湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

4/27 NHKスペシャル「東日本大震災 ふるさとの記憶をつなぐ」を観て

2013-04-28 06:34:00 | 引きこもり
2013/04/27 記
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連休が始まった。といっても生殺し状態はここ5年になる。だから連休といっても。普段の生活と代わり映えしない。親戚の葬儀が近いので、遠出もままならない。

NHKスペシャル「東日本大震災 ふるさとの記憶をつなぐ」を観た。私は陸前高田の枯れた一本松のモニュメント化に、違和感を感じている。地縁・コミュ二ティの統合の象徴であるというが、「なぜ今、建立なのか」がわからない。家族や家を失い、見えない近未来という状況、透析に遠方まで出かけねばならず、福島のように、母子を遠方避難させて、家族が離れ離れになっている「今」、それは地縁の絆の課題とは無縁とでもいうかのように、一本杉をたて、祭りに集中するその力の一部でも振り向けられないのかと、その影に男主導のケア無理解、しょうもなさを感じる。

しかし復興の影で、以前のまちに染み付いた日常生活の記憶の着陸の場のない悲しさ、無価値のようにまちが知らない町へと変貌していく、特に高齢の方の寂しさは、無視していいものではない。

京都大学防災研究所の宮本匠さんの被災者意識調査のモニタリングの映像が収められていた。縦軸に気持ちの高揚と落胆、横軸に月日を置いて、被災当事者の主観グラフを描いてもらう。これを「復興曲線」と呼ぶのだそうだが、そのグラフが、共通の波形を示すという。

被災>避難所生活>仮設生活>自営業の部分再開
(まちの復興進行)>落胆

という道筋で、急落したグラフが仮設入所で回復し、仕事が部分再開していくところで、仮設入所でV字復活し、まちの復興の進行の様子を見ながら、まちに刻まれた自分の生きてきた過程が失われるという喪失感を味わう。その喪失感は、被災し、ひとと家族を失った時点の悲しみよりも、深く下落しているところに特徴がある。

それほどに漂泊する日々の生活の、出口のない寂しさ・悲しみは深い。

ドキュメントは山田町の「『失われた街』模型復元プロジェクト」の公開の様子を捉えている。昔の映像資料から被災以前の山田町の1/500 発泡スチロール(石膏?)模型を被災者に公開して、我が家と街にまつわる思い出の場所に、色を塗ってもらう。

このとき、子どものような無邪気な表情に、被災者の表情が変わる。模型製作者は自宅の屋根に絵筆で彩色してもらう。思い出が一気に湧き上がり、笑顔の対話が始まる。思い出の場所には「干している魚を猫にとられた」というような、たわいのない記憶をプラ板に描いて、模型に差し込んでいく。白一色だった模型のあちこちに、血が流れいるように色彩が帰ってくる。じもとのほたてかっぱ神社が抜けていると指摘し、かっぱ音頭を踊りだす。抑圧された記憶が解凍された映像が続く。

私は無条件で地縁・血縁の絆を賞賛するものではない。しかし、ひとの生涯はまちと出来事の中に刻まれていく。その意味で、被災した体験の深い傷もまた、改めて感じている。

復興曲線が警告した2年目の落胆、これが孤立した単身者のもとでも影を落としていること、忘れてはないらないのだと思う。今、認知症となった高齢の方を地域医療が支えきれなくなっている。今回の連続セミナー(懇談会)の講師選びのなかで、某精神科病院の職員の方に交渉している中に、被災後の、行き場を失った高齢単身者の入院打診が増えているという話を聞いた。社会的隔離・病院という終の棲家の流れだ。

岩手県の介護度認定者数の2012年度統計では、介護度5・4が減り、要支援から要介護1・2の層が膨らんでいるという。避難所の劣悪な非プライベート生活(フーコーのパノプティコン)と硬い廊下と激しい室温変化等のストレス、狭い仮設の顔を突き合わせた高ストレス生活が、ストレスに弱いところから命の切り詰めにつながった結果だった。

私は偶然、2013/02/11付の朝日新聞の署名記事「被災地から 地域医療の疲弊あらわ」という宮城・南三陸駐在 伊藤喜之記者の記事を読んでいた。

診療所に、インフルエンザにかかったとして外来にやってきた患者がどのような治療経過をたどったかを書いたものだった。崩れていく地域医療の現実を指し示す静かなしかし恐ろしい内容の記事だった。

こうした地域医療と保健、単身者の孤立が、(今回は高齢者主で書いたが)医療ケア関係者に押し付けられている現状を放置してはならないだろう。我が家の模型に色付けしたときの笑顔はわかるのだ。しかし、忘れ去られてはならないものがいる事、非被災地有志がお手上げのまま、手の届く「防災」だと定形訓練に走るのは、いただけない。手立てを考えよう。継続支援のケア活動を考えよう。

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「看護」誌、2013.02号「"共に歩む"東日本大震災復興支援」号を読み始めている。訪問看護支援の話が主だが、訪問看護介護は、訪問看護師さんと保健師さんとの連携が一本化されていない状況も残されてるようで、復興支援員さんたちと巡回に協力する現地ボラと、非被災地支援者活動の企画をたてていくことの重要性。「孤立させるなよ、情けない…」これをたてていきたい。

連休は、障害者就労の合同面接会の再情報を聞くために、横浜を徘徊している。生業は今日・月曜・5/3が出勤、あとは、通信とハンカチ展の件で平塚・藤沢を回って関係者と会っている。

今日はこれから、ハンカチ展の原稿を書く。

夜間傾聴:橋本3君(母親)
     ふたり

(校正1回目済み)

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