湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

11/29 師走への助走始まる/懇話会の今後再確認/他

2013-11-30 05:56:21 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/29 記
--------------
来週高検の発表(6日)があると、一気に仕事が立て込んでくる。今年は高検トラブルが2件私の担当になる。いわゆる受験指導という話ではなく、引きこもりからの完全脱却というか、モチベーションを高める指導をせよと、身勝手な上司からのご託宣を得ているので、オープン・キャンパス時期ではないが、大学のスパイスのような部分を見学させる。当人の希望ところが今年は女子大が1件入っている。いい手はないかなと思案中。来週初めに準備し、2日間ほど歩く。実のことをいうと、時間をかけてじっくりと彼らと話し合える時間が貴重なのだ。ゆとりが欲しい。市との協働事業の関連会議が重ならないかと気になっている。

藤沢育成会の訪問は来週初めになる。Lプラザからは、朝不審なFAXが入っていたが、我が家は添削指導用(未公開)を定時だけONにして使う以外使わないので、朝のFAXはキャリア音が聞こえるだけで切れたので、すわLプラザと思って連絡したが空振り。担当者の方とも、来週はじめに会う予定。

JR相模原の塾の方は、日曜日に塾長がフィリピンから一度帰ってくるとのことで、受験は専任まかせ、フィリピン一色。奇妙な塾なのである。

私は大船渡市の++さんのご好意で、高校生宿泊ナイター会場を自宅隣の離れを提供してくださるということで、実はこの2名を誘っていた。しかし、高検が通ればそれは却下になるだろうし、運転手がいないので、ど年末の交通機関も問題になる。そんなこんなで、企画は崖っぷち。ここをはずずとなかなか被災地にいくことができなくなる。冬眠かなあと手をすり合わせて思案している。

今日はとんでもないことに翻弄されていた。BDプレヤーの接続ケーブルが、どうやらプロジェクタ側が古く、HDMI端子に対応していないようなのだ。管理係に訪ねても埒があかないので、見に行った。片方が対応しており、もう一方が対応していない上、ケーブルを持ち込まないといけないというか、プレヤー側に組になっているという。そのプレヤーはDVD機でBD対応していない。融通が利かないから、ケーブルだけ準備してくれという話がダメで、結局私の側で準備せよという話。危ないところだった。上映会がケーブルの不一致で、中止になるところだった。サポセンに相談する。12/11上映会セーフ…か?

喪中の葉書が3枚。恩師の奥様からが1枚。私の塾の同僚からが1枚。不可解なのは、父の兄弟の弟から、本家長男(つまり兄)の逝去ゆえというもの。同居しているわけでもないのに、兄弟の場合も喪中になるのかということで、母と話した。とするなら、私らも喪中。どこまでの範囲を考えるかということで、発想がずれた。父の宗教の関係で、葬儀以外の付き合いが断絶してきた疎遠なせいか、なおさら違和感を感じるのだが。しかし、こうして喪中葉書が何人も舞い込んでくると、ますます世間が狭くなるようで、急な寒さが身にしみる。

1/17の被災地の認知症家庭の現状の講師の謝金と交通費5万円がやっと工面できた。次のJDFの小山さんの分が2月はきつい。3月中旬にもつれこむか。自治体の個人情報開示と訪問支援の話は、絶対逃せない。続くプライマリ・ケア連合学会の被災者の健康と訪問医療ネットの話は7月上旬。医師なので謝金が高いのだ。ミニカフェを2月に入れるつもり。薬剤師さんを口説いている。うまくいくかなと。(こちらは、茅ヶ崎養護・平塚盲・ろう学校の先生とか、介護タクシーの運転手さんなど。茅ヶ崎駅駅長さんと外出時被災の論議は、別枠で。ミニカフェは、ケア関係者向けだから、げんき基金には、当てはまらないだろう。)

懇話会が軌道に乗るまで、資金繰りがふんばりどころだ。ミニカフェはご近所。定期懇話会ゲストは被災地から。ただし、JR駅長さんは別格。外出時被災という課題を控えているからだ。とにかく個別具体的を旨とする継続懇談の蓄積が宝。副次的に参加者のネットワーキングが進めばいいのだが。あえて余計な束ねはしない問題意識お持ち帰り勉強会、ここがもうひとつの個性。

夜間傾聴:中断(深夜電話、家族とのもつれあり。)

(校正2回目済み)

コメント

11/28 塾長フィリピンから帰るとの連絡あり 他

2013-11-29 06:17:43 | 地震津波災害ボランティア

夕刻に塾長がフィリピンからメールしてきたと、塾専任から連絡が入った。近々一度帰るとのこと。軍の指揮系統が無茶苦茶らしい。塾長が帰ってくれば、私の副代理(代理は奥さん)は解除となる。

藤沢育成会のアポを取って、そのまま橋本へ。そこで塾は大騒ぎ。疲れるので引き上げてきた。何をしにJR相模原まで行ったか、わけがわからない。塾では募金活動がはじまるのだろう。

**子から電話が入った。しおれている。携帯から私の携帯に長電話をしていたから、警告していた。高額通話料である。親に叱られたらしい。固定電話間で今後はやろうと言ったが、この騒ぎは3回目である。私と和尚さんの悪口を言っていたと告げ口をいう。救急車騒ぎのことらしい。

来週初め、ビッグイシュー誌を買いに横浜に出る。大森で会おうかということになった。

朝、市の防災対策課から、防災リーダーの企画日程を教えて欲しいと依頼しておいた件。その応答なり。1月17日の懇話会日程は、やはり重なったが、懇話会の時間が夜からなので、危うくすり抜けた。

<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD%E3%81%AB%E4%BC%B4%E3%81%86%E3%80%8C%E9%83%BD%E5%86%85%E9%81%BF%E9%9B%A3%E8%80%85%E3%80%8D%E3%81%AE%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%97-%E4%BB%8A-%E3%81%B2%E3%81%A8/dp/4863531672/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1385673205&sr=1-1">●「東日本大震災に伴う「都内避難者」のくらし 今ひと」(都社協)</a>

購入、500円。

ひたすら眠い、

夜間傾聴:ひとり

(校正2回目済み)

コメント

11/27 藤沢の障がい者作業所巡回その2

2013-11-28 05:55:48 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/27 記
--------------

相模大野校に行く前に、藤沢の障がい者関係の事業所まわりをしてきた。目的は12/11の上映会の件と、懇話会の紹介、それから就労支援関連の情報収集だった。光友会関係は交通の便が悪いので、おあしす・藤沢ひまわり関係だけ回った。両者とも3.11があって以降ご無沙汰していたので、情報は伝わっていたようだが、奇襲に知人は、びっくりされたようだ。藤沢ひまわりは、当時私と話をしているところを脇で聞いていたという方で、**さんはお留守だった。時間があれば立石の事業所も回りたかったが、それは時間切れ。

就労については、本来はハローワークや生活就労支援センター経由だが直にした理由を、経過を概括して伝えて小細工はしなかった。そこの事業所が職域開拓している求人枠の話だけではなく、職員の求人も含んでいると説明した。境界域にいる方の就労の特徴でもある。今回は特例子会社まわりはしていないが、いわば裏口からの訪問のようなもので、当事者と仲介者の3者の面談がないと、何も具体化はしない。しかし、その三者面談をセットできれば、一応の目的は達成したことになる。今回は就労支援担当者への紹介をしてくれたが、即答は得られなかった。

上映会については、内容了解。関係者向きということで、周知していただけるようお願いした。また懇話会はコアは茅ヶ崎市の活動であるが、関心はあるとのお話もいただいた。今後の企画を検討してくださるとき、1から説明する必要が無くなった。特に被災地現地の声を懇談に反映させる件は、その懇談の質の濃さを感じていただけたと思う。

また藤沢YMCAは、求人以外の企画の件で、要援護者支援の立場から話をきいて欲しいと、電話でアポをとった。今回、光友会関係は、交通の便が悪いので、時間がたらなかった。

---------

昨日、眠気で朦朧としながら、茅ヶ崎のイトーヨーカ堂で買い物をしてから、相模線に乗り込んだ。その買い物を私は相模線のホームに置き忘れていた。数日間の睡眠不足が重なっていた。ポイントカードとハンカチが戻ってきた。現物は消え失せた。戻ってきた分、逆に複雑な気持ち。まあ魚肉ソーセージとミカンだから、欲しがった方の生活が知れてしまったのだが。女性かな…。

巡回のあと、時間の隙間に無印良品の2Fに立ち寄りラグーソースを買ってきた。癖があるので母が吽(うん)と言ってくれるか怪しいところだが。

--------

川崎の「たまりば」が浜田寿美男さんの講演会をやる。

12月8日14時から、川崎市高津区役所4F会議室。要申込み(044-833-7562フリースペース「たまりば」)

だが、面白い方を呼んだなと思った。「子どもの育ちを考えるうえで大切なこと~自分の力を使って「今」を生きる」というテーマだ。構造主義的な発達心理学に異を唱えてきた方だ。実に柔らかな視点を持った方で、この方に影響を受けた方たちと私は時々、オンライン上で交流している。

------

母に作っておいたリゾットが手付かず状態で放置されており、素うどんが半分食べ残されていた。最近はさすがに「親を孤食させる気か」発言は言わなくなったが、インスタントではないリゾットなので、気が滅入った。周辺のサラダや、スープ類も手をつけていなかった。私が食べればヘモグロビンA1cがまた悪化してしまう。リゾットを廃棄する虚しさよ。

12/11のときに配布するチラシを作っている。個人医療情報QRコードのマニュアルは、徐々に書き足していく。

夜間傾聴>なし


(校正1回目済み)


コメント

11/26 睡眠時間戦争

2013-11-27 06:06:49 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/26 記
--------------

朝から来客づめに閉口している。ひとりは灯油販売業者。昨日、「午後に」灯油を*本頼むと連絡を入れたが、7時過ぎに持ってきた。この業者前科者で、何回も「午後に」を破る。意識朦朧としているところに、父の信仰していた宗教団体のふたりが、8時ごろ、玄関先に車を置かせて欲しいとやってきた。そして昔、故祖母と父がお世話になっていた元訪問介護ヘルパーさんが、故祖母の命日が近いということで、供養すると3年ぶりに現れた。立正佼成会の信者さん。11時。その間に母の電話2回。塾から1回。立正佼成会の**さんは、15時まで話し込んで行った。離れに避難し仮眠。資料と古書の山を二つ崩して眼が覚めた。

来客が居座っているので、茅ヶ崎市立図書館の書籍更新分をバッグに詰め込んで、脱出。猛烈に眠い。図書館はすぐに注意しに来るから居眠りは無理。

相模大野校が夕方から。方向違いだが、塾にむかう。相模線で仮眠。南橋本からタクシー。塾の職員室で爆睡。相模大野校にはすれすれセーフ。

私の就寝時刻は、夜間傾聴が終わってからだから、朝の6時台。11時には起きる。この間は戦いとなる。緊急電話以外は、モジュラージャックを抜いて寝る。ところが来客だけは避けられない。

日本プライマリ・ケア連合学会の##さんのところに、来年度の講演会依頼を出していたが、応答がしばし途絶えていたので、連絡を入れていた。応答電話が入っていたが、マナーモードで気がつかなかったのだ。目覚めてから電話を返したが、とき既に遅く、留守番電話モード。

相模大野校を終えて、帰りに駅前スーパーでのこりの買い物。ドア脇を確保し寄りかかって仮眠。いつの間にか家に着く。

<a href="http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20131125-OYT1T00817.htm?from=ylist">●「鼻の細胞使い、聴力回復へ…慈恵医大で臨床研究」</a>

網膜再生治療はまだなのだろうか。

家で夕食。額をしこたま,食卓にぶつけてメガネが飛んでしまった。とにかく寝る。明日、光友会に寄れるか。

---------

夜間傾聴>ひとり

(校正2回目済み)

コメント

11/25 嵐、通りぬける

2013-11-26 06:20:27 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/25 記
--------------
突然の右目の異常があって1週間が経過した。休日の救急外来がある病院で治療をうけたが、私の主治医は慈恵医大病院だから東京なのだが、診察1回で打ち切りというのもどうかなということで、右目のみの涙目状態と、網膜色素変性症の右目視野悪化が急に進んだのは、共通の原因だろうかわからないが、ともあれ原因不明の片側涙目が治まっている。そんな報告を地元病院眼科にしにいった。月曜日の外来は混む。昼食は外食で済ませ、そのまま塾長が留守のJR相模原の塾を巡回した。塾長の悪口を山ほど聞いて、脱出。急ぎ茅ケ崎駅に戻って、リハに出かけた母を迎えに行く。こうして一日が終わってしまった。

毎日新聞に下記の記事があった。私の古い友人がいる「ネパリ・パザーロ」という県下のフェアトレードの団体なのだが、活動を活かして、陸前高田の大洋会作業所の椿油加工販売に、職域開拓と販路を見出した。土屋さんの創造力を見る気がした。

実のことをいうと悔しかった。昨年、陸前高田を訪ねたとき、大洋会の作業所の椿油製造に販路をつけようと、湘南に話を持ち帰っていた。ここは大きな団体が請け負わないと、従来の作業所の職種と結びつけることは難しかったからだ。複数の団体に働きかけたが、責任者にまでに情報がいく間に、話が立ち消えになってしまうことが繰り返されて頓挫していたからだ。すべての提案が立ち消えになった。企画は徹して相手に頼らず自分で進め、非公式に支援してくださる方になんとか息継ぎさせてもらうことの繰り返しだったからだ。空転は新規活動始動の前提条件。そこを超えなければ先はなかった。

●「東日本大震災:ツバキ油で復興支援 資源生かし商品開発 盛岡で講演会/岩手」(毎日)

椿油の食用利用を伊豆大島の椿利用に求め、今年の夏に調査にいくつもりでいた。土屋さんは、化粧品加工企画を被災地に持ち込み、販路を海外に置いた。この企画力に、脱帽せざるをえなかった。仕事をつくることは、チームの仕事。そのチームの立ち上げの腕力のなさに、今さらながら、歯噛みしている。また常識の手ごわさ、構想をまな板にのせるところまで持っていっても、そこに人目がない、そんなことは何度もあった。

プロジェクタ投影画像を建造物などに投射して表現するプロジェクションという表現を使った、万華鏡と組み合わせて表現する場創出の企画や、当時百人百灯展という明かりの表現を開拓した製品を使った季節夜間行事企画を十数年前から準備していたが、だれも取り合わない憂き目を経験していた。横須賀では平凡な行灯がうまれ、雪中の竹ろうそく灯や、走馬灯等灯りの行事が全国で互いの真似を重ねて流行が生まれた。しかしその一灯には発達障がい者の独創性をスローステップで実現出来る道を描いたつもりだったが、異邦人のように言葉が伝わっていかなかった。明かりは、知り合いのジャパンフレネの工作のひとつとして試作されて、技法に内在する可能性に触れることなく終わっていった。

きりがない…。

意識的に古い安価なメディアQRコードを使った医療情報カードも、同じ憂き目かなと、太宰治流に言うなら「とかとんとん」が響いて底が抜ける。腹をくくるべきだろう、全国どこかが真似できるように、審査に期待せず、マニュアル化していこう。

夜半、強い風雨が通り抜けていった。時代を読んでいくこと。そうなのだ、伸びをし、悲しいガス抜きをした。

12/11上映会時配布資料を書いている。明日ブログに載せられるか。


p.s.求人情報捜査依頼の件で、夜間問い合わせあり。
  もう少し時間が欲しい。もう少し事業所の巡回をしてみる。

夜間傾聴:ひとり(某化粧品会社総務にアポ入れ済み)

(校正3回目済み)

コメント

11/24 11/23日の茅ヶ崎市の講演会の件で/他

2013-11-25 05:24:27 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/24 記
--------------
**君のボラ塾アシストへの鶴嶺高側の謝礼¥1,000-を持って、南橋本からの帰り、サポセンに立ち寄った。ボラ塾担当の##さんと話したが、あいにく**君とは、すれ違ってしまった。##さんは、これはサポチガ(NPOサポートちがさき)の取り組みだからという。しかし団体に時間枠を提供してくれる企画である。発表企画を受け取るNPOは、その枠内の自主授業をやる。その授業構成を支援してもらったのだ。鶴嶺高校からいただいた¥2,000-の半分は、彼の取り分だと思うのだが…。

22日の鶴嶺高の授業終了を見計らって、市役所分庁舎コミュニティホールにおいて、平成25年度茅ヶ崎市災害時要援護者支援制度講演会・災害時要援護者支援制度の実践に向けて「日常の支援でつなぐ地域の絆」という長い名前の講演会が開かれていた。その第一部・基調講演に懇話会ゲストにお願いした黒田裕子氏(阪神高齢者・障害者支援ネットワーク理事長)が登場した。

被災時のトリアージの説明や、避難後の特に要援護者に必要な支援とは何かということや、福祉避難所の位置づけと運営の概括を災害看護の視角から切り込んだ内容と、レジュメ(資料)から拝察した。私は鶴嶺高のボラ塾を14時半に切り上げて、会場に到着したとき、丁度講演が終わるときだったのだ。

参加者は百数十名を超え、地域自治会・地区社協の動員だとわかった。しかし、災害時要援護者の安全避難の件は、要援護者の地区登録と救出担当者割り振りのスタイルは旧態のままだったし、その訓練の低迷の原因の分析は、講演後も語られることがなかった。しかし懇話会の使われ方は、これでいいと思うのだ。各自の団体に議論を持ち帰ってもらい、利用していただくことだ。満面の笑みを浮かべた黒田さんと、来年度は取材に、神戸に伺いますと話しあった。

仮設住宅巡回訪問支援の現場に立つ看護師さんの現状ルポの指導者**さんの話も浮かんでいたが、一歩立ち止まり、ひとつは要援護者の今後の地域医療をそこに見通す深みを持たせたいと考えている。来年1月17日は認知症家族の会岩手支部長の小野寺さんを懇話会ゲストに迎える。被災時の認知症者と家族のなやみを話していただき、懇談する。

最近NHKが企画した番組「NHKスペシャル『”認知症800万人”時代~孤立する認知症高齢者~』」というすぐれたルポがある。誰もがいずれ通る道「認知症」の社会的矛盾の先鋭化して登場するのが「被災時の認知症高齢者」だ。この話題の一石となることを期待している。

私は引きこもり青少年の社会参加、ボランティア活動や就労を通して社会関係の結びなおしを行っている。だからこの間の災害ボランティアの地域医療福祉的展開の中に、彼らの登場の場面を常に意識している。高校生向きと語ったが「避難所内マイクロFM運営による災害コミュニティ作り」も実際は地域社会への引きこもり者の再構成が意味を持ってくる。性急に関連付けせず、ケアの世界を見通していきたいのだ。

--------

12/11の「被災した障がい者の困難を考える上映会」では、引きこもり青年たちは、いわゆる「災害ユートピア」の「必要とされる体験」を通じて、災害ボランティアの特にケアに関連した活動に参加させたいのだ。

今日は「マイクロFMの避難所対話推進マニュアル」を書き始めている。一度現場再現できないかと知人の小学校教員にメールを出した。これらは、ブログに記載し公開していく。トランスポンダを利用した「小学校体育館における施設内マイクロFMの安定度試験」である。以前は難色を示されたままになっていた。東日本大震災後の環境変化がある。今度は通って欲しい。取材シュミレーション対話は、近々まとめて紹介する。プライバシーが踏みにじられている避難所生活下の取材活動の問題も、検討しておく必要があるのだ。

-------

母にポトフを食べさせた。食が細くなっていることが、ありありとわかる。母は明日、二度目はもう食べない。残り物を南極越冬隊調理なみに野菜カレーに化けさせる手立てを考えていた。しかし私のカロリーオーバーを何とする。

そろそろ協働事業の結果が出るころなのだが、難航しているのだろうか。


夜間傾聴:ひとり(いじめの件、塾長代理で若奥さんと話す)

(校正1回目済み)

コメント

11/23 今日の巡回

2013-11-24 06:21:31 | 就労支援

2013/11/23 記(その2)
-----------------------
母の同窓会行をサポートするために、朝6時から和服を着るとのことで、地元美容院へ付き合わされる。徹夜状態で母を美容院と駅まで連れそう。午前4時半に母がダンピングの嘔吐があったので、やむをえなかった。このまま、立ち食いそばやで朝食。就労援助センターを依頼者が嫌がっていたために、直に藤沢・亀井野の就労移行支援の事業所と、藤沢・立石のA型事業所を回ってきた。

亀井野の方は休日(参った)、立石の方は少し話したが相手は利用者さんで、施設長さんとは話せなかった。いずれも、依頼者さんの要望からほど遠い。善行から藤沢に戻り麻布茶房で仮眠。

県サポに用事があった。昼食後、県サポで認知症医療関係者と接点を作った。1/17の懇話会に認知症家族の会岩手支部の役員さんをゲストによぶ関係で、今後の話題提供依頼の取材。

パーソナル・アシスト関係の知人に電話するも、休日。

連休は私には、本当に邪魔。

横浜駅の下り東海道線ホーム階段に、事故か進入禁止のテープが張ってあり、根岸線で大船に誘導されてしまった。大船で買い物。母に電話し、大船合流で帰宅を勧めるが、母は知人と会って藤沢までいっしょだからと、送迎不要との拒絶あり。やむなく辻堂デニーズで夕食と作業。辻堂合流の約束の時間、約束より40分待たされ、やっと合流し帰宅。

21時過ぎ着。2時間ほど仮眠。

夜間傾聴:ひとり(前掲と同じ)

(校正2回目済み)

コメント

11/23 鶴嶺高校ボランティア塾レポート(下)

2013-11-24 04:49:33 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/23 記
--------------
自己紹介の後、私は災害ボランティアを20年弱続けてきて、特に今回の東日本大震災という広域大災害を経験して、ボランティア活動が転換点に立っている気がしていること、ステレオタイプ化した「投げ銭善行」と「お祭り(元気付け)」の潮が引いたあとの連携に心を寄せて欲しいと強く思うようになったことと、地元を離れている大学生や社会人(東北の特徴)を考えると、地元勢の生活再建・産業復興では、土地勘のある「高校生世代」の活動は除外していいはずがないという思いだ。転じて「近い未来、通る道」ともいえる湘南を含む広域大災害の防災にも「高校生世代の強みを活かした活動参加」が大事なことになると切り出した。

これは私の勝手であり、高校生世代の子たちには寝耳に水の話である。私は「投げ銭善行」と「お祭り(元気付け)」をいけないと否定しているのではなく、そこに留まり私的交流に踏み込む支援を封じ込めるような思考停止は限界ですよと言っていると話した。災害ボランティアの概括像を身につけていない子たちに、これだけでは意味が通じない。

そこで家を全壊した被災者の過半数が避難所に避難し、また親戚縁者を頼って遠方避難した家族がいること、ただここで半壊または、避難所集団生活に困難が生じ、避難所に適さない人々が、避難所外・避難生活情報弱者となっていること。

「高齢者」・「障害者」・「妊産婦&乳幼児」・「etc.」への支援の「絆の部分」が手薄であり、支援が行き届かないでいること、ここへの生活支援に、地元勢から参加して欲しいこと。では、実際どんな活動かというとというところから、ざっと高校生世代の独自性を踏まえた活動紹介に入った。

それを始めるには、被災直後からは、自分の居住地に近い市民活動センターやボランティアセンターに行き、「ボランティア活動をしたい」と意思表明することと、家族が避難所にいるときは、その避難所、または近隣の避難所の運営委員会に参加したいと意思表明し「まず言ってしまう」ことから様々な活動が始まってくる。特にマイクロFMを持ち込めば、避難所入所者の声の取材・議論の公開などのエリア内コミュニケーションの役割を担うことができる。いずれも、自由度が高く対話的な活動となり、副産物としては地元社会に知り合いが爆発的に増えることだとした。

高校生世代の4人は当惑してしまった。内容の細々としたこともそうだが、受け皿が既に合って、そのメニューを選択するイメージが壊れたこと、見知らぬ大人集団に、飛び込むように自主申告して活動参加する敷居の高さ、そしていまだ湘南は被災していないから、いつ行うのかという手がかりのなさがそこにあった。そのつなぎとしても、東北の被災者支援があったはずなのに、それを語ってくれないということだった。

55分という時間枠に課題を詰め込みすぎているのはわかっていたが、「鶴高生として」「東北被災者を」「具体的に支援する方法とは」という問いが、一方で根底から壊され、「防災のため」「独自の活動を作れ」といわれたことが浮き上がってしまった。「学生服を抜いた一個人として」「サポセン・ボラセン・避難所運営委員会に意思表示し」「独自領域を伴う周辺参加から」「対話をしかけよ」という高いハードルを要求した。私には、体験授業と異なるファーストフードを提供した気になっているが、もやいが解けた舟がはなれていくような、意思の空転がそこにあった。

時間切れすれすれに見せたマイクロFMの実物は、それがどのような意味を持つものなのかすら実感できずに終わったことが実際のところだ。私の語りは、災害ボランティアに聞かせて響く内容である。しかし、常識となっているステレオタイプ化した体験授業からでは、高校生世代の独自性のめざめはないだろう。特に「地元被災者と支援者をつなぐ対話の中に身をおくことの大切さ」、「外野応援団になるな」というメッセージは宙に消えていった。

いわゆる「伝承」の肩押しとしては、大人が先人の道をつけていない提案であり、「ここから始めたい」彼らにとって「居住地のボランティアの兄貴分」につながれという突き放された感覚は、宇宙人との出会いになっていないか危惧する。

-------

鶴嶺高は前年度、南三陸町の高校生との交流を経験している。だからそのイメージが濃いという事情もある。そこから私的交流が進んでいるだろうか、日常交流が生まれているだろうか。そこを膨らませているのなら、それも参加の形となる。ただ防災という局面では、当事者の安全避難をはみ出していく内容が提起されているだろうか。その提起がどのように被災前の高校生のリアリティをふまえているだろうか。これが必要だという提案の体験の落差を埋めていくものは何か、そのいずれも「ハイティーンズ参加の重要性」の台頭を、災害ボランティアがどう取り組んでいくかが問われている。

p.s.サポセンの皆さん、個人用を含んでラジカセを貸してくださりありがとうございました。またアシストしてくださった**君ありがとうございます。学校からの交通費¥1,000-預かっています。次回サポセンにいくとき、持って行きます。

以上


夜間傾聴:ひとり(いじめあり要対処)

(校正1回目済み)

コメント

11/22 鶴嶺高校ボランティア塾レポート(上)

2013-11-23 05:55:04 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/22 記
--------------
県立鶴嶺高校ボランティア塾の当日となった。どうしても超えられないように思える「経験」の壁。媒介の水路はどこにあるのか。もともと「教育」には、その落差が常につきまとうのだが、そこまで意図的な営みではない「伝承」の場合は「初動」を提供するという方法を含んでいる。場面を設定し、肩をポンと押し出すという方法だ。

ボラ塾では、高1の年齢の子たちに、ボランティアへの誘いを行う。学校教育の視座から見れば、評価の効果回収を放棄した中途半端な試みだが、ボランティア活動を通じて社会体験させることが目的となっている。「伝承」の場合は、ボランティア活動をしている私たちにとっては、「習得」は問題にならない。関心を持ってもらえばいいし、参加してくれれば成功ということになる。ボランティア活動からの誘いは、分類上は「伝承」に属している。

なぜこのようなことが問題になるかというと、今回の私の授業は、東日本大震災の経験の中から、「避難生活における青少年の役割の評価が変わった」という前提に立っており、彼らに望むことはなにかを問いかけたかったからだ。ところが常識的には、彼らは「何年生?」と問われても「何歳」と問われることがまずないほどに、学校文化に組み込まれており、「被災状況下では、学校の管理が麻痺しているところから始まる」という当たり前のことが、視野の外になっているという前提を無視する大人社会の非常識がある。未熟な人間ゆえに、モラトリアムの期間に生きる存在として、一個の人格としての判断は「無理」であり、学校の管理下に置くべき存在と決め付け除外させられている。

ところがその学校の管理が麻痺する状況下でさえも、行動認可が親と学校に預けられている。徒弟制度の初心者のような大人の活動の外周活動参加というような発想が出てこない。大規模災害で家族を喪失しているときでさえ、この大人社会の結界は強い。

実際、避難所運営の際、そこで運営活動に奔走している高校生世代の子達を見てきた。駐車場の車の間に数人たむろし、うんこ座りしている様も見てきた。避難所には「高校生世代の子たちの居場所が無い」という状況を踏まえて、奔走する子達の役割評価をきちんとすべきだろうと考えた。これは私のオリジナルではない。学校間交流や元気付け活動でお茶を濁している場合ではなく、「学生服を脱いだ一個人として、何が出来るか考えてほしい」と高校生世代の子たちに提案した。高校生世代の子たちは、この災害避難経過を知らない。高校生世代の子たちはむしろ、災害ボランティアは授業としてこなしたい、教科学習と同じ、知識の給餌を待つことに異議を唱えられても困るという屈折した落差が生まれている。

私は「まず避難所運営委員会に顔を出し、気に入った活動の尻尾になることを勧める」とした。

この授業では実際に、ガレキ撤去・アルバム収拾など、外の活動のほかに、避難所とその外周地域の高校生世代ならではの活動を大雑把に紹介してみようとしていたのだった。

世間の常識と、学校誘導活動に従えばいいと思っているところに、自主判断を持ち込んだ。当然ここには、なぜ私はあなたたちに問うかを語ることになる。このときの説明では、体験をどう伝えたらよいかという壁にぶつかる。

教室には4人の子たちが入ってきた。平塚からの通学者3名と茅ヶ崎の海岸に近い子が1人。平塚の子たちは、バスに乗り継いで平塚駅に出るという通学パターンだった。この子たちは、相模川の向こう、平塚市市民活動センターのボランティアたちと連携した方が、活動としては現実味があった。

話をきくと、東北の被災者にカンパだけではない支援を届けたいという子、自分に出来そうな活動を知りたいという子、東北の被災者の現場の様子を知りたいという子など様々だが、困ったことに私の準備した資料や話題は、「今後のこと」「湘南の防災中心」という違うベクトルで形作られており、単に高校生世代の常識の壁との戦いだけでなく、希望に橋渡しするためには、「東北の被災者に何を成しうるか」を語らねばならなかった。鶴嶺高校が、企画テーマを掲げ、事前募集をかけた結果の4人だった。しかし、「被災地の現状を知る」というのは、紹介文書の主旨の読み違いと言っても仕方が無いことだった。

私は私が見てきた高校生世代の子たちの様子を本来なら要求に応えて、大船渡中、高田高校の例を中心に話せばいいのだが、それだけではなく、彼らがぶつかった大人の壁の話で、今回の授業時間55分は終わってしまうのだ。

そこで、私の語りで問いかけておかなくてはならないことがあることを語りだした。被災地の現状を知りたい子は生あくびをかみ殺していた。

(つづく)

コメント

11/21 災害時高校生世代に分担してほしいこと、準備

2013-11-22 05:53:08 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/21 記
--------------
驚いた。鶴嶺高校のボラ塾でマイクロFMの実例を見せるために、スピーカー出力のFMラジオまたはラジカセを貸してくれないかと頼んで回っていた。みなイヤホーン(ヘッドホーン)出力のみの機種なのだ。結局借りられず、明日はサポセンのラジカセ2台と、ひとりお願いした1台の3台で運用することに。

1台は、AC電源以外は、全く接続部がなく、もう1台は、AC電源とヘッドホーン出力端子しか接続部がない。

今回は、高校1年生に「ボランティア体験」をしてもらうというのではなく、東日本大震災のボランティア活動をへて、そこで望まれていることを高校生世代に伝えるという内容になっている。だから嫌われたのだが、「誰とどうつながるかという」待ちうけの受け皿の無い、自主参加の道のガイダンスになっている。被災者とひとくくりせず、名前を持ち、顔を持った人々との対話を試みる活動に誘う。果たして受け止めてくれるだろうか。私の勤務する塾では可能だった。しかしそれは周辺に先輩の活動があった。事前にモデルを見ているのだ。

大人からみると、高校生世代は「地元にいる潜在力としての若者」であり、「役にたたない大きな子ども」なのだ。今回は湘南の防災を視野に、外部支援者として位置づけていくのではなく、被災した家族・地域の一員として内側からの生活再建推進者の周辺(運営の中心をとりまく助手的存在)として考えていく。

このとき高校生世代は、見えない社会の枠のなかにいることが問題化する。学生というモラトリアム的存在の代償として、責任免除されるかわりに、学校という組織の制約を受けている。自由な一個人が自由意志に基づいてボランティア活動に参加していくのではなく、学校集団の一員として、受け皿に乗るボランティアを「歳相応」という常識に裏づけられて、小中学生の延長のような形で、いわば社会「体験学習」として束ねられていく。その水路の中の選択の自由・筋書き上の役者の感動が提供されていく。

ところが実際は、被災と同時に広域通学性を持つ高校は、交通網の混乱により、休校となって、近場の子は学校に囲われ、交通網利用通学者は、家庭待機となっている。学校のボランティア活動がはじまるのは、ずっと後であり、家庭と地域の困難な状況への即応をするとき、逆に責任問題という形で、学校が足かせになってしまう。「学習」という受容的な身のこなしに慣れている子たちは、指示待ちとして、避難所でも地域でも居場所を失ってしまう。

勿論、ここをはねのけて、生活再建や復興活動に飛び込む子もいる。しかし、避難所駐車場の車の陰に数人でしゃがみこんで、なすこともない若者もいるのだ。ここに地域の一個人として、関連活動につながっていく方法を紹介していくことが大事となる。サポセン・ボラセン・行政・地域組織との連携の仕方を提供していくことで、初動支援活動への高校生世代の活動の場所を示して行きたいのだ。

そこでもうひとつ、公的な顔から私的な顔の交流へということを考えたい。○○さんちのガレキ撤去とか、##さんちのばあちゃんの足湯という具合。地域社会の関係の再構成を通して社会参加を実現していく。災害は彼らと地域社会との再構成・組み込みの契機となる。地域社会は無批判におくのはどうかと思うが、ここがかれらが大人への重要な脱皮の場面となることを願っている。

もうひとつは、高校生世代の彼らのつながりの再編である。マイクロFMや壁新聞・ブログ作りを活用することだ。今回は、この辺にも時間を割いている。

残ってくれた4人の高校生の望むことから考えを進めていくが、ただの体験メニューではないことが伝わるかどうか。

--------

明日は、14時から市の主催で、黒田裕子氏が講演する。鶴嶺ボラ塾が終わったら、飛び込む予定。その後、黒田さんと会食できれば参加、だめなら寒川に向かう。


夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

コメント

11/20 鶴嶺高校ボラ塾の準備/NHK「あの日 わたしは 仙台市 村上由則氏」注目

2013-11-21 06:19:01 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/20 記
--------------

12/11(水)の上映会について、視覚障害関連の**さんと、聴覚障害関連の##さんに出したメールの返信をいただいた。今度の土日にお会いすることが出来ないかというお願いをしていた。残念ながら、双方、日程調整がつかなかった。ただ手話サークルなどにご案内いただけることに。

11/22の鶴嶺高校ボラ塾のマイクロFM紹介に使うラジカセが手に入らないので、定休日の茅ヶ崎サポセンに行ってきた。1台はヘッドホン端子もないラジカセ、もう一台は、ヘッドホーン端子だけというもので、再度お願い、サポセンのスタッフ個人所有のラジカセを貸してくださることになった。感謝。

-------

鶴嶺高校ボラ塾の教室を大きい部屋に変えていただいた。マイクロFMの実験を行うためだ。実際は、大きな避難所ではPLLを内蔵したマイクロFMトランスミッター上級機を使うのだが、改造をしたり、外部アンテナをつけたりすると電波法に抵触する強さになってしまうため、好奇心旺盛な高校生には管理が難しいため、市販機を組み合わせてエリア管理する方法を紹介する。

----------

NHKの「あの日 わたしは~証言記録 東日本大震災『宮城県仙台市 村上由則さん(宮城教育大)」(5分)に注目。

重度の血友病患者の村上さんは、出血が止まらなくなる病気。怪我は命取りとなる。3.11、村上さんは一日三回薬品注射が必要だが、その薬が災害で手に入らなくなった。命に関わる事態。その体験を語っている。薬剤師ネット等の話に拡がる話題。再放送日時不明。オンデマンド検索のこと。


夜間傾聴>なし

(校正2回目済み)

コメント

11/19 久々に就労支援関係で平塚へ

2013-11-20 05:54:48 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/19 記
--------------
右目の涙治療でかく乱されて、南三陸町の町長講演会にはいけなかった。橋本の留守塾に行って、すぐに茅ヶ崎に戻り平塚に出た。ある軽度障がいを伴う方の就労支援の件で、県障害者就労相談センターの湘南西部地域相談コーナーにお邪魔してきた。3.11以降、行っていないので3年ぶりだった。この3年の間に他地域から異動してきた見知らぬ職員の方の強烈な門前払いに遭い、偶然ハローワーク関係の知人がいて、助け舟を出してくれた。しかし成果は0。目的の麓(ふもと)までで時間切れ。結局話は、横浜寿町のLプラザに逆戻り。

ビッグイシュー誌を、茅ヶ崎市立図書館と市社協に配布。表紙の「文殊くん」の話題。表紙の人物選考は面白い。

視覚障がい関係者の++さんと、聴覚障がい関係者の##さんにメールで、上映会の案内を発送。++さんは無念、面会依頼はうまくいかなかった。忙しい方、予定がぶつかっていた。

-------

東京の**子から不可解なメールが届いた。要するに、今日は病院の診察予約日で、先日、夜間傾聴中発作を起こしたので、診察の様子を書いたのだった。今日は食事をしていないが、リポDを2本飲んでいるので大丈夫だと書いてきたので、ばか者!と応答。とにかく偏食なのだ。和尚さんにも、診察無事だったと連絡せよと書いた。「あの人、嫌~い。でもお礼だからね」と返事が返ってきた。

アマゾンCOMから申込の書、休刊につき、申し込みを中止すると連絡があった。古書なら出るかもしれない。●「成功するコミュニティFM放送局」


夜間傾聴;ふたり


(校正2回目済み)

コメント

11/18 空回りの一日

2013-11-19 05:53:57 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/18 記
--------------
点眼薬をもらって、右目の涙が止まらなくなる状態は落ち着いた。さっそく、病院で見てもらった。涙腺の炎症などで起こるらしい。ただ検査をしても炎症らしくなく、そのまま点眼薬で様子を見ることになり、念のためと消炎剤が出た。眼球が緊張し続けているという。しかし、眼科は混む。

父方の叔父が転居したと同時に、転居後1週間経たぬうちに、激しい腹痛で入院した。胃潰瘍らしい。私の眼と叔父の入院が重なって、母がパニックになっていた。母を落ち着かせて、相模大野校に届け物をするついでに、叔父の病院に見舞いに行ってくるからと、なだめた。痛くも痒くもないが、風があたると右目だけ大粒の涙が流れ出す。大きな病の前兆であることを恐れている。

片目を隠したまま、小田急線沿いの叔父が入院した病院に見舞いにいった。内視鏡で取れる範囲ということで、朝手術し、一日様子を見て、明日・明後日には退院、通院治療なのだそうだ。ひと安心。母に早速電話をかけて、外来の椅子で仮眠。高齢者に転居は、心身の負担が大きい。

セブンイレブンで11/22の資料のカラーコピーと、配布資料を印刷した。サイズがちがうので、B4カラーコピー4枚を右手の小脇に置いた。すぐに、私の後ろに、あわただしいふたりの列ができた。A4の配布資料の印刷を終えて、急いでコピーをファイルにいれて、順を譲った。金銭が残っていないようにと硬貨受けをさらって立ち去った。ところが、バス停で右側の小脇に置いたカラーコピーがないことに気がつき、店に戻ったが、すでにコピーは、なくなっていた。目を悪くしてから右側に物をおくと7割近い高率で置忘れをする。我ながら呆れて、再コピーをとった。どうかしているのだ。それだけではない。生協の掲示板に12/11上映会のポスターを貼らせてもらおうと、バッグをみた。ポスターを家に置き忘れていた。万事が空回りの一日だった。

-------

FMのラジオが手に入らない。困っている。11/22鶴嶺高のプレゼン用に使う。トランスポンダ(中継局)の実験が出来なかった。配布資料に使った、コミュニティFM実録の書籍一覧を以下に記す。神奈川県内の公共図書館の在庫も調べた。


● FMラルース999日の奇跡―ボランティアの作ったラジオ局
    近兼 拓史【著】
    価格 ¥1,050(税込)
    鹿砦社(1998/07発売)
    商品コード 9784846302849
    >>川崎市立図書館にあり

● ラジオは君を救ったか? - 大震災とコミュニティFM
   米村秀司
    価格 ¥1,890(税込)
    ラグーナ出版(2012/06発売)
  商品コード 9784839108069
   >>横浜市立・川崎市立図書館にあり

● ラジオがつないだ命―FM石巻と東日本大震災
  鈴木孝也 (著)
  価格:     ¥ 840
  出版社: 河北新報出版センター (2012/02)
  ISBN: 978-4873412689
  発売日: 2012/02
  >>厚木・大和・桐蔭横浜大・横浜市立図書館にあり


● 成功するコミュニティFM放送局
  井上 悟 (著), 三浦房紀 (著)
  価格¥2,100-
出版社: 東洋図書出版 (2007/7/1)
ISBN-13: 978-4885980145
発売日: 2007/7/1
図書館在庫なし

以上


夜間傾聴>中止


(校正2回目済み)

コメント

11/17 災害時のマイクロFMの価値について/他

2013-11-18 06:16:50 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/17 記
--------------
マイクロFMの災害時応用例を検索しているが、施設内コミュニケーションツールの事例が見つからない。コミュニティFMについては、金山智子氏の<a href="">「論文」</a>も公開されており、市町村単位の地域コミュニケーションが論じられている。

被災直後、インターネット環境は不安定となり、避難所内対話のようなエリア内不特定に情報提供するメディアについての記録は出てこない。コミュニティFMより即時的な問題解決に対応するメディアであり、もともと役割が違う。専門職のトランシーバ・ネットを一般取聴まで拡張したメディアのようなものだ。ただ、その課題について論議をしたり、雑談をしたりする、現場直結井戸端会議風コミュニケーションを得意とする。

ゆえにマイクロFMは、青年の対話ツールとして場を醸し出す効果があることを重視したい。魅力としては、即時取材・即時対話をあげることができるが、「取材」は特に、ストレスフルな環境の中で行われるので、対話熟練者を同席させすのが安全。また取材対話の課題は、避難所運営に直結させよう。また「即時対話・雑談」では、スタッフと自主参加者に議論の契機を提供すること、長い夜の青少年の創造的な課題対話の場を提供することから、安定発信への技術的な面白さに留まらぬ、小規模対話デザインを推進するスタッフが大事となる。

技術的な問題も有るが、私はこの運営スタッフに高校生世代が役割分担してほしいと考える。大学生を排除するのではない。高校生世代の出番を確保したいのだ。この世代は、小さな仲間集団だけに通じる隠語や冗談を使い、他者を排除する傾向があるので、「取材を基軸」と、その意味でも強調している。

今日は、鶴嶺高校のプレゼン資料をプリントアウトした。今は、彼らに配る資料分を書いている。

--------

高校生世代が参加しうることは、支援者に合流しながら大概の作業は共にできる。副産物としての遠方の知人が得られることや、社会参加の出発点に立てる復興活動であり、地域の少し離れた地域コミュニティへの参加として、要援護者にひとと関わるケアの活動がある。高齢者でいえば、保健師さんや看護師さんの指導の下で「足湯」提供と対話とか、車椅子対話を行う仕事など、なしうる活動がある。また幼児・学童との遊びや、障がい者との連れ添い支援活動などがある。大人よりも高校生の方が高齢の方の許容度が広い。教員に引率された集団ボランティアの活動と比較して、創造性が高い。

こんなことを鶴嶺高校の教員の方々向けに書いたが、その文章がそのまま高校生にボランティア紹介として配布された。主旨確認をゲラ原稿の確認として、私自身目を通しているが、これまでの災害ボランティア活動が要請するものとして、提供した。その結果が4名ということなのだが、むしろじっくり話せる環境になったと思っている。

------

右目の涙が止まらなくなり、地元の病院の眼科に行った。炎症は起こしていないが、眼を硬くとしている、心理的な要素が大きいと、弛緩剤ではないかと思う目薬が出た。右眼を開いても、病院天井の照明が、右目中央でみると光っていないのだ。明るさだけ感じていた機能が後退している。左目もサランを流したように、明るい視野とはことなる、湯気たちこめる向こうをみるような流れが、ゴミだらけの視野にかぶさってきていることに、背筋に刃物をつきたてられたような失明への怯えがある。まだ活動を失速させるわけにはいかない。

---------

JR相模原の塾に行った。講師をやめたOBがひとり来ていた。応援団を作るという。地元仲間の結束をうらやましくも思う。湘南は鬼門というジンクスが昔からある。固定的な陣営が住み分けていることや、古株の世代交代がないことが大きい。私の古い知人も皆、東京や横浜の勤務先ベースの活動に出向いて久しい。消息も切れた。塾でもお客様だなと思いつつ、この見えない壁の存在に向かい合う活動を続けていく。深い深呼吸をした。
塾長はフィリピンでどうしているのだろう。

---------

夜間傾聴>**子(暇だとか、無事な様子)

(校正1回目済み)

コメント

11/16 細川佳代子氏講演会を覗きに行き…

2013-11-17 06:07:43 | 地震津波災害ボランティア

2013/11/16 記
--------------
朝から塾長のメール。奥さんに、「何かあったら飛田に頼めと言っておいた。よろしくね~~。」これはあんまりである。在日外国人の活動は、全くわからない。困った。奥さんに電話。笑われておわりである。奥さんも奥さんで、私のカンパ分¥1,000-を立て替えたという。空いた口がふさがらなかった。塾長はフィリピンに向かったという。教室に事件が起きないことを祈るばかりである。

睡眠不足のまま、母と昼食を摂る。午後の予定に間に合わせるために、「きしめん」を作る。これがいけなかった。「きしめん」は、私が急いで出かけたい暗喩を母に感じさせてしまった。出先に用と小言を次々にだすこと。母を振り切って門を出る。帰りが怖い。情けない話なり。

行き先は、育成会企画「細川佳代子氏講演会」(JAさがみ5F大会議室)だった。知的障がい者のためのスペシャルオリンピックスの紹介講演。主旨は素晴らしいものだったが、私には東日本大震災の被害の中で、孤立を深めている東北の障がい者たちへの支援の取り組みを実現してもらいたかった。

今回は、12/11の上映会のチラシを配布していただいた。感謝します。会場100数十名の手にチラシが渡った。せめて会場の片付けを手伝おうとすると、**さんから、人手があるから大丈夫との応答をうけた。ちょっと申し訳なさを感じて、会釈して会場を出た。

今日は「ビッグイシュー」誌の仕入れ日だった。急ぎ横浜の販売員さんから、茅ヶ崎購読継続者分を仕入れた。300円の本を300円で買うから、私は交通費分を損して、以前からの購入者に配布する。「損して…」といわれつつ継続している。その部分は、私のボランティアとなる。

相鉄線で大和経由で相模大野校に向かう予定だったが、高検後の個別相談は先方の都合で、早い時間帯に別の講師が担当、つまり私は在宅労働へとなった。

明日から、個別訪問して上映会ポスターを貼らせてもらうことに。

日大の##くん、上映会に参加できるかもと電話有り。彼はメール不精なり。

ボランティア塾の資料再収中。

夜間傾聴>なし


(校正1回目済み)

コメント