湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

1/30 QRコード医療個人情報と生存証明シール(カード)お問い合わせの方に 他

2013-01-31 04:55:39 | 引きこもり
2013/01/30 記
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私の提案してきたQRコード利用の個人医療情報シール(カード)について、私のIDにお問い合わせの方がいらっしゃいます。今、タイミング悪く,風邪が治りきらず、今日も二人の方に、迷惑をかけています。説明はなかなか短文では語りきれす、別メールを作る余裕がありません。

この発想は、あとで調べてわかったことですが、個人の依頼でメーカーが作っている例があるので、その技術的側面では全くオリジナルなものではありません。

私はこれを被災地現場の医療関係者の困難の一部の解決と、社会にバックアップがあれば、何人もの人の生命に結びつくものであると自覚しています。また被災者自身の生存表明や、現在の災害掲示板とリンクするアクセス・カードになると思っています。

黒田裕子さんとの懇談のセミナーでは、有効性のご意見を伺うつもりでいたのですが、地元県議・市議全員に問い、茅ヶ崎の関連課とも懇談を繰り返していますが、先方は茅ヶ崎市民の活動の広がり具合を観察し、市民の評価を待っている状態で、一部では私の主張に毒を感じる方(割合、役職の方が多いので困っています。森の見えないひとです。)から、私の居ない場で批判が出て、話が中断しているという状態です。誰がどこで真似されても一向に構わないし、その真似できることが、いわゆる社会活動へと結ぶ大事な側面です。ですから、この方にも説明せねばと思うのですが、それではあなたのところでは、どうですかと問われると、「だれもとまらない『このゆびとまれ』」状態です。

関係者から、一件だけ「ICカードとか、磁気カードではダメですか」というご意見がありました。被災時、特別な専用機を使って読み取るというのはダメです。読める機能やアプリが普及しています。被災の停電の混乱の中、携帯が専門職の苦労の一部を解決します。それゆえQRシールまたはカードなのです。古い技術ゆえ、安定しています。カード自身に新たな情報を覚えさせる必要はあまりないでしょう。むしろ本人特定コードの入ったアクセスカードとして意味があります。身体情報は医療関係者のみが知る共通パスワードをつければ、一応は守られます。これは容易です。他にシステムを考える必要もあって、地元病院(当座は市立病院)の協力が不可欠です。

個人情報との綱渡りの構想なのですが、それゆえこの間作ってきた資料や、有効性と限界の話などあるのです。それゆえ、改めてメールをとなると、風邪を抜くために、もう数日お待ちください。別々のものを書くまでの気力がありません。

また飛田が何か厄介なこと言ってるよの世界、ジュゲム(ゲノムではありません)に関心を持ってくださること自身、ありがたいことですので。ごめんなさい。

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つつじ学園
パインナッツ

行ってきました。つつじ学園の方は、セミナーの件では2回目です。ただ、資料を受け取っておいてくださいとの伝言仲介された施設職員の方、逃げ腰。あらあらと思って退散してきました。

パインナッツの方は、実は私と鶴が台の古本NPOの**さんとで、古本を陸前高田の仮設住宅集会所用に定期的に送っているのですが,今回はお年始で茅ヶ崎のタコ煎餅をつけました。風邪薬でぼけた頭で、**さんが立て替えた煎餅代3千円を月のうちに返そうと鶴が台に出かけ、集合場所を間違えました。サポセンで待ち合わせだった**さん、サポセンの++さんに仲介屋を頼んだら立て替えてくれたとのことで、私は++さんに甘えて明日支払うことにしたのですが、さて、このまま帰るのは勿体無いということで、歩いて10分強ほどの距離にある「パインナッツ」に立ち寄って帰ったという次第。

パインナッツは、おやまあという感じで、受け取ってくれた。咳でむせるむせる。説明できずに、読んでください。都合つけて参加してくださいとだけ告げて、終了した。

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今日も欠勤。

母を駅前に呼び出して、「てんや」で食事。となりに座った家族連れ、にやにやしていたが、ぺこりと頭を下げて、早々に退散した。あれと思ったら、昔の塾生の家族だった。

母の好きなおでん種を仕込んで、帰宅した。

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夜間傾聴開始30分前まで仮眠をとった。風邪気使ってくれた++さん、突然のとばっちり、すみません。明日、午後にサポセンに行きます。

最低あと1箇所。翔の会本部、行っても無駄かなと。


夜間傾聴:ひとり
(音声電話はむせてダメ。メールも限界。謝って中止)


(校正1回目済み)

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1/29 やっと復活しつつありと踏み出したものの

2013-01-30 05:47:00 | 引きこもり
2013/01/29 記
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病院にいく。流感対策だろう。別室でネブライザ治療を受ける。少し楽になるが、漢方を飲んでいることはないしょ。指定のジェネリックの効き方は、私の身体がわかっている。抗生剤をくれたから、それはそれで飲んでいる。解熱剤は、やめた。

ただネブライザは眼鏡は曇るし鼻は赤くなる。涙目になるということで、マスクが離せない。

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しかし、連続セミナーは、最低限、巡回配布をしておかないといけないところが、あと3カ所ある。1ヶ所は遠いので、海側の2箇所をまわった。

みらまーる
ワーキングハウス

あと我が家の近くの地区社協ということで

サポートはますか

口上語るだけで咳き込む。効果が薄いなと思いつつ、限界感じて帰宅した。

帰るとすぐに電話が鳴った。市高齢者福祉介護課からだった。会参加申し込みだった。やった!糸口がひらけた。

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本来なら中古PCを買い込んで始末するのが筋だが、今回、3月2日のワイワイ祭りの討議資料の番組はBDで採っているので、このBDプレヤー組み込みのPCがないので、とりあえず、DVD/CD利用可能なBDプレヤーを\8kで買った。それが、代引便で届いたのだが、市役所からの電話の最中、母が出ると詮索がうるさいので、冷や汗をかいた。まあこれでなんとかなる。

今後もTV番組を使う会もあろう。しかし、本体、壊れそうだ。

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黒田さん、スマトラの津波の時も出かけていたという。遺体の処理法がしっかりしていないので、腐敗と防疫が問題になったことがある。

今回は対話形式で質問を引き出す方法をとるから、脱線はしないだろうが、大型災害戦災の際の遺体処理に話が及ぶとまったく予備知識がない。やっと医療関係者・葬儀屋関係向けの書籍を見つけたので取り寄せを頼んだ。全然一般的ではない。しかし糞尿を撒き散らした父との2階の古戦場は、業者を入れて消毒しても、目鼻をつく悪臭がとれず、父は老健3年目というのに2階は空き部屋だ。死臭は忘れられない。一応資料本を見ておこう。

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訪問指導は、両者マスクの上で2月から再開するが、教室授業がだめだ。

S君にメール、真夜中というか、早朝メールで申し訳なかったけれど、満足な結果ではないが、一応の約束は守れそうだ。しかし、寒風吹き荒む。

来年度、歯医者・眼科医を懇談によぶ。入れ歯・眼鏡は必需品。歯医者の方は、遺体の身元確認に歯の治療状態を利用するので大変だ。逆に言うと、災害関係の呼びかけには、比較的敏感だ。神奈川県歯科医師会関係者に反応あり。ダメ元でメールを書いている。眼科医はむしろ眼鏡メーカー&量販店だろうか。

私には、昔から「ケア・パートナー」制度という兄貴分とのチーム就労の可能性を提言している。福祉避難所の生活や、仮設住宅期の諸活動への参加も、考えられないか考えている。


夜間傾聴:再開すれども希望者なし。無念。

(校正1回目済み)

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1/28 風邪でダウンしていました、すみません

2013-01-29 04:56:46 | 引きこもり
2013/01/28 記
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風邪がこじれて節々が痛み出した。昨日は夜間傾聴もすべてお休み。職場に連絡、これから1週間は受験生と接触できない。久々の本格的な発熱だった。(ブログを休んで申し訳ない。)

熱が出ているときは、時間の流れが消えてしまう。昼夜がわからなくなる。朝と思われた時間に携帯が鳴った。いつものようにマナーモードにして身辺から離しておくのだが、枕元で鳴りだした。

ペット・レスキュー支援活動の中で、通信を読んで新しい飼い主さんに申し込んで下さった方からの電話だった。高齢の方で、レスキューの審査に落ちた方だった。仔猫が希望だったが、審査基準では、寿命まで面倒をみてくださる方という項目があり、更に家族構成が勤め人の息子さんとふたりの家族だった。これも条件に引っかかった。この高齢の方が体調を崩したとき、代わりに面倒をみることが、勤め人ではダメという条件だった。厳しいと思うだろうが、被災地から助けた命なのである。

息子さんが通信を見つけた動物病院に譲り合いのネットワークがないか問い合せたが、その道も途絶え、1月の初めに、この方に、体調を崩されたとき、息子さんは勤めに出ておられるので、無理だろうということで、譲渡条件にあわなかったと説明の電話を入れていた。実際、猫の寿命から高齢者の方は条件にあてはまらないとは言えなかった。

実際これらの条件を満たすのは、一戸建ちの家に住む専業主婦、または暇の取れる自営業のような一定程度収入のある方に限定されてしまう。ペット・レスキューの活動は、その社会階層の方の活動なのだろうか。

それゆえか、先方には、断りの電話とは伝わっていなかった。咳き込みつつ説明を再現したが、体調を悪化させたときという条件について、私は大丈夫ですと語る。困ってしまった。痰のからむ声に悩まされつつ、息子さんが勤め人であるからということを強調し、条件不足でした、すみませんと語って電話を切った。ふだんなら、もっと穏やかに話せたろうにと、タイミングの悪さに怒りとも嘆きともつかぬ思いにとらわれていた。体温は39度になっていた。ブログを書く気力は失せていた。

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解熱剤と漢方薬を併行して使うというやり方は、漢方薬局では禁じ手だそうだが、熱が出て節々が痛むときは、このやり方を使う。効果が早く出るからだ。本来なら抗生剤を使うところだが、これは通院していないと入手できない。日曜日まるまる一日、熱との戦いだったが、月曜日になって、やっと炎症が収まった。医者に行った。インフルエンザだろうとの話。検体取られて、出た薬がジェネリック。いつもジェネリックと言っているのでそうなったのだが、それらの薬は手元に残っていた。

自炊も洗濯もなんとか復活し、母は少し安心したようだ。心配したS君からも電話をいただいたが、まだ会える状態ではない、移してしまいそうだ。一日二日置けば安定するだろうから、それまではご容赦を。

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実は熱が下がらないもうひとつの理由がある。ハザードマップをもとにしたアプリを茅ヶ崎市が受注開発したという広報だ。私が交渉した防災対策課の開発ではないものの役所仕事が露骨にでたものだ。

ひとつは被災時「ハザードマップ」をGPSデータで検索し、状態予測を提供するという仕組みだ。

東日本大震災が教えたものは、想定外をつくらぬことということで、太平洋岸各県のハザードマップは、南海トラフ・東南海トラフ・首都直下型の地震と同時発生を考慮してのものだった。そのエネルギーを考えたシュミレーションから、最大のものを考えていくという出発点が、経済的に追いつかないという理由で、発生確立の高い震源ひとつの被害状況をハザードマップにしたという。茅ヶ崎の最大浸水域の水深は2.5mとされる。しかし、南海トラフの事例では、満潮位含みではあるが5mを超える。

●「南海トラフ地震の被害想定」(朝日)

一番いけないのは、被災時このアプリによって提供されるのが、「ハザードマップ」検索情報であることだ。東日本大震災の想定外の教訓は、ここには反映していない。震源とエネルギーから即算値として予測データが表示されるのではないことだ。

次に親子連れが突っ立っている画像の足元を水害の浸水と同様な静水が覆っていることだ。津波は移動エネルギーを持っているものであり、浸水の様子を誤解させてしまうだろう。

つまり東日本大震災から学んだことのないプログラマが生み出した形だけのアプリなのだ。

これは被災時、避難のためのアプリ。その後の生命と健康の保護と管理にふれる医療情報関連に触れていない分、まだ私の言うQRコードの提案の隙間は残るだろうが、この程度のアプリですましてもらいたくない。このアプリはスマホが使えるひとのためのもの、自分で意思表示ができない人を含んだ医療と生存表明のカードは、皆が使えなくてはならない。まったく…この熱は風邪だけのものではない。

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夜間傾聴:臨時休み

(校正1回目済み)

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1/26 社会福祉士会の講演に参加し

2013-01-27 04:06:37 | 引きこもり
2013/01/26 記
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風邪をひいた。今日は社会福祉士湘南東支部の講演会でした。

「パーソナル・サポート・サービス」鈴木昌子さん

●「 パーソナル・サポート・サービス~社会的排除へのとりくみを聞く~」

内容は私の活動領域であり、社会的弱者の寄り添い支援だ。全国のユニークな活動の紹介や、中間的就労、これは就労をハローワークの求人紹介のように、職場そのものを紹介するのではなく、適性を見ながら、就労先を作り出していく流れのことだ。これは職場紹介した企業も、障がいへの理解が不十分で、結局続かないという苦い経験を積み上げていかなくてはならないという、就職先枯渇期の就労者の立場の強化を狙ったもので、軽度の障がいを抱える方の重要な方法となっている。

今まではひきこもり青年の社会復帰の文脈の中で語られることが多かったが、例えば、花屋さんの仕事をしながら、類似の仕事についた方の経過等を交流させたり、経営者との間のトラブルをこじれないうちに、パーソナル・サポートの支援者が仲裁に入るなど、地域に経過を踏まえる交流の場を設置することだ。

つまり就労は賃金を得るものであると同時に、その仕事を通じて社会参加の誇りをもっていただくという、仕事へのモチベーションを高めていく場なのだ。あなたの就労をあなたとの緩やかな連携で、応援していくものだ。

実際、私が今回就労支援をしている方は3人いるが、そのうちの1名は身体障がいを抱えているが、横浜の某IT関連が決まった。しかしこの就労先は、いわゆる共同作業所を母体に企業化した職場で、地域のサポーターたちと連絡を取りながら、就労を安定化を図っている。この例は実はまぐれ、偶然先任者が転居したので、場が得られた。そう何回も出てくる例ではない。

もうひとりは、親御さんが縁故の職場を紹介したが、ことごとく当人に拒絶され、大学進学の道を選んだが、かなり難しいという例だ。これは何らかの中間支援でバックアップしないと、先方ともめごとが絶えないだろう。

最後がS君だ。今のところ、東京の発達障がい者のIT企業がひとつ、横浜の中間支援者K2インターナショナルに委ねる支援がひとつ、他の就労支援者のネットワーク資源をK2から広げていくことが最後だ。一度S君と会わねばと思っているが、発熱中なので、明日日曜日は休みたい。その後の連絡となる。

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久々に体系的な講演を聞いたが、鈴木さんとは、今後もお付き合い願うことになりそうだ。

しかし獏とした感覚であるが、十年ほど前、手帳を持っていない方の支援は、障がい者支援活動において、場違いな支援ととらえられていた。湘南の場で発達障がいや神経症の方々の支援は、恐ろしい空転にさらされてきた。それからすれば、現状は彼らをよりアクティブな存在として評価し、社会的起業の有効な人材として評価されている。

活動の干ばつが活動を襲い、その後、いつの間にか、自閉症スペクトラムの裾野の方々や神経症の方々が復権してる。この十年はなんだったのかという思いが正直いってある。持続は力であるが、ちょっとした虚しさを噛み締めながら、講演を聞いていた。

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講演の最中、風邪薬を飲んでいたが咳き込んできた。会場の方にマスクをしていたが、申し訳ないことをした。

巡回を1箇所。松林ケアセンター。茅ヶ崎駅から高山車庫行に乗るが、近いバス停がない。松林二丁目で下車して歩く。施設長さんに渡して欲しいこと、関係者への衆知をお願いしたこと。しかし、施設長に何の説明もなくチラシが渡るんだろうなと虚しさを感じる。で、字が多いから読まない。

松林の湘南バイパスからのバスは1時間に1本。諦めて国道1号線を経て家まで歩くことにした。50分、狭いアスファルト路をなぞったが、行きに地元の方に松林ケアセンターを聞いたら、特養「くすの木」を案内され、大回りしたのでさあ、バス停がわからない。日は落ち、マスクをしているので、ヘッドライトに虹の輪が見え、無灯火自転車にぶつかるなど、こわい思いをした。家に着いたら熱っぽく、38度。流石に日曜日は休むことにした。

夜間傾聴:橋本3君(母親)


(校正1回目済み)

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絆ということ/平塚盲学校と湘南養護

2013-01-26 05:36:22 | 引きこもり
2013/01/25 記
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母が古い友人が鬱陶しくなってきたといいだした。私が出かけている間、出かけようとすると電話をかけてくるという。4人組が企みをたてて、交互に電話してきたらしい。災難だったねと応じたが、電話の間の悪さの話ではなかった。

話のパターンがうんざりの原因をつくっているのだという内容の説明だった。すぐに内容の見当がついた。ときどき母が愚痴を言っていたからだ。

Xさんは、東京下町の出身。東京から距離は近いが不便なところに住んでいる。周辺は園芸農家が多いところで、一時間に2本、20時台に終バスとなるところに住んでいる。母は買い物の便が悪いところに住む事自身が信じられないというが、Xさんは好んでその地を選んでいた。このセンスの違いがありながら学生時代から付き合っているのだから、大したものだと私は思ってきた。

話はこういうことだ。Xさんの話は、「○○の**さんの息子さんが、喉頭ガンで入院してね…」というようなフレーズがやたらと多く、また「老人会の食事はおいしいでしょう。**さんにあげたのよ…」という具合に、知らない地元の方の話が延々と一方的に話されるという。第一、老人会の食事を美味しいと感じたことはないのに、「おいしいでしょう」といわれることが最近たまらなく嫌なのだという。周辺の知人・友人もこの語り口が多く。涙が出てくるというのだ。

小さな集落に住んでいる方に、この手の語りが多いのだと話した。地縁の世界、公も私もなく筒抜けの社会に住んでいると、誰もが「○○の**さん」を知っていると思い込んでしまう。母の年齢になると外出の範囲が狭くなり、ますます通じない別社会集団の方と出会わなくなる。それが母には鼻につく。

学生集団などでも、いつしかその小さな固定的グループには、隠語と流儀が生み出されていく。年寄りに限らない。

母には「ローカル」な人の語り口なのだと説明するが、では付き合うのをやめたらと私がつつくと、長い付き合いだからと、批判の刃が突然なまくらになる。私はそのなまくらになるところに人間の本性を感じ取っている。

フアンや県人会のように、お互い関係ないのに共通の要(かなめ)を媒介して、お互いが繋がってるかのように勘違いして、酒席の絆のようにつながることを私は「消費の絆」と取り敢えずくくっている。一方職場の同じセクションや、スポーツのチームのように、「協働行動の絆」のような「生産の絆」がある。しかし「地縁の絆」というのは、免罪符的な受け皿にもなっている。農耕とか家族生活がそれを育んだというが、現代では、地方は別として、新興住宅地には家族生活の結びつき位しか残っていないだろう。

「向こう三軒、両隣の絆」と聞いてどう思うかと母にちょっかいをかけると、嫌だねえと返事が返ってきた。公的なお付き合いの範囲を出たくないという。なるほど母親だと思ったが、消えている地域のつながりを、無理やりノスタルジーを持ち込んで地縁をもちあげるのは、男だと思う。商店会や小中学校同窓会あたりは、利害もからむから大好きだろうが、主婦の場合は、家族生活が噂にさらされる。議員後援会のような票田作りからすれば、地縁は魅力的だろうか、私の知り合いの重度の自閉症の息子さんがいたお宅では、昼夜を問わずの奇声が迷惑と、隣人の噂に晒された。シフト勤務のお宅も、夜間の出入りが非常識と批判された。いずれも古い隣人が年老いて、子どもの家に転居した後に、家を修築して新たに入居した方が、常識を盾に、迷惑論を振り回していると話してくれた。そういう一触即発の課題を抱えている場合もある。男はそういうご近所のロシアンルーレットのような危うさを知らない。それを軽く言ってのける方は私は信じない。

ただ母が悩んだ「○○の**さん」という語り口の背後にある人のつながりの狭さは、当人には狭いなどとは思わないだろう。母には、ちょっと年齢の離れた年齢の方が混じった趣味のサークルのようなおつきあいを意識してつくらないと、自分の日常が年齢とともに足腰の状態から狭く平板となり、嫁・息子の品評会になって、また言葉のバトルが演じられることになる。やや若い人と付き合いなと言って、晩の食事を作り始めた。

作りながら考えた。災害ボランティアに関わったとき、自分が必要とされている体験をして驚いたことがあるだろう。他者の困難の場面にちょっと手伝うことは、優越感というより、つながった喜びがある。被災地を鳥瞰すると「災害ユートピア」という現象が起こっている。被災者が必要を媒介に支援者とすぐにつながれる状態のことをいう。これは恒常的なものではなく、やがては「地縁」や「ご近所付き合い」に変化していく。

ただこの変化の事を制限付きで見ていることを、知人の災害ボランティアたちに語っても通じるだろうか。地域の絆をいつの間にか家族の絆にすり替えている社会がある。不登校・引きこもり青少年が聞いたら、冬風を感じて身をすくめるだろう。家族の絆が間違っているというのではない。その質を問わないことに息苦しさを感じるだろう。

協働すること、支え合うことの充実感を否定するものではない。しかし擬似的な村落共同体や、酒宴の絆を何百段積み上げても、しらじらとした生活意識がそこに違和感を感じさせるだろう。そのせめぎあいが、災害ボランティア活動の底辺に横たわっている。

しかし母の気づきは何としたことだろう。被災地に出かけても、地元有力者のネットワーク拡大のために地縁が語られたり、利益者集団の営利のために絆がシンボライズされたりすることに、直面することも出てくるからだ。「○○の**さん」は私は知らないといっても、変な顔をされるだけだろうよと母に告げたものの、母は説得すればわかると信じている。私は聞く耳がない状態では伝わらないと思っている。やさしく説明すれば伝わるという質のものではないのだ。

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鼻水をたらして、橋本まで出て、ひとり学習指導なる最近の生活の聞き取りをしてきた。風邪が治らない。そこに電話が鳴って、父の老健でノロウィルスがひとりの入所者さんから検出されて、病院に隔離しているという話が飛び込んだ。防疫収束まで父への面会ができなくなっているというのだった。

父が誤嚥で入院したとき、尿路感染症も指摘された。男性器の形状から、男性は尿路感染症になりにくい。紙オムツ交換や清拭が行き届いているかと疑問に思ったが、高齢者は水分摂取が少なくて尿路感染症が起こりやすくなっているのだという。なるほどと質問を解いたが、1ヶ月も立たないうちに、ノロウィルスの話である。高齢者施設は環境管理が命取りになるので、来月初めに老健にいくので、調べてこようと思っている。鼻水を拭いた。(こりゃいかん。)

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昨日、平塚盲学校訪問は、職員会議の時間と重なって説明することができなかったので、再度同じ時間(なかなかその前には立ち寄れない。)におじゃました。今回は副校長さんが対応にでてくれたので、連続セミナーと黒田さんとの懇談を説明することができた。帰りにティッシュをいただいたが、はて赤鼻だったかなと、赤面している。

帰りに湘南養護に立ち寄ったが、知り合いの先生も、教頭さんも職員会議ではなくお留守だった。事務の方にチラシを託した。

周辺をうろついていると、中原御殿のバス停のそばに、「トムトム」を発見。凄まじい熱気を感じて気おされてチラシ配布を諦めて帰ってきてしまった。

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明日は社会福祉士会の湘南東支部主催の講演会がある。パーソナルサポートの件だ。参加する。負担になりたくないので、会場チラシ配布は申し込まない。


夜間傾聴:なし

p.s. <書籍入手>
●「医の力」武藤真祐著

(校正1回目済み)

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1/24 平塚ろう学校・平塚盲学校訪問

2013-01-25 05:14:07 | 引きこもり
2013/01/24 記
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先手必勝で風邪薬を飲んだせいか、熱が引き、喉の痛みもとれた。しかし薬のせいだろう、眠い。相模線でなければ、乗り越すところだった。

昨日の茅ヶ崎養護の教頭さんのだんまりのダメージが残っていた。なんのと平塚に出て、平塚ろう学校と、平塚盲学校を訪ね、教頭さんに面会を求めた。

幸い、ろう学校の教頭さんに面会し、黒田さんの懇談会の話を伝えることができた。しかし、問題になったことは、手話通訳または筆記通訳がつけられるかということだった。その件を相談してくださることになった。チラシも掲示してくださることに。

一方、盲学校の教頭さんは、私は茅ヶ崎養護にでかけるときも困ってしまうのだが、職員会議の時間と重なってしまうのだ。事務長さんの指示通り、チラシを預けてきたのだが、明日もう一度お邪魔しようと思っている。

車は私の目では危険だが、自転車を買わねばと思う。一昨年、試みに自転車で茅ヶ崎駅から円蔵までの往復をしたのだが、怪我を直した足の膝が熱をもって、その夜、インドメタシン軟膏のお世話になる結果となり、自転車購入が先送りtなっていた。膝は2002に完治していたのだが、手術の関係で2本腱を切ってしまったために、踏ん張る力が衰えていた。

しかし、被災地に行っても車がないと身動きがとれない。レンタカーも私の運転では危険だ。(ライトを浴びると視野がハレーションを起こしてしまう他。)高い折りたたみ自転車は、予算がつかないから、ふつうの自転車を宅配輸送することを考えていた。地元でも自転車があれば、ペットレスキュー支援紙配布や、今回のようにチラシ配達のとき、路線バス時刻表に制約されないで済む。

盲学校の教頭さんにおそらく聞かれるのは、茅ヶ崎市役所分庁舎への案内サポートのことだ。ろうの方も、盲の方も、外出時被災のとき、窮地に立たされる方々だ。丁寧に講演実施のハードルを超えたい。

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県社協のパネルディスカッションが 2/18 に重なるという。

内容をよりはっきりさせることと、団体巡回を細かく当たりたい。地域性の論議は第一回からの持ち越し話だが、黒田さんから搾り取る経験と知恵は、看護学生用テキストよりも、実例を知ることや、災害弱者の避難生活時の生活支援の被災地情報を掴むことと、質問する側が湘南の防災に関係するところに抽出していく。

地区社協・ボラセン・コミセンまわり。
高齢者事業所まわり。

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<入手書籍>

●「看護白書 平成24年版」


夜間傾聴> ひとり

p.s.社会福祉士会湘南東支部の講演会が土曜日にある。参加予定。


(校正2回目済み)

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1/23 障がい者のIT関連起業関係仕事先探しに/鶴嶺高校ボラ塾感想

2013-01-25 02:27:37 | 引きこもり
2013/01/23 記
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社会的企業の線上に、IT関連の職域開拓が進んでいる。以前、軽度発達障がい者の自主起業紹介の講演が湘南で有ったときに、東京の実践を知った。それからこの実践者と連絡を取って、何回か先方の会に参加した。神奈川の引きこもり青年の支援活動の例と比べて、いわゆる企業経営のセンスで展開しているのが特徴だった。それがいいのか悪いのかという話ではなく、私はその活動自身が社会改革的な意味合いを孕んでいるものが好きなのだ。企業経営の社会に食い込んでいくという意味合いはあるが、不等価交換という社会システムのことを忘れてしまう。それを見極めるためについ遠くから見てしまう。私は人が悪いのか。

ITスキルの職業化の可能性のある青年を、何人か紹介しようとしたが、やはりいくつかの条件が折り合わずに、試みたのは4分の1に過ぎない。一番問題になるのはモチベーションの低さ、次がIT業界の状況への認識不足がある。期待もないが続かないという壁だった。試してみようかでは通じないところであり、また過剰に構えて始める前につぶれてしまう取り付きにくさがある。

今回はふたりのために、打診を行った。ひとりは横浜北部の身体障がいの方たちの作業所が企業化してきたところだが、身体障がいがあることが条件だった。こちらは聴覚障がいと軽度の知的障がいのある方だったが、理事長と話し合う面接の機会を与えてくれた。先方は育成をしていないので、職訓の講座を勧められた。しかし、紹介する子は従来からPCを扱ってきたので、プログラミング担当ではないアプリケーションを使った請負作業をまずは一日やってみることになった。茅ヶ崎からは遠いので、JR相模原の塾長がその日、連れ添うことになった。

もう1件は茅ヶ崎の方だ。つなげないか考えているのは、東京郊外に本拠がある発達障がいの方の「会社」だ。神奈川県内にも支社ができたと聞いた。メールを出したが、まだ応答がない。デリバリよりは向いているのではないかと打診した。

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相模大野からの帰りに、茅ヶ崎養護にぎりぎりの時間に飛び込んだ。連続セミナーの本番、災害看護の黒田さんの懇談への参加要請と関係団体の方へ衆知をお願いした。

教頭さんと話したのだが、今回はすっかり沈黙モード。前回、市行政関係者が来なかったことと、被災地の活動関係者が少なく、経験交流にならなかったり、異なる領域の方の交流が生み出すメリットを打ち出しきれなかったこと(ひとつは『外出時被災』場面にあるのだが)そういう場面設定が定かでなかったkとが、逆に第二回の意欲を削ぐことになってしまっていた。

行政課については、12/26という時期が手が話せなかったという方も複数いらして私には多少救われるのだが、段取りの問題があった。しかしそれも教頭さんには信頼を裏切られたように写っていた。沈黙はしんどい。すべてが言い訳に聞こえてしまう。黒田さんの第二回の説明もやっとの状態で、教頭さんに礼をして学校前のコミュニティバスで市民文化会館前後で下車。

昨年末の鶴嶺高校ボランティア塾の生徒さんの感想を、産業振興課と保健福祉課のゲストふたりに、17時を回っていたが、プリントアウトし、持参した。ふたりとも、時間が経っているので、びっくりされたようだった。

以下に紹介する。


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●これから先、くるであろう大震災にあったら自分たちがどのような行動をとればよいか分かった。

●被災地の今のじょうたいや私達にできることがわかることができてとても勉強になりました。私達が話を聞くだけでもみなさんは元気になるということがすごいですね。これからできることがあるなら力になりたいと思ってます。

●自分の興味の持ったことに参加できてよかった。

●とてもためになる、有意義なお話をしていただきよかったです。とても分かりやすかったです。

●まず思ったことは人をまとめると言うのは本当に難しいと思いしらされました。地震に洪水、ケガや家を失うと普通でない場合では正直自分達が人々をまとめられるかどうか本当にわかりませんでした。(考え) しかしできるかできないかではなくやるしかないのかと考えさせるとても勉強になる体験でした。

●よかったです。いろいろ考えさせられました。

●地震が起きた時にどうしたら良いのか、その中でどうやって生活していくのかをしっかり学べた。けっして人ごとではないないので、とても貴重なお話を聞くことができた。

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夜間傾聴>なし

(校正2回目済み)

p.s.スルメイカを塩麹につけてあすの食事の準備。結局、母に出せないだろうという結論。悔しい。


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1/22 風邪をひいたようだ/連続セミナー準備と日常活動だけで一日を終える

2013-01-23 06:23:08 | 引きこもり
2013/01/22 記
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喉風邪をひいてしまった。インフルエンザでなければいいのだが。37.2℃。声がかすれているので、受験生は嫌がる。

黒田さんに近況のメールを入れる。高齢者の関係の応答が鈍い。県茅ヶ崎保健福祉事務所、手をつなぐ育成会、にりん草を訪問。偶然、にりん草のそばで、サルトルの研究者宅を偶然発見し驚いた。どうということはないのだが、海老原武氏の友人だったはず。そういえば南湖には故・荒畑寒村の避暑の別荘があった。昔の話だ。

それはそうと、3/10に茅ヶ崎で大きな災害避難訓練が行われる。9万数千人が参加する。小中学生とその家族、地区自治会などが参加する。駅前の通行人誘導などを誰が指導するか、様子を見てくる。

3/2の茅ヶ崎市民活動サポートセンター(サポセン)が恒例の「ワイワイまつり」をやる。タージと鶴嶺高校生の南三陸訪問レポートが出るが、30分後、14時半から、サポセン和室で、「障がい者の避難訓練」番組を参考に、通行人(あなた)の支援が大事、意見交換を行う。是非ご参加を。

あす、茅ヶ崎養護に立ち寄り、帰りに海老名に出る。パチンコ家さんとビルメインテナンス会社。就労支援の基礎巡回。淵野辺で学習指導だが、今回はパスしたほうが良さそうだ。風邪をうつしては、この時期感染は影響が大きい。

3月講師のOさんにメールを出した。日程確認の件だ。

夜間傾聴:淵野辺君(母親)

(校正1回目済み)


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1/21 睡眠不足で小休止を 今日は元町の家・トレインだけ巡回

2013-01-22 05:52:44 | 引きこもり
2013/01/21 記
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年だなと思う。夜間傾聴待機を終えて就寝。しかし肩が詰まって起きられなかった。家事と教材屋仕事も始まっていたので、今日はぎりぎりまで家にいることにした。

「とれいん」と「元町の家」に黒田さんの講演会のチラシを配り、それ以上は巡回をやめて、茅ケ崎駅の改札をくぐった。夕方教室に入って、定形授業。帰り、相模線ではないと、藤沢乗り換えが妙に嫌で、湘南台から辻堂駅行き路線バスで辻堂に。がらんと空いたバスの車内で手足の伸びをしたが、これをやりたかったんだと気がついた。馬鹿な話である。

一日前につくりおきのおでんを温めて食事。母もこれならば夕食が遅くても文句をいわない。勝手なものだ。

アルカイダ系のテロを非難するニュース。勝手なものだと思う。テロ肯定というのではない。国家の殺人、戦争は卑劣ではないのか。目に見えぬうちに扇動が入り込んでくる…。やめよう、疲れている。

私のように、行政や組織に責任の一部を委ねられない立場のものは、自己責任という崖の淵をいつも歩いている。善も悪しきも煎じ詰めると私と当事者との架け橋の上にあることを感じている。ある就労支援のプロの方が「一期一会」を座右の銘にしていると聞いた。荒野(あれの)の中に立つ言葉と、千利休を引き合いにだすまでまでもなく、因幡の兎のようにひりひりとした心の風を感じ、それが良いの悪いのとは関係なく、そういうものだと納得する。ただひたすら可能性の種をまく、突然橋桁が落ちても嘆くほどの幻想を抱くまい。ひとはもともと通じないもの、通じて幸いのものだからだ。

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いつも思うのだが、チラシの説明をしても本部に上げるという形で応答され、結果、空転するということが繰り返されている。ところが否定されるだろうが、本部に問い合わせをすると話を知らない。中間で消えているのだ。本部に間をおいて再度ダメ押しをする必要がある。門前払いも言葉のうちだ。

今回の連続セミナーは、ケアの現場に関わる者が、2点の接点を持ち得ないかと思うのだ。

1)外出時被災の災害弱者の保護
2)一次避難所>福祉避難所の期間の共同運営

専門職・施設従事者の人手は全く足らなくなる。また、この時期、災害弱者の家族の運営参加が入り、ネットワーキングが重要となる。

また、家族の欠落・喪失による災害弱者の家族サポートが激変する。その欠落部分の生活保証は、決定的に重くなる。

それぞれの領域で避難訓練を行っているが、中・長期を見据えた生活再建への関わりが、協力を組むことで地域サポート化の可能性が出てくる。+αの力を活用していく。

前回のセミナーのなかで、何を接点にお互いが語るか、その価値が見えないという話があった。「被災時要援護者」の概念は広く、高齢者・障がい者から、在日外国人・妊産婦&乳幼児母子に及ぶ。福祉避難所といっても、多様な方が利用する。その運用の実践論議は繰り返しイメージしても追いつかないだろう。

語り続けなければ、また阪神淡路・東日本等大地震の轍を踏むことになるだろう。

1/17の市防災対策課が行った防災研修会で、講師佐藤氏が講演の中で、発達障害に専門外だがとのコメント付きだが、人形を抱いていても取り上げてはいけない障がいと説明し、この分野外の方の見識の遠さを感じた。また、外出時被災については、かけらも語られなかった。都市型・準都市型(都市近郊型)の災害の認識がない怖さ。全体を統括する立場の語りがこの状態なのだ。だから関係者が内実を込めていかないと、どうしようもない状態なのだと思ったほうがいい。

だからこそ、基礎論議をしておく場の価値がある。行政などの公的評価が定まってから、ひょいと実をもぎ取るような身のこなしが組織のリテラシーだとしたら、その窒息しそうな隙間に居残る耐性を私は身につけたい。そう思うのだ。


夜間傾聴:橋本2君(お久しぶり)

(校正1回目済み)

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1/20 センター試験に振り回されて/訪問医療と連続セミナーの今後

2013-01-21 06:05:05 | 引きこもり
2013/01/20 記
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8時前、夜間傾聴専用携帯が鳴りだした。体が重くしびれている。馬鹿な連絡だった。センター試験会場への同伴応援の担当講師が車で通勤中、事故に巻き込まれたという。代わりに行ってくれという連絡だった。冗談ではない。定年間際の爺ぃを駆り出すのかと反論。母親と会場合流なので、いないとまずいと奇妙な理屈。会場は北里大。他会場からまわせと私がいうが、拝み倒されてしまった。

相模線原当麻駅からタクシー。会場に着いたが、既に試験は始まっており、当人には会えなかったが、この子の祖母が約束の場所で待っていた。事情を説明して、ともあれ自宅の近い小田急相模原まで移動。移動中雑談をして駅前で別れた。試験最後の時間には母親に交代して会場に行くという。その時間には担当講師も到着できる。

請求書もしっかりとって、講師には当分、綾鷹の小ペットボトルの賄賂を請求することにした。厚木に出てとにかく相模線、高いびきで帰宅した。すっかりワイワイ実行委を忘れていた。

段取りがひとつ狂うと、将棋倒しほど関連がないものの。玉突き式に忘れて慌てるのは年のせいだろうか。ここまできたのだからと、寒川町立図書館のバッグに詰め込んだ更新書籍を、そのまま家に持ち帰ってしまうは、セブンイレブンのUSBメモリからの直接印刷分を全く忘れて家に戻ってしまうは、ろくなことをしない。

家にもどると**さんという方から電話があったという。忘れていた。正月に事務所を借りたその部屋のオーナーだった。私が事務環境が気に入ったので、土日だけ家賃3分の1でシェアさせてもらえないかと相談していたのだ。定年が迫ってきているので、教材屋兼オンライン学習相談(神経症・発達障がい系の若者の夜間傾聴代替電話)を引退した教室から受注化できないか、その芽を打診していたのだった。結果は「No」、当たり前だががっかりした。奥さんが利用するからとのことだった。彼の趣味のフルート演奏会に出席すれば、緊急時利用相談には応じるとのこと、ありがとうと応答するが、落胆に眠気と寒気が爆発した。

目が覚めると14時をまわっていた。寒川図書館で更新をすませ、辻堂図書館で更新。本を抱えたまま中央林間で学習指導。帰りにサポセンへ。

ワイワイ祭り実行委欠席の謝罪しつつ、内容を確認。タージの発表があって、鶴嶺高の高校生の南三陸現地交流ビデオ上映、そのあと30分休憩後、私が奥の和室スペースで「障がい者避難訓練」の様子をTV上映と討論。14時台から15時台の一時間「NHK_バリバラ・防災前編」を上映討論する。ああ、これは前の災害ボラとは関心の質が違うから、会場が変わり、30分の間があるので、前の企画の参加者は帰るなと予測がついた。

当日チラシを撒くが、障がい者団体の協力がなければ、おそらくはゼロ。覚悟しつつ、黒田さんの講演会ともども、団体説得訪問を行う。今回の映像は、障がいを持った青年たちの避難訓練体験記、身体障がいの車椅子生活者の移動と,視覚障がい者の避難困難の様子、出来事が掴みきれない聴覚障がい者、避難後落ち着かない統合失調症の精神障がい者、後編に出てくるため口頭説明になるが、発達障がい者の朝の体操という具合に、どのような支援が必要なのかを明らかにしていくものだ。

困難を笑い飛ばしながら、報告が続いていく。従来の「保護されるべき障がい者」のイメージとはかけ離れている。ましてや外出時(職場・学校・病院・買い物中etc.)被災の時、エレベータが止まった環境のサバイバル移動をイメージし、どのように手を貸したらいいのか考えさせられる。とても担当者任せにはできない状況を感じ取って欲しいというのが、今回の目的。いわゆる市民活動・高校生等ハイ・ティーンズに考えて欲しい課題ではあるのだが。タイミングという場の仕掛けを超えないと、ひとがいなければ上映情報が届かない。

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図書舘で入手。

●「現場から生まれた介護福祉施設の災害対策ハンドブック」

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被災地における在宅医療のルポが放送された。1/20 10時放送「明日へー支えあおうー『往診先生の挑戦~被災地で広がる在宅医療~』」だ。石巻で訪問医療を行う武藤医師たちの活動ルポ。東北の被災地は若年層が流出し、高齢化社会を先取りしたように老々介護が広がっている。病院のベッド数が厳しい状況下、全壊をまぬがれた自宅や仮設で老々介護が進んでいる。1時間以上かけて到着した病院は混雑、3時間半外来で待ち、3分間の診察を受ける日々。その状況を打開するために、東京の医師が石巻の開業医と組んで、石巻巡回を始めたという活動紹介。

私が描いた被災地の「医療・保健の崩壊」、「過疎」「高齢化」「無医化」の傾向があらわれており、ここに医療関係者以外の支援者が協力できる活動はないのか。それを考えさせられる。

私は連続セミナーを来年度も続けていくつもりだが、そのひとつの機会提供の流れが、すぐれたケア、社会活動への連携の可能性を孕んだ試みの紹介だ。今回の災害看護の黒田裕子氏もそうだが、実は陸前高田の障がい者ネットワークや、訪問介護事業所、大槌町の保健師、薬剤師ネットワーク、藤沢のボランティアナース等の活動や、もうひとつの流れとして、都市型外出時被災・近隣避難という場面イメージと災害弱者の関係をさぐるJR茅ケ崎駅長対談(打診開始)、福祉避難所の運営等へのスポットを当てた議論等、特に他施設の避難構想との接点のある議論を当たっていく。

「わーく」編集部としては、「医療個人情報のQRコード化と情報アクセスカード」を実現することに連携してくれる「もうひとり」を作りたい。

持病・体質・服用薬等を自由選択に基づき、QRカード化する。磁気カードやICカードがアクセスカードとして使われるのであれば存在意義が薄い、QRコードの方が普及携帯等で読み取れる利点がある。使い古され、評価の定まった技術を逆に使う提案だ。

カードを所持していれば、意識を失ったり、傷病者、乳幼児、認知症者等「自己表現が難しい方」にも有効な方法だが、カード実現には協力者がいなければ、行政との協働も進まない。ここを障がい者の意思表明カードとともにセット改良したい。共同推進者が欲しい。

ともあれ、連続セミナーが果てしなくゼロに近づいていく状況を打開しなくては、拡げた大風呂敷、協力者ではなく共同推進者を生み出さねば、(私は空転は10年重ねてきたから、それは厭わない。)と新しい接点を求めている。

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夜間傾聴:某朝型講師(綾鷹は堪忍と…)

(校正2回目済み)

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1/19 通じる接点があるのだろうか、ま、歩き通す以外ないのだが

2013-01-20 04:30:58 | 引きこもり
2013/01/19 記
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父の老健から電話が入ったという。母の話を聞いてどきりとした。父の誤嚥入院騒動から日が経っていなかったからだ。父は自分の50代から始めた宗教から、墓や仏壇を偶像崇拝と呼び認めなかった。このため、祖父母の介護のころから、父の独断による仏壇焼却やら墓地移転やら騒ぎが尽きなかった。今回2度目の父の誤嚥騒動は、父が体調を崩す予兆と母に感じさせたようだ。母が墓地を近場に移すといいだした。

私の古い友人(故人)が、祖母の墓を買って半年、事件の渦中、命を落としたことがあった。自分より高齢な家族の墓は買うと、自分が先に入ることになるというジンクスがあると母が、その頃語ったことがあって、今回それが話題となった。私は全くそのようなことは信じないが、移動を言い出した母自身も、自己矛盾を感じていたようだった。我が家のように、私の代で家が絶える者にとってみると、私の生きてきた証は、他者の中にあればいいのだが、母にとってはそういう社会貢献への価値は見いだせない。だから遠方からの墓地移転は私が担当して探すことになって、来月はじめ、契約することになっていた。金がかかる。

そこに父の老健から電話が入ったので、私たちは父の命のことより、資金作りの最悪のパターンが始まったのではと不安が脳裏をよぎった。今回の入金騒動も、釜の底さらいのような未経験の緊縮財政の結果だった。老健からは、入院時の混乱で、父の爪切りが紛失していたが、見つかったというものだった。

私の頭の中は、センター試験の様子であったり、S君の約束の件でともあれ相手を捕まえること、黒田さんの講演賛同者をいかに見出すかというような我が家とは直接関係のない話ばかりだった。それが母には気に入らない。契約は既にまとまって、支払いだけになっているのだからと考える私のドライさが、父と同じとうつる。社会貢献を屁の足しにもならないと考える母と、野良猫でも残す爪痕が彼の生存証明であるように、あなたの生にとって価値あることであれば、あなた一代限りの価値であろうと、それが私の生存証明と考えている。このことは、母による看護で生死の境を彷徨った病魔からの生還を体験した幼年から自覚してきたことだった。だから母に従い、論を封じることはない。しかしこれは、他者の生き方と異なることであり、私の考えを他者に押し付けるつもりは、さらさらない。東日本大震災が人の生きてきた痕跡を総ざらい流しさったことへの怒りは感じるが、それは私の活動の根拠でしかない。

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そんな憂鬱なやりとりを職場からの電話で行ったあと、この顔を受験生にはみせられないと、窓際族の早退、横浜に向かった。

自閉症関連の書籍広告が前のビッグイシュー誌に出ていた。市社協の**さんから購入を頼まれたが、現役ホームレス販売員を抱えていない湘南あすなろ会には、仲介資格がないために、仲買い屋(取次店)のさなぎ食堂さんに相談しに行ったのだ。また就労相談の件で、土曜日は無理と知りつつもL.プラザを覗き込むこと、またK2-インターナショナルにより、最後に生協の某生産拠点に友人を訪ねて帰宅するコースを歩いてきた。

結果はあっさりとしたもの、土曜日で空転で終わったのだった。こうなることはわかっていたが、電話で事前確認する気になれなかった。一種の呪術儀式のようなもので、電話の合理性が息苦しかったのだ。さなぎ食堂だけが、取次をお願いしてくることができただけだ。

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あっさり巡回できたので、黒田さんのチラシを香川の包括支援センター「あかね」と、障がい者GHの下宿屋さん、「ゆい」さんら香川陣営をまわり、茅ヶ崎駅から鉄砲道まで出て、包括支援センター「あい」を回った。バスで辻堂に出て、カジキマグロの切り身を買って、家に飛び込んだ。

バターソテーして、塩麹とマスタードであえて出す。時間がないときの駆け込みメニューである。私の分はバターを使わないが、これなら母も負担なく食べられる。

1時間ほど仮眠をとって、食器やら洗濯物をやっつけて、やっとお茶を抱えて座り込んだら、自由が丘夫妻(仮称)からなぜ新年会を付き合わないのかと小言電話。心の隙間が少なくてね、ごめんと謝って電話を切った。「まるで"う*こ"」だと言って切ったから怒っているだろう。堪忍。

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あす朝、わいわい祭りのイベント調整会議。

4時をまわっている。午前中企画は身をけずる。今夜は傾聴相手からの電話もない。黒田さんの文章を読んでから寝る。今回はここまで。


夜間傾聴:なし

(校正2回目済み)
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1/18 入金という伏兵・黒田さんセミナー巡回

2013-01-19 06:43:50 | 引きこもり
2013/01/18 記
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建築指導課の研修会に向かう途中、母から電話が入った。21日に口座から落ちる分の入金が、今日入れておかないと間に合わないという。母は昨日から臥せっていた。渋々家に戻る。支払い専用口座が空になっていた。たったひとつの準備不足で、会の参加が1時間以上遅れてしまう。聞かせられない話だとうんざりしながら、建築指導課に欠席の電話を入れる。土日に入金できないという状態は、コンビニATMではどうなっているのだろう。可能ならばATM登録すべきだ。

こうして、とんでもないつまづきがあって、それならばと、空き時間に黒田さんの講演会の参加要請巡回を行うことにした。柳島の包括支援センター「すみれ」に立ち寄る。前回、災害弱者支援のケア関係の実務者のセミナーを行いたいということを話した事業所だった。今回のチラシと資料は、第2回目だけのものであること、被災時点から避難所生活が始まったとき、近隣避難所の介護度登録高齢者の安否確認や、状況把握は登録事業所の職員総動員の話になるだろう。茅ヶ崎は都市近郊型の問題を抱え込む意味で、東日本大震災の太平洋沿岸の様相よりも、阪神淡路大震災の経験が活きてくるだろうという話や、都市型が抱える外出時被災の関連で、被災後数日は、安否確認の混乱が続くことから、臨時避難している避難所の関係者とのネットワーキングの課題が大きくなる。服薬治療や訪問看護を受けている高齢者の健康管理の課題など、問題は多い。だから、ケアマネさんの会議や、事業所間連絡時などの場面で、企画紹介をお願いしたいと頼み込んだ。

私の関心は実は、高齢者・障がい者・妊産婦&幼児を抱えた母子・在日外国人・単身者・地域内通過者等のいわゆる外出時被災の混乱に翻弄される災害時要援護者(災害弱者)の緊急保護と保護のための隣人連携を登録避難所につないでいく過程のデザインと、避難所の中でのティーンズたちの運営協力などにあった。だからセミナーの概要は語りきれないのだが、まずは関係領域を場面を仮定して説得した。

これは、この後の包括支援センター「みどり」もまた同じだった。柳島では地区社協のボラセンや、中島のコミュニティセンター湘南、萩園の鶴嶺西コミュニティセンターをまわった。この他にも、個人の知り合いのいる訪問看護・介護の事業所2つをまわり、陶芸家の東魚さんや、Photoかながわに立ちよって時間切れとなった。明日からセンター試験、ひとりだけ担当している子がいるので、淵野辺をまわり、神奈川県ぐるり回って帰宅した。本業は別として、セミナー参加要請、ひとり当たるかどうかかなと、両手を組む。悔しさと現実、百万の空転の上にたてる楼閣。

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母に準備しておいた、遅い夕食を並べる。普段なら22時以降は食べないと怒り出すところを好物をいれて誘う作戦を立てておいた。胃を切除して母は15kg強体重が減少した。食欲がないから、水菓子のようなものを食べて済ませてしまう。カルシウムを減らさない算段も必要だ。なんとか今回は切り抜けた。糖尿病の私とは逆の方向の献立を立てなくてはならないのが面倒。

明日は寿町による。市社協からビッグイシューの広告にあった自閉症関連の書籍の購入仲介や、石川町ちかくの「お好み焼きコロンブス」と就労支援関連の4月企画の準備だ。Lプラザは土曜日はダメだろう。

<書籍注文>
●「アロマザリングの島の子どもたち」
●「遺児における親との死別体験の影響と意義ー病気遺児、自死遺児、そして震災遺児がたどる心的プロセス」
●「災害時における高齢者・障がい者支援に関する課題 東日本大震災から検証する」


夜間傾聴:**子(こちらから)
     ひとり(センター試験前日おまじない)


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1/17 市防災研修会「市民活動と市行政との協働を考える」に出て白髪頭畑を見学

2013-01-18 05:30:00 | 引きこもり
2013/01/18 記
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茅ヶ崎市の防災対策課が担当した市防災研修会「災害時における市民と行政の連携について」に参加した。大ホール3分の1ほどの入り。白髪頭ばかりだ。どうして「防災」というと爺ぃばかりなのだろう。今回絶対参加しているなと予測していた面々はひとりも参加していなかった。防災対策課の**さんにダメ押しだと1部渡したきりだった。

講演は茅ヶ崎市防災担当参与の佐藤喜久二氏。自衛隊から県防災局・定年退職後(株)総合防災ソリュージョン入社という経歴の持ち主で、話なれていた。

活動の立ち上げの場面と、それがどのような見通しの中で実現していくのかという、語り口の端々に注意点が織り込まれていた。抽象的という批判が出てきそうだが、これはこれでいいのかもしれない。ただステレオタイプで面白くない。対象は防災関係入門者向け。一般向けには風呂敷が大きすぎる。

「防災の基礎・基本を読み解く」>>「災害時の応急対策活動を読み解く」>>「今後の協働に向けて」

という大きな流れを語っていくのだが、既存の活動のアラカルト、紹介で終わってしまう。質疑応答は10分ほどで終了。会場質問者はふたり。ひとりめは、先日の初雪のあとの道路雪かきの結果、路肩の雪が通学路を邪魔している実情を訴え、もうひとりは個別案件を防災対策課に提出済みで、それをもう一度読むようにという主張。講師の話と関係ない発言。「外出時被災」とその「地域サポート」について、全く言及がない。従来の風水害対策の延長上に論を立てているのだった。

大規模震災の想定外の事態の体験を通じて、従来の対策を見直し、想定は最大に設定という教訓はいかされていない。がっかりした。

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次回が建築指導課による耐震セミナー「あなたの会社は大地震の備えができていますか?事業継続計画(BCP)について」に参加する。講師の公益財団法人けいしん神奈川 菅谷 宏 氏(中小企業診断士)だ。一見関係ないように思うが、現行市内震災津波想定をどのように考えているか、確認してくる。黒田さんの話に出てくる訪問看護師さんたちの環境・背景となる部分だ。

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今日は、残っていた十間坂の太陽動物病院に通信No.14を配り、少し話し合ってきた。

黒田さんのチラシは、市社協にビッグイシュー誌とともに配達。同じく、包括支援センター「ゆず」、「訪問介護支援センター・一心」、「平塚市市民活動センター」にとどけた。

前回の参加者の方々には、メールにて配布する。

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**子から電話があった。明らかに不安定になっている。しばらく話したが、混乱するばかり。合わないとだめかなと思いつつ、親御さんと分担できない状況打開の妙策はないものかと、ため息をつく。

田無の塾の塾長にメールを出した。体調が悪く引退とのこと、心配である。


陸前高田の大洋会の作業所がつくりはじめた「食用ほおずき」。販路を調べてみると、案外洋食に使われている。ちと高級品。「食用椿油」のときもそうだが、大洋会は独自性のあるものに取り組むか、茅ヶ崎では、交流の意思がないかのようだ。利用の実例を添えても、沈黙のままだ。

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夜間傾聴:**こ
     
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1/16 陸前高田市広田町に移り住んでいる三井さんとメール交換を

2013-01-17 04:27:29 | 引きこもり
しました。お元気なご様子。
民間交流実現の可能性の話。
広げていける手立てはないかという話。

辻堂のマルシェの成城石井が広田産のわかめを
扱っている。鳴門わかめと対照的な柔らかな三陸わかめだ。

3月(下旬?)になるかなあ、訪問は。
用件もあるので、来月に行きたいのだが。

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昼、包括支援センターの「**」さんが突然現れた。
裸で着替えの最中。母の治療支援の計画書の確認で現れた。
焦った。玄関で捺印した後、玄関室内側の床から上から目線になって申し訳なかったが、出来立ての黒田さんのチラシを渡した。

東小和田の「青空」「光と風」チラシ手渡し。
「光と風」は嫌だ。毎回、外気との温度差が激しく、
メガネが曇って、入口の看板に頭をぶつけてしまった、

洋光台の店主さんと話す。仕事作り。

明日は、14時から市の防災講演会。手渡し用チラシ
完成。

田無の友人の塾の通信をもらった。お付き合いは長い。
二十年ちかくになろうか。F&Yさんの引退、自宅療養との
話にびっくり。志が次の世代に引き継がれていくかという話。時の流れと落差。

持続は力なり。よくぞここまでと、エールを送りたい。

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黒田裕子さんの文章は自分に刃が向けられている文章だ。
看護師という仕事を凝視している。だからこそ、選んだのだが。

夜間傾聴:正月に合流しなかったため、古い友人から、再度の酒席の誘い2件。金欠です、堪忍。

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1/15 市防災講演会に手渡ししたいチラシと、ワイワイ祭り用企画書を作っています

2013-01-16 05:48:00 | 引きこもり
2013/01/15 記
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ここのところ数日手抜きで申し訳ない。1/17・18と市防災関連課主催の防災講演会が二日間あり、そこで手渡しできるように、黒田さんの2・18講演会と、わくわく祭りの障がい者避難企画のチラシをまとめている。

また黒田裕子さんの「阪神大震災を通して自己の可能性を見つける」(『ボランティアは社会を変える』ISBN:4906438784 より)を読んでいる。命と看護師職という自己責任の対話だ。

雪の嵐一過、庭の雪かきをした。

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[ワクワク祭り企画の目的と手順より>飛田]

--------- 以下のとおり。画像は「そり型避難器」

●茅ヶ崎の防災の中でも「災害時要援護者」支援は、湘南のような都市近郊型では、「在宅被災」と同時に、「外出時被災」の対策が大きな問題になる。いつでも、私たちの隣の避難困
難な方と災害の危険を回避するスキルのリテラシー化が求められ、対応力が定着していくことが防災の大きな課題となる。見ず知らずの要援護者(災害弱者)のニーズに即座に対応して
いける力は、実際の場面を知っておくことから始まる。

●今回は「要援護者」の中でも「障がい者の支援」を考えたい諸施設内や屋外など被災の場面はいろいろ出てくる。集団避難の状況が理解できなかったり、身体的な問題から避難遂行困難の壁が出てくる。その状況を障がい者の避難訓練のビデオから考えてみたい。

●NHK_ETVの番組「バリバラ」の「防災サバイバル 前編」(約20分)を参考に。議論する。

番組の中で、「車椅子」と階段昇降の難をどうするか。/車椅子がないときは、どうするか等考えて見たい。支援者はどんな準備ができるだろうか。

以上

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