湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

4/29 伯父のホスピスに思う/薬剤師の災害対策マニュアルと講師

2013-04-30 04:52:04 | 引きこもり
2013/04/29 記
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社会活動の空転はいつものことと自分に言い聞かせつつ、気を取り直して伯父のホスピスを訪ねた。父方の親戚は父の宗教の法事荒らしへの反発と、私の奇行(ボランティアへの無理解)から縁が遠くなっていた。そんな関係からか、伯父に会っても悲しみは深くないドライな自分に呆れもする。

明るい個室に眠りこけている伯父の面影がやはり父に似ている。病室には誰もいない。深くしっかりとした呼吸、枕元のログを見てもバイタルは悪くない。今の状態なら激痛が襲っているはずなのに、緩和ケアとはこういうところなのかと、改めて感心する。麻酔薬の効果だ。椿の花のように、ある日突然花が落ちる。

伯父のいるワン・フロアーのどこの病室も親族の姿がない。午前中に来たのだろうか。

目を開けて、ルートがついていない側の手が宙を探っている。掌を包み声をかける。ナースセンターで、マスク着用を要求され、しぶしぶかけていたマスクをはずし、私であることを伯父に語りかけた。父と違い伯父の聴力は落ちていない。それにも関わらず私に向けられた視線は私を見ていなかった。

人間の重要な対人認識の特徴である「模倣」は残っている。うなづきながら問いかければ、私のうなづきにシンクロしながら伯父もうなづく。しかしそれには同意の意味はこめられていない。乳児の微笑みと同じく、相手を理解するために、共通の動作をし、そこから湧き上がる感情の記憶をさぐっている。喉の渇き、空腹感、視覚の効かぬ位置からの怒りのキャッチなど、乳幼児は鋭敏だ。大人になるにつれ、それは潜在化していくが無くなるわけではない。伯父のそれは乳幼児のそれのように、私を探る原始的な認識プロセスを踏んでいるのだった。

私の言葉は、おそらく伯父にとって意味をなしていないだろう。文節と関係なく私はうなづきを繰り返した。注視は長く続かないが、その範囲内で語りかけても、話と無関係に伯父はうなづいていた。推測だが声色、声の調子は伝わるかもしれない。しかし、伯父は私を固有名詞を持って眺めていないのがわかった。伯父が外してしまった酸素マスクをそっとかざしてみた。手はマスクに関心を示さなかった。

看護師の点滴チェックが入って、私は容態を看護師に訊いたが、医師の予約をしてくださいと断られた。ホスピスは、うかつに表現できないシビアなところなのかと、改めて思う。容態の急変したときの親族の怒りが看護師にふりかかる。祖母の臨終の日の介護も私が泊まっておこなった。生き物が無生物へと変容していく、微妙だが厳然とした変化。伯父もまた夢の中にいる。しかし座薬も効かなくなった祖父の憔悴しきった断末魔の姿、身をよじり歯が欠けるほど食いしばって血反吐のなかに死を迎えた母方の叔父とは違った、作られた静穏の中に伯父がいる。

身辺整理は行き届いているので、低い椅子をベッド脇まで寄せて、1時間ばかり昔の話題を語りかけた。ところどころ同意を得るようにして。しかしそれも伯父は10分弱で眠りに落ちた。眠る伯父に語り続けて、母の名代も果たしてきた。

入退出のログに署名しながら、親族のシフトの様子を聞いた。しかしそれも、守秘の壁に阻まれてしまった。私はスイカのカードを持ってきていた。介護に通院する際の交通費の足しにしてもらいたかったからだ。私は親族に会えなかったときのことを考えて、看護師に断られないように、作戦をたてていた。カードを封筒に入れ、「先日、親族に会ったとき、先方がカードを置き忘れて行ったが、返そうと持ってきたが会えなかった。私は遠方にいるので、あす親族が来た時に渡して欲しい」と嘘をついたのだった。勿論親族には、カードを預けた旨をメールしておいたのだが。

私は伯父に語りかけながら考えていた。こうしてひとの中にいて亡くなるのではなく、誰の目にも触れず、世間の谷間で忘れ去られ、亡くなっていく方の孤独のことだ。

辻堂の駅に現れ、しばらくの間、構内で過ごしていた**さんは、急に姿を消したと思ったら、早朝,酔って歩いていたところを日立市の路上でひき逃げされた。私の名刺を大事にしていてくれたので、そこから警察が私に連絡して、彼の消息がわかった。病院関係者の協力を得て、私も交えて親族探しをした結果、豊島区に遠縁がわかり、転院していく車内で、**さんは息を引き取った。警察からの連絡でそれがわかった。茅ヶ崎市の生活保護課の++さんと話したが、声が詰まってしまった。まさに犬死だったからだ。孤独死とは、誰の目からも外れて、ひとの谷間に死を迎える者とは限らない。ひとからひとの受け渡しの最中、誰にも心を通わせられずに他界する者もまた孤独死である。

母と辻堂で外食して帰宅したが、ずっしりとした疲れが襲ってきた。連休中、ご近所は朝が早い。私が寝るときに彼らは出かけていく。ここ数日、睡眠時間が4時間を切っていた。仮眠を1時間半ほど取る。作業が停滞している中でのことなので、なんとも言えない。

この時期、一般就労の3ヶ月目の転職変動到来には早いが、手帳を使った就労の場面も、リクルート業者の合同面接会が再開しはじめる。そのダイレクト広告が入ってきた。しかし、これはほとんどすべてが視覚障がいを除く身体障がい者を対象にしていると言っていい。

昨年は横浜会場に、一名相模原の塾から、塾長担当の成人女性が求職申請を出した。国籍は日本だがブラジル人とのハーフだったために、身体障がいの手帳を持っていながら、そちらの方で門前払いの辛い憂き目をみた。客相手ではないのに、軽いイントネーションの訛りから、職場の意思疎通を問われたという。

これから、数は少ないが補充募集なのか、合同相談会がときどき入るようになる。今年は精神障がいの方の求人が増えているが、影響を見ている。

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K2インターナショナルは、引きこもり青年の社会参画として、災害ボランティアに熱心だ。自分が必要とされている経験ができるからだ。

私が茅ヶ崎に拘束されているから、なおさらに思うのだが、被災地に災害ユートピアの体温が残るうちに、滞在計画をたてて行くといいと思っていて、候補はいないかと探っていた。塾のスタッフが、福島からの避難者が市内にいるからと、彼を連れて行って、彼は彼で、避難家族に何をしたらいいのかわからなかったと、現地出立の芽をつぶしてしまった。災害ユートピアは被災地だからこそ醸し出されるものなのに、スタッフは其の辺が理解できない。塾長のつてから多賀城市を紹介していたが、一度冷えた意欲を引き出しなおすのは困難だ。更なる誘いは同僚の誘いでもあればいいが、その同僚がいないのが引きこもり者の特徴だからだ。うーん、被災地体験のある協力者が欲しい。

薬剤師畑の講師を探している。被災時、内部障がいや、精神障がいの方、持病を持った特に高齢の方の治療薬ルートの確保は難しい。薬剤師会の方では、すでにマニュアルが出来ていると聞く。ここからの講師も考えたい。

夜間傾聴>なし


(校正2回目済み)

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4/28 私用に振り回された一日

2013-04-29 05:43:34 | 引きこもり
2013/04/28 記
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父の兄の病状が末期的だったが、緩和ケアで一時的に意識を取り戻していると連絡があったと、母。病院に行くために、訪問指導の日程替えや、授業の講師交代依頼など、慌ただしくしているうちに、母の買い物袋を預かっているからと、某タクシー会社から連絡が入った。母もまた、私の真似ではないが、乗ったタクシーの中に買い物袋を忘れていた。袋の中に母が投函しようとしていた封書があって、それで身元がわかった。よりによって藤沢のタクシーだった。私が昔、塾兼自然教室を営んでいた教室のそばだった。辺鄙な場所だ。

相模大野校の帰り、湘南台で下車、バスで営業所のそばのバス停で降り、買い物袋を回収した。そこに母から電話。月曜日、病院に私が行くと伝えておいたとの話。余計なことをしなければいいのに、私は母の封書を投函せねばと思い立ち、そこまではよかったのだが、まだアンケートの中身が書いていない私の大きな茶封筒を間違えて投函してしまった。日は暮れかかり、休日、諦めて辻堂に向かった。どうかしているのだ。

家に戻ると一通の葉書。寄稿依頼していた大船渡の元看護師さんからのものだった。私は、ボランティア参加している訪問看護活動の近況を描いて欲しいと伝えていたが、葉書には「津波に負けず、生きているよ」という彼女の祖父が孫を抱いているスナップ。仮設を出て、遠野の祖父の家に転居したという近況が描かれていた。通信原稿には厳しい内容。落胆を飲み込んで、今度、おじいちゃん(実は私より4つ年上)にインタビューさせて下さいねと応答メールを送信しておいた。虚しい。この伝わらぬ意図、急がば回れである。

「看護 2013/02号 "ともに歩む"東日本大震災 復興支援」を読み進めている。大槌町の記述に出会い、ネットワークの「拠点」のキーワードを開いている。的を射ている講師さがしの作業だが、非効率この上なし。


夜間傾聴:なし

(校正2回目済み)

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4/27 NHKスペシャル「東日本大震災 ふるさとの記憶をつなぐ」を観て

2013-04-28 06:34:00 | 引きこもり
2013/04/27 記
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連休が始まった。といっても生殺し状態はここ5年になる。だから連休といっても。普段の生活と代わり映えしない。親戚の葬儀が近いので、遠出もままならない。

NHKスペシャル「東日本大震災 ふるさとの記憶をつなぐ」を観た。私は陸前高田の枯れた一本松のモニュメント化に、違和感を感じている。地縁・コミュ二ティの統合の象徴であるというが、「なぜ今、建立なのか」がわからない。家族や家を失い、見えない近未来という状況、透析に遠方まで出かけねばならず、福島のように、母子を遠方避難させて、家族が離れ離れになっている「今」、それは地縁の絆の課題とは無縁とでもいうかのように、一本杉をたて、祭りに集中するその力の一部でも振り向けられないのかと、その影に男主導のケア無理解、しょうもなさを感じる。

しかし復興の影で、以前のまちに染み付いた日常生活の記憶の着陸の場のない悲しさ、無価値のようにまちが知らない町へと変貌していく、特に高齢の方の寂しさは、無視していいものではない。

京都大学防災研究所の宮本匠さんの被災者意識調査のモニタリングの映像が収められていた。縦軸に気持ちの高揚と落胆、横軸に月日を置いて、被災当事者の主観グラフを描いてもらう。これを「復興曲線」と呼ぶのだそうだが、そのグラフが、共通の波形を示すという。

被災>避難所生活>仮設生活>自営業の部分再開
(まちの復興進行)>落胆

という道筋で、急落したグラフが仮設入所で回復し、仕事が部分再開していくところで、仮設入所でV字復活し、まちの復興の進行の様子を見ながら、まちに刻まれた自分の生きてきた過程が失われるという喪失感を味わう。その喪失感は、被災し、ひとと家族を失った時点の悲しみよりも、深く下落しているところに特徴がある。

それほどに漂泊する日々の生活の、出口のない寂しさ・悲しみは深い。

ドキュメントは山田町の「『失われた街』模型復元プロジェクト」の公開の様子を捉えている。昔の映像資料から被災以前の山田町の1/500 発泡スチロール(石膏?)模型を被災者に公開して、我が家と街にまつわる思い出の場所に、色を塗ってもらう。

このとき、子どものような無邪気な表情に、被災者の表情が変わる。模型製作者は自宅の屋根に絵筆で彩色してもらう。思い出が一気に湧き上がり、笑顔の対話が始まる。思い出の場所には「干している魚を猫にとられた」というような、たわいのない記憶をプラ板に描いて、模型に差し込んでいく。白一色だった模型のあちこちに、血が流れいるように色彩が帰ってくる。じもとのほたてかっぱ神社が抜けていると指摘し、かっぱ音頭を踊りだす。抑圧された記憶が解凍された映像が続く。

私は無条件で地縁・血縁の絆を賞賛するものではない。しかし、ひとの生涯はまちと出来事の中に刻まれていく。その意味で、被災した体験の深い傷もまた、改めて感じている。

復興曲線が警告した2年目の落胆、これが孤立した単身者のもとでも影を落としていること、忘れてはないらないのだと思う。今、認知症となった高齢の方を地域医療が支えきれなくなっている。今回の連続セミナー(懇談会)の講師選びのなかで、某精神科病院の職員の方に交渉している中に、被災後の、行き場を失った高齢単身者の入院打診が増えているという話を聞いた。社会的隔離・病院という終の棲家の流れだ。

岩手県の介護度認定者数の2012年度統計では、介護度5・4が減り、要支援から要介護1・2の層が膨らんでいるという。避難所の劣悪な非プライベート生活(フーコーのパノプティコン)と硬い廊下と激しい室温変化等のストレス、狭い仮設の顔を突き合わせた高ストレス生活が、ストレスに弱いところから命の切り詰めにつながった結果だった。

私は偶然、2013/02/11付の朝日新聞の署名記事「被災地から 地域医療の疲弊あらわ」という宮城・南三陸駐在 伊藤喜之記者の記事を読んでいた。

診療所に、インフルエンザにかかったとして外来にやってきた患者がどのような治療経過をたどったかを書いたものだった。崩れていく地域医療の現実を指し示す静かなしかし恐ろしい内容の記事だった。

こうした地域医療と保健、単身者の孤立が、(今回は高齢者主で書いたが)医療ケア関係者に押し付けられている現状を放置してはならないだろう。我が家の模型に色付けしたときの笑顔はわかるのだ。しかし、忘れ去られてはならないものがいる事、非被災地有志がお手上げのまま、手の届く「防災」だと定形訓練に走るのは、いただけない。手立てを考えよう。継続支援のケア活動を考えよう。

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「看護」誌、2013.02号「"共に歩む"東日本大震災復興支援」号を読み始めている。訪問看護支援の話が主だが、訪問看護介護は、訪問看護師さんと保健師さんとの連携が一本化されていない状況も残されてるようで、復興支援員さんたちと巡回に協力する現地ボラと、非被災地支援者活動の企画をたてていくことの重要性。「孤立させるなよ、情けない…」これをたてていきたい。

連休は、障害者就労の合同面接会の再情報を聞くために、横浜を徘徊している。生業は今日・月曜・5/3が出勤、あとは、通信とハンカチ展の件で平塚・藤沢を回って関係者と会っている。

今日はこれから、ハンカチ展の原稿を書く。

夜間傾聴:橋本3君(母親)
     ふたり

(校正1回目済み)

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4/26 遠出できぬまま、連休突入/育成会との相談日決まる

2013-04-27 05:29:15 | 引きこもり
2013/04/26 記
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母が眼科の日だといいだして、「めまい再発」の翌日なので、行きだけ眼科に連れて行く。眼科の方でも「めまい」をチェックしてもらっているが、診察中発症しているわけではないし、原因は眼科的なものではないのではないかとの話もあって、眼内レンズの定期検査だけで、薬も一般的なものしかでなかったようだ。とにかく突然の症状で、尾をひくわけでもない、癲癇のような脳波異状もない。ただ胃切除の患者さんに、訴える人がいるという。

私も塾があるので、母は気分が悪ければ、タクシーで家に戻れと指示し、JR相模原に向かった。来月の予定を話し合っているところで、携帯が鳴った。父がこれからお世話になる特養のケアマネさんだった。父の入所日が来月の中旬に決まり、準備に入ることになった。父の兄の近々の葬儀と父の施設移動が来月は、かさなる。教材屋の夏期講習テキスト作りの山場と新入講師の研修合宿への伊東応援通勤も重なる。通帳を見ながらため息をつく。

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東日本大震災の時、宮城県内に眼鏡の提供があった。どこからの支援か問い合わせをかけたり、薬剤師会関係に災害支援に出向いた方の打診もしていた。後者の方が少し道が開けた。都内在住の薬剤師さんから応答メールがあった。それとは別に、「薬剤師のための災害対策マニュアル」を入手することができた。支援活動との接点が見えるかもしれない。期待している。補聴器提供の様子は、まだ掴んでいない。

茅ヶ崎の手をつなぐ育成会の関係者と連絡をとった。連休前に会いたかったが、連休中に企画があるとのことで、1日まで待つことにした。用件は「障がい者避難生活状態紹介」の上映会の件と「やさしいハンカチ湘南展交流アレンジ版」の相談だった。育成会も「天心の譜」の上映を行うので、ぶつかってしまうのだ。自閉症児者親の会の●6/16「海洋天堂」上映等々、ぶつかってしまう。

私の脳裏には「東北被災者の継続支援」「災害弱者孤立化対策」のことが、出口を探してとぐろを巻いている。具体的な連携に結びつく活動を作りたいと思う。それには地域防災を媒介させながら、ひとつはケア関連行政職員と民間支援者との横断交流勉強会作りであり、もうひとつは被災者との私的民間交流につながる支援活動つくりなのだと思う。民泊推進などである。土台を整えておかなくてはと思う。

薬剤師さんとは、狛江で会う事を提案している。連休中に会えるか。

育成会が「「働く」の教科書 ―15人の先輩とやりたい仕事を見つけよう! 」を出した。就労支援に携わっている者には、ありがたい書だ。県の方から就労の様子を紹介するパンフが送られてくるが、就労の実例を、当事者も買うことができる形で提供されたことは、話しやすくなる。継続して出して欲しいと思う。(cf.図版)

母が外食にしたいと電話してきた。茅ヶ崎の「てんや」が閉店したのは痛いが、私にとっては糖尿病対策にはいいことなのだ。安いところで手を打たせるために大戸屋に連れて行く。野菜が硬いの味付けが濃すぎるなど、さんざん文句を聞かされて帰宅。

低血糖のような症状がでて1時間ほど仮眠。

夜間傾聴>ひとり


(校正1回目済み)

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4/25 母のめまい再発、玉突きピンボケ、すみません!

2013-04-26 05:33:32 | 引きこもり
2013/04/25 記
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母のめまいが再発した。昨夜、胃の切除後遺症のダンピングがあって、眠れなかったことが原因のようだ。よりによって医者が休みの日に発症とは。地元医に電話をしてみたところ、駐車場の改修で医院にいた。カルテをかいてくれることになって、常備薬補充の形で薬を得ることができた。実のことを言えば、市販薬と大差ないことは分かっているのだが。

午前中、起こされたので、失敗ばかりしている。調剤薬局で代金を支払って、ついでに眠気止めドリンクを買ったら、薬を忘れた。私の目の悪い右側にものをおくと、名人芸のように傘やハンカチ、買い物袋を置き忘れる。試写会のあとも傘を忘れてしまった。私の後を薬局のご主人が薬を持って追いかけてきてくれた。感謝。

家に戻ると、生協の配達食料品が届いていたが、受け取り慣れていない母は、冷凍ものをストーブの前においてしまった。半分溶け出していて、焦って冷凍室にいれるが入りきれない。食べてしまえと冷凍うどんを使ったが、考えてみれば母はいま、食べられない状態。結局2人前食べることになった。糖尿病患者がなんとも杜撰な話ではある。

すっかり調子が狂い、教材の違う封筒を相模大野校に持ち込み冷や汗をかいた。ニュースで出たばかりというのに、藤沢駅階段でつまづいた。大丈夫ですかと助っ人2名。恥ずかしい。

帰宅してから、二時間ほど仮眠をとった。
今日は結局、何もできなかった。

日本障害者フォーラム(JDF)のドキュメント映画「命のことづて」を買うことに、1万円。

沈没。すみません。


夜間傾聴>明け方に、ひとり

p.s. 障害者総合支援法を語る講師の提案で**さんにメール。他流試合が出てくるが、そのほうがお勧めと書いた。埼玉県の精神保健センターのPSWさんからメール。応答の気力なし。


(校正2回目済み)

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4/24 共有されない2つの危機感と試写会

2013-04-25 05:41:56 | 引きこもり
2013/04/24 記
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一昨日、茅ヶ崎市の高齢福祉介護課の++さんと話をしたとき、「従来の防災活動参加者が、なぜ高齢化しているのかということを問うことがあったでしょうか」と、++さんに問いかけ、「若いひとがもっと関心を持ってくれるといいですね」と、話がかみあわなかった件が、気になってならなかった。私には東日本大震災の被災地に出向いたボランティアは若い方が多いという印象をもっていたからだった。

この話、多くは、「活動が地味だから」とか、「昼間の企画が多いから」とかいう応答ばかりだった。++さんの場合は質問の真意が伝わらなかったのだ。災害のときは、働きかける相手が見える、誰に喜んでもらえるかが見えること。大枠さえあれば、未経験でも参加ができる。参加しながら熟達していけばいいという論が共感を得た結果だ。「手応えをえつつ、つながりながら学ぶ」というべきか。

このボランティアの成長を社会がはっきりと社会的力として認知したのが、東日本大震災だった。だから学習と訓練、環境修復中心の災害ボラ活動が場面を軽視しているために、学校化した活動に、フィットしたものを感じられないという限界があったからだ。必要性だけでなく、ひとに働きかける気力の源泉を気づかされた。災害救援・環境整備と避難所運営という活動が、被災者の仮設住宅入居によって、一区切りとなった。そこに、従来の防災活度が、何事もなかったように接木されるから、異様に感じるのだ。

また、応援団形式の産業・生活環境支援を仮設期にも適合させようとするので、被災者が見えなくなってしまう。活動自身の転換が要求されていることに気づいていないかのように見えるのだ。災害がある度に、救援投げ銭と励まし応援と環境整備が立ち上がり、被災者の仮説入居を境に潮が引いて、被災者が置き去りになるということは繰り返されていたのだが、東日本大震災は質・量ともにボランティアが社会的影響を与えた。こ『東日本大震災から2年~被災地の障害者はいま』」のことが引き継がれずに、旧態の防災活動にシフトしてしまった。このことへの違和感があるのだ。仮設期に合った継続支援と交流のなかで考える、いわば新たな活動の枠組みを創造していく試みが感じられないからだ。そのアイロニーを++さんに問いかけていたように思う、反省。

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今日、「バリバラ『東日本大震災から2年~被災地の障害者はいま』」と「逃げ遅れる人々」の試写を行った。応答があった方はふたりだったが、参加された方はひとりだった。

とにかく5~7月は団体総会と上映会が林立して、後発活動が非常に入りにくい状態だった。私の頭はふたつの重圧を感じていた。ひとつは南海トラフと連鎖する首都直下地震の発生確率が高まっている危機感。もうひとつが、仮説入居を境に東北被災者への継続支援が現地滞在型支援へと収束し、その滞在型が弱体化して、継続支援が断ち切られていく、支援活動の切り替え無策への危機感がある。

災害時要援護者の支援について、「高齢者の外出同伴・孤立化防止」「障がい者の避難生活支援」が今、求められている。これを7月まで忙しいとなると、上映は7月か9月になろう。9月ならば、約半年の時間が流れてしまう。これでは被災者は孤立してしまう。なんとかならないものかと思案する。

「バリバラ」の方は、NHKだけあって、構成から主題までコンパクトに整理されており、上映後の議論がまとまる良質の作品だ。もうひとつの「逃げ遅れる人々」は、被災者をもって、語らせるという、避難生活の中の孤立化、不自由さが淡々と流れていく。

このあとの「やさしいハンカチ展Part2」についても、これは「9月展示即売会」として、考えていけないかと、上映中**さんに聞いた。

学校を巻き込むことになると、年間計画に基づくことになるから、授業に食い込むことは無理。やると来年度になるし、3・4月は人事異動。熱心に引き受けてくれた先生が、来年度いるとはかぎらないという。いつも思うのだが、年間計画を立てて、行動するという。これは組織の活動方法であって、偶然出会った活動との交流とか、時流の変化に即応した活動と臨機応変に対応することが出来ない死に体の活動論だと思う。もっと動態的な活動論に立てないかと思うのだ。

サポセンで、初めてクッキーとコーヒーをいただいた。おいしかった。

さて力技が続くのかと。

荷物を駅ロッカーにいれて、橋本へ。

障子のさんが歪んで見える。天井を見る。視力いつまであるか…。

夜間傾聴>ひとり


(校正2回目済み)

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4/23 試写会を前日に控えて(おそらく数名?)

2013-04-24 06:21:44 | 引きこもり
2013/04/23 記
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明日は試写会である。「命のことづて」(JDF)は、公開権買取方式であることと、時間が30分で内容が粗いので、講師を決めた講演会にタイアップする形でないと、役不足ということで、試写は観たがDVDは、買い取っていない。

ETV「バリバラ『東日本大震災から2年~被災地の障害者はいま』」は視覚障がいの方の困難表現がもう一歩だが、全体に直感的で優秀な作品だ。しかしこれは著作権交渉がいる。バリバラのスタッフの講演と組にできたらと、緩い連絡を始めている。

最後は「逃げ遅れる人々」は良質の作品だが、精神・知的・発達の各障がい者被災と避難生活が取材が弱い。

「バリバラ」「逃げくれる人々」の2本を試写し、上映会または上映・講演会が実現できないか打診している。

団体を巡回して驚いた。5~7月は年次総会や上映会や見学会などの企画が目白押しに行われる。そのうちの一つは憲法改正のつばぜり合いを反映したものだったが、東北被災者支援や防災の企画は、なりを潜めている。保健・医療的な視座からは、高ストレスの長時間持久戦の心身の悲鳴は、ここ数年表面化してくるだろう。最たるものは孤独死だが、規模の大きい東日本大震災では、行政関連職と医師たちだけでは、人手が足らなくなる・。そういう意味で危機が始まったという認識が私にはあるが、全国が揺れ、群発地震がおきているのに、危機感を共有できない寂しさがある。

市役所分庁舎の売店経由で身体障がい関連団体への呼びかけをお願いしてきた。ハンカチ展は、湘南の方もなんらかの枠組みで、交流することを加えたい。横浜展見学は、それ自体が目的ではないのだが、ことづてだったので、真意が伝わらないだろうなと、ため息がでた。

投げ銭型参加(外野便乗型参加)を脱し、民間継続交流によって、孤立化を超える支援者参加型の運動構造への転換を図っているのだが、前者の発想のままことは動いていく。そこにいる限り活動は閉塞し、強引な幕引きになってしまうのだが、この民間交流の構造を活動に持たせていくことが、生きていくことへの共感を踏まえていくことが、忍び寄る危機を超えていくと考えている。ここのところが、繰り返し軋轢のもとになってしまう。

「訪問看護と介護 3月号」(医学書院)を読みすすめている。
「リハビリテーション」誌と異なり、被災地の訪問巡回活動をしている保健師さんたちの組織行動の吟味と、岩手の戸別訪問アンケートから、「災害対応マニュアル」を作り効率化と保健師自身の健康管理が進められている。いわゆる外野(支援者)は、訪問スタッフ・復興相談員のような地元の被災者臨時雇用の方々との連携ということになろう。まだまだ有資格者以外は、集会所やエクステリア担当の形で待機状態でいる。

支援者連携の問題意識は残念ながら感じられなかった。食事会や手作業を通じた全国交流の姿で活動が運営されていることで、生活支援が行われている。しかし、ここでは見えない人たちがいること、より高齢な嫁姑の姑世代や、男性高齢者、歩行困難や軽い認知症が始まっている方、寝たきりの方が、障がいを持った成人の方等が視野から消えている。ここの領域を訪問看護・介護の担当者が支えているが、ここに高ストレスの坩堝がある。支援活動がここに至っていない。

長期的には「過疎化・高齢化・無医化」という傾向に向かっている第一次産業依存の地域は、上記の課題が、地域の矛盾を広げることになる。

これは、流動性と産業多様化がある湘南では、そのまま重なるわけではないが「高齢化・孤立化・生活格差化」が進行していく。だから構えが異なるが、被災という衝撃が、社会を顕在化してしまうことは、覚悟して立ち向かう必要がある。

群発地震・南海トラフや首都直下型地震の予兆の続く現在、だからこそ、生き抜く知恵がいる。その構えを既存の活動の中に関連付ける必要がある。それゆえに、上映会や、ハンカチ展連想は、つながるいとぐちとして、検討して欲しい。

専門職の職業集団の壁や、各種地域活動の扉を叩き続ける以外ないのかなと、思うのだ。

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橋本3君、白衣の件を一度話そう。

夜間傾聴:中止


(校正1回目済み)

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4/22 今年度の懇談会の講師決定作業のひとつとして

2013-04-23 06:18:30 | 引きこもり
2013/04/22 記
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障害者リハビリテーション協会の月刊誌「リハビリテーション3月号」と、医学書院の「訪問看護と介護3月号」を読んでいる。災害弱者支援茅ヶ崎懇談会(懇談型講演会セミナー)の今年度企画書を書いている。通信創刊号とともに、巡回配布する。

読んでいる専門誌は、いずれも東日本大震災の特集をしている。前者では、視覚障がい者の被災と避難生活レポートが出ているが、非日常の環境に置かれて身動きが取れなくなっている状況が伝わってくる。同じ障がい者でも身体障害系の困り感は抜き差しかなわぬ切迫感がある。知的・発達・精神の混乱と様子が異なっている。

また一般向け避難所には、とても住民の理解が得られないことがわかってしまう悲しさ。それゆえに福祉避難所への移動を求めるが、肝心の福祉避難所が常に後手に周り、障害者は世間の隙間に、その場をしのいでいる。これは福祉避難所のモデルができていないのだ。

これは懇談会(セミナー)で話を煮詰めてみるべきテーマではないか。

また例の少ない貴重な資料となるが、陸前高田市訪問調査の紹介2編が貴重。ただこのこと自身を論ずるのは、ケア支援関係者向けであり、今年、河北新報に骨子が乗った。本編では障がい者被災の現状が個人単位で把握できる。まもなくアンケート調査を吟味した報告書が出る予定。

この号には、JDFや育成会からの寄稿もあって、講師に招待したい方もいる。

「訪問看護と介護3月号」の方はあす記載。

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市の高齢福祉課の**さんと話す。高齢者の救護の課題は、茅ヶ崎もかわらない。ここによりイメージしやすい企画を作りたいが、さてどうするかという話。

私の高齢者アプローチは、災害救護・医療・生活再建からの切り口で、近未来の東北被災地の「過疎化・高齢化・無医化」という像を見据えている。茅ヶ崎の課題は「高齢化・孤立化」となる。この辺の差異が、セミナーの議論の目的である関係者領域横断協力・民間活動の医療介護系行政との連携のところで、案外大きな差が出てしまう。阪神淡路大震災の方が近いように見える。東北の継続支援という話だと、行政は引いてしまう。舵取りが難しい。

帰りに市民自治推進課にたちより雑談。
サポセンに「やさしいハンカチ展」パンフレットを届けた。5~7月は総会や各団体の映画会やなにやらで、日程が決まらないだろう。無理せず9月上旬まで伸ばしてかんがえると告げた。

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相模大野校の授業を終了して、家に戻るとデリバリー釜飯の冷えたものが待ち構えていた。やっと最近は「親を孤食させる気か」という鬱憤晴らしはなくなった。

鶏ササミをゆがいて刺身状にしておかず追加。糖尿病食である。


夜間傾聴:ひとり


(校正1回目済み)

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4/21 高齢者の孤立・母の場合/災害弱者支援茅ヶ崎懇談会の今年度企画の吟味

2013-04-22 06:36:08 | 引きこもり
2013/04/21 記
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母の介護度チェックで担当者が自宅にやってきた。母の場合は、突然のめまいによって、外出機会が減ったことが引き金となった二次障がいの歩行不安定。医師の診断で介護度がついたが、歩行中、時々休めば歩行距離の限界は健常者並みだ。結局、認知症の長谷川方式チェックもあっさりと、下肢の筋力低下を押さえただけで、軽い雑談で終わって行った。

母は社交的性格なので友人は多いが、同じ世代の友人が次々と心身不調や、癌によって外出不可能になったり、亡くなってしまったりと、その人数が激減しているため、筋力回復で通っているリハの場が、介護度認定からはずされてしまったら、出会いの場がますますなくなってしまうと、結果を心配している。老人会の文化にも、家族自慢・野球の話・吝嗇な感情剥き出しの話に嫌気を感じて馴染めないという。一番情けないのは、携帯電話人口の少なさ。デジタルデバイドにうんざりしている。

高齢者の社会的孤立は、災害がなくても忍び寄っている。災害が起きて、避難生活に分断され、地域単位で支援が入っても、心身健康な高齢者に支援が偏在してしまう。母の場合は、趣味的な共通項や、個人のゴシップ的な話題ではない時流の世間話が出来ない人との交流は消極的だろう。私の父との軋轢体験から、宗教的な徒党を組むことも嫌がる。ところが、特養や老健のデイサービスをみても、こういうひとは、ひとりソファーにすわって外を見ているのを見かける。男性が多い。

被災時に、こういうひとは外出したがったり、仮設住宅の狭い部屋に閉じこもっていることが多いだろうなと想像する。心身の疲れからではなく、場面がモノカルチャーであるために、結果的に孤立してしまうマイノリティがいるだろうなと思う。

ケアの活動が、こうしたマイノリティや、心身不調の高齢者に及んでいないこと、家庭の事情を抱えるために、距離感を保ちたい方が蟻地獄の穴の入口に立っているように思えてならない。

支援の多様性を生み出すゆとりが支援活動にない。これが地縁の薄い都市部・準都市部の避難生活の場では、大きな問題になるだろう。SNSや、世代縦断交流のような試みが、ハードルの高い試みではあるが当面必要となる補完行動だろう。

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「災害弱者支援茅ヶ崎懇談会」(懇談型講演会・ケア関係者交流会またはセミナー)の今年度予定に手間取っている。

前年度、岩手・気仙地方の生活支援ネットワークのアクティブ**氏の登場の場面作りに困難を感じて、今年度に持ち越されたが、「要援護者」という広いくくりの中の災害対策交流のため、「高齢者」をたてれば「障がい者」が、「障がい者」をたてれば「高齢者」の関係者が会場に来ないことが目に見えている。ここを越して、黒田裕子氏の災害看護の話題を引き継ぐ論議を企画していたつもりだったが、時期が、はずれてしまったという感じがしている。

**さんに対しても、上京ついでに茅ヶ崎にでてきてもらおうという企みも、南三陸支援者が圧倒的な茅ヶ崎では、交流した茅ヶ崎側の見返り(メリット)が提供できない難が足を引いている。

今考えているセミナーの企画は

1)JDF映画「生命のことづけ」提唱
2)**さんと「福祉フォーラム・東北」の役員さん
3)大洋会か共生会からの障がい者生活再建談
4)JR茅ヶ崎駅駅長さん>外出時被災について
5)阪神淡路大震災関係から勝部さん
6)気仙地方または釜石の病院関係者
7)彼岸休みを利用した被災地訪問強行軍ドライブ(2泊3日数名・現地レンタカー)
8)SFC・県立福祉大の医療・看護系教官からゲスト

というところから、年度支出18万円(個人出資)で収まる企画を絞り込む。セミナーは資料吟味の会もあり。

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JDF(日本障害者フォーラム)関係の方に面会を求めている。「生命のことづけ」関連の講師の件。なかなかぴたりの担当者の方に出会えない。

「ノーマライゼーション」誌2013/03号に触れられている陸前高田市訪問調査の記事を奈良**大MLに紹介。元資料とともに、吟味を依頼。被災地から遠く離れた私たちの支援活動の水路を開くものになりうるか。

24日は障がい者避難生活関連の映像作品の試写を行う。13時半に茅ヶ崎サポセンにて。数名かな、甘いか。

夜間傾聴:なし


(校正2回目済み)
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4/20 日本グラフィックデザイナー協会の「やさしいハンカチ展Part2in横浜」に行ってきました/他

2013-04-21 06:10:14 | 引きこもり
2013/04/20 記
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公益法人・日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA 2800名)主催の「やさしいハンカチ展 Part2」(横浜・馬車道駅1b出口 4/20~29)に行ってきた。会場は圧倒的な子どもパワーである。

被災地の子どもの原画に基づいて、デザイナーがハンカチに仕上げている。385枚のハンカチが展示され、それらは即売されている。希望に応じられるように、同じ図柄が何枚も準備されている。1枚\1.2k-。欲しい図柄は3枚あったが、予算不足で、Web通販で買うことに。

学校の協力のもとで絵を描いた小学生は、岩手でいうと、大槌町の町立大槌・安渡・赤浜・大槌北小の小学生。(三県全8校)販売収益は、小学校ではなく、製作者の子どもたちに託される。それをどう使うかを考えることに、もうひとつの夢を託している。

見ていると、普段の子ども絵画展と異なった印象を受ける。まとまりがよく、ハンカチとしての商品価値が高いのだ。ハンカチ原画指導授業にデザイナーが入っているが、印刷んためのスキャナ工程で色が出にくい黄色やいわゆる肌色、また細いかすれ線など技術的な部分を注意している程度で、あとは自由に描かせている。

この原画を枠入れしたり、連続させたりとデザイナーが加工している。ここがいわゆる「まとまりのよさ」「印象の違い」になっている。この試みは賛否があろうが、ハンカチ製造販売という営業手法に、子どもを参加させている面白みがある。これは販売収益を子どもに託すというプロセスも一連のものだ。

発想としては、「ハンカチをメディアとして考える」という試みだが、非被災地側にしてみると、自分たちは消費者として逆定義されてしまう。販売収益によって、自らの夢を叶えていくというコンセプトなのだが、「ハンカチというメディア」を、インタラクティブに変容させることは不可能なのかと疑問を持つ。つまり非被災地からのメッセージをハンカチとして届けたり、即売会に協力して同時販売し、収益を寄付するという形だ。

まだ私の発案に過ぎないが「湘南展」を開きたいと思っていることを主催者側の方々に告げ、その際は、相談に乗って欲しいこと、「特別支援校&卒業生とのコラボ」という絵に描いた餅もあってねと話した。

いわゆる救援寄付期は終わっている。避難生活と生活再建の時期の販売活動・制作参加・ハンカチ交流という意味合いを、構想段階ではっきりさせたうえで、いわゆる「投げ銭」型の寄付ではなく、「参加交流作りの寄付」の内実を煮詰めた方がいい。東北の被災者家族の見守り支援としては、面白いと思う。

もうひとつは、技術方法論的な面白さである。ハンカチをデザイナーが商品に仕上げている部分だ。ここを徹していくと、袋とか包装紙、封筒等のデザインを子どもの活動・地域活動への拡張、デザイナーさんの協力の糸口作りにもなる。今回の東北被災者の子ども支援という目的だから、そこからの逸脱は謹んだ方がいい。まずは協力関係と実績作りが大事と考える。

まずは展示を見て欲しい。私は紹介活動を始めるが、それこそタージあたりの組織が取り組んだらどうか、余計なことではあるが。時代というか段階というか、現在の支援活動の現状を活性化する一助になるはずだ。

私の活動は、いわば影であり根っこ。被災者の医療と保健の構想立てと、連携と待機の芽作り活動にある。また飛田かといわれれば、活動の魅力が傷つく。それほどに「ハンカチ展」は可能性を秘めている。必要性の活動の論理から解き放たれている点において、私の活動と異なる。私の抱える活動は、必要性と実現可能性を煮詰める中に創造性を育てる活動だ。だから二兎を追うような気がするのだ。

その憂鬱の権化の活動の延長上に「災害弱者(要援護者)の避難生活」伴走支援と、災害弱者の地域防災ケアネット作りとして、「障がい者の安全避難と避難生活」という内容のドキュメンタリー映画の上映がある。障がい者と家族にとっては、被災イメージ作りであり、支援者や一般観客にとっては、災害の際の災害弱者ケア支援の手立ての必要性を掴み取る企画である。ハンカチ展は、地域支援活動活性化と民間交流促進に目的があり、映画会はケア懇談型講演会作りに向けられる。

勿論、二兎を追う必要があるしらけた状況なら、突っ込みをやるが…。「持続は力」ではなく「持続しか出来ない」という状況もまた、私にはリアルだ。定番ボケしない実現可能性のある道を歩みたい。




(参考資料)
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●「(2013年1月28日 読売新聞)」
●「385枚のしあわせのハンカチ展 PART 2」
●「日本グラフィックデザイナー協会」

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夜間傾聴>相模原の塾長(長話なり)
     橋本3君(母親)


(校正3回目済み)
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4/19 湘南地元のディスコミ/被災地との情報網の作り直しをどうするか…

2013-04-20 05:54:26 | 引きこもり
2013/04/19 記
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父の兄の入院する病院に行く準備をしていると、母から面会謝絶との話で従兄弟のところに連絡を取る。丁寧に見舞いを遠慮するようにと断られた。昔、父が信じる宗教をゴリ押しした経過が今もなお響いている。

JR相模原の塾の方に、到着が夜になると連絡をしてしまっていたために時間が空いて、返却日が迫っていた寒川町立図書館に出かけ、書籍の更新をしておいた。

通信の寄稿依頼の応答がなく、大船渡の元看護師さんが震災後、仮設生活のスナップを撮っていたので、依頼をかけたが力作という写真が、背景のわからない家族写真だった。息子さんは陸前高田にいて助かった。家族揃っての写真には、万感の思いがあるのはわかる。私が人の営みの写真をと言ったのがいけないのだが、第三者がこの写真を見ても、意味が通じない。恐縮しつつ、転載は遠慮させてもらった。

私は民宿の親父さんや、学校の先生に情報ルートを作って帰ってきたが、地元感覚とのずれに悩んでいる。ひとつは着眼点の差、もうひとつは地元の、外部のない視点だ。そんなことは誰でも知っているということが、湘南にいる私にはわからない。ずいぶんと日が経って、雑誌の記事の1行に疑問を持ち、問いかけたところ、話は既に完結していたという歯がゆさだ。陸前高田市のオンデマンド・バスの話などがその例だろう。

私は次の訪問の際、地元タクシー協会に、高齢者と障がい者の通院・遠隔地入院移送の交通費見積もりを打診してこようとしていた。これは医療費控除の対象になるが、早急の資金立ては自己負担となる。当座この部分について、基金的活動ができないものかと考えていたからだ。しかし、オンデマンド・バスの実施は、車を提供した**君のメルマガからも、民宿の親父さんからも全く情報がなかった。親父さんと話をしてみると、特定の地域に運行されるのであって、自分の地域ではないこと、その話はみんなが知っていることではないかというのだった。この情報網の粗さでは、活動をたちあげることはできない。私たち非被災地の人間が欲している情報という発想自体が異星人の言動のように響いてしまう。これは閉じたコミュニティに生きる者の特徴なのだが、私は被災地を往復しないと、関係が閉じてしまうという焦りのなかにいる。

私が作りたいと考えている「私的民間交流の育成」につながる民泊活動と家族付き合いの種まきも、私が陸前高田で準備すれば、それは南三陸でも可能なことであって、お膳立ては常に木っ端舟の状態にある。誰をで合わせたらいいのだろうかと考える。可能性の残っている者は、相模原の塾の成人クラスの面々だろう。難しい。方法はないかとあがいている。

しかしなあ、いまどきVサインはないだろうと、元看護師さんのスナップを眺めて、柏手を打って消去した。ごめん。

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日本リハビリテーション協会の冊子「ノーマライゼーション」の中に出てくる仮設生活者の方と連絡がとれないか打診をしている。仲介依頼は難しいので、対象者をしぼって、湘南に招待できないか探っている。特に発達障がいや、精神障がいの困難がつかめる情報はないかと思っているが、招待する湘南側が連携できない状況にあるから、懇談の場へのセットをどうしていくか、私のやり方は「歩きながら考える」だから、すくむ足を踏み出している。

<気になる記事>
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●「津波被災の9学校 ストレス症状顕著 仙台市教委調査」
●「NPOが無償貸与 移動診療車到着 岩手県立高田病院」

非被災地からの医療・保健支援は、結局は寄付なのだろうか。手立てを考えねば…。

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夜間傾聴:なし


(校正1回目済み)

p.s.山田町++さんと話す。


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4/18 皆がつながれる活動と必要な活動/生き埋め脱出の器具開発他

2013-04-19 05:35:32 | 引きこもり
2013/04/18 記
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S君と久々に会った。自分に合った職場探しは時間がかかる。S君、道探し根気がいるけれど、行き詰まったら来るべし。たいしたことはできないが、ひとりで行くよりは、ましだろうと思う。

昨日、サポチガの全体会に遅刻してすべりこんだ。中間支援者(企画仕掛人&つなぎ屋)として、発展の見通しのある企画を紹介する立場から、「やさしいハンカチ展in湘南」の芽を紹介した。20日に横浜展を下見にいくが、被災救援の時期から、避難生活見守り支援期へと移行する時期の企画だから、投げ捨て寄付のような寄付ではなく、共感交流を基礎にしていくべきで、その意味で、ハンカチ・デザインは、可能性が大きい。その企画に可能性を感じるなら、横浜に見に行こうと声をかけた。

今日はその関係で、某私学の教頭さんと会っていた。土日以外は下見に参加出来ないが、今度の土日は無理。だれか行けないか声をかけてみるとのこと。教頭さん、感謝。

しかし暗雲も立ち込めている。父の兄が肺がん末期。ここ数日と知らされた。先日の法事の重苦しい雰囲気は、それが背後にあったことがわかった。20日と24日が不安定になった。20日は、葬儀が被ったときは後日の展示会に、24日は動かさずに調整することにした。どうして春先・年末はこうしたことが多いのだろう。

通信寄稿の件、大船渡の被災写真を撮っていた元看護師の@さん(地元)に、人中心の写真があったら載せさせてもらえまいかとメールした。私だけの記事では、あまりに寂しい。

父の施設移転が近い。老健から特養に移るのだが、朝、現在の老健からTELが入って、父が車椅子からずり落ちたとの話。怪我はしていないようだが、様子をみるとのこと。入所させていても、いろいろな事件が起きて、待ったなしで生活が中断させられることが多い。専業主婦のような立場の者がいないと、問題が残るような状態は、なんとかならないかと思う。今「アロマザリングの島の子どもたち」という多良間島の地縁血縁子育ての研究書をつまみ読みしているが、子育てと異なり、高齢者の場合、地域の力はほとんど期待できない。疾病発症・寝たきりの場合、介護負担はその家族の担当者の双肩にかかってしまう。これは、被災者の生活支援の場面でも、同じような断層に出会うことになる。

しかし、ここを放置すれば、問題の氷山は、孤独死という状態になる。田舎のお年寄りは足腰元気だ。しかし、一度寝たきりになると、災害ボランティアの領域から消えてしまう。長期にわたる避難生活は、福島のような親子別居や、進学諦め、失業、家計破綻、心身症発症というような高ストレスの問題がにじみだしてくる。浪江町が復興支援員を6月から3人増強するというが、専門職の公的援助も人員不足で事態を支えきれる状態ではないとしたら、どう支援したらいいのだろう。

被災3県はドクターヘリの共同利用を決めたが、私が支援すべき地域として、陸前高田市の広田半島を考えていたが、地元タクシー協会の協力のもとで、週2回のオンデマンドバスの運行が決まった。通院・買い物・遠方の知人との出会い・入湯などの補助が始まった。ぐずぐずしていると、準備していたものが陳腐化してしまう。

淡路島・三宅島・小値賀半島沖の最近活発化している地震は、東日本大震災と無関係であるはずがない。同じ轍を踏まない発想がないのが悲しい。定形を踏むこととは別に、ケアの支援の流れをどう生み出すか。

通信創刊号を出したい。その背後に生み出すものは、ケア関係者の横断的検討会の平常時下運用(アイデアの井戸掘削)と、私的民間交流推進企画の実施に向けた活動だ。

ハンカチ展と懇談型講演会実施蓄積を手がけたい。

<注文書籍>
●「救急医学 2013年1月号」
●「東日本大震災における保健医療救護活動の記録と教訓」


夜間傾聴>ひとり

p.s.圧電素子入荷。長時間発振モデル作成は電池ボックス作成に課題移動か。発振素子は、湿気に弱いがロッシェル塩クリスタルも実験の棚に。災害救助犬なら、発見可能。微弱波ならセンサー探査も可能だが。


(校正1回目済み)

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4/17 「やさしいハンカチ展」と「障がい者の避難生活」ドキュメント試写について

2013-04-18 06:03:05 | 引きこもり
ここ数日、文書作りの量が多く、メールボックスを覗いていなかったら、S君からのメールが届いていた。返信遅れて申し訳ない。

ふたつの呼びかけをお知らせする。ひとつは、「やさしいハンカチ横浜展」(日本グラフィックデザイナー協会主催)のお知らせと、被災地の障がい者の現状を描く映像作品の吟味試写のお知らせです。以下にその文書を転載します。

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障がい者団体・支援団体関係者の皆様へ


お騒がせします。災害ボラ支援の2つのご案内です。

ひとつ目は、東北被災地で避難生活している被災障がい者の実情についての映像が2本入りました。被災地の成人障がい者の方の困り感がよくわかるドキュメントです。東北の被災障がい者支援と、地域防災の公開映画会や講演会を生み出すために、下準備の試写を行います。

もうひとつは、日本グラフィックデザイナー協会が、被災地の小学校と結んで、「やさしいハンカチ展」を全国で行い、展示即売の収益を被災地小学校に贈る活動に接点を求める件です。今までの製作物交換と異なるのは、プロデザイナーの援助指導が入っていることです。

茅ヶ崎でも、茅ヶ崎養護学校の生徒さんや、卒業生のみなさんと、図案の交流とハンカチ交換、展示即売を兼ねた湘南展示会を企画できないかと思いました。

幸い4月20~26日、馬車道のヨコハマ創造都市センター3Fで展示会があります。特に20日は企画者が参加しています。私は20日に参加しますが、ご一緒しませんか。先々膨らむ企画と思います。構想を練ってみませんか。参考資料を添付します。

以上、2点のお知らせでした。

以上

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4/24 13:30~15:30 茅ヶ崎サポセンにて試写
(文書略)


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4/20~29 20日午後。馬車道・ヨコハマ創造都市センター3Fにて下見。

日本グラフィックデザイナー協会・主催

問い合わせは同協会(03・5770・7509)へ。


(参考資料)
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●「(2013年1月28日 読売新聞)」
●「385枚のしあわせのハンカチ展 PART 2」
●「日本グラフィックデザイナー協会」



夜間傾聴:自由が丘夫妻(傾聴にあらず)


(校正3回目済み)


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4/16 東日本大震災被災障がい者の現状を語る映画会を(チラシ原稿)

2013-04-17 06:20:05 | 引きこもり
**「わーく」編集部から試写会のお知らせ
  ~被災障がい者の避難生活のドキュメント映画会を
   企画しませんか、中身を検討して下さい、話合いましょう。**


試写予定:2013年4月**日(*)
     **:**~**:** 茅ヶ崎サポセンにて
所要時間:2時間位
費用:無料
問い合わせ先:飛田まで


東日本大震災以降、日本列島は日々群発地震に襲われています。
最近も4月16日、淡路島で震度6弱の大きな地震がありました。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130416-OYT1T01232.htm?from=ylist

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20130415-OYO1T00569.htm

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20130416-OYO1T00333.htm

私たちの日常は、地震・津波に、いつ被災してもおかしくない状態が続いています。政治の貧困から東北の被災者の生活再建は遅々として進みません。私たちの湘南も、いつ同じ道を歩むかわからない状態があります。

東日本大震災の被害を増幅した「平常性バイアス(偏り)」のことをご存知のことと思います。地震が起きたら起きた時のこと、そんなに頻繁に地震は起きない、ここまで津波は来なかったら、日々自分らは忙しい、対策は行政が等々。そして災害が起き、つい先ほどまで談笑していた人々が津波に飲まれ帰らぬ人となりました。死亡した方々の多くは「災害時要援護者」といわれる高齢者・障がい者などの方でした。

災害が起きてから2年余を経て、被災当時から情報が途絶えていた被災地の障がい者の様子が伝わってきました。東北の被災障がい者の日々の姿は、いつ私たちの様子に重なるかわかりません。そこから東北のケアと生活支援のことや、湘南の要援護者の支援の活動を見いだせるかもしれません。

注目する作品は3点。このうち2点を、公開上映の前に、検討しませんか。私は次のような取組みを考えています。


== 枠組み ==


1)ETV「バリバラ テーマ『震災』 東日本大震災から2年~被災地の障害者はいま」(30分)

2)「逃げ遅れる人々~東日本大震災と障害者~」(74分 東北関東大震災障害者救援本部)

3)「生命のことづて ~死亡率2倍 障害のある人たちの3.11~」(30分 日本障害フォーラム JDF)

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1)・2)>「わーく」編集部よびかけ 上映実行委」

3)>講演と組みで上映(災害弱者援護茅ヶ崎懇談会 取組み 上映実行委)


●日本障害フォーラム(JDF)
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/
●「命のことづて」
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/movie/20130321.html
●「逃げ遅れる人々」
http://www.j-il.jp/movie/
●バリバラ「東日本大震災から2年~被災地の障害者はいま」
http://www.nhk.or.jp/baribara/lineup/130308.html


以上

----- ご連絡、お待ちしています。


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4/15 まずは避難生活の障がい者の現状紹介映画会企画から

2013-04-16 06:25:51 | 引きこもり
2013/04/15 記
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生業の後始末で東京に出た。とにかく電話で進めた話は、ことごとくいい加減になる。呼んでもいない弁護士があらわれて焦ったが、仲立ちの担当者が別件と混乱したことが発覚、お粗末な。

処理が終わって、予定より2時間早く終わったので、今回の懇談型講演会のスポンサーになる可能性のある学生時代の友人の営業所に立ち寄った。食品素材販売の中小企業の所長をしている。有珠山噴火災害救援活動に、ミニバン2台を無料貸出して、物資搬入支援をやっていた。年齢が違うが私が子どもの頃住んでいた場所のご近所さんだった。

仕事を中断して、私に時間を割いてくれた。現地に中古車を提供する活動は、彼のミニバン提供が参考になっている。

生活支援と医療看護・介護のケアの持続支援と防災経験交流の懇談会運営の一部助成をお願いできないかと、経過を含んで頼み込んだ。彼は難しいと応答。「なぜ茅ヶ崎支援なのか」が説明できないからだという。私にしてみれば、「茅ヶ崎の活動」は、「全国、特に関西に拡がる普遍性を持っている」ということなのだが、彼は当時のボランティアたちに、呼びかけてくれることになった。東京の某中小企業経営者団体の一部会の有志ということだ。価値が通じるといいのだが。

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私が変人だからか、私の周辺には、やはり変人がいる。昔、私のところに、タラコが山ほど送られてきた。この方は、直径1m余のお化けカボチャを送ってきた。このご婦人から、夫の徘徊対策相談があって、一段落がついたので、丸の内の某喫茶で会った。兄弟が都立墨東病院の医師をしている。救急医療の取材をさせてくれないかと、時間の空いた時でいいから、仲介を頼んだ。

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横浜の県サポに立ち寄って、帰りにビッグイシューを仕込んで、横浜線で町田経由で相模大野校に出てお仕事。帰宅は自然薯を抱え、長ネギを持って玄関を開ける。嫌な予感。母は汁粉を食べてしまい、もう腹いっぱいだという。このすれ違いの繰り返しの日々。高齢者はいうことを聴かない。身にしみる。

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「逃げ遅れる人々」と「バリバラ」JDF映画の試写会を行う。数名集まれば成功。呼び掛け文を作成中。


夜間傾聴:**子

(校正1回目済み)

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