湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

5・31ADHDの方の求職体験を話し合います 他

2008-04-30 05:59:46 | 引きこもり
5/31(土)午後に企画のADHDの成人女性の方(埼玉在住)の求職経験談を聴きながら、地域就労支援のあり方を、鼎談のような形で浮かび上がらせたいと思います。是非企画参加してください。飛田にお問い合わせください。(tobita@@mbm.nifty.com @を半角@ひとつに直してください。)

昨日届いたMSGを以下に載せます。


*Tさんからのメッセージ*

> 幼い頃から生き辛さを感じ、29歳の時、ADHDと診断されました。
> 学校を卒業して21歳から接客業、OLと職を転々としてから現在は
> 歯科技工士として働いています。
>
> 歯科技工士は常に変化があり、単調でない所が気に入っています。
> 当事者の皆さんに伝えたい事は発達障害を持ちながらでも当事者の数
> だけ楽しく生きる方法がある、という事です。
>
> 5/31は宜しくお願い致します。


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「わーく」放送作りに使うサウンド・ミキサーが到着しました。箱を開けたくて、むずむずしているのですが、レポートが終わるまで、お預け…。見学会を実験版作るつもりでいましたが、ICレコーダー不調でとりあえず、見学会はスナップ写真と解説で、この5/31の会も収録したいと考えています。一部はHPからダウンロードできるようにするつもりです。

昨日の朝日新聞湘南版に、湘南コミュニティFMのレディオ湘南の記事が出ていましたね。新聞を父が抱え込んでいるので(^^; 今、読み直しが出来ないのですが、放送の記録を出版されたようで、さっそく入手しようと思っています。

しかし「わーく」放送局は、ちょっと狙いが違うなと思います。勿論「しごと」という大きなテーマを持つ点も違いますが、「わーく」はもっとパーソナルな、携帯ネットモデルを作ります。市民活動として、「真似ができる」システムを作ります。

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茅ヶ崎・辻堂のBig Issue 販売員さんたちに、何かが起きたようです。知り合いの路上生活者の方に、ふたりの消息を確認。「わるい話だ」とだけ、教えてくれました。まもなく彼が代わりに販売をはじめるとのこと。心配です。

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今日は、父のホームへの2回目の通所、興奮していると早く起きるので、そろそろ起きてきてしまう。今日は暑くなるそうで、そろそろ寝ます。連休中は毎年傾聴希望者が少なくなります。案の定、今日はなし。旗の台君(仮名)とミキサー到着の件で話したから、それが代わりなのかも…。

ヒューマンスタジオのMさんから、「わーく」紹介の新聞をだしてくれるとのメールあり。感謝。

夜間傾聴>なし

(校正2回目済み)

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新しい企画の出発準備の一日

2008-04-29 06:16:19 | 引きこもり
月末の報告書ばかり少々ため過ぎて、29日は休日で訪問が嫌がられるということで、昨日は相模大野・町田巡回を集中し、夜から29日一日はレポートとなりそうです。約束して巡回する形だから、まあ文句は言わないとぶつぶつ文句をいいながら、書き込みをしています。

5月31日(土)午後、宇都宮大の梅永雄二先生の指導を受けていたADHDを抱える娘さんが、就労体験談を語りに、茅ヶ崎に来てくれます。日程が短いので、これも近隣関係団体に共催を呼びかけていますが、フォーラム懇談会と地域就労支援PJとどちらの枠組みかなと、しょうもない悩みで、足踏みしています。ここ数日中に固めます。

また、養護学校在籍中のお子さんを持つ親御さん向けの見学会企画を前回別個に組んでいますから、「赤い屋根とうふ工房」「スワンベーカリー湘南店」のいずれかを企画します。一般就労への形の中で「街の中へ」というスタイルが特徴のところです。

昨日は、巡回途中、町田さん(仮名)に向かう途中、成人の自閉症の方をおかあさんが連れているところに出会いました。パワーが違うから、大変だなと思います。本人も楽しそうなのですが、走りたくて…。ちょっと話してきました。地元の方でした。

一緒に街で生きていくというとき、どのような協力ができるかなと思うのですが、難しいところです。兄弟がいるので手助けしてくれるからとのお話でしたが、彼の生きていける場が街の中になければ、彼の手はずっと離せないのだと改めて感じました。

金色のマドレーヌのラベルを彼がくれました。

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帰りに、さぽちが(NPOサポートちがさき)のAさんに会った。5/31の話をしたのだが、日程の組み方が短かすぎると呆れられてしまいました。大きな予定の流れの中で動ける状態ではないからなあと、これまたため息。

食材購入確認を母とのメールで行うのを忘れていたら、全く同じものばかり。パターン化していると自戒、自戒。

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今日、サウンド・ミキサーが届きます。ミニFM(コミュニティFMにあらず)時代の苦い体験を思い返して、得失を管理できるひとを育てないとと、構想メモに書き加えたのでした。当時のメンバーは、いい父親してるだろうなあと…。

即時融資・小口短期金融(マイクロ・ファイナンスの話)なんて、サラ金やるみたいだと思いつつ、引きこもり青年たちの活動資金(起業を含む)についても、見通し考えておかなくてはなと、借りてきた「マイクロクレジットの文化人類学―中東・北アフリカにおける金融の民主化にむけて」を開いたり閉じたり、レポートが先だろうと、宿題したくない小学生の気分。

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5:30父が大音響でベッドから落ちて、茶の間に下りてきた。箸箱を開けたり閉めたり。頼むから8時まで(母が起きるまで)待ってくれと説得。不服な顔で、なんと箸箱をもって寝室に戻って行った。はて箸箱をどうするつもりだろう。


夜間傾聴:中延君(仮名)

(校正1回目済み)
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ともかく眠る、駆け込んだ一日

2008-04-28 05:49:52 | 引きこもり
前日の話、下げた頭が禿げ頭だったからいけなかったのかも知れない。友人に電話をしたら、かなりしんどかったらしい。三世代同居所帯で、祖父母の価値観が夫婦の価値観とかなり衝突をしていたらしい。積年の対立に挟まれた子の自衛。話を聴けば、私のキャパを超えていることもわかった。友人の労をねぎらう煎餅パーティをしてやることに。私が以前練習していた手焼き煎餅と番茶で、連休中に旗の台君(仮名)を交えて一杯やることに。ただ酒ではなく、番茶です。

今日の巡回は中延君(仮名)、大森海岸君(仮名)のふたり。性に合わない午前の面談。帰路、辻堂図書館と茅ヶ崎図書館に本を返して、駅ビルで夕食の準備買出し。その最中に睡魔の波がやってきた。ぼんやりと支払いの列にならんでいると、目の前に先日会ったばかりのAさんが。(映画「ニート」上映に協力してもらうために会いたかったのだが、手持ちの資料が無い。)異様さを察知して、Aさんは即、去っていった。

夕食をとにかく早く作っておき、父たちが暖めるだけにして、爆睡。2時間。

図書館到着の注目本は、以下の通り。

●「発達障害白書 2008年版(特集 改めてインクルージョンの質を問う)CD-ROM付」

●「マイクロクレジットの文化人類学―中東・北アフリカにおける金融の民主化にむけて

今(6時前)父が大声の寝言演説を始めたので、まもなく寝ぼけ騒動になる。父が怪我をする前に介入する。今回は、これで〆。
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茅ヶ崎市自治基本条例の意見交換会に野次馬参加し/綱渡り、今日も

2008-04-27 06:34:11 | 引きこもり
茅ヶ崎市自治基本条例常設意見交換会議の第2回「市民(コミュニティ)」に参加した。この手の条例には、意識的に抽象的な表現を用い、解釈の多義性の中に厄介な課題を解釈に乗せて適用させていく。ところが、そこで行われる市民の定義は、例えればドーナツのように、次々に同心円を絞るように定義を重ねて行っても輪の中心は空であり、そこに語られるべき市民の顔を描くことにはならない。「人がいないのだ」と喝破された委員の方がいらしたことが救いであったが、私は引きこもり青年や、障碍者の差別につながる「噂」の地縁隣人ネットと、引きこもり青年らが社会的企業の相手とする地域の地縁ネット、または社会参画の対象としての地域ネットが、彼らをはじき出す地縁ネットと重なる矛盾について、彼らと手を携える地域住民を実際どこから生み出すのか、その糸口を感覚的にとらえ返しておきたかった。

また、様々な社会参画・地域就労を考えたとき、地域住民の個々人とつながりを求めていくのか、まず仕事を含んだ様々な社会活動を営む方として個人をとらえ、その活動からお互いを取り結んでいくのかが未整理だった。つまり地域就労といったとき、その場とその相手はどこにいるのかを実情の中に問うこと、この探索の延長の会議参加だった。

前者の差別者と生活者の二面性のある地縁ネットは、当人の所属している地縁ネットに拘泥する必要はない。弾力的に近隣ネットとのスワッピングを行っても一向にかまわないのだ。

その上で、地域に彼らを受け入れる枠組みは在りやと、聞き耳をたてた。地域自治会・地区社協・学区懇談会・市民活動団体、地元事業所地域貢献活動、etc.

今議論されている社会的企業の形は、高齢化社会地域ビジネス(例えば買い物代行・ゴミだしの有償ボランティアまたは本格的起業)が有力視されている。このとき地域を空間的にとらえて、漠然と客を探すか、地域の地縁または目的ネットを触媒にして個々人に関わるのかは、結果が大きく違ってしまう。そのスタイルの得失は吟味しなくてはならないが、地域代表の面々の顔と活動への理解の感触を掴み取ってくることは、もっと以前からやっておくべきことだった。

社会的企業は、社会のニーズに応えて、その解決を有償で請け負う。この請け負う側から見たとき、視点は条例を作る人たちとその背景に焦点が合う。逆に条例に引きつけていえば、沈黙する社会的弱者を包摂する支援活動を前提として条例がアクチュアルに戦略構想されているかということになる。

知り合いの市議さんたちや、地元人たちが「何をしに来たのか」好奇の眼差しが、私を含む何人かの突然の来訪者に向けられたが、それほどにいわゆる「外部」参加者が珍しい。委員会と言い換えても差し支えないような雰囲気のなかで、いくつかのヒントを得てきた。これは次の関連テーマ第5回「市民参加」(6/12 19;00~コミュニティ集会室1にて)を経てから形にしていくが、「わーく」構想の延長に広がる世界に、実社会の重みが膨らんできたとき、「『わーく』ネットワーク」自身の実現可能性がさらに広がるように思う。

発言を求められて、引きこもり青年や障碍者の課題を受け止める、そういう地域を育める(行動指針的な)条例で、あって欲しいと要望した。様々なリアクションがあったものの独居高齢者やDVの課題など、地域に関連づけられる諸課題に応答できる地域を視野にいれることを願い、担当行政の議事録に書き込まれた。

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昨日は会議の後、ジャスコで買い物を済ませ、宗教団体の大会とやらに出て行った父の帰りを待ち受けた。何回外出しても玄関の鍵を持って出ないから、庭に取り残されてしまう。座る場が無いから、地べたに座り、冷えて立てなくなるという事件が起きていた。16時には帰宅予定だったので、買い物競争をするような具合で食材を抱えて、駅南口からタクシーに飛び乗った。

ざっと調理を済ませ、洗濯物を取り込んでいると、父の大声が聞こえてきた。門前まで宗教団体の車が来て、両脇を支えられて父が帰ってきた。玄関の扉が開き、父が重いリュックを下ろした途端、玄関に萎えるようにへたり込んでしまった。男3人がかりで持ち上げるが、柔らかい身体は固い物体よりも始末が悪い、持ち上がらないのだ。匂いを察知したので、休ませれば平気と、焦って信者の男性を扉の外に追い出した。父の沽券に関わることでもあった。

処理を済ませ、軽い食事を取らせていると17時を回ってしまった。メールで母に早く帰るように伝え、家を飛び出しタクシーを使って相模線に飛び込んだ。1本遅れてしまったが、橋本君(仮名)と多摩センター君(仮名)の駅前指導巡回は無事に終わった。まさに綱渡りである。途中構内から、ケアマネさんに携帯から連絡をいれ、身体症状が悪化していることを伝え、週明け相談することになった。重ねていうが、介護は家族で抱えてはダメ、ましてや個人で抱えては、家族が確実につぶされてしまう。支援をどう受けるかがかぎなのだ。情報を集め知恵を絞らなくてはならない。

今日も父は大会に行くと、いうことをきかない。いまこのメッセージを書き始めた4時半、父が突然起きて朝刊を取りに出てきたかと思うと、そのまま食事を取ろうとした。リンゴを剥いて制止したが、茶の間に腕組みしたまま、今風呂に入った。出発は9時前なのである。私が寝る時間に父が起きる。やかんを焼いたり、熱湯を床にぶちまけたりと目を放せない自炊が始まってしまう。私の就寝時刻には母がガードに入る。しかし怒りをぶちまけ、全く言うことを効かないのには閉口している。

幸いなことは、今夜、傾聴希望の電話が入らなかったことだ。実は今一件、親子の激突が起きている。本校をやめた子なので、職業上は関わってはいけないという就業規約に触れる子なので、私の友人の元塾の講師がいざというとき介入することになっている。しかし何かが起きたら応援に出なくてはならない。起こらないことを祈って、友人の北の方角を向いて、お任せしますと禿げ頭を下げた。

夜間傾聴:なし

(校正2回目済み)
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国立特総研と神奈川中小企業同友会総会にお邪魔してきました

2008-04-26 06:59:31 | 引きこもり
何とも迷惑なことに昨日も朝から配管工事が始まり、1~2時間の睡眠で起こされてしまった。横須賀・久里浜(野比)の国立特別支援教育総合研に定時に到着したものの、車中乗り換えは半寝ぼけ状態だった。バスの時刻表は事前に調べてあったので、久里浜から野比海岸行に乗った。京急久里浜駅前の待ち時間に薬局に行き、眠気止めをあおった。野比は20年前に蛍の観察で、自塾の子を引率して回った地域だったので、研究所前の売店周辺はその当時の雰囲気を残していて懐かしかった。

約束の時間に到着。研究所の接客コーナーに通され、2時間弱ほどお時間を戴き、私の問題意識と紹介資料を提示。「わーく」は、阿修羅像のように多面的な顔を持っている。その発想の始原の多極の流れを束ねて再び配置していく形を取らざるを得ない。ところが初めての方には、元の筋から次の筋に話が移るとき、その飛躍の必然が先験的なので話が途切れてしまう。縄を束ねてまた解きほぐすような論理構造のメモを掲示しながら語りを進めていった。本当ならそのモデル図に書き込みをしていくといいのだが、そこは研究者が相手、私の狙いは先方に通じたが、この方法の致命的な欠陥、全体を語る私に「私はただの入れ物ですか」という意味の漠然と聴かされる者の不快感の質問が飛ぶ。自分の疑問を押し流していかなくてはならない疑問。黙って聴くには情報量が多すぎる語り。ひとのまなびは本質的に対話であり伝達ではない。再構成の営みなのだ。ここのチューニングがあったとき、ひとは私を理解する。

引きこもりの活動とその局面、いわゆる障碍域の境界にいるひとたちの不安定な社会的条件、私たちが生きていくうえで、より好条件の出会いはどのように形作られるか、インクルージョンとは正常が異常を飲み込むことではなく、差異を活かし関連付けることであること。その基礎は活動のネットワーキングであり、ひとがひとを変えるのだということ。そこに「わーく」が位置していることを語り、様々な活動が生まれてくる始原、苗場の活動を作りたいと考えているのだと語った。

実際上、具体的な話になったとき、ネットワークのハードウェアの場面を提供してくださる方は、大概、障碍者支援の活動とは無縁で、障碍者支援の活動の関係者はハードウェアと無縁なことが多く、そこに架橋してツールを考えることができる方と出会いたかった。その点で今回は与太話を聞いてくださった*さんは、数少ない架橋に関わる方だった。私と異なるのは、学校教育というフィールドの中で言語習得ツールを考えている方なので、ネットワークの社会的な価値をどう評価するかということに迷われたようだった。

障碍関連の従事者と語るとき、注意が必要なのは「障碍」と呼んでもイメージしているものが違うこと。ある方はALS(筋萎縮性側索硬化症)のように床から離れられない重度の方をイメージし、私のイメージは融通が聞かない頑固さんであったり、気分に極端な波のある方だったりする。ときに私の手を引っ張って私の手で物を取ったり、極端に引っ込み思案であったりする。だから支援の質をどこで揃えるかということが明示的でないと話がずれてしまう。

話の後半、活動継続の収益をどこでどう上げていくかが話題となった。私が作るのは保護されたSNSの携帯ネットと、公開されたオンラインショップ活動を当事者支援者が交流しながら運営し、放送と番組紹介と企画予定を載せた冊子を出版していく。先々は起業支援にも踏み込まねばならない。この構想運営はひとりの仕事ではない。しかし誰かが火をつけねばと思いつつ、この間、若手3人の不幸という異常事態にさらされながら、一年が経ってしまった。*さんは、構想が助成金申請のレベルにあるが、ひとの支えが問題であることが分かったこと、それを初めから明かす私は変人であることを語った。構想を本当に面白がってくれるひとの輪から押し出されなければ、ひとは身を引くのが当たり前であることや、だから私の願いに嘘はないことは受け止めていることを語ってくれた。

今回の話の中のシンボルをめぐる議論は、その大局で「言語習得推進」に置かれてきたシンボルが、構想では当事者のコミュニケーションに使われていくという意味で、新しさを感じること。この辺を意識しつつ、情報提供や質問・議論をこれからも継続するという結論を持って話を終えた。とりあえず、私は死ななかった。

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次に回ったのが神奈川県中小企業者同友会の総会だった。この団体の特徴はその社会的使命の部分に、社会的弱者支援の課題を経営の中に語ることだ。中小企業は社会の景気動向の矢面に晒されている。それだけに大企業の論理と同一の収益論では成り立たない部分がある。そこから生まれた論は、いちじくの葉っぱのような福祉論ではないところが評価できる。

今回は全国協議会の前会長の赤石義博氏の講演を聴いてきた。大きな骨子の上に標準的な国連関連資料を引用して語りは進み、定年退職した従業員がその日から路頭に迷うような雇用をしてはならないことや、その現状が外国では普通にみられることを上げ、賃金が上がらなければ消費が伸びず、消費産業に偏在する中小企業は給与維持と消費促進の板ばさみにあることを語った。その上で、現在の産業構造をどこで転換するかを延べ、その方針に従業員家族の生活水準向上と、社会的弱者雇用と地域固めを推進する必要があることを語っておられた。その方策のひとつひとつや、現象の選択の詰めに甘さを感じるが、対話すべき団体と私は考えている。

今回は、会いたい方が出席しないことが直前に分かったので、講演会だけで終えてきたのだが、何人かの知り合いも出来た。地域就労支援PJや「わーく」編集部の活動が地域の職場と結びつく道を育てたいと考えている。

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しかし、経営者団体の会議は参加費が高い。5千円は安い方である。実はJC-NETも高いのだが、今日の巡回だけでも7千円は超えてしまう。個人出費には限界がある。ここをどうするか、正直言って頭が痛い。

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途中、自由が丘君(仮名)と横浜で会った。新婚さん、全く満面の笑みである。式場で歌を歌うのだけは堪忍してくれと言ったら、飛田さんもそうだけど下手な歌を聴くと人生が歪むから、@@さん(嫁さん)の演奏を聴いてもらうのだという。つねってきた。

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幸い父も母が家を長時間空けなかったので、無事…と思ったら、ワンタン(2人前)、煎餅大袋ひとつ、残飯1合、バナナ3本にオレンジ2個、牛乳大パック3分の2、トースト1枚が、家を開けた1時間ちょっとの間になくなっていた。その前後は、一日中寝ていたという。自制心の無い…死に至る道というのに。

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夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     町田さん(仮名)

(校正2回目済み)

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地域の起業の芽の自主活動を支える資金調達を/「わーく」を障碍特性にさらす

2008-04-25 07:00:16 | 引きこもり
もやいの湯浅誠さんが岩波新書を出した。「反貧困」である。私の進めている「わーく」は、間接的に格差社会の貧困の課題へとつながっている。企業社会に疲れた方への緩衝帯を地域に置いたり(プレ就労の場のもうひとつの顔)、自らの起業を地域社会のニーズと結びつけて実現への可能性の底上げを行ったりしている。特にこのなかの「起業」の部分は、「プロジェクト」レベルの自主企画の有限単発労働を生み出すことが鍵になり、そのためには小規模超短期貸付基金(講・結なみの)が組み込まれる必要を感じている。この互助的な活動が、湯浅さんの著作にはすでに登場している。バングラディシュのユヌス教授のグラミン銀行のようなマイクロ・ファイナンスが自助組織として構想される必要がある。

この新書購入、図書館の対応は遅いが、地元図書館には督促をかけている。

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昨日は特総研の方と日程の調整がずれてしまい、今日午後から「発達障碍者の交流促進技術」の研究者と会う。この方はシンボルによるコミュニケーションが主軸なのだが、シンボルは社会歴史的な規定を受けているために、開放した利用者の交流に限界が生まれている。抽象は共通項を生み出すことに直結していない面白い事例なのだが、実生活上さしつかえない程度の振れ幅なら、類似例掲示・他の表現と関連付けることによって、経験的いい加減さを抱え込めばいい。

今回の懇談の中心は、事例の水脈の獲得だ。世界が特化しているせいか、オンライン検索でも、なかなかフィットした情報に出会えないのだ。

もうひとつは技術面での協力要請だ。市民活動の創造性を抱え込むオンライン・システムの実践は、私も接点を持っている。しかし、「障碍」というキーワードが加わってくると、なかなか共通項が見出せない状態がある。何を解決または実現しようとしているのかというところで、距離が大きいのだ。特総研の方の場合は、ノーマライゼーションの中に構想が置かれているので、実践活動の膨らみに出会ったときに耐えうるかという疑問があるが馴染みやすい。市民活動的な世界と橋渡しするのが、私の役割だと思っている。

野比からタクシーは贅沢と、久里浜からバスを考えているが本数が少ないので、逆算して予定が決まっていく。夜、横浜の中小企業団体の総会にお邪魔する。「ろうきん」のスタートアップ助成金から落ちてしまったのは、がっかりだが、「ろうきん」も常識で動いているということ。だからどうと結びつくことではない。既存の企業に、困難を抱えた青少年を送り込むことだけが就労支援ではない。それでは食えないというなら、今は食えるのかを考えてみた方がいい。A型の施設に抱え込むことで解決の道をたてることは限界だろう。地域の絵が必要なのだ。ここをどう構想していくかが、特に未組織の青少年には重要である。

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ADHDの歯科技工士の娘さんが5/31に、湘南にやってくる。社会との軋轢を味わってきた経験を語ってもらおうと思う。この方は、宇都宮大の梅永雄二教授の療育を受けてきた方で、東京の梅永先生の講演のなかで紹介されていた方だ。しかし、今回は梅永先生のサポートが無い。それだけに、この方の話の魅力をどうサポートしたらいいものかと考えている。また地元関連団体の協力を得られるかどうか、いつも活動を作るときの不安の中にいる。具体的な企画が無ければ、結集できない。しかし具体的な企画が提案されても、取り組むかどうかは別問題だから、下手をすればこの娘さんを私だけが耳を傾けているような事態にもなりかねない。さて、団体への招請文をどうするか、憂鬱が始まっている。

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「わーく」放送局の移動局セットに使うバッグを押入れから引っ張り出してがっかりした。ミニFM時代のケースで、これを外に持ち歩くにはなんとも古びているのだ。4/29の夜にミキサーが到着する。ICレコーダーだがいちおう録音メディアもある。マイクは上々。しかしビデオがない。ハードケースにしないと痛むかなと思いつつ、昨日はカメラ売り場のバッグをあれこれ散策してきた。皆が容易に使えなければならないから、重箱配置型を選ぶ。これが結構重い。もう少し探そう。あと著作権フリーのBGMだ。私が選ぶとNHKよりもすごいことになりそうだから、若い人の協力がいる。これも安定供給というわけにはいきそうにない。

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「赤い屋根のとうふ工房」の「とうふ作り」の工程に見た特色をX02HTの携帯に打ち込んでいた。とそこにメールが飛び込み、信じられないフリーズが起きた。メモリが64kだとは承知していたがプログラムが雑なのだ。泣く泣くリセット。FEE PCが欲しいなと浮気心を起こしている。小さく軽快な通信端末、これだけの要求が満たされないのは、なんとも虚しいぞとX02HTに文句を言っている。JAVAやフラッシュもダメとはね。外付けキーボードに踏み切る気にもなれない。

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昨日、父の早朝の激昂と板戸踏み抜きが爆発した。ストレスがあると必ず起きてしまう。レム睡眠行動障害といわれているものだ。同室で寝ていたら大怪我をしてしまう。ホームでの失態が父を追い込んだ。母が火を焚きつけた。困ったものだが、父は起床後何事も無かったように平然としている。痛風で入院時、看護師さんを派手に吹き飛ばした武勇伝がある。平静を保って茶の間に座られると、家族の気が滅入る。

ベット脇の箱の中から、ごっそり薬が出てきた。ここ数ヶ月は無理やりその場で薬を飲ませているが、その前は自分が気にしていた症状の改善剤だけなくなっていて、糖尿病関連の朝の薬は大半放置されていたことがわかった。自己管理できない。菓子やインスタントワンタンの容器がカビだらけになって、その箱に詰まって悪臭を放っていた。母が身辺の面倒を見なくなった結果だった。私の管理の隙間をぬって湯を不自由な足で2階に運んでいたことが分かり、うんざりしている。いっそ茶の間の食事に目をつむる方がいいのかもしれないと思った。母は自業自得だからもう相手にするなの域に達している。

今日は、庭師が入ることになり他人の目があるので、母の外出の間合いができる。私は家を往復せずに出かけることができるようになった。野比と横浜の中小企業主たちの団体総会に参加してくる。

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入谷さん(仮名)が帰国した。ナッツの菓子をおみやげに買ってきてくれたのだが、規約があるので受け取れない。糖尿病だから気持ちだけもらうと言ったが、不服そうだ。ごめん!

夜間傾聴:中延君(仮名)
     入谷さん(仮名)
     町田2君(仮名)大繁盛…

おやすみなさい。> 父、起きてくる…

(校正1回目済み)

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父の関門ようやく一歩前進/相互の臨界点

2008-04-24 04:49:11 | 引きこもり
父の通所初日、道路工事が始まった。送迎車が路地の奥に入って来れないハプニング。7時台から地ならしの音で、結局一睡も出来なかった、地獄。

朝8時半に父を送り出す算段をしていた。予定の時間をすぎても車が来ない。父の苛立ちが始まり、とにかく私は到着5分前の連絡を待った。忘れ物だと父が靴を脱いで寝室へと向かう。あとで分かったのだが、現金所持を紛失を考慮して「遠慮して欲しい」とさんざん繰り返し注意されていたにも関わらず、手持ちの全財産を財布に入れて持ち出したのだった。気がつかないでいた。やがて職員の方が玄関に現れ、「通行止めで通行交渉に時間がかかった」とのことで、急いで父を2階から下ろさねばならない事態となった。急かせれば階段を転げ落ちてしまう。やきもきするから、財布持ち出しに気がつかない。こうして荒れ模様で父は送迎車に乗り込んで出かけて行った。9時を回っていた。

財布を捜したのだろう、寝室は衣類から家具までむちゃくちゃに散乱していた。部屋を片付け直して、とにかくヨーグルトだけを食べてドロノワ倶楽部に出かけた。途中父から「留守電のスイッチを入れておいてくれ」と、送迎担当者を経由して携帯電話連絡が入った。玄関でSECOMの非常用ボタンのストラップを父の首から下げたとき、「このボタンの『マニュアル』はないか」と言い出した。「押すだけだから」と、なだめて玄関を出たのだが、次は「留守電」である。この5年間まだ一度も使ったことの無いFAX回線を留守電にせよという指示だった。「留守電」という響きが自分のステイタスを示すアピールだった。

作陶中、異様な眠気に襲われ、釉薬がけの作業を終えたところで、新しい作品作りを諦めて、午前中だけで教室を引き上げた。NPOサポートちがさきの事業部門代表者会議が15時からだったが、少し間ができたので十間坂の「光の風」作業所を尋ね、昨年度の助成金報告書書式を先日いただいた際の失礼を詫び、その足で青少年相談室にお邪魔した。雑談をしつつ新しい相談員の方と顔つなぎを行い、低年齢(義務教育世代)の子の夜間傾聴(中学生だとありうる)の件で、私の紹介という話で、親御さん・当人経由の連絡が相談室にあったときの、担当者の不審感を取る目的があった。

ジャスコでコーヒーを飲み、眠気と動悸を抑えてサポセンに向かった。なんと会議は流れ、変更されていた。構成員の大半が理事なので、理事会の席上で決まったのだろう。その中止連絡が無いのは虚しかった。県茅ヶ崎保健所に戻り、新しい異動されてきた課長と、昨年度の話やら先日の見学会の話を、時計を見ながら行い、国的を時間内に終えて、保健所を出た。ところがこういうときに限って、迂闊なのである。忘れ物をしたのだった。父ではないが封筒の忘れ物を取りに戻って、結局時間不足となり、タクシーを使って帰宅した。16時半には、家で父を迎えなくてはならなかった。これから毎週、この時間帯には家にいなくてはならなくなる。迎えのために帰宅し、空白の待ち時間の果てに父を迎える虚しさがあった。だから隙間の時間を作りたくなかったのだった。

昨日は賭けだった。ホーム職員の方とは、作戦会議を積んできたので、大きな破綻は考えなかった。職員と父の気持ちとの細かな齟齬が「もう行かない」という言葉を作り出す可能性があった。配管工事の穴を埋め直ししている横で、携帯電話を待ち受けた。

「間もなく着きます」という連絡がはいると同時に車が着き、若いヘルパーさんに両脇を抱えられながら父が降りてきた。異様なにこにこ笑顔で父が降りてきた。風呂に入った後のホーム所有のジャージ姿で玄関をくぐった。父は通所を「No!]とは言わなかった。玄関先の担当職員との引継ぎの際、父が不注意の大きな事故を起こしたことを聴かされた。事故直後の風呂の出入りの際、財布を水没させて、それから父が異様に、ニコニコ顔になったのだった。ガードだった。ただその失敗あるがゆえに、「もういかない」とはいえなかったのだった。がつがつと、おじやをかき込む父を置いて、近所で夕食食材を買い、母に引継ぎメールを出して、バスに飛び乗った。相模線の橋本まで、とにかく車中、仮眠を取った。

橋本2君(仮名)の巡回指導をしながらも、実は舟を漕いでいた。

帰宅すると、家では母がかんかんになって怒っていた。父が事件を全面否定したからだった。私はともあれ、ホーム通所が始まったのだから、「通いOK」という実質を取ろうと提案した。母は息子より長い時間、父の身辺介助をしてきたから、怒りの深さが違うと怒っていた。夜間傾聴ではないが、この怒り、先方が切れて苦労する。母の怒りは底なしのようだった。父はむっつりと首を横にし腕組みをしたままだったが、やがてTVを消し、足を引きずって2階の寝室に上がっていった。

限界が来て、爆睡した。夢の中に祖父母の顔が浮かんでは消えた。

遅い夜食を食べたのは、23時を回っていた。今日は午後から横須賀の野比に出る予定。ろうきん助成金候補から落ちてしまったが、「わーく」の発達障碍者向けの画像表現の技術について相談を持ちかける予定だ。

夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     橋本君(仮名)

文教大院生を経由して、起業の際の小規模金融(マイクロ・ファイナンス)または助成金の初動資金のしくみの可能性を法的な縛りも含んで語ってくれる講師、適任者を打診開始した。ベンチャーの更に小規模版、講や結の範疇である。

(校正2回目済み)

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ADHDの女性の就労談5/31に/父のホーム通所前夜

2008-04-23 04:29:35 | 引きこもり
4/21の見学会が午前中からだったことが尾を引いている。全体のレポートが遅れているがご容赦を。

昨日は珍しく授業代行が入った。勝手に進めるわけにもいかず演習とQ&A風に進めるが、展開にコアがないとたちまち受講者がちりぢりになり私語と携帯が見え隠れするようになる。PCとプロジェクタを使って、テンポを速め、目先を変えて引っ張ったこともあったが、もともとの講師に、自分の授業に私語が噴出し、仕事の負担が増えるから、やめてくれと言われて、他校の様子を茶化して、今の自分たちの不細工さを茶化す。そんなスパイスで何とか時間を乗り切る。しかし名前は出さないが、他校の茶化しは、契約切れの際、他校で自校が茶化されると思うのだろう、管理者がやんわりと自粛要請をかけてくる。確かに仁義のようなところがあって、そこはそれ、たわいも無いところしか話していないから、授業の実質を壊さなければいいと思っている。

しかしこれも、パワーがいるのだ。眠いとたちまち周囲も眠くなる。お昼寝の術というわけにもいかず、授業をやっと乗り越えて、席のない職員室の応接椅子に座り込むと、目に違和感が出てさっさと帰宅というわけにも行かなくなった。

ティッシュをポットの湯で湿し、ポリ袋に入れて、ハンカチで包むと即席ホットタオルができる。それを使って目に当てて、回復を待った。

******君の話を私の担当者が確認に来て、珍しく悪態をつかなかったと、私の評価とも場つなぎともつかない話を聴かされてしまった。FAX仕事はパスして藤沢に戻った。本来火曜日は公休なのだ。父の通所時に切る下着とジャージを買い込んでうんざり。店は私が使うものと間違える。サイズが違うのでうるさいうるさい。

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今日、初めて父がホームの通所サービスを使う。デイサービスだというのに、入浴サービスがあるので、ショートステイ(宿泊)並みの準備がいる。衣服・所持品に名前を書かなくてはならない。めがねに名前をいれろとは。祖母は眼鏡を必要としなかったので、父の眼鏡を見ながら、米粒に字を書くように、ため息突きつつ、名前を張り込んだ。湿ったらテープをかぶせてあったも取れてしまうのにと、ぶつぶつ。以前、祖父が入院したときは、洗濯ばさみに輪ゴムをつけて、端に名前カードを下げた。履物などにちょっとはさむグッズである。これではいけないかと担当者に見せたが、拒否されてしまった。

衣服に名前を入れるが、縫い取りが必要なものもある。とくに靴下のような伸縮生地が困った。母の指先はあかぎれのように水泡が裂けて血漿がにじんでいる。無菌性の掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)という自己免疫疾患を周期的に発症するために、発症時は、水仕事・指先仕事ができなくなる。ストレスが明らかに関係していて、いざというとき、指先が使えなくなる。このため、家事の一部は私がやってきた。祖父・祖母のときは、認定が高かったために、訪問看護やヘルパーさんの応援を使えたために、決定的に深刻な状況に陥らずに済んだ。ところが父の場合は、通所+αで「α」の部分が使えないこともないが、日々の支援にはとてもはまらない。

衣類を買い替え、父が文句を言えば取替えに行く。この認識の空転が家事を一切してこなかった父には見えない。身辺自立していない男性に対するしょうもない怒りのような折が心に溜まっていく。不合理にガス抜きするが、不登校・引きこもり青少年に対する父親の根性論が相談中、威圧的に語られると、自分の頭を冷やす間が必要になるのは、こういう体験が影響しているように思う。男性だからと言って、家族の介護から免除されるわけではないだろう。

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いくつか話が決まってきたこともある。

5月31日(土)午後、ADHDの娘さんの就労苦労談をしてもらうことが決まった。

「わーく」放送局の機材のひとつ、4ch ミキサーが、今月29日の夜に到着する。いよいよ本番である。

湘南子どもフォーラム懇談会が「わーく」編集部へ転身する。この懇談会最終企画の「ニート」上映をするために、最終チェックをプロダクションと行う。先方が新潟県のプロダクションなので、先方が東京の企画のために上京するので、その場を利用させてもらうつもり。ここをめどに上映実行委を盛り上げていく。日程はいずれ公開。

JC-NET会員、今年も継続。送金はまもなく。DVD「ニート」とともに3万円の臨時出費は痛い。しかしJC(ジョブコーチ)企画は高い。参加費だけで身が引けてしまう。施設のバックグラウンドがないと、個人でハローワークへの付き添いや、職場仲介を個人的にやるだけで、ほとんどメリットが無い。未組織当事者への対応のスタイルをどうとるかという矢先、志賀さんの講演で中小企業の欠員補充求人は取り組まない。職場の障碍者受容が出来ていないからだという論に、取り付く島無しだなとため息をつく。粘り強く職場訪問をした事例も数少ないがある。経営者の理解があったので、何とか維持できた。アスペの青年の事例だ。この形しか個人支援者では取りきれない。差別への対応は粘り強く就労後も伴走を続ける必要がある。この青年の一部が夜間傾聴に参加している。

土曜日、茅ヶ崎市の自治基本条例関連の常設意見交換会に出る。成人後見制度のセンター支援と、地域就労支援の未組織若年者就労の件で、問題提起していきたい。

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今日は8時過ぎに父を送り出した後、TOTOドロノワの陶芸ワークショップが10時から14時。15時から茅ヶ崎サポセンでNPOサポートちがさきの事業部門代表者会議。16時に中途退席して帰宅し、父の帰りを引き受ける。夕食を準備して、橋本にでる。夜間傾聴までに、どこで仮眠を取るかが鍵。父の帰りがあと1時間遅ければ全く違うのにと思うが、ショートステイを父が拒否しているので、それも出来ない。

「わーく」の実働までに、父の外泊を実現したい。そう思うのだが…。

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4・21見学会成功裡に終えることができましたが…/ばてました

2008-04-22 07:06:55 | 引きこもり
見学会は、手堅く成功した。

参加者・参加予定者の中に、急な家庭の事情を抱えた方がいらして、私たち年配者が活動を支えるとき、なかなかフットワークを軽くすることが出来ないことを感じさせられた。世代の課題ということは大きい。実はこのことと関連して、スワンベーカリー湘南店のスタッフの方から、推進者の世代継承の悩みが語られていた。

自分の息子さんとともにパン作りをしていることが、決して傍目から見るように幸せなものではないというお話だ。元養護学校の先生が、学校を定年退職した退職金を元手に、店をスタートさせ、公募で合流した親御さんと共同経営に踏み切った。商品の水準確保と経営の安定のためにフランチャイズ店の道を選んだが収益率は半分以下になる。出張販売などの工夫を重ねて、なんとか店を維持しているが、支援者の給与を保障できるところまでたどり着くことが困難で、やがて年齢に限界がきたとき、この店の存続をどう保証したらいいのかという暗中模索の悩みが続いているという。

店はそんなずっしりとした重みを感じさせない明るさがあった。異なる障碍の若い方が肩を張らずに働いている姿は、他のスワンベーカリーにも増して素晴らしかった。経営者の加藤裕子さんは、資金調達のために株式会社制を選択した。そのことが地域行政の公的支援の面からは壁になっている矛盾。活動が地域に根ざし公的に支えられる流れを生み出していかなくては、新たな出資者の熱意に頼る形は限界がある。

昼食のおいしいパンをいただき、加藤さんにお話をいただいた。その間にカウンターの向こうから、若い方がにこやかに話しかけてきた。仕事に誇りを持った顔だ。つぶしてはいけない活動だと思い、胸が熱くなった。

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仮眠を取ったものの疲れました。今日の夜間傾聴は、本当に緊急性が強いものを除いて、日送りさせてもらっています。

今回はここまで。

<参考>
マユツバものですが…

●フリーター11万人削減へ


(校正1回目済み)

p.s. まりもさん、いつもどうも。
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4/21今日は作業所ショップの見学会です

2008-04-21 04:56:47 | 引きこもり
今、町田さん(仮名)と話し終えました。鋭いわ、さらに禿げそうです。(^^;

今日は、9時藤沢集合で、作業所見学会です。町田(地元ですね)の「赤い屋根とうふ工房」と、伊勢原「スワンベーカリー湘南店」を回ってきます。今回は支援者のチーム、次回は当事者の親御さんたちのチームです。人数の関係です。

今日、数名空きがあります。飛込みなら、藤沢駅小田急改札口9時に、いらしてください。自前で3千円位かかりそうです。集金は資料費100円のみです。解散は茅ヶ崎17時台です。

とにかく、お休みなさい。また今夜。

夜間傾聴:******君(本人)
     町田さん(仮名)

(校正1回目済み)
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今日は空転

2008-04-20 07:26:46 | 引きこもり
私は元、塾屋だった。太郎次郎社という出版社の月刊誌(当時)「ひと」を媒介にフリースクールもどきを主宰していた。その塾屋関係がまだ残っていて、戸田の関係者から懐かしいメールが届いた。長女の□子さんが塾を受け継いで、お父さん引退の報。そうか「塾」も自営業なのだなと思う。当時まだ、お母さんの腕の中にいたのだから、時のたつのは早い。祖母の転倒から介護支援で19年目の赤字塾を閉じてから、他塾遍歴18年目になる。塾をやっていた頃に会って…おっと□子さんの年齢に触れてしまう。しかし三途の川の石積み、世間は甘くないよとそろそろ言ってもいいのかなと、しょうもないつぶやきをしても、何にもならない。自由が丘君(仮名)が5/18に結婚する。「わーく」を作ったおっさんだと言われたいなあと、PC画面を睨んでいる。しかし赤子がいきなりオバサン(失礼)である。衝撃は隠せない。

この埼玉県戸田市に、JR東日本が特例子会社を作った。「株式会社JR東日本グリーンパートナーズ」だ。JR東日本社員の制服の在庫管理、配給・回収業務等の業務を行うという。資本金が1億円なので、障碍者就労に影響を拡げるものとして期待される。

この間、京急ウィズもそうだが交通運輸部門が特例子会社活動を拡げてくれると、かなり様々な障碍者雇用の口が広がる。清掃やリネン、掲示物交換、喫茶、売店等仕事が広がってくる。波及効果に注目している。

JR東日本グリーンパートナーズの情報については下記。戸田のスポーツセンターのそばらしい。

●「JR東日本グリーンパートナーズ」

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衣類・肌がけ・通所用ジャージ等を平塚で物色した。昨日は父の関係のことで一日は終わっていった。間を見つけてとにかく数時間寝た。溜まっていたメールの返事を書いた。巡回空振り。

夜間傾聴:******君(当人)
     大森海岸君(仮名)

今夜は手抜き。
ここまで。


(校正1回目済み)
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就労支援PJの参加を募りつつ/「わーく」放送の画像の扱いの下準備

2008-04-19 07:32:47 | 引きこもり
*******君の支援が局面を穏当に超え、やっともとのペースに戻れそうです。しかし、よかった。(すみません。勝手に納得しています。)

4/21の見学会は養護学校の在校生の親御さんたちは、別の日に組みなおすことで、別個に企画しています。(参加人数と時間帯の関係)

次の5月の企画準備に入っていますが、ドキュメント「ニート」が夏前に入りそうです。その加減で6月企画が繰り上げするかもしれず、日程調整しています。

自閉症関連の団体と引きこもり関連(地域の個人かなあ…)は、そこに「ニート」上映を呼びかけますが、前途多難です。

職場に近いのに駅からちょっと遠いので、なかなか訪問できない高齢・障害者雇用支援機構の神奈川障害者職業センターに講師の件がらみで、お邪魔してこようと思っています。これはPJではなくて、「わーく」編集部共催型実行委かな…と。

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父の通所契約が正式に決まり、来週から通所が始まる。そんな矢先、我が家は時々水を1箱単位で買っているのだが、その水の宅配便が私たちの留守の間に家に届いた。父が応対し、なんと10kg近い箱を抱えて厨房まで運んでしまった。数m平地直進も足元がふらついて危ういのに、当人は自慢げにそれを見せた。

がっかりした。障碍受容が全く出来ていない。もし箱を抱えて転倒したら、今度こそ骨折である。不注意のレベルではない。父を怒鳴りつけた。下手をすれば寝たきりのきっかけになりかねない危ない行動だったからだ。なぜ自分を守らないのか。家族を何だと思っているのかと怒鳴った。真横を向いてだんまり作戦。寝込んだら水仕事のできない母の両手の状態があるので、身辺介護は実質私ひとりになってしまう。そうすれば積み上げた活動のすべてが停止してしまう。

いやな予感がして冷蔵庫を開けた。夕食用に作り置いた惣菜とパックご飯がきれいになくなっており、オレンジが3つなくなっていた。数時間の間の出来事だった。目を盗むように食べてしまう。

続けて注意すると、「腹が減ったから食べて何が悪い」と怒って、2階の寝室まで足踏み鳴らし(?)て、階段を上がっていった。その途中も階段で1回こけているのだ。

私が交通事故の骨折で入院中、同室の左腕の骨折した高齢の患者が、糖尿病による足の壊死で両足を切断する手術を受けていた。その手術からの回復期、不自由な手足を使って、車椅子で病院を抜け出し、パフェを食べに行ったということで、強制転院となったことを思い出した。ぞっとした。

寝室のドアが音をたてて閉まった。扉を閉めたら部屋の音が聞こえない…部屋の中でころぶかも知れないというのに。

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「わーく」の放送を考えるとき、私はまず4/21見学会の収録実験番組を皮切りに、音声放送の実験から始める。ところがこれでは、ご存知の通り自閉症スペクトラムの青年向けの番組とはならないのだ。意味をこめた視覚的掲示を優先すべきだからだ。現在の「わーく」放送局の局面は、パーソナルな放送表現が可能であること。これを引きこもり青年や三障碍の枠を超えた地域の関係者の有志たちをまず募りたいと思っているからだ。画像放送の部分は、例え農耕の誘いにしても写真掲示では情報量が多すぎるから、何らかのシンボル(PIC or PCSというような)を導入することになる。これをどのように織り込み、どのようにシステムに一体化していくかという点がある。単純に一方向伝達のツールと考えてはいないからだ。

この境界的デザインは社会的な非対称なニーズが横たわっているからで、ここが自閉症スペクトラムの方々の困難となっている。もつれた糸を解きほぐし、ネットワーキングの中に張りなおす作業だ。中邑賢龍・坂井聡両氏の仕事は社会の情報を自閉症者に翻訳することを行いながら、そのツールの柔軟性を意識しつつ、当事者の表現ツールをまさぐっている。

「わーく」は、こうした研究の経験を取り込みたいと考えている。そのための準備も進めておかなくてはと思う。厄介なのはシンボルは社会が意味を与えるために、多義的なこと。鶴見俊輔氏の講演だったか、遠近法の社会歴史性にふれて、アジアのフィールド調査の際遠方のひとと近くの人のマンガを掲示したとき、遠方の人物を子どもだと受け取った話があった。(講演者の記憶が薄い、失礼。)私も実は非常口の新しいシンボルが馴染めなくて、始めは「マンホールの穴があるから、足元に注意」するのかと思って、その場の環境と合わないので考えてしまったことがあった。このように、シンボルはお互いの共通理解が前提となっている。直感の中に横たわる文化、意味理解の社会歴史性ということなのだが、ここが番組作成のとき、共通語たりうるのかという点をしっかり押さえていきたいのだ。

勿論これは純粋にシンボル翻訳ということを考える必要は無い。切り分けた画像表現や文字表現との相互の協調の中に置けばいいからだ。ここは研究者と実践者としての私の禅問答に置けばいいと思っているというか、それは地元合流者は成果が出なければ現れないものと思っているからだ。

まずは「わーく」のパーソナル放送局の実現可能性を見せることが先だと考えたからだ。中邑氏には講演依頼をしたいのだが、その内容のニーズが関連団体と共有できない悩みがある。従来のコミュニケーションツールは商品化されているが高かったり、デザインが無骨で実用に即しなかったりするため、それほどに歓迎されていないからだ。

すでに紹介済みだが、以下のふたつの著書は、いずれも香川大学出身の研究者からのガイドブックだが、大雑把な意味で大変面白い書だと思う。大雑把と書いたのは、「状況」と「場面」ということについての分析が、私にはまだ共有されていないからだ。

なお坂井氏の著作は、家族・支援者の実践上の障壁について勘所を得た説明が行われているし、中邑氏の著作は「発達とツール支援」ということについて現在の研究のガイドに比重が置かれている。いずれも当事者家族を中心とした読者を意識して書かれた書となっている。支援者にとって、ヒント集的な意味合いも持っているので、ご覧あれ。中邑氏の書は現在横浜市立図書館にあり、坂井氏の著作は、県下、茅ヶ崎・厚木・大井町・横浜市立・県立保健福祉大の各図書館に在庫している。

●「発達障害の子どもの「ユニークさ」を伸ばすテクノロジー」中邑 賢龍・著

●「自閉症や知的障害をもつ人とのコミュニケーションのための10のアイデア―始点は視点を変えること」坂井 聡・著

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夜間傾聴:珍しく「無し」
巡回:橋本2君(仮名)

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4.21見学会の視点/台風の目のような空白の中で

2008-04-18 07:59:05 | 引きこもり
4/21の見学会は、養護学校の親御さんたちは別枠で企画することにしました。とすると定員15名としましたが、満たないかなというところ。まあ、見学から考えたことを先方の施設の方を交えて懇談していきますから、人数15名は議論しにくい人数なので、かえっていい状態なのかもしれません。

いくつもの大事なポイントがあります。これらはメモの参考資料として提案します。

街の中でともに生きていくために…

(1)各人の個性特性が活かされる形で、協業をいかに実現するか。
(2)仕事を通じて、参加者ひとりひとりが自己実現(自分らしさ)を実現できているか。
(3)参加者がそれぞれの取り組み方で、経営参加できているか。
(4)地域との取り結びがどのように生まれているか。
(5)スキルアップ・交友補償が自覚的に取り上げられているか。
(6)収益性をあげる工夫・給与向上の実践の取り出し。
(7)当人の体調不良等の欠員カバー体制。
(8)発足の際の立ち上げ資金繰りの工夫。
(9)移植性があるか。
(10)参加者の入れ替わりの部分が地域に開かれているか。(養護学校との連携とか。)

(11)テクノロジーが作業・交流に自覚的に活かされているか。
(12)今後、私たちの諸活動とどこで、どう協力していけるか。(こちらの話)


このようなところは、特に丁寧に話し合ってみたいと思っています。

そして次の養護学校の親御さんたちの見学会には、どの辺にアクセントをおくか、見通しを立てておきたいと思います。

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「わーく」の放送機材を使って、今回、実験的な放送番組(練習)を作ってみようと思います。ミキサー到着が月末なので、今回はPCでミキシングします。問題はその過程をPJの人たちに、どうやって見えいただこうかということです。出来合い番組をみても、制作参加にはつながらないと思っているのです。腐心しています。

まずはPP画像ですかね。

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相模大野で連休中の授業代行の予定を詰めて、藤沢に戻りました。マイケル・ムーアの「Sicko」は、ビデオで派手に売っているんですね。名店ビルのビデオショップに飾ってありました。先日の16m/mは視聴覚ライブラリーのものでしょうか。私は塾をやっていたころ、映画会を時々やっていたので、懐かしくもありました。公開著作権のことかな。

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父のホームで使う上履きを探して、トポスや片山などをうろうろ。靴紐がトラブルの元になりそうだし、カジュアルシューズそのものだと、履き替えないで庭に出て問題を起こしそうだし…と、悩んでいると店員さんが「履いてみてください」と語りかけてきました。「**.*cm」の靴ありますかとたずねると、困った顔をして、「お客様のサイズと違いますよ」とくるのです。私ではなくて父。ホームの上履きというとスリッパを持ってくるのです。足が悪いヒトにはスリッパは危険というと、ズック靴を持ってくる。邪魔でした。これを持って帰ったら、ホームなんかに行かないと父がごねだしそう。結局安物のデッキシューズをみつけて買いました。

家に戻ると、飯が遅いと怒っている。母が相手にするなと声を荒げているという状態で、正直いってうんざりしているので、PCをもってファミレスに脱走して作業するという状態。頑固爺さんは、うんざり。沽券のために世界を破滅させかねないなと、あれこれ独り言もまた異様。携帯で呼び出して大森君(仮名)と夜、彼には初めての遠出、戸塚で会う。彼は巡回指導離脱組。憂鬱な雨。

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来月のTさんの体験談を聞く会の準備を始めているのですが、梅永先生は予算が無理。
どうしたものかと、考えています。ADHD関連の親の会の方に、協力をお願いしようかなと考えています。

ヒューマンスタジオの丸山さんから、引きこもり就労支援のシンポへの参加呼びかけがありました。詳細は後日。

タコマから入谷さん(仮名)の国際電話あり。土地勘がないから話が分からん、困ったもので。声聴ければいいかと、感謝を返す。どうやら移住はないらしい。

夜間傾聴:中延君(仮名)
     ******(親)

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街の中の障碍者を知ること

2008-04-17 06:19:22 | 引きこもり
ホームとの契約はすぐに終わった。

「かせ」と父。

説明中、説明を無視して突然父がサインを始める。

「あと、どこだ」と父。

説明は中断し、気圧されてホーム職員が場所を指示。
印鑑突いて書式を返して、当人「すっくと立ち上がり」(!?)トイレに行ってしまった。

「お前らの世話なんかになるものか」という意思表示なんで、バイタルサインとあきらめてと、私が伝え、「バイタルサイン」に、皆噴き出す。いや、しつれい。

来週から通所がはじまる。


午前中の契約と昼食を作り、ダウンした。猛烈な眠気。1時間半仮眠。

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起きると、父の大声がきこえ、庭に飛び出した。石油の販売が来ていて、石油のポリタンクの脇にたおれていた。隣家の窓が開き、「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。呆れたことに石油販売員は、無言でその場を立ち去ろうとしていた。

「家族を呼びにくる位の気持ちはもてないのか」

と、父を反転させながら抗議。

黙って立ち去ってしまう。

父はただポリタンクを運ぼうと触って、バランスを崩して座り込んだらしい。父を茶の間に連れて行き、寝かせて、販売店に抗議の電話。しかし、電話に出ないのだ。初めての販売店だった。受話器を置いて、脇をみると父がいない。冷蔵庫を開けてジュースを飲んでいるのだった。起きられないのではなかったのかと、半分苛立つ。

10分もしたころ、チャイムが鳴り、先ほどの販売員が現れ、後ろから年配の方がついてきた。

「お加減、いかがですか。」

と年配の男性。名刺から販売店の社長だった。従業員の対応の不手際をわびに来たのだった。

「この子、吃音があるもので…」

と事情を語った。電話がなりっぱなしの意味がわかった。亡くなった**君も吃音に苦しんでいた。

「事情分かりました」と、抗議を取り下げたものの、もっと熱い人間だったら彼をつるしあげていただろう。障碍の認識の難しさを感じさせられた。

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ごたつきでサポチガ全体会にタクシーを乗り付けた。全体会のあと夕食の材料を届けて茅ヶ崎駅に戻り、橋本君(仮名)の巡回を済ませて帰宅した。

ばてていた。2時間仮眠。
今回限界、ここまで。

夜間傾聴:******(当人)
     

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偏屈親父の親父の話/☆さんから相談があり

2008-04-16 07:00:09 | 引きこもり
昨日の事件が尾を引いていた。父が6時頃からTVをつけて茶の間に座り込んでいた。首には問題のスイッチが下がっている。傾聴は山場が3時~4時だ。私のもうひとつの在宅仕事をまとめて寝るのが7時過ぎ。だから父の早起きは身に堪えた。TVだけは音量を下げてくれというと、黙って大げさな音をたてて朝食が始まった。結局9時前まで眠ることが出来なかった。父の示威行動なのだった。

2時間半ほどの仮眠の後に相模大野へ。母は通院と買い物を理由に父から避難していた。私たちがいなくなると、父は茶の間や寝室で眠りこけてしまう。運動不足が糖尿病とじわり半身麻痺を深めていく。通所を始めないと、現状維持も危うい。

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町田2君(仮名)との巡回指導を彼の御宅で済ませたあと、お茶をご馳走になっていると、携帯が鳴った。以前連絡があった☆さんからの連絡だった。湘南の地元の方だった。フォーラム懇談会は、「わーく」編集部に転身する。日常活動を問われ少々困った。

私の運営している実践は、引きこもり青年の活動が軸足にある。その上で発達障碍や知的障碍の方たちの拡がりが描かれる。その意味で、内容が精神障碍の方たちの活動のスタイルが濃厚に出ている。☆さんの息子さんは発達障碍関連の困難が予測されている方なので、この構成は焦点がピンボケなのだ。目的をどう伝えようかと思っている矢先、先方に何かが起きて電話が切れた。

町田2君親子が応接間に戻ってきて、私の動揺を察知して、「お急ぎならどうぞ」と言ってくれたおかげで、予想より早く本校に戻ることができた。簡単な報告書を書いて帰宅した。実のところ、吸い込まれるように眠かったのだった。小田急線の車内では、大いびきをかいていたようだ。

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藤沢の書店で、

●「働く自閉症者のための作業改善の工夫とアイデア―構造化で活かす一人ひとりの特性」(自閉症者就労支援技術研究会編)

と、

●「成功するコミュニティFM放送局」

を頼んだ。AMAZONは発送予定日を守らない。私のように安月給の者は困ることが多いからだ。急がないものは書店に頼む。

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☆さんとは、夜に再度電話で現在の活動紹介をさせてもらった。話せば話すほど、地域に潜在化している引きこもり青年や高機能の方たちの、プレ就労の場作りのニーズを感じさせられた。「わーく」はネットワーキングを推進する社会的企業。これ自身がプレ就労の場なのだ。収益性の確立の詰めが甘いので、今はそこの思案をしているのだ。実践的に考える主義だから、ともあれポッドキャスティングの実験に入る。☆さんのニーズと重なるだろうか。

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今日は朝11時にホーム職員が契約に来る。父は22時に眠っている。どうか朝早く起きてこないようにと時計を見たらすでに7時になっていた。

夜間傾聴>******(当人)

(校正2回目済み)
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