湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

5/30 市関係課に懇話会の近況報告をした 他

2018-05-31 05:19:54 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/30 記
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市の障害福祉課と福祉企画課の課長宛に、懇話会予定と資料を届ける。担当者と話し近況を伝える。高齢福祉介護課他は時間切れ。サポセンに火曜災害ミニカフェ6月分のポスターを配布するのも時間切れ。明日に行う。

とにかく母の件があるので、まとまった時間が捻出できない。橋本の訪問指導も久しぶりだった。塾では行事があって、教室でカルメ焼きをやるのだそうで、経験者は私だけなので誘われたが断った。近々、塾生のカルメ焼きコーチに行く。あいつを潰せなどとは言わない。

急ぎ夕食。メカジキの揚げ物と冷製スープ。母は、冷たい物は嫌だと文句言いつつ、完食。成功。

夜間傾聴:ふたり
(パチンコ店の自転車整理屋なんとか続いている。奇跡。)

(校正1回目済み)

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3/29 火曜災害ミニカフェ6月分ポスター仕上がる

2018-05-30 05:42:54 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/29 記
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「火曜災害ミニ・カフェ6月分」を作る。早いもので、7月1回目で通算100回目を迎える。最近は災害と障がい者・高齢者の関連番組が少なく、被災地の現状が見えにくくなっている。一度包括的に見直してみようと番組を選んだ。放送大学の講義のなかに再整理に合った番組を見つけたので、敬遠されそうだが取り上げた。また2回目の番組は福島原発事故避難のため、精神病院に社会的隔離されていた時男さん(仮名)の39年目の退院を追う。福島県立矢吹病院だ。時男さんが入院当時知り合った職員やともに入院していた友を訪ねる。


<6/5 14時~>
●地域福祉の現状と課題・第7回「災害と地域福祉」
 2018/05/24 放送大学 45分

<6/19 14時>
●ETV特集「長すぎた入院」
2018/02/03 ETV 60分

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母の鍼治療に同伴。早く家に戻りたいとタクシーに乗るが、財布をわすれていて、冷や汗をかく。母の財布に頼ることに。明日の母の東京のリハは体調が悪く中止。

来月24日・日曜の恩師の7回忌、外出空きの母の見守り、いつものヘルパーさんが空かないことがわかり調整。初めての人が入ることに。母にたぶらかされないか心配。しかし金がかかる。

次回の懇話会の「医療ケア児者の被災」の話が進まない。外出が難しい親御さんの事情と、ゲストが鶏が先か卵が先かの空転半年。打開策に団体県支部訪問を行うことにした。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

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5/28 熊本の高齢者施設からの認知症者支援の松永講演について

2018-05-29 05:10:37 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/28 記
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昼に合わせて生業関係の&&さんが茅ケ崎に現れ、会食。東京から辻堂に転居したのでご挨拶という話。私にしてみれば、その仕事熱心な方が、近くにきてしまって、徹底的にさぼっていたのに、相談が増えるのではと戦々恐々としていたのだが、今年で定年とか。よかった。もともと別荘があって、本拠を移すというゆとりある話。そういえば食事のマナーが違う。介護に慣らされてきた私の早食いとは全然ちがう。そんなつなぎ話をしてきた。枯渇話のタネだったのですが…。

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熊本県菊池市の高齢者施設「孔子の里」副施設長の松永美根子氏の講演「熊本地震における認知症の人の支援」が素晴らしかった。今までの講演者の中で、一番臨場感があり、対応の経験が生にそして要点を浮き上がらせて語ってもらえたのだ。現場叩き上げの方だと分かった。熊本から招待するとなると、交通費や宿泊補助費等の実費がかかる。借金しても来てもらおうと、資金繰りを始めている。

内容は熊本地震の概括と、高齢者の状況。避難所・福祉避難所の状況と対策。行政の使い方と共働の実務。現場の課題の中で主要な問題となった課題は。(健康管理・食事と排せつ関連の課題)・地域高齢者関連施設の役割という広大な話題をエピソードでフォーカスして、語り切った。いわゆる慣れた方の語りだ。

欠点は地域連携、地元支援者との育成共働の視点が見えない、いわゆる施設専門職が、自分の健康管理を押さえた上で、高齢者の避難生活を丸抱えする論になっていることだ。発災時、外部支援者が入るが、避難者が仮設住宅に移住するころから支援の潮が引き始め、数年後には支援が地元支援者に移行するが、外部支援者と比較して支援レベルに落差が生じる。この地元支援者の連携ネットワークの実力をいかに貯めておくかという課題に気付いていないこと。施設職員の有効な活動提言になっていることだ。

このことは、ティーンズたちのケア専門職の周辺参加をデザインしていこうとする私たちの活動と、異質の出会いが出来ないかと思案している。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

p.s. 母はリハにでかけ、帰りには私も帰宅しており、無事に済んだ一日。

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5/27 PCCの「災害時の認知症をもつ人の支援」講演会を振り返りつつ(上)

2018-05-28 05:50:52 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/27 記
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「パーソン・センタード・ケアを考える会」ときくと、私はC.ロジャースの Client-Centered Therapy(来談者中心療法)を連想するのだが、Tom Kitwood の認知症療法のことだった。

講演会は専門職中心のものだったため、先の

「認知症の人の生活のしづらさとその支援」
 中村孝一氏

の講演は、認知症の概要説明と事例紹介ばかりで、災害とはかさならない予備知識の提供に終わった。1時間面白くなかった。

次の松永美根子氏の

「熊本地震における認知症の人の支援」

が面白かった。福祉避難所形成をめぐるエピソードがふんだんにかたられた。行政と医療の交渉や、施設入所者の安全避難と介護度が高い方ほど搬送が遅れる問題や、施設に寄る対応の差があり、協力関係を結ぶ活動も、アクティブな者からどんどん手を打っていったほうが、のちの活動へと発展しやすいことなどが語られたが、視座は高齢者施設職員向けであり、空語に聞こえるかもしれないが「地域連携」には、触れられなかった。。地域の概念がないわけではないが、施設間連携のように使われていることがわかった。専門職の活動なのだ。

(つづく)

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母を置いて長時間外出する日が、飛び石に2日間あった。この2日、短時間のハウス・キーパーさんを入れるのをあきらめて、浜見平の**さんに、見守り電話をお願いしていた。「御用聞き支援」のときと、こんかいの「災害時の認知症をもつ人の支援」、いずれも内容の濃い、今後の社会活動に影響が大きい企画だ。しかし、母の件が何とか対策が打てなかったら、参加できなかった。綱渡りのような感触を感じる。また、母一人のときの食事が、整えておいたおかずをすべて冷蔵庫に戻し、
佃煮と半膳の飯で済ませていた。昼はブドウ食パン1枚とお茶である。胃の切除を受けたものは、食欲がなくなる。しかしこれでは身体を壊す。宿泊のある外出は無理だ。

高齢者向けの食事会を老人会等が地区で開いているが、注意していないと、おかずを紙にくるんで持ち帰ってしまう。しかしそのおかずは、食べきれなくて、勿体ないから持ち帰るだけで、家で夕食時に食べる人は稀で、冷蔵庫の中で腐らせてしまうので、持ち帰る人には、念を押しているという。孤食は食事の水準が落ちるが、高齢者は、まして要注意なのだ。

それで思い出したが、知人との話のときに「私の部屋はごみ屋敷だ」と言ったことが全く違うイメージで伝わっていることに焦ったことがある。彼等は私の部屋をインスタントラーメンの食べかすや、空菓子袋や残飯がまき散らしてあり、使えなくなった家具やビニ袋で足の踏み場のない状態を確信したのだった。我が家は戦後建てられた日本家屋を増築した広いだけの家だ。地盤が弱いので本箱がおけず、チラシやレジュメ、新聞スクラップや、書籍群が部屋にまんべんなく山になっており、彼方に古い保存分FDががけ崩れを起こしてる状態だ。この違い大差ないかもしれないが、食品はひとつもない。雑巾のカス程度のプライドで、今まで弁明の場を失っていたのだった。

今日は食事の穴埋めで、ややハイカロリーのものを食べさせた。明日、生業の関係者が茅ケ崎に來る。古い我が家に入れず、駅前の喫茶で「お茶を濁そう」。遭難しないように。

夜間傾聴:ひとり(初期のロックフアン。全く分からない世界。どっと疲れが。)

(校正1回目済み)

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5/26 「災害時の認知症をもつ人の支援」講演会に参加しました

2018-05-27 02:58:25 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/26 記
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認定NPO法人パーソン・センタード・ケアを考える会・主催の特別講演会「災害時の認知症をもつ人の支援」に参加してきました。高齢者施設のOTさんやCSWさんたちの会合のようで、発災時施設はどうすべきか、被災経験から考える点、その中でも当事者の自主性をどう守っていくかという観点も語られていく点が個性的な会でした。

まずは認知症の定義概括。中村孝一氏。若いOT/CSW資格取得中の若い方向けの感じ。問題はこの後の「熊本地震における認知症の人の支援」松永美根子氏と、「東日本大震災における認知症の人の支援」遠藤真一氏の話がふたつ。実に具体的で、様々な急性期局面と課題を語ってくれました。

ふたりとも現場の香がぷんぷんとしていました。
午前中に出発せねば会議開始に間に合わず。またまた帰宅後、2時間仮眠。顔に畳の痕がついた。詳細は明日。ばてている。

夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)


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5/25 「御用聞き支援」の会は盛会だったけれど…ね

2018-05-26 05:35:41 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/25 記
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今回参加した「御用聞き支援」は、主眼が地域コミュニティ作りにおかれています。東洋大の学生さんたちも、どうやらゼミ参加しているようで、創始者古市さんたちが、創作コミュニティに孤立している住民の方を巻き込んでいく思案をする中で、困難を抱える単身高齢者を中心に、必要代行や不用品回収を通じて、地域の人の輪を生み出すという活動を始めた。急速に市民権を得てきている。高齢化社会を攪拌する面白い試みであるという感触があります。共助の育成といいますか。

しかし、路上生活者のような生死の淵を彷徨ってきた人たちが、路上生活者の視界でいえば、通勤の大股で急ぐ通勤客の足の行き来を見る眼でみると、その挫折の斜の目に耐えうるのかなという孤立認識の落差を感じます。決して「悪い」といっているのではなく、夜勤の者の枕元で毎朝ラジオ体操が始まってしまうような「いいこと」感覚というか…。

東日本大震災の仮設では、若者が同じ仮設の一室に住むという試みがありました。阪神淡路大震災の後、復興住宅に大学生が住むかわりに、自治会に必ず参加することや、高齢者にはきつい電球交換やゴミ出しなどを条件とする活動があり、それを東日本大震災の場でも真似たのです。しかしこれが案外いい効果を出しています。

外部支援者がサロン活動や、足湯などを行っていますが、地元の方は、精いっぱいの笑顔でそれを迎えます。しかし夜、自室に帰った単身被災者の方の表情は、近未来への不安で歪む方が多いのではないか。

主婦の方が協働炊事をして、食事会を開きますが、私が大船渡の仮設を巡回したとき、ぼんやりと樹木を眺めていたり、犬の散歩をしている高齢の方と出会うので、食事会の様子を取材すると、「あれは嫁の集まりだから…」という老女性のつぶやきを聞くことが複数回あったのです。

ひとは裏表で一組の人格という当たり前のことが、その目で見ると、善意共同体が宴会共同体に見える。そういう屈折した見方もあります。冷や水をを浴びせるつもりではなく、さらに例えれば、子ども食堂も、新参活動はおそらく知り合いがいなければ、学童的な一時預け所のニーズはあれ、むしろ孤食でないかぎりフードバンクのような家庭に届ける活動の方が、的を射ている気がします。貧困上層の共助活動以外では、そのコミュニティはむしろ仲良し共同体の鍵がしまってしまうように思います。コミュニティ復活の絵の中にはめこみすぎると反動が来る。伴走では、共に走っている私って誰ということになりかねないのです。性急にやらねば山場が出来ない。でもそのことはナタ。ハレとケを見極める必要を感じるのです。

高校生や大学生の最近の気質で気になるのは、テンションが高すぎるのです。暗さへの恐怖の孤立陰画が潜んでいる気がします。闇が安息の闇であれば、それはそれでいい気がします。社会構造分析や商店会活性化の必要から社会活性を語るのは健常者の論理というものです。放置されるより、再出発の道のある地域コミュニティは魅力ではあります。しかしその元気集団が、差別やいじめの自浄作用を持たなければ、それは抑圧に変わります。それを補償するシステムが出来るでしょうか。支援する側のお仕着せ共同体になってほしくない。単身高齢者の居場所に踏み込むのだから、折れるひともいることをお忘れなく。

偏屈で、すみませんね。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

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5/24 懇話会ゲスト確定のための面会/「御用聞き支援」シンポと「もったいないジャパン」他

2018-05-25 04:52:38 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/24 記
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東京でいくつかの用事をまとめて済ませてしまおうと考えて、ぐるり回ってきた。疲れ、歳だなあと思わされているところだ。午前中出かけることは、実質徹夜と同じこと。最後の「御用聞き支援」シンポが終わって、とにかく東海道線車内で仮眠を取りたくて、昨日と同じ上野経由で帰宅して、今回は大正解。東京からでは着席できなかった。約1時間の仮眠で復活、邪魔されずに、隅の寄りかかれる場所で眠ってきた。

今朝は池袋で、訪問看護の埼玉の看護師会関係者と昼食を食べながら、懇話会ゲスト候補のことで、お願いをしてきたこと。次が東北系地方紙の東京支社の記者さんと取材先で合流、これは被災者孤立死の詳しい方の仲介をお願いしたこと。これも懇話会ゲストの話とつながっている。いずれも詳細紹介はご容赦を。

次が元塾生**子が、武蔵小山で救急車騒ぎとなった件で、様子を見に行った件。アニサキス原因の胎児期の外傷性脳損傷による軽度知的障害と癲癇(てんかん)の障碍。馬込のココスで約束したが、そこでは会えなかった。後で連絡が入り、理由は「ガラ携からスマホにのりかえたが、操作が習得できず、かんしゃくをおこしてスマホを壊した。そこに私の携帯ナンバーがあったために、電話できなかった」ということがわかった。「家族で千葉の親戚までドライブしていたが、集中豪雨渋滞があったので連絡が取れなかった」と、母親から謝りの電話あり。

新橋から有楽町のビックカメラでスマホの電池式充電器を買う。市ヶ谷経由(コーヒー豆のおいしい店あり)で、懐かしい水道橋へ。徒歩で文京区民センターに早めにつく。

しかしそれが正解だった。30分前というのに、待機の列ができていた。私は遠方のプリジェクタ画面を速くメモる操作が網膜色素変性症より出来ないので、録音許可を得た。東洋大の学生さんたちがかなり集まっていて、会を自主運営しているので、定型運用ではない事態に、かなり混乱させたようだが、許可が下りた。感謝。

「もったいないジャパン」の山本さんが前から参加表明していたので、こっそり参加したのだが、白髪ハゲ、すぐにばれて、彼から挨拶されてしまった。年配者が他にもいるとはいえ、白髪ま・じ・りの方であり、会は学生さんが圧倒的。百名はいたのでは。

地域の単身高齢者や障がい者への善意のアクセスをこころみ、地域コミュニティをつくる流れの中に取り込んでいく「御用聞き支援」。地域をつなぎ巻き込んでいくボランティア活動の活気。ま文京区の社協と共働。6月1日からは文京区が、9月には東京23区が「御用聞き支援」が始まるとか。とにかく暗闇は悪のように、宴会乗りで明るい。

そこに「もったいないジャパン」の山本さんが、主催者の古市さんを紹介紹介してくれて、ご挨拶。

彼らの活動には、古着回収のところで、山本さんと共通項がある。しかし山本さんの交渉力は抜群の才能がある。山本さんのところのチラシや活動説明は、主催者の配布資料に織り込まれ、あいさつも行っていた。

内容の紹介は明日にまわすとして、ともあれ一巡を無事過ごしてきた。

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何とも恐縮したのだが、SCFの++さんが、母を夜まで見守ってくれたのだが、私が家に帰る少し前まで居てくれたので、母は無事夕食も食べることができていた。急ぎ電話で感謝を伝えた。

着替えるとその場で、畳に横になって仮眠。今夜の夜間傾聴を始めることができた。まずは経過のみご報告。

夜間傾聴:ひとり(&&くん、珍しや。)

(校正2回目済み)

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5/23 懇話会ゲスト依頼の件で、熊本学園大の方が浮かんできたものの…

2018-05-24 05:12:01 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/23 記
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東京の主治医のリハに母を連れて行く。毎週だと疲れが出るので、上野に出て、通勤時間帯の着席を試みた。全然意味がなく混雑。優先席の前で、露骨に着席者に母が病人であることを告げ、恨めしい目つきの中年男性を立たせて、母を座らせた。私は藤沢までダメ。

車中でメール着信があるも、手荷物で取り出すのが面倒。茅ケ崎に着いて、スマホを見ると熊本の支援者からだった。懇話会ゲストの依頼の件だったが、当人は自称役不足とやらで、熊本学園大の**さんを頼んでおいたとの内容。冷や汗が出た。交通費保証で謝金込みの費用が全く足らなくなるからだ。福祉避難所運営の実践的な話を伺えるが、借金が出る。支援者なら通じる名前だが、果たして茅ケ崎のケア関係者が評価して懇話会に来てくれるか怪しいのだ。

自閉症児者と家族の避難の件で、東京女子大の前川先生を呼んだときは、ひどかった。++さんだけ。どうするか。高齢者の筋で、看護師会関係の方面から、東日本大震災の宮城県の訪問看護を続けている##さんの打診も続けていたので、どうしたものかと、憂鬱な顔をしつつ、母と外食していたら、母が不機嫌な顔になり、自分が負担なら付き添いは必要ないからといいだした。たじたじの防戦でなだめたが、懇話会のゲスト選びは、この間、医療ケアの必要な方と家族の避難支援の交渉が2回頓挫している。医療関係者ではなく支援者なので、ひとりは当事者でもあったため、遠方には出かけられないという。もうひとりの方は医者のため、料金で折り合わなかった。時だけが過ぎてしまった。もう難航で日を浪費できない。応答メールを返さねばならないし、実は、今も迷っている。

私は地元重身の方とも、懇話会の接点を持ちたいと願う。次回懇話会は是非、医療ケアの必要な方の発災経験を描きたい。関係者向けの企画だから、助成金やクラウド・ファンディングの対象にならない。悩ましいところだ。

明日は、東北系新聞社の記者さんと会うこと、@@子の体調チェック(武蔵小山で救急車騒ぎとなっていた。)、最後に「御用聞き支援」のシンポで帰宅が23時をまわる。19時までは、%%さんが雑談でつないでくれるが、19時から23時は、母がひとりになる。気が気ではないのだが、シンポ&帰宅中、メール攻勢でつなぐつもりだ。

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「わーく」執筆中。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

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5/22 火曜災害ミニカフェを終え/もやもやもや…

2018-05-23 05:35:21 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/22 記
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火曜災害ミニ・カフェを行った。今回は熊本地震の今をテーマにした。仮設の中から自立再建や縁故移住に踏み切って仮設を出て行った方、復興住宅に転居された方など、仮設は歯が抜けたような状態になって、移転できない方々の孤立感は深まっているが、取材で仮設に入ると、不思議なほどに明るい。集団イベントも結束が生まれている。しかし孤立死はすでに16名が亡くなっている。この落差と表情の裏表のコントラストが、現状を言い当てているというのだ。環境としてもまた、復興の進度差がはっきりしてきた。

熊本地震被災者への支援者のネットワーク「よか隊ネット熊本」(http://yokatainet.or.jp)の今後の課題としても、これらの孤立のことをいかに取り組んでいくかは重い課題だという。この話題を中心にカフェの話題とした。

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サポセンの参加団体DBの更新原稿とアンケートを提出した。ちょっとひと区切り。

帰りに母が鍼(はり)治療を行っている場に立寄って、母を引き取って帰宅。その鍼灸師さんに若者防災研修の話を紹介。親戚が福島にいるとのことで、熱心に聴いてくれた。

手がかりが欲しい。24日は東北系新聞記者さんと会い、夜は「御用聞き支援」のシンポに行く。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

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5/21 湘南子どもフォーラム懇談会(SCF)の茶話会(総会?)があって…

2018-05-22 05:55:15 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/21 記
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湘南子どもフォーラム懇談会(SCF)の茶話会(実質総会)が開かれた。設立から15年経つと、もともとシニアだった会員は、隠居の身になってしまう。特に大きな変化を求めず、役員も継続。30分もしないうちに雑談に変わってしまった。「わーく」編集部はSCFの引きこもり当人活動の位置づけだが、当事者も歳を食ってきた。若手は野次馬参加だ。

湘南オンラインフレネは、もともと塾の残党を中心としたフリースクール経験者が、飛田の私的研究の場に合流した縁台将棋と野次馬のような場だったが、最近は飛田の備忘録のような空気になっている。SCFは実像、オンラインフレネはオンラインの社会批評的な思索の場というような関係にある。

参加者各人タクシー便乗で、送り返した。来年が怪しいのがひとりいる。養命酒をプレゼントしておいた。

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帰りに地元の糖尿病科主治医の診察を受けに行った。なんと外来に市行政の元課長の**さんがいた。定年退職してかなりたつ。自営業を継いでいると噂が入っていたが、趣味の方に熱が行っているとのこと、少し様子が違っていた。少し話をしたが、順で中断。とにかく行政は人事異動でひとが入れ替わる。何回もリセットさせられる。茶話会といいリタイヤ課長といい、何かポンコツ感がじわりと迫ってきた。

明日は火曜災害ミニカフェの後、橋本にまわる。母には茶話会メンバーの++さんが茶飲み友達をしてくれることに。感謝。

サポセンのDB更新があって、更新記事の申請が25日締め切りなので、原稿をやっと仕上げた。今夜はここで終わり。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)
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5/19&20 湯のぼせ事件の後遺症/「ヤングケアラー」誌を

2018-05-21 05:15:37 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/19&20 記
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5/19
19日の食事会からの帰宅時、母の入浴事件があって、正直、落ち込んでいました。「めまい」は年何回もあることではないが、他者からみると危ないことは、しょっちゅうある。いわゆる老化で視野が狭まり、脊柱管狭窄症で、体調が悪いとき、間欠跛行が始まっている。快調時との落差が大きい。この落差が母の頑張りを生み、無茶が出る心因となっている。ひとりのときの入浴は避けるようにという話も、平気とふんばりやってしまう。元気の底が虚ろに抜けているのが、おそらくは当人、気が付いている悲しさ。4世代同居から始まった介護の終盤戦が始まっているのだ。

こういうときは、しっかり食事を摂るに限るのだが、今回は母は湯にのぼせて食事どころではない。結局私も簡単な食事で済ませ、まだ早いが母の寝室の明かりを消した。私は作業と夜間傾聴の時間だ。

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精神科の長期入院を廃し社会参加を体験から語る食事会の話を話し合ってきた。初め「(関連の話題の)質疑応答」があるのを不思議に思っていた。この会が、関連体験の当事者の悩みを解決するためのものか、**さんの体験を通して、長期入院という社会的隔離の問題を明らかにし、社会参加を進める活動を作ろうと提案するのが目的なのかが不明だったのだ。会がはじまって、再び不思議な体験をした。観客は当初私だけであり、目の前でそれは緻密な体験経過報告が行われて行った。どうやら社会活動のたちあげということではなく、彼の体験を表現する場として設定されたように思えた。ここの場は自己体験の吐露と交流の場であり、それを継続させていこうということらしかった。
この経験をめぐる対話構図の、共有の架け橋のなさが彼なのだと分かった。印象の不可解さこそ彼なのだと分かり、やっと彼とつながりを持つことができた。途中から、茅ケ崎が田舎と分かることだが、見たことのある方が遅れてやってきて、彼の知り合いらしかったらしく、彼の緊張もややほぐれたようだった。

実に緻密な生育歴レポートだったし、そこそこでぶつかる課題も、いわゆる医学的視点からの自己分析が入り、自己という建造物がくみ上げられていた。心の中での処理が中心となっており、そこに社会体験の事実が足場のように配置されていった。

私のお付き合いする方たちと似た印象のある語りであり、私も慣れた空気に触れた気持ちになっていった。

私の自己紹介を振られて困った。私はいわゆる契機となる生育歴は70年近いし、社会活動ダイジェストも55年分ある。彼らとの接点を話すのはアラビアン・ナイトを語るようなものだ。病弱と4世代介護を背景とした私教育活動歴と、時代との拮抗などを話しても、彼らには宇宙人でしかないだろう。そこで「個的困難を背景に抱えた青少年のキャッチアップ活動」と「差別」に向かい合う基幹活動、そして要援護者支援災害ボランティア活動のつまみ食いをエピソード的に語った。災害ボランティアひとつとっても、彼らの生まれる前からになってしまう。共感の及ぶところにしぼってと思ったが、ついはみだしてしまった。

私にとってみれば、慣れ親しんだ傾向の方との話だったし、自然食の食事もおいしかった。争うような場ではなく、その枠の中で充実した時間をすごすことができた。私と社会活動の立て方は違うが、それはそれ、これはこれという感じがあった。母の夕食時間のタイムリミットがあって、先にお暇した。

災害ボランティアを立ち上げて行く際の、有志探しには、ならなかったが、これはこれでいいのかなとつぶやきつつ、会は終わって行った。

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5/20
昨夜の事件の後遺症だろう、母は夕方まで起きてこなかった。幸い挫折は感覚的に伝わってこなかったが、それはそれで、母の頑張りは続くことになる。一夜止まっていた作業をやっていたが、藤沢の**市議が取り上げている「ヤングケアラー」の新書が入荷しているとの連絡が書店から入った。近々取りに行く。

新鮮なイカが入ったので、エビやシメジとともに、アヒージョを作った。これがまた失敗。母は抗儀で佃煮茶漬けとなった。難しい…。

夜間傾聴:ふたり

(校正2回目済み)

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5/19 食事会から帰宅したら…母がゆだっていて

2018-05-20 03:38:07 | 地震津波災害ボランティア
17時から19時のゾウさん企画の食事会を終えて、帰宅したら、明かりが点いているのに、誰もいない。直感して風呂を覗いたら、湯船の中で、母がぐったりしていた。

頬を叩くと、うっかり寝てしまったと母。何回注意しても、1人のとき風呂に入ってしまうのだ。バスのふたに腰かけさせたが、姿勢を保てない。危なかった。私の気持ちも保てなくなって天井を睨みつけた。

たまにこれをやってくれる。懲りない。ベッドメイクをして考えた。あせをかくから、体温調整と水分補給(電解質をとる。)時間かけて茶の間に。食事メニューを急遽変更。無理強いしないようにした。

そんなこんなで、今回のブログは、また午後に送らせてもらいます。

ぞうさんの食事会不思議な成功。これも後ほど。

夜間傾聴: 臨時休業

(校正1回目済み)



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5/18 防災教室実行委立ち上げペンディングから一夜明けて

2018-05-19 05:39:04 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/18 記
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朝、**子の緊急電話で目が覚める。昨日、武蔵小山でいつもの癲癇発作で倒れ救急車で主治医のいる++病院に搬送されたのだという。ご両親は慣れたもので、擦過傷の手当の後、休んでいる娘を車に乗せ帰宅。当人を寝かせたあと、家族旅行に行ってしまったという。私の母は癲癇ではないが、季節に年間数回めまいで動けなくなる。そのとき、大騒ぎになった時期は去り、今は淡々と症状回復の手当をするようになっている。**子の場合は、週に一度のような発作が起こる。慣れて当然かもしれない。ただ当人は、ひとり留守番させられている、やるせなさもまた当然だろう。

しかし緊急用携帯に、山場を越えているなら、朝から電話をかけてこないでほしい。しかし、半年弱電話がかかってこなかったから、気にはなっていた。最後に**子の父親に失礼な口をきいたので、電話を止められていたのではと思っていたが、彼女のスマホ・デビューが原因だった。大笑いで話を聞いたのだが、いまだに操作が慣れないという。来週会うことになった。今回の路上失神は、1年ぶりだから容態を聞いておきたかった。

昨日の若者防災教室の実行委結成ペンディングのやるせなさは、一夜明けた今も残っている。ただ予想されたことゆえ、アクティブな##さんの提案は受け入れる事として、私のポジションの分科会にあたる海外弱者支援の練り直しから始めていくことにした。

今日は、ためていた家事をやっつけて、夜間傾聴のレポート応援(通信制)を返した。##さんは、最近の若者はメールをしないといっておいたが、この夜間傾聴のやりとりは、ボイスとメール。たまにSkypeがはいる。SNSではない。小学生からの古株だからこうなった。全然リアルタイムである必要がない。一昨年まではFAXが動いていた。

明日は、統合失調症で長期入院体験をされた方の社会参加の経験談を聞く食事会。個人からの活動立ち上げが難しい課題だ。どうされるのか、ともあれ聴いてみたい。

蟄居の一日、終了。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

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5/17 「地元ティーンズの防災絆教室」実行委設立ならず

2018-05-18 06:04:31 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/17 記
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「地元ティーンズの防災絆教室」の運営実行委作りの会合を行った。参加者は予想どおりの一番渋い状況、アクティブな**さんのみ。

話題は具体的な段取りの話というより、今までの自分が行ってきた活動への思い入れや、既存の地域防災の枠組みの三すくみ的な膠着したあり方と、その中ではの活動の広がりの話などのお互いの立場と構えについて、すり合わせが行われた。新規の話は進まず、救命防災への参加へという話が出て、対話は終わった。私にとっては雲仙普賢岳噴火災害や、阪神淡路大震災、有珠山噴火災害、東日本大震災と熊本地震という5回目の取組みであり(中越地震等、家庭の危機で取り組まなかったものもある。)今回の活動は2000年末~2003夏までの交通事故入院を境にした仲間組織を失った中での活動立ち上げであり、地域への共助体制作りの反復は4回目という意味で、三途の川の石積みのようなやり直し感の強いものがあった。その辺が既存防災ボランティアとかみ合わないものを感じるのだが、プライドというより強烈な空転の虚しさを飲み込んでの出発となる覚悟のようなものを改めて認識していたというところだ。理由を整えたら行動と結びつくということはなく、変化の少ない人脈のしがらみが行動の足元にあるという地域活動、すごろくの出だしに戻ったというところだ。

それは見えていたことなのだが。新規の価値を持ち、誰もが参加しうる企画であり、「今、必要な」課題であることを知る者の出発点を作れたら、今回の実行委作りは踏み出したといえるのだが。大きな活動体がひょっこり生れるとは思っていない。その意味で、今回実行委設立はペンディングとなり、再び説得からのやり直しの段階に戻った。

しかし、**さんと裏話をするのは初めてのことであって、納得のいくプライベートな話もあって、話合いとしては、終了後、深呼吸に戻る爽快さもあった。来月末昼間に、もう一度新規の話題を含んで会合を持とうと思う。必要な活動は、あきらめの論理にのるものではないからだ。

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家に戻ると、母は佃煮だけで食事を済ませようと、食べ始めるところだった。これを阻止。準備しておいた野菜カレーとサラダを出した。不満そうな顔をしつつカレーを食べたので、一応のセーフ。

前もって約束しておいても、約束は守られたことがない。それが介護者を拘束することになるという構図、日本中で起きているのだろう。

p.s.**さんとの対話中、強烈な自己主張の++さんが飛び込んだ。住民活動の更に上で、自閉症や引きこもり青年のケアに携わっているという話に私は悲劇を思った。医療・福祉系の傾聴・見守りの構えをかけらも感じなかったからだ。彼らがつぶされる。瞬間、そう思った。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)


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5/16 サポチガの臨時総会に出席し>活動を育てる場づくりが軽すぎのように感じて

2018-05-17 04:49:01 | 地震津波災害ボランティア
2018/05/16 記
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母のリハ出発時、地元医に薬をもらってからいくといいだして、混乱。薬を持たせてリハへ。途中おにぎりを買って、サポセンに飛び込んだ。

サポチガの臨時総会。中間支援とはいったい何なのかが良く見えない。行政のアウトリーチをNPOが…という発想が強まっている。民間活動が行政を動かすというパワーの流れが衰退しているのを感じる。全体として、大きな変更なし(としておこう)で、消極的賛成票を投じた。新入会員もいるので、自己紹介を一巡した。私の番では「なぜかいつも怪しい飛田です。」としておいた。最後の懇親会も欠席、これは、被災地までの交通費に補充してきたが、今回は土曜日の食事会の費用になった。NHKドキュメントの「長い入院」ではないが、一度貼られたレッテルは、次々に化け物を生じる。それはまず、背負っていかなければならないことだが、つぶされては意味がない。だからまず主張を聞くことの価値を忘れまい。ことはその後だ。如何に先を見通すか、そこに知恵を絞りたい。

明日は、「地元ティーンズの防災絆研修」の運営実行委の出発点作り。大災害発災後、外部支援者が去った後の地元活動の落差を知る者は、地元活動の育成をより効果的に、苗代を作っておく必要があることがわかるだろう。年に1度でも意味合いは大きい。是非初動力をつけたい。もし私が空転に終わるなら、個別説得をはじめからやり直す。災害弱者と強度被災者を忘れる人間でありたくない。言葉は語られなくては共感者を生むことはない。だれもが、自分なりの関わりで、若者に提供する防災の試み。関係者と若者の絆を事前に作っておくことの大切さ、キーパーソン作りを育てたい。それだけなのだが。>18時サポセンへ!

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サポセンのビッグイシュー配布終了。母がリハから帰宅するので、残りを抱えて帰宅。この季節を超えれば、母の「めまい」は一息つくのだが。

医療ケアの必要な方の防災について、熊本支援に入っていた方への懇話会ゲスト打診に脈が出てきた。東京の会合に出席する模様。日程が合ったとしても、当事者の会から応答がない厳しさ。会への訪問説得が必要。

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<社会が受け入れるとは/気になる番組>

●ETV特集「長すぎた入院」
http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2018-05-12/31/10509/2259602/

https://www.youtube.com/watch?v=Wx62qaKb7D0


p.s.熊本日日新聞を読み直している。

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

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