難相談をしていた。しかし避難所が分からず、警察には電話が殺到していて、救援を求められず、逃げ遅れて親子ともども溺死した。福祉の支援の中で日々を暮らしており、近所付き合いはほとんどしてこなかった。また地域も平凡な母子家庭として受け入れていたが、防災避難関連の結びつきなどの連携を作ってこなかった。発災時、避難協力してくれる隣人がいなかった。戸惑いの中で母子は被災した。

一方、自前の地ビール工房を営んでいる精神障碍17名のグループ岡山マインド「こころ」は、避難先を地元精神病院とし3週間避難したのち、被災したビール工房に戻ってきていた。やり直しの七夕企画をたて、地域住民の再会イベントを 10/14 に実行、700人が再会した。地ビールを通して地域参加を柔らかな形で実現していた。

障がい者は福祉の支援を受けながら、関係者の世界の中で生活しており、個々の障がい者のご近所付き合いをしてこなかった。別の世界(人間関係)に生きることが、悲劇を生んだのではないかという。

地域という様々な事情を抱える雑居社会への関わりを育てたのが精神の「こころ」だった。

11/2の懇話会は石巻の「要援護者」の7年を語ってみる。番組でも指摘された「福祉と防災の乖離」という課題。「福祉」は、社会的弱者の日々の生活を支援し、「防災」は非常時の安全のために地域を守っている。お互いに接点はなく、交差する試みも少ない。しかし被災関連死の8割が「障がい者、高齢者、傷病者、乳幼児親子、在日外国人等の「要援護者」である実情からは、この「福祉と防災」の交差検討が問われている。

--------------

明日のハートネットTVは「石巻」が取り上げられる。ゲストの山田葉子さんとの懇談に反映するだろう。

----------------

今日は懇話会の配布資料を印刷した。石巻市の要援護者支援マニュアル(原子力災害編は、頁数も多く、見本をみてもらうことになるが、準備は一応整った。ただ山田さんがぎっくり腰を患い、無理を推して出席っしてもらっており、運営を考えねば。

------------------

母、甲状腺機能亢のように、今日も暑さを訴えていた。ストレス性の自律神経失調症とみられているが、とにかく長期戦。家事終わりなし。

私は網膜色素変性症の土台の中で白内障が進行しており、また眼球の筋肉部分の古傷(ASPの子との格闘の後遺症)が炎症を起こして、視力が急低下しており、白内障とともに軽い日帰り手術をするか判断を迫られている。網膜色素変性症の進行に間接的な刺激にならないかという話。また飛蚊症に類似した視覚の脳神経の症状も慢性的に表れており、9日に脳神経外科の検査を受ける。全盲への道は、極力避けたい。やり残し解結のように、ついつい考えてしまうが、不登校引きこもり児者支援と災害ボランティアのライフワークは、後退させたくない。(すでに後ろはないからでもある。)

夜間傾聴:ひとり
(校正1回目済み)
コメント

10/29 眼科の手術は11/9の脳神経外科検査後に

2018-10-30 03:48:50 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/29 記
----------------------
慈恵医大眼科の検査を受けた。傷の修復は後日決めることに。白内障が進んでいるが、それと併行して、脳神経外科の検査が必要な症状が見つかった。飛蚊症と思っていたが、これは深刻な病の前駆症状ではないがCT&脳波検査を11/9に行うことに。

医師はフリー当日外来にいないが、結果を踏まえて、手術の実行を決め、私に院内で連絡することに。生殺しである。

夜間傾聴: 臨時休業
(校正1回目済み)
コメント

10/28 11/2懇話会を前に / 月曜日眼科手術で当日ブログを休む可能性

2018-10-29 05:02:07 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/28 記
----------------------
明日月曜日、慈恵医大眼科の精密検査を受ける。即日手術ということはないと思うが、手術の場合、明日の夜のブログを休む、ご了承を。白内障手術のように、日帰り手術で済むようだ。悪化する視野の歯止めになればと、少々の期待もある。

次回の山田葉子さんの懇話会(11/2)関連の番組がある。ぜひ、ご覧下さい。
●ハートネットTV 東日本大震災から7年「石巻・孤立する人たちを見捨てない」(10/31 20:00〜20:30 ETV)
●ハートネットTV「地域で暮らすということ〜西日本豪雨 被災した障害者」(10/30 20:00〜20:30 ETV)

懇話会の配布資料です。
<文書資料関連>
●「避難行動要支援者登録申請書兼避難行動要支援者個別支援計画」
http://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10401000/3279/hinannkoudouyousiennsyasinnseisyo.doc
●「石巻市 福祉避難所設置・運営マニュアル」(原子力災害対策編)
https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10106000/0007/11_fukusihinanjo.pdf
●「東日本大震災の教訓〜災害時要援護者支援のあり方」(国際防災・人道支援フォーラム2017)
https://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10151000/9001/0005/kokusaijinndouforum.pdf

夜間傾聴: ひとり
(校正1回目済み)

p.s.
次回の懇話会
11/2 18:30〜21:00 茅ヶ崎市役所分庁舎5階A会議室 無料 山田葉子氏(キャンナス東北)




コメント

10/27 鶴嶺高ボラ塾授業の常識の壁の件/慈恵医大眼科の手術について

2018-10-28 06:08:04 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/27 記
--------------
鶴嶺高ボラ塾の授業は、災害の分類>発災からの経過と支援>時期に応じての高校生活動>3つの要点 という流れで話を組んだ。最後の3つの要点とは

1)自宅近くの障がい者・高齢者施設職員との交流

2)発災と外出時率先誘導と災害弱者保護

3)在宅避難者への「御用聞き支援」の展開

ということ。

いずれも避難者をひとかたまりとして考えていたところに、「見えなく消されている人々」の存在という話があり、そこに関われということなので、初めての話ばかりだったと思う。安全避難の話とは視点が違う。

もうひとつの傍流は、「急性期のおとなの解放」という視点の支援話だった。家族捜索・自宅再建準備等、おとなは急性期は忙しい。その後方支援が課題となる。

先日、放送大学の特別講義で家族を考える話があって、戦後高度成長期、電気洗濯機・白黒TV・冷蔵庫の普及によって、専業主婦の時間拘束からの解放が行われ、女性は閑になったので社会参加の就労が進んだという説明をする展開があって、あきれてしまった。男の眼差しの切れ味の悪さ。災害にも仮設住宅避難生活で、暇を持て余す主婦避難者のレッテルがあり、それが重なり、若者にも「忙しい大人」のイメージがないという壁があった。ゆえにその「大人の後方支援」のイメージがないのだ。

この辺は具体的に日々の家事を説明すればわかるが、「大人の小間使い」はいやだという抵抗も見え隠れする。発災時は、高校生地域社会への自主参加の契機に満ちている。基本は自主活動を育てる時間なのだが、実感がない。

もっと伝達ではない対話できる授業時間が欲しいと強く思った。45分はあまりにも短いのだ。

-------------

月曜日に慈恵医大眼科の精密検査を受けることになった。大きな手術ではないが、生き残っている眼球の傷修復だ。白内障手術と同じ程度で済むらしい。日帰りだがその日の夜が全盲状態になりそうだ。

懇話会のゲストの山田さんが、ぎっきり腰を起こした。11/2は実行するが、綱渡りをしている。一応、茅ケ崎駅>市役所と、市役所>宿泊先の付き添いをつける算段をしている。(現在12名参加)

夜間傾聴:なし
(校正2回目済み)
コメント

10/26 鶴嶺高ボラ塾レポート「教訓と経験の齟齬と提言と」

2018-10-27 05:22:56 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/26 記
--------------
鶴嶺高校ボラ塾が終わった。今回はいろいろな経験をさせられた。初めに書くことは、私の講師職上の授業技術に関わる事です。関心がない方は、☆☆☆印まで跳んでください。

生徒数19名。昔の予備校、今の大き目な塾の一斉授業クラスの人数だから慣れてはいる。私の声は歯切れが悪いので、予備校の時はマイクを使っていた。今回は前の方に座らせるために、配布資料を事前に席の前に置くことで、自然と前に集まるようにさせてもらった。

ここ数年はグループ型にまとめたので気が付かなかったが、教室横断する配置で生徒が並ぶと、目が見えない側の生徒たちの様子が本当に見えないのだ。予想されたこととは言え、正直言って焦りを感じた。一斉授業は相手が集団でありながら、ひとりひとりと共感を結ばなくてはならない。その重要なカギがアイコンタクトとなるのだが、私が視野欠損・視力低下のために相手との関係を取り結べないのだ。私はパラソル状の関係と呼ぶのだが、要に教員を中心に置き、放射状の線によって外周の生徒と結んでいくのが教員の実感。生徒間の共感は、経験的には大切と分かっていても、それが授業形態としてなかなか体現されてこない。その欠陥が露骨に見えてしまった。さらには、私の普段の授業単位は90分。ところが今回は45+5分。さっそく冒頭から語りかけの線を結ばなければならない。この「さっそく」というところが難しかった。熟達者は、準備なく滑り込んでいく。初めからの関係作りではなく、学校文化の共通の約束事から中途出発していくことができるのだ。

私の友人にY君という若いNPOの主導者がいる。彼は一つの目的の枠組みの中にひとを押し込まない。多様な共通の絆を手繰り寄せては、その可能性を次々に編んでいく。教育者のように価値を伝達(私は『発酵』と考える)することは、彼にとって副次的かつ結果的な意味しか持たない。動的な成果を逃さず捉えて行く。だから私は彼を優秀な経営者の卵だと思っている。そこで見られるのは、お互いの出会いによって、何が可能かが問われていく。お互いは対等である。ところが旧来の教育では、教員と生徒の関係は非対称の水源モデルの様な上下関係を前提にしている。目的を持って相手を企画どおりに作り替えることが教育と呼ばれる。痩せた効率の知だ。

場が設定されており、目的達成のための短い時間が与えられている。この前提に立ち、TV落語のように、効果予測の上に立ち、演じられる。ゆえにショートカットとして、アイコンタクトや身体パフォーマンスを駆使するが、それが今回の場は露骨に阻害されていることが分かったのだった。

もうひとつの背筋が凍る出来事は、真円と水平線が書けなくなっていたこと。私は理系の授業を分担してきた。特に数学では真円と直線(特に水平線)が板書出来なくなっていることは、臨時代打と個別指導役のみになっている現状では影響が少ないが、現役なら致命傷となる。

原因は両手首の骨折の後遺症だった。教室には、しばらく放置された湿気たチョークが数本あった。今はダストレスが主流だが、折れない程度の硬度を持った非ダストレスチョークだった。軽い。時間短縮のために、事前に図式は板書しておくことにしたのだ。

ところがチョークが握れない。指が硬直していてチョークが安定しないのだ。次に、真円の場合、大きな円は、傾いた出発点の半円を、連続して描いていく感じとなる。右手には左足を、左手では右足を軸足にして全身で描いていく。50cm程度の円は、手首と肘の連携で描いていく。もともと私はWBに極太のWBマーカーの愛用者で、チョーク中心ではなかったが、黒板とチョークの描画時の摩擦は相当重い。この摩擦を超える力が指に入らないのだ。文字も一部は両手で描くことになり、その力みゆえ、水平線や平行線も片足軸の弧を描いてしまう。素人の線に逆戻りしてしまうのだった。愕然とした。

網膜色素変性症の眼差しは、視野のすき間を手繰りながら、対象を見る不安定さを持っている。探すがゆえに意思が視線に乗せられない。一斉授業では大づかみに複数名の視線とボディーランゲージを捉える作業を語りと併行して行っている。これが2列目までしか見えなくなっていた。

災害ボランティアの企画提案の前に、私の体は壊れているという当然の事実にさらされることになった。


☆☆☆
また今回は「高校生が独自に担って欲しい災害ボランティア領域」の話は、高1という年齢ゆえの予備知識不足という対話環境作りの困難と、伝えたい情報量の多さと複雑さが、語りの前に立ちはだかっていた。

生徒の災害に対する知見の少なさも問題になる。例えばこんな実話を話してみた。私の手首骨折と救急外来の状況の経験談だ。

私は6月末、平塚駅ビル通路に置いて、糖尿病新薬の副作用によって失神転倒し、救急車で平塚共済病院に運び込まれた。ところがER(救急外来)には、土曜夜ゆえか、整形外科医不在でギブスを巻ける者がおらず、固定棒とシーネによる簡易処置を施され、ギブスに巻き直すために、自費で平塚市民病院に行くように指示された。ところが平塚市民病院は緊急手術が終わっておらず、実質拒否された。ところが他の市内の救急病院は整形外科医が宿直していなかった。東海大学附属病院(おそらく伊勢原ではなく大磯の意味だろう)に問い合わせと言い出した。

私が茅ケ崎の人間なので、茅ケ崎の病院に繋いでほしいと要望すると、職員のたらいまわしが始まった。広域医療圏域が違うのだと気づき、茅ケ崎徳洲会病院に問い合わせて欲しいと病院を指定して頼んだところ、自分で119し直し、指示をあおぐようにと言われ、私が反発。茅ケ崎徳洲会病院につないだとの話をうけて、茅ケ崎徳洲会病院に向かった。ところが茅ヶ崎徳洲会病院には、整形外科がなく、さらには共済病院から連絡をもらっていないという。東部病院も市立病院もERに整形外科医がおらず、茅ケ崎中央病院は受け入れていないという。次に藤沢辻堂徳洲会病院では3時間待たされて、整形外科の処置が出来ないということで夜が明け、結局、1日あけた月曜日、湘南中央病院の一般外来で朝、処置を受けたという話をした。

ところが、病院のたらいまわしの話として大変なのだという話として受け取られ、そのあと私が話した災害時の救急医療体制の恐ろしいお粗末な実情という話は、誰も予想していなかった。痛い怪我が引き伸ばされることへの嫌悪と、たらいまわしの他の事例の知識が語られるに留まった。問題はこのずれ、一歩奥が見えない。経験とはこういうことをいう。整形外科医がERにいないという、発災時の悪夢は誰もそこから連想できなかったのだ。ましてや診療科・医療圏域という縦割り医療の柔軟性を欠いた対応など、連想するどころではなかった。

経験の差とは同一の情報を与えられたとき、連想の膨らみが如何に発生するかという違いだろう。

関東大震災のとき、熱海には12mの津波が来たと語るとき、熱海がどこにあり、12mの津波の想像、当時の熱海の街並みと被害の特徴、さらには活断層の話など膨らませることはできるが、言葉の無力さは覆うべくもなかった。驚いているが、被災地訪問したときの驚きにはかなわない。見学を抜きに、「一般被災者」と「要援護被災者(見えない被災者)」の存在、「災害時御用聞き支援(在宅避難者支援)」の2つの言葉を最低限残したいと考えた。いかに重要か繰り返しても、彼らの心に呼応するものがなければ、消えてしまう。

だから苦肉の策だがスローガン化して、記憶の隅に残してほしいと訴えた。それは「見えない被災者(災害弱者)」と「在宅避難者をつなぐ御用聞き支援」のふたつだ。

問題はさらに深い。「御用聞き」を彼らは知らないのだ。これは短時間だが彼らと対話し「情報と物資のメッセンジャー(健康確認を含む)」のことと説明した。

始め災害は幅広く、「伝染病・風水害・地震津波」があるが今回は「地震津波」に話を絞ると伝えておいた。

急性期と慢性記では役割がかわる。この説明も通じているとはおもわない。被災と生活再建の経過的把握がないからだ。

改めて災害ボランティアにとって、最近何が変わったかなと考える。豪雨と土砂災害・浸水被害が災害ボランティアの仕事に加わった。ゆえに防災研修は膨らんで大変な状態になっている。

夜間傾聴:なし
(校正2回目済み)
コメント

10/25 鶴嶺高ボラ塾無事終了(レポートは次回)

2018-10-26 04:28:59 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/25 記
----------------------
県立鶴嶺高ボラ塾の災害特別授業は無事(?)に、終わった。参加生徒数19名、教員1名、カメラマン兼助手(おふたりさん、お世話になりました。)

明日、内容に対して続きを書きます。

夜間傾聴」なし
(校正1回目済み)
コメント

10/24 鶴嶺高ボラ塾準備中

2018-10-25 04:17:19 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/24 記
----------------------
10時過ぎ、鶴嶺高への器材搬入を依頼していた@@さんから、断わりの電話が入った。参った。昨日、紙芝居形式に資料を直しておいて正解だった。@@さんは、厚木<>茅ヶ崎の自営勤務をされている。その時間の隙間に移送をと、無理強いしていた。サポチガの担当者さんに、謝りの電話 を入れた。
----------------------
今回は、「御用聞き支援」に、話の焦点に持ち上げる算段。資料とも完成。
----------------------
母が風邪をひいた。まずい。明日はヘルパーさんが入る。

夜間傾聴: 臨時休業
(校正1回目済み)

コメント

10/22&23 市関係課まわりで詰めを行い 他

2018-10-24 05:18:42 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/22&23 記
----------------------------
懇話会のゲスト山田葉子氏が、ぎっくり腰。影響を心配している。(山田さん、お大事に)

今回は参加の意思表明者が多い。珍しいことだが、要支援の当事者が、夜の会なので参加しづらいとの話もあって、支援者中心の表明になっており、そのへんのこともあって、市障害対策課、市自治会連を駆け足でまわってきた。25日の鶴嶺高ボラ塾の準備もあり、参加ペンディングの当事者5名の確認のゆとりは、とれなかった。

帰宅すると母がいない。携帯電話が食卓のうえに放置されていた。あとでわかったことだが、新しくペインクリニックのリハに、行っていたのだ。医者に電話捜索。新しいところだから、行方知らずだった。

間合いがとれないので、シーフードカレーを苦肉の策で調理した。温めでタイミングがとれる。

予定外のことだらけで、母は駅前で買い物。19時をまわっていた。

鶴嶺高ボラ塾の配布資料の西山学院高と築館高の確認を済ませた。厚木の@@さんに、車で荷物運びをしてもらうことになっていたが、そのために茅ヶ崎に行くのかと、お叱りを受けつつ、私の手首事故ゆえ重い器材搬入が無理だからと説得していた。BLプレヤーなどだ。

サポセンの担当者の方に迷惑がかかりそうなので、荷物がダメになったとき用に、伏線で紙芝居式の画像印刷を作って1日が終わった。

仏頂面で母がカレーを食べている横で、資料整理。しょうもない夕食となった。

夜間傾聴: ひとり
(校正1回目済み)


コメント

10/22 ごごにかきこみます

2018-10-23 04:24:05 | 地震津波災害ボランティア
間違えて、書き込み消してしまいました。
午後に書き直します。すみません。

市役所に懇話会の件で、明日立ち寄ります。
印刷、夜になりそう。

コメント

10/21 鶴嶺高ボラ塾「災害時御用聞き支援」実現の端緒に出来ないか

2018-10-22 05:56:41 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/21 記
----------------------
困ったことが起きた。鶴嶺高ボラ塾の際、持ち出すPCが壊れた。iPadを借りに行く時間がとれるか。古いVGA出力タイプのPCならあるが、鶴嶺高大型TVが対応するか、チェック出来ない。ケーブルは、準備した。さて…。

キーボード操作がうまくいかない。ひだりてに引きつりあり。画面キャプチャが欲しい。

----------------------
今回、台風と大火災害を語りきれないと割り切ることにした。45分、最後5分は感想メモ時間では、ざっと流し、1)近隣施設見学(職員との顔つなぎ)、2)「御用聞き支援」の役割分担とチーム作りのノウハウ に、話をしぼりこむ。

対話型に持ち込めないか、医療・福祉職への誘いを語るか、時間との勝負。悩む。

夜間傾聴: なし
(校正1回目済み)


コメント

10/20 「子どもの貧困」のリアルな窮乏と激甚災害下の家庭崩壊のこと

2018-10-21 05:22:49 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/20 記
----------------------
手首骨折からの機能回復在宅訓練のメニューが一つ加わって、ダイソーで¥108-で買った5kgグリップを使って、左手を50回/日いじめている。3kg以上は、最後までにぎれない状態なので、きつい。指の関節を伸ばした後で行うのだが、外出時や、夜間傾聴中、左手がミット状に拘縮し、肘まで痛みが走る。組む回数を減らさなければならないか。

----------------------
藤沢で「子どもの貧困」関係のシンポがあって、「藤沢市子どもの貧困対策推進条例」を作るという。

その中で「聖園子供の家」から報告された事例は、家庭崩壊すさまじく、子ども保護が必要な事例が現在増加し続けているという。司会の話では厳しい地域では、藤沢の4人に1人の学童が日々の食事に事欠く事態という。

この話を聴いている最中思い出したことがあった。災害避難仮設の壁は薄く、大声は隣まで筒抜けで、DV暴力が聞こえてしまう話を、大船渡の仮設調査(2012)をしたとき、複数きいた。広域激甚災害が発生したそのあとで、家庭におきる破局の淵の出来事に、痛みを感じた。ただ一つだけ、食料だけは、配給期間救われるという皮肉な状況がうまれ、仮設閉鎖後、生活費を確保できない場合、集団生活保護サポートは、自治体財源と早期承認判定は大きな問題になる。実際は財源の破綻問題というより、仕事先確保と住宅ローン猶予が火急の課題となるが、子どもの視点で見たとき、この時期の保護がまだ副次的な課題としてしか、論じられていない。貧困家庭には、日常続くも地獄、被災も地獄ということなのだ。
----------------------

藤沢は花火大会だったようだ。夕方から気温が下がり、小雨がぱらついた。不足食材を買い込み、家に駆け込むと、介護度外のヘルパーさんが帰って2時間がたっており、風呂が沸いていた。帰宅遅れは道が混んでいたのだ。何度言っても、一人の時の入浴をやめない。深呼吸して、苛立ちを抑えた。

夜間傾聴: ふたり
(校正2回目済み)


コメント

10/19 鶴嶺高ボラ塾の相棒探し/取手・土浦市の障害者防災マニュアル

2018-10-20 05:56:09 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/19 記
----------------------
東京南部の塾時代の友人の仲介で、重度の身体障害の方の訪問支援をしてきた元病院看護師の@@さんと、電話で話すことができた。中野の方で、災害ボランティアではないとのこと。

私の活動内容を説明して、鶴嶺高ボラ塾の対話相手探しをしていること、神奈川の方を紹介してもらえまいかとたずねた。応答は否定的だった。神奈川の方は知らないとのことなのだが、自分なら参加可能かも知れないという。ただ、その方の自己紹介の時、この方が親御さんの介護を抱え、訪問活動を中断しているお話を聞いていたから、その申し入れに甘んじるわけにはいかなかった。

高1の子に、被災ということ、要支援者という被災者の二重構造(程度という連続体ではない)のことを説明しなくてはならない。医療・生活支援と、ティーンズに託された仕事、その中で、「御用聞き支援」の重要さを伝えること。つまり、一から語る必要がある。だから当事者の言葉が欲しかった。

お礼を語りつつ、無念さを飲み込んで、電話を切った。
----------------------
取手市や土浦市の「障害者のための防災マニュアル」(とりで障害者協働支援ネットワークなど著)をDLした。マニュアルではなく、活動事例がほしい。FBでは、熊本地震の関連スレッドがあるが、まとまった内容は得られない。石巻情報が欲しい。

----------------------
母が寝込んでいる。食事はたべているので、大事にはならないだろう。

夜間傾聴の課題を一歩進めたところで、ここ数日停滞している。

蜘蛛の巣にかかったような不快感がある。さらに忍の一字なのだろうか。

夜間傾聴: なし
(校正1回目済み)
コメント

10/18 母が遠出、私がリハの一日 PC格闘中

2018-10-19 05:57:59 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/18 記
----------------------
母の東京のリハ友を失った件で、お別れがしたいと母が主張し、浜見平の**さんが同行してくれることになって、片道3時間かけ千葉の東金のお宅まで行ってきた。**さん、感謝。

私はリハの日。装具から解放された一面、目が片目のために、指先をやたらと周囲にぶつけてしまう。リハは、尺骨側の小指に痛みがたまっている。ぶつけた部位が痛む中、マッサージと課題リハをこなしたので、ビッグイシュー配達で立ち寄った辻堂図書館で、火のように焼ける左手を抱えて、ほてりをしずめていた。じかんにゆとりがなかったので、バスで茅ヶ崎図書館へ。しかし、休館日。幸い移動図書館車で戻ってきた司書さんに手渡せた。

今日は小児科&&医師と医療器具販売の○○主任と会う件、中止。

「沈黙」は、市教委に歴史教科書を考える会から申入れがあり、もめているもよう。

夜間傾聴: ひとり
(校正1回目済み)

p.s. 母22時頃帰宅。付き添ってくれた**さん、ありがとう。
コメント

10/17 「沈黙」上映は成功、おめでとう/ 範囲外って変?

2018-10-18 05:17:16 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/17 記
----------------------
ドキュメント「沈黙」の上映会は、300人を越す観客と、120名を越す熱心なアンケートという印象深い成果を残したという。おめでとう。

母の件があったので、最後の打ち上げ会まで残れず朴さん親子に、ご挨拶できなかったことが、心残りだった。

全然別の話だが、久々に病いに小さくなってしまった友人の@@さんと会場で出会った。私も10kg以上痩せたが、彼女は小さくなった。少し取り戻してきたのかなと見えた。話をきいて驚いた、これからご夫婦でフランス旅行するのだという。その活力に脱帽。

また、藤沢からヤングケアラーに取り組んでおられる竹村さんと出会った。私のように4世代同居から、母と在宅介護を分かち合ってきた者として、更に過酷な「貧困とケア」という環境に置かれた若者にシンパシーを感じていたので、邪魔はしないので連絡を下さいと、お願いすることができた。

私のビッグイシュー配布購読者の☆さんから、前回のブログにある「平和や政治」のことを範囲外と呼ぶのは、おかしいのではという指摘があった。彼は映画に感動した。寿南さんの活動を支えてはという話だった。

理由は私の経歴にある。
私は乳幼児期から学童期の病弱と転勤という孤立経験から、「安定した家族」と「社会的成功」をめざす学校現場に、個々の生育事情を包摂した学び、異質を認めない差別と標準というマスの暴力の実情を見通す生き方にこだわって生きてきた。しかしそれらも、政治と社会の不合理の中では、解決しないということで、介護と両立する予備校契約講師やフリースクール的私塾を行いつつ、旧社会党の支持者として、反戦やら政治活動をやってきた。ところが、ある課題を取り組んでいると、次に問題化した課題にあっさりうつり、一緒に活動してきた若手地域活動家(私は学生運動には魅力を感じなかった。)たちが、就職して離れていき、常に三途の川の石積みのような虚しいリセット、必要に追われた動員活動には、私が抱える医療と介護や、差別と教育の共感から生き方の課題へと向かう持続のベクトルは感じられない、ただ時流に流れて生きることに嫌気がさしていた。そこに社会党の解党があって、政治的な生き場所を失って、かえってすっきりしたという経過が個的にはある。

だから自分のやる領域には力を注ぐが、他の領域、選挙に収斂する活動には、夢中になれない。支持はしているし、危機のときは応援すると答えた。伝わらないだろうなあ。文も長いし…。

----------------------
鶴嶺高ボラ塾の準備をしている。災害イメージが弱い高1、「災害時御用聞き支援」の価値を伝えられるだろうか。当事者家族、施設職員の友達作りに踏み越える語りができるか。

夜間傾聴: ひとり
(校正3回目済み)


コメント

10/16 ドキュメント「沈黙」上映のお手伝いを 他

2018-10-17 05:52:04 | 地震津波災害ボランティア
2018/10/16 記
----------------------
教育(障害関係も含む)と防災、医療とセイフティネット、福祉という領域に活動を限ってきたので、今回のドキュメント「沈黙」のような範囲外の活動参加は久々だった。何十年ぶりだろう。古巣のようであり、馴染みの悪い浦島太郎だったりしていた。

私は長さだけ延々と社会活動を続けて来たため、古い地元暴漢の顔はしっている。そんなことで、お客さんに紛れた右翼さんをチェックする役割で実行委の応援をしてきた。立って見ているだけ。しかし、会のほうでは、ぜひその方にも観ていただき、感想をもってもらおうという方針なので、何事もなく終わった。

外では街宣車が何台もきて、大変だったらしい。

もう当分、範囲外の活動をすることはないだろう。手一杯だ。
----------------------
サポセンに立ち寄り、ビッグイシューを配った。

母に「てんや」の盛り合わせを買って帰り、ブーイング。しつこいものは食べたくないと、箸もつけない。血糖値覚悟で始末をつけた。

夜間傾聴: なし
(校正1回目済み)

コメント