湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

6/29 ##君の疑問に答える:懇話会ゲストの選び方(2)

2015-06-30 04:08:48 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/29 記
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教え子の##君と話した「どういう基準でゲストを選んでいるのか」という彼の問いが、ずっと脳裏に響いていた。懇話会は、「災害はひとの心も生活も奪い去って行く恐ろしいものだから、対策を準備しましょう」という一般向けの啓発講演ではなく、「大災害の隣にあって、このままではいけない。どうしたらいいのだろう」とか、「3.11の熱も冷めて、ここで再び広域大災害がおきたなら、また同じ惨事を繰り返すのか、このままではいけない」というような、自らのスタンスを見つめなおしていこうとする方や、地域を守る手立ての無力感と戦っている方が、胸に込めている思いと疑問を吐き出し、現場の経験から見通しを探っていこうとする摸索の場だ。その思いのヒントを触発してくれる方をゲストとして招待している。講演ではない、懇談であるとは、そういう意味が込められている。

前回、「話し合う機会が本当に稀だが、必要性が高い"災害弱者"の"いのちと生活"を考える」という話を書いた。しかし、この領域は専門職の領域であり、プライバシーにも触れるために専門職に任せておくべきだという論理が、私たちの脳裏に蠢いている。昔から「高齢者・障がい者・乳幼児と妊婦」は地域で事前に、被災時、誰が助けるかを決めておくという話から、地域町内会や民生委員さんたちが活動しているが、一向に話がまとまらないという事態がある。ひとの命を預かる重さが大きすぎるとか、先方とつきあいがないし、自分も逃げ遅れるリスクを抱えることになるという話が壁になる例が大きい。専門職に任せておけばいいというのではなく、自分には何も出来ない、または家族だけで手一杯だし、そんなにしょっちゅう地震は起きるものではないからという先送りや思考忌避が実態だろう。この閉塞状況のもつれた糸を解きほぐして、一歩先でも見通しを探っていこうとするのが「懇話会」の試みだ。

「住民意識の空白」(平常性バイアスがかかる)とか、「専門職依存」思考忌避という事態も、実際、被災地にいくと「このままでいいはずがない」という心の変化に気がつくだろう。

ひとが忘れているのは、専門職とその家族もまた被災しているという事実だ。今だからこそ支援が欲しいときに、力を貸してくれる専門職の絶対数が足らなくなるという事態が到来する。119をかければ、助けがやってくると思っている環境は吹き飛んでいるという事実だ。

だからかもしれないが、防災活動は「安全避難」に始まり「安全避難」に終わってしまう靴の外から掻くようなもどかしさと虚しさ。被災者の体験も、発災時の異常事態がいかに起き、どのように助かったのかという場面に終始して進まず、そこから安全避難法論議に流れ込んで終わり、あとは集団行動避難訓練となってしまう。しかし、被災当夜、避難所を追われる障がい者は、その時点から既にサバイバルが始まってしまう。避難後の語りが圧倒的に足らない事態がそこにある。

糖尿病の薬とか、血圧の薬とは言えても、常用薬の名前が言えなかったり、アレルギーの自己申告をしなければ、配給の食糧にも命の危険が潜んでいる事態があるのに、健常者避難の話すら曖昧のまま、災害弱者保護は混乱の中に落とし込まれる事態に、議論がないという事態は、このまま放置しておいていいはずがない。

被災地現場の経験から語る場をつみあげていく必要があるというのは、そういう「轍を踏む愚かさ」から一歩踏み出していこうとするあがきの試みだ。

その被災地現場の実情と経験を語り、私たちの問いかけに、的を射た持論を返していただける方を選んでいる。

今回の中村雅彦さんは、自分の養護学校時代の教え子の消息を追ったり、地元の障がい者当事者と家族の会組織や社協を問い合わせながら取材したお話が中心になっている。しかも発刊の2012年以降の継続調査の中で、障がい者のニーズの変化もあわせてレポートしてくださることになっている。

この会のチラシを持って関係者をまわったとき、私は、懇談だから、少人数で語り合うと語った。これをいうと実は、ふんわりとした関心が吹き飛ぶのだ。様子見の立場が危うくなるからだ。懇話会は沈黙の権利を侵さない。しかし実際は、それだけで参加が減る。しかし、消極的な人が集まっも、話は浅くなる。被災経験から気付く契機はすり抜けて行く。いつもこの辺の空転に忸怩たる思いを押さえ込んでいる。討議ではなく懇談。こんなつまらないところでつまずいてどうすると思う日々である。

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中村さんの著書「あと少しの支援があれば」の見直しをしている。みえなくてメガネをはずすと数cm先の文字が見えない。明らかに視力が落ちている。7/10の視野検査で等級更新を行う。拡大読書機を申請するのはその後だ。汚れたガラスの隙間から世界を見ているような状態。見えているところに文字を置いて読むので、目が疲れる。いい本だ。時間はかかるが、チェックを入れ、懇話会に臨む。

夜間傾聴:**子(時間調整に失敗)


(校正2回目済み)

 

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6/28 ##君の疑問に答える:懇話会ゲストの選び方

2015-06-29 05:27:19 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/28 記
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藤沢で偶然、相模大野校の卒業生の##君夫妻と出会った。赤子抱えた奥さんも見たことがあった。##君とはクラスの異なる私立文系コースにいたとか。時間帯が違うので、入れ替えのときに会ったのだろうか。##君はIT企業にいるのだという。

どこの喫茶店もいっぱいなので、結局歩きながらの話となったのだが、彼の親戚が3.11の宮城にあるとのことで、私の活動は事務元の事務長から話を聞いていたとのこと。強いLDだが、現在の仕事に困難はないと言い切る。

話の中で、私のやっている懇話会のゲスト選択に、鋭い突込みがあった。「どうやって、選んでいるのか」である。被災地に行ったことがあるから、元・事務長に頼めばいいじゃないかと彼はいうのだ。私が、すっきりしない応答をしているので、業を煮やしたのかもしれない。

なるほど、これは問われたら答えられるようにしておくべきことだと思った。

彼には「災害時要援護者(災害弱者)」と呼ばれている方たちが被災時、他の被災者と比べ、より深刻な困難に直面していることを説明。さらに避難後もお荷物扱いされたり、避難生活が始まっても、必要な支援が得られない状態が続いていること。地域コミュニティの再編に取り残されること等々。

ここを解決するには、まずは何が起きているかという現実を直視する必要がある。漠然とした支援ではなく、求められている課題を手がけるその端緒を見通すこと。この課題が特殊東北の被災地だけに起きることではなく、災害に見舞われた地域に再現される困難と課題であること。その医療・福祉・生活ケア分野は、普段から専門職と当事者家族に任されて、専門職の絶対数が不足。特に発災直後、急性期には地域の民間協力活動が立ち上がらなくてはならないこと。避難後の避難所・仮設住宅の生活には、無理解と差別の軋轢が待っていること。そこをどう賢く解決していくか、そこに現場の知恵が必要なこと。

つまり現場主義的に経験に接し、東北支援や湘南の防災の見通しを立てて行くという、これが目的だ。

ところが、私は岩手県の大船渡・陸前高田・(気仙沼)しかいったことがないので、宮城や福島の現場の方や、全国の公共団体やNPOの現場駐在者は候補選びが手探りとなる。

懇話会では、「障がい者」「高齢者」を災害弱者の代表ととらえ、安全避難に留まらず、避難生活から新規生活開始以後までの長期支援の形が論議できるようになりたい。この発想に合うゲストはなかなか出会うことができない。

そこでテーマをたてて、「緊急避難」「福祉避難所」「仮設生活」「長期化する避難生活サポートと医療」、高齢者では「PTSD」「認知症」「激変する生活環境に対応する保健」「生活不活発病」「繰り返されるコミュニティ再編と安定した友人作り」というような手間をざっくりと用意して、現地の人伝てや、関係団体の紹介、他の講演会情報や、専門分野研究者の中で現地活動を組織している方から、当人と話をして、ゲストを決めている。

懇話会は、一般講演会ではなく、語り合うこと、「懇話会」だ。質問次第で浅くも深くもなる。情報提供を待つ方は失望するだろうが、引き出したヒントを各自の活動に持ち帰り、活かしてもらうことが目的であり、ましてや結論を出すことは論外と考える。漠とした災害論を語るのではなく、現在進行形で進む現場情報から必要な課題のテンションを保って行く。そういう会だ。年数回だが利用して欲しい。そう呼びかけている。応答は鈍い。ここで語られているリアリズムと,非被災地の日常感覚の落差が大きいのはわかるが、呼びかけは、やめない。それは3.11福島被災者十数万人の避難生活は現在進行形であるし、南海トラフ東端駿河湾から続く、首都直下型地震発現のリアリティに裏付けられているからだ。

災害弱者の困難に思いを馳せる会である。そして忘れてはならないことは、陸前高田・石巻・神戸・福島と直接知り合いの網が広がって行くことだ。これをどう活かすかも各人に委ねられている。

また、私へのレッテル貼りが見られるが、ゲストは政党への偏りや、偏らないことへの反発など様々だが、すべてたたき台の意味で「たたきがいのある人」を選んで行く。「話が膨らむひと」である。これが懇話会のゲスト選択基準となる。

以上

相変わらずの長文失礼。

##君から、しつこいのはダメだよという忠告は守れなかった。ごめん。

p.s.「民生委員・児童委員の安否確認・見守り活動および避難・復興期の支援活動のあり方調査研究事業-東日本大震災における民生委員・児童委員の実践記録-」(民児協調査委員会)を読んでいる。

夜間傾聴:なし

(校正2回目済み)

 

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6/27 今日は一日中、我が家で家事なり

2015-06-28 05:21:54 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/27 記
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母の持病の掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)が再発した。これが始まると両手なので、水仕事が出来なくなる。ゴム手袋で何とかなるが、水疱が痛むのでステロイド剤で、ただ消滅を待つ形になる。金属アレルギーが主因ではないと診断されていて、原因不明なのだ。私にとってみれば、家の中でも水周りの仕事は、やらねばならず、私の足止めになってしまう。

7/2懇話会ゲストの中村雅彦氏から、配布資料が送られてきた。そこでJR相模原の対面指導の日程を移動。一日中、我が家に蟄居していた。中村氏の資料は明日印刷する。

朝8時前から、掌の痛みのせいで熟睡できず起きだしてしまったので、私もまた起こされた。夜間傾聴明けで、めがとろけそう。一日中、夢遊病状態。

諦めて、茶の間の座卓にうつぶせになって仮眠2時間。


夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

 

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6/26 「わーくNo.55」配布開始・Bluetooth Netの検討他

2015-06-27 06:04:47 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/26 記
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 修正部分を直して「わーく No.55」を配布した。配布の都合上「懇話会ニュースNo.13」を折り込んで配布した。本号の一番の核は<連載>「QRカード」の頁だ。次号はいよいよ、存立環境の話だ。QRカードは「医薬品調達環境」「テスト採用病院」「公益第三セクター制作環境」という存立環境が問われる。そこに続く話をまとめた。

 今回も読者が「受け取ってくれる」方が行政の中で生まれている。ばくせんとうけとるのではなく、読んでくれているという変化だ。災害時における看護師さんや保健師さんの働きの助っ人の民間分担を話してきた経過がある。急性期のパニック状態を乗り越える知恵を形にしていく作業だからだ。

 茅ヶ崎市役所関係課・県保健福祉事務所
 市民活動サポートセンター・カフェ関係
 一部の高齢者包括支援センター・タウン紙
 各障がいのセンター・##さん

明日以降、市社協・特別支援校etc.を配布予定。
7/2懇話会(中村雅彦氏)の件、再参加要請

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No.56 の一部を書き始めた。医療用個人情報QRカードの機能環境とともに

「音声…マイクロFM放送局>FMラジオ」
「文字・画像…Bluetooth Network>携帯・スマホ」

という概念を入れた。視覚・聴覚障がいの方にも対応が可能になる。

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しとしとと雨・蒸し暑い。BDプレヤーとショルダー抱えてサポセンへ。BDプレヤーを預けてホッとする。偶然##さんがいらして、「わーくno.55」を拡げてくれた、感謝。

今回は「被災障がい者の避難生活」ということで、是非と念じている。それが相手に警戒心を起こさせている。十年一日の如く、眉間のたて縞の評価が支配する虚しさ。この指とまれ方式はは成り立たないのか。

金曜災害ミニ・カフェは、ラジオ福島の3.11レポート「ラジオの力」。BDディスク破損で、急遽入れた番組だが、改めて観てみると、県レベル・市町村レベル・避難所仮設エリアレベルと、放送の役割が違っていることを再認識した。ただ、AM放送局ゆえか、被災時放送機能停止の緊急事態の吟味、県と市町村レベルの分散協力ネットの発想がない。この単独思考を超えないと、破損や電力供給停止の事態に対応できない。

私達民間が入るのは、市町村レベル以下のローカル・コミュニケーション・サポートだから、議論のかみ合わないところは多いが、現地情報協力員のような参加ができる。

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夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

 

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6/25 神戸訪問の手がかり探しで 他

2015-06-26 05:02:40 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/25 記
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「わーく No.55」の配布を始めた。高齢者の包括支援センターの中で、「災害時要援護者」の枠で読んでくださる方にも本誌を配布してきたが、今号は「引きこもり青年が取り組む"災害弱者支援活動"」という切り口なので、少々配布時、関連の説得に苦労した。対象は「支援者・引きこもり青年と家族」だ。問題点の全体像を深めようとしているので、後者の方々には難しいと思う。

明日、金曜災害ミニカフェのやり直し(ラジオの力 19時~茅ヶ崎サポセン)を行うので、周辺への配布をしていく。BDプレヤーを抱えてのことなので、雨が降らなければいいのだが。

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どうも辻堂図書館と私は、相性が悪いようだ。行くと館内整理日の休館日や17時終了と重なってしまう。用が足せないのだ。寄贈本「ビッグイシュー」も、もう3回空転しているので、今回はメモを添付してポストに入れた。

故・黒田裕子さんの宝塚の事務所はどうなっているのだろう。デイケアの場にもなっていたので、会は解散していても場が形を変えて残っていないか探っていた。当時の事務局関係者の**さんのお名前をOnline上で見つけることが出来たが、メールアドレスがわからない。学会関連ルートでも数点ヒットしたが、やはりアドレスが出ていない。私を学生と勘違いして懇々と諭された方なので、覚えて下さっているとは思うのだが。実際、耳が痛かった…。

以前あたった秋田赤十字大を経由して、黒田さんの友人の看護大の++さんにたどり着いた。お叱りを受けるかもしれないが、講演は下手な方だが深い方で、大概の関連質問には+αが付いた応答が返って来る。阪神淡路大震災の救急看護に携わった方なので、打診をはじめている。11月講演分だ。東京と大阪を往復されている。

いずれにせよ、神戸に行くには、まだ準備不足だ。手がかりがもう少し欲しい。

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中村雅彦氏の懇話会が近づいてきた。明日、虚しさが伴うが、関連事務所を再訪問する。

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橋本の##君が家庭内でこじれている。今日の訪問指導が流れてしまった。「釣り」関連の書籍が見つかって、父親の堪忍袋の緒が切れたということらしい。川釣りが彼の趣味なのだ。クールダウンした頃に、お邪魔することになった。

夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

 

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6/25 「わーく No.55」を載せます(懇話会News 7/2 中村雅彦氏ゲストCM添付)

2015-06-26 03:59:37 | 地震津波災害ボランティア

--------ここから---------

☆☆☆「わーくOnlie PicUp No.55 Ver.2」☆☆☆
2015/06/25 「わーく」編集部 編

(1面)
★災害弱者の被災経験から 若者の仕事を考える★

●長い期間、引きこもり青少年たちの社会復帰の支援活動をしていると、彼らは決して人間関係を遮断しているのではなく、SNSやオンラインゲームを通じて、その範囲の人間関係を保っていることに気かつく。心の危機やいわゆる境界の障がいの隣接圏にいる青年達は、そのオンライン上の人間関係とも接続できないでいる。私が訪問支援してきた青少年は、次第に後者の青少年に絞られつつあるが、伴走者として孤立して生きることを全否定はしないが、彼らが静穏を得た頃から、「理解者とともに生きることで、より豊かな人生を送れるだろう」と、社会参加活動に誘ってきた。もう一方のタイプの、嫌気に近い体験を契機に引きこもった前者の青少年たちは、オンラインに限定された世界の閉塞性は理解していることも多く、より充実した生活への契機を求めるために、青少年にフィットする社会参加活動のデザインを探っている。

●従来の社会参加とは、既存の企業への就労であったり、狭い門ではあるが就労継続支援A型の作業所への就労であり、そういうものと思ってきた。偶然、3.11の東日本大震災の、ボランティア活動、特に被災地に行った体験を伴う活動では、いあままでにない深い共感を彼らの中にもたらせた。

●この違いは何であろうか。従来の活動では、社会既存の組織枠の中に彼らをはめ込む活動で、いわば名刺を持つ活動だった。ところが災害ボランティアでは、「彼らは『必要とされる』経験」をする、つまり彼を取り巻く人々が関わりを求めるというか、周囲も同時に変わり、協力的に接するということが違っている。これは大きな違いだった。その被災者の集団に生まれた環境を「災害ユートピア」(ISBN:9784750510231)という著作の作者レベッカ・ソルニットによれば、

>>> 惨事に遭遇したとき、人はむしろ、「利他主義や相互扶助を感情的に表現するだけではなく、挑戦を受けて立ち、創造性や機知を駆使する」。こうして現出する「特別な共同体」を「災害ユートピア」と呼ぶ。>>>

とする、活性化し支援者を同胞のように積極的に認めて受け入れて行く人間関係があった。これは災害ボランティアには特に強い経験だが、社会参加の意味が明快なボランティアの経験には、「必要とされる経験」の機会がある。この社会経験のステップの大きさを今、強く感じている。

●しかし、ボランティアというと、社会は単なる受け皿であって、たとえば「植樹」「碑の建立」のように、役にはたつが、直接の被災者との接点を遠ざけた活動が主流となっている。それゆえに、青少年が支援者・当事者いずれの立場になっても、彼らのリアルな活動の形が求められる。「わーく」では、その個々の形を継続して探っていこうと思っている。


(2面)
<連載>個人医療情報QRカードの検討 No.015

~「マイナンバー医療情報メモリ」と「QRカード」の住み分けについて(下)~

☆年金機構の情報流出の影響☆

 日本年金機構のネットワークから個人情報が大量流出した。個人情報管理の甘さが問題となっているが、この事件は個人情報を扱う他の団体にも「管理を見直す必要」を求めている。医療生活情報QRカードもまたその安全性の洗礼をうける必要がある。

 それには次の2つの大きな枠組みを確認する必要があろう。

 1) 「おくすり手帳」のQRコード化
     (個人情報の機能分散)
  2)  項目自主選択によるカード発行

 1)は、管理効率化の発想から、個人情報の一括管理する試みは統治する側の都合であり、個人としては、漏洩リスクは分散管理をよしとする。本QRカードは災害時の救急救命と治療。そして避難生活の個人パスとして利用することに主眼がある。傷病者・認知症高齢者・乳幼児・外国人などの自己表明の力を持たない者の代弁を行う役割を持っている。それゆえ医療サイドのカードとして管理すればいい。治療・常備薬を記載する「おくすり手帳」は大きく、携帯性に難がある。QRコ-ド化すれば、常時身につけておけくことが可能になる。

 2)は、QRカード内に記載する情報項目は、「氏名・年齢・住所・電話番号」等の「必要項目」と、「血液型・性別・病歴《治療歴)・アレルギーの有無・体重・身長・緊急連絡先・銀行口座番号(PWは抜く)・職場連絡先・etc.)等の選択項目があり、選択項目は、利用当事者が必要とするもののみを記入すればいい。(自己責任)

 これらは、行政が管理するというより、公共性の高い第三セクタが発行し、元のデータは各人が管理し、発行団体側には保存しない。

 こうした基本線が、年金機構の情報漏えい対策となっている。カードの申請から作成・配布段階の管理場面に漏洩防止策を講じる。また製作者には守秘義務が課せられる。この部分は、改めて検討を加えていく。

(資料)
■年金情報流出101万人、全都道府県で被害  年金機構が発表(2015/6/22 日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS22H7O_S5A620C1EE8000/?n_cid=TPRN0003


(3面)
★★「金曜災害ミニ・カフェ/レポート」★★

5/15 19:00~21:00 第29回 NHK 計120分
「いま僕達にできること 神戸と福島をつなぐ高校生たち」
「2015女川いのちを守る会~1000年後へのメッセージ」

●ティーンズの災害ボランティアの試みは、学校という場を背景にして行われる。学校は同世代集団という性格を持っている。この集団が「外の」地域社会に関わるという形になる。被災当事者とともに活動を作って行く、地域滞在の大人の活動の形はなかなかとれない。不登校の子たちと議論していくと、「大人は”学校で学ぶ”ことが第一義という。でも大人だって”生業を働く”ことが第一義じゃないの」という発言が必ず出てくる。私達は「ボランティア」という「社会活動」と「その体験」がこどもを大きく育てて行くことを知っている。だから、この議論に必ずしもかみ合っているとは限らないのだが、彼らの活動が「今、なにが必要なのか」という議論が全くといっていいほど欠けていて、「自分達に何が出来るか」から出発してしまう。これは教員が黒子になっているからのように思えるのだが、「まず当事者と会い」「状況を知る」というステップを踏んで欲しいと思うのだ。緩やかな大人のバリアが彼らの周囲に張られているように見えてならない。

●後者の番組は、地元の中学生が津波の記念碑をたてる活動の記録だ。津波の到達地点に、彼
らなりの碑文を考え大人とともに複数箇所の碑を建てた。彼らの碑も後世に伝えられていくだろう。しかし、いままでの震災碑がどのように避難に利用されていたかが中学生に伝えられていない。従来の震災津波の常識を裏づける安心のモニュメントが震災碑であり、圧倒的多くの震災碑は、役割を果たせず無視されたという、やりきれない現実がある。その碑は活きるのか、その碑を活かす活動が継続していける方法はないかを考えて行くことが肝心ではないか。また、「現在の災害情報によらず、ここより先が安全という誤解釈されること」に対する手立てはないか。つまり碑の活用法を考えることに踏み込むべきだろう。「津波はここまで来た」ではなく「ここまで津波がきたことがある。地震津波情報をつかんで下さい」という警告の碑にするという具合だ。中学生ならこの程度という大人の判断が質の浅さを作り出してはいないか。

●一転して、阪神淡路大震災の被災地神戸の高校生と、地元の高校生との交流は、当人の自主行動に貫かれている。お互いの地元を訪問し、そこで「自分たちは災害とどのように向かい合ってきたか、自分達になにができるか」を考えている。人と町の震災復興の相互理解を進めるには、お互いが出会い、交流することが大事だ。彼らの将来に必ず体験が活かされるだろう。その意味で、この交流を生み出す企画者を知りたいと思う。ところがその反面、番組に登場する高校生は、どうやらエリートだ。自分の未来を切り開く力を持っている。この高校生の相互訪問交流活動を各地の高校生に広げて行くには、大枠のプログラム作りと、実費バックアップの大人の活動を生み出す必要がある。ここに出てくるエリート高校生たちなら、企業カンパを引き出す活動も可能だろう。活動の経験を活かして欲しい。しかし普通のハイ・ティーンズが活躍できる場とは、それが知りたい。


(4面)
***2015年企画/金曜ミニ・カフェ
3.11被災者支援と湘南の防災 上映懇談の会***

●月2回、金曜の夜に軽い上映懇談をしましょう。映画は無料です。被災者支援と湘南の防災関係のTV録画番組などを見ながら、今後の災害ボランティアの課題を考えましょう。
●とくに「要援護者」といわれる災害弱者のことについて、話題提供していきます。

<今後の予定>
(茅ヶ崎市民活動サポートセンターにて19時~)

7/3 第32回 ☆シリーズ東日本大震災
「元気に老いる ~生活不活発病・被災地の挑戦~」
(NHK-G 2015/06/13 50分)

>仮設と軟禁生活の病い

●東北の高齢者は元気だ。夫婦で農業・漁業・水産加工の仕事をしていたり、自営業の比率も高い。その生活が3.11震災津波で生活を奪われた。避難生活は、心も折れるし、やることがない。じっと、生活再建のときを待っている。動かない、こもった生活が心身の健康を奪う。目に見えない老いを進める病魔といかに戦うか、孤立を深める単身者という課題を考える。


7/17 第33回 東北☆未来塾 湯浅誠コミュニティ講座1&2(ETV 計40分)
「はじめの第一歩」
「難問に挑む その前に」

●3.11震災津波は地域とひとを押し流し、地域コミュニティを破壊した。見知らぬ人と仮設で暮らす。やっと知り合いが出来たころ、被災者は復興住宅にまた移住し、再び見知らぬ隣人と、慣れぬ高層団地生活が始める。その地域コミュニティ不在、地縁の空白が災害弱者を追い込んでいる。


以 上

--------ここまで---------

本誌には「懇話会ニュース No.13 中村雅彦氏ゲスト 7/2 懇話会CM」添付しています。)

「わーく」編集部は「懇話会」を支持しています。

「懇話会ニュースNo.13」

2015/07/02(木) 18:30~20:30 茅ヶ崎市分庁舎5F会議室

「あと少しの支援があれば」その後 ゲスト:中村雅彦氏(福島県点字図書館館長)

・中村氏が3.11被災直後、知り合いの全障がいの方々の消息を追ったレポート。

 被災障がい者の抱える4年余の課題を論じます。

 

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6/24 懇話会「あと少しの支援があれば」その後 の準備進む

2015-06-25 05:54:31 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/25 記
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相模大野校からの帰り、湘南台に立ち寄った。ある作業所の知人に懇話会ニュースを届けるためだった。反応は肯定的だったが、むしろ自分達で呼ぶことを検討する様な応答だった。下見でもいいから参加しないかと畳み掛けたが、即答は得られなかった。重い。しかし周知してくれるというので、お願いしてきた。

SFCの知人にも懇話会ニュースは送っている。しかし、高齢者看護の関係者で、いまだ応答がない。故・黒田裕子さんのときは驚きのメールが返ってきた。分野の違いが大きいと考えている。

明日は、障がい理解のある高齢者包括支援センターの関係者を回る。寒川町もまわるが、肝心の茅ヶ崎の再巡回が先かと思っている。

今日、ゲストの中村雅彦さんからメールを頂いた。事務連絡が中心ではあるが、7月2日には、「あと少しの支援があれば」(2012)発刊以降の新たな問題も紹介してくださるとのことで、まもなくパワー・ポイント・ファイルが送られてくる。福島県下の被災障がい者とその家族の消息の新たな情報が入ると期待している。

神戸新聞のアーカイブを見ていて、ゲスト候補を発見。もとの保健福祉行政関係者。実現の可能性を追って、時間切れとなった。

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両親と死別して孤立した、軽度障がいのあり引きこもり青年から、ひさびさに電話が入った。司法書士の方が後見人をつけてくれたらしい。行政も保護に入っているので、当座、彼は守られる。少々ほっとしている。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

 

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6/23 慈恵医大眼科で視覚障害等級検査、日赤本社にて 他

2015-06-24 04:52:34 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/23 記
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朝、採用通知が届いたと、++から電話が入った。「赤い屋根」ではないが、町の豆腐屋さんである。ハローワークに仲介してもらうように連絡するように指示した。彼は体調を回復した昨年から職場をさがしていた。巧緻作業に難があるので、店長さんと話をしていた。ただ長年、引きこもり生活をしてきたので、昼夜逆転しており、練習はしていたが、果たして朝、遅刻せずに起きられるか不安がある。夜間傾聴はやめて、昼間の電話をしようと了解を取った。朝9時、就寝2時間半後。眠い。会員用携帯以外は、電話が鳴らないようにセットしてある。10時までは寝ていたかった。

慈恵医大眼科で薬の補充。検査結果は7月頭に。視覚障がい等級があがるか?拡大読書機、市への申請認可の時間がかかるか。

御成門駅に出て、近くの日赤本社にたちより、兵庫の日赤への仲介をしてもらう。秋の懇話会講師は白紙に。認知症在宅訪問看護の件で、品川に出て日本精神科看護協会に行くが、終業時間を過ぎていたので空振り。銀座のapple直営店で、母用i-Padを買う。

7月2日の講師・中村雅彦氏に、事務連絡メールをする。

「わーくNo.55」作成難航中。市市民活動推進課に出した2通の提案の話や、マイ・ナンバーの個人医療情報QRカードの見通しの部分など、先が開けない…。夜が明ける。


夜間傾聴>ふたり

(校正1回目済み)

 

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6/22 日赤の候補と相談したが

2015-06-23 06:13:00 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/22 記
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日赤の**さんが紹介してくださった講師候補の方と話した。

その方は、阪神淡路大震災のとき救護班経験を持っていたが、専門は、母子救護だった。障がい者・高齢者の支援の経験はなく、仮設入居以降の訪問活動からも離れていた。この方は避難所までということらしい。無念だが、候補に合致せず破談となった。この回は、10月末から11月にかけての期間なので、まだ多少余力がある。神戸で捜すか。

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翔の会の++さんに出会う。7/2の会について、個人要請だけではなく、施設の皆さんに伝えてくれと頼んだ。「検討する」と応答を得たが、背筋に寒気を感じた。いつも「検討」という言葉がでるが、意思表明を避けるが、実は常に「No」だからだ。奇跡が起きてくれまいかと、ただ念じる以外なかった。甘いのはわかっている。

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明日は慈恵医大眼科に行き、帰りに日赤に寄る。

夜間傾聴>**子

(校正1回目済み)

 

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6/21 東京巡回(下) 他

2015-06-22 05:06:28 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/21 記
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昨日のことだ。

拡大読書機の体験会からの帰り、丸善に立ち寄り、東北学院大の<a href="https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784904863350">「震災学3」《荒蝦夷 刊)</a>という雑誌のバック・ナンバーを仕込んだ。仮設生活を取り上げ、特に阪神淡路大震災からの長いスパンの体験レポートが載っているからだ。この雑誌には、被災障がい者の記事はまだ出てこないが、現在No.06まででているが、今後に期待している。

翌日が父の日とのことなので、都内の父の墓に立ち寄ってきた。話すことも何もなく、墓前で立ち尽くしていた。おめう父のために、えらい目にあったことだらけだったからだ。他人には奇妙な光景だったろう。

神宮前にまわり、看護協会の**さん宛にペーパ・メールを残してきた。故黒田裕子さんが紹介してくれていた災害看護・国際救急看護の専門家だ。阪神淡路大震災の被災高齢者ケアをされてきた方だ。黒田さんの話の続編を語ってくれる方だ。

最期に**子に会った。住職には会えなかったが、部屋喪失騒動の会った**子の様子を見に来たのだ。チックが残っているのが気になる。一緒に歩いて嫌になった。夕闇の階段をさっさと歩く**子がうらやましい。私の目には段差がわからない。影に落ちている空き缶が見えずに、蹴飛ばしてしまったのだ。老いを感じた瞬間でもある。

急ぎ、品川から帰宅したが、東京が通過駅になったのは、本当に迷惑な話だ。絶対に車内着席できなくなったからだ。家に飛び込み、母用に取っておきの豚シャブ肉を使って、冷やし豚シャブを作って食わせ、私は豆乳をあおって終わり。

1時間仮眠をとって、夜間傾聴へ。終わりのないゲーム。


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6/21
傾聴を6時に終えて、午前中爆睡。

13時半(実際は13時からだった)プレジョブの会合に出る。就労支援は地縁による就労というように、自分達が開拓した就労先への就労の形が多くなっている。私の場合は精神の領域の方がおおくなっている。命がらみの二次障がいが出ている方の就労が増えているので、ういういしい高卒の仮採用を見ていると、つながる言葉を見失ってしまう。

今日は橋本の対面指導。訪問だけで終わり。
遅れている「わーく」を再び編集中。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

 

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6/20 拡大読書機体験会に参加しました

2015-06-21 05:23:34 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/20 記
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拡大読書機の体験のために、東京のショールームに出かけた。

予約制だったのだが、行ってみたら、客は私より高齢のおばさんばかり。

PCに接続でき、できたら読書のために紙面の拡大が縦画面モニターで確認でき、移動収納しやすい機種をさがしていると伝えた。沈黙…。

結局、カタログショッピングになりそうだ。大きすぎ、16kgもある。おきばしょが問題。狭いからねえ。詳細は明日。

飛び込みのカウンセリングがあって、先ほど終了。

(つづく)


夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)

 

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6/19 訪問指導の限界と 他

2015-06-20 05:34:14 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/19 記
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私が行っている不登校・引きこもりの青少年の教育と発達面からのケア活動は、自宅訪問や図書館や喫茶店利用の対面学習となるが、残念だけれど教室やチームを前提にしないため、臨時活動や個人の活動から抜けられない。当人と私の対話で成り立つために、個々の当事者の連携が、オンライン対話とかイベント合流のような場面で何とかつながっている状態だ。商売として、訪問指導・教育カウンセリングとしては成り立つが、社会活動としては発展しない。この矛盾を抱えつつ、青年たちの間を歩いてきた。

相模大野校を来年定年退職するので、なおさら今後のことが気になるが、湘南に戻るつもりはない。私が出会う青年たちは重篤な困難を抱えており、命の淵を歩いている者も多い。数年にひとりは、若い命が消えて行く。その「挫折」という局面を力量を超えてふんばっているというのが、私の現状だ。

学習低迷>いじめ>引きこもり>学習停滞

こういう循環にある子は、教科指導が意味を持つ。しかし…

心身の困難>学習低迷>失敗体験累積・いじめ>引きこもり
家庭崩壊>学習低迷

こういう子たちは、学習の場面では「わかりやすく教える」ということは前提だが、主眼は「彼の存立の危機」に向き合う伴走が仕事になる。長い時間がかかるが、少なくとも「孤立させない」という働きかけを持続して行くことが仕事になる。火事場の説法をしているのではないかという疑惑が、脳裏に飛来しては消えて行く。

最近は、流されて生きる青年の傾向が定着しつつある。下手な夢誘導もたちまち破綻する。こういう傾向の子は、私の周辺には少なくなっている。何らかの危機を抱えている子が大半だ。

実は問い合わせがあった。しかし、お望みには応じられないというのが実情だ。すみません。

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金曜災害ミニ・カフェを行った。2本立てで、前者が被災障がい者宅(仮設住宅の場合が多い。)巡回の話、後半がPTSDだ。久々に背筋の寒気を感じた。

明日、文字拡大機の体験会で東京にいく。帰りに見れたら「みんなの学校」を見てくる。大阪行の高速バスの予約をしてくる。車中2泊のケチケチ旅行となる。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

 

 

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6/18 阪神淡路大震災の現場提言者のルートをつかむ糸口ができた

2015-06-19 06:08:40 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/17 記
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「フードバンク」をご存知だろうか。賞味期限が期限切れか間際の食品をカンパしてもらい、その食品を家計が困窮する家庭に無償提供する活動だ。生活保護受給者の生活は、食材購入と家賃で収入の大半を費やしてしまう。だから「フードバンク」の食材は命の綱のようだ。ただ食品回収・配達にかかる実費をどう捻出するかが問われている。半官半民の地域もある。

この「フードバンク」は、いまだ避難生活を続けている方々の
家計を助けることにもつながって行く。この活動は、非被災地の支援者に東北の被災者とつながる道を拓いて行く。地域物産の直販購入とともに、検討すべき価値がある。東京と川崎・静岡のフードバンクの様子を探り始めている。

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神戸の「人と防災未来センター」の++さんの紹介をうけた。阪神淡路大震災の現場で活躍した方の情報を持っている方だという。また別の方から、西区の保健行政関係の方の紹介もうけた。手がかりができた感じがする。もう少し整理して阪神に向かう。

7/2の中村雅彦氏の懇談会を成功させたい。もう一度、障がい者団体を回りたい。必ずこの活動が先々の防災に、いい影響がでてくるだろう。いつ起きるかわからない湘南の自然災害に関わっている暇はないと考えたり、団体の上から降りてきた企画ではないからと敬遠する壁を越えたい。祈るような気持ちになっている。

夜間傾聴>**子
     ひとり

(校正1回目済み)

 

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6/17 日赤医療センターの講師候補(10月末)と面会決定

2015-06-18 04:38:36 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/17 記
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日赤の**さんから連絡が入る。秋口は阪神淡路大震災の高齢者の避難生活と孤立を長期スパンで眺めなおす企画としたい。東日本大震災のように、地縁・血縁の濃厚な「地域コミュニティとその崩壊」を基底とした生活再建と避難生活の図式とは異なるが、湘南の地域特性が「都市型」や「近郊都市型」という地縁・血縁のもともと希薄な地域の被災後の生活再建は、それを直接モデルにすることは出来ない。むしろ「都市型」被災の阪神淡路大震災の方が近いといえる。

それで阪神淡路大震災の災害弱者の中でも、高齢者被災を現場経験から経過と論点を語ってくれる方を求めていた。避難後の医療・保健・生活支援サイドのサポート経験を求めていた。

**さんの仲介を受けた講師候補は、日赤の研究者であり、論文に災害弱者を取り上げているという。専門は分娩と母子の保護なので、関連学会の理事をされてる方だ。高齢者の被災関連、大丈夫なのかと**さんに質問したが、大丈夫だと応答があったため、週明けにアポをとって面会することになった。確かにシンポなどで災害医療・訪問看護などに発言されている。正直言って困っている。週明けの対話次第ろいうところだ。慈恵医大眼科に週明け、重ねて行ってくる。

これが決まると、神戸行きは、ますます遅くなる。来年1月の障がい者中心のゲスト候補探しもあるので、行くのは確実だ。

市の市民自治推進課に、市の登録団体登録更新を済ませてきた。

ビッグイシューの配達済み。図書館を残すのみとなった。

糖尿病の治療。薬の補充で処方箋を出してもらったが、行きつけの調剤薬局が既に閉まっていたので、茅ヶ崎駅ビル6Fのトモズに行ってびっくり。調剤部門しかやっていないのだ。

遅くなったが橋本に出た。にわか雨が通過した跡があった。今日母の夕食は駅弁。私は吉野家で済ませる。

帰りの相模線の中で爆睡、久々。

「月刊福祉 4月号」に長 純一氏の記事がある。「すべての在宅支援が必要な市民を対象にした地域包括ケアシステム」をコピーした。

「わーくNo.55」作成中。


夜間傾聴>**子

(校正1回目済み)

 

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6/17 懇話会7/2企画紹介で、藤沢をまわる 他

2015-06-17 05:13:24 | 地震津波災害ボランティア

2015/06/16 記
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引き続き、平塚盲学校・ろう学校にお邪魔し、アポなしというのに、防災担当の方に話を聴いてもらった。一般講演企画ではなく、少数懇談であることや、避難後の生活困難支援と保健というテーマ設定、中村雅彦氏の仕事に関心を持ってもらった。

白浜養護と県聴覚障害者福祉センター・藤沢北部の関係施設・藤沢市障害福祉課・市保健所・精神をまわり、藤沢の市民活動サポートセンターに戻る途中で配布資料切れ。

茅ヶ崎市の登録団体申請更新書類を書きあげた。数日中に提出する。

藤沢巡回中、(社福)連の職員の方と偶然出会い、7/2懇話会の話をする。「ふーん」とチラシをしげしげ眺めて、職員間にまわすとのこと、ありがとうございます。

曇っている上、蒸し暑い一日だった。明日は茅ヶ崎サポセンにビッグイシューを届けにいく。

奈良**MLのMさんから、マイクロFMの提案があった。FM波にこだわらずBluetoothを使えばいいんじゃないのとの提案。確かに小中規模避難所では有効で、検討も始めている。しかし、高齢者の携帯保有率が依然低く、電話以外の機能利用はメールとインターネット閲覧以外の機能を利用している方は少ない。自治体からの貸し出し機器を備えているFMラジオのほうが有効だろうと判断したのだと応答。勿論,併行利用も可能だ。

夜間傾聴:**子から専用携帯に電話があったが、マナーモードになっていて気付かず。明け方、履歴を発見。謝罪メールを出した。

《校正1回目済み)

 

 

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