湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

「わーく」編集部にひとり参加か?

2006-09-30 07:00:44 | 引きこもり
父の体調の様子を見て病院までの行きはタクシーで連れ添い、帰りはひとりでタクシーで帰宅するようにして、どうやら無事に往復を終えた。薬が効いたのか、本人は気落ちはしているものの元気を取り戻した。これから頻繁にこのような事態が繰り返されるのだろう。準備はしておかなくてはと思う。しかしどうしてこうも高齢の男性は、同じ病気をしても融通が利かないのだろう。日常生活を意識してこなかったつけが回ってきている。

昼食を準備し食事をさせて、家を出た。昨日は自分の専門を活かすことが出来ずに結果的に引きこもっている若手に会ってきた。心理職なのであまり解きほぐさずとも話が通じるのが面白くもある。肩書に「『わーく』編集部」を持ってくれまいかと頼んだ。彼はいずれ専門を活かした職に付くだろう。私はその腰掛けになればいいと思っている。

「わーく」の活動自身が、広範なローステップで高みに至る膨らみを性格上持っているので、就職後も価値を認めてくれるなら、それなりの形でオンライン交流が可能だから、あまり心配はしていない。

「わーく」の活動が境界線の活動であり、包括的な活動であるから、ひとが使い始めれば、概念がしっかりしていれば十分にひろがる可能性と実用性を持っている。彼の疑問点は、「わーく」の対象となる「生きにくさを抱える青少年」といっても、医療対象になる方から日常生活は支障がない方まで一括するのは無理だということと、抱える障碍の種別によって、小グループが固まってしまい相互に交流しないことへの危惧にあった。

しかしこれは「青少年の健全育成」をめざした市民団体ですと言っても、地域全体の青少年にアクセスできるわけではないように、参加者は常に「部分」なのだ。医療対象の方を拒むというようなスタンスや、はじめから抱えるスタンスなのではなくて、出会いにベストをつくすスタンスなのだ。ただオンライン交流という性格上、そこには機器利用可能者という制約がある。また、仲介者経由としても、先方で準備していただくという制約も生じる。

彼に語った主眼のひとつが「社会参加」だ。お互いがつながる場を提供し、社会参加の諸活動をシステム的に支えていく活動だということ。社会的なマイノリティが社会的認知へと存在感を高めていく活動の支援であるということだ。

もうひとつは、人は小さく固まりやすく排他的になりやすいという懸念だ。これは相互の交差する接点の活動が提案されていないからだ。差異から生まれる接点の活動を触発していくのが、編集部の大事な役割のひとつだ。「わーく」と名乗りながら、「わーく」に関する話題も出てこないだろう。ことはそうではなく、「わーく」の断面は編集部やアクティブな個人が描くことで、話が膨らめばいいことなのだ。そこから派生する話題が生まれれば、それは最高の出来というところなのだ。

記者は参加者全員が建前だ。しかし実際、取材に飛び回り、更にはその情報に公共性が生まれてくるほどの尽力は、結局編集部だ。その触媒(正確には自分も変わるので異なるが)として動きましょうという誘いだったのだ。

SNSは彼の言う「小グループ」を生む。しかも招待制という意識的な制約をかけている。そこには、彼の言う排他的なグループがたまるだけになる危険性は常に孕んでいる。しかし、しかける交点の諸活動と公共提言や情報による流動もまたSNSの特徴なのだ。

こうして、彼の同意をとり、やれる範囲から編集部を始めていくことにした。

なんとか動き出したい。@niftyのpneのインストールを終えたが、まだ top page しか表示できない。細かいマニュアルがないので、手探りでスタート方法を探っている。今日はここまで!

武藤啓司氏の講演紹介を今日、藤沢に持ち出す予定。

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病院外来の待ち時間の異常さと/「わーく」編集スタッフ候補にしていいかな

2006-09-28 23:00:37 | 引きこもり
 病院の朝は早い。二日目の徹夜は事故につながるので母が先に病院に行き、父の検査と診察に連れ添う。経過は順調だが、眼科に眼底検査で回された順位が30人目という無茶苦茶な状況。家事を済ませて病院に着いた昼には、救急外来>内科という診察までで4時間が過ぎている。そこからまわされ、さらに延々と待たされ、終了まで帰宅も出来ないというのはどういうことかと眼科に抗議。「救急外来患者が一般診療と同列になる診療はおかしいではないか」と粘り1時間半後、やっと眼底検査開始。眼底検査は時間がかかる。結果は異常なしなのだが、父の担当内科医が配転され、引継ぎがうまく行っていなかったために、検査のやり直しを指示されていたのを知り、安直な内科に抗議。

 ところが、父は耳鼻咽喉科にいけと緊急外来医に言われていたことにこだわり、耳鼻咽喉科にいくと更に言い出した。病院は私の入院していた5年前の医師や看護師は数えるほどしか残っていない。皆、医局から派遣されてきた若い医師ばかり。病院に経験は蓄積せず、医師は長くて2年おきに交代する。ルーチンワークにはめこんで、異常がでたら繕う医療体制でやってるから、私の知人も医療ミスを被った人間が何人もいる。結局7時間半病院にいて、明日また耳鼻咽喉科だという。昼間の勤務がある人間は休暇をとらねばならないし、夜間勤務の人間は午前診療に自らの健康を破壊される。病院の受診システムがいけないのだ。丸抱え診療が結局専業主婦に負担を押し付けていく。

 しかし他の救急外来患者家族といっしょに問診を受けたので、男性の無関心に驚く。自分の飲み続けている薬の名や担当医の名前、前回の食事のメニューまでわからない。自分の病歴が語れず、ある連れ添った夫は妻の持病名や通院先、年齢までわからなかった。禁酒しているから糖尿病のはずがないと食ってかかる猛者までいた。医療レベルの地獄絵であり、日常生活を見渡すことがジェンダーの偏りを持っていることが露骨にわかる。そこに底の浅い医療がはびこっている。医療関係者と経営者の問題だ。

 「先生、人の顔みて診療してくださいよ」、これが入院中、同室の介護の家族の常套文句だった。当然のことではないか。

 自分の症状に夢中の父をタクシーに乗せ、母は自宅へ。私は近くのスーパーで惣菜を買って自宅に戻り、食事をかきこんで訪問指導へ。ひとつが狂うとすべてに矛盾が拡がってしまう。

 こういうとき、私は相手を受容できる状態を壊している。対話の歯車が軋んでいるから、無理せず事情を吐露、とりあえずやっておくべき宿題をお互いにこなして済ませていく。引きこもっている子は鋭敏だからウソや無理は肌で感じている。心理実験のビデオでもおそらくキャッチできない、微細なノンバーバルコミュニケーションが飛び交っている。私は雑巾みたいなものだから、対話が下手で混乱がおき始めても早期消火の「かわし」を身につけている。それが結局お互いのためになる。

 喫茶店指導が2件。睡眠不足で珈琲のブラックの連続。下痢が治ったばかりの腹をガスの泡沫がたちどころに音を立て始めた。

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 帰宅後、豆乳をあおって1時間仮眠。本校へのレポートをメールしていると、そこに傾聴ボラの方から電話が入った。疲れてしまった心理専門職の方である。引きこもっているが、自分の状況はさすがに把握されている。会いましょうかということになり、明日お互い疲れた顔を付き合わせる。カウンセリングなどという話ではない。キャッチボールはどんなに力んでも相手がいないとできないように、お互いが出会うからこそできることもある。父の診察がいくらなんでも夕方には終わるだろう。市障害福祉課に減免申請をして、帰りに市役所の近くで会えばいい。

 「わーく」の片棒をかついでくれないかと思う。腰掛けでもいい。出会いというものは、必要としているとき、そこからちょっとはずれたところに出くわすものだ。彼がそうに違いないと私は思い込むことにした。かわいそうに、犠牲1号である。

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 昨日、茅ヶ崎駅北口歩道橋上で「The Big Issure」の9月15日号を売っている初老の男性に出会った。路上生活者の社会復帰をめざす活動だが、当事者が200円の冊子を売って110円を純益にして生活を立て直させる活動だ。募金と寄付のスタイルではないことが気に入っていたので、「がんばって」と、つい嫌いな言葉を言って買ってしまった。「ぽちぽちでもいい」「やること」これが大事。しかし、販売地域、拡がってるなあ…。

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今回は私事です/家族の危機を越える

2006-09-28 05:12:35 | 引きこもり
昨日は慌しい一日だった。体調復活していなかったらと思うとぞっとする。

朝10時から、TOTOドロノワ倶楽部あねもねWS。新しく参加者が1名。社会的引きこもりの娘さんが合流。ここでは、辻堂浜竹の「ぽれぽれ」で行われているカウンセリング関係者が、毎月第4週の水曜日、TOTOドロノワ倶楽部の協力を得て、陶芸を楽しみながら会話を交わす「柔らかな時間」を体験する実践だ。

昼食時に運営会議を開く。現在月に一度の会合を、茅ケ崎市女性センターの調理室を会場に、食事会をやることで、もう一回出会いを増やさないかという話だった。勤めを持っている女性が多い「あねもね」のこと、反響は芳しくなく、話は保留となった。

TOTOの売店で弁当を購入、食事を済ませたところに母から電話が入った。父が倒れ、徳洲会病院救急外来で治療を受けているという連絡だった。高血圧。

14時からのNPOちがさきの情報誌事業推進会議は、急遽遅刻から欠席に切り替えS氏に連絡。病院に。私はここに約2年間、交通事故骨折治療で入院していた。勝手知ったる…の場所ではあるが、救急外来は、いつ覘いてみても人生の際を垣間見るようで気持がよくない。父は激しい嘔吐を繰り返していたが、私には慢性の糖尿病からの脳梗塞や心筋梗塞を恐れていたので、実のことを言えば落ちついていた。しかしそれも、普段の治療薬や、血圧手帳、保険証、着替え、戸締りなどの家との往復をしているうちに、焦りが出てきた。長年付き合ってくると、脳梗塞や心筋梗塞が近いなと予感されたからだった。

点滴が時間を食いつぶしていく。母に携帯電話を持たせ、とりあえず11/28の市民文化会館会議室の支払いだけはしてこようと、病院を出た。母は朝から食事をしていない。とりあえず弁当ふたつを途中で買い込み、市民文化会館へと向かった。減免対象企画なので、書式を持って市役所障害福祉課へ。こういうときは、必ず予定は崩れる。課長・課長代理とも外出中。減免許可が取れないのだ。迷わず市民文化会館に取って返し、相談。とりあえず、使用料を全額支払った。

コンビニで、夜の湘南子どもネットワーク会場で配布するチラシをコピーした。サポセンによれば皆に説明しなければならなくなるからだ。コピーの束を抱えて、前のめりに病院に急いだ。母は椅子に寄りかかり仮眠を取っていた。私も昨日はチラシ作成で徹夜だったために、今夜の傾聴ボラの作戦を考えていた。一度命に別状がないとなると、気持は父のところには戻らない。別の救急外来の家族の子どもが飽きて、親をゆすったり叩いたりしていた。私はチラシを待合室の目を無視してチラシを折った。今夜「わーく」の支援者募集呼びかけを配らないと、団体に配布するチャンスを失ってしまう焦りがあった。病院に到着してから7時間が経とうとしていた。

母に物を持たせられないので、弁当を抱えたまま病院を後に、駅ビルでソバを半分食べ、市役所分庁舎へと急いだ。

コミュニティホールでは、すでに高橋さん・上杉さん(茅ケ崎・寒川自閉症児者親の会)の講演が始まっていた。受付でチラシ配布許可をいただき、講演を聴いていた。Q&Aや事後の発言の場をいただき、チラシは40部強持ち帰っていただいた。Kさん、感謝します。

終了後、市役所前から病院までタクシーに乗った。渋滞があるから、地下道ではなく陸橋を渡れば歩くより早い。

慌しく病院に戻ると母がいない。父は一日だけ検査入院が決まり、携帯電話に出た母は、とりあえず自宅に引きあげ、父の寝室を整えていた。遅い夕食を弁当で済ませ、明朝の分担を確認。ひとり学習指導依頼のメールに応え、傾聴に突入。いつもより1時間早く終了。今こうしてレポートを書いている。妻子を失ったものは、こうした状況を戦いのようにしか感じられない。しかしその感覚がひとの信用を失っていく。成せばひとは離れる。

昨日作った、就労支援講演会の「ダイジェストちらし」と、「わーく規約」の校正を済ませて今日は終わり。今夜は wikiの調整はお休み。



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茅ケ崎市女性センターで不登校・引きこもり青少年と食事会を始める予定

2006-09-27 05:14:44 | 引きこもり
@niftyのOpen Pneを設定した。まだデータが入っていない。今夜は、ここまで。

子どもネットワーク会場チラシを作っている。連続後援会の紹介。10時からドロノワ倶楽部あねもねWS。14時から広報、16時に市障害福祉課、18時半から子どもネットワーク、地獄の重なり。今日はこれにて。DAISYの開く世界の話、サポセンで話す予定。印刷をどこの時間帯でやるかが問題。

あねもねWSを拡張、もう一日、茅ケ崎市女性センターで、不登校・引きこもりの青少年と食事会(含菓子作り)を、月1回実行する。ここに障碍領域のメンバーも招待する予定。詳細は今夜。

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広報ちがさきに11月講演記事を申請/@niftyにHPスペースを確保した

2006-09-26 06:52:52 | 引きこもり
SNSにwikiのpneを使うことに決定したものの、カスタマイズに手こずっている。HP & Space が出来ないと「わーく」紙も宙に浮いてしまう。少々焦り。

HPのスペースを@niftyに開設した。とするとOpen pne のほうが理に適っているかもしれない。とにかく操作が単純であることと、携帯アクセスを保証することだ。

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茅ヶ崎市市民活動推進課経由で、11月の武藤啓司さんの講演を広報ちがさきに掲載してもらう手続きをとった。とにかく2か月前までには入稿していないと、検討対象にならない。申し込んでも前回のように載らない場合が多い。しかし、一応申し込みが済んで一安心している。

サポセンの「情報ひろば」やHPにも数日中に記載申請する。今回から他の情報メディアにも話を乗せてもらうことにした。ただし、10・11月とも引きこもり関連の企画なので、障碍領域の団体には、ケアパートナーの構想が伝わっていないために浸透しない困難がある。CMリーフレットを作る必要があるだろうか。

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来年度は、無業者青年たちの地域活動(就労を含む)を具体的に描くことに集中する。障碍領域の仕事を提案していく。ここにすべてを集約するのはおかしいという批判もある。考え方を別段ここにすべて絞っているわけではない。ただ協働することによって彼らが動き出す出発点は、広義のケアから始まると思っている。出発点は部分から始まるものだ。そこが議論のずれを作っている。

しかし障碍者差別は根深い。同一視を嫌う発想が見え隠れしてならない。

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9/27(水)18:30~茅ヶ崎市役所分庁舎で「子どもネットワーク」が、茅ケ崎寒川やまびこ(自閉症児者親の会)の上杉さん・高橋さんを講師に呼ぶ。\500-の価値あり。お勧めです。私も参加します。

そんなわけで、チラシを今日じゅうに発行する必要あり。いま、焦って作成中。しかし水曜日は予定が立て込んでいる。夜の仕事だからこなせるが、昼間の勤務だったらまず無理だ。

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医者に行った。下痢は風邪が原因という。熱も出なければ、くしゃみも出ない。ただ下痢だけが続いているのに風邪とは。昨日から乳酸菌整腸剤と医者の薬を飲んで、なんとかなれと腹に説教している。しょうもない話なり、5日目になる。

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朝、当人から相談の電話が入り…/インタビュー記事1号は

2006-09-25 06:36:48 | 引きこもり
昨日の朝、コンタクトを取りたがっていた当人から、直接我が家に電話が入った。明るい声だった。正直言ってほっとした。日常生活の中の困難を理解してくれるひとに、相談したかったようだ。電話は考えてみれば、彼女の自宅に電話しているので、ナンバーディスプレーで我が家の固定電話の番号は読み取れる。

しかし油断は禁物、数言言葉を交わし、私がお気に召さなかったようで、たちどころに切られてしまった。まいったなと思いつつ、無理押しをせず、時間をおいて彼女の自宅に電話をした。私が気に入らなくても、相談を受けてくれるところは、伝えておいたほうがいいからだ。

「私は失格だったみたいだけれど、次のところに電話してごらん。」と切り出し、「辻堂ぽれぽれ」や、公共相談機関を担当者名付で数件紹介した。とくに「ぽれぽれ」では、今度の火曜日の午後には、私も辻堂に午後で向く。良かったらおいでと誘った。

こういう例は以前からある。特に男性相談者は同性を避けることが多い。その場合も最低限先方が必要となる情報は、簡潔に伝えることにしている。勿論、先方の精神的な安定が、一定程度見込める場合だけだ。

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この3日間私は痛まない下痢が続いている。便意に追い込まれることはないので、返って不気味。糖尿病食事治療が影響かと思うが土日がはさまってしまい、ちょっと外出を控えてデスクワークに切り替えている。今日かかりつけの医師に何を言われるか不気味なのである。

「わーく」の@pne版は、ひとつ困ったことがある。SNS参加者全員に生年月日を必須項目として記入させるのだ。これはやりすぎ。ここを直したいが直すようにできていない。プロバイダが個人情報を集めている感じがするのだ。@wiki版を突っ込み始めているが、条件は同じか?

皆さんは「引きこもり」というイメージをどのように思い浮かべているだろうか。11月の武藤啓司さんのポスターをどのようなデザインにするか考えているのだが、就労に振らずに、引きこもり青年を抱える家族にも伝わるデザインにしたいのだ。武藤さんの話がフリースペース的な活力を語ると予想するのだが、これに乗るとなぜか、イメージが学校の部活じみてしまうのだ。もう少し個人に引き寄せて表現できないかと考えている。

「わーく」の印刷版は、今日から情報源の転載許可を取る。試作版を呼びかけ文とともに持ち歩いて、参加者を募る。呼びかけ文は「懇談会通信ピックアップ」に載せる。

しかし体調に乱されて、市民文化会館の申請を今日やれるものと勘違いした。会館は日曜営業月曜休みの上、今月は火曜日も休み。水曜日は午前中からドロノワ倶楽部あねもねWSがある。午後抜け出す以外ない。

今回から、講演会参加者にメールでお知らせを送ることにした。またインタビューを載せることに。今回は行政関係の方になる予定。

今日は医者と、市産業振興課・藤沢ハローワークを回る。夜、「わーく」が印刷できればいいのだが。

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青年層相談者が増えています

2006-09-24 07:03:12 | 引きこもり
茅ケ崎サポセンに、心の苦しみを訴えて女性の方が飛び込んだ。サポセンは相談機関ではないために、構成団体の中で関連のありそうな私のところに話が回ってきた。私は拒否する立場ではないが。心理カウンセラーでもないので、地元の相談機関とつなぐ橋渡しをしている。

昨日はその方のコンタクトと、偶然もう一件の相談を受けていた。もう一件は、30代になる方の学校への再挑戦の話。うつから引きこもり期間が長かった方だった。

私は仕事の関係上、中高生の年齢、ハイティーンの子たちの学び相談が多い。それがここのところ、20代後半以上の方からの問い合わせが来ている。フリースペースを持っていれば、受入れも可能だが、他の支援団体や就労相談機関への仲介を行うことになる。中には専門職の経歴の方もいらして、私としては「『わーく』編集部」を腰掛にしてくれないかなという思いがある。普段はオンラインのお付き合いだ。発行前に顔合わせをする。

もちろん、苦しみの渦中の方たちだから、何を暢気なというお叱りは受けても仕方ないところだ。しかし、私は自分のコンディションを整える作業は、静かな静寂の中で心を整理する場面と、自分なりの関わりとテンポで、他者と交流する場面があっていいと思っている。経験則だが「ひとは必要とされる他者のために情熱的になる」のだということ。引きこもりの方の多くが、ここの挫折を経験している方が多いから無理な背伸びはいけないが、自分の世界の再構成を行うことは必要だと思っている。

結局、昨日は「わーく」の紹介リーフレット原案と、某助成金申請の書式書き込みしながら時間切れとなってしまった。

楠の木学園学園長・リロード代表の武藤啓司さんの講演が11月末に決まったので、月曜日の部屋の正規登録が済んだら公開するが、引きこもり分野では著名な方だが、障碍分野の方は無縁と考える方も多いので、そこを架橋する構想を明記したチラシの準備も進める予定でいた。これは午後から着手する。

●「使い捨てられる若者たち」スチュアート・タノック著・大石徹訳・岩波書店刊・ISBN:4000014005

を入手した。アメリカのフリーターと学生アルバイトの労働のルポ。


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武藤さんの日程調整と、福祉PJ例会の報告

2006-09-23 07:07:38 | 引きこもり
「わーく」に使うQRコードの生成ソフトを使ってテストをしている。DoCoMo指定で試してみたがPC画面上では認識しない。印刷は夜が明けてからだ。認識しないのは、なぜだろう。ソフトは「easyQR」と「QRWindow」を比較している。PC画面上は、両方ともダメ。

「easyQR」には「マルチキャリア対応」の設定があるが、操作画面が洗練されていない。一方「QRWindow」は「一括処理」という印刷ツールがあり、多数の画像印刷があり操作画面も洗練されているが、「マルチキャリア対応」指定はできず、cell各社ごとの対応となる。

「わーく」には、そう沢山のQRコードを並べることは出来ないから、ソフトの洗練度が低いが「easyQR」中心に試している。印刷した紙面上で読み取れればこれに越したことはない。

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武藤啓司さんの講演日程をレギュラー間に回している。武藤さんも福祉就労と一般就労は別の話で、いっしょにしないほうがいいという論であり、障碍領域の関係者も引きこもり関係は無関係というような感覚が強かった。過去形なのは、軽度発達障碍の話がクローズアップされたことと、その中に引きこもりの方が重なっている場合が多いといういう知識が入ってきてから、知的障碍の分野からは、縁が遠いと判断しているため、この双方のギャップを超えていく構想の内容を周知していく必要がある。

くりかえしになるが、人は関係の中に生きているのであって、

「必要とする他者のために情熱的になる存在」

であり、個人の心の状態を客観観察して能力判断するのは、手のひらで水をすくうような過ちを犯している。大事なところが抜け落ちているのだ。

この関係性のコーディネートが大事なのであって、ケアするスタッフ側にチームの一員として位置づけられたなら、荒唐無稽な話ではないのだと思う。その事例はおいおい出していく。

しかし常識の壁は厚いので、武藤さんの講演がレギュラーの方にとって、イメージの転換につながっていくような話を企画したいが、足を運んでくれるかはわからない。参加者集めは極めて不安といえる。どう周知していったらいいのか作戦を思案中。


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サポセンで「福祉PJ」例会があった。鶴が台団地自治会関係者のT氏が参加。レギュラーのふたりが病欠。次回は(財)神奈川県母子寡婦福祉連絡協議会の会長、佐藤かよさんを講師に依頼する予定で、動き出した。今年度は福祉の関連領域をずらり概観をたどり、境界の課題を洗い出していく。
講演は10月中の夜。

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引きこもりの方のご家族と面談した。いろいろな事情があって、噂に、より安全な場所で対応するということで、マクドナルドを使った。ハイティーンの若い子しかいない店におっさんやおばさんの目ざわり集団が割り込んだ。彼らなら他言はしない。お邪魔様でした。

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以上
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就労支援講演会:楠の木学園の武藤啓司さんに講師を頼みました

2006-09-22 06:26:16 | 引きこもり
横浜小机の楠の木学園にお邪魔。武藤啓司学園長に、この間の経過説明と謝罪(綿引さんの一件)、そして11月の講師の依頼、頼み倒してきた。OK!感謝しています。

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神奈川県の引きこもり支援諸団体のネットワークの紹介と、就労支援活動の視点とその活動状況を話してもらうことに、もう一点は神奈川県青少年課との協働によって生まれた「リロード」(4月からは契約期間が終了し、NPO法人として再出発)の活動が生み出してきたものを、官民協働の成しうるものと限界の話を混じえて語ってもらうつもり。まだ武藤さんとの話し合いの中で、なぜ障がい児者と引きこもり・青年無業者(ニート)との接点を求めるかという点が、一般理解の状況から来る空転と狙いとのギャップそのままに残されている現状なので、ここはメール等で説明追加をさせてもらうことに。

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話を継続して交わしてこなかった茅ケ崎市障害福祉課のベテランの方が、私たちの担当となり、就労相談窓口設置効果なしと判断されたのも、ここ。この活動は、交点・境界に生み出される活動で、福祉的就労の窓口を作るのではないし、一般就労のみの窓口をつくるのでもないことが通じなかった。窓口は引きこもり・ニートの青少年の就労に焦点があるが、その窓口はピア・カウンセリング的な個性を持ち、就労しゃべり場という混沌から諸活動を引き出そうというものだった。この部分がまず通じない。つぎにこの就労しゃべり場(今は『わーく』紙編集部が代行)のなかにあって、「ケア・パートナー」という価値観をめぐる実験が行われる。


*ひとは自分のためというより、かけがいのない他者のために情熱的になる存在である。(他者を媒介して自己変革する存在)

*引きこもり青年たちをケアの当事者スタッフとして、同世代の軽度障碍の青年と協働することによって、互いにちょっと背伸びの関係を生み出したい。


この考え方の部分だ。ひとを外界とセンサーでつないだシェルター(脳内)にいる小人の体調に従属させてしまうのではなく(心身の物化)、他者との関係の中に響きあうもののとしてひとの活動を立て返していく実践なのだ。その地域のパートナーとして、あたかも仲人のような活動をしていこうとしているのが私たちの活動なのだ。働くことは経済的自立による大人社会のパスポートを得る偏狭な活動ではありませんよということ。臨床心理の常識からは、はずれた実践だ。

講師にお願いした武居光さんが、初回から強烈なパンチを打ち込んできた。「引きこもりも生き方のうちです」という言葉も重なって、種火はくすぶっている状態なのだ。

常識で裁かれれば、何を馬鹿なことをとなる。特殊な組み合わせですべてを語ろうとしている、別に考えるべきという意見も生まれる。数えるほどしか採用されない、障碍者の企業就労の現状を知らない素人論、窓口効果なしという頑迷な論をどこまで説得できるか、個別面談による就労への采配方式の抜け落ちた部分の大切さをどう説得するか、常識の前に、ことごとくつまづきつつ進むことになる。

この活動には、確かに「公的な支援の狭間に落ちている軽度発達障碍者への支援」というもうひとつの大切な目的がある。何回も企業就労に失敗した方が、最面談に訪れるのと、苦しみを分かち合う就労しゃべり場のスペースに顔を出すのと、どちらが敷居が低いだろう。同じような悩みを持つものが、立ち寄るのも、職場の状況を語りに来る者も参加できる混沌の舟を漕ぎ出したい。ここにくれば、気持だけでなく様々な就労の私的公的情報が入り、地域で起業・社会活動をするならば、相手が居るという場が、ひとを変える。

地域活動への媒介やら、市民活動から見える世界の提供などネットワーキングの出発点活動でもある。差別が横たわるから実現不可能という論もある。お互いがお互いを知らないのだ。そこを埋めていく活動もまた私たちの活動なのだ。

武藤さんには、焦点の絞りにくいしんどい語りをお願いした。しかしこれが、引きこもり領域からの第二弾なのだ。(第一弾は『アンガージュマンよこすか見学』)

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p.s. フリマに何か出せというので、「おかき」を出して好評だった。また「おかき」を頼むというので、「海苔の菓子」を出してみようかと思いつつ、日程表とにらみ合っている。しょうもない性分だが、今回はダメかなと…。

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「わーく」紙、印刷製本技術の問題を超えるために

2006-09-21 07:00:06 | 引きこもり
NPOちがさきの全体会に出て、家に戻ったら汚い話ですが、下痢が始まりました。37.8度、熱も出てきたのでかかりつけの医院に駆け込み、薬をもらってごろり横になっています。明日また診察してもらいます。風邪かなあと思いつつ、自覚症状が下痢だけというのは悪いものを食べたかなと、岡山の3日間を振り返っていますが、糖尿病の減量中、管理食以外は食べていないし…。

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全体会では各PJの進捗状況の確認をした程度で、福祉PJの次回候補が決まったくらいのもの。福祉領域の摘み食い風ですが、母子福祉が次回のテーマ。拡散するので詳細は省略しますが、

茅ヶ崎市母子寡婦福祉会会長・佐藤かよ さんが口説き第一候補。ベテランです。

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「わーく」のお試し号を作りました。仮原稿なので体裁だけ。しかしこれだけで問題が出てきました。

紙質・発色・切断技術・フォント選定・予定転載許可のルーチン化・コスト・配布形態
回収サイクル・編集部要員確保・資金調達

まあ最後は、当面2店だけなのでポケットマネーで大丈夫ですが、巡回配布となったり、電話相談受付(SOF体制を流用)を確立したり、たまり場を設置したりという用件がでてきます。

たまり場については、当座茅ケ崎サポセンと藤沢推進センター回り持ちで定例会をたてようと思います。2人だけというのが想定される悲惨な状況。不思議ですよね、3人になるとなんとかなってしまう。

正確な両面印刷が静電印刷(コピー)だと切断位置が揃わないのです。下地は単色、切断が大型押し切りに、厚み補充の不用紙の台をつけ、一挙に切る。それでも失敗が多い。

印刷の赤の発色がひどい。静電コピーするともっとどす黒くなってしまう。フォントがサポセンや推進センターのPCに入っていないためにMSゴチに戻ってしまう。そこで画像として事前に作っておき,貼り込むこと。ところがこれをやると文字の輪郭がぼやける。適切なカットが見当たらない、コピー用紙は折るには薄いし、写真用ハイグレード紙は高いし…というような技術的な問題が出てきている。当初のA6版からA7版へ。メインHPと連絡先などは2つのバーコード化。

HPにイベント性を持たせる思案。製作メモをSCF通信ピックアップに載せる。

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NOTAはフラッシュベースだから携帯対応していない。代わりのWikiは、大らかさがない。この谷間に右往左往している。いっそ古いお絵かき掲示板を走らせて暫定の形をとるべきだろうか。
Wikiコミュニティの意味が説明が必要なようだし、参加最低条件の名前・年齢・住所・生年月日という個人情報からは、やりすぎの設定になっていて、そこを環境製作者に任せてくれないので、他のプロバイダも探している。

マニュアルがいるなと思う。何を狙っているかが伝わっていかない。

携帯版画面を撮影する必要あり。

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今日は通院後、横浜へ武藤啓司さんの説得にいく。自分の蒔いた種の刈り取りの風もある。罰。

菅居さんに事後報告をこれから書く。来年度企画開始、連続講演会偶数月は「わーく」に関連付ける。

では。

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「NPOちがさき全体会」への報告メモ

2006-09-20 06:24:02 | 引きこもり
バス往復泊の疲れが出て、うたた寝から目覚めたら5時をまわっていた。傾聴メールに答えていたら、6時をまわり、今日はメモ程度に書いて終わりにさせてもらう。

今日はNPOちがさきの全体会だ。福祉PJの報告がある。茅ケ崎市障害福祉課からK氏に来てもらって、講演と懇談を行った件を報告する。福祉PJの役割はトップダウンの活動であることだ。障碍領域の垣根を越えて、地域と生活の観点から「現在の活動の壁を超える手がかりを領域のバウンダリーゾーンの中に探る」こと、「地域と生活の理想の実現」ではないことがカギ。

この場でPJ役員に資料を提供。新刊書籍の中から気になる本を2冊。


「情報共有サイトの作り方」(ISBN:4-86167-125-6)
「児童虐待」(ISBN:4-00-4310-X)

 朝日新聞社説(敬老の日>「敬老の日 引き算の介護もいいね」)

 ----- 新聞記事の追加。

「わーく」紙発行の進捗状況・同HP作成の進捗状況

時間の関係で、岡山の市民活動関係者との接触は出来なかったこと。(中途半端な空き時間)

以上

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「教育」にこだわる

2006-09-19 07:15:01 | 引きこもり
岡山の教育心理学会、今回は不登校関係の自主シンポには参加しなかった。岡山駅に朝、着いたとき、他の学会で同じホテル泊となったことで知り合ったKさんと偶然再会した。開場まで時間があるので朝食をご一緒させてもらったのだが、この2年、Kさんは中学校から地元の教委に異動されていた。

K氏は私の髪の変貌ぶりに慌てたというような冗談を語りつつ、今日の私の予定を聴いて、自主シンポは一緒にという申し出をされた。私は教員の世界からすれば外野、私教育の水に馴染んでいる。「授業」という議論の土俵上の世界の話を聞きながらも、教員と生徒という関係の中から森羅万象を発想するような偏った匂いが、クローンのような世界にいながらこの年になっても好きにはなれない。

私は11月の講演会の講師候補に、楠の木学園の武藤啓司さんを勝手に考えていたので、80年代末の古い本だが「やさしさを学ぶということ」(ISBN:4-275-01255-0)を持参していた。前に読んだのが十数年前で、記憶が薄れていたからだった。この書は武藤さんの原点が染みこんでいる書だと思っているので、移動中、再度たどりなおしていたのだが、武藤さんの自分のすべてを注いで子どもに向かっていく姿の前で、「でも、何で子どもに関わるの?」という白けた言葉が私の脳裏に浮かんでくるのだ。教員と生徒という関係の中で世界が組み立てられているのは、学校という舞台をめぐって展開しているという「当たり前」のことだからか。でも教員は、なぜか子どもと学びを媒介に向かい合っているこの場のことを問わない。勿論、私は、ひとの生き方をめぐって真剣勝負していることを茶化しているのではないのだが。

ことはこういうことだ。人は何らかの関わり(そこには、社会的な枠組みがあります)を通じて、ひとと出会うということ。ひとと語り、場を分かち合うということは、その関係性を土台の転換の可能性を含みつつ常に再構築しているのだということ。私なら枠組みに自覚的に関わることを通して、その枠をはみだしていくということ。つまり、教員と生徒をつなぐ学びを通して、その関係を拡張していくのだということ。(その先のよく言われる『人間として』という立て方も、無条件にウンとはいえないのだが。)

武藤さんの著作は、残念ながらKさんは読んでいなかった。稲取くんという児童の成長に伴走してきた武藤さんが、彼に語りかける手紙の形式で、重い家庭環境にある彼の人生に寄り添ってきた経過を、彼宛てに追認する形になっている。武藤さんは、情を知りつつ情に流されることはない微妙なスタンスを持っている。ここがすごいところなのだが、このスタイルは釈迦の手のひらに子どもを操作翻弄する思想の糖衣となる危うさがある。

Kさんと話しているうちに、土俵内の細論が関心の主流な学会の話が、なにやら白けてきてしまったのだった。目的の会議には参加できたし、傾向はつかむことが出来た。しかし、その論議の箱庭感が払拭できない。大きなはみだし構想を孕む発表も実はある。しかしそれも出発点しか明示しないまま、実践となると公教育の枠組みに取り込まれてしまう。異質なものをとりこむネットワーキングの発想が無いために、未成熟がゆえに部分である実践が、結局は分業の中で生きていることを固定してしまう。なしうることを波紋のように周辺に拡げていく活動ができないか。Kさんから極論と批判されつつ、偏屈な私はそれを彼の前で勝手に納得していた。

Kさんには、太宰治流でいうと「とかとんとん」なのですよと伝えた。これ、時限爆弾である。

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今、資料をすべて宅配便に頼んで、メモだけ車内に持ち込んで携帯で書いては、自分のPCメールボックスに小分けに送っています。しかし年を食ったものがやることではないですね、バス泊2泊は。金欠ゆえやむなしといいつつ、一方で、めぼしい資料を買い込んだ。教員の性を語りながら、関係書を買い込んでいるのだから話にならない。

今までは私の学生時代の知り合いが、ひとりやふたりは生き残っていたのだが、今回の特徴は、私が押しかけで交流させてもらっている研究者の方とKさんを除くと、全く知り合いがいなくなった。皆、退役かなあと思いつつ、余った時間を隣の岡山駅構内をうろうろ。

私の仕事は外勤講師。サポート校の学習カウンセラー兼、講師の交代要員だ。だから喫茶店授業の場では子どもとあれこれ語る。しかし就労支援の場面ではなかなか直結した話は出てこない。情報が即、役に立つ立場ではないなあと、わかりきっていたことを思いつつ、職リハ学会の方が話がダイレクトだったのだが、選択をあやまったかと、コーヒーをかきまわしている。

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バスが新宿に着いた。朝食をとりながら書き溜めた原稿をPCでつないだ。ばらばらの文書お許しを。

さて今日は家に帰って爆睡です。では。

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これから出かけるので>閑題「圧縮空気燃料給湯器セールス」

2006-09-17 18:10:50 | 引きこもり
今日は、これから出かけるので、書き込みはこれで堪忍してください。

家にいると、不可解なセールスがやってきます…


出かける準備をしているところに電話が鳴った。電話に出た父は「**さんですか」と祖父母の名前を出されて面食らったようだ。二人とも故人、残った祖母が逝ってから5年が経っている。確認電話の出来ない日曜日に年寄り相手でセールスが来ること自体怪しげではある。セールスマン2人組がやってきて、環境保護につながる給湯器であると父を説得し始めた。

1)来年から光熱費に環境税が加算されるから、対策を打つ必要がある。

2)この給湯器は都市ガスを使わないので、その分の燃料費が安くなり、環境に優しいのだと説く。

3)深夜の安い電気で空気を圧縮して、空気を燃やすから安くなる。

4)「毎月の電気代+給湯器電気代¥1,000-」×0.85(電気夜間割引)

5)燃料が空気に変わることによって約8割のガス代を節減
  「毎月のガス代」×0.2

6)その節約経費は月1万円ほどになる。

???????

父は矢継ぎ早の論法に困惑して、私に代わる。

私:
空気って圧縮するとそれだけで燃えるのか、初めて知った。(燃料の代わり)
電気が安いのは夜間だけ。なのになんで全体に割引かかってんの?
給湯器の値段が入っていないね。
この会社名、インターネット検索してみたら何軒もでてくる。会社の信用を見させてくださいね。
東京ガス・東電に料金確認し、消費者センターに被害が出ていないか確認させてもらいます。

セールス氏:
…御購入の折には、ご連絡下さい。

署名と車のナンバーメモ取っておけばよかったなと。
警察の市民相談係に経過と名刺のすべてをFAX。押さえをしておいた。
油断も隙もあったものではない。

小中学生のお子さんに聞いてみてください。

「圧縮空気って燃料になるのか?」と。



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茅ケ崎養護学校祭、巨大シャボン玉を飛ばしてきました

2006-09-17 06:24:54 | 引きこもり
9時半、巨大シャボン玉液を抱え、茅ケ崎養護学校に向かった。タクシーのボンネットを開けて荷物を下ろしていると、関係者のひとたちとすれ違う。がどうも様子がおかしい。知人の顔が少ないのだ。K先生に中庭に誘導されてやっと理由がわかった。夏休みの流会の穴埋めのために、参加者の規模が縮んでいるのだ。

既にシャボン玉おもちゃを並べたコーナーが出来上がっている。中庭には庭木が植えられていたと思われる玉砂利の部分があって、その脇に資材を並べられるように準備されていた。昨年、シャボン玉が敷石の上では滑って危険という反省を出した件が生かされていた。段ボール箱を開いて周辺に敷き詰めてくれた。

この場所でS子さんは、私の準備を手伝ってくれた。夏日の薄曇りの熱気がやがて激しいにわか雨に変わった。そんな記憶が蘇ってきた。私は客寄せ、バトミントンラケットのネットを取り去ったものをバケツに入れた液に浸す。これを振ると大きなシャボン玉が宙を舞う。S子さんはコップに取り分けた専用液とホース片を配る脇役を分担され、ぼんやりと空を眺めていた。どう観客と接していいのかわからない風だった。

私がバトミントンラケットで模範演技を「やり損ねて」笑いが起きている最中、S子さんは無頓着に両手を合わせては、手についた液の感触を確かめていた。ホワイトノイズが突然聞こえたような気がして、S子さんを廊下に誘導して座らせ、荷物の見張りを頼んだ。黙って頷いていた。

その同じ場所に荷物を置き、私はひとりでラケットを配っていた。誰もいない配布用コップのテーブルの脇にぽっかりと空いた空間を何度となく視線を向けていた。背後から細かいシャボン玉が湧き上がり、小学部の子がシャボン玉銃で私を撃っていた。倒れろというが足の悪い私にはその芸当が出来ない。胸に手を当てて、やられたフリをするが、眼差しはその子から廊下の荷物の方へと流れた。誰もいるはずのない廊下。子どもは白けて、教員に矛先を変えてしまった。不器用な悲しみが子どもを遠ざけてしまった。

シャボン玉は好評のうちに、3人の名人を作って終わった。開会式も閉会式も、私はコーナーを離れられなかった。転倒事故の可能性があったからだった。参加ボランティアの招集がかかり、バスカードの配布があったが、私は呼ばれない。実行委の正規団体ではなく、飛び込みの扱いだったからだ。参加者を眺めてみたが、やはり数が少ない。半分位だろうか。

昼過ぎには店じまいを終え、無事タクシーで帰宅した。あっけなさ。私のシャボン玉は子どもの心を乗せて宙を舞っただろうか。歓声も笑顔も集団の所属感を感じ取ることができてこそ反芻することが出来るものだ。呼ばれて演じ、慌しく帰宅した私には個々の子の顔しか浮かばない。

シャボン銃をむけてきた子、ゆらりラケットを揺らすときが一番大きなシャボン玉ができるというコツをつかんで、1時間近く私の代わりの演示をしてくれた子、どうしてもラケットを握りたいが車椅子からでは、膜面が割れてしまい、何回も何回も、ラケットをその子に渡してやっとシャボン玉ができたときに、閉会のアナウンス。私とその子は、話を無視してラケットの受け渡しを続けた。もう一度、シャボン玉ができたとき、その子の気力が切れ、ラケットが投げ出された。べそをかきながら笑顔を見せている子と、危うく閉会のガイドに従いそうになった私。ひとの輝きは均等ではない。「閉会」を「潮時」と私は読み替えていた。

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養護学校の教職員の皆さん、準備や安全対策、ありがとうございました。

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S子さんの私の一周忌は秘かにこうして終わった。

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コメントを読みました。

キャッチボールはひとりではできません。他者と共同しなければできないことがあるのです。私の怒りや悲しみをたどると、他者と隔てる溝へと誘われます。そのとき、その断絶を架橋する試みに私は力を注ぎます。わからない溝に地の果ての大きな滝や、地を支える象を想定するのは人の営みの常道。密林の奥に災いの化け物を置くのも理由は別のところにありますが、その禁忌を神と置く文化の営みを思い返すべきです。深瀬におののき、対岸に嘆きを返すのもひとですが、その状況を見極めては超えてきたのもひとです。

超越したものを置いて、思考停止することを私は善しとしません。その思考停止の隙間に恣意的な操作を忍び込ませる卑近な輩もいます。ひとは獣にも羊にもなってはいけません。丁寧に道を洗い出し、成しうることを成す。私のいま・ここを踏みしめます。超越論理を捻出するつもりはありません。

あしからず。

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明日は岡山。今夜バスに乗ります。PCは持参します。
では。
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シャボン玉を養護学校に

2006-09-16 05:24:16 | 引きこもり
SNSのメインゲートを作って、分岐の下地を調えた。どうも勝手が違って先に進めない。「わーく」編集部は、招待制を取る。公開BBSは別個にたてている。

今日は茅ケ崎養護学校にシャボン玉をやりにいく。保存液が熱で凝固してしまったようなので、新しい液を持ち込む。タクシー代が痛い。

今日は特別な日だ。昨年の夏、故・S子さんと茅ケ崎養護学校でシャボン玉パフォーマンスをやった。あれから1年、時が走り去ったが、生傷は口を開いたままだ。S子さんは、生きることを問い続けた。そして疲れて服毒自殺という最悪の幕引きをしてしまった。そして今年、同じ場所でシャボン玉を宙に飛ばす。

今年「わーく」発刊にOさんが参加した。プライベートな質問に淡々と頷き続けていた。六会の共同作業所取材を済ませて、数日後、ヤマダ電機のTV売り場で高校野球決勝戦再試合の観戦中の彼女と偶然通り合わせたのが最後になってしまった。Oさんは急性心不全。ステロイド・ショックだ。持病との闘いの中で生き抜こうとし、肉体に裏切られた。

ふたりの若い魂に生き残った爺さんが、何を語ろう。「生きていけばいいことが生まれてくる」というウソ偽りのない実例を見せること。「YJSを核とした地域活動」を「わーく」発刊活動からたぐりよせてくること。

9時半にタクシーが来る。9時まで仮眠。
ふたりに合掌…。

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