湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

8/30 夏期講習が終りました、さて/被災者との「民間交流」型支援を

2012-08-31 06:13:28 | 引きこもり
2012/08/30 記
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今年度は一日早い30日で、後期夏期講習を終えた。JR相模原の塾の方で、守らなければいけない子の保護と、橋本3君の就労支援を塾長とのふたりで担当したのが、少々しんどかった。それ以外は、まあ新婚旅行にでかけた講師ふたりの代わりを分担サポートしたが、肝心の生徒が来ない、電話したらお留守という具合で、「これはおそらく退学だな」といやな予感がしている。

8月の後半は、茅ヶ崎市との協働の防災提案以外関わりきりだったが、陸前高田広田町の地域保健福祉の短期訪問プログラムの搾り出しを再開する必要があった。

被災地訪問の災害ボランティアを行なうために、私は湘南(茅ヶ崎)に、陸前高田・大船渡から生活支援の活動立ち上げにふさわしい講演・交流会ゲストを絞り込もうと思っていた。また、小友町のモビリア仮設の文庫協力の話や、地元保健師さんや仮設訪問員の方たちとの協力関係を確認し、湘南に持ち帰らねばならない用事がたまっていた。車で移動できない私は、陸前高田高田病院・小友町モビリア仮設・広田町コミセンを始めに数箇所・大船渡大関氏との面会という最低限の巡回も最低3万円+α、そして謝金・交通費立替用準備(2名)に10万円弱の10数万円を、ここ2・3ヶ月のうちに用立てておく必要があった

訪問型支援の志願者の火はまだ消えていない。(例:「『復興応援隊』に応募殺到 募集10人に98人」)しかしその活動が非被災地のどれほどのひとの思いを背負っているかといえば、その活動は個人の自由意志に基づくものであって、その活動が、非被災地の訪問していない者の思いにも還元されるものであるかといえば、積極交流の姿は見えない。つまり被災救援期を過ぎて、非被災地の支援協力者が、ふたつの意味で退潮しており、そこの退潮に無策のままというか、訪問型支援者に関心が無い。退潮は、生活支援期に入って、被災者にどう協力していいかわからないという人々、もうひとつはこれからは、被災者自身に任せるべきと語りつつ、支援の志を風化させていったという支援活動のすそ野が疲弊している状況がある。

被災地の活動は、訪問支援者に任せて、非被災地のこれからの課題は、南海トラフ地震・首都圏直下型地震の発生確率が高まっているので「防災」であるとして、福島を初めとして何も解決していない東北の被災者支援から身を引いてしまうこと、ふたつの課題、被災者支援と防災を、前者を訪問支援者に委ねて放置することになってしまっている。

東北の被災者支援の実践のノウハウは、かならず南海トラフや首都直下型地震の防災・発生後の救援活動に生きてくる。その意味で「民間交流」の形を通した支援の連携を生み出していくべきなのだ。ふたつの全くの別物を抱えることではない。この「民間交流」型の非被災地を耕していく活動が、私の立場だと思っている。連携の糸を取り結んでいく、東北被災者に何をなしたらいいかが見える活動をつくることにある。東北に被災者家族の友や擬似親戚をつくっていくといえばわかるだろうか。

前の記事にも書いたように、生活支援・復興期に入ったこの時期、私が気になっているのは、被災した社会的弱者の身の立て直しが後回しになり、自己解決力が弱い方の孤立がひどくなることだ。その深部には「孤立死」がある。それは地域協力から抜け落ちた単身者の出来事だけではないことは、阪神淡路大震災が教えてくれたことではないか。再建の道が見えず就労の道を断たれて生計に行き詰る家族、介護が必要だが、地域サポート力復活が立ち遅れているために、家族経営が行き詰った主婦と家庭という分厚い復活困難者の層を背景にして、家族を失った単身者の病死・自殺が出てくることだ。

これはSETの三井君にも語ったことだが、就業支援や環境整備はいわば表舞台、私は「世間」というご近所さんへの公的な顔とは別の、いわば「家庭の事情」といわれる私的な顔への寄り添い、あえて裏舞台というが、距離感の難しい世界の支援活動を非被災地の支援活動と連携させつつ、形作りたいと願う。表面的には、仮設住宅と被災者住宅を背景に、ぽつり、ぽつりと病死・自殺者が出てくる。それが被災後、数年の非被災地支援協力者退潮の時期に顕在化する傾向が出てくる。

これを手遅れにしないために、滞在支援以外の活動企画立ち上げをする必要を感じているのだ。ケアの活動だ。

今までは、被災地の状態把握のためという形の訪問が主だったが、これからの訪問は企画化実現のために、手を差し伸べる背景がなくては、被災者のお荷物になるだけだ。湘南を動かしたい。微動だにしない生活支援活動の湘南の連携を作りたい。講演会にしろ、被災者活動協力にしろ、受け皿を作らねば、招待することすらままならない。今、私にはケアの活動の必要性を感じ取っている方と出会う活動を強引であろうと、足で稼いでいこうと思っている。そのためにも、より明快な呼びかけ探索の軸つくり活動を再開する。

車を提供しておきながら矛盾しているが、私を岩手気仙地方で車に乗せてくれる方はいらっしゃらないだろうか。陸前高田側の生活支援をされている関東の方と私を取り結んでくださらないだろうか。

ともあれ夏期講習が終わり、活動再開なのである。


夜間傾聴:**子(仮名)
     橋本3君(仮名・母親から)


(校正2回目済み)

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8/29 南海トラフ地震の記事から/いじめ議論に大人社会の村八分がないのはなぜ?

2012-08-30 05:55:10 | 引きこもり
2012/08/29 記
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朝日新聞に南海トラフ地震関連の記事が出た。ここでは相模湾を中心とした首都圏直下型地震の話は入っていない。それを考慮の上で読むべきだが、ことの大きさに、おもわずつばを飲みこんだ。

●「南海トラフ地震、最悪なら死者32万人 国が被害想定」
●「まず逃げよう 適切対応で死者5分の1 南海トラフ地震」
●「浜岡原発に津波19m想定 敷地浸水、南海トラフ地震


2番目の「まず逃げよう 適切対応で死者5分の1 南海トラフ地震」は、まさに「災害初期誘導員制度」の必要性を裏付けるものだ。迅速に手を打っていかないと…。

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後期の夏期講習、いよいよあと1日。31日は休みだ。そんなこともあって、持込みの、ヘタクソな塩糀料理を、3人の古株が集まって、自慢の主をこき下ろしながら昼飯をつついていた。

そこで話題になったのが「いじめ」の問題。時間が短いので深まったわけではないが、教委レベルで設置される第三者調査会の問題の立て方の限界の話になった。

「特定の個人が特定の個人をいじめる」という場面でいじめに対処しているが、例えば父親が浮気をして離婚となった家庭の子が、巷の噂に晒されたり、放火で失火した家の子が、ご近所からのきつい言葉に晒されたというような世間の村八分のような大人社会からのいじめは、まったく範疇外になっている。現に社会には様々な差別がある。それが原因で自殺したら、大人はどうしたらいいのか。こういう社会の空気が、「特定の子が特定の子をいじめる」温床になっていることに、無自覚ではないかという指摘だった。

なるほど、私が不登校・引きこもりの青少年と出会うとき、いじめを経験したときも、槍の穂先のような言葉や、殴打の痛みだけでなく、逃げ場の無い空気に傷ついている。確かに私は、災害支援や24時間TVの善行の息苦しさを感じ取っている。絆というとき、それは取り結ぶ相手が善意に満ちた個々人であるという語れないうそ臭さを鋭敏に嗅ぎ取っている。勿論私たち講師たちは、社会をそういう平板な見方で関わってはいない。しかし人を裏表がある存在としてまるごとうけとめていくことは、彼らにいつも語っていることだ。いじめを許容するのかという話ではない。しかし、災害ボランティアの場で、これを持ち出したとき、何人が冷静にうけとめようか。私は「被災者」も、もっと近くで語り合いたくなった。名前のある交際の先に、支援を見通すことは出来ないのだろうか。

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**子から。ここ数日、昼間に電話が入るようになった。施設の作業所と家庭ともに居場所がなくなったことへの苦しみを訴えてきている。しかし、その時間、私のキャパは目いっぱいなので、夜かけるようにと言っているが、夜は母親が同室になって、電話を聞かれるのがいやで、昼に受け止めてほしいという内容で、困っている。ボーダーの子のように、依存と避難の振り子の中にいるわけではないから、フォローを丁寧にしていけば解決していく。忙しいときに風邪をひく、子育ての難と似ている。

大船渡病院救命救急センターに院内トリアージが開始された。医療の災害仕様というか。

NHKに釜石赤十字病院の日下潔医師が登場した。黒のトリアージ(死者)の黒エリアの責任者を経験したことを語っていた。災害の厳粛な場面が浮かび上がって、初めて津波画像を見たときと同じような鼻のつまりを感じていた。何も終っては無い。(非被災地の被災地支援活動を)勝手に幕を引くな、そういうことなのだと思う。

夜間傾聴:中学生君(仮名・母親)


(校正3回目済み)

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8/28 「初期誘導員制度」「QRカード」のチラシを市議ポストに投函し

2012-08-29 06:07:02 | 引きこもり
2012/08/28 記
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「災害初期誘導員制度」「災害汎用個人医療情報シール(カード)」のそれぞれの議論の誘いのチラシを市会議員ポストに投函した。また飛田かぁと、おそらくは無視。しかし提案の価値を無視はしないだろう。それはそうと、偶然、市役所の通りで生活支援課の**さんに会った。

辻堂駅南口の路上生活者++さんは、明らかな糖尿病。加えて冬場並みの厚着をして、汗で猛烈な汗をかいているが、高齢者特有の暑さに鈍感になる状態のような口ぶりで、猛暑の日のあたるベンチに座り込んでいる。猛烈な悪臭が漂っている。昔は腕のある労働者だったという。その沽券が邪魔して、公的支援を拒否しつづけている。この時期、熱中症で救急搬送される路上生活者が出る。大丈夫なのかと思っていたが8月が過ぎていく。ただエレベータの裏で気を失っていたこともあって、非常に危ない。ただ、辻堂駅前は微妙で、彼は茅ヶ崎が長いが、支援を嫌がって辻堂に逃げ出してきた。今までは茅ヶ崎市の管轄だったが、今は藤沢市の管轄にいる。辻堂駅は行政の支援の谷間にある。

以前エレベータ前にうずくまっていた##さんは、突然消えて、日立市の未明の路上でひき逃げにあい、植物人間となって、日立市の病院に救急入院していた。ポケットに、いざというとき連絡しろと私の携帯電話番号メモを渡したが、それを大事に持っていた。それで早朝、日立市警察署から連絡が入って事態を知った。さすがに身元引受人にはなれなかったが、施設に移動するとき、私の対話メモから、池袋に弟さんがいることがわかって本名もわかった。さすがに警察からは先方の状態は教えてくれなかったが、病院関係者から、弟さんも生活保護を受けている状態であることを知った。##さんは東京に移送されることになったが、その準備中に息を引き取った。埋葬された墓地はついにきくことができなかった。

この##さんも、支援を避けて辻堂駅に流れ着いた。そういう経過からして、命のモニターはしていなければならない。

ひとが孤独になったとき、ひとの絆が心に残っているひとが一番苦しい。ただその一線を捨て去ったひとも、命の一線がある。ただ非常にもろい。

**さんには、ご存知++さんが危ないことを告げるに告げられなかった。藤沢市には連絡済だが、先方が私を知らないので事務的な応答をしただけだった。

数ヶ月前のサポセンで行なわれたワークショップ(WS)の場で、私は生活支援課の%%さんに会った。彼は以前茅ヶ崎駅南口にたむろしていた路上生活者に退去を命じ、私の知り合いが彼に食ってかかっていた。その仲裁に割り込んだことで、猛烈な反感を抱えていた。彼らは生活保護枠に入れられ、求職活動をすることを前提に、アパート暮らしを始めさせられた。生活保護支給は、生活が安定する一方で、当事者の孤立が深まり、埼玉などで孤立死(病死)を出した両刃の剣なのだ。その彼が、話にくいことに**さんの隣にいた。**さんと私はペコリと会釈をして別れたが、大事なことを言い忘れた気分になっていた。明日、講習帰りに課に行ってみようと思う。

私は路上生活者支援を始めて長くは無い。引きこもり青年が24時間マンガ喫茶に現われ始めて、中高年の路上生活者とは違う若手が茅ヶ崎・辻堂を通過するようになってからのことだ。この領域は、触法や非行に取り組むひとたちが関わることが多かった。夜回り先生、水谷氏の領域である。今の若者の就労支援センターを受託している、昔はコロンブスアカデミーが取り組んでいた領域でもあった。

私は自閉症スペクトラムが影を落としている不登校・引きこもり児者の学習生活支援活動から、路上生活者支援に領域を拡げてきた。だから、家屋まるごと家族を押し流された東日本大震災は、絆を断ち切られた方の聞こえない声を聞くことにまず関心が行った。ひとの孤独への寄り添いだった。

しかし調べれば調べるほど、その方は声を潜めて仮設の隙間に入り込み、手の届かないところにいた。震災直前まで収入があった方も、家族を失って孤立している方が数多くいることがわかった。さらに私が家庭で見送ってきた親や祖父母たちが抱えてきた孤独も見えてきた。介護する嫁さん、娘さんの世代の上、散歩程度は出来るが仮設から出て行くことが出来ない方たち、または在宅介護に孤立無援の戦いをしている介護者・被介護者のこと。被災によって加速された矛盾と孤独。この大きく網をかけた支援との接点がある方の支援を通して、孤立し沈黙している方々、在宅で障がい者を抱えている方々に間接支援が出来ないか考えている。

本流になかなかたどり着けないが、「災害初期誘導員」には、被災直後の避難救援の部分に社会的弱者の保護的避難を入れ込んだ。「QRカード」には、身元証明と生存表明を、自己表明の困難な方たちの支援と、シート作りに障がい者の社会的企業を提供できないかという裏の思いがある。

しかし、障がい者の活動には、その一部に防災対策があり、路上生活者支援の領域もその一部に被災対策があるという具合に、災害ボランティアの視座とは課題に至るベクトルが違っている。その差が、思いと言葉の空転を生み出している。空転はともかく、災害ボランティアを「お祭り元気付け活動」とレッテルを貼って私の言葉を断つ誤解は、無念が募る。その元気付けと善行主義のかかわりを含んで、災害ボランティア活動はある。「ひとの尊厳」に関わる活動でもあることをどう伝えたらいいのか。防災提案というわき道に立ち、支援活動の被被災地の支援のすそ野をどう被災地と取り結ぶか、この課題を探し、考え続けている。

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訪問看護・介護の関係者と話したい。彼らは専門職の派遣の範囲で発想しているが、NPOが関与できるのが、サロン活動しかないのだろうかと。生活支援は滞在型ボランティアしかできないことなのだろうかと。

いま、QRシートとICカードの比較表を作っている。次が秋の講演会企画化の件、そして広田半島通信実現のために、陸前高田訪問をいつ行なうかの調整が残っている。

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成城石井に広田産ワカメが出ている。ご購入を。


夜間傾聴:中学生君(仮名・本人)
     もうひとり

(校正2回目済み)

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8/27 岩手の有償ボランティア募集9.8倍?!ネジを巻かれて…

2012-08-28 06:02:18 | 引きこもり
2012/08/27 記
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夜間傾聴の場で、前に担当していた青年が復活して、みごとに落ち込んでいるので、どう信頼関係を再建するか腐心していた。夏期講習が連日あるので、訪問できないので、電話に頼る以外なかった。2年目だった。その空白がなかなかうめられないのだ。バイポーラの治療歴があったが、2年前の時点でかなりコントロールが効いていたので、予断なしに電話に応じていた。

一日目の電話で、彼がメールを使えることがわかり、彼と相談したところ、メールの方がいいという。それからはメール主導に切り替えたが、メールは適度な距離感と間をつくれるので、案外この方が深く話せるのだ。ただ、ときどきオフラインを入れないと、リフレッシュできない。

話はみごとに空転していったが、その流れから、彼の欝(うつ)の症状が読み取れた。話し込むうち、従姉妹が埼玉県にきているという。なんと浪江町からの避難者だった。話題ができたということでもあるのだが、彼は急に饒舌となり、徐々に危うい状態から脱することができた。従姉妹が失ったものを彼は語り、他者を語ることで、彼は重い服を脱ぎ去った。メールを継続し、9月に入ったら八王子のお宅に訪問することになった。しかし、遠い。

歳のせいか夏期講習がしんどい。うかつにいうと塾長のカウンセリング(酒席)が入ってしまうので、ブログに書きながら、これは内緒なのだが。

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私の「災害初期誘導員制度」「災害汎用個人医療情報カード(シール)」のNPO側の議論への誘いのチラシが、何のことだかさっぱりわからんという、某横国大事務員氏がコメントをくれたので、裏側の解説ページを付けた。まだわからん、呆れているとのことだが、これは無視。今日、南三陸の高校生交流会のボラバスが帰ってくるので、関係者もサポセンに立ち寄るだろうと、改訂版チラシをサポセンに、旧版差し替えの形でお願いしてきた。反応は期待していない。(配布済み>茅ヶ崎市防災対策課・保健福祉課・市民活動推進課・高齢福祉課)

ペットレスキューの猫号を出したが、今回は青森の全国交流会の話を載せるつもりでいた。ところが取材源、家庭サービス優先で参加していないことがわかり、どうも被災地支援への関心が冷えているな、困ったことだと思っていたら、ちょっと嬉しい記事が出た。

●「「復興応援隊」に応募殺到 募集10人に98人」8/27 読売岩手版

被災地側から、有償ボランティアを募集をしたら、9.8倍の競争になったという話だが、滞在型ボランティア応募の熱意は、まだ被災地支援の熱は冷めていない印象を得た。このなかに生活支援や孤立死のことを問題にしている方は、いるだろうか。

ただ、地域医療福祉ネットの支援者派遣(失礼)の構想を早くまとめねばと思っている。ねじを巻かれた感じだ。

夜間傾聴;なし


(校正2回目済み)

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8/26 今年の月末は蟄居の様相>今回不作です

2012-08-27 05:37:56 | 引きこもり
2012/08/26 記
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池袋の「リカバリー全国フォーラム」の様子を知りたくて、PSWなどの知人に電話をいれていたが、誰も参加していなかった。月曜日からは大正大で発達心理学会WSが開かれる。この手の会は参加費が高い。南三陸では高校生交流会が開かれている。9/1・2は陸前高田の全国支援者交流会だ。金欠が足止めをしている。私の友人も年齢が高い。そこに参加するのは少数派になってしまうので、情報収集にやきもきする。なんとか陸前高田の方は話が聞けるが、小学生の感想文のようなことを書いてくるので、会って話を引き出さねば、役にする情報が得られない。

後期夏期講習、まったく電車に乗っている時間の方が長いのだからいやになる。講演会の人選をするために相模原市役所に行って、自分の曜日感覚の無さにあきれた。日曜日ではないか。

こういう日はあがくとろくなことはない。藤沢で下車せず湘南台で下車し、バスで辻堂にでることにした。途中、駒寄で買い物をして帰るつもりでいた。ところが湘南台に近づいたとき、私が残した留守電に反応してYMCAの**さんが会おうかと連絡が入り、戸塚に回った。

災害ボランティアをしている方ではないが、引きこもり青年の就労支援を行なっており、発心WSに一日だけ行くと言っているので、資料収集で私の目的の分科会のレジュメをもらってきてくれと頼んだ。地域医療福祉ネットの話に関心を示してくれたので、YMCAの来年の企画を考えられないか頼んだ。自分はその立場にいないからと腰がひけているので、現地参加、見学に行こうとさそった。彼はワンボックスを持っている。乗せてくれると助かるのだ。見ればわかるよというのは、説得のネグレクトだが漸近線は決して交わらない、ことばの隙間は体験で埋めていく以外ない。

有隣堂で「自閉症のある人のアニマルセラピー―生活を豊かにする動物たちのちから―」を買った。多少自棄もあるようだ。

夕食は刺身の落としを買ってカルパッチョを作る。母はひと箸も手をつけない。やむなく買い置きのカレーを出すが、具を丁寧に全部だして、ライスも大半を残して食べ終えた。カステラを食べた跡があった。なんとも食事が神経戦になってしまう。

前回の茅ヶ崎市との協働の件でNPOに呼びかけるチラシVer.2を作った。これをこれから市と公共施設に掲示させてもらう。ペットレスキューの猫号を出すので、その配布は一緒にやる予定。

夜間傾聴:なし


(校正2回目済み)




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8/25 早速「QRカード」と「災害初期誘導員」の活動立ち上げ呼びかけのチラシを作った

2012-08-26 04:16:50 | 引きこもり
2012/08/25 記
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成人検診の胃のレントゲン撮影があった。朝の9時の撮影は、一般にはどうという時間ではないが、午前5時、6時に寝る生活をしているので、出かけるのは寝惚け眼だった。糖尿病の薬の時間がa.m.& p.m.11時なので、前日p.m.9時から飲食禁止というのは困ってしまった。血糖コントロールを乱すことになるので事前に医師に確認していたが、「一日がつぶされないでいいじゃないですか」と、意味の通らないことを言われて、それなら薬を飲むときの水を減らそうと判断し、一口の水で飲み干した。ところが、バリウムを飲むと胃に残り物が見えるというのだ。さんざん叱られた上、「撮影のし直しをするか」と問われてしまった。朝の9時以外だめなのかと問うと、それ以降は病棟巡回だからだめだといわれ、この病院では撮影できないとわかり、このまま撮影を続け、医師に回してくれと技師に頼んで撮影を終えた。全く融通の効かない話で、そのうちに料金が高くても、機会を見つけて、他の病院で撮影することにした。

徒労感に眠気が混じった状態でサポセンにいく。チラシの文面を手直ししようとすると、キーボードのキーを押したまま、同じ文字がずらりとならんでしまう。寝ているのだ。そんなわけで無修正で印刷に入った。今夜は、明日の高校生の交流会に参加するため、茅ヶ崎の災害ボランティアたちは南三陸にいく。高校生とともに、ボラバスで出発する。その関係で、チラシを配布しようにも、相手がお留守。「仏滅」だわと思ったが、残念「友引」だった。

以下がその文面、ご覧下さい。

----ここから-----

●●●「災害にそなえ、『医療個人情報QRカード』携帯を拡げよう●●●

「わーく」編集部

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 私たちは、引きこもり青少年の巡回訪問と本人の社会復帰や就労支援を行っています。昨年の3.11の東日本大震災以降、社会参加活動として、岩手県気仙地方(大船渡市・陸前高田市・住田町)の災害ボランティアをしています。被災地訪問・外出困難な方の車を使った外出支援・仮設巡回文庫・ペットレスキューなどの活動を応援してきました。1年余を経て、震災は自分たちの湘南も他人事ではなく、直下型地震に対する防災活動にも取り組まねばと思うようになりました。

私たちの提案は2つ。ひとつめは「災害初期避難誘導員制度の実施」、もうひとつは「汎用医療個人情報カード携帯を拡げよう」という活動です。
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8/18(土)にNPO等と茅ヶ崎市行政との協働に向けた意見交換会がありました。この意見交換会の場で、私たちは防災対策課・保健福祉課の方々と「医療関連個人情報のQRコード採用とカード発行について」という提案と意見交換を行ないました。防災は昨年の東日本大震災を経て、大きく見直しが行なわれています。特に南関東直下型地震の対策が急がれています。

今回の提案は、震災津波によって、一気に大量の傷病者が救急医療に任されます。このときに、手当てが迅速に行なえるように、デジタル化した個人医療カードを採用すべきだろうと提案しました。議論は今後に引き継がれていきます。

個人の医療情報ですから携帯するとき、漏洩(ろうえい)が問題となります。しかし災害に遭ったとき、身元確認や既往症等医療情報のチェックが大変な労力がかかります。この状況がカードを携帯することで、迅速な対応が行なえるなら、「利用希望制」を前提にして、カードの携帯を広めていくべきだろうと思います。

QRコード(右図)やICカードならば、カード情報はリーダー機を使わなければ読み取れません。また治療中の症状情報の更新や、被災現場の情報読み取り機準備を考えると、ICカードより、安価普及機のQRコードシールを選びます。シールを健康保険証に貼り付ければ、カードは1枚で済みます。また、被災直後麻痺する通信に対しても、避難所のリーダーを使って、情報を集積して、まとめて家族に生存表明を送れます。避難所の食事等の配布管理にも転用できます。こうした利便性と個人情報の扱いの議論をNPO側でも議論して行きませんか。関心を持った方の議論を始めましょう。下記にご連絡下さい。

連絡先:略  本ブログのコメント機能をご利用ください。

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●●●「災害にそなえ 『災害初期誘導員』を育てよう」●●●

昨年の東日本大震災の津波体験から、「津波てんでんこ(津波には個々人の判断で逃げなさい。)」という教訓が取り上げられてきています。震災現場に遭遇(そうぐう)したとき、パニックを制し最適な安全確保を行なうには、率先避難(そっせんひなん)を即座に起こす人の存在が鍵(かぎ)になります。デマとの際どい瞬間(しゅんかん)ですが、即座に、より正しい避難指示を行う市民が期待されます。

 南関東直下型地震の可能性が言われている今、現場即応できる方を増やす必要があります。海岸においては、ライフセーバーの方々の「率先避難」訓練が始まっていると聞きます。防災リーダーの方々も、緊急避難準備を進められています。しかし、外出中の被災対応には、もっと多数の協力者が必要です。

 私たちが注目するのは高校生・大学生の存在です。彼らの特別授業(講習会)の中に、「災害初期誘導避難」を行ない、「講習会終了認定」の地域限定・推奨運動員を広範に育ててはどうかと思うのです。「初期避難誘導と避難困難者の手助けのみを行なう活動」です。防災リーダーさんの外周に育てる防災協力者は、防災リーダーや行政関係者の到着までの、緩い資格です。勿論、地域市民向け講習会も行ないます。自覚的な防災協力者として、行政が研修会終了証を発行し、当人には取得時ボランティア保険を提供することで、防災事故を防ぎます。関心のある方は、下記にご連絡下さい。場をつくり議論を始めましょう。

   連絡先:略 >本ブログ;コメント機能を ご利用下さい。


----- ここまで ------

夜間傾聴:ここにいつも出て来ない方(深刻)



(校正2回済み)

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8/24 茅ヶ崎市市民活動推進課から「協働に対するアイデア提案」の評価が来ました

2012-08-25 05:32:24 | 引きこもり
2012/08/24 記
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夏期講習は、今回は橋本。無事終了して、仮眠をとろうと家にもどったら、茅ヶ崎市市民活動推進課から封書が届いていた。開封すると「協働に対するアイデア提案」の審査結果だとわかった。

14名から25提案あったそうだ。私の「災害初期誘導員制度の導入を」が「優秀なアイデア」、「災害仕様緊急医療情報カードのQRコード化と、その更新システム」が「良いアイデア」ということになった。他の入選アイデアを見ても、新規のアイデアが吟味されたというより、内容の大切さが優先されており、時代認識や独自性というか、新味は少なかった。「災害初期誘導員制度」は一度、「防災リーダーがあるからいらない」と否定されたと思っていたから、意外な感じ。18日の意見交換会前に審査が行われていたので、意見交換会以降も2つの提案は、具体化に向けて担当課と話し合っていくが、「QRコード」の方は、話が市政には大きすぎること、市との「協働」という点でNPOの働きが明確ではないことという減点を得ていた。どこかにモデルを立てなければ、県レベル・国レベルには反映できない。その辺の発想の違いがでてしまった。14名からの提案とは、偉そうにできないではないか。内輪ですね。


「優秀アイデア」>
●「災害初期誘導員制度の導入を」
●「湘南サウンドを街ぐるみで創りたい~茅ヶ崎ミュージックコンテスト」
●「湘南茅ヶ崎 地震津波防災警報スイッチオン!JT-PJプロジェクト」
●「発達障がい者の就労支援セミナー」
●「高校生にもボランティア講座を(小学生~高校生も参加できるボランティア講座(体験含む)の開催」


<評価>「災害初期誘導員制度の導入を」
○一般の人が混乱しないように、災害初期誘導員の指揮命令系統を明確にする必要がある。
  飛田>この制度は、人の善意を推奨することに目的があり、より正しい街の地理知識と災害判断を活かして「逃げろ」と率先避難することであり、組織規律には馴染まない。それは防災リーダーが行なえばいい。より広範な方の緩い参加が目的なので、内容を枯らせてしまう。主導する地域分担だけすればよい。他地域は、誘導員がいればそれに協力する。/避難困難者(高齢者・子どもや母子、障がい者・けが人等)の避難補佐は、善意の範囲。被災現場は臨機応変さの世界。そこに組織行動を求めるのは、防災リーダーに任せるべき。


○既存の防災リーダーなどとの役割分担を明確にする必要がある。
  飛田>防災リーダーがその場にいれば、安全避難誘導・避難困難者の避難補佐等の、防災リーダーの現場指示に積極協力する。防災リーダー到着までの限定奨励資格。


○発災時の初期対応の普及のためには有益な手法である。
   飛田>そうですか。詳細案をまた持ち込みますので、吟味よろしく。


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「良いアイデア」>
●「市民防災地域集会(町内が違っても隣接する場所毎)」
●「防災・避難のための標語の募集」
●「自転車の街茅ヶ崎」
●「災害仕様緊急医療情報カードのQRコード化と、その更新システム」
●「乳児の先天性疾患および子どもの病気の早期発見のための啓発活動の必要性について」
●「公園デビューの前に「自治会」デビュー~「子育て支援」と「自治会活動」のコラボINコミセン」
●「市民活動市民レポーター事業」

<評価>「災害仕様緊急医療情報カードのQRコード化と、その更新システム」
○個人情報の取り扱いに十分に注意しなくてはならない。
   飛田>ここは18日の意見交換会の提案の際の要でした。基本は本人の「希望制」の上になりたつ提案であり、カード所持は自己責任です。「基本」のブロックは必須。「処置後治療時(入院等)」「家族・生活」ブロックは、項目選択は自由。シール(カード)申込からシール(カード)提供と旧シール(カード)の廃棄処理、関係者の守秘義務の部分で、扱いの厳格化が求められます。

○提案の内容は規模が大きいので、どこまで協働で実施すべきかを精査する必要がある。
   飛田>NPOの立ち位置は、「シール(カード)の衆知・有効性CM」と「障がい者への就労支援の独占仕事つくり」「窓口業務・申込とシール(カード)受け渡し」「安定製造、情報漏洩防止」「要望・苦情処理」等の業務推進にあります。社会的企業として小規模でもモデルとして市レベルで協働すべきです。

○協働のパートナーである市民活動団体が何をするのかを明確にする必要がある。
   飛田>上記の通りです。

面白くなるか、野暮ったくなるかは、今後の活動次第なり。
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これらの市の関係課のコメントは、まもなく茅ヶ崎市のホームページに出る予定。


夜間傾聴:なし
     南大沢君(仮名・こちらから)


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8/23 ICカードかQRシールかという論議をした

2012-08-24 06:14:22 | 引きこもり
2012/08/23 記
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母の両手の掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)が再発した。風呂で素手でシャンプーを扱ったのが原因だとか。ステロイドホルモン剤を使うので医院へ。掌に水泡が出来てしまう膠原病だが、原因は不明。これがあるので、家事の炊事・洗濯は私任せになっているのだ。母は幸い「めまい」が治まっているので医院へはひとりで行かせたが、私の夜間作業と熱帯夜が影響して、眠りが浅くなっているせいだ。昼を近くで外食せよと伝えて家を出た。絶対言うことを聞かないので、電子レンジで暖めるだけのスパゲティを見えるように置いておいた。

授業は今回は若手講師に任せて、私は取り出し指導に徹した。講師の粗っぽいところが引っかかるが、なかなかだ。帰りに食事に誘い、一人前はテイクアウトしてもらった。母のみやげだ。

土曜日は胃の検査なので夜の授業にしたいが時間帯の枠の空きがなかった。JR相模原の塾の個別指導には、相手が嫌がって日がきまらない。夏も過ぎてしまうので母を外食に連れ出すことにした。

金曜から全国リカバリー大会が池袋で開かれる。いつもなら、授業を蹴飛ばしていくのだが、9月から講演会謝金や、陸前高田往復交通費を捻出しなければならないので自粛。欲求不満がたまる。

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個人医療情報のデジタル情報化の話の中で、ICカードではなく、なぜQRカードなのかという質問が出た。現在はICカード自身がまとまれば、かなり安くなる。加えて病院のカードに個人データを便乗させれば、そのコスト自身も病院負担になり、コストの面で解決するではないかという案もでた。若手講師陣は、技術の話になると乗ってきてくれる。講習帰り、夜食を店で食べながら話した。

ICカードや、病院カードの転用の件、この辺のことは、「実情」という場面の中の選択が大きく働いているので、歯切れの悪い部分もある。

基本線は「被災等混乱状況下の医療迅速化」「避難所における生存表明の一括処理」を「情報デジタル化」と「個人情報のよりましな安全策を講じた携帯」ということであって、それはQRカードであろうと、ICカード、あるいは携帯電話メモリであろうと変わらない。

ICカードは最近かなり値段が落ちてきている。まとめ買いすれば、プラスチックカード単価は50円ほどになり、QRシールの個人価格の50円よりも安くなる。しかしこれは、葉書大耐水シールが個人販売価格が100円/枚に制約されたものであり、シールを大量購入したとき40円/枚台に落ちるものだ。ひとつのシールで概算20円だ。

ICカードの場合は、表面の印刷費が加わる。無地でよいなら別だが。QRシールの台紙も印刷費がかかるが、それは印刷ジェットインク代とプリンタの減価償却費だ。10円もかかるまい。

問題はカードリーダーまたは書き換え機の、被災という非常事態時の使い勝手だ。ICカードはRAMの書き換え等でも優れているが、大量の傷病者の救急医療時、医師・看護師・救急救命士らが一斉に身元確認やカルテチェックに入るとき、停電状況下でそれだけの台数のリーダー兼読み取り画面の専用機を準備できるかという問題がある。リーダーと画面表示機が別になっている機種をつなぐタイプは、機動性に欠くので除外すると、日常時は休眠している機械を抱え込むことになる。QRコードは携帯電話アプリで読むことが出来る。明るさが確保できれば、その読み取りデータをブルートゥースや、回線空きを待った電話回線で送ることが容易だ。読み取り機倉庫まで被災したとき、民生普及機(携帯電話)を転用できるところが強みとなる。

もうひとつが携帯性の問題だ。個人情報カードを作ったとしよう。はたしてそのカードを肌身離さず持ち歩くだろうか。独立したカードを作ったとき、カードが氾濫している時代の携帯である。他の用途が無いカードを、カードでパンクしそうな財布に入れて置くだろうか。

そこで耐久性は落ちるが、シール化を考え、他のカードとの便乗を考えた。その推薦例が健康保険証の裏面、注意書きの面にシールを貼ることだ。ICカードの場合、これが出来ない。耐久性の件も、「治療中の疾病と薬の明記」欄のような比較的頻繁な更新を要するため、半年に一回程度の交換が必要となるため、耐久テストを行なった。健康保険証の保護用ビニール内に、シールを貼った健康保険証を携帯してみた。まもなく半年を過ぎるが、印刷に欠損は生じない。剥がすのが少々厄介だが、問題というほどでもない。たとえ痛んでも更新すればいい。手間賃を含んでも100円/セット が可能だ。

CSVデータ(カンマ区切り)は、基本的にはテキストだ。これで書けば、テキストエディタでも編集でき、エクセルに一発で読み取れる。加えて、読み取りの速さからQRコードを3分割した。

【基本】・【処置後・治療時】・【家族・生活】

である。QRコードには暗証がかけられる。【家族・生活】の項は医療関係者は見る必要があるまい。ここなどにかけてもいい。

さらにこの仕事が行政が作業場所だけ提供する場合、カードリーダーがNPOになくても、QRカードならば、普通のプリンタで出力できる。この辺が強みだ。その結論から言えば、

QRコードシール>QRコードパウチカード>ICカード>携帯メモリ

となる。携帯メモリは赤外線・ブルートゥースなどの機能で転写されやすく漏洩が問題になる。またデジタル・デバイドにより、高齢者の効率利用率は大幅に落ちてしまうし、水没に弱い限界がある。

これが講師たちと食事の中で、私が防戦して答えた話だ。住基カードの個人情報管理が問題になっている中で、これはどうかなという意見もあった。しかしそれに対しては、カード全体、発行は「希望制」を基本にし、【基本】(例:住所・氏名・連絡先・年齢・体重・血液型・治療中の疾病の有無・アレルギーの有無)だけは必須とし、

【処置後・治療時】(既往症・持病・常備薬・健康保険証No・主治医・病院連絡先・臓器提供の意志・検体提供の意志

【家族・生活】(勤務先・家族構成・家族向け緊急時連絡事項・備忘録・銀行等口座番号・その他)

は、個人が選択記入するようにする。QRコードもICカードもリーダーが無いと読み取れない。ここも利点とすべきだろう。データコピーという意味からすれば、ICカードが一番安全といえようか。


夜間傾聴:中学生君(仮名・母親)
     自由が丘夫妻(仮名 傾聴にあらず)


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8/22 ジョブコーチもどき第二ラウンド/地元協力者作りで旧い知人宅を訪問し

2012-08-23 06:48:46 | 引きこもり
2012/08/22 記
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橋本3君のミニトライアル雇用先の人事担当者の方と会った。彼の縁故の方が経営されている企業なので、彼が気に入れば入社可能と感じさせた。専門学校への進学か就職かと、親御さんと考えてきたが、彼の場合、気に入るか気に入らないかが重要なので、「白衣がいや」ということで、彼には仕事の全貌を見てもらうことにした。中途採用なので、日程の制約が逆にラフなのだが、ともあれ9月早々、もういちど話し合う場を作っていただいた。

しかし暑い。ばてている。教室を間違えて野次が飛んだり、新しい講師の名前が出てこなかったり、しかしアルツハイマーという野次に、どこの科学者だと応答して、周辺が静まった。…まったく。

母が東京の主治医の診察を受けに出て行ったので、夕食の準備が要らなくなり、広田半島通信と、医療QRカードと講演会のことで、協力要請で共産党系の方なのだが、古い付き合いで、娘さんが私の塾に来ていた関係で知り合った**さんのところに半年ぶりにお邪魔した。看護師資格を持っているので、医療福祉ネットワーク作りのとき、相談相手になってもらいたかった。

ちょうどターメリックライスを炊いたので食べていけと、夕食をご馳走になりながら、QRカードの価値を話した。救急医療体験はあるが、病院勤務だったので、訪問介護体験は無いという。しかしカードについてトリアージ時点で身元確認に使うということに疑問を持ったようだった。確かに重点は、処置後の入院時点に置いているのだが、救急時から入院治療開始時までの治療の迅速化には、役に立つだろう。

活動を組むことは出来なかったが、医療関係者の分業の状態とか、病院と地域の手の組み方などの件で、参考になった。

そこで今、反原発の活動に協力しているとのことで、東電と政府の行なった欺瞞のことを私に話されたが、これは福島の災害ボラにも通じることだが、国会前に集まったり、署名を集めたりすることが、災害ボラにもつながることという話を聞いて、違和感を持った。

確かに原発は再稼動させてはならない。しかし、私は福島の被災者との直接の接点はどこに行ってしまったのだろうかと思うのだ。そこの支援活動が切れたところで、政治活動に夢中にはなれない。「私は仮設訪問を軸にしていくよ」と応答したが、若い時、私も政治活動をしていた。しかし、時流の変遷に次々と課題が変わり、私のところには、課題が変わっても、いつも同じ人たちがいる。このまま、歯車のひとつに個人をそぎ落として流れていくのが、もううんざりしたという経過がある。私の得意とするところや立場を加味して生きて行きたいと思った。それからもう二十年近くになる。ひとの喜怒哀楽が見える関わりから先の、実りの無い底なし沼はもう沢山なのだよと語るが、先方はそんなにいろいろなことをやっているなら、立候補したらと、私の話が通じない。「まったく魅力感じないんだけど」と応答するが、なぜだと不可解な顔をされてしまった。「社会活動はもっと豊かだよ」と**さんにいうが、全く通じない。ここでお開きとなった。

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案の定、母は私の帰宅より遅くなって帰ってきた。陸前高田の広田町のワカメを成城石井が売り出したので、2袋目を買って帰宅。

講演会の講師謝金を捻出するため、カンパ依頼を書いている。しかし、講師が絞れない、困ったものだ。ただ岩手の某校の高校生が被災から復興の道筋を撮影している件で、部活の先生宛に、写真を見せてもらえないかとメールし、陸前高田にいったとき、部活担当の先生にお時間をいただくことに成功した。ここから先は、まだないしょなのである。


夜間傾聴:中学生君(仮名)


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8/21 運転免許証更新通過<嬉しい 雑記

2012-08-22 05:58:28 | 引きこもり
2012/08/21 記
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夏期講習の最中に陸前高田に脱出する陰謀は、新婚旅行アタックによってふきとんだ。今日はJR相模原の方なので、9月初め、陸前高田に行くことや、交流・後援会を湘南で開くと話したら、間髪をいれず、塾長が「金は無いよ」と私の目論みを吹き飛ばした。相模原でやるならまだしも、茅ヶ崎でやるのに協力しろというのかと婉曲的にいわれた。商売でいう「2・8(にはち)枯れ」が、講習のある塾で「2・8枯れ」をいうようでは、心もとない。

ともあれ、今日はさっさと塾を引き上げた。運転免許の更新期限間際なのだった。茅ヶ崎警察署の交通課に向かう廊下で、ばったり知り合いの警官に会った。古物商の申請かと問われた。数年前、若手の路上生活者の就労支援で、5の日のアルミ缶と新聞紙の門前回収の企画を提案して、希望者を3人集めた。ところが、別件で彼らが問題を起こして、企画は宙に浮いたのだが、その際の法的問題を相談していた方だった。路上生活者の自主活動を支援する企画だったが、とかく警察や一般の方は、防犯上の問題を言い出す。ところが彼は、責任者が古物商資格を持っていないとだめとか、道路使用許可のこと、住民表や確定申告の実施等、説明をしてくれた。すべての路上生活者が就労意欲のない者ばかりではない。ただひとを信用していないし、嘘をついて相手を利用しようとするため大道を失うというところが、彼らの就労支援を実現するには、アキレス腱なのだった。

彼らと接点がなくなってしまっているのですと答え、路上生活化手前の引きこもり青年のインターネット喫茶パトロールは、まだやっていますがねと伝えると、危ないからやめなさいよと忠告してくれた。

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私は優良ドライバー、別名ペーパードライバーである。視覚障害が起きて初めての更新だった。今の私の眼で運転することは、殺人に近い。ただ、契約講師や自営業では、身分証明書がないので、得られるものなら更新を通しておきたかった。手帳保持者なので、その旨を交通課担当者に告げ、視力検査を受けた。右目の雲はE字型にかかっているので、視野の狭い検査機だと右目は中央部の霞のために何も見えない。網膜色素変性症は、網膜の視細胞が死んでしまうので、治ることが無い。左目も薄い霞がかかっている。

結果は左目の視力が残っており、右目を補佐しているので、カードに眼鏡着用と同時に障害の特記が書き込まれる。免許をもらっても運転はしないが、ほっとしている。

思いのほか時間がかかったので、サポセンには立ち寄れなかった。家に帰ると、ビデオ会社に問い合わせをしていた古ビデオの、被災地文庫に乗せられないかという打診の応答の封書は、案の定「だめ」との返事だった。図書館等不特定多数相手のビデオは、別企画商品で値段が高いのだった。個人宛に贈るのは問題ないが、不特定複数相手は著作権にひっかかるのだった。

紙芝居の版元にも手紙を出したが、応答は1ヶ月を経ようとしているが、音沙汰がない。これも仮設文庫に載せたい。

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日本家族心理学会の「災害支援と家族再生」のリクエストが通り、茅ヶ崎市立図書館に入ったので、受け取りに行く。

ひとつひとつが短い論文集なのだが、

●「発達障害がある人とその家族への支援~東日本大震災から見えたこと」
 櫻井郁子・著
●「高齢者の家族介護者への支援~介護者カウンセリングと地域による支援システム」
武藤清子・著
●「ひきこもり支援と家族の再生」
齋藤暢一郎・著

があったので頼んだが、取り寄せてみると、それぞれ概論的な短文で物足らなかった。ヒントはないか通勤時に再度読み込んでいる。

夜間傾聴;なし


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8/20 夏期講習後期が始まって/釜石のボラさんに会って、改めて考えさせられたこと

2012-08-21 05:52:01 | 引きこもり
2012/08/20 記
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後期の夏期講習が始まった。と同時に、8月中の岩手行交渉が流れてしまった。若手講師の新婚旅行と衝突した。職場結婚、私と同じ教科担当がふたり休むという。準備の遅れから、陸前高田には9月に入ってからが現実的と思い始めていたから、ふんばれなかった。ふてくされていると、事務長が北里大サークルの仲介、言いだしっぺだから、再度会うからと肩を叩いて行った。肩たたきは縁起でもないのに、無神経なと思ったが。

遠野まごころネット参加経験者が相模大野にいる。夏期講習が始まる前に時間を作ってもらった。釜石に昨年がれき撤去に行ったのだと聞いていた。ペットレスキューの方からの紹介の自営業者の若い方だった。

先方も私がこんな爺ぃだとは思っていなかったらしく、待ち合わせしていた場所で、しばらくお互いがわからなかった。藤沢に仕事の関係でしょっちゅういくとの話だったので、私の地域医療福祉のネットつくりに協力してもらえないかと思って、狛江市のペットレスキューの仲介者にお願いしていたのだ。

会って藤沢とは湘南台のこととわかったが、生活支援畑の人間ではなく、バンドつながりを活かそうとしている方だった。大学ではなく高校生に音楽つながりで知り合いがあるとのことで、私の作りたいと思っている活動に関心がある高校生がいれば紹介してくれるとのことだった。広田半島通信の編集には関心があるとのことで、今度じっくり話そうと約束して別れた。

彼らはコンサートつながりで、被災地のバンドと交流のライブを作り、被災地を回りたいという。私がこだわっている「家庭生活」「日常生活」の価値を説明するのは非常に難しい。単身被災者の孤立化、高齢者・障がい者の仮設隔離状況の話は、私が年長者だから話を聞いているのだなと、ひがみではないが、空転が見えてならなかった。と同時に、昨日の**さんも言っていた、「生活支援は長期滞在支援ではないと無理だ」という言葉にも、実のある説得ができない弱さが浮かび上がって、もう一度、何をどう改善したいのかという次元から、この夏期講習期間中に再整理する必要を強く感じた。いずれにせよ、必要性と実現可能性の切れる刀がなければ、切り込むことはできないだろう。これから講演会の講師選択の件も含んで、このブログで8月いっぱい再整理を、日誌に併行して書いていく。

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QRコードの医療情報カード、現在の「安心カード」の申込者数2400という数字を、意見交換会の場で行政が教えてくださったが、カードは、発達障碍・精神障碍系の方のテキスト入力、病院窓口との行き来をダウン症の方の仕事、入力アプリケーションソフトや、避難所生存情報アプリなどソフト開発を身体障碍の方にわりふれないかと考えている。だが2400という普及率では、話にならない。カードのメリットのキャンペーンを行ないうるところまで、企画を練り上げていく。次のステップに踏み出したい。

サポセンのNPO側の結集を考えている。障がい者団体巡回はまだ早い。まずは行政の応答を待っている。明日は夕方、サポセンに行ける。少し相談できるといいのだが。今の社協・タージに企画を乗せても野暮ったい話になるだろうなと、実は憂鬱なのではある。東北被災地の生活再建はまだ終っていない。それを放棄して「市の防災」を語るなら、その「防災」も魂抜けになるだけだからだ。


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母が2回目のリハに出かけた。帰りは外食で済ませないかと話していたが、送迎バスが途中下車を許してくれなかったし、家に戻ったら疲れてしまったというので、やむなく中華丼をテイクアウトして持ち帰った。

ところが母はパンを食べてしまっていた。8時過ぎには食事を食べたくないというのだ。さすがに夏期講習を終えて帰れば22時はまわってしまう。母の希望の18時には食事を作って出すことも無理だ。冬期講習のときは、「親に孤食させる気か」と責められたが、午前中のコマを担当すれば、夜間傾聴の身が持たない。結局、食事を昼食重点にして、夜の分は、暖めるだけにして軽食を作りおきし、みやげを持ち帰り、孤食批判をかわすことにした。私の糖尿病には最悪のパターンだが、しかし、要支援レベルでこうなのだ。介護は重いし、相互の心に歪みがでる。これは被災地の生活支援も同じだ。つまらない企画を立てれば、たちどころに見向きもされなくなるだろうなと、母を見ながら実のところ肝を冷やしている。


夜間傾聴:中学生君(仮名)
     橋本3君(仮名・ミニトライアルの職場から連絡あり)

p.s.発達障がい者隔離の判決、ひどいものだ。

(校正3回目済み)

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8/19 ポルト湘南の**さんと会って

2012-08-20 05:16:35 | 引きこもり
2012/08/19 記
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私たちが路上生活者と聞くと、熟年を過ぎた高齢男性の姿を思い浮かべる。しかし、特に都市部では年配者と同時に若者が目立つ。非正規雇用の雇い止めなどを経、アルバイトを転々とし、その間に借金と人間不信に陥るような経験を境に路上生活者になった者達だ。私が路上生活者のケアやパトロールを始めたのは、その若手の中に「引きこもりの者が路上におしだされてくる例」を見かけるからだった。しかも、もうひとつの特徴に障がい者手帳を取得するまではいかないが、知的・発達・精神・身体の軽度障がいを持った者がかなり混じっている。

私の担当した子の場合、高齢の家族の喪失を契機にした精神症の発症が、親戚の相続で追い出されるまで、私の担当だった。もともと大人しい青年だったが、発症した彼の孤立化は深刻な状態だった。彼の通っていた病院の精神保健福祉士(PSW)氏が、沼津の実家に転居するに当たって、彼を沼津に連れて行き、自分の就職した地元精神病院を受診させ、個人的に支えることを覚悟してくれた。公的支援が入らず、PSWの彼がいなかったら、路上生活者になっていたかもしれなかった。

この例があってから、私は路上生活者支援の活動に踏み込んでいったのだが。

私が塾を開いていた頃、低学力と取り組んでいた。彼のプロフィールを読み込むことから、生活環境の荒れ>独自体験の多様化(ゆとり教育の影)と、学習障がい(LD)の存在を踏まえた学習実践、自閉症スペクトラムから発達障がいへの取り組みというように、低学力をさぐる課題は広がっていった。当時不登校・引きこもり領域の教育運動で言われていたうつ病と神経症への関わりを、発達障がい領域にはみ出す形のかかわりへ。それはやがて、個人を社会関係の変容の中に見る「ケア・パートナー」という障碍への連携支援へと軸足を移した。いわば、ヒルギのような複数の樹幹が絡み合い枝葉を茂らせるように、そのどれもが、互いに関連づいたものなのだが、活動の質の深まりが関わりの多様化を生むという状態がたどれる。しかしそれが他者にはそうは見えない。

あるときは、教材を振り回していたり、あるときは鍾乳洞へ子どもを連れ出したかと思えば、社会参加PRGに熱をあげている。そして阪神淡路大震災のときは、FM送信機を担ぎ出し、有珠山噴火災害のときは、火山灰を学会ルートで学校に送り始めたかと思えば、交通事故を起こして2年、入院。入院生活レポートが始まったと思えば、引きこもり青年の就労支援窓口を作ろうと言い出して協力者の取りまとめに失敗、今度は路上生活者と社会復帰への模索、集中した就労支援を言い出した…というように、外観は取りとめもつかないばらばらのことをやっているように見える。今度は災害かいという通俗な眼差し、これには辟易とするところがある。物事は絡み合い確かに被災者支援が高齢者を取り上げている。何をやっているんだ。という呆れ顔である。

今朝、ポルト湘南という路上生活者の生活支援団体の**さんから電話が入った。辻堂駅南口にいる++さんの件で私が**さんの携帯に連絡を入れておいたので、その応答だった。夏場というのに、合成皮のジャンパーを着込み、脱水症状を起こして++さんが日なたのベンチに座り込んでいたので、応急に生理食塩水(経口補水塩)を作って飲ませた。私は糖尿病なので、いつもブドウ糖粉末を持ち歩いている。これに店のゆで卵添付の食塩をもらって目分量で作ったのだが、夏物の着替えを届けてくれないかという電話を**さんにしたのだった。辻堂は、茅ヶ崎と藤沢の境目にあり、両市の関連行政担当者にとっての谷間になっており、熱中症から命を落とすこともあると思えたからだった。

この電話を契機にして、**さんと会うことになり、彼と話したのだが、久しぶりで会った**さんの様子が、だいぶおかしいのだった。

昨年から私は東日本大震災に関わってきたのだが、それは私の稼ぎ仕事の授業のなかで、子どもと約束した被災ペットの救済の件と、震災ボラとして、「孤立死」の課題と向き合うことを始めたのだった。路上生活者の住環境整備の「舫(もやい・湯浅誠代表)」が各地で避難所管理運営に関わっていたり、地域福祉医療ネットワーク作りを始めていたりしたいた。舫出身者のひとたちは、やはり「生活困難者の支援」ということで関わっていた。私も、ひとつは「孤立死」、もうひとつは特に「外出困難高齢者の外出支援」を、いかに湘南と被災地を結び付け、そのひとつの外出支援の車付き送迎支援を実現するかというところなのだが。

おそらくは、私が、時流に乗って、ガレキ処理と、お祭り元気付けをやっているのだとレッテルをはったのだろう。路上生活者は日々の生存が脅かされている事態だ(それどころではない)という応答を受けた。私のQRカード提案が、路上生活者支援とは別個の話という具合なのだ。

福島の原発の件で反原発をやるという政治がらみの活動は意味があるが、もうボランティアはいいのだというのだった。たぶんここで言う「ボランティア」とは、環境整備と元気付け活動をしている者たちという意味だろう。葉と葉はつながっていない。しかし枝はつながっている。

それほどに今の路上生活者の状況は過酷な事態に陥っているが、そこから気まぐれに抜け出してという眼差しには、参ってしまった。私は既存組織に所属していない。私が社会活動に参加するには、その団体から生み出していかなくてはならない。その立場の差は、当たり前と見過ごすそのこと自身から障壁を生み出してしまう。

確かに私は学生時代同じような眼差しに晒された。私は学生運度の経験者であり、そこで私個人の名前を捨て、政治の歯車・働き蟻の一匹になることを求められたが、それを善しとしなかった。私の特技を活かして社会参加していく道から、はずれることはしなかった。そのときの誓約者集団の眼差しと同じものを**さんのなにげない行動に感じてしまっていた。

私は自分の立場をネットワーカーだと思っている。同一の目的があれば、その誰とでも実現への連携を探り、そこから先は個々人の責任において、自分を活かす最善の道を選ぶ。そういうことなのだが…

それならば、私の災害への関わりを路上生活者支援とのつながりにおいて、**さんに延々と話すかということだ。それはおそらくは徒労だろう。他者の意識の変遷を追認識するには、膨大な内的契機が聞き取り手に必要だからだ。レッテル張りには四つに組まないことにしている。社会活動は必要とされている者どうしが手を結んで活動し、いずれ散っていくからだ。私は引きこもり青年の可能性や、自閉症スペクトルのひとたちの個性を踏まえる連携、社会的弱者へのこだわりというところから身をひくつもりはない。しかし特定の思想信条を体現する活動をしているという発言には、馬鹿にしないでくれといいたい。社会の様々な活動はもっとインタラクティブな変容の中にあって、そのいぶきを私は活動に取り込み、満たしたいと考えるからだ。

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月曜日から後期の夏期講習が始まる。爺ぃは専任講師のように、朝から晩まで拘束されるのではなく、時間が短い。ただとことんねじれている軽度障碍の二次障碍を抱える者のもつれた糸玉に付き合うことになる。絡まった糸をほぐし知識を提供していく仕事だ。学習カウンセリングを伴う時間講師だから、持ち帰り仕事が多くなる。相模原や相模大野だから下手をすると往復の通勤時間の方が長くなることもある。だから時間がぶつぎりになるのが講習期間だ。通勤時間をどう使っていこうかと、大きな文字しか追えなくなった眼に問いかけている。


夜間傾聴>橋本3君(仮名・母親)
     中学生君(仮名)


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8/18 茅ヶ崎市との協働の意見交換会を終えました

2012-08-19 06:13:10 | 引きこもり
2012/08/18 記
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茅ヶ崎市との協働の意見交換会が終った。湘南子どもフォーラム懇談会(SCF)の当事者活動「わ~く」編集部からの提案として、「医療関連個人情報のQRコード採用とカード発行について」というテーブル提案者として、防災対策課・保健福祉課と話し合った。コーディネーターとして、市民活動推進課とNPOサポートちがさき。

私のQRカード提案は、防災対策課には、3回目の提案となった。課長が**さんに代わったこともあって、口頭では保健福祉課とともに、プレゼンは実質初めてだった。

私の提案は、昨年の3.11以前からの、地域災害一般に対する防災からの提案というより、3.11による防災見直しの線上にあり、隣接市町にまたがる震災津波を意識した広域甚災にも対応したものだ。

今回は珍しく90分という時間にめぐまれ、細論は別として、着想に至る社会的背景と震災現場の困難な事態の経過観察、大局的なはめ込む場面の確認とその効果や、実行時に注意しなければならない個人情報の取り扱いや、既存カードとの摺り合わせの件、医療関係者参加を実現する困難や、他市町村・他国籍の方の対応の問題などざっと一巡できたのは、ありがたいことだった。

行政課の方も、本技術の防災効果への関心を持っていただいたこと、この提案が具体的実現物を介していることが成果が見えやすいという意味で、もうひとつの評価をいただいたと思っている。

しかし、拗ねた見方かもしれないが、行政等大きな組織とくに公的な場における提案は、個人発案は極めて通すのが難しい。その表面は提案者の信頼度の問題となるが、この提案が中断し崩れたときの危険性まで考慮されるので、私たちのように(「わーく」は)3人という小さな所帯、今回の行政の評価を逆にサポセンの防災関係者への提案に使いたいという事情は、まず通らない。誰がどのような組織活動を背景に語っているかが、提案採用の大きな基準になってしまう。信頼度ということは、自己言及・自己証明を何万積み重ねても、それは意味を持たない。だから、判断は先方に任されてしまうのだが、協働になろうがなるまいが、タイムリーで必要なことは、ひとりでもやっていくというスタンスは、崩さない。こんな空転を繰り返して10年を経ようとしている虚しさを抱えながらの提案だった。

今回の提案は、東北被災地の特に高齢者の状況の悪化への危機感が背景にある。スポット的に語れば、県レベルの介護度認定対象者数の推移が、重症者の減少と要介護予備軍の層の増大という、いわゆる大震災による高齢者環境の激変と悪化が見えること。(重症者の死亡数の影響は恐ろしいことだ。)長期避難所生活による体調の悪化。家族若手の被災による喪失や、生活の破壊によるストレス、家庭の介護主導する若手家族の生活再建への労力分散による介助の低下、人間関係の変化による孤立化というような生活環境悪化がある。加えて自分の作り上げてきた過去の人生が全否定されるような家屋喪失と転居など、すごろくの振り出しに戻るのような無力感が静かに、世間体という公的な表情のガードの背後で、当人を深く蝕んでいる。

こういう大きな生活の地崩れを迅速に阻止していくためには、災害発生から当面の居場所が設定され、さらには仮設から定住住宅へと以降していく復興へのタイムチャートがしっかり描けるようになるという施策の安定を前提に、爆発する雑務に飲み込まれないための効率化が、被災者の個々人の名前を剥ぎ取る手前までふんばれる技術論的な吟味が加えられる必要を感じている。

今回情報不足で提案に折りこみきれなかった被災障がい者や、被災乳幼児・児童・在日外国人を含んで、包み込むような対策モデルが考えられないかという思案の中で、実際の現場設定の机上演習を自分なりに超えたものを提案したつもりでいる。またそのシステム自身が膠着したものではなく、現場の状況に沿って変容していく柔軟性を持たせることも意識した。

今回の議論のなかで、今回の技術提案(QRコードの活用)は一定程度の有効性の評価をいただいたと理解している。

それを誰がどこからどのようにという議論は、今回、問題点、予想される困難をともあれ引き出していく形で語り合った結果、現状を共通認識化できたと思う。

これは現場関係者の評価・NPOの結集と行政との役割分担等を次の課題に残しつつ、実務関係者による審議の会合を実際、実現できるかという課題が浮かび上がった。コーディネータのNPOサポートちがさきの++さんの、「防災ボランティアのネットワークの分科会のような形で今後可能性を探ってはどうか」という言葉をまとめにして意見交換は終ったのだが、実際上は社協・タージの議論は、東北被災地(南三陸)への訪問ボラへの情熱は冷め、その取り繕いのような形で「防災」が出てきていると感じさせられる関係から、今後、行動的な提案ではなく、ボラセン設立のような箱物提案であることから、活動全体が収束していく予感がしているので、いまさらの分科会提案議論は形骸化していくだろうと、悲観的な思いしか出てこないのが現状だ。

関心がある人間が集まって議論を立ち上げていく方向が、困難であるが結局実際的なのだと思う。このとき、今回のQRコード提案でも。そこに入れ込んだ「当事者希望制」と「個人情報携帯」の実行等は、自己参加の入口なのだ。これについては、まだ虚言と紙一重の域なので、今回は提案に折りこまなかったが、介護協働支援の絵をQRカードとの組み合わせを含んで検討している。先々の議論では、みなし仮設の連携や被災者住宅のシェアホームの形の検討を随時検討していく必要がある。これらの企画化にいくつもの社会参加と雇用の創出を折りこむことは勿論のことだ。

一昨日、ゴーストタウン化した地域の一角を、ひとり歩く悪夢を描いたが、それ自身は見通しが利かないことへの息苦しさを伴っているが、孤独はないと書いた。孤独は断ち切られたところに流れた血のようなもので、もともとつながっていなければ、断ち切れようが無い。そういう意味で孤独ではないのだ。しかし私は歩いて考える。先に結論をだしてしまう愛しの引きこもり君への爺ぃのアンチテーゼ、ラブコールでもある。

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会が終って、家について食事の片づけ中、猛烈な睡魔に襲われて茶の間で市場のマグロのように眠ってしまった。勿論母には、ど顰蹙。それでも夜に職場に立ち寄って、後期の夏期講習明けに陸前高田に行く日程を申請してきた。講演会助成金捻出を含んでまた10数万円は立替えがいるだろう。どう捻出したらいいものか、庶務の呆れ顔に、両手合わせて米搗きバッタをやってきた。広田町からゲストを呼びたい。被災地の地域医療関係者講師をたてたい。次の思案のしどころなのである。

夜間傾聴:明け方に南橋本君(仮名)から泥酔した声の電話あり。


(校正3回目済み)

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8/17 茅ヶ崎市意見交換会まであと5時間半

2012-08-18 04:32:06 | 引きこもり
2012/08/17 記
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年に1~2回、決まった夢を見るのだが、全身が冷たくしびれ、動悸がして目が覚める。18日の意見交換会を前にして、縁起でもないなと思いつつ、一日を終え、夜間待機をしながら作った意見交換会用のプレゼン画像を、午前2時過ぎに、セブンイレブンに印刷しに行ってきた。私の持っている中古レーザプリンターは、カラー印刷が出来ない。用紙サイズもA4までである。

人通りのない夜道をコンビニに向かって、ぶらぶらと歩いていて気がついた。朝、私が見ていた夢はこれだったのだなと。誰も居ない深夜の道を歩いているのだ。電灯は灯っているがひと気がない。冷たい濡れた岩肌を見せる露頭際の砂利道を下って、鉄工所に入る。2階の事務所に明りはあるが誰も居ない。鉄製の階段をめぐって、再び外にでる。私に孤独感はなく、見通しの利かない裏通りの古い街並みに突き当たり、曲がっては音だけの表通りの車の通過音を聞いている。ひび割れた二階の窓の中のカーテンは破れ、すきまから崩れかかった空き箱が見える。迷っているのではなく、綿々と私はただ、通りを抜けていく。そんな夢だ。

私は塾をやっていた頃、塾生たちを鍾乳洞に連れて行った。観光洞ではなかった場所や、一般開放していない道をもぐった。おそらくは大学探検部以外の人間が入った事のない場所を、アリアドネの糸を張るように、太い糸を張って進んだ。不登校の子も、閉所が大丈夫な子だがハンデを持っている子も、一皮剥いた様な心地で、場を心に刻み付けていった。地質や岩石に強い同僚がいたのだが、私は生物の変異や地中の分布、地下浅層生態系の存在などを極端に絞り込んで話した。

しかし、こうした活動の下準備は、なかなか同行者が得られなかった。そこで行動計画表を地元役場に預けて、地の底を歩いた。予備の電球も切れて、手元にはろうそく一本になって、道に迷って洞内でビバーグしたときも、3日経っていたが、無音漆黒の闇も怖れはなかった。他者の救いを信じていたからでも、諦めがついていたからでもなく、不思議と心が穏やかだった。祖母は神主の娘だったから、寺ではないが、死は間近なものだったのかもしれない。私に神はいない。

蒸し暑さは少し収まったが、ひどい湿気だ。突然、深夜現われた私に緊張する店員に両替を頼み、USBメモリからB4カラーの印刷を行なう。こういう日、外に出ると自分の体臭を感じる。

私は、種のように、瑞々しく先々の広がりを内包した企画が芽吹くのを善しとする。中間支援の仕掛人の立場が二重化している私の提案は、だから関係者なら提案の意味はいずれ通じる。しかし直感的でありたくても、解説的言辞が邪魔をする。

B4のホルダーに資料を準備した。ともあれあと5時間半。語り合えるひとと出会いたい。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)


(校正2回目済み)

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8/16 粛々と(出た!)18日市意見交換会プレゼン資料作りの一日

2012-08-17 05:33:12 | 引きこもり
2012/08/16 記
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18日の茅ヶ崎市行政の協働をめざす、防災対策課・保健福祉課との意見交換会の資料準備をしていた。以前は障害福祉課・市民活動推進課・雇用労働課(当時産業振興課)と意見交換を行なったが、大本となる喫茶型就労相談センターの件や、ケア・パートナーのチーム就労の行政採用テストの件などが、民間側の足並みの乱れや、助成金団体との意見不一致等が影響して、継続議論にはならなかった。その意味で、今回の提案はNPOよりも行政主導の比率が高いので、少し様相が異なっている。

今回の提案は、災害救急医療の効率化(トリアージ推進のバックアップ情報提供法)と大量入院治療時の医療情報獲得・家族連絡事項の意思表示効率化(臓器提供や検体希望表明等)という医療効率化の情報提供と、もうひとつ生存表明や避難所の効率管理に汎用性を持たせることにあった。

その背後には、災害時対策の民官協働のラフな実務研究会(非公式可)実現があった。

今回は18日、同日同時刻に行政へのアイデア公募説明会が予定されていた。実質を取るということで、説明会への参加は欠席とした。

例えば私がもうひとつ提出していた「災害時初期誘導員制度」の提案の肝は、地域セミプロを育てる「防災リーダー」の外周に、単機能講習会資格を作ることと、防災意識高揚の仕掛けとして提案したのだが、予測されていた通り初動の重い「『防災リーダー』があるので不要」というような空転が起きた。提案はその資格の外周・補佐制度の提案なのに、目的が門前払いという状態だった。石頭だなと思う。

今回も消防署の「安心カード」があるからという冷蔵庫保存方式が、問題になるし、臓器提供・検体希望・ジェネリック希望カードとシールという縦割り行政の象徴のような乱発する試みが実施されている中で、その内容を包括的に進め、カード携帯を重視する提案という側面が、おそらく曖昧にさせられるのではないかと予測している。分掌横断は面子と面倒の山だからだ。

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夏期講習後期が来週の月曜日から始まるので、18日の内容を守るために、事前日の出勤要請はすべてシャットした。

そこに**子から緊張した声の電話が飛び込んできた。今の作業所の作業をやめて内職を始めるというものだった。ここの施設は身体と知的障がい者の生活支援と就労支援の場で、身体障がい者のフロアは上階にあった。エレベーターがあるので行なわれた配置だった。ここが家から近いという理由で、てんかんの子が中度の知的障がいの子たちと共通の場で作業していた。しかしそれは、困難の様相が違っていた。このずれの不満が鬱積していた。**子は、むしろ精神障がいのコロニーにマッチしている。ところが近所にサポート施設がないという矛盾が有った。

明日にも施設利用者離脱届を出しかねない状態だったので、これは18日前だとはいえ、シャットアウトできなかった。内職は「ひとの輪」が遠のくことであり、今の彼女には収入アップよりも、親亡き後の自立を支える友人作りが一義的に大事なことだった。

このことがなかなか通じない。

1時間弱話合って電話を切った。

橋本3君からも就労の相談が入るだろうから、彼だけは対応しようと思っていた。今日はかかってこなかった。

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母の食事忌避が増す中、サプリ通販の申請書を持っているのを見つけ、それを制止。母の好物のケンタッキー・フライド・チキンで釣って、冷製トマト・スパゲッティーと組み合わせた。相性がいいのだ。

ビッグイシュー誌が届いていたので、市社協と図書館2舘に配布。汚い話だが、特定検診の検便のサンプルを病院に置きに行ったが、偶然だが理事のひとりとすれちがったので、少し時間をもらって、市との協働の提案の情報資料を提供した。うなづきながら窓口つくりは、時間がかかると応答があった。

市社協は先日のタージと市社協の成果発表会の中のWSで語った「岩手県支援にも協力を」の回答のように、「うちでは南三陸に取り組んでいくから」と、困った応答があった。

南三陸以外の地の支援者は、自前で交流会を目指す以外ないのかと、ここもため息ものだった。

茅ヶ崎市立図書館に「復興と支援の災害心理学」が届いていたので回収。

プレゼン用資料を作って夜間待機をしているが、予定のオーバードース君から電話がない。明日の夜、教室で親御さんと会うので、気を落ち着け、無理せず待機を続けた・・

夜間傾聴:なし

p.s.NHKのハートネットの貧困化社会の連続企画、なかなかだ。
  辻堂の路上生活者の++さん、合成皮のジャンパーを着込んでいる。
  熱中症の危険があるので、経口補水塩液を冷やして提供。命が危険なのでポルト湘南に連絡。

(校正2回目済み)


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