湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

6/29 分は今日あとで書きます

2006-06-30 05:18:18 | 引きこもり
6/28TOTO 6/29海老名エース(仕事が飛び込み武蔵小山へ)6/30成年後見制度について(講座)と3日間午前中が続いている。寝不足のピークなり。ご容赦を。

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6/28分 アリスセンター関係者と会い…/TOTOドロノワ倶楽部あねもねWSに参加して

2006-06-30 05:13:01 | 引きこもり
 ここのところ、3日連続で午前中企画が並び、少々ばてています。引きこもりや教育関係の企画は午後からのことが多いのですが、なぜか障害領域の企画は午前中が…。(^^;

さて二日前、アリスセンター関係の方と会いました。先々YJS湘南(拡張版)を作るとき、県・市行政などとのNPO法人関連のコーディネートが必要になるので、一度しっかり話をしておかなくてはと思っていました。

しかし、YJS湘南窓口暫定開設をめぐって、地元の結束ができず白紙撤回状態からの再チャレンジになるに至って、活動は焼き直しがききませんから、経過を伝えることによって再立ち上がりの機運が出てきたとき、対行政・引きこもり領域団体間の、県レベルテコ入れを協力して欲しいというものでした。

 忙しい方で、前2回ともお仕事で流れてしまいました。今回も時間制限付きだったのですが、YJS湘南設立の地域的な意義は認めてもらえました。問題は諸構成団体間の調整は提案者自身の仕事であり、誰かに変わる性質のものではないことです。

 **さんに話したことは、私のもとの職場の同僚が語るような「結局は信用の問題、信頼されていれば、内容はともかくともに取り組むものだ」という経験的な言葉が持つボディブローのある一面の真理を、そのまま鵜呑みにしないという私の考え方でした。力のある構想・魅力ある構想は人を動かすものです。内容こそがひとを動かすのです。前者は短期的な結束を生みますが、持続的な展開には参加者個々の再構成が行われ、その結果、各人の知恵と力が有機的に結び、実現に至るのです。

 私の構想はまだ未熟でした。その翼と羽ばたきの力を、基本線を2本として整理し、改良構想を立てていくことを語りました。ひとつはYJS湘南(ただし、拡張版)への純化であり、就労しゃべり場の萌芽的な本人活動の提案(第一弾『わーく』紙発刊)でした。

 一見、会誌発行など意味がないと思えるミニコミ新聞ですが、爆弾はちゃんと仕掛けて有ります。健常者社会に埋もれてきた軽度発達障がいの青少年たち、同じ思いを抱えている地元の引きこもり者相互、支援者との出会いを「コンビニ」という街中の交点を契機につなぐこと。新聞作りという結集軸と活動の広範な質による多様な参加を準備・企画していることなどです。

 特許秘伝の技法を守り、ビジネスを立ち上げるつもりはなく、「真似の出来る時代に有効な活動」を「提案したい」のです。私の成功が全国のうねりを作っていくような活動です。その立場において、質を高めたいし、共感を生み出したいのです。このことを伝えました。これは政策提案でもあり、であるがゆえに無視されないが、巧くいかないのです。人は慎重になります。だから完成度を高めなければならない…。

 私の話は、**さん、周辺の方に活動紹介をしてくださることになりました。谷を登るのは私の仕事です。

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 二日前の午前中は、TOTOドロノワ倶楽部あねもねWSでした。二ヶ月さぼってしまったので、少々気が引けました。ヒューマンスタジオの丸山さんが登場。前回の青少年支援セミナーのお礼と、「メルマガ・青少年支援セミナー」「メルマガ・ごかいの部屋」の紹介記事の「ごかい」について、「湘南版(流)ジョブカフェ構想」の骨組み、全体のエッセンスをメールして欲しいとの話をぐずぐず引き伸ばしていたことを詫び、ただ、まとめ切れないと謝った。困ったご様子であったが、納得してもらった。

 もうひとり客人が来訪、「湘南こころの電話」の武藤さんだった。あれあれ、ここにも飛田がいるという感じ。ざっと作陶の様子を見てもらい、社員食堂に誘った。満足されたようだった。少しWSをさぼって抜け出したとき、辻堂・赤Tシャツ姿の楽庵さんと道で会うなど、結構市民活動している方の密度が高いと感じた。

 最後が、休みがちの☆★さんが登場。昨年亡くなったS子さんの母親であり、オンラインフレネでもお世話になっている方だ。私は、前夜までS子さんと会っていた。☆★さんが時折見せる鋭い視線が私に突き刺さった。

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湘南あおぞらの皆さん、「わーく」紙やりましょう/デザイナー*さんへの依頼

2006-06-28 06:26:33 | 引きこもり
 昨日は、なにやら藤沢<>茅ケ崎を何往復もしてしまった。

 夕方、家庭訪問の前に伊勢原でWebで知り合ったグラフィック・デザイン事務所を構えている**さんと初顔合わせをした。オンラインでは、話したことがあったが、もっと年配の方かと思っていたので若くてびっくり。先方も、私の頭をみてびっくり。(**さん、堪忍してください。)

 「わーく」紙紙面の大枠のデザインと、オンライン環境のデザイン管理を手伝ったもらえないかと切り出した。**さんの事務所は本厚木と新宿。茅ケ崎に出てくるのは先方の負担が大きいので、オンライン上で手伝ってもらいたいと切り出したが、「障がい者の「就労」をテーマにした活動」のイメージが、つかめないという話で、何回か説明させてもらったために、先方より私の方がイメージの整理が出来てきたようにすら思う。物事を始めるとき、「当座これを基礎にして」枠組みを作るということはあっても、「イメージを完成させておかなければ企画ができない」という立場は私は取らない。試行錯誤は傍目(はため)が悪く、来訪者に通じないことが多いが、模索の現段階を常に明らかにしていくことで、「発見」の揺籃を抱え込んでいきたいのだ。決めたことを実現するということが実践なのではないのだ。

 **さんは、デザインは要請に基づいて、その実現のために徹底的に煮詰めていき、仕上がった企画をひたすら描いていく。迷いはシュミレーションの過程の中で解決しておくという。暗中模索は素人仕事だという。一理あるなと思いつつ、私は「枝葉への脱線」や「幹の放棄・実践法の切り替え」を削り落とさない。**さんの語りはその流れの一部を拡大して見た姿に過ぎない。

 話をして見えてくることは、当事者が作ることと、支援者がつくることが同質の実践として語られているということだ。わたしたち支援者は、作り直してもいい「出発の枠組み」を提供する。**さんにお願いしたかったのも、この「枠組み」作りと。コンテンツの「採用とまとまり」を管理することだ。

 結果は「無理」。プロのデザイナーが取り仕切るのではなく、当事者が、やるべきだというのだ。今のヒューマン・インターフェイスでは、操作が難しい。「自分の成しうることを成す」という創造の出発点を配分するが、全体の統括や流れの統括は、「当座」支援者がやらざるをえない。枠の中に記事を流し込んでいくのだ。**さんはプロとして、対価という緊張の中で責任を果たしている。ボランティアの場合はその辺が緩むので、「何をして欲しいか」がもっと具体的でないと支えられないというのだ。

 私は当事者と話し合う一回目から、話はどんどん脱線し姿を本線に戻すころには、わき道の成果が本来の道に、いろいろな偶発的な効果をもたらすことになると予想している。その辺のセンスの差がなんともいえず、**さん説得を諦め、参加保留にして様子をみてもらうことにした。しかし、**さんと出発点(枠組み)を作るという企ては失敗してしまった。当事者の作品を見せてくれないと出来ないといわれたが、作品はこれから作るので見せられない。なにやら「YJS」誘致の破綻と似ている気がしてきた。「一緒に企画を煮詰めよう」という同志募集はダメなのかという話だ。**さんの立場は「外から協力する」立場なのだ。

 今度は新宿で会おうという話になった。伊勢原はいい店がないという。私はスタバのような安いところをイメージしているが、**さんは、どうもお値段の張るところのようだった。こりゃ人種的にもダメかなと、そんなところで思ってしまったのだった。うーん、オンライン上でもいい、相棒がいないかなあと、またしても思うのだった。互いの常識が違うのだ。

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 夕方、藤沢・弥勒寺の「湘南あおぞら」にお邪魔し、連続講演会のチラシと、「わーく」紙の紹介をしてきた。会うなり、++さん、私の頭にびっくり。施設関係者は、容姿の話を、さすがに口に出さないが。施設長会議中とのことで、代理の++さんに概要を話した。「ほう、ほう」とうなずいていらした。

 ++さん、面白いことしましょうよ。記事効果があるかどうかは怪しいけれど、製作過程は協働の対話が広がるのです。

 Y-MACさんから玄田有史氏の講演のお誘いをいただいた。若者自立支援塾の鍛錬主義的傾向は性に合わないのだけれど、個人的に覘かせて貰うつもり。どうぞ、掲示板にCMを載せてください。

http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=tobipub2

 今日はTOTOドロノワ倶楽部が10時から。徹夜になってしまった。夕方アリスセンターの●○さんと会う。

 モバイル専用機がついにご臨終となった。新規購入はきついなと思いつつ、カタログをみてため息をついている。「わーく」紙のこともあるし、ふんばるか…な。(頼りない。)

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仕事のコンビニ紙「わーく」のオンライン環境は/道を拓くために

2006-06-27 05:59:04 | 引きこもり
「わーく」紙の関連オンライン環境は重くなりそうだ。果たしてこれを茅ケ崎サポセンのPC端末で表示できるのだろうか。256Kのメモリのままの人がアクセスしたときのことは、やはり考えておかなくてはならない。フラッシュで書いてあり重いのだが、作者の協力が得られそうなのだ。どうしたものかと考えている。

とりあえず、新規に非公開会員制掲示板を、編集会議用として準備した。旧い掲示板をリメイクして企画案内と相談のための公開掲示板を作った。インタラクティブな参加型HP環境に、前者の環境を採用しようとしている。将来性は高いが現在は、まだ実用的ではない。

7月初めのどこかの土日の午後、茅ケ崎サポセンを使って編集会議発足の会をすることにした。大きなビニシートと模造紙を持ち込もう。そこに中字マジックインキで書き込んでいく。こせこせやらず、イメージを開放しよう。日程調整のメールを当人に送った。応答待ちとなっている。

昨日はアリスセンター関連の方と会う予定で喫茶で待機していたが、仕事が終わらずと携帯に電話が入り流れてしまった。結局28日まで延期。Linux 系の KNOPPIX 上の教材開発の話が某社で出ており、教材屋の血が騒いで、MLに入ってしまった。その応答を、喫茶待機中、ぽつぽつと携帯メールを作っていた。待ち人、空振りとわかり相模大野校に7月の巡回申請を出し、このprgの素材を同僚からもらってきた。 KNOPPIX 環境とOpen Office を使うとかなり安上がりなPCセットが出来る。「利用法はないかな」と同僚に尋ねたが、「障がい者にPCは無理」と、ばっさりやられてしまった。偏見だ。予備知識無しで、直感的に操作できる交流環境を作りたい。作者とスタッフのところに今月中に相談にいくつもりだ。

今日は3つの図書館に「YJSよこはま」のチラシを配り、藤沢・「湘南あおぞら」と「カフェ・ドゥ・そうじゃん」を回る。柴田珠里さんに連絡が取れたら仲町台にお邪魔の予定。

柴田さんの講演、ひとを是非集めたい。藤沢・県やまびこや中井のエースに連絡を取る予定。NPO法人障害者雇用部会に、今週行くことになった。
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「就労コンビニ紙『わーく』」の発行準備を進めています

2006-06-26 06:58:41 | 引きこもり
「わーく」紙を支えるオンライン環境を作っている。引きこもりの人はPCを持っている確率が高いのでさほど心配していないのだが、障がいを持った方は、その状態が様々なので門戸を如何に広くするかという点に力を注ぎたい。

 新聞を作るということは、様々な場面を統合していかなくてはならない。寄稿や情報提供を受け止め整理する・取材・編集・構成・入力・校正・印刷・配布・拡張交渉・オンライン管理・経理・情報収集etc.その自分の出来ることで関わり、発刊の成果を味わうという一連の活動は、プレ就労の活動として、地域市民活動として様々な拡張性を持っている。仕事を媒介に「出会いを組織する」ことを仕掛けようと思っている。

 文を書くことが無理でも、iPad等に発言を録音することができるかもしれない。それを手を借りてメールなり、CDなどで届けたり、取材に来てもらって録音してもいい。絵を描けるひとは絵で参加することもできる。この辺はあまり心配していないのだが、成果を感受する場面が作りにくい。PCが身近に有り、それを直接当人が操作したり、協力者の手を借りて覘いたりプリントアウトしてもらう。こういう活動がいる。HP閲覧は「茅ケ崎・サポセン」「藤沢・支援センター」などの公共端末を利用するか、携帯電話閲覧が可能な状態をつくり、閲覧の場面を拡げていく。勿論視角に障がいがあるひとには読み上げが必要である。

 こうした一連の活動は「シェルターから社会へ」というインクルージョンの流れの側面を拓く。「なすことによってまなぶ」この方法は、フリースクールの手法だが、まちのなか、人と出会う出会い方と機会を提供することになる。小さなスタートでもいい。必ず拡がるので、立候補してくれたふたりから、まずは「お試し号」を作っていこうと思っている。

お気づきの通り、この活動は「就労しゃべり場」作りを同時に準備している。「表現する」側に踏み出して行きたい。

今、オンライン環境は、エントランスは「会員書き込み権を取得する」という形の軽いガードを踏まえ、アクセス・読み取りは公開とし、リンクを多用してページは分散管理する。この一枚・一枚のHPを紹介・編集していくのが「わ~く」紙編集部となる。

これを言葉で言うのは簡単だ。しかし慣れまでの試行錯誤はかなりの困難を伴うだろう。それには参加者の所属団体の理解と協力が無いと、ハードルの高い場面も多々ある。オンライン環境も明瞭簡単な機能とそのデザインが求められる。

立候補してくれたひとりは、なんと北柏在住の方だ。オンライン操作が出来るというので、距離を越えて参加してくれた。さっそく「東海道本線架空情報誌『わーく』取り扱いコンビニ案内」というコンビニ住所録をエクセルで作って送ってくれた。びっくりした。もうひとりは支援者。だが…名前はハンドル名しかわからない神戸大の「まる子」さん。なんと神戸在住だ。もうひとりが私の家のご近所さんだ。ともかくハード面を固めて、彼らと会合を近々持つ予定でいる。

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 茅ケ崎市主催の第二回協働事業意見交換会が7月16日(日)に開かれることになった。私の提案は19年度協働事業候補にはなれなかった。しかし継続を認められたので、今回はバージョンアップした構想を持ち出し話し合いに入る。しかし今回はひとりだ。しょうもない話だがやむ終えない。

これからは二股の活動になる。ひとつは「湘南版ヤングジョブスポット連携構想」であるし、もうひとつが[わーく」だ。

 Uさんに語ったことだが、障がい領域の活動は当事者が子どもの頃から、未来を見据えて活動が構成されている。だからシェルターの拡張の形で、人の出会いが語られる。当事者を見守ってくれる隣人と、親しいひとたちの輪を拡げ、安定した生涯を描けるように活動が日々の生活として行われる。一方引きこもりの人は、再び心安らかに「社会復帰」できればいいという形に活動を立てるが、実はここが矛盾。社会は何も変わっていない。そこに再び当てはまれということになってしまう。だから表現を持つことよる脱皮が必要。それがプレ就労的なプログラムの個性だ。このずれが、埋まらない。私は当事者の表現が生まれることが必要だと思うが、それは他者を求めていく活動となるが、従来の障がい領域の活動はホーム(ふるさと)作りの活動となり、そこに日々を暮らしていくことに流れがある。結びつき、何かを広げようという活動は、芸術活動などにはあるが、主流にはならない。その壁が今、私の前に立ちはだかっている。先方の論が過ちではないだけに、あとは当事者の生きるエネルギーの地下水脈を当る以外に、今の私には思いつかない。

 私の動きを「うわついた」動きと指摘された方もいらした。年齢が高いので静かに日々をすごしたいという方もいらした。しかし、私の活動は「うわついて」いるとは思わない。社会と取り結ぶ引きこもりの方の中継路であるし、障がいを持つ方の一歩踏み出す生き方に連動するものだと思っている。輪を拡げたい。心底思いが息を詰まらせる。一緒にやりたい、でもひとりでもやる。

 明日はアリスセンターの関係者と会う。


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19年度茅ケ崎市との協働事業候補選考は無念、しかし通知には

2006-06-25 05:34:08 | 引きこもり
「7/22就労支援連続講演会#柴田珠里さん」のポスター試作品のものを、藤沢市民活動推進センターに持ち込んで貼ってもらいました。本番にするポスターが仕上がらないこともあって、試作品が登場、どうも焦点ボケの感あり。

昨日、茅ケ崎市市民活動推進課から、通知が郵送されてきました。4月28日の市主催意見交換会に基づく、平成19年度協働事業検討対象団体2事業追加の通知が行われ、7月15日の公募を通じて、秋に協働事業契約が進められるというものでした。

今回「湘南版(流)ジョブカフェ」構想は

「今回は採用できないが継続して検討する」という形になってしまいしたが、順当な線だと思います。この中で

・「社会復帰の援助に関すること等については民間で行うことが可能と考え」る
・「自立を支援するためには、基本的な能力等の養成だけに留まらず、職業意識の啓発や社会適応支援を含む包括的な支援が必要」

という市の見解が出されました。この部分は今後の活動の足場になっていく共通認識であり、今後の交渉を進めて行くべき方向となったわけです。ともあれ、構想に今年10月のタイムリミットはなくなりました。

このことから「連続講演会の場による意見調整」・「『わーく』紙発行による当事者参加」・「YJSよこはまとの再交渉」という道筋に入るのですが、次の意見交換会の日程も明らかになりました。

次回の市主催の意見交換会は

7月16日(日)12:30~14:00 茅ケ崎サポセン

であり、今回の市の見解に踏まえた議論を進めていきたいと考えています。


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「わーく」紙の構想詳報を書いています。試作品を作って具体的に話す場を考えています。

作業中、とりあえずここまで。


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香川・下宿屋の牧野さんを訪ねて#現状打開提案は活動の「上積み」なのだろうか

2006-06-24 05:49:43 | 引きこもり
 茅ケ崎の香川・下宿屋さんを訪ねた。YJS湘南作り頓挫のお詫びと今後の事について語るつもりでいた。昨日は食事会の日、そこならば牧野さんはいらっしゃるはずという考えと、参加される方たちとの語らいの貴重な場を中断することになるという臆する気持の狭間に立っていた。

 しかし、事務室の奥の部屋に通された時点で、私は語るべき言葉を失っていた。それはどこから己が言葉を発していくかの拠り所の違いが直感されたからだった。私が通されたのは事務室という日常の先端から遮断された牧野さんの思案の回廊だったからだ。思念の塊の受け渡しが準備されたといえばいいか。私は言葉の壁に再び出会わざるを得なかった。語れば通じるものではないものが、今伝えるべきものだったからだ。

 私は通じない言葉を抱えて10余年、閉ざした自分の拠点を後に他塾・他団体を彷徨ってきた。そこで見たものは子どもや青年の、矯正であったり競争を煽るものたちが、「フリー」とか「治療」という言葉で子どもや青年の言葉を奪う姿であり、シェルターの中に理想郷をつくろうとする姿だった。否応なしに自分は社会の中に生きている。その立脚点の上に活動を育てていく場を求めては、看板と違う塾や団体に齟齬を起こしていた。何人かの良心と出会うこともあったが、経営危機と主宰者の他界によって再びはぐれたり、政治勢力の価値観と異なっていたために排除されたりもしてきた。

 しかしそういう体験の中で一番重くのしかかったものは、見えない制約だった。ハンデキャップを抱えた青少年を受け入れる地元に根付いた東京の塾の場合、教員は授業時間外、子どもと町で出会い、親と親しいいわゆる地元の人間だった。少年野球チームを率いたり、親に追い出された子を家に招き、親との間に立ち和解させたりと、それは身近な大人たちだった。湘南から通勤する私は授業の場で身を開くことに専念したが、その地の距離感はいかんともし難かった。

 私はその塾の授業の中にひとつの誤解を見つけていた。熱心に教えれば通じるという誤解だった。わかり易さの背後には、あるレベル以上の相互信頼があり、その外周に科学的な判断や技術が拡がっている。それがぴたり、当人の心と情況課題にあったとき、まなびは共鳴していく。その塾は、軽度発達障がいのような認知の偏りを、一律普遍的なひとに還元してしまう過ちを包み込んでいた。ところがそのことは、素直に伝わっていかなかった。有限の通勤日授業時間帯を磨けば磨くほど、大人たちとの関係は悪化していった。授業は教員と生徒の相互で作るものだ。そこに別の流儀が割り込むために、生徒は板ばさみにあった。学習困難児とともに「子どもと歩く」という町の探索に出た授業や、休日利用の塾の泊り込み雑談などの企画(実は認知の偏りを包み込むプログラム)を進めたものの、それらは非日常を作り出すもの。普段から顔を突き合わせている教員とは違うことをしていることに、親は不信を抱いた。

 親に対して説明したものの論は宙に浮いた。面倒見のよい古参教員の書写反復練習を私が批判したことが、子どもから親に伝わっていた。識字困難な子への反復練習はストレスでしかない。しかし当時はまだ軽度発達障がいの情報が社会認知されていないがゆえに、非常識と判断されていた。この最中、私は交通事故を起こし長期入院で中断退職したのだが、日常の出会いが私の語りを遮断していることが、次々にその論議の中に出てきていた。私は客人、その受け入れがたい言葉を入院中復唱していた。

 この10数年間は門前払いを繰り返されてきたのだという思いがある。立場の違いを先方に伝えることほど虚しいことはない。しかし根付いて活動を拡げたい。そういう堂々巡りの思いが尾を引いている。今私は職業とは別に活動を継続するつもりで地域の中間支援者として提言を行ない活動を拡げてきた。しかし根無し草となった今、私は構想の質が現状打開の良策としてフィットすることを目指していく。しかしそれはボトムダウン型の活動でしかないのだ。夜間の傾聴もその塾の私を理解してくれた教員の個人的紹介の子たちだけというのが現状。

 私の主張の中に「シェルターから社会へ」という流れの必要性を説く部分がある。ここに私の事情が投影されていると読むのは時代を読まぬ過ちだ。だが立場の差の大きさは言葉を淀ませてしまう。あなたは時代状況をどう読むか。その応答を待つことほど虚しいことはない。しかし問いかけ続ける。

 牧野さんとのキャッチボールに諦めを感じたのは、今まさに書き綴っている行為の矛盾、通じない言葉を投げなければならないことが場として提供されたからだった。活動を媒介して知り合っていくことと、供述後の理解は違う。ならば訪問することによって事・通じさせる方策を持ち合わせていたのかと考える。

 7/22講演会のチラシやら、「わーく」紙発刊の呼び掛けを手渡し依頼しながら、溝を眺めていた。牧野さんから「手をつなぐ」次号の原稿をいただいたが、そこに描かれている内容は、「社会における『ひと』との関わりの中で育まれる『関係性の充足感』」が基礎であるということ。これはボトムダウン型の活動に制約されてきた私には、活動をしている諸団体にとって「上積み」の活動が私にとっては「架橋」・「場作り」のであるという矛盾に映った。共に泣き笑い、共に歩んでいくことは私の求めているものでありながら、私は溝を見ている。今、時代の流れの中で手を打たねばならないことはなにかということと、ひとの人生の交点の中に、生きていくことの深まりをひろげていくこととは位相が違う。私は前者を語り、牧野さんは後者を私に伝えた。

 私は「上積み」と見える余地のある活動をしてきたのだと限界を感じている。私は活動の環境を提案しているが、その提案が先にあるものと解釈されてしまう。「いま・ここ」は常に代謝している。そこにのしかかってきている影を払う環境を描こうとしている。「上積み」とか「転換」のプログラムを提案しているわけではない。ボトムダウンの場合、その構想が従来の活動とフィットする反芻改良が必要となる。「共通の絵」が描けないものかと思案する。この営みは結ぶことがないのだろうか。

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サポセン広報合同会議への出席。
茅ケ崎保健所への経過報告と構想具体化への協力要請。
茅ケ崎市青少年会館・茅ケ崎市立図書館へのチラシ配布。
「わーく」紙&関連HPのデザイナー確保>文教大へ。
リハビリテーション専門学校へのチラシ配布。
茅ケ崎養護学校へのチラシ配布。
個人宅2軒チラシ配布。
「わーく」編集会議会員制掲示板調整。


以上済み

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7/22柴田珠里さん講演&「わーく」紙チラシ配布/軽度遅滞の子の保育職就労の例

2006-06-23 07:15:33 | 引きこもり
7/22の柴田さんの講演会チラシと、「わーく」誌呼び掛けチラシを増刷し、市役所・生活相談室「とれいん」・市コミュニティセンター・「元町の家」・平塚市市民活動推進センター・辻堂図書館を巡回。チラシを置いてきました。

「元町の家」では、就労支援活動や「わーく)紙発刊について話し合った。障害の特性が精神の場合、生死の淵を彷徨うこともあり、特性から無理であるし、自立支援法下の10月切り替えを前に手が回らないとのご意見をいただいた。しかし「浦河『べてる』の家」などは統合失調症の方々が企業を営んでいるのだし、精神障がいの領域にも社会復帰を含んだ就労支援プログラムがある。ご理解くださいというわけで、資料を残してきました。

正直、YJS誘致失敗の後、ことの動きが非常に重くなってきている。何年か空転を耐えなくてはならないだろう。それをこえる、時代に肉薄する魅力ある提案を膨らませていくことが肝心なのだ。始まったなあと歯噛みをしていた。

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「療育技法マニュアル 第14集 ~青年期:若者と支援者-実践報告から学ぶ-」((財)神奈川県児童医療福祉財団・刊)を読み進めている。養護学校高等部の進路指導の立場から木村昭宏さんの論文を読んで、Nさんという施設職員の道を歩み始めた方の事例が、私の塾を通り過ぎて行ったある子のことを連想させた。

その子は、普通学級に通う当時肥満の家弁慶と、親にレッテルを張り続けられていた。軽度遅滞と偏った対人認知があったが、小学校教員の母親の仕事をみてきたせいか、小学校教員か保育士の道を歩みたいという希望が小学校高学年のころから芽生えていた。しかし周囲の大人たちは、場面の読みが時に相手を傷つけることが時々起きるために、むしろ縁故の旅館の庶務係にと話を進めていた。家から通勤1時間圏内にある旅館だった。

この親子の考えの違いは、高校受験のとき、振わない学業成績に進学先の選択の余地の少なさを体験する追い込まれた気持の中で親子対立となり、進学先が決まったものの不登校の状態になり、母親が思い悩んで私のところに相談に来るようになった。

当時、私は自治会の関係で夏祭りなどの交流企画に参加する機会があったので、この子を幼児とであわせてみようと幼児向けブースを予約し、人前に出ることを嫌がるこの子に、相手が幼児であることを伝え、母親に幼児の遊びを支える姿を見せれば、親の心が変わるのではないかと誘いをかけた。翌日、眠らなかったのか赤い目を擦りながら、「やる」と言いに私のところにやってきた。

果たして、お絵かきブースは、無口な彼女とは思えない彼女のおしゃべりが、幼児をひきつけていた。母親も意外な側面をみた風で、これを境に、この子は自分の希望を保育園ヘルパーへと希望を持ち、母親も強く反対しなくなった。他の子とくらべると進路を早期に決めることになり、果たしてこれが最良の道であったかは自信が全く無いが、私は不登校を逆用して、地域市民活動の母親達の保育活動や保母さんたちとつなぎ、送迎時の手伝いを経験させた、というよりブースにやってきた保母さんが彼女の問いに答えてくれたことがあったのだが。この子は半年続いた不登校をやめ、高校を卒業。専門学校へと進んだが、がんばりもあって、資格を取ることが出来た。いっしょに、理解の有りそうな施設の施設長と出会わせ、卒業後1年のブランクが開いたものの希望の職に就くことが出来た。

このとき大きな役割を担ったのが市民活動だった。プレ就労的な場面と出会いを提供してくれたのだ。対人関係の偏りは、依然として園内のトラブルメーカーらしいが、積極的な関わりが評価され、周囲に支えられてきた。ひとの理解と協力があれば、ものごとは動くものだ。この子も既に30代後半。職員のいじめがおきて、ひとつ保育園を転職したものの、自分の選択に誇りをもっているようだ。

この例に見られるように、早期進路希望を持つ子は少数派だろうし、早期に進路を定めることがいいというつもりもない。ただ、この子は母親の職に将来を見、母親とは違う道を歩んだわけで、ここには「なりゆき」という偶然が割り込む。しかしことは実現されたのだった。

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「しごとコンビニ冊子『わーく』」基盤整備中

2006-06-22 05:59:47 | 引きこもり
NPOちがさき会員対象の茅ケ崎市社協見学。福祉関係団体関係者以外、圧倒的に初体験。これは逆に驚き。そんなものかしらん。そういう私もボラセン4Fは初めて。狭いと思っていたから使わなかったが、大きな会議室があったとは。ただボラ協が年間予約を入れているので、隙間を借りる形になる。17時までしか借りられないのも難ではあるが、しかし使用料・無料は魅力がある。ただし社協登録団体のみ。

終了後、社協に事後報告をしておいた。後半、隣に怒り心頭の声で怒鳴り散らしているおっさんが座ったために沈静化にまわり、気がちって聞いているのか怪しいところ。「わーく」紙の発行人材紹介を改めて今日、東京からの帰り、間に合えば行きなおす予定。

「わーく」紙の準備の中で、オンライン上に作らなくてはならないものを揃えている最中だ。会員制非公開掲示板(会議室)これは何とか確保した。しかしグループウェアやオンライン手描きボードなどを整備している。編集部員だけ当座は補助がつかなくてはならないだろう。オンライン初動支援ボラさんがあとふたりいる。

今回は作業中なので、これで。

p.s. 成人検診の結果を聞いてがっくり。糖尿病だと宣告されてしまった。食事制限だ。
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ヤングジョブスポットは障がい者就労には異質な活動なのだろうか?

2006-06-21 06:28:36 | 引きこもり
 相模大野から成瀬に出て面談をした。通信制からサポート校にやってきた青年だった。怪我による挫折を経験していた。スポーツ推薦の暗部である。午前中の眠い目を擦りつつ、失礼な面談だったが、本来スポーツ選手の持つ意志の強さが、中途半端な私の背筋を伸ばしてくれた。やりたいことを持ちつつ自信のなさから、サポート校の出席が不安定なものになっていた。

 藤沢から、小和田に用があってバスに乗った。国道一号線の渋滞に合い、午後の福祉PJ(サポセン)はタクシーで裏道を抜けたが遅刻。高齢者介護が話しの中心の会なので、早めに退席、ポスターと通信作りに入った。7/22柴田珠里さん(横浜やまびこの里・仲町台センター)の裏ポスター原版が仕上がった。本番用ではなく、本番用が時間切れになったとき登場させる安直デザインのものだ。

 柴田さんの講演会チラシと、「しごとのコンビニ紙『わーく』」参加呼び掛けリーフレットをサポセンに置いた。18日の湘南にじ企画の集まりに参加されていた翔の会の和田さんに、「わーく」の呼び掛けを聴いていただいた時点で、講演会開催の決断は下していた。語り終えたとき、手のひらは汗ばんでいた。

 サポセンからの帰路、アリスセンターの佐々木さんと遭遇した。事情を語り陳謝。大きな実りを期待する気持と、やりきれなさがこみ上げていた。今日は社協・サポセン合同交流の集まりに出る。そのあとNPOちがさきの全体会となる。このサポセン関係の活動は、私の構想推進活動を優先し私のペースを取り戻したいと思う。活動制限を始める。

 湘南にじ企画の**さんに「わーく」編集の件で電話を入れるとして、22時をまわってしまっていた。これがいけない。サポセン関連の活動はピッチが詰まっている。こういう細かいが大切な部分に問題が起きてくるのだ。**さんには会って謝るつもり。

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 療育技法マニュアル第14集「青年期:若者と支援者-実践報告から学ぶ-」((財)神奈川県児童医療福祉財団・刊)を読んでいる。牧野さんの論文に描かれる方たちの葛藤とその振幅は、引きこもり者や自閉症スペクトラムの方たちに寄り添ってきた感覚からすると、意味理解(時には勝手に解釈と物語捏造と同義)を反復しながら伴走するスタイルとは異質な、非常に大きな懐で危険をカバーしながら見守っていくことによって、超えていくというスタイルを取っている。危うさを自己修正しつつ伸びていく本人を支えている力を「生きる力」と呼んでいる。

 これは「浦河べてるの家」の話を読んでいても思うのだが、まず彼の全存在を受け入れて、その波長に支援者をチューニングしていくという方法論がある。ところが大前提としてそれを行いつつも、私は「扉を叩く(アクセス)」と、いうことをその実践の中に潜ませている。「誘い」と言い換えてもいい。これは教育者の習癖なのかもしれない。「○○をさ・せ・る」という対象操作の話ではなく「○○をし・よ・う」という呼び込みの話だ。

 なるほど、教育臭いなと思いつつ、「寄り添う」ことの信頼の半歩差を感じていた。このことは、武居さんの語る表情まで浮かび上がってくる当人のエピソードや、18日の平塚サンシティの宮崎さんの講演の語りに出てくる「時間外労働」の徹した伴走と共通して、私の呼びかけている就労しゃべり場作りへの疑義へと連なる部分だろうと感じている。

 YJSが就労相談を受け止めたとする。しかしそれは、当事者の生活をまるごと受け止めているわけではない。「就労」という切断をした断面に接しているだけだ。求職という「公的要求」と「支援」という公的関係と読み替えてもいい。そこには「私」という存在が不文律によって、読み込まれているのだが、その部分の値踏みというか、当事者の全存在を引き受けるつもりがあるのかという問いかけがある。しかしここはあえてNoと答えるつもりだ。YJSは私の就労しゃべり場に親和性の強い活動だ。この活動はフリースペースのような活動とタイアップして、はじめて価値が生まれてくる活動だ。

 つまり半歩差と書いた「○○し・よ・う」の世界。意志封じ込められた引きこもりの青年や、軽度発達障がいを抱える青年たちから始まる公共空間なのだ。丸抱え可能なフリースペースとの分業と動的なネットワーキングを描いている。対象者は従来の喫茶などの「たまりば」活動とも違って、訪れる者となる。この質の違いが果たして価値あるものであるのかという躊躇につながっているように思う。ネットワーキングの像をもっと鮮明に描かねばならないのだと思う。単純に寄り添うことの決意確認という意味でなら、宮崎さんの語る「時間外労働」も有りと答える。「し・よ・う」が通じる世界ではないのだということでいえば、境界に立つ者の活性化を通じて、丸抱えの世界へと向かう力を認めて欲しいと思うのだ。

以上
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コンビニしごと冊子「わーく」編集者募集中/枠組み作りをあれこれと

2006-06-20 05:56:57 | 引きこもり
横浜やまびこの里・仲町台センターの柴田珠里さんの連続講演会を、やることに踏み切りました。講演会の意義は色あせていないからです。参加者数など講師に失礼なことにならないよう、どう支えていくかが問われています。心配なのは自閉症関連の講師なので、他の領域の方が参加してくれるかどうかということです。とにかくチラシを作りました。明日、サポセンや藤沢・平塚の推進センター、寒川町役場に公開します。

仕事の冊子「わーく」の発刊呼び掛け文を印刷しました。「湘南版(流)ジョブカフェ」構想のトップダウンの限界を破るものとして定義したので、自立性が弱くなっていることに気がつきました。例え構想が実現できなかった場合にも、また私が活動の場を失ったとしても、要を支えてくれる方がいれば、最低限ここから芽が出る企画なのでしっかりした枠組みをつくろうと思うのです。

 前回、元協働まち研WG-2の集まりに参加したとき、吉岡さんに語ったことですが、わたしは出来る限り、「みんなが出来る・みんなが真似できる」活動をめざします。真に価値ある企画は時代に根を下ろすのです。その意味で、マニュアル化も必要かと思います。私の活動が全国でアレンジ実施されれば、時代を動かせます。こんなことは仕掛人の企みのレベルですが…。

 「わーく」は、作業をできるだけ明確に呈示したいと思います。パソコンに向える人も、紙に絵を描くのが上手な人も、そして配達や、テープ取材ができる人も、出来上がりを味わえるようなものにしていきたいのです。この裾野をどう広げていくか…。

 「社会参画のなかの労働」「したいこと・関心をもったこと」「仕事をしてみていいたいこと」を当初、定義としていました。しかしこれらは、モノローグなのです。「いっしょにやる楽しさ」とか「共同製作対話が育む深まる眼差し」「繁殖伝播する探索の楽しみ」というようなインタラクションを定義しておく必要があります。求職情報にあてはめていく従来の就労観を食い破っていくような当事者の声をどう育てていくか、そんなことを書いては消し、書いては消し…思案中なのです。

 引きこもり陣営と障がい者陣営双方からデザイナーが出てこないかなと、調査中。集めた作品をうまく冊子やHPに配置していくのです。あとはコンビニとの交渉、これにも参加して欲しいのです。サポセンをたまり場にするか、資料のある図書館会議室を借りるか…。

 今、ふたりが立候補してくれました。

 掲示板も確保しましたが、果たして使えるか。そして自閉症スペクトラムの子向きの参加モデルを考えています。支援者の世話人がもうひとりでてこないと…。オンラインサポートもひとり。タウン紙が協力してくれないかなと、あれこれ。

 懇談会通信ピックアップNo.016 2面も差し替えです。

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6/18配布チラシ2:「7/22就労支援連続講演会/柴田珠里さん」

2006-06-19 14:38:41 | 引きこもり
就労を考えよう*就職がむずかしい君と家族で考える*連続講演 その2

●ゲスト:柴田 珠里さん(横浜やまびこの里・仲町台センター)
●テーマ:軽度発達障害者の就労を考える
●日 時:2006年7月22日(日)13~16時
●場 所:茅ケ崎市役所分庁舎A会議室
     (JR茅ヶ崎駅北口駅下車徒歩8分)
●参加費:500円
●問合せ先 e-mail: tobita@@mbm.nifty.com  飛田まで
●主催・後援:就労支援湘南実務者ネットワーク
        湘南子どもフォーラム懇談会
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6/18配布呼び掛けチラシ:《仕事(しごと)のコンビニ紙(し)『わーく』を作(つく)りませんか》

2006-06-19 14:09:26 | 引きこもり
《仕事(しごと)のコンビニ紙(し)『わーく』を作(つく)りませんか》

(注:ひらがな版 と 漢字版 が あります。好きなほうで お読みください。)
(ちゅうい : ひらがな ばん と かんじ ばん が あります。すきな ほう で およみ ください。)

2006/06/18
湘南(しょうなん) 子(こ)ども フォーラム 懇談会(こんだんかい)
飛田 英昭(とびた ひであき)

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 茅ケ崎から、自分たちで仕事をさがしたり、つくったりする集まりをつくろうとしています。働くと、いろいろな考えや言いたいことがでてきます。そんな話もできたらいいなと思います。

かといって仕事さがしは大変なことなので、横浜にある「ヤングジョブスポットよこはま」という就労相談のひとを湘南に呼んで、お手伝いしてもらうことをかんがえています。でも、うまくいっていません。みんなの声がまとまらないからです。

 私は「不登校」とか「引きこもり」とか言われているひとと泣き笑いしてきました。文がうまく読めなかったり、計算が遅かったり、親が離婚して勉強どころじゃないのにちっとも待ってくれなかったり、いじめられて死ぬことを考えていたりと、さまざまなわけがあって、学校にいかなくなって、家から離れられなくなった子たちです。子といっても35歳くらいのひとまで私達の塾に通っていました。「おとなになったら生活に困るなあ」と、親やいろいろなおとなが、学校や職場に押し出そうとしました。でもうまくいきません。自分の心の中は、ちっとも解決していないからです。

 私はいわゆる障がい者団体のいろいろな企画に、かれらを連れて行きました。するとほっとして、自分から進んでいろいろなお手伝いや、おしゃべりがはじまりました。なかまがほしかったんだなと思いました。ひとって、いい人や好きな人とであうとかわりますよね。ああ、これなんだと思いました。いい出会いがあると、ひとはかわることができます。私はこの力を信じて、「皆と自分らしく働くこと」を生み出していけないかなと思いました。

そこで親の会とか支援団体や行政のひとたちのところをまわり、応援をもとめました。でもみなさん、いま障害者自立支援法がはじまったことで困っていて、なかなか新しいことに力をまわせないのです。でも、立ち寄ればみんなと出会え、話もきいてくれる場ができたら、どれほどいいでしょう。それに仕事の話(情報)や、いろいろな仕事のひとが職場の話を聞かせてくれる場があったら、そして働いている職場の悩みの解決をてつだってくれるひとがいたら、ひとりで悩まなくても、もっと「自分らしく生き・働ける」ようになるのではないかと思います。


そこで「ヤングジョブスポット湘南」をつくるために、出会いの場をつくるために、今、手いっぱいの世話人のひとではなくて、「本人の活動を始めませんか」と香川の下宿屋さんとか、翔の会「とれいん」とか、藤沢の引きこもり関係の「カフェ・ドゥ・そうじゃん」などの若手のみなさんに「始めよう」と呼びかけています。

 何をするかというと、名刺2枚分くらいの大きさの仕事のコンビニ紙をみんなで作るのです。(見本を見てください。)コンビニには、みなさんはよく行くのではないですか。コンビニに自分たちのつくったミニコミ紙を置いて、出会いの場作りに賛同して連絡してくれるひとと知り合うのです。インターネットが使えるひとはそこで準備をして、編集会議の日にみなさんで集まります。ここで出会う人が増えていけば、きっと「ヤングジョブスポット湘南」の出会いの場づくりの結束は実現するでしょう。

 実は引きこもりのひとたちは、パソコンが上手なひとが多いので、一緒に組むとパソコンやインターネットにも参加できると思います。今、湘南では引きこもりの人たちが集まれる場が本当に少ないので、こういう仕事ミニコミ紙ができると助かるのです。ただ小さな新聞なので、そこにはいろいろなことを沢山のせられません。でもインターネットにその話とか写真を載せておいて、その目次を新聞に載せていくという方法でやれば、パソコンや携帯電話で記事をみることができます。

 それを(お金がないので)まず駅前のコンビニに置かせてもらいましょう。また記事を書いてもらったり、話を集めにいったり、絵を描いたり取材もやるのです。どうですか、やりませんか。相談しましょう。

連絡先: tobita@@mbm.nifty.com 飛田 まで ( "@" を ひとつ 消してください。)




 ちがさき から、じぶんたち で しごと を さがしたり、つくったりする あつまり を つくろう と しています。はたらく と、いろいろな かんがえ や いいたいこと が でて きます。そんな はなし も できたら いいな と おもいます。

かといって しごとさがし は たいへんなこと なので、よこはま に ある 「ヤングジョブスポットよこはま」という しゅうろうそうだん の ひと を しょうなん に よんで、おてつだい して もらうこと を かんがえて います。でも、うまくいって いません。みんな の こえ が まとまらない からです。

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 わたし は 「ふとうこう」とか 「ひきこもり」とか いわれている ひと と なきわらい(ずっと つきあって いること)して きました。ぶん が うまく よめなかったり、けいさん が おそかったり、おや が りこんして べんきょう どころじゃない のに ちっとも まって くれなかったり、いじめられて しぬ こと を かんがえていたり と、さまざまな わけ が あって、がっこう に いかなく なって、いえから はなれられなく なった こ たち です。こ と いっても 35さい くらい の ひと まで わたしたち の じゅく に かよって いました。「おとな に なったら せいかつ に こまるなあ」と、おや や いろいろな おとな が、がっこう や しょくば に  おしだそう と しました。でも うまく いきません。じぶん の こころ の なか は、ちっとも かいけつ して いない からです。

―◇―◇-◇-

 わたし は いわゆる しょうがいしゃ だんたい の いろいろな きかく に、かれら を つれて いきました。すると ほっと して、じぶん から すすんで いろいろな おてつだい や、おしゃべり が はじまり ました。なかま が ほしかったんだな と おもいました。ひとって、いいひと や すきなひと と であう と かわりますよ ね。ああ、これなんだ と おもい ました。いい であい が あると、ひと は かわること が できます。わたし は この ちからを しんじて、「みんな と じぶん らしく はたらくこと」を うみだして いけないかな と おもいました。

―◇―◇-◇-

そこで おや の かい とか しえんだんたい や ぎょうせい の ひとたちの ところ を まわり、おうえん を もとめ ました。でも みなさん、いま しょうがいしゃ じりつ しえんほう が はじまったこと で こまって いて、なかなか あたらしい こと に ちから を まわせない のです。でも、たちよれば みんな と であえ、 はなし も きいてくれる ば が できたら、どれほど いい でしょう。それ に しごと の はなし(じょうほう) や、いろいろな しごと の ひと が しょくば の はなし を きかせて くれる ば が あったら、そして はたらいている しょくば の なやみ の かいけつ を てつだって くれる ひと が いたら、ひとりで なやまなくても、もっと 「じぶん らしく いき・はたらける」 ように なるのでは ないか と おもいます。

―◇―◇-◇-

そこで 「ヤングジョブスポット しょうなん」を つくるため に、であい の ば を つくる ために、いま ていっぱい の せわにん の ひとでは なくて、「ほんにん の かつどう を はじめ ませんか」 と かがわ の げしゅくや さん とか、しょうのかい 「とれいん」 とか、ふじさわ の ひきこもり かんけい の 「カフェ・ドゥ・そうじゃん」 など の わかて の みなさん に 「はじめよう」 と よびかけて います。

―◇―◇-◇-

 なにを するか と いうと、めいし 2まい ぶん くらい の おおきさ の しごと の コンビニし を みんな で つくる のです。(みほん を みて ください。)コンビニ には、みなさん は よく いく のでは ないですか。コンビニ に じぶんたち の つくった ミニコミ紙(し) を おいて、であい の ば づくり に さんどう して れんらく して くれる ひと と しりあう のです。インターネット が つかえる ひと は そこで じゅんび して、へんしゅうかいぎ の ひ に みなさん で あつまります。ここ で であう ひと が ふえて いけば、 きっと 「ヤングジョブスポットしょうなん」の であい の ばづくり の けっそく は じつげん する でしょう。

 じつ は ひきこもり の ひとたち は、パソコン が じょうずな ひと が、多い ので、いっしょ に くむ と パソコン や インターネット にも さんか できる と おもいます。いま、しょうなん では ひきこもりの ひとたち が あつまれる ば が ほんとう に すくない ので、こういう しごと ミニコミ紙(し) が できる と たすかる のです。ただ ちいさな しんぶん なので、そこ には いろいろなこと を たくさん のせられません。でも インターネット に その はなし とか しゃしん を のせて おいて、その もくじ を しんぶん に のせていく と いう ほうほう で やれば、パソコン や けいたいでんわ で きじ を みること が できます。

 それを (おかね が ないので) まず えきまえ の コンビニ に おかせて もらい ましょう。また きじ を かいて もらったり、はなし を あつめ に いったり、え を かいたり しゅざい も やる のです。どうですか、 やりませんか。そうだん しましょう。

れんらくさき: tobita@@mbm.nifty.com とびた まで ("@" を ひとつ けして ください。)
(注:チラシ は、うらおもて すきな ほう を よんで くださいね。)

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6/18湘南にじ企画の会合に参加し/県自閉症親の会横須賀講演の中で

2006-06-19 05:40:50 | 引きこもり
湘南・にじ企画の集まりに行ってきました。

青年たちのストレートな表現の中に、今まで私が関わってきた来た子たちとの違いと個性が浮かび上がってきて、少々お付き合いの流儀を使い分けなくてはいけないと、なにやら考えてしまいました。そのちょっとこもった瞬間、私の顔を至近距離からのぞかれてしまい大笑い。この敏感さが問題なのです。

自閉症スペクトラムのひとたちの突き放された感じではなく、遅滞のひとたちは社会性があるので非常に親近感を感じます。しかし彼の流儀が見えてこないと、話のやりとりは彼も気づいていない異なる含意があることもあります。私は軽度発達障害の子たちとのお付き合いをしてきた関係で、私と彼との「場の分かち持ちの配分」が何となく決まっています。ところがその配分がひっくり返されてしまったというのが今回の感想。

千葉から来た**さんとの話では、話の主導権は彼にあります。私の提案のコンビニ紙への関心を遠方参加で出来るかなと問われました。パソコンが出来るならメール参加できるよというと困惑。参加するか否かは、自分からメールするとしっかり話の流れを確保しているのです。こういう対人関係は久々でした。丁寧な側面支援があればやれるなあと感心させられました。

今回、平塚サンシティの宮崎さんの講演準備の時間に「コンビニ紙『わ~く』をつくろう」という呼び掛けをさせてもらい、ふたりの応答をもらいました。持ち込んだチラシは漢字版とひらがな版の二種類を裏表に刷り込んだものでしたが、それの概括説明をしっかりきいてくれました。某校の授業のときよりキャッチボールが出来ているのです。喜びつつも、ただ私の教員の勘が、「受け止めが良過ぎる」というのです。困ったものです。

翔の会の和田さんや、平塚「ひまわり会?」の方がいらしていて、今回の活動のいきさつや、コンビニ紙の呼び掛けの目的部分を説明させてもらい、応答はいただけなかったものの、構想実現の大切な部分を意思表示できたことは意味が合ったと思っています。あとは実績以外、扉を開ける鍵はないでしょう。からんだ糸球をほぐすような作業にはいった気がしています。

午後からは、県自閉症親の会の横須賀講演会に参加。齋藤宇開さんの講演を聴いてきました。野比の特殊教育研・久里浜養護の研究の知見紹介。対象が親御さん・教員・研究者というような拡がりの中、ともあれ自閉症の全体像をコメントをつけつつ展開するというスタイルでした。こういう形だと結局、あちこちに気になる語りが登場してもそれは押し流されてしまうのです。語ることが多すぎます。

相手が専門家なので書きますが、こういう高速疾走の場合、モデル印象付けは慎重にしないと危ないのです。紹介された指計算は九去法という江戸後期民衆の算術書に載ったポピュラーな和算であり、そのやり方は小学校教員たちの研究会でトピックとして語られ、授業の間に紹介されて来たものです。自閉症の子の発明というのは、その事例ではそうかもしれませんが、個性的な計算の超越した事例としては不適切です。手品風の驚かしに引用する危うさを感じました。

次に紹介された「エクササイズ・流れ星」。次々に絵に描きいれるものを司会が語り、参加者が描き込み絵を後で見せあうというもので、そこに描かれている絵の違いの大きさから始まり、聞き取りの隙間(大きな池の『大きな』の認識の差など)を利用し対話の中のずれを見させます。私はこの差異こそ創造の源泉と思うのですが、これが「対話の不確かさ・危うさ」として抑えられ、更には「司会・聴衆(参加者)」という「抑制された対話構造」を般化してしまう。同時処理される対話構造のダイナミズムが見えていないというこれまた臨床心理畑の硬直したモデルが浮かんでしまったのです。会場でやらせた描画は、主観的に納得させるための仕掛けになってしまいます。教員が授業のとき使うモデルは、的を射ている部分とはずしている部分の場の中の通り方を意識したものなのです。試行と種明かしという構造の健常者ゆえ許される実践も、種明かしの場面すら言葉を使う以上、すれちがっている。そのことを意識せずに、大団円に持ち込むのはアジテーターの手法です。ふたつの事例とも、慎重さが求められる研究者の知見伝達にはそぐわないものでした。

会場はホール満席。ただなにやら「黒い」(笑)。スーツ姿が多い証拠なのです。海老名の集まりとはちょっと違った雰囲気。横須賀の動員、教委系かなと思いつつ。

会場は茅ケ崎・寒川やまびこのみなさんが受付。Uさん以外、今度の一件後初顔合わせ。刈った頭が会話を断ってしまった感あり。なんとも寂しい帰路でした。

地獄への歩かなとは思いつつ、連続講演会開催のチラシを置いてきました。支援して欲しいと念じつつ、今、情況解決の修羅場を抜ける私のなしうる理と力をさぐっています。解決ではなく共感を生む実践を。構想の賞味期限切れへの焦燥感をねじふせ、深呼吸。

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ハローワーク藤沢・茅ケ崎リハ専仕切りなおし

2006-06-17 05:29:10 | 引きこもり
 蒲田で面談指導を済ませた後Uターンして、ハローワーク藤沢に行った。YJS の「延期」を告げ、当人の活動を育てていく必要から「就労コンビニ冊子」を発行する旨説明。記載情報に「ハローワーク藤沢の諸関連企画紹介」を載せてはいけないか打診。主旨がまじめなものであれば、文書で許可願いを出してくれれば大丈夫じゃないかとのこと。見本見て笑い。これからも時々お邪魔することを語り話し合いを終えた。

 藤沢市民活動推進センターに立ち寄り、コンビニ冊子見本を作ったのだが、USBメモリーを置き忘れてしまった。焦って取りに戻るが、どうも丸刈り頭は違和感があるらしい。スタッフ緊張。メモリー回収するものの何やら居心地が悪かった。

 帰りに茅ケ崎リハビリテーション専門学校に行き、今週すれちがい続きの**さんに謝罪。教官の++さんに経過を説明し謝罪、今後の活動への期待を残して欲しいとお願い。ネットが解散しない限り、話を聞いてくださるとのお話に胸をなでおろす。汗がどっと吹き出てきた。

 茅ケ崎養護学校に立ち寄り、倉谷先生に8月26日の学園祭の巨大シャボン玉作りを請け負う話をし、開催立地条件を打ち合わせる。今年はボストン子どもミュージアム流カーテンもどきが出来ないか検討中。昨年は佐和子さんがいた。中庭にぽつねんと立つ姿が焼きついている。今年、彼女はいない。もう永遠に会うことが出来ない。学校のあちこちに彼女が焼きついている。今年は生徒の皆さんには悪いが、彼女の記憶のための仕掛も作ろう。

 倉谷先生には今後も企画のたびに連絡をくれるようお願いした。実務者ネット敗退を前提とした話ではない、水際の命綱をかけたつもりなのだ。こんな形で生涯の問題からの引退はまっぴらだから。

 しかし間が抜けている。「茅ケ崎就労支援ネットワーク」が「精神」「知的」「身体」がばらばらに会を持っていると信じていた。合流していることがわかった。これが公的な会議ならば、なぜ実務者ネットを作るとき、誰も話題にしてくれなかったのだろう。疑心暗鬼はつのる。

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 夜、サポセンで旧協働まち研WG-2の「みんみんゼミ」に出て土屋さんと会う。事情を説明し謝罪。ネットワーキングのむずかしさの岡本さんの報告が背筋を抜ける。まさに身に染みている。沈黙ほど重いものは無い。

 柴田さんの広報ちがさき講演会開催記事ストップがまにあわなかった。冷や汗をかいている。どうしたものか…。「軽度発達障がい者の就労支援/自閉症スペクトラム者の就労研修の現場」を話してもらう企画だから、むやみに誘ってもひとは来ないだろう。コンビニ冊子の目的と解説を作っている。日曜日は「湘南・にじ企画」の午前中企画、なんで午前中にやるのだろう。睡眠時間との戦い。今日は茅ケ崎手をつなぐ育成会Uさんに会おう。

 今夜は傾聴ボラが1名。4:50終了。タワー型自作PCの内部構成についての話で、何かなあと頭を掻く。時間を共有することが大事。

 冊子編集交流用会議室設置して、下宿屋さんから貸してくださった「療育技法マニュアル」を読み進めて今晩は終わり。

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