湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

8/28 職リハ初日、書籍売店から「ビルメインテナンス」関連パンフを仕込んできました

2010-08-31 01:27:30 | 引きこもり
2010/08/28 記
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職リハ学会初日の売店ブースで、清掃業務の指導テキスト2種類を買い求めてきた。ひとつは

●「エル・チャレンジ 清掃技能テキスト」(2005/07刊 ISBN:4759261133)

だ。「エル・チャレンジ」つまり大阪知的障害者雇用促進建物サービス事業協同組合のビル・メインテナンス業務用テキストだ。「エル・チャレンジ」は、知的障害者の就労支援に閉じる企画ではなく、生活困窮者の協働労働の企画を試みているので、このテキストは大阪の野宿者にも利用されている。発行部数が少なかったかAmazonはDBに登録していない。すでに入手は出来なくなっている。紀伊国屋書店のDBにやっと痕跡が残るのみ。発行元が必要に応じて増刷して使っているのだろう。研修テキストの宿命というか…。現場実習にも便利なA5サイズだ。

もう一冊は

●「キャリアトレーニング事例集〈1〉ビルクリーニング編―卒業後の社会参加・自立を目指したキャリア教育の充実」  だ。

このテキストは、他の職業事例とシリーズを組んだものの事例集1である。全国特別支援学校知的障害教育校長会・キャリアトレーニング編集委員会 編となっており、特別支援学校の就労実習に使われるもののようだ。製本の状態から教室の座学読本であり、内容は充実しているが、現場実習に携帯してというわけにはいかない。

このシリーズには、

●「卒業後の社会参加・自立を目指したキャリア教育の充実
キャリアトレーニング事例集2 事務サービス編


●「卒業後の社会参加・自立を目指したキャリア教育の充実
キャリアトレーニング事例集3 接客サービス編


があり、事例集1と3が横浜市立図書館にある。誰かの注文に応じたのだろうが、事例集2もぜひ買い揃えてもらいたいものだ。別シリーズで「フィリス」という介護労働の事例もあり、これらは購入予定なので、追々紹介していく。

今回事例集1の「ビルクリーニング」を選んだのは、野宿者支援にもすぐに使える領域だからだが、文字を読んで覚えるという座学習慣から離れているものには、気が重いかもしれない。彼らの持ち歩きを考えてもA5版のエル・チャレンジ版に軍配があがる。

「清掃業務」については、関連DVDが出ている。紹介資料が無いとのことで、チェックしそびれたのだが、関連DVDは保健福祉大図書館には無かった。

「わーく」は、こうした資料の基礎調査や、数名でもかまわないので、職種研究を勉強会として積み上げていく。とりあえずはJHC板橋会の研修ビデオから、「クラブハウス」運動のビデオを観ながら意見交換する場を持つ。

もうひとつは「携帯電話副次機能利用による就労スキルアップ授業の授業書作り」をオンライン議論を作っていく。携帯電話地域営業所社員の方を巻き込めないかなと思っている/ツイッターではなくブログかなと考えている。経験の蓄積が大事で流れ去るツイッターよりブログが優れているからだ。茅ヶ崎養護の休暇中の企画から始めてもいい。もちろん、紙メディア発刊、画像放送、当事者懇談会&見学等は、中心課題として取り組んでいく。

(つづく)


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8/26 父の老健から外泊依頼が飛び込んで

2010-08-30 06:31:01 | 引きこもり
2010/08/26 記
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父を預けている老健から連絡があり、9月に屋内改装工事を行うので父の長時間外出か外泊をしてくれないかという話が持ちかけられた。工事は居住空間ではなく、風呂場だという。、また9月に老健の祭りを行うので、夜店などに父を連れ出して欲しいという要請だった。

前者の外泊は無理だ。レンタルベッドからすべて父の居室は片付けてしまっている。加えて母が眼球の痛みと異物感を訴え、眩暈とダンピングで臥せっている現状では無理だ。これは即座に断ったが長時間外出は何とも応答のしようがなかった。車椅子にのせたまま、どこに行けというのか。ただ、無理だと答えた。

ならばと畳み掛けてくる夜店ボランティア。当日は発達障害学会が東海大湘南校舎で開かれている。ソーシャルインクルージョン協会の炭谷茂氏の講演が有るので欠かすわけに行かない。帰りに回ると応答。父を車椅子に乗せ夜店見物ということになった。

ため息が出ている。

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JR相模原の私塾の夏期講習の授業中、相模大野から緊急呼び出しがかかった。瞬間冷や汗をかいたが、前回の引きこもり青年の欠席中のアルバイトの件だった。事務長を説得しきれず、緊急で私を呼び出したのだとわかった。

結局報告書をかかされるはめになり、南橋本まで車で送ってもらってから相模線乗車中、ポメラのお世話になった。当人に駅から電話し様子を確認した。明日からは朝出というのに、夜間傾聴を延期したのに報告書を4時まで書いていた。2時間半の仮眠。全く堪忍して欲しい。

講習出発前、冷蔵庫に残っていたニンジンをすべてボイルした。明日の食事の材料である。

夜間傾聴:緊急事態以外延期


(校正1回目済み)
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8/27 県立保健福祉大までのルート/職業リハビリテーション学会初日、過渡期の職リハ活動

2010-08-30 05:45:41 | 引きこもり
2010/08/27 記
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茅ヶ崎から横須賀の県立保健福祉大に行くのは、時間がかかる。京浜急行線との接続が悪いからだ。一般的には、戸塚から地下鉄を使って上大岡経由で行くか、乗換えが面倒なら横浜経由でいくことになる。しかし、なんとか大船から横須賀線でいけないかと考えた。「逗子止まり」乗換え「久里浜行き」という列車が多いので、横須賀線ルートはメリットがあまりないのだが、JR横須賀から路線バス利用を試みた。

横須賀駅前ロータリーには京急の案内所が無い。交番も留守が多く、結局バス停を順に調べながら、最後は運転手さんに聞く以外ない。先方の停留所も「安浦二丁目」ということがわかっていたが、いくら探しても「安浦二丁目」バス停の道路の反対側に帰りのバス停がなく、行きの「安浦二丁目」停留所には「横須賀駅行き」が1時間に2本しかなかった。図書館に行ったときのダイエー前から乗った「汐留」の時刻表15分周期とはどうも本数が違う。循環線かなと思って調べたが路線図が見難く、どうも様子が違う。

この謎を今回解くために朝、バスの整理を行っている京急バス職員の方を捕まえて、やっと謎がつかめた。

駅前ターミナルにある「平成町循環」は、確かに「安浦二丁目」を通るが1時間に2本位しかない。ところが駅の脇の16号線に「JR横須賀駅前」の単独のバス停があって、そこから「安浦二丁目」行きというバスがあった。これは15分おきに出ていると知った。

地元しか知らないバス路線である。しかし「安浦二丁目」からは「衣笠駅」「横須賀駅」行きと表示されたものしかしない。この「衣笠駅」行きは「横須賀中央駅前」を通るが始発駅がわからない。「横須賀駅」行きは1時間に1・2本で「平成町循環線」のようだ。とにかく路線図を見ても路線の色配分が悪く、調べようにもつながりが絶たれてしまう。不親切なのだ。

ともあれ行きは、JR横須賀駅降りて右手の踏切を越えたあたりの16号線沿いから「安浦二丁目」行きに乗り終点で降りればいいことがわかった。帰りは当座はバスが来たら乗ってしまって、「衣笠駅」まで遠回りするか、幸運なら「横須賀駅行き」にのればいい。まあ京急「県立大学」から戻ってもいいのだが、最悪は「新杉田」<>「杉田」間、「新逗子」<>「逗子」間を通りを渡って乗り継ぐ方法で、京急「県立大学」から帰るなら、「上大岡」か「横浜」を経由する以外ない。全体で茅ヶ崎駅から1時間半かかるのだ。

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今回は職業リハビリテーション学会に参加したのは、この間、障がい者就労支援の枠組みが構造的に転換期に差しかかり、様々な切り口からの試みが浸透しはじめ、生活就労困難な方への支援のところまで、対象の領域が拡がってきている事が大会にも議論され始めるようになったことだった。

研修講座は私は<講座B>の中田 正敏氏の講座を聴いていた。しかしここでヴィゴツキーや活動理論の話が登場するとは思っていなかった。テーマの周辺で解説に使われたものだが、バックグラウンドの拡がりを感じさせられた。ICF(国際生活機能分類)が公開されて以降、様々な社会活動の領域は相互の共通了解を得るようになった。人間の諸活動の社会的背景から切り離せ無いものとして活動上の困難、特に健康状態を捉え返すようになった。医療・療育以外に、保険、社会保障、労働、教育、経済、社会政策、立法、環境整備のような領域に於いても国連社会分類のひとつとして認められるようになった。こうした時流を感じさせる大会となった。

この後の松為信雄氏の基調報告は、そうした時流と職業リハビリテーションの課題をきれいに整理して見せてくれた。以下は職業リハビリテーションの新たな定義として、基調報告骨子に紹介されたものだ。包括的な活動領域へと拡がる方向性が示されている。

「生物・心理・社会的な障害のある人が、主体的に選択した仕事役割の継続をとおして生活の質が向上するように、発達過程の全体を通して多面的に支援し、それにより社会への統合又は再統合を促進する総合的な活動」(大会基調報告p.35)

このあと私は課題別シンポの「人材育成」分科会に出たのだが、ここでは障がい者の生活・就労支援に従事している有資格者の現状が、ゆとりのない労働環境による専門性向上の困難や、人材定着率の低さが、問題解決の困難を生み出しており、専門職の要請と適切な配置、そして領域を横断する周辺支援者への教育指導を推し進めることの必要性を語り、現状を打破するには、新たな視野を見通す専門職の育成に取り組むというものだった。

このことは、基調報告骨子の中で「生活保護者、低所得者、母子家庭、引きこもり、被差別部落者、ホームレス、刑余者、在日外国人」(p.34)を職業リハビリテーションの就労支援の対象になりうると紹介されたこととの関連で、従来の関連施設の専門職の範囲を大幅に超える対象を抱えるには、既存の施設の専門職配置をその中に限定的に育成しても、問題は常にはみ出してしまうことになる。ここを解き明かす鍵が「地域活動」にあり、社会福祉士らと交差する領域をふくむ領域横断を担う専門職(行政、公共活動NPO等)が地域の社会活動と連携して行く活動が必要だろうという指摘を、会場からの意見として述べさせてもらった。

それは専門職が不要というのではなく、就労という場面に立つ当事者は様々な社会的関係を通じて場面に至っているのであって、その過程の支援者(家族を含む)を見ずに、当事者にサービスを与える専門職活動という就労を当事者と専門職に閉じた活動にする強い傾向に対し、就労支援活動を社会活動との接点に対し開けという要望だった。現にIPS(援助付き雇用)では、当事者の意思のもとに支援体制を編成するという連携に窓を開いた活動の実践が、本大会にも提案されているのだった。桜ヶ丘病院のIPSリカバリーの活動はその先進的な事例だろう。

私は地域の絵を描ける専門職の地域活動への登場を願った。しかし本意はどうも空転してしまったようだ。私が専門職育成一般を否定しているように伝わってしまったようだった。

初日の印象は、職業リハビリテーションの活動が、可能性の大きな包括的活動を担い始めたということだった。私は医療や関連諸施設から抜け落ちた地域の諸困難を抱えた人たちが主な活動対象だ。地域を提案したときに、既存支援組織の活動の範囲内に閉じた世界の内側で活動が拡張されるとき、領域横断の活動は、壁の向こうに実現されることになる。この活動の閉鎖性が厳然としてある中で、専門職のスキルアップという課題は、横断する地域課題に拡がっては来ないだろうと思っている。領域の横断とは、職業集団の連携を意味するのではなく、当事者の支援の地域連携の裾野を広げ、活性化することを意味しており、ここに踏み込んでいく領域が職業リハビリテーションだと考えている。

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昼食時に図書館に立ち寄り、部分コピーを済ませた書籍を返却した。大会最後は会員総会だったので、早めに切り上げられたので、資料チェックのためにまた図書館を利用した。会場からの発言の中に語った「ソーシャルファーム」は、本大会にも「NPO法人雲母倶楽部」の活動として仙台白百合女子大からの報告が企画されている。私は地域就労支援活動の事例として語ったのだが、この「ソーシャルファーム」関連の資料は見つからなかった。

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帰りは聖徳寺坂下まで歩き、横須賀中央から上大岡・湘南台経由で小田急線に乗った。相模大野の教室には滑り込みだった。三浦半島は不便だ。

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母には横須賀中央駅の地下で弁当と惣菜を買っておいた。「孤食」といわれてはしょうもない。深夜のコンビニ弁当を買って帰るよりはいい。


夜間傾聴:緊急事態以外は休ませてもらった。


(校正1回目済み)

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8/24&25 県立保健福祉大図書館にて/100歳を超える方の死と年金受給不正の記事を読みつつ

2010-08-28 15:27:28 | 引きこもり
2010/08/24 記
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下調べの2回目。県立保健福祉大図書館に行く。開架資料が少なく、大学紀要関連も肝心なところがごっそり抜けていたりしている。研究者が持ち出した痕跡。欲しいのは、第3セクタ方式や協同組合方式などの就労支援センター形式の地域拠点事例。就労困難者のくくりで、同大と関連が出てくるが、こちらの図書館は学生さんへの資料提供が重点化されているため、カリキュラムから距離のある資料は、ところどころが尖がっている感じで、懐がいまいち。検索に頼らざるを得なくて苦戦。

以前は県社会福祉会館内の図書館(横浜・三ツ沢)や県立図書館(横浜・紅葉坂)を使ったり、文教大図書館(茅ヶ崎)経由で越谷C資料を読んできた。資料の宛てがないと今回のような迷走が起きてしまう。

とりあえずインターネットで下調べした網をかぶせて、結果は低調だが、ソーシャル・ファームやソーシャル・カンパニー関連の雑情報収集をしてきた。前回はクラブハウス運動関連資料に糸を付けてきたが、こちらはあとはJHC板橋会のAV研修資料2本を地元の研究会的な試写企画へと結ぶことへ。職リハ学会のとき、JHC板橋会が発表等を行うので、YさんやSさんに会えたら相談する。

しかしポメラはテキスト入力専用機だが、やはり通信端末に成長して欲しい。インターネット閲覧は切ってもメール機能が最低限あればと思う。あとは丸ゴチフォントか、懐かしい「ことえり」が欲しいが印刷形式がちがうから後者は無理か。まあ蛇足。

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母が夏負けしている。ボトックス療法後遺症が覆いかぶさっている。これが引き金となって胃切除者の逆流症状のダンピングに苦しめられている。手術後1年弱は全く症状がなかったので、体力の低下が症状を顕在化させたのだろうと推測している。

とにかく食べない。飯は一日半膳状態で間食で持たせている。総量が足らず栄養バランスも、自分のこととなるとルーズになる。だから半調理の状態で作り起きしてから出かけるのだが、そのままになっており、カルシウム分も前回のMRI検査のとき、食事に警告が出ていた。

神経眼科では「眼瞼けいれん」原因不明。神経内科も手術に至らない腰椎のずれ程度の診断で、めまい・眼の異物感・歩行不安定・眼球の痛み・最近軽症化してきた四肢のつりや足の筋の痛みの全体像の原因に迫る治療が見えてこない。漢方療法に走りたくないというのは祖父母の介護経験。

横浜駅東口の食品売り場を散策して、佃煮と梅干のメーカーチェック。通販直送で品物を絞ってオーダーする。母のスペシャルリザーブ。父の食事は面会時は持ち込み可能だが、施設の給食に添えてはくれない。今度は30日に訪問する。

家事が放棄されてしまったので、後期の夏期講習が始まる前になんとか体力を取り戻してもらわないと、介護戦争の局地戦が再開されてしまう。

このことで、この間母がもらしていた夕食の孤食化の話に対策を加えるつもり。母は朝はヨーグルトだけ。昼食と夕食が勝負だが、昼食に時間をかけると昼間の時間がたちまち短くなってしまうので、夕食の準備だけして出かけていた。この昼食に前夜準備をしてみようと思う。生魚介類を敬遠するので、なかなか糖尿病の私との接点が出来ないが、パスタからかなと思いつつ、買い物を済ませた。

辻堂も茅ヶ崎も駅前のパン屋が不作で、母にはパンが硬いので、藤沢で途中下車。追加購入してから帰宅。

母はサッシ網戸を開けたまま、眠っていた。家事をともかく駆け足で済ませて、干し物を取り込み、門燈を点ける。子どもの居ない家庭はこんなものだ。

明日から夜に仕事が入る。

夜間傾聴:□□君(仮名)
     橋本2君(仮名)

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2010/08/25 記
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100歳以上の幽霊戸籍。それに乗じた年金不正受給。その背景に格差社会の生活苦がある。政変不安前のタイに老後を託して移住した知人のような例も有る。医療実態に不安は無いのかと言ったが、この初老の夫婦には蓄えが有る。

家賃が払えずに生活保護をうけて、簡易宿泊所に移ってまもなく、肺ガンを発症して病院生活していた男性の孫の就労支援を私が担当したことがある。母子家庭で母親に問題があって家に戻れず、学校の担任の支援を受けながら、この祖父の家から通学していたが、中退。病院の治療費が出せないからと母親が失踪、父親の葬儀も孫が仕切った。私と地元民生委員や元の高校担任らの臍細とした葬儀を済ませた。この子は某製造業に採用され独身寮に済んでいた。音信が途絶えて、寮を訪ねてみるとラインの閉鎖があって、大半の独身者がリストラされたという。ぎりぎりの生活が政治と行政の無策の中で放置されている実態があって、一方の受験相談の際には、母親のゆとり教育の恨み節を聞かされる。足を引っ張られるのは迷惑だという世界。しかし私は母親ではなく子どもに向かっているのだからと思うが、邪魔な廃棄物を清掃して自由競争をという論には乗れない。

しかし白骨と隣り合わせ、リュックに遺体を隠した生活には慄然とする。

「半貧困のソシャルワーク」を読み終えて、生活困窮者の要望の広がりはただごとではない。ただここで論じられている就労が先か住居が先かの議論には違和感がある。これは生活困窮者という大きなくくりを、年齢層や心身状況を一括して話しているからであり、就労を狭い意味の生活費取得の手段として論じているからだ。

行政は生活保護枠を生存の最後の砦として削り込んでいく。しかし生活保護は生活困窮者の状況転換の梃子でもある。現実はそんな生易しいものではないという声を踏まえても、それは違うという。著者の言うとおり、不正取得を持って適応後厳格化をいうのは筋違いだ。道路や水道と同じ公共サービスのひとつとして、同じ血税に支えられるものとして、「必要があれば生活保護を利用する」ということを実現していく必要が有る。それと同時に貧困と格差に立ち向かえる糸口は誰にも奪われることが無いことで、だからこそ社会保証がなくてはならない。

それは制度による保証以前の社会の絆に及ぶ課題だ。社会の共同性の力を目に見えるものとし、統治していく力として制度と行政がある。困っていたら手を貸すというプリミティブな行動原理と、困ることの無い環境を生み出す社会活動と政治が手をこまねいていてはならないのであって、それを棚上げにし、怠け者に追い銭のような発想が困窮者の再起を封じ込めている。いつでも誰もが転落のリスクの有る社会を放置している社会は、結局そのひとを含め厄介払いせねば、身が危ない社会でもある。しかし厄介払いした瞬間、その人の想像力は死に身(生涯)を侵食されていくことに気付くべきだろう。

白骨化した遺体の隣で生活していく絵を地獄絵と評することはたやすい。しかし、生活と生存を追い込まれた者が、範を犯しても生きていくことと、その前に行うべきだった手立てを封じてしまった社会に、声を上げ語る相手にもならなかった行政関係者依存に背筋に寒気を覚えるものである。

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茅ヶ崎図書館に書籍更新に行き、そこでまた真黄色のエプロンをし毛糸の帽子をかぶってリュックを背負った男性年配者にまた再会した。生活時間帯が似ているのかよく会う。相模大野の大戸屋の路地で出会う、この暑いのにジャケットを着込んだ若手にもよく会う。今度話をしてみるかと思いつつ、声かけるタイミングを失している。名刺大の「湘南あすなろ会」の名刺兼ビッグイシュー販売の誘いのカードを作ろうと思っている。

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父の着替え衣類のレンタル料の請求が来た。30日に支払いに行く。しずかだ。不気味ですらある。

母にかぼちゃの煮つけ。塩辛さがいかんと文句が返ってきた。タコの入ったカルパッチョ。これも固いから食べられないというので、後片付けに追われている。結局温泉卵をなんとか食べさせて、遅い夕食を終えた。

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私が作りたいのは、活動を通して自己変革していく道を内包した社会活動だ。自助活動は、追い込まれた生活困窮者にサービスを提供していく民間プロフェッショナルのボランティア活動とは様相が違う。社会的ニーズに基づきサービスを提供していく活動を社会的企業の手法を使った市民活動・社会活動と呼ぶのには、私はすっくりしないものを抱えている。それは社会サービス企業と何処が違うのだろう。高齢者福祉を担う老健・特養も市民活動や社会活動ではないか。これを市民活動のこれからの姿と呼んだり、社会活動と呼ばないのは、利益還元を活動の費用に再還元するか、株主に配当するかあたりにある。

サービスを受ける側ではなく、共有し自ら解決し表現していく過程を内包している活動が私の言う社会活動であり市民活動である。どんなに専門家とクライアントとのサービスの授受に閉じた活動を積み上げても、活動の裾野に当たる当事者は位置づけられない。専門家ゆえ高度な課題に対する解決の質の保証をもっても、それをもって社会活動とするのはおかしいと思っている。私の例で言えば、百万の引きこもり青年の御宅を巡回しても、それは社会の力になっていかない。当事者が手を結ばなければ、解決の力になっていかない。ごまめの歯ぎしりなのだ。勿論歯ぎしりはやめないが、構造的に活動が限界を持っているのだ。

(追記:いじめなどは典型。いじめる側の意識変革はどうするのか。)

暑い。書いたり、休んだりの書き込み。読みにくいだろう、陳謝。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)


(校正1回目済み)

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職リハ学会に出ています、27日も朝からなので

2010-08-27 02:47:30 | 引きこもり
メール応答しきれません。
すみません。17時には終わりますので。
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8/23 ボトックスの副作用は洗髪に及び…/埼玉「ほっとポット」の実践を考えて

2010-08-25 15:45:11 | 引きこもり
2010/08/23 記
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暑い。祖父母のことを思い出した。暑いから酒屋に氷を買いに行ったら休みだった。仕方なくコンビニまで足を伸ばして氷を買いに行ったが、足が遅いので家に戻るまでにだいぶ溶けてしまったと祖母が祖父に言おうとしたら、祖父が言葉を重ねて、お前は小さいから冷蔵庫の中で涼んでいるんじゃないかと扉をあけてしまったと冗談を言った。言いそびれた祖母が氷を頭でも冷やしなさいといい捨てて、部屋にこもってしまったというシーン。所在無げに溶けた氷の袋を頭に当ててみている祖父。映画ではない。私が祖父の介護をしていたとき、洗濯中に見てしまった光景だった。そういえば祖母は冷蔵庫の氷を使わなかった。

ひとというのは、何かが引き金になって、過去を突然思い出すものだが、くだらないことを覚えていたものだなあと思う。炎天下の暑気を避けて一日を過ごす野宿者はたまらない。頭に氷などできやしない。駅ビルや図書館など空調の聞いたところをうろついて時を過ごす。こんなときビッグイシューの販売も、日が高くなると熱中症になるので、通勤時間帯の短時間勝負となるのは、許してもらう以外ない。

昨夜はビッグイシューの7周年イベントを出汁に12日、元の塾生たちの顔合わせをしないかと声をかけた。旗の台君(仮名)と大森海岸君(仮名)から応答があって、新橋界隈で食事をすることにした。ひとりは薬の関係、もうひとりは私と同じように夜間勤務(?)なので飲めないので、食事なのだ。旗の台君は、この食事が冒険で、出歩くことに条件が付くし、大森海岸君は応援は出来るが参加は無理だと、一向に腰が上らない「わーく」画像放送のスタッフ参加を断った。

紙のテストメディアは出発しているが、画像放送はひとりでキャッチボールをするようなもので、なかなか実現しない。ソーシャルファーム的な地域起業の原形コミュニティを手がける放送兼プロバイダ業だから、まず起業をというわけにもいかない。ネットワークがなければ、起業しても客がつかめない。

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今日は、母を行きつけの「パーマ屋」に連れて行く。ボトックス療法の副作用がまだ抜けないため、瞼を閉じることが出来ないので、洗髪が出来ないし白髪染めが出来ないというのだ。目にしみる液が入ってしまう。この美容室は個人経営ひとりでやっているところなので、洗髪に手助けがいるというのだ。こういうことで引っ張り出されるとは思いも寄らなかった。何事も経験と言っても、その経験を活かすことはもうあるまい。

ポメラを持ち込んで、待合室の長いすに座って内職をする。介護は時間と忍耐と言い換えてもいい。

洗髪ハットは子ども用なら簡単に手に入る。大人用は介護用品の店のカタログショッピングになってしまう。ゴーグルは側頭部のゴムの部分が洗髪・染髪の邪魔になってだめだといわれた。

夜は巡回が控えていた。これとて、母を孤食させるのかと文句が出るので、早めに食事を食べさせて外出する。時間的にはぎりぎりとなる。「反貧困のソーシャルワーク実践」を持ち込む。本当にiPhone にキーボードと外部メモリが付けられないものかと思う。ポメラにはメール機能が無いのが難だ。返ってiPONEの方がこの点ではいい。ただ画面タッチなのが難。著しく縦横の画面が変わるのも難、マニュアル設定させて欲しい。

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昨夜は「反貧困のソーシャルワーク実践」を読み進めていて、大事な基本的違いに気がついた。埼玉の「ほっとポット」の実践は、生活困難な方を該当するサービスにつなぐこと。基本的人権の実現のために支援すること。行政サービスの民間肩代わりであることだ。住環境が整ってこそ、就労が出発できると力説する。

「ほっとポット」は「ソーシャルワーカー有志」の集団で、地域の生活困難者へのサービスを提供する活動というところが引っかかった。

私は社会活動がいつの間にか活動の裾野のないとがった活動になってしまったのかと思う。サービスをうけることには開かれていても、ピア活動のような自助的な自由さが無い。高度の専門性を地域に活かすことを持って、社会的企業と呼んでいるように思う。それがいいの悪いのではなく、いわば経営全体をふくんで、様々な活動が結集できる活動を私は意識したい。自然発生的な裾野ではなく、企業家集団が地域サービスに乗り出すという事とも違う社会活動を立ち上げたい。今、「コミュニティビジネス」と呼ばれるものの多くが「ほっとポット」と同じ形だが、サービスを受ける側は消費者的な立場に固定されているところにおかしさがある。ゲームパーク内の自由の束縛はそこからでは抜け出せない。

このこだわりを、ポメラ担いでいって書いてみようと思っている。社会的ニーズはある。同書p.133~134 の一文を抜粋させていただく。

「ほっとポットは、1軒の地域生活サポートホームと3人のスタッフではじめた小さなNPOだった。しかし、わずか3年あまりの間に、年間500人を超える相談者を請け負い、17軒のサポートホームと7棟の支援付き住宅などを抱えるまでに拡大した。」

驚くべき事態だとは思わないだろうか。しかも本当にこの世界では、社会の協力が得られない。それでもこの状況なのだ。埼玉県独自の状況ではあるまい。

夜間傾聴:中央林間君(仮名)


(校正1回目済み)

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8/22 ビッグイシュー日本版7周年記念企画を9月中旬に/ソーシャルファームはよそ事か?

2010-08-25 12:24:08 | 引きこもり
2010/08/22 記
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ビッグイシュー日本版は7周年を迎える。9月11日(土)~18日(土)の期間様々なイベントを行う。その案内チラシが届いているので、配布を始めた。枚数が少ないので、まずは手渡し分を優先。週明けから関係する場所に置く。

詳細は
●「ビッグイシュー7周年記念事業ブログ」 へ。

このイベントの一環として「希望映画祭」が行われる。申し込みは下記へ。
●「ビッグイシューウィーク IN TOKYO 『貧困を超えよう! 希望映画祭』申込へ」

湘南あすなろ会は12日参加を準備している。(私個人は茂木健一郎嫌いなのだが。)

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「ソーシャルファーム」の炭谷氏講演を実現するという地元説得の壁は、今現在の活動と別個のところに海外の流行が持ち込まれても関係ないという現場主義がある。社会的企業の経営手法を社会活動に導入する発想が、従来の自然発生的な諸活動を超える大型の社会的課題の解決という問題意識が広がるなか、一方では社会活動の顔をした営利活動が侵食を拡げ、その区別が見えないほどに多様な活動が生まれている。その広がりは、成り行きのようにいつのまにか市民権を得ている。そこには経営基盤がしっかりしていなければ活動目的は遂行できないという説得文句があった。

しかし社会的困難を抱えた者の公益的ニーズに基づく起業、協働組合生産となると、そこに原資準備がないという形で無理の烙印が押されてしまう。ここを突破する説得力有るひとことが欲しい。それがなければ、大局と構想の必要性を方っても耳を貸さないだろう。講演実現の見通しがたたなければ炭谷氏の講演は失礼になってしまう。

こんなことから「ソーシャルファーム」の日本の先行活動と、海外の活動の立ち上がり過程を調べようと、先週県立保健福祉大図書館に行ったが、今思うと明大図書館や日本障害者リハビリテーション協会やDINFかなとも思う。しかし図書館ではないところは、すでに企画有るごとに参加し、その場で資料源を打診しているところばかりなのだ。結局具体的な活動団体のヒントを紹介してくださるのみで、その先の団体に連絡を取ると、びっくりされて詳しいことは私にはわからないと電話担当者の技量の限界で取り次いでくれずに電話を切られてしまうことが多かった。細分化された地元活動の領域、とくに企業就労とは別の道という一見過去の小規模作業所作りに同一視されてしまう誤解が支配的な世界では、社会の必要性は頭上を通り過ぎてしまう。領域横断と越境の力がソーシャルファームの中にはある。ここを突破したい。23日、もう一度、大学紀要と論文集に絞って横須賀に足を運ぶことにし、検索の基礎調査をやっている。講演予約も中途半端な形となっており、先方に湘南講演をする価値を訴え日程を決めるにはそろそろ日程的限界にきているので、集中する必要が有る。

私は「ソーシャルファーム」を箱物では考えていない。消費生活・私生活の領域の中に障がい者のインクルージョンと母子・高齢者の生活支援を意識して出前起業を考えている。ソーシャルファームには大磯で、農業経営のスタイルの活動がある。これも箱物ではないが、そこでは流通・販売の過程では人との交渉が多いが、私はあえて地域社会の人の渦の中に、困難といわれる活動をたててみたいと考えている。当事者が老いていく先を支えてくれる知人・友人作りという裏の価値も見込みたいからだ。これなら原資は建物分少なくてすむ。事務所も思案次第だ。勿論箱物をふくむ企業やセンターを作るのもいい。ただそこを出発点に位置づけないと、従来の行政の箱物と大差なくなる。

焦り感じつつ、ともあれ横須賀へである。

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26・27日には同大を会場に職業リハビリテーション学会が開かれる。この分科会自主シンポジウムにIPSリカバリーの桜ヶ丘病院の中村さんたちリカバリーキャラバン隊の方たちや、クラブハウスとピアカウンセリングのシンポでJHC板橋会の下薗さんがそれぞれ登場する。今回は自主シンポ公表前の申し込みだったこともあって私は発達障害の方に登録したが、IPSリカバリーの桜ヶ丘病院の皆さんと連絡を取る。秋になってしまったが、当事者懇談会の実現をしたいのだ。ソーシャルファーム実現の基礎的な活動の裏付けがここにあるからだ。

茅ヶ崎図書館で書籍更新しつつ、能力を適合させるのが就労支援と立ててはいけないのだよとぶつぶついいながらOPACをいじっていたら、横国大の高橋勝氏の著書「経験のメタモルフォーゼ<事故変成>の教育人間学」アギュララの「危機介入の理論と実際」が同大図書館にあることがわかってしまった。脱線するからだが…。後者は昔からのテキスト。あって当然かなと思いつつ、借りてくることに。前者の高橋氏は藤沢の学齢期の子の年次アンケート調査関係等で、面白い仕事をされてきた方だ。

職リハのときまでに必要箇所のコピーを取って返せばいい。

紅葉坂県立図書館の検索リスト当座のものが整った。

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相模大野に立ち寄って、バイト騒動の関係で本校にきていた親御さんと話をした。当人は落着いたという。高校のほうとも話し合ったという。最終的には9月待ちだろうが、基本線は休学中のバイトの評価だ。むしろこの話し合いは、上司向けかなと。


夜間傾聴:なし


(校正1回目済み)
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8/20&21 引きこもり者のアルバイトは悪いことなのか?/家庭生活の再編

2010-08-23 01:46:18 | 引きこもり
2010/08/20 記
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暑い。母が昨夜の私の玄関の出入りに怒ったか、朝、起きてこない。体調が悪いという。昨夜は、担当者から緊急電話が入っていた。経過を知る私には緊急とは思えなかったが、携帯を持って近くの公園に出て、担当と話していた。詳細は書けないが、まずい職種のアルバイトのことで、学校の担任が訪問。引きこもっていた彼が、切れた…。彼からはメールが毎回届いていた。誤解を招きやすいが母親にも定期連絡をとっていた。この連絡は彼自身も承知している。

彼は自転車を自分で買い換えるために、短期のバイトをしたが、それが高校のそばだった。怪しい仕事ではない。私には友人の目にもさらされる仕事に飛び出すことは、彼の脱皮をかけた試みになると踏んだ。高校教員にはそれが見えなかった。むしろ問題は家族がフォローしなかったこと。

私の仕事は下請けで、予備校・私塾の通級を実現し、進学させること。迂回路は敬遠される。担当にまあまあと、なだめメッセージを送りつつ、待機を決めた。経験から連絡を確実に保持して急いで会わないこと。タイミングがあるのだ。今日これから担当者と会うが、見通しを伝えてくる。

こういう深夜の連絡は年数回程度だ。しかしなぜか8月の終わりは入ることが多い。今回も高校の方にも確認していたから処分にはならないだろう。なったら私らも黙ってはいない。

しかし、こういう仕事を異常として私の母は三十年近くなるのに認めない。やくざな仕事から手を引けという意見をその都度ぶつけてくるので、朝帰りのようにこそこそと部屋に戻っていた。案の定、朝、母は起きてこなかった。今日はビッグイシュー送金が遅れていたので、送金し、リカバリー全国フォーラムを正式に解約したあと、東京事務所に立ち寄ることにしていた。事務所のある曙橋から京王線で橋本に直行し、巡回に回る予定でいた。しかし今回のことがあったので、曙橋行きは見送りになった。相模大野で小言を聞いてから橋本に出ることにした。

ところが母の様子がおかしかった。花の裏側からみぞおちのあたりまで、風邪のときのように、荒れて痛むとかすれ声で訴えた。実は犯人は私なのだった。ここ数日、私の喉は気管支まで連日痛み、消炎解熱剤とアレルギー対策に抗ヒスタミン剤を飲んでいたのだった。私は母の通院時、検査の合間に1Fの休憩室のソファーを占領して居眠りをしていた。このとき周囲はマスクをつけた咳き込み集団に囲まれていたのだ。眼が覚めて気づいたが後の祭りだった。夏風邪かなと思っている。ともあれ私は母に風邪をうつしていた。

母には微熱があり、あることに気づいた。父の介護をしていた頃は、私が抜けてもその時間帯に誰かが我が家を覗いているのだ。デイケアのときも行き返りの時間から、夕方にはヘルパーさんが覗いていた。ところが父が入所をしてからは、私たち、古ぼけた母子家族に頻繁に来客があるわけでもなく、その生活の変化に私たちは戸惑っていた。いざ母の体調が悪いとなると、母は母でひとりの留守番である。携帯電話を持ち歩くのだから、何かあったら連絡をよこせと言ってあるが、アクティブな分、ろくなことが起きない。

(翌日送り)

2010/08/21 記
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(続き)

前回は相模大野から帰ってきたというのに、平塚で買い物した生鮮食料品の袋を地下道のコインロッカーにいれたまま帰ってきてしまったから,取りにいけという。魚の鮮度はタイムリミット。上りの終電で帰る騒ぎもあった。携帯の用途を知らないのだ。携帯で連絡してくれれば平塚に直行した。ところが事態は帰宅した場で伝えられるのだった。

携帯を使ったのは、ゆめたいの鯛焼き若松町店の隣のスーパー「クラウン」で財布を入れた買い物袋が、ぼんやりしていたときに盗まれたという話で、海老名巡回を早めに切り上げて店に直行してほしいと話が来たときだった。バス停の「東原」についてガソリンスタンドの前で電話が来た。浜竹交番で事情聴取を受けているという。一度バスを降りてしまうと20分バスが来ない。タクシーを呼んで交番につくと、事情聴取を終えて辻堂駅に向かったと巡査がいうのだった。絶対歩きたくない人が辻堂駅にいくはずが無いと「浜竹」バス停にいくと、バスに乗る寸前の母がいた。間に合ったが、それこそ交番やリンガーハットで時間調整するはめになっているところだった。苛立ったら負けなのである。

ともあれ母の服用している薬との禁忌をチェックし、風邪薬と私が残していたクラリチン10mg錠を時間差をとって飲ませ、母の好物のサツマイモとジャガイモを蒸篭にいれて食料を作った。予定より2時間遅れで出発することができた。サポセンにビッグイシューの秋の企画のチラシが来ている連絡をもらっていたが、母の経過が無難で、昨夜の緊急電話の主に危うさがなかったら、北茅ヶ崎で降りてサポセンに寄るつもりでいた。

幸い橋本巡回が終わるまで無事だったのだが、母から気持ちが悪いから魚買ってくるなと、空いた相模線車内に聞こえるような珍しい大声で連絡が来た。あとでばれたのだが、空腹に耐えられず、夜が遅くまでやっている中華ソバ屋に出てきて食事をしていた。ところが携帯を忘れたので電話を借りたら受話音量が違っていたらしい。要は、自分は食べたから、余計なおせっかいはいいから、駅で何か食べて来いということの屈折した表現だと帰宅してからばれた。

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県立保健福祉大のコピー資料を綴じておくファイルホルダーを抱えて帰宅した。TVの前で横になっている母に体調を聞くが食欲が無いという。電話の声の違いを聞きだすと中華ソバ屋にいったことを白状した。結局、サツマイモとジャガイモは私の夕食になった。糖尿病患者だぞといいつつ,炭水化物を食べた。

今夜は「反貧困のソーシャルワーク実践 ーNPO『ほっとポット』の挑戦」を読む。地域の就労困難に立ち向かう埼玉岩槻市のソーシャルワーカーさんの記録である。

夜間傾聴:橋本2君(仮名)


(校正1回目済み)

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8/19 北里東病院整形外科は失礼だ/iPHONE アプリ「Action List Lite」

2010-08-21 15:36:09 | 引きこもり
2010/08/19 記
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母に付き添って北里東病院の整形外科外来に行く。受診前に骨密度測定があるというので、紹介した神経内科の医師に、もしかして健康器具売り場の足乗せて諮る奴ではないでしょうね、そのために茅ヶ崎から出かけるのは堪忍してくださいと訴えていたが、案の定、かかとを計測したもの。整形外科の診察のとき、検査結果は「同世代とは骨密度が低く、50代女性の59%近い状態なので、これ以上骨密度を落とさないように注意しましょう」というレシートを見せられた。冗談ではない、地元医では症状の総合判断が難しいこと、原因不明の症状の改善を求めて、厄介な症状だから大学病院に来ているのだ。デパートの健康器具売り場でやっているような検査はもう何回もやっており、地元医の紹介状にも検査データは送っているのだ。予約を一方的に1週間延ばしたり、どういうつもりなのかと詰問した。その当時と時間が経ってるので計りなおしをしているとか、血液検査したデータを地元医が求めているので出してくれという要請に、母の胃切除前の1年以上前のデータを出すなど、全く大学病院診療の自覚が無い。

腰椎神経系の専門医が9月の受診予約に入っているので、そちらで質問するようにという。あなたの専門は何なのですかと問うと、整形外科ですと応答。髪が抜けそうな気分で診察室を出た。

MRI画像は前回の診療のときに、ずれの箇所を指摘されていた。これが怪しいという。ならば自宅や地元医で行うべきことはなにか指示できないのですかと聞いたとき、腰椎神経系の専門医の診察を受けてからにしてくださいとかわされていた。一般論として、無理の無い範囲で歩くことが大事。何m歩けますかと聞かれて母は席を立った。全く患者の状態を把握していない。カルテも目診も全く頭に入っていない。失礼である。

母は急に眩暈がして立ちすくむ。朝夕の四肢の釣りと、四肢の暑さ異常、歩行不安定がある。歩ける距離なら疲れない範囲なら何kmも歩ける。何mとは症状をつかみ損ねている。骨密度データが古いといっているが、血液検査データは胃切除前1年半近く前のデータである。それから何回血液検査を繰返したことか。症状を訴えて通院を始めて3ヶ月になる。時間を引き延ばしてきたのは病院側ではないか。

頭にきたと母。誤魔化す医師は患者の顔を見ない。そういうのはダメだと母は言う。しかし私の右足の執刀医はいいかげんなことを大声で押し付けた。にらんでいたぞと話した。救急入院したとき、初期の処置が歩く雑菌が入って内部で血液があわ立ってしまった。その救急入院翌日、傷をチェックしたのが彼だった。母も右手首骨折で地元の同じ病院に救急車で運ばれたとき、骨折部位を牽引せずにギブスを巻いたので変形と神経異常が残ってしまい、巧緻運動が出来なくなってしまった。他の外科医は簡単に医療ミスというが、素人が立証するのは困難だ。

今回は北里東病院だから別の病院の話だが、これほどにひどい事例に何回もぶつかるのだから、医療の質が悪いということだろう。

母は父の介護を手伝ってくれた友人親子と会うとのことで、茅ヶ崎駅から路線バスに乗せて帰宅させたが、私は平塚の図書館と県湘南事務所に立ち寄ったのだが、興奮の余波がこめかみを打った。何をしに行ったのだろう。私と話した方に少々不快感を与えてしまったかもしれない。失礼しました。

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北里大に行く前に電話が入っていた。夏期講習後期の調整、相模大野側の確認電話だった。教育心理学会のシンポ参加に1万数千円はらうことに躊躇していたので、最終的な日程を確認していなかった。明日本校に行くからと応答していたが、決意がつかないでいた。

平塚で買い物を済ませ、家に電話を入れると誰も出ない。友人親子が我が家にいらしているはずだった。母の携帯も留守電に切り替わってしまう。家に置き忘れたなとわかる。あさりが痛んでしまうなと思いつつ、平塚駅構内のスパゲティ屋で食事を済ませた。平塚の市民活動センターが、障がい者就労支援の企画を考えていると聞いていたので、私たちがサンシティの勝田さんからいただいた動画ファイルが入ったCDをセンターKさんに届けた。就労のライフサイクル的観点からの意味づけのプロパガンダ画像だ。時間が遅いので担当者が別の領域関係者だったこともあって、全く話が通じないので、メール仲介を頼んできた。

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iPhone のアプリの中に「Action List Lite」というアプリがある。画像がはめ込めないがTEACCHの手順書に使える。アプリの得失を溜めて改めてレポートしたい。


夜間傾聴:□□君(仮名)


(校正1回目済み)


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8/18 8月末は企画が重なり財布が悲鳴をあげる<しょうもない話だが…

2010-08-21 06:55:32 | 引きこもり
2010/08/18 記
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夏期講習後期の打ち合わせあり。JR相模原に出る。今年は年齢層が高いクラスの集まりが悪く全体が現役のみとなって、私の出番があまりない。相模大野の方は従来どおり。26・27日に職リハ学会大会があるので、大会終了後に授業をはめようと思うのだが、二束のわらじ、なかなかうまく行かない。

今回はリカバリー全国フォーラムをパスした。大会参加費が8千円かかる。発達障害学会が6千円。両方でると予算がしんどい。職リハ優先としたので、27日からの教育心理意学会は自主シンポのみの参加というのに1万円強かかる。釜ヶ崎に行く話や、桜ヶ丘病院のリカバリーキャラバン隊を招いて当事者懇談会をひらく件が有る。誰も参加しなかった場合、ふたり組だから最低2万円は保証しないといけない。今年度は年間20万円の自腹を覚悟しているが、大阪の件は予算外だ。夏期講習で稼ごうというのも虫のいい話。就労支援の横断的な企画は障がいの領域のすべてに関係してすべてに関係ない。地域のセイフティネットと就労支援が市自立支援協に閉じて発想されているから、質をたてる当事者懇談とミニ研究会を重ねていくのがせいぜい。全国状況が動き出していても、自分の領域から持ち込まれるまで、従来の活動からはみ出すことが無い。だから質のいい企画を重ねたい。空転を飲み込まなくては活動にならない。

発達障害学会に炭谷茂氏が公演する。ソーシャルファームのいぶきを湘南に届けるには、是非湘南公演を実現したい。だから学会に小田原の困った人も参加しているが、リカバリー全国フォーラムは諦めることにした。こちらの関係者は、職リハの分科会で会う事が出来るからだ。

9月は、町田赤い屋根の高級豆腐配達見学と、あすなろ会の舫見学を実現したい。いずれも一般向けではなく、関係者向けである。

10月にはIPSリカバリーの当事者懇談。ここまでに茅ヶ崎養護に「携帯電話副次機能を使った就労スキルアップ授業企画書」を出したい。「わーく」画像放送の基礎の耕し活動でもある。ビッグイシュー販売員1名拡張もなんとかこぎつけたい。

こう考えると煩悩の塊になる。父の介護から解放された分、なんとかならんかと考えている。

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今、「反貧困のソーシャルワーク実践-NPO『ほっとポット』の挑戦」のつまみ読みを始めている。横断セイフティネットの構想に触れそうな活動なので、これも検討中。

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母がいよいよ食事を取らなくなった。間食しているから、口がまずいだけだろうからと、素麺の献立を立てた。細切りの焼きナスをなんともバジルで食べさせた。和洋折衷の感じだが、全体を梅干の酸味でしめたので、なんとか完食させた。

やまと芋を買ってきた。これは明日の食材となる。父のときとは違った面倒さがある。診断を引き伸ばしている医者が一番いけない。

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橋本巡回。気は入らない。困ったものだ。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     □□君(仮名)


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8/17 県立保健福祉大図書館に行きました

2010-08-20 15:01:40 | 引きこもり
2010/08/17 記
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県立保健福祉大図書館のチェックリストを持って、横須賀の同大図書館に行ってきました。書店ルートに乗っているものは、廃刊ものでもなんとか出会える機会が多いので、主に各地の大学紀要や関連誌バックナンバーとAV資料を探っていきます。障がい・福祉・雇用就労・教育・行政施策関連は散在している上、社会活動や地域活動の現場報告はむしろ新聞などを探った方がヒット率が高まります。情報がつながり、追えば一気に拡散してしまうので、むしろピンホール検索していった方が結果がいいので、今回は「JHC板橋会」「クラブハウス運動」「ファウンティンハウス」「ピアカウンセリング」という、現在精神障がい畑で一潮流をなしている当事者活動に就労の網をかけて資料を拾いました。

割合ここの図書館は医療に偏っていないので、社会活動も拾いやすい印象があり、時間を大幅に食う国会図書館よりも実があるかと期待もありました。事前チェックしておいた、活動に直結する資料は一応入手できたし、目的だった「地域起業と就労支援センターの形」は、アメリカ系で少し拡張したものの、日本の生活協同組合と雇用のような資料は予想外に検索の糸が途切れてしまいます。

論文コピーは別として、「わーく」の企画、当事者懇談・単発学習会の線で就労支援の形探りに使えそうなAV資料は2点、JHC板橋会のクラブハウス活動やピアカウンセリング活動を研修資料として丸善が作ったビデオ資料2本は、教職員ルートで貸し出してもらい、グループ視聴してみようと思います。基礎的な活動なので呼びかけに応じてくれる人は期待できませんが、相当なヒントがころがっています。作品は

●「クラブハウス」ISBN: 4839502633 26分
●「ピアカウンセリング」ISBN: 4839502641 26分

の2点。個人で買うにはシリーズ物で高価。登場人物がJHC板橋会の知人ということで質問も求められることから、この2本は議論ネタとして企画化してみようと思います。

今年は職業リハビリテーション学会大会にも、JHC板橋会と桜ヶ丘病院のセミナーも立つので、割り込めたら地域に返す算段をします。9月に入ると、発達障害学会にソーシャルファームの関連で炭谷茂氏の講演があり、リカバリー全国フォーラムが続きます。個人参加は金銭的にかなりダメージがありますが、大きな流れを地域に引き寄せるのが私の役割ですから、企画化につなげていきます。蛇足ですが「ソーシャルファーム」の懐は深く、野宿者支援まで含んでいます。これはこれで、別に網掛け企画化を計ります。

結局AV丸善「 保健福祉ビデオシリーズ ; 2 . 共生の時代へ : 参加と協働への相互支援の方法とシステム」の4巻を視聴したので約2時間、事前検索資料確認とコピーで1時間半。大学紀要・論文集関連のチェックは途中で時間オーバーとなりました。図書館はまだ空いていますが、巡回が迫っていたので終わり。2冊一般書籍で神奈川公立図書館に在庫のないものを2冊借りてきました。同大図書館は、県OPACに入っているので、地元図書館館外貸出でも入手できますが、取り寄せが遅いのでというわけ。次回は行けたら23日(月)に紀要・論文集関連とリカバリーを手繰り寄せます。23日の都合がつかなければ、26日、職リハ学会当日、行きがけに立ち寄ってきます。

大雑把な印象では、開架資料数が少なく記念文庫のスペースが多いので、書籍DBというより学生参考図書置き場の感覚。教科書テキストが7~8冊、同じ棚に並んでいるので、奥から出してもらわないと、開架書籍だけでは目的達成できない難があります。

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帰りに横須賀中央駅で下車。親戚の老夫婦の御宅に残暑見舞い。残念ながらアンガージュマン横須賀の方にはお邪魔できなかったけれど、乗りなれない京急線経由で横浜から海老名に出て、巡回を済ませてきました。

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100歳を越える高齢者の生存確認がおろそかになっている。高齢者は金を持っているという発言をしていた方の言葉が止まった。格差社会・使い捨て社会の極限の事実が浮かび上がってきている。企業のゲームパーク内のような平和。ライフサイクルまでも自由競争に乗せてしまった新自由主義の陰画が見えてきています。生活保護をめぐる厳しい審査基準にさらされる人たちの就業連携は出来ないものかと思います。資本が無くても始められる活動はないかと思います。

●「100歳以上不明、全国279人 兵庫・大阪などに集中」

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14日の寿町参加者のうちの2人の若手の感想を間接的に聞いた。ひとりは、酒を飲んでから行ったので体力的に疲れたので、「次回は」注意するとか、こういう企画があったら「声をかけて欲しい」。祭り以外にも寿町に行きたいというような肯定的評価。彼らの事情も聴かずに参加しないかと問いかけた報いが、日没以前の帰宅(?)という状態となったかと反省していた。肯定的な評価もあったことが嬉しい。

ただ、茅ヶ崎市行政の南口たまり場夏場一掃作戦があったか、南口の集団が消えた。レギュラー*さんが成果う保護を受けて部屋を借りたから、溜まりこんでいないかなとも。

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父の老健から秋祭りの夜店を出すので、参加して欲しいとの要請状あり。東海大湘南Cに行った帰りに立ち寄れそうなので、「お客さんとして」参加しますと応答。父と金魚すくいかいな、金魚迷惑な…。


夜間傾聴:小田急相模原君(仮名・ハンカチ忘れてるぞと<すまん)
     ******君(仮名・母親)


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8/16 企画があれば後始末がある

2010-08-19 15:09:34 | 引きこもり
2010/08/16 記
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ひとつの企画が終わると、その企画準備にかけた時間の逆襲が待っている。生活のゆとりのない証拠だが、我が家の零細業の方が父からの引継ぎ分、仕事が溜まっていた。一度時間をかけて東京に出なければならないのだが、とりあえず電話ですむものを片付けた。引継ぎ分はすでに私が運営して1年になるので書類上の名前の変更だけなのだが、向いていないのがありありとわかる。御叱りを受けそうだが私は教員の方がいい。結局、日本橋界隈、擦り切れ爺さんが迷うかのようにうろついてきた。

母が行きつけの小物問屋があって、頼まれて、嫌々いってみると、日曜日営業ではないのに、さび付いた裏のシャッター脇のインターホンで到着を告げると、母と同世代の爺さんが現れた。まずいことに、この爺さん、私の赤子時代を知っている。「まあどうぞ」とのお茶の誘いに、肝冷やしながら20分の地獄を味わってきた。私の祖父母の代からの付き合いなので、先方の昔話は尽きない。私が見てもどこが儲かっているのだろうと不思議になる商売なのだが、この手の商売では全国十指に入るという。それしか店数がないのではないかと下らないことを思いつつ、「あんたは私の顔を見ると泣いていた」という話に、いまも泣きそうになっていると口に出しそうになって可笑しかった。そうもいえまい。

それはそうと年配女性もの小物の大包みを抱えて、ビッグイシュー東京事務所に行くわけにも行かず、ともあれ2月に奪われてしまった売れ残りのガーケンの「もうひとつの社会心理学」を再度丸善で仕込んでアイデンティティを保っていた、情けない。再販しないらしい。

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昨日の寿町見学参加者は南口から姿を消していた。どうしたものかと図書館を覘いたら、入口で後発参加者若手の++さんが走り出てきて、ともあれ茅ヶ崎に皆もどってきていることがわかった。

書籍更新をすると既に夕食の件で母の「○○は、買ってくるな」という注文メールが飛び込んでいた。とにかく暑い。葉物と魚を食べさせようとするが、両方とも拒絶。予算オーバーだがモツァレラチーズをかまぼこ風に使ってサラダを作ることにした。祖母があれこれ食べたくないと悶着を起こしたとき、動物性たんぱく質の補給に使った食材だった。拒絶された食材で冷蔵庫が一杯になっているので、糖尿病のフィルターをかけて選考。後始末は私の役割だった。

ところがこんな話題が、引きこもり青年の得意とするところとは、ころんでもただでは起きないというか、偶然の産物の話が有る。ある奴と話すと午前4時だというのに魚の三枚の下ろし方を画像入りでメールしてくる。ああ安定剤飲んでいるなとわかる間。不可解な交流である。

とにかく対面交渉が嫌な連中である。あらゆる事象が直接間接に関連し合っているように、刃物の炭素含有率の話から、西鎌倉の白身魚のムニエルの店の仕入先の話まで、とにかく変なことは実によく知っている。ときには、雨が降り出したね、…。寝てるのか?いや。爺ぃ、起きろ!というような馬鹿馬鹿しい転回まであるが、うんざりした奴は教室通いが復活する。腕を切らずにゆで卵を切るようになる。

幸町からバスに乗り、皿の並んだ厨房に飛び込み飯を炊く。連れ合いが生きていたら、がみがみいう場面だなと思いつつ、痛んだ葉をばっさり切り捨てて即席調理をして、後は母に任せて、駅前に戻った。こういう日は惰性が顔に出る。歯をかみ締めて相模線に乗った。海老名巡回である。

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寿町見学が早々に終わった理由をあれこれ考えていた。期待と違ったのかなと思いつつ。

終バス01系統なり。



夜間傾聴:中央林間君(仮名)


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8/15 横浜・寿町夏祭りに茅ヶ崎勢の野宿当事者の方と9名、参加してきました

2010-08-18 09:32:26 | 引きこもり
2010/08/15 記
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14:30に、湘南あすなろ会の会員と、茅ヶ崎の野宿者の寿町夏祭り参加者が駅の南口に集まった。前回の定例会で許可が出た交通費支給の見学会だ。初めての試みだが、現地に着いたら後は自由。往復回数券を切り離して支給したから、翌日帰るのも可能。支援者の私とOさん、あすなろ会会員当事者のふたり、始め3人の参加希望者だったが、ふたりが俺も連れて行けというので、合計9人の見学となった。

会としては、ビッグイシュー販売の活動から、野宿者支援の活動へと範囲を拡張していく上で、当事者さんと話し込んで互いに顔見知りの状態を作りたかった。勿論、日常を切り替える企画を通じて、現状打開の話のきっかけを作るという目的もあった。現地寿町の祭実行委からYさんがJR石川町駅に迎えにきてくれることになっていた。

当初、私は横浜駅西口の県民サポートセンターに用事があったため、午前中用事を足して、一度茅ヶ崎に戻る変則的な参加となる予定だった。ところが母が午前中、寝床に臥せっていて食事をしないので、足止めされていた。目的を達するには、行きの車内の対話、現地で私たちに同行する方との対話が貴重な機会だったので、そこに影響を及ぼさないように、横浜経由で石川町に行き、途中横浜駅で私が一度離脱後石川町で再合流することにした。

意外なことだが、寿町を知っているのは私と**さんだけだった。事前に改札口を中華街口(北口)と説明し、反対の元町口(南口)に出ないようにと言っておいたことが、こういうときは必ずまずい側のことになるという経験則通り、まずいことになっていた。祭実行委のYさんとすれ違ってしまっていた。

北口に着いてすぐ、##さんの携帯に連絡を取り、元町口から北口に戻ってきて欲しいと伝えるが、不満げ。北口に待っていると、寿町に直行するという連絡。いつもこの判断の差が出てしまう。結局寿町の「さなぎ達」さんの事務所合流と確認し、合流しようとすると、またいない。「さなぎ食堂」の方に集まっていた。携帯の持ち主と寿町経験者が別人なので、その隙間に行き違いが生まれていた。

祭りの中央会場となる労働センター前に移動。Yさんと合流。ここで散会して、あすなろ会メンバーは生活館の見学を行った。祭り開始にはまだ時間があったので、「さなぎ達」さんの事務所を訪問。##さんはビッグイシューのバックナンバーを分けてもらった。

見ると、茅ヶ崎勢は2組に分かれていた。酒代が無いのか、固まって団体客のように行動していた。実行委の炊き出し弁当配布の列に一組は並び、もう一組は所在無げに通りをぶらりと歩いていた。私と##君は「さなぎ食堂」で定食を食べることにし、Oさんは九条の会関係の知り合いの方を探していた。

石川町までの車内で話したことから、ちょっと意外なことがわかってきた。今回の参加者さんは、寿町が初めてだったことだ。つまり私の予測のように、東京をふくむ他地域から茅ヶ崎に流れてきたというわけではなかった。県内の自分の出身地から、事情を抱えて茅ヶ崎に直行して路上に根付いたのだった。つまり寿町に知り合いがおらず、よそ者だったということ。

これが影響してか、夕闇が迫り祭りの舞台の蛇味線が響く頃、18時前に彼らは帰り始めてしまった。彼らの抱える事情と気持ちのリアルな一線を知ることとなった。屋台の焼き鳥屋の酔客が盛り上がって近所のスタンドに立てば、まもなく振舞い酒も出てこようというもの。それを待たずに寿町を去ったのは、何かを感じたからだ。

私は簡易宿泊所や生活館、雑貨店やスタンドなどを見せ、足が立たなくなった高齢生活保護受給者が車椅子に乗ったまま、今回は路上の端(いつもは道路中央)に佇んでいる様を紹介していた。これにどこか心動かされるところがあったもだろうかと考えていた。ともあれ、目的は達成したものの判断課題が残った。

祭実行委の方々に挨拶して、一応は幕。各自帰宅。


夜間傾聴:□□君(仮名)


(校正1回目済み)

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8/14 寝苦しい熱帯夜の暑苦しい話/平和と忘れられた心という二元論の粗っぽさ

2010-08-17 16:36:44 | 引きこもり
2010/08/14 記
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天候がすっきりしない。我が家は古い日本家屋なので、エアコンが効かない。母の居間と2階の父の居室の2ヶ所だけが別世界である。昨夜は湿気が多いが縁側の戸を開けて網戸にした。しかしこれにすると虫が入ってくるし、私の夜間作業のキータッチ音や物をうっかり落とす音などが聞こえるらしく、深夜窓の開閉の形の抗議がくる。

夜間傾聴は大半が昼夜逆転した引きこもり青年とのたわいも無いメール交換である。しかしこの細い絆が時に大きな意味を持つときもあって、たまに現在の青年の紹介から、心の瀬戸際に立たされた青年がやってくる。その時は専用携帯を持ち出して公園や道路沿いに深夜出ては話し込む。このとき一番肝を冷やすのは電池の寿命だ。話が途切れたとき続けて連絡してくる青年は半数に満たない。私は自分になぜか関心をもってくれる変な人間のひとりに過ぎないからだ。

居間から発信すれば、隣人のトラブルとなり、出かければ電池の寿命で肝を冷やす。いのちの電話と違い、嵐のときや静かな臨死の闇の非常時だけではなく、明け方孤独に苛まれるパーソナリティ障がいや鬱の方との不器用なキャッチボールのときは、大声にならずに済むから、家からつなげている。

なぎのときは、学習相談を受けたり、雑談をしているが、所詮爺ぃである。先方が一生懸命話題を合わせてくれているのがわかる。しかし、私は忙しいからとは決して言わない。事情があれば大丈夫な時間を必ず明示して約束を守る。それがあるから彼らはなんとなく意味を見出して、私との不器用なつながりが続く。

しかし昨夜は寝苦しく、さすがに隣人が切れてワンギリ電話がかかってきた。ナンバーディスプレーがあるから、誰だかわかる。

昨夜は県立保健福祉大図書館の資料調べの資料をインデックスを作っていた。ここの図書館は比較的ラフで、多くのAV資料も貸し出してくれる。JHC板橋会のクラブハウス運動関連のAV資料は市販のものが、図書館にあった。そんな調査作業の中で□□君が下手くそ(失礼)な絵で、彼のもと居た高校担任の似顔絵が送ってきてうっかり笑ってしまった。隣人は切れ掛かっていた。そこで私が笑ったのが聞こえて、誤解したのか激しい勢いで窓が閉まった。困ったなと思いつつ、たとえ夜間傾聴が何のと説明しても通じないだろうなと憂鬱になった。

父がいるときは介護の世話を焼いていたので、そのことをいえばなんとなく剣を収めてくれた。父のいない今、職種不明な昼夜逆転爺ぃがうるさいとなれば、容赦はない。夜間傾聴は先方が隣の家に入居以前から続いていたことであるが、ろくでもない(確かだが)ことで、夜中じゅうカチカチと小さな音が聞こえるのは隣人には許せないとなる。ここしばらくは近所の新築工事が朝早くからあったが、その件で近所の軋轢があって、隣人が互いに総すくみ状態になっていたが、とにかく蒸し暑い現状で我慢しきれなくなったらしい。

朝5時に先方の窓が開き掃除機が掛けられ始め、6時前には曇り空というのに布団を叩き始めた。残念なことに、私はその時間から寝るので、音で目が覚めたわけではなかった。先方は定年退職した男性だった。こじらせないため、今夜は網戸にしておくのをやめることにした。

昨夜、夕食時にTVを観た。戦争番組だった。日本は平和になったが物質主義がはびこり、ひとが心を忘れたという論調が流されるたびに、なんと粗雑な発想かと思ってしまう。銃弾が飛び交わなければ平和というのだろうか。資本の営利活動というゲームパーク、またはブロイラーの養鶏場に閉じ込められていることを見ずに市民の物質主義という。どこを見ているのかと思う。この大雑把な「平和」ということばで精神障がいを持つ人たちは猿ぐつわをかまされているように感じるだろう。ひとの生死を左右する「立場と言葉」の暴力、制度の暴力はとても「平和」だったなどとは言えないだろう。宣教師の託宣のような「平和と人の心の回復」という継ぎ足し論に私は組しない。そんなことを明け方、メモしていた。まずはよく見ろそこからしか批判的精神は育たないのだと、結んだ。

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母が二階に誰か居ると、またいいだした。それはこの窓開閉事件の勘違い。夢だよと寝かしつけた。

今日は午後から寿町の夏祭りに参加する。


夜間傾聴:□□君(仮名)
     ******君(仮名・母親)


(校正2回目済み)
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8/13 **さんの草取り/墓参帰りのインドパキスタン料理の店は在日の出会いの場所らしく

2010-08-17 14:47:26 | 引きこもり
2010/08/13 記
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昨日はゲリラ豪雨の通過する中、我が家の庭の芝刈りを元ビッグイシュー販売員の**さんが、やってくれた。高齢者事業団の++さんが従来担当してくれていた仕事だった。猛暑で体調を崩し、事業団の他の方も、お盆の時期だったこともあって、仕事は9月に入ってからという状態だった。私は怪我の後遺症でしゃがむことができないので、**さんに応援を求めた。

私はこの日、平常より一日早いが母方の墓参に行くことになっていた。母は春先に続いて留守番。春先は父のショートステイの日が取れず断念、今回は体調が悪化しているからだった。結果的に**さんと母が初対面ということになった。

私の昼夜逆転生活に配慮して、現地集合を11時として墓参後昼食を取ることになっていた。我が家は親戚が少ない。父方は翌日行うことになっていたが、猛暑で父の兄弟夫婦が入院ひとりを含み全滅、墓地参拝を子ども夫婦らに任せていた。互いに無理を避けようという事で、母方の墓参は*名だった。

9時に我が家の前に車で迎えに来てくれたのだが、そんな関係から**さんの芝刈りの初めに会うことが出来た。新品だが安物の鎌と移殖ゴテと軍手、ゴミ袋を**さんに渡しながら、作業と賃金の条件を確認、仕事をお願いして仕事は8時に始まった。我が家にはバラや柑橘類の庭木がある。小さな藪もある。だから虫が出て困っていた。だから**さんには事前に虫の件を伝えてあった。1分も庭に立っているだけで、やぶ蚊からブユまで総出でひとを刺し、じっとしていられなくなるほどだった。**さんは装備をしてこなかった。刺され慣れているからというのだが、庭師がうめくほどの状態だったので、気になってならなかった。

私が出発し墓地に到着するころ、雨が降り出した。線香は火が付かない、お盆前日なので花束が選べない、隣の墓では僧侶が雨の中読経をし、親戚縁者が我が家のスペースまではみだしていた。先方に頼んで、墓の前を空けてもらったが、私の悪行の祟り、雨男と、まあ車に乗せてもらったのだから黙っていたが、なるほど正しいとおもうところもあって、柏手を。お前墓に柏手はないだろう、神社ではあるまいしと注意が飛ぶ。新興宗教唯物無神論裏千路地千派だからいいのだと応答したのに既に相手にされていなかった。

**さんは雨の中、日送りせずに芝刈りを頑張っていた。予定の11時までには作業が終わらずに、昼食を挟んで14時過ぎまでかかっていた。慣れない仕事だからやむを得ないが、3時間の賃金ではあんまりだと母が有償を決めた。昼食も母がありあわせのラーメンを出して中断させたものの、そのままでは昼食が抜きになるというほどの全力投球だったと母が驚いていた。彼はびしょぬれになったまま帰っていった。

私は糖尿病である。運転手は体重が90kgに近づく立派な肥満。もうひとりは墓参の掛け持ちをして帰ってしまった猛者夫婦である。結局昼食の折り合いがつかず、インド・フィリピン料理というわけのわからない折衷料理を食べてきた。まずいというより、料理の値段が相場の3分の1という薄気味の悪い安さだった。素人切りのキャベツのぶつ切りは容器を縦横無尽にはみ出しており、ナンは1.5倍も大きかった。ラッシーは明らかに古く、結局私だけ帰宅後下痢を起こしたが、90kgは平気だった。

男二人、食事をすると殺伐としてくる。トイレの孤食がしたくなったと相手に行っておいた。

母への母は隣の墓は新盆なのか坊主が経を読んでいたと話した。「雨なのでこの辺で」とさっさと切り上げたドライな話を伝えて、お墓ビジネスの話やら、いかがわしいインドパキスタン料理の話をした。店の周辺の様子から、日本人客を想定した店ではなく、在日インドパキスタン人のたまり場だったのだと説明した。厚木はインド系の在日外国人が多い。料理より合流の場に価値が有る店だったのだろうと思った。藤沢にも香辛料の店がある。同質のものを感じたからだった。

90kgと同行するとろくな事が無い。以前はこだわりの天ぷら屋を紹介して、彼はお好み物を3人前平らげた。支払いは割り勘だったが、出した金額が全く違っていた。お品書きに値段が時価と書いてある店で、3人前食うなと言いたかったが、彼はぼったくりの店だと息巻いた。結局私が払ったが、おかげで当時TOTOドロノワ倶楽部の不登校の子向け陶芸教室のメンバーと、益子焼の現地市を観に行くのを諦めるはめになった。それからは、絶対に90kgとは、高いところには入らないと決めていた。

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私の初期のブログに登場していた入谷さん(仮名)は、国籍の谷間で、偏狭な日本人感覚の差別を受けていた。現在は親御さんとシアトルに移住し、奔放さを取り戻したようだ。米国で華僑と日本人のアジア系米国人夫妻の娘として育ち、3ヶ国語入り混じる環境から故郷の座間に戻ってきた。発音の違いをとりはやされて不登校になり、しばらくの孤立した医療生活を過ごして、通信制サポートをうけながら過ごしていたが、父親の仕事の関係で、再びシアトルに戻って行った。入谷さんの所属感のない生活感覚は、私も共感するところがあった。私は父の職業柄、国内を転々としていた。わたしの生まれ育った祖父母の家、東京下町商店街の思い出はあるが、帰属感は全く無い。私は私という感覚は独自のものかもしれない。だから、インド・パキスタン料理の店のように、同胞と交わる感覚も、どこかわかったようでわからない。

野球や国際試合を見ていて、何の不思議も無くチームからお互いがつながってしまう県人会風の繋がりが頭痛がするのも、なんでそうつるみたいのかさっぱりわからないからだ。いじめをする者の横のつながり、見ず知らずがひょいと協力できるつながり、それがなんでつながりでなくはならないのかがわからない。そんなつながりがなくても、自分ならして欲しいと思うことをするという行動原理でいいではないか。墓参しても墓が移ればそこが墓、そこに土地柄が付くのが全然わからない。女性の場合、苗字が変わり生活拠点が変わる方が多いと思うが、そこを貫いているのが「私は私」だろう。

野宿者が故郷・市民社会から切り離された者という発想が有るが、その所属こそ怪しいと私は思う。一個の生身の人間が彷徨っている。そういう感覚が私には有る。辺境・捨てられ感覚よりも深いところで、生と死の所属をめぐる攻防が拮抗している。そのひりひりする生の感覚を忘れてはならないのだと思う。


夜間傾聴:□□君(仮名)
     橋本2君(仮名)


(校正1回目済み)

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