湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

6/29 外出困難者サポートと対象高齢者の絞込みを

2012-06-30 04:39:05 | 引きこもり
2012/06/29 記
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母のデイサービスの見学に同行することに。要支援の範囲の機能維持回復を目的とする施設なので、父が入っているような重篤な方はいない。要支援の場合、病院のリハは、順待ちまたは断られることもあるとか。

見学というのに、迎えにきてくださったので、バスの乗り継ぎ手間が省けて助かった。私は母のニーズとのマッチングが取れるかを考えてはいたが、実は他の邪念(笑)も抱いていた。いわゆる外出困難のある高齢者集団と話す機会が得られたということだった。

はじめ、「白髪だが場違いな奴が来たので、何事か」と思ったそうで、正直な告白に大笑い。この方は92歳の女性。つかまり歩き、杖を使って近所なら出かけられるのだという。家族は別居。そしてもうひとりの男性は80代後半。自称「軍人さん」だという。女性集団に男性はどこでも劣勢だが、へこんではいない。

休憩中に震災が起きたら避難応援があるかと別の女性に聞いた。観念していますよとあっさりいう。

短時間だったが、お互いの結束力のようなものを感じ、背景の職員の方の場作りの跡を見た気がした。重度の方の場合、認知症の有無に係わらず、こういう集団意志を感じることはない。

施設は交流の場なのだと職員の方が説明してくれた。

ところが被災した地域の話をすると、体調の衰えを恐れると即答が返ってきた。施設の被災などでサービスが止まり、通いが出来なくなって在宅になると、一気に心身の衰えが出てくる。ストレスや生活の変化から引きこもりがちとなり、筋肉など体調が落ちてくるのだ。この流れの中で、孤立感を深めたり、家族の足手まといという自己嫌悪の悩みが高齢者を襲う。今回会った方は、この施設に来ないとボケるからねと、自覚的にデイに参加していることがわかる。

避難所から仮設に入った高齢者が、一気に心身を弱らせていくのは、家族の中で生活再建への協力、自分の位置がうまく見つけられなかったり、友人との交流が断たれたりすることによる孤立化という泥沼に足を踏み込んでいるからだ。

ここに来ている方々は、仮設に入ったとき、どうされるのだろう。調理や洗濯の手伝いは出来ても、生計の立て直しや、子育ても、子どもが大きくなっていて、そんなことは手に負えず出来ないという。

「市役所の方?」と聞かれて慌てたが、買い物や通院の補助を手伝う方は、実は支援する主力がこのレベル。就労や地域再建には体力不足という、私の今まで考えていた方のことで、このレベルの方がこれほど結束力があるとは、思っていなかった。昔取った杵柄である。

仮設でサロン活動を行なったり、協働軽作業を行ったりするとき、その主力は、今回私が出会った世代の方を介護する年配者の方々になる。嫁姑の関係が入ったり、より元気な相対的若手が場を占領してしまったりする。また今回の「軍人さん」ではないが、男性はこうした交流の場には、とことん不器用だから、年配の息子さんが高齢者と呼ばれて、言葉を無くしている方がいる。ああ、高齢者支援と言っても、対象を漠然とさせていては、いけないのだなと思う。

単純に年齢では分けられないが、結束力を持ちながらも、表の場で結束できない方がいる。ここは意識しておいていいと思う。個別支援に踏み込んだとき、外出困難という概念で間接的に境界をひけば、今回会った方々のような立場の高齢者の方が、サポートの優先対象となる。

母を残し、面談を済ませ移動。レポート受け渡しを済ませ、帰りに寒川で途中下車して、図書館の書籍更新を済ませ、急いで茅ヶ崎駅南口の茅ヶ崎コーヒー店へ。私のペットレスキューの仲介活動を評価してくれた「Action for Human & Nature,Animals」の**さんと合流した。しかし喫茶店は「歌声喫茶」に貸し切りになっており、前回の臨時休業と続けて2回、喫茶店の前の合流となった。

**さんが編集する同誌No.3 に、私の活動インタビューを載せてくださっていた。感謝。

医療関係者の動物愛護の関係誌だが、お隣の藤沢市からの活動で、東京・千葉等の大学の医療関係者が執筆されていた。茅ヶ崎への読者拡大のお話があり、サポセンに同誌を置く仲介をすることになった。

PSWやOTの卵の方の災害ボランティア参加に、情報があったらとお願いしてきた。

話をしてきて「見守り支援と民間交流をめざす『広田半島通信』」発刊のための協力要請文を作ることにした。今夜は**子の不可解な怒り対策に余力をあてるので、明日夜に作業する。

●「手づくり油読本」

を借りてきた。陸前高田・大洋会の椿油の活用を考える資料だ。


夜間傾聴:**子(空振り)
     橋本3君(仮名・母親)

(校正2回目済み)

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6/28 活動立ち上げの隘路を見失わぬために

2012-06-29 03:39:17 | 引きこもり
2012/06/28 記
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母が起きてこない。昨夜、ダンピングがあったという。午後、包括支援センターから、母の介護度決定後のサービスとつなぐ手続きが行なわれる。胃切除後の体力低下が、めまいや、歩行不安定の固定化などの状態が、要支援に該当するとの主治医の判断で、介護度を取得することになった。その最後の、サービスとの仲介を行なうというのだ。包括支援センターとの日時の約束も昨日まで私は知らなかった。その当日、母が起きてこない。キャンセルするか否かも、応答がない。介護というのは、そういう不安定な拘束に身を置くことになる。子育ても似たところがあるだろう。やたらに変更する訪問指導をしている身には大きなことがいえないが、この状態は社会・営業活動の信用を得られない。そこに30年近く晒されてきたことを思うと、向けどころのない怒りが鎮めども鎮めども、その煙が漂ってくる。悟りが得られていないなと、呆れる自分もいる。

母に粥をつくり、出かけようとするが、「契約があるからいて欲しい」と険しい顔をされて、結局昨日の巡回指導の時間を遅らせた。

なんとか契約は、通所先の見学を踏まえることでペンディング。目的をケアマネさんと話して、母にも再確認させた。

ここの包括支援センターの職員さんは、高齢者地域保健福祉関連の会合で会ったことがあり、その場で気仙地方の外出困難な高齢者サポートの活動立ち上げに腐心していることを話していた関係で、余談が母の知らない世界だったことが気にいらなかったらしく、見学は当分行かないと言い出し、またベッドにもぐってしまった。

今回の話で、我が家に民生委員の**さんがやってくることが予測された。広田町やその周辺の3町の地域保健福祉につながる孤立化防止活動のプランをたてるとき、実務者とのつながり方に良策は無いか探る。その際の相談に乗ってもらえないかと以前、話をしていた。今回、民生委員さんと、この包括支援センターの職員さんへの質問をOKさせたのは、少々強引だったか…。

被災地にとっては、復興と新規立て直しの諸活動の中で、人材が不足している領域であることはわかるが、短期滞在ボランティアだと任せられないという意識がある。有効な人材が不足しているということになる。非被災地湘南にとっては、ニーズは見えても、具体的な支援の方法が短期滞在では無理だとなっている。ましてや遠くを眺め、地域保健福祉の概要や、被災状況と具体的なニーズが見えないという悩みがある。

卵が先か鶏が先かというところだが、湘南から長期休暇中、関連学科の学生さんを支援に入ることを企画化できないかと考え、人集めを図るという事と、地元の受け皿,体制形成と呼応しないと、家庭生活に深く係わることであり、活動が迷惑になってしまうことだけは避けたい。つまり、地元・行政・支援者との連携が必要な活動なのだが、状態が整ったら始められるという活動は、まず、死んでいる。どこからか成長し連携が整うと見たほうがいい。それには段階を踏んだ支援の形を形作った方がいいのだ。従来の見守り支援との境界線は、外出困難者を対称にするという部分化。集団活動から個別支援へという流れだ。単身者・高齢者夫婦世帯の孤立防止は、この個別連れ添い活動の中で抱え込んでいく。

とにかく訪問滞在か定住の活動でない限り、保健師さんや、訪問支援員さんとの連携は難しい。よほど人材を抱えて定期的に派遣できるような団体でなければ、短期訪問支援者は無視される。それはサービスを受ける高齢者・障碍者の方々は企業としての介護サービスの補完要員としてしか評価されていないし、一番大事なことは、「信頼」をベースにした活動だからだ。この辺の未整理を整え、それでも短期訪問支援者に役割があることを明らかにしなくてはならない。同時に、介護サービス企業と決定的に違うことは、この経験が各地の地元に経験として持ち帰ることによって、移植されていくことだ。だから、できることなら関連学科の学生さんを中心に支援を組みたいのだ。

そんな話をケアマネさんと話したから、えらい家を訪ねてしまったと思ったかもしれない。

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遅れてしまったが、それなら橋本に行く前に、相模大野校に立ち寄って事務長の話を聞こうということで、母を放置して相模大野に出かけた。

事務長の話は、前の記事で述べたように、北里大看護学部の教官経由で、同大医療衛生学部のOT(作業療法士)さんの多いサークルを仲介してもらったが、サークル自身が全く目的の違うサークルで、承諾を得られるか甚だ不安な話だった。慈恵医大の専門学校の話とともに、門前払いをいかに封じるかの作戦を思案している。

事務長が協力してくれたことは嬉しいのだが、何もないところに彼らを呼ぶという無理を通そうというのだから、社会的意義を踏まえなかったら、まったく話にならない。孤立死防止と言っても全然届かないだろう。

だからもうひとつの柱「民間交流」を仲介したい。インターネットと言っても、介護者も高齢の方が多い現実では、非デジタルな方法が必要だ。「広田半島通信」は、支援活動の画像を紹介する壁掲示型のニュースとし、じっくり、メールと郵便物を媒体としたい。

それと夏期冬期の短期研修である。これを実現したい。

現地に有志が欲しい。7月末に出られないかと金策をしている。

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橋本2君が来ない。空振り。

カレーライスで遅い夕食は終わり。母のリゾットを作ってとにかく一日を終えた。これから「ねこひと会紹介新聞」を仕上げ、金曜日から配布を始める。


夜間傾聴:**子(仮名・精神の施設に行かないと室長に言ったと、話をひっくり返して怒っている。また振り出しからか。なぜ?)

(校正1回目済み)


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6/27 外回りの一日/**子の面談/遠野まごころネット東京事務所に寄り

2012-06-28 05:21:21 | 引きこもり
2012/06/27 記
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目覚ましが1時間早く鳴った。さい先が悪いと思いつつ、朝食を食べて出かけようと準備を始めたところで母が起きてきた。ここでのんびりしていると、次々に出発が遅れることが始まる。そのまま、朝食を諦めて大森へ。

**子の依頼は、夜間、専用携帯にかけてくる。**子の怒りと嘆きに嘘がないことを、施設職員や作業室内の利用者さんと話をしてみて、たちの悪い人間であることを確かめてくれというものだった。勿論、そんな話は引き受けないが、**子のストレスは極に達していた。

今回、室長と懇談することができた。

**子の場合、ひとりで通勤が可能な施設だということで、**子の困難とは、困難の質が違った知的障碍の方の就労支援の作業所にいることから、文句を語り合える同じ軽度の友人関係が出来ない孤立感が日々鬱積しているのだった。

精神障碍の生活支援の施設の併用や、大田区内の親の会から状況打開できる可能性のある施設を紹介してくれないかと問いかけ、打開策への協力を求めた。それがベストではないが、利用が変化を開く可能性があると認め、協力してくれることになった。

目的は一応達成できた。親御さんへの連絡を図るも自営業者なので、時間が合わず、報告は、とりあえずメールでということになった。

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東京の周遊切符を買ってあったので、大森から秋葉原に出て、先に工具を買った。細部工作可能なラジオペンチと、半田ごての先だった。教材の中には電子工作が組み込むものがあるのだ。

遠野まごころネットの東京事務所は岩本町にある。私が子どもの頃住んでいたところに近く街並みが懐かしかった、問屋街である。

陸前高田側の見守り支援を行なっている方の紹介を頼みつつ、広田半島通信に写真を提供してくれる団体はないかと問いかけ、構想自体を紹介してきた。(当面回状はまわっていないようだった。笑。)

成果はあてにしていない。結局は自分が道を拓かなくてはならない。時間が遅かったが、西新橋の慈恵医大附属看護専門学校に行く。担当者不在ということで、ともあれアポを取ることが出来た。7月初めである。広田町の側の最低、保健師さんや、医療関係者との受け入れ側の体制作りが必要。8月まで東北に出て行けない距離感。

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予定の時間切れで茅ヶ崎に戻り、元の車の持ち主の**さん宅へ。巡回文庫と広田半島通信発行の活動を始めないかと説明。帰宅。橋本の巡回指導は日送り。

急がば回れ、だが、回りっぱなしが実情。

・**子の親御さんへのメール
・慈恵医大附属看護専門学校への資料送付
・気仙地方の巡回文庫設置先へのブックシェルフ送付連絡
・ねこひと会保護ネコ号紹介通信No.09作成
・陸前高田市/大船渡市の地域医療計画入手
・三井君に渡った車の件、広田町++さんに経過郵送

夜間傾聴:南橋本君(仮名)

(校正2回目済み)

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6/26 父の老健に寄りつつ/27日の東京巡回と/巡回文庫の下準備

2012-06-27 06:03:36 | 引きこもり
2012/06/27 記
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父の入所している老健にいく。相模大野からは、伊勢原に出てバスに乗り換える。

広田町関連の情報の走り書きをスマホで読んでいると、すぐに着いたように感じるが結構かかっている。広田町情報は、横浜・川崎から食材を慈恩禅寺に持ち込んで、地元の方と食事会をやったというおっさんたちの話だ。ずいぶん大ざっぱな企画だなと瞬間思ったが、考えてみると、これはこれでおっさんたちの交流ならば、いいのではないかと思った。ただし、地元主婦が裏方で、炊事に走り回っていないことという条件がついている。

老健では七夕の企画について話したのだが、また今回も男が家族から参加するのは、私だけだ。昼間だからという悪条件もあるが、介護は女性の仕事という発想が依然根強く残っている。

また寿司を買い込んできて、父に食べさせた。父は記憶の混濁や半身不随の状態であるが、以前、鉛筆を持たせて「○」印を紙に書かせ、成功した。今度は箸に挑戦させようと「箸」を持たせた。前回、寿司を二ギリつぶしてしまったので無理かなと思っていると、箸のもち方が確かに変だが、好物のイクラの軍艦巻きからこぼれおちたイクラのつぶを、車椅子から身を乗り出し、寿司パックの中の粒を追いかけ始め5分ちょっと追い続け、無事イクラの粒は、父の口の中に到着した。これは、なんということもないかのようだが、実は大変なことだ。ひとつの物事を集中して追い続けたこと、その状態を後で自分が説明できたことだ。

さっそく、帰りに担当の看護師に会って話をした。しかしその後が問題。ああそうですかと、さほど気に留めていないのだ。価値がわからないのかと、びっくり。追求せず、事務室に戻り、レンタル関連の支払いを済ませて、老健を出た。初夏の日差しが突き刺さり額が痛かった。私は望みすぎるのだろうか。

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陸前高田の中小企業家同友会の面々の名刺を繰って、広田町関連の情報を得られないかとメールを出した。小友町のモビリアの情報ならと、一通応答が帰って来た。作業所の件だった。

調べていっても、食事会の事後情報や、モビリアの作業所情報など、欲しい情報の周辺に雑多な情報が並ぶものの、広田町を中心に地域保健医療・福祉の計画関連情報は、人伝てからはまず入ってこない。やはり直接関係者に問いかける以外ないのかと思う。障碍者関連情報などは、分厚い個人情報保護の壁が立ちはだかって、私が何者であるかを証明し続けなくてはならない。

せめて巡回文庫が動き出していれば、巡回文庫をしているものという接点が出来る。地元に直接働きかけがなければ市民活動畑の名前なんぞ、かけらも価値がつたわらない。(○○大学ΔΔプロジェクトは、なんとなく通る。)

明日、**子のフォローに大田区の作業所を回った後、遠野まごころネットの東京事務所に立ち寄ることにした。飛田はどこでも評判が悪い。遠野の金太郎ハウスで、昨年7月の段階で、陸前高田の仮設周辺の仮設トイレは、皆和式なので、私のように片足骨折の後遺症でしゃがめないものは、大便時、トイレが全く使えないので、市役所の洋式トイレがあることが貴重だと伝えたところ、急に職員が険しい顔になって、話を遮断されてしまった。金太郎ハウスの施設不備の指摘と構えたようなのだが。県のボラセンに行っても、車の譲渡先探しの件で、大船渡に話を進めていると使えたところ、遠野に連絡してあげるというので断った。実はその連絡がいつも全く的外れで、先方の混乱を引き起こすだけだったから不要と言ったのだが、何回も繰り返すので、運動を壊さないでくれと言ってしまった。それ以降、警戒警報が鳴り続けるという具合。民間の運動と、公的なバックアップのある運動とは、作る筋道が違う。それが役所仕事風の常識に乗る場合と全然違うのだ。根回しとか打診百回、ともかく現場で交渉という形で活動を作る。それがわからない。

だから東京事務所で広田がどうのと言っても通じないかなと思いつつ、せめて回状が回っていないことを願う。静かに情報収集と学生人脈を打診してくる。

##さん、笑わないで。事実でしょう?

帰りに久々の秋葉原。工具を仕込んで帰るつもり。

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辻堂から湘南台駅行きのバスに乗って駒寄のコーナン・ホームセンターに行く。陸前高田の西風道仮設と、大船渡の盛駅休憩所に本を送る。そのときのマガジンラックを仕込んできた。直送してもらった方が郵送費が安い。7月初めに日にち指定して、発送を頼んできた。チェーン配本するので、1万円弱かかってしまった。

仮眠時間がなくなるので、一応区切り。


夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)
     南大沢君(仮名・こちらから)

p.s.
<要チェック記事>
●「歩行能力、半数低下のまま みなし仮設・親族方転居の高齢者」

(校正2回目済み)

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6/25 湘南側の学生との専門性を持った接点はとれないかと

2012-06-26 06:22:30 | 引きこもり
2012/06/25 記
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母に来客あり。邪魔になるので相模大野校の帰り、事務長を誘い出して話を聞いた。半分時間つぶし。事務長は北里大看護学部の教官から、関連社会活動の紹介をしてくれるという話で、その紹介先は医療衛生学部関連の活動なのだという。キャンパスは同じだが、OT(作業療法士)の卵の方だろうか。ならば私は母が入院していた北里東病院の関係で直接何人かの卒業生を知っている。少し期待かなと見直し始めた。夏休み前に会いたいと頼んだが、少しほっとした。正規の課外活動となると、早くて来年度。無理だなあと思っていたので、自由度が増したというか、しかし一方では地域保健の線で看護学部の発想にアクセスしたかった。

帰りに三井君の車の元の持ち主のところに、名義変更証明証のコピーを届けながら、広田半島通信発刊の協力を進める「魂胆」を抱えつつ連絡を取った。残念お留守。改めて翌日電話を入れてお邪魔することに。

女性客は長居と相場が決まっている。案の定、自宅に電話すると相手はまだ居た。銀行の入金も有ったので、茅ヶ崎駅北口をまわって、サポセンに出た。

●「被災地と共に歩む 3.11生活復興支援プロジェクト」

東海大チャレンジセンターが大船渡でどんぐりハウス建設を行なったり、こども放送局を行なったりした。そのときの記録DVDがあったが、我が家のPCはウィルスとの戦いをして、音声機能を壊していたので、OSの再インストールする気になれず、サポセンの職員用PCを借りて、DVDをチェックしたのだ。

三陸町越喜来泊地区にハウスを建て、この地区の子どもたちと日常を語ろうと放送局取材体験をした。そのときの記録だった。平塚キャンパスの学生さんたちだった。この活動との接触を以前試みた。引率教授の方の携帯の電話番号を紹介してもらって、そこにかけたのがいけなかった。電話は有無を言わずに会話を強要する性格がある。近隣なので、一緒にやれるところを一緒にやりませんかという内容で話したことが、講師依頼と勘違いされてしまい、教授の怒りをかってしまった。どうしたものかなと腐心していたら、この本が発刊された。

内容はどうこうというより、今の自分の活動領域と接点がなかった。私は塾をやっていた関係で、ミニFM運用の経験があった。阪神淡路の震災時からの影響だったが、東海大はもともと放送局を持っている。接点というところではなかった。

ざっとDVDをみて、大船渡の知人にメールを書いた。この活動の受け入れの裏方さんだった。知り合いのお子さんの映像の感想を送ったのだ。

正直言って、DVDは戸惑った。湘南の子たちが作っても類似のものになるからだった。後半になって、被災した沿岸地域を取材する子たちが登場するが、自分の思い出との接点と、場所の喪失という語り口になって、インタビューのシーンがないのが物足らなかった。このマイクを高校生が持ったらどうなるのだろうかと考えた。

湘南側の災害ボランティア学生と連携したいと思うのだが、思うに任せない。

教材屋の追い込みをしていると、**子から祖母の介護を任されてパンクしそうだと悲鳴のような電話がかかってきた。火曜日に精神科の定期受診日なので行くが、会ってくれないかという。26日は無理なので、翌日に大田区の元保健師さん(定年)を交えて話すことになった。東京方向にまだ用事が固まっていないので、少々憂鬱なのだが、久々に「舫(もやい)」の役員と会ってみようかと思っている。帰りに、元の車の持ち主の****さんのお宅に、夜間で失礼かと思いつつ、ともあれ証書コピーを届けようと思っている。

今、陸前高田と大船渡、岩手県の地域保健構想関連の資料読み込みを始めている。水曜日には、高田病院石木氏への講師依頼企画を書き始める。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     橋本3君(仮名・本人)


(校正1回目済み)

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6/24 NHK復興レポート・釜石から湯浅誠講演に共感

2012-06-25 06:55:32 | 引きこもり
2012/06/24 記
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「見守り支援と民間交流をめざす『広田半島通信』」のテストVer.を作ってみた。題材を拾いながら、いつもうみのことであるが、取材情報の難点が見えてきた。載せる情報は、事後的なものでいい。例えばカントリーギターの上手い学生が小学校の駐車場のところでコンサートをしたとしよう。通り雨があってコンサートが一時中断。再開して無事に終わったとしよう。

組ものスナップは、演奏者に向けられた画像が中心となり、企画関係者が演奏者を取り巻いている様子が次に撮影される。そこから突然、企画者の飲み会のスナップになってしまう。これは企画者が自分たちが楽しかったことを記録したものになっている。観客にカメラを向けることは、肖像権の侵害になるという意味で慎重であるべきなのは事実なのだが、どうやらそういう配慮ではないのに画像がない、なんでだろうなと思う。これは「カントリーギターの演奏会実現」に関心があって、その表現を記録しているからだとわかった。

被災地に持ち込まれた演奏会は、被災者の元気付けとか息抜きが目的だ。だから演奏者との交流が見えるスナップや、通り雨のとき、観客が皆で椅子が濡れないようにブルーシートを被せているシーンとか、演奏会終了後、子どもがギターをいじりに集まってきたときのスナップとか、会を実現しているのは、被災者も企画参加しているのだという視点がない。サービスを提供しているのだと考えて、観客の企画参加を見失ってしまうのだ。一見この方がつまらないように思える。しかし目的に照らせば、被災者がいない支援があるだろうか。

演奏を通じて楽しみあう、これは象徴的な物言いだが、この手の画像だと、第三者には、ちっとも支援しているようには見えないだろう。

数少ない提供スナップを使って「広田半島通信」を編集していくとき、画像が選びようが無いという事が起きそうだ。現地に私がいれば、知り合いにお願いして別のスナップをいただくということも出来るが、初めから取材を依頼したとき、その団体の借用分画像が主になる。大きな1枚の画像に、どれだけの交流を込められるか、それだけの画像が返って来るだろうか。なおさらに心配になってしまったのだった。

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この間私が、仮設生活期の困難のあり方や、支援のセイフティネットをどのように張っていくかということが、その裏付けに地方紙の記事や、TVのマスコミ放送によって、か「深刻で長期化したストレスが、狭い仮設というプライバシーの無い空間のなかで、強がりの裏面にどんどん増殖している」という指摘があり、孤立化が実際起こっているという裏づけを得たような気持になっている。高齢者の心身の疲労衰退や、孤立化と自殺は、ひとの光と陰のように輝くものにも張り付いた闇のリアルなものと言っていい。

朝のNHK復興レポートを観ていて、「舫」の湯浅誠氏が地域のセイフティネット形成の話の中で、観客が語ったことは、この間災害ボランティア関係者に聴いた話と全然違う。コンサートのあとに「元気付けられました」と感想をいうにこやかな顔が、故郷を捨て県外に移転しようかと悩む顔に転じる落差。仮設の部屋にひとり居るときのせつなさ・孤独を語る関係者という具合に、見守り支援は火急の課題という感じがしてくるのだ。朝の復興レポートは、セーフティネットの枠組みを示した優れた番組になった。

●6/24 NHK総合「復興サポート 地域の”セーフティネット”を作ろう」
   講師:湯浅 誠(舫・元内閣府参与) 勝部麗子(豊中市社協)の両氏
 場所は、釜石市仮設住宅集会室

また母との行き違いで、録画を消されてしまった。録画された方は是非ご連絡下さい。討議資料として活かせるように思う、見せて欲しいのだ。

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7/29 に茅ヶ崎の災害ボランティア交流会がある。市社協の主催だ。しかし、このテンポでは、茅ヶ崎市の防災では間に合っても、東北の被災者との民間交流を通じた被災者支援は訪問型支援活動のみになり、かつそれもジリ貧に陥るだろう。東北の被災者の困難は、まだ何も解決していない。無策のまま過ぎていいというものではない。交流会申込済み。


<気になる新聞記事より>

●「仙台、高齢者2割歩行困難 震災10カ月後も回復せず」
●「焦点/関連死扱い定まらず/原発事故後、追い詰められ自殺」
●「焦点/仮設入居待ち1570世帯/被災3県、避難長期化 生活に変化」
●「焦点/仮設住宅入居待ち増加/住まい、我慢重ねて」


<茅ヶ崎市立図書館新刊から>
補)●「南三陸日記」


夜間傾聴:橋本2君(仮名)

(校正2回目済み)
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6/23 前)雑多な話

2012-06-24 06:49:48 | 引きこもり
2012/06/23 記
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橋本3君の親御さんと会った。進学とたててきたが、遠縁のレストランのバックヤードに誘いがあったが、迷っているとのこと。そのまま当人に選択を迫ることが良策とは思えないので、体験させてみることにした。夏期講習は請けさせ、前期が終わった直後に、体験を3日間行なう。短期間なのでジョブコーチを介することはせず、2日間、私が先方の人事関係者と話して、ジョブコーチもどきをやることになった。先方は自閉症スペクトラムの話を知っているが、直接就労指導した体験が無い。はじめは清掃からになるが、むしろひとつひとつの活動を定着させたほうがいい。その旨を連絡した。当人とは、今日、海老名まで出てきてもらって面談する。
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中学生が面談相手になったのは久しぶりだ。中学生の場合ファミレスのようなところで面談することに躊躇する。無理を言って相模大野校の教室を授業終了後、使わせてもらうことにした。会って10分もしないうちにトイレに行きたいといいだした。その後何回も要求があって、神経性の腹痛を起こしているのがわかった。今回は引き伸ばすのは、やめにして、まずは私と彼との人間関係を落着かせることにし、早めに切り上げた。彼は三口を治した後があった。それを狙いいじめが発生、不登校になり、中学校に進学するとき、決意して中学校の門をくぐった。
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前回、茅ヶ崎市内某所で、母の知人が独居生活していた件、気になって、帰り道寄り道してアパートの横を通り抜けた。同室に独居の高齢の女性が住んでいた。ポメラニアンが室内を歩いているのが見えた。以前は動物の飼育が禁止されていたのに、こういう事件があった貸家は条件を緩めることが多い。ひとり風呂に浸かったまま溺死という経過から犬を解禁したのは妥当な判断と思われた。しかし時は矢の如く過ぎていく。亡くなった方の生活の残りもの、そのかけらも見あたらなかった。
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茅ヶ崎市立図書館から「災害ルール (Disaster Rulesの翻訳)」を借りる。突発性災害時、初期避難制度化の提案の件と、医療情報のQRコードカードの企画化の件で、緊急時の段取りを押さえたかった。
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母がフライドチキンが食べたいと言っていたので、買い求めて家に戻った。今日は茅ヶ崎駅のぺデストリアンデッキでNPO「一心一」のデモがあって、その後ハスキーズギャラリーで懇親会が開かれていた。清掃ボランティアである。踊りながらゴミを拾っていく。申込期限が過ぎていたので覘きに行かなかったが、宗教的な価値観を感じる。その価値観を体現するための活動というのが逆立ちのように感じる。社会的問題の解決の先に行動が出てくるのではなく、価値観を実現させる領域を選んで実行するというのが違和感を作る。この辺の溝を埋めることも考えて参加するつもりでいた。
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フライドチキンの暖かいうちにと急いで帰宅したのだが、家に戻ると鍵が開いたまま、携帯も置き忘れて母は外出していた。介護度認定の通知書が来ていたので、近くの主治医のところに行ったのだろうと、荷物を降ろしてさて困った。私は鍵を持っていないのだった。母に連絡が取れず、留守番を余儀なくされてしまった。広田半島通信(フォト通信)のお試し版を作っていたが、私が広田町を訪問し、撮影したものを載せるとしたら、年2回が無難な線だろう。三井君のような地元常駐活動の関係者の協力が得られれば、年3~4回は発刊できるだろう。支援活動の様子だけでなく、広田町の日常生活の紹介と被災の影の接線を描きたいと思っている。訪問介護だけでなく、高齢者の生活支援のサロン活動をしている**さんの事務所にお邪魔するつもりでいたが、結局留守番で予定が狂ってしまったのだが、編集仕事、B4サイズだと、かなり画像の画素の粗がでてしまうことがわかった。画像を選びそうだ。

私はデジカメを持っていない。昔のフィルムカメラだ。ストロボが点かなくなっていた。さすがに鍾乳洞撮影に使っていたニコノス2は動いたが、マニュアルカメラで露光計を使う。期限切れのKRが同梱されていた。ストロボを買うにも今は金欠である。他の一眼レフはメインテナンスがいるようだ。ごっついカメラを担いでいくのかなと少々憂鬱になった。

先日の新聞記事のリンクのうち、2つが説明不足だったので、付け加えておく。

●「石巻の在宅被災者、ケア必要14% 高齢者孤立の恐れ」

被災した高齢者の心身の状態を調べたアンケートの結果だ。家族・家屋財産・仕事の喪失という激変を負い、心のサポートが必要なかたがどれほど多いか注目して欲しい。私の提案する生活支援の背景となる状況だ。

●「「外出なし」高齢者26%、孤立死で立川市調査」

これは都市型といわれそうだが、田舎でもサポートが必要な率は大きな変動が無いと思われる。ただ農漁業を営んでいた方は、身体年齢が若いため、年齢が底上げしているだろうが、孤立化は変わらないと思われる。

三井君から、手紙。車の名義変更が済んで、元の持ち主さんに譲渡証明書のコピーを渡すという約束をしていたのだ。明日、コピーを届ける。



夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)

(校正2回目済み)

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6/22 体力が衰えた被災地高齢者の外出サポート関連のことで/リンク他

2012-06-23 06:39:42 | 引きこもり
2012/06/22 記
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相模大野校の事務長が北里大看護学部の友人のところに行って、広田半島のサポートの件を促してくれる話、動き出した。昨日会って話したという。即答は得られなかったが、土曜日に再度会ってくれることになったとか。期待していなかったが、関心を持ってくれるなら資料も作るからと、今日一日は震災避難をめぐる高齢者の状況一般、非正規訪問看護研修やゼミの形で広田半島周辺地域で短期研修をしてみないかという提案、広田町の概要、災害ボランティアの生活見守り支援の個別支援への拡張、外出サポートの重要性を書いて新聞記事リンク集を添えた。相手がどの役職の方か事務長は同郷の先輩だと隠すので、一般関係者向けにまとめた。

そんなこんなで、はずみがついて、最近の高齢者の寒々とした日常関連の話や、被災地中高年を含む高齢の方のストレスの限界となる、生活不安の状況関連の話を選んでみた。介護の孤立の一例だが、横浜の高齢夫婦の衰弱死の話をいれたが、読んでいて茅ヶ崎市内某所で起きた母の知人の孤立死と現場立会いをしたときのことを思い出した。風呂の中の溺死だった。

吉祥寺の老夫婦の例も、偶然母が立会い、死後硬直した母の知人を、身元確認立会いに母を連れ添って行ったことを思い出していた。介護されていた夫は認知症、妻が転倒で肋骨を折りそれが元で亡くなったが、夫は動かなくなった妻に水を何回も運んでいた。住宅地の中の出来事だった。子どものいない夫婦だった。

そういう実例を体験しているので、近所づきあいの親密な地域の中に、突然ぼっこりとことが起きることを私は知っている。しかしそのことは、話しても伝わらない。阪神淡路の震災のときも、僻地ではなく隣人が生活しているそのとなりで、人がなくなっている。これが盲点なのだ。震災避難と生活苦が長期化してきたとき、特に失業保険が「切れたとき、魔の時期が始まる。家族のプライバシーの領域の距離、これは一般通行人との距離の話だが、路上生活者の五所川原さん(仮名)は一昨年、病院から抜け出して中央公園のベンチで亡くなった。市役所の真ん前、死後数時間経っていて、その間通行人が彼の遺体を目撃していた。そういう日常のいくつもの事例、言葉に絶するようなことも実際に起きている。絆の隙間、極希れな出来事ではないのだ。

高齢者の場合、自殺は少ない。病死・衰弱死なのだが被災が時間の真綿で首を絞めているようなことが起きている。今回もNHKドキュメントで、下記の放送があった。福島の場合、被災者がばらばらの地域に避難しているので、なおさらに孤立感は強い。前回の就労困難の状況レポートとともに、セイフティネットがなければ、耐え切れない方々が当然出てくることが改めて紹介されている。もうひとつの「東北発・未来塾」は、いわゆる中高年まで、まだ人の輪の中で働ける方への支援者の働きかけのキーポイントが出ていた。私が引きこもり青年への働きかけの基軸にしている論理を、JENの木山啓子さんが伝えていて好感がもてた。「ひとは自分のためではなく、他者のために情熱的になる」ということ。他者にかかわることは、自分が変わっていくことなのだということ、これが希望につながる隘路なのだ。録画やオンデマンドなどで、是非ごらんあれ。

●震災ドキュメント2012「ふるさとは奪われた
              ~原発事故 双葉町の選択~」

●東北発 未来塾 テーマ:人を支えるチカラ 講師:木山啓子さん

以下に就労可能年齢を超えた高齢者の外出支援の大切さを裏付けるデータも出てきた。ざっと載せたがごらんあれ。

●「孤立死、自殺防止へ庁内組織 南相馬市」
●「石巻の在宅被災者、ケア必要14% 高齢者孤立の恐れ」
●「「自殺対策不十分」3府省に改善措置を勧告 総務省」
●「妻の病死後、要支援の夫も衰弱死か 横浜の県営住宅」
●「「外出なし」高齢者26%、孤立死で立川市調査」
●「介護福祉施設:提携医療機関、「災害時にない」52%??多摩地域 /東京」


**子の関係で、**子の通院している##病院に**子の付き添いで、土曜日でかける。知的障がい中心の作業所よりも、今は精神障がいの生活支援の施設の方が合うように思うのだ。手帳が精神なので、意見を聴きに行く。

母が天ぷらを食べたいと言い出した。てんやに行けば安いのだが、糖尿病の私にとっては、悩み多きメニュー。母の嫌な顔を見ながら、かじきまぐろを買って来て、母の分だけバター焼きした。みごと一口だけ食べて大半を残されてしまった。高齢者は頑固だ。人のことは言えないが。


夜間傾聴:南橋本君(仮名)
     相原君(仮名・新・中学生)

(校正2回目済み)

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6/21 共同行動のタイミングは難しい

2012-06-22 05:00:46 | 引きこもり
2012/06/21 記
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セカンドブックアーチ(NPOに古書を提供するNPO)のYさんから応答の電話が入った。国内のNPOを通じて、タンザニアのンゴロンゴロ島に届けられた書籍へのお礼で招待されたとのこと。活動の拡がりに拍手というところだ。

しかし、日程を聞いて憂鬱になった。まもなく出国して、帰国が7月初旬だというのだ。7月初旬は、三井君のスケジュールが東京に集中しており、広田町周辺の仮設に文庫配本が出来ないのだ。またかと血の気が引いていく思いがしている。仮設巡回をしながら仮設代表と話をして、文庫を受け入れの話をまとめたのが3月、もう一箇所の仮設が4月契約なのだ。後者には5月末頃という言い方をしてきた。しかしそれが車の譲渡に時間がかかり6月にもつれ込んだ。それがまた7月中旬を過ぎようとしている。共同行動の難しさを改めて感じている。

これは文庫の問題なのではなくて、文庫という先発活動がスタートしないと、そこと関連付けられた後発活動や、災害ボランティアの中の「生活見守り支援の新規活動」の立ち上げのモデル作りとなる現地の活動が宙に浮いてしまうからだった。

大きなところでは経済活動のセイフティネットとならぶ、地域保健と医療・福祉のセイフティネット作りに連なる「外出困難者の個別支援」のモデル作りであり、一方、家族の喪失や窮状の長期化による「ひとの孤立化」、「家族を支える中高年の精神保健上の危機」は火急の問題となっている。

だから有効な駒を進めていく質を持った生活支援の立ち上げは、このテンポではとても間に合わない。焦っても事は進まない。しかし、支援活動の常識に様式化されて、表現の契機を結果的であれ閉ざされては、新規活動の立ち上げすらおぼつかないだろう。災害ボランティア活動の中でも、「支援の網の目から落ちていく人々」「見えない人々」(社会的弱者)の被災者の素顔を見失わないこと、これは支援者として肝に命じておかなくてはならない。

私の模索が無に帰さないようにするためにも、「防災」の領域にも複線的に提言を始めている。「災害初期誘導員制度」、「生活と医療のIDカードのQRコード化」の小さいながら影響を持つ提案2点。優先すべきは、被災者・被災高齢者の生活困窮や孤立化防止対策の活動だ。手がかりを育てよう。思案のしどころだと、湘南に関連づけられる現地活動の接点を探している。ともあれ秋の講演会と広田半島通信発刊からはじめていく。

録画しておいた「NHK震災ドキュメント2012「“震災失業” 被災地はいま」」をみた。石巻の被災者の窮状は、昨年、夏の終わりから語り続けてきたことが、行政が対策を打てぬまま、事態がむき出しになってきた感がある。失業と生活資金放置の問題だ。これを失業者本人の意思の問題と言える者はいまい。

50代後半になって転職を余儀なくされている方、転職先の労働で脊椎を壊し、医療費が払えないため病気を抱えたまま、無理をして職をさがしている方、自営の店が被災し二重ローンを抱えて、軌道に乗らぬ店を諦めて県外移住を図ろうとしている親子。

誰も支援出来ないのだろうか。しかし、被災地にはより高齢の就労年齢を超えた方々が、障がい者が、乳幼児を抱えた母子が、影に置き去りにされている。被災地だからこそ、そのことが顕在化して立ち現れているのだが、常に忘れ去られている。まずはここから、一般人の支援の形を定式化していく作業は、ひとりでも始められる。とにかく、言った事は、必ずやる。やってなんぼの活動がボランティア。動け。

モビリア仮設図書室から塩害対策と、塩害に強い園芸作物の関連書を求められていたが、専門書を除くと、実用書が見当たらなかった。その検索の際、JA全農の資料が浮かんできた。「津波による塩害対策と水田の土壌管理について」という被災地農家向けの文章が出てきた。利用する機会もあるかもしれない。下記にリンクを張っておく。

●「津波による塩害対策と水田の土壌管理について」

昨日はサポセンには立ち寄れなかった。私の昔の塾の講師をしていたKさんと、スーパー「たまや」でばったり出会って話し込んだのが原因だった。私と同じX1だったが、仙台の再建の仕事を請負う土木関連企業の事務職をやっていた。役職についているのだろうが、福島の関係を請負った他社の話を教えてもらった。かなり政治色の強い話だった。やはり原子力村健在という話だ。裏づけ証拠を提出できないのでブログには、かけない。ただ被爆し職を失った人を誰もみてはいない。

喫茶で向かいに座りながら、茅ヶ崎の生活も長くなっていたのだなと思った。

今、高田病院の石木幹人氏の講演記録を探っている。茅ヶ崎の関係者が受け取るべき、メッセージは、病院が作っている被災地における地域保健医療と福祉のプランからよみとれないかと探索中。多忙な病院業務を抜ける可能性はあるのだろうか。後援を生かせなかったら、失礼にもなる。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)


(校正3回目済み)

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6/20 台風一過/**子の発作/巡回文庫下準備

2012-06-21 04:06:44 | 引きこもり
2012/06/20 記
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**子が発作、作業中に倒れたとの連絡が「本人から」入った。親に迎えにきてもらったのだという。前日、祖母の件で両親と喧嘩をしたとのこと。セルフ・コントロールが出来ないほどのてんかん発作は2年ぶり。相談に乗って欲しいとの話で、来週になってしまうが、東京にいくことに。施設職員の件と想像した。

愛知県の買い物サポートの話があるときき、場所と支えているNPOメンバーのプロフィールを問い合わせている。三井君たちの若い層に直接これらの活動を依頼するのは無理だ。まずは不定期でも巡回文庫と、これはまだ頼んでいないことだが、広田町の復興活動や支援活動、地元の方の日常生活のスナップを送ってもらおうと考えている。(広田半島通信用<グラフィック紙とする)SETの活動も送ってもらう。湘南でPRするためだ。愛知県の話は遠野まごころネットの見守り支援の方たちに話をもちかけるためのモデルだ。

三井君から連絡が入り、巡回文庫の書籍提供元のセカンドブックアーチのYさんに連絡を取った。西風道には本箱が無い。これは私がラックを買い込んで直送する。別便でYさんが三井君のところにパッケージを送る。

今日、藤沢ジュンク堂書店で「やさしい新鮮野菜づくり」(リクエスト本)を購入、Yさんの文庫用新中古本に合流させてもらう。

今後、私たちの書はリクエストに応える本を中心に置く。また高齢者用書籍を補完していく。(他の文庫提供団体の主眼が子どもだからだ。)三井君の暇をみつけて配本してもらうので、不定期になりそうだが、できるだけ回数をつんでもらいたいと思う。

9~10月に、広田町の方を招待する懇親会を行なうか、より困難だが高田病院石木院長を地域保健と医療福祉の件で講演会を行なうか考えたい。謝金・交通費をどこで捻出するか、陸前高田の活動連携と、湘南の生活見守り支援の協力者を得るにはどうしたらよいのか、思案している。

私の仕事も、定年を前に巡回縮小のじんわりとした圧力を感じる。いつもならがっちり抗議しているところだが、医師の判断と異なり、右目がいっそう見えなくなってきており、今日も路線バスを降りるとき、右側から自転車が来て、母より年配の女性が乗った自転車が急ブレーキで転倒してしまった。幸い女性は大事に至らなかったが、私の特に右目の視野が部分しか見えていないのだ。他者が右側からくると、うっかりしていると通行人とぶつかってしまう。そんな出来事が続いて、だらしないが塾長に強く抗議する気力が萎えている。

しかしバスの横を3m以下の歩道を無灯火で、渡りきろうとするのだから、私には自転車が凶器に思えてしまう。右目を失い、このまま左目が活字を追えなくなったらと考えると寒気がするのだ。読み上げソフトは、不定形チラシ類や専門書を読み上げてくれるだろうか。

なおさらに実のあることをやっておきたい、切にそう思う。

明日はサポセンに立ち寄る。


<気になった記事>
●「精神障害者:平均勤続期間4年 障害者全体の半分以下??労働局調べ /埼玉」
●「生活保護受給は「恥ずかしい?」に「Yes」が46.3%」


夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)
     相模大野校の中学生@君

(校正2回目済み)
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6/19 巡回文庫の第一号配本分の準備開始

2012-06-20 05:36:33 | 引きこもり
2012/06/19 記
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夜は台風4号が通過するというので、今回の巡回は1ヶ所だけで引き上げた。ときどき大粒の雨が強い風に乗って降ってくる。今回は町田訪問なので、ついでに買い物を済ませて藤沢経由で帰宅した。母はあちこち、レールの痛んだ雨戸を閉めようと苦戦したらしく、いくつかの雨戸が途中でとまっていた。これで明日は母が筋肉痛で寝込むことになる。「少し待っていてくれ」というが、これは説得力を持たない。雨戸を閉め、風で飛びそうな庭箒や物干し竿を片付けた。

三井君は、今日盛岡の陸運局に行って、提供した車の名義変更をしているはずだ。その書式のコピーを私が元の持ち主さんに持っていくことになっている。昨夜は、三井君が「転居する8月まで、巡回文庫を待てないのか」という問いに、仮設との文庫契約が3月であり、片方も4月ということで、「いたずらに日が経ってしまうので、まずは段ボール箱1箱受け取って欲しい」と回答した。今の彼の住んでいる場所は借間であり、受け取りが無理とのことなので、広田町郵便局留めで送るのはどうかと提案。その返事が返ってこないという困った事態が続いている。8月では契約から半年が過ぎてしまう。三井君の運転免許取得を待って譲渡となったので、先方に忘れ去られてしまう、そんなタイムリミットが来ていた。

巡回セカンドブックアーチのYさんに書籍の選択を連絡しなければならず、ともあれこちらの準備は進めておくことにした。

文庫のひとつ、陸前高田のモビリア仮設の分は、先方には全国から700万円近いカンパや書籍が集まっていた。その関係で私たちは、先方が希望する本を出来るだけ選んで届けていくことにしていた。4月にお邪魔したとき、「塩害対策と栽培法」の実用書と、読み聞かせに向いた絵本を、いずれも新中古の程度までの新しい本で欲しいという要望をうけていた。絵本の方はYさんに任せることになり、中古入手不可能という「塩集積土壌の改良」の書籍を最後は新刊で購入して提供することにした。とにかく古い専門書しか、該当書が見当たらないので、次のような書籍に絞り込んだ。もし、このブログを読んでおられる方で、この本を持っていらしたら、提供してくださらないだろうか。今週末ぐらいに、東京に出て、2冊購入してくるつもりだ。また、話によると塩害にあった畑には「サツマイモ」を植えると良いとあるので、「塩分を含む悪環境で育てるサツマイモ」の内容がある書も可能だ。

●「家庭菜園だからできる無農薬栽培-少し科学してみよう」ISBN:9784886940742
●「塩集積土壌と農業/日本土壌肥料学会編/ISBN:9784826810050」
●「やさしい新鮮野菜づくり」ISBN:9784528016187

もうひとつの仮設は、高齢者向けビジュアルな週刊誌や月刊誌中心ということで、Yさんに頼んである。

ともあれ第一号配布を急ぎたい。


夜間傾聴:なし


(校正2回目済み)


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6/18 秋の講演会講師説得と広田半島通信の「フォトニュース化」

2012-06-19 04:53:43 | 引きこもり
2012/06/18 記
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被災地には2~3ヶ月ごとに出かけていたが、金策の関係で8月初旬まで動けない状態だが、7月上旬ぐらいに出かけないと、先方との信用問題が起きそうな事態になりつつある。この辺は伏線を張ってあったが、バス泊2泊+片道10数kmの徒歩の旅では、交渉時間が4~5時間しかとれない。米崎町・小友町・広田町の3ヶ所をまわるとなると、1ヶ所1時間ちょっとということになりそうだ。

8月過ぎに、陸前高田から地域保健・福祉関連の現場から社会を見渡せる講師を呼びたいと思う。また交通費・謝金の準備が必要だが、こんなことで1年間を棒に振るわけにいかない。9月の講演会でも本来なら7月には、話がまとまっていないといけないが、手枷・足枷が重い。高田病院の石木氏を頼みたいと、相当な無理を考えているが、それは「被災地復興期の生活見守り支援のあり方」に地域支援のなかに、地元保健・医療サポートと連携した個別支援の流れを見通したいからだ。

前回の気仙地方の介護度認定制度利用の比較表の中で、見落としていた総数の変動の少なさは、津波被災で亡くなった方の影響がなかったかのようだ。ぞっとした。今まで、介護認定を必要としていない方が補填されているからこそ、総数は変動が少ないかのように見えている。災害の影響は弱者に集中して現れる。そのことが、隠れていたように思う。こうした被災家族の大変動に対し、支援者は立ち入ることが不遜という形で語られてきたが、実は出来ることがあるのではないか。そこを見直す必要がある。大きなビジョンとして地域保健医療と福祉の絵があって、そのセイフティネットからこぼれ落ちると、孤立化・孤独死に至る。そういうすそ野の広い分野だ。ひとの日常に寄りそう支援という言い方も出来る。

自ら被災した高田病院の再建の渦中にいる方だから、湘南の側がその問題提起を活用できる状態を作っていくことが、出来なければ貴重な時間を割いていただくのは失礼かとも思う。その湘南が動かない。さあどうする。というところなのだ。時間と提案の有効性と戦うことになる。

遠野まごころネットの大関氏という選択肢もある。この方の場合は、支援者の側の現状が見える立場にいる。路上生活者の生活居住支援と法的支援の「舫(もやい)」の推進者なので、困窮が見える。そういう独特の活動を見通せる方だ。石木氏が地元被災者を見通す立場なら、大関氏は生活と復興の支援活動の状況を語れる方だ。

出来ることなら、被災地の方との民間交流の糸口として、広田町農漁協の女性部の活動の息吹を伝えたい。併行して招待できないかと思っている。

そのためにも気仙地方を訪ねるのは8月では遅すぎるし、チケットが確保できるかも怪しいのだ。

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「生活見守り支援と民間交流の『広田半島通信』」の形を考えていた。様々な支援団体がそれぞれの活動と対話網を張っている中で、自分たちも地元の方を取り込んで対話網を張ることは、元気付けの団体が次々にやってる中の被災者の疲労と似た、まさに我田引水のような行為に思えてきた。

ふと昔の新聞社のフォトニュースを思い出した。これが手かなと思い始めている。広田町などの諸活動や日常のひとコマを撮影して、メモを添えて送っていただき、B4サイズの画像ニュースを作って、公共機関掲示板に貼るのだ。逆に湘南の支援活動関係者を回り、画像中心の編集をして、広田町の公共機関や販売店に掲示していくのだ。つまり2種類を発行し、交流を文字と個別配布の呪縛から脱するのだ。どんどん真似して欲しいが、ひとつ、地域の個々人の顔がわかるような編集をして欲しいと思う。また肖像権の問題もあるのでそこは丁寧に確認を取ってほしい。

裏面は文字情報と、それこそQRコードで編集しておく。

基本線が出来た。あとは被災地からの画像をどう提供してもらうか考えている。
編集会議はオンラインでいいではないか。

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**子から切羽詰った電話が入った。0:35。
困った、親と喧嘩したらしい。1時から傾聴の予約の子が入ってくる。
初めて電話を断った。明日昼に電話すべしと言った。


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風邪を引いた。のど風邪。夕方から大雨の予報。台風4号接近。


夜間傾聴:**(非公開)
     橋本2君(仮名・訪問2日間ずらす)


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6/17 「インクルーシブな障害者雇用の現在 ソーシャルファームの新しい流れ」参加できず…

2012-06-18 05:12:23 | 引きこもり
2012/06/17 記
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母に耳たぶを引っ張られて草むしりをやらされた。家事や庭の手入れは限りなくある。前回の危なかった傾聴の後始末は昨日まであったのだが、このレベルまで来ると、簡単なレポートを提出しないと給料もでない。そんなこんなで国際障害者交流センターで行なわれた「インクルーシブな障害者雇用の現在 ソーシャルファームの新しい流れ」に行く予定が、足止めとなってしまった。無念。

弁当屋の弁当は、ご飯以外食べられないと防衛線(バリア)を張っている母に、すこしは増しということで、大戸屋の弁当を買ってきたら、母がカマスを買ってきた。いつもこうなのである。絶対に家事の舵取りを任せない。主婦の誇りというか、好きなものだけ食べたいという自己主張のようにも思える。ホッケの開きを母の分ごと2枚食べて、母にはカマスのバター焼きをだした。なにやら猫になったような気分だ。

車を提供したSETの三井君は火曜日に岩手の陸運局に行き、車の名義変更をするという。車で巡回文庫が始まるのは、月末ごろになるだろうか。その文庫受け入れ先の仮設には本箱が無い。本箱を提供しようと、安いボックス型の本箱を探しに行った。どうしたものか高いものばかり。通販で出てこないかと探っている。書籍の到着前までに準備しなくてはと思いつつ、日が浪費されていくことに、ナーバスになっている。

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産業復興支援の関連の注目記事を以下に載せる。

ひとつは出資組合型の活動。もうひとつは先進国におけるマイクロファイナンスの試みかと、グラミン銀行とかムハマド・ユヌスとかがちらちら。関心あり。

●「東日本大震災:情報労連、出資金1億5500万円 三陸やまだ漁協の復興カキオーナーに /岩手」
●「みやぎ生協が無担保融資 困窮者向け、来年度開始」


夜間傾聴:なし

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6/16 生活見守り支援の対象は誰か~主婦と高齢者の支援~

2012-06-18 05:01:31 | 引きこもり
2012/06/16 記
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仕事の帰り、サポセンに寄った。用件を済ませ、リーフレット「改訂版・今後のボランティアのふたつの道について(Ver.02)」の追加を置いてきた。前回のVer.01の5部は残らず無くなっていた。このリーフレットの内容は、生活見守り支援の時期、私たちが産業復興と環境整備という支援から内容を拡張する提案が書かれている。特に非被災地の市民の心に届く、支援という絆をどう再構築していくかというざっくりとした提案を行なったものだ。関係者向けの文書として、ぜひ検討してもらいたいと思っていた。サポセンのチラシ置場からは、よほどひとの関心がある物では無い限り、全く減らない状態だったから、たかが5部とはいえ、正直言って嬉しかった。

問題は被災地の医療機関情報からもわかるとおり、被災という異常体験と今後への見通しの不安という異常事態が長期化しながらも、私たち素人の支援者には手出しが出来ないような状況をどう解きほぐしていくかということだった。少し前の記事であり、新聞社のDB検索にかけなければでてこない記事だか、以下の資料をご覧いただきたい。

表は岩手県の調査で、気仙地方の部分のみ引用したものだ。被災前の統計と被災後の統計を比較のために並べたものだ。要介護3~5の方の数が減っている。陸前高田市の場合を見てほしい。また大船渡市の要介護2の方が明らかに増えている。これは県内の沿岸部では同じような傾向を見せる。介護度の高い方は在宅介護の比率が減り、施設・病院入所が出てくる。この施設が被災した場合でも不便な土地にあることが多く、沿岸部と丘陵地の場所が明暗を分けた。大船渡市の要介護2の方の激増は、避難所生活のストレスの結果が出ているようだ。全般に、被災した在宅の障がい程度の高い方が亡くなった。高齢者に忍び寄る心身へのストレスの状況を表している。

●「東海新報2012/06/13 >県医師会運営の高田診療所 開設10カ月、住民に定着 「心の健康」支援も」

最近、いくつかの調査が公開された。福島県の場合、字(あざ)程度の地縁をそのまま仮設に移行させた形よりも、放射能被爆を避けるための一斉避難の関係で、避難所、仮設がばらばらになった。隣人が顔見知りではないことによる孤立化ストレスが大きかったようだ。また家族と仕事、財産を失った働き盛りの男性が抱える八方塞がりの40代の男性は、表面的には快活に元気を装っても、本音のところで心の病が忍び寄っている。子どもも然りである。

●「焦点 全国に分散避難、福島県浪江町民 集落崩壊、孤立深刻」
●「仮設40代男性6割うつ傾向 東北大グループ、岩沼で調査」
●「抑うつ状態の子供増加 福大調査」

ひとはすべて集団管理の器におさまるものではない。通院・買い物等の外出が体調の悪化と老化から、困難になった。仮設から出られなくなった方が仮設集会場のサロンに出かける気力が失せたり、元気なお節介に気が重くなった方が、孤立しがちになる。

私は阪神淡路・有珠山噴火・3.11東日本と災害の経過を体験してきた。仕事から切り離された男性の弱さや、元気な中高年女性の結束した行動の様相はよく似ていた。注意すべきなのは、中高年女性の元気だった。家庭のそれぞれの事情で在宅介護している方の様子は、皆、よく知っている。しかしその困り感を家族は語らず、またよほどのことがないかぎり、介護を手伝いはしない。徘徊する高齢者、排泄物を持て遊ぶ認知症高齢者には、その家族の苦労を労っても、手伝ってはくれない。若手が都市部に移住している家族の主婦は過剰な荷物を負っている。老々介護にもなってくる。訪問支援者の人員がいくらあっても足らない事態でも、主婦集団は「年寄りの様子はよくわかっているし、大丈夫だ」と言ってしまう。結果的な煙幕になる。

長期戦に入るにつれ、主婦の疲労は極に達する。サロン・食事会は、在宅介護を受けている高齢者のものというより、こうした奮闘する主婦の心のクッションになるのであって、仮設の入口でぽつねんと杖をついている高齢者のためのものではない。ふだん広い田舎の家に住んでいた方が、狭い仮設の一室にいて、施設の空きを待っている状態にどう係わればいいのか。主婦の心身の疲労や雑務の軽減につながる間接支援を組むのも、ひとつの方法だ。しかし、避難所生活が高齢者の身体を痛めつけたように、孤立もまたひとを蝕んでいく。

医学的に無理と診断された方ではないが、足が萎えて歩けなくなったり、家族の喪失からぼんやりと日を過ごしている方に、誘導や無理の無い範囲で外出支援ができないかと思う。これは時間と手がかかるので、介護ヘルパーさんや、保健師さんたちの仕事の周辺サポートという形で、一歩在宅高齢者の方々に近づいた支援ができるはずだ。大きくは地域保健や社会福祉の領域に入る支援だが、ここには、家族・仕事・財産を失いアルコール中毒から死に至る方や、通院困難から傷病をこじらせ死に至る方、独居の虚脱感から認知症や自殺願望に至る方を含んでいる。その早期発見や、気分転換による防止など、厚みを持ったセイフティーネットを構成する活動を育てていくこと。これを被災地訪問・滞在型ボランティアの参加と、限定的ではあるが役に立つ支援様式を確立する。そこをはじめなければと思っている。

陸前高田に介護サービスのワタミが入ってくるのも、そこに高齢者ビジネス、ソーシャル・ビジネスを予測してのことだ。しかしボランティアとビジネスとはスタンスが違うのは、介護認定制度の枠内でサービスを行なうか否かというところだろう。

今、私が考えていることは、ボランティアの方で、ビジネスに関心はない。ビジネスを否定はしない。公的支援を得やすいから、その範囲でサービスを届けられるからだ。しかし矛盾は賃労働にある。ここが微妙だ。

私はこの活動をどう非被災地とつないでいくかを考えている。東北で得た経験は、必ず他府県でも役に立つ。しかし、それ以上におおい町民と被災者との対話ほどではないが、救援期を過ぎた被災地支援とはという問いの中で、いかに民間交流を拡げるかを考えている。被災地産商品を買うことでは支援の届かない年金生活者や自営ではない賃金労働者とその家族にも支援を届けられるような支援は出来ないか、マイクロバスを贈るのではなく、個別支援に向いた専用自家用車を台数多く提供できるようなシステムを考えている。(懲りない奴なのである。)

今回は、市会・県会議員2名の事務所にお邪魔して、近況を話をした。私に協力して出来合いの益は全く無い。だから一方的に語って終わったが、繰り返し、被災地に行かなくては事が進まないジレンマが言葉の歯切れを悪くした。私の語る支援は、訪問員・保健師さんたちとネットワークを組んで行なう活動なので、ここをどう開くかを考えている。一ボランティアの提言が生きるには、被災地地元の共感者がいる。その絆を生むためにも、被災地から関係者を招待し交流する必要がある。河野さんではないが「ごまめの歯ぎしり」である。

夜間傾聴:橋本3君(仮名・珍しく本人)
     **子(仮名・毛はえ薬をくれるそうな)


(校正2回目済み)

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すみません、夜間傾聴、延長しています、書き込みは午後に

2012-06-17 04:41:36 | 引きこもり
夜間傾聴、前回の子のアフタケアしています。
連絡してくれたことは、聴く耳を持っていること。
応えは既に彼の中にあります。

あとで書き込みます、お許しを。
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