湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

4/29 「『わーく』PicUp No.042 即時避難が難しい人の 被災孤立を防ぐ携帯」紙面より

2014-04-30 05:38:13 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/29 記
-------------

今回は「『わーく』PicUp No.042 2014/05/12」の最後の紙面「即時避難が難しい人の 被災孤立を防ぐ携帯」の草稿です。平障連の会で、最低限の防災活動ということで、紹介したとき、「汎用個人医療情報QRカード+SOSカード、避難協力者表明サイン、携帯メール」の3つをあげました。その際、携帯所持者は多いものの、メールを使っていないことが分かりました。そこで、メールを取り上げました。前回の「避難協力者表明サイン」と同様、最低限の準備で始める災害対策です。当たり前が大事。

----- ここから ------



///// 即時避難が難しい人の
             被災孤立を防ぐ携帯/////


☆災害に備えて私たちは様々な要請を受けている。確かに災害に各家庭・個人が集団避難行動を身に付け、危機脱出策を講じることは備えることは必要だし、地域の絆を育むことも助けを得るという点で必要だ。見返りに隣人の援助もやむ終えない。しかし、いつ起こるのかわからない物事に金や労力を割くのは面倒だ。第一、口うるさい隣人と責任の重い関わりを持つのは、憂鬱でしかない。なるようになるさ…そんな想いを描いていまいか。なかには、我が家には寝たきりの親がいるからとか、障がいを持つ身内をかかえて、迅速避難なんてできないということで、運を天に任せるという想いでいる方もいよう。特に後者の「要援護者(災害弱者)」を抱える家族は、集団避難行動にあわせること自体が困難だ。

☆では防災グッズと非常用食料や水を備蓄することも、値段を見ると気が向かない。災害が起こらなければ、備蓄食料や水は保証期間が過ぎたら捨てることになる。そういう気持ちを変えることは、なかなか難しい。最低限、何を準備しておいたらいいのだろう。常温保存性が高く加熱の必要がないレトルト食品を普段の食事に使って行くとか、調味料は空にしない、ビニ袋はためておく、大切な通帳・印鑑類はまとめて持ち出せるパックに入れておくというような、「日常生活に重複した工夫をする」という視点を出来そうな範囲で実行するのがいいが、「絞り込んだらこれだけは」という基準で選ぶものは、「生存の確保」ということになろう。「避難先(合流地点)の家族内確認」と「靴・メガネ・入れ歯・衣類(冬季は防寒衣)確保」、そして「携帯電話と電池式充電器」がいる。

☆この「携帯電話」は、大災害時、回線が使えなくなってしまうが、特に自主判断を要求される「要援護者」を抱える方は、情報メール受信と救助と生存表明の「メール」を使うこと、緊急音の発信源機能を使うことなのだ。通話は発災直後から回線飽和で通じなくなる。しかし「メール」は、発信できれば、時間がかかるが相手に届いたという事例を、東日本大震災のなかで体験した。

☆大地震で建物が崩壊し、その建物の下敷きになって身動き取れなくなったとき、人家離れた場所に外出中被災したとき、地元障がい者団体のSNSまたは、特設メール先にメールを送るのだ。障がいや傷病等のため当事者さんの操作は難しい場合は、ケアしているご家族などの方が、メールだけは使えるようにしておきたい。「いま・どこ・だれと・状態・要望」を団体特設メール先に送るのだ。また、地元所属団体は、「受け皿特設基地局設置・生存メール集約と要望対応」を日常から運用しておく必要がある。視覚に障がいがある方は、音声入力・読み上げ等アプリを組み込んでおく必要がある。また携帯には、防犯ブザーアプリを組み込んでおくといい。救助隊が探しにくるときに、音を出して、生存表明するのだ。上記タイトル右端はiPadのアプリだ。非常用防犯ブザーと、メール、通話が組み合わされている。

☆身動きが取れない方は、「ネットワークの中に身を置け」ということだ。それをつなぐのが「携帯メール」だ。また長期間停電もあるので、電池式充電器がいる。非常用代替電源だけのものがある。充電能力があるものを準備するようにしよう。また、最新のスマホは画面がつるつるなので、昔からの携帯(ガラパゴス携帯、略して『ガラ携』とも呼ぶ。)がお勧めだ。
(飛田)

------ ここまで ------


夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

コメント

4/28 「『わーく』PicUp No.42」の「金曜ミニ・カフェ 5/19」紙面より

2014-04-29 06:27:25 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/28 記
--------------
今回は「『わーく』PicUp No.42」の「金曜ミニ・カフェ」紹介画面草稿を転載する。

---- ここから ----

☆☆金曜ミニ・カフェ 5/19(金)19時~20時半 サポセン☆☆
 =3.11災害と防災の映像を観よう=
<第2回>
☆「NHK 被災地の福祉はいま(1)居場所を失う子どもたち
(2014/03/17 ETV 30分 字幕非対応)
☆「NHK ろうを生きる 難聴を生きる
  災害に備える~情報を得るために~」
(2013/09/22 ETV 15分 字幕対応)
---------

●今回は前回の「ろう者の被災」に引き継いで「災害に備える~情報を得るために~」を取り上げた。ろう者にとって、災害時不可欠な情報入手ツール「携帯電話・スマホ」を考える。配信メールは発信メールと異なり、インターネット回線のパンクを起こしにくい。地元公共災害情報配信メールと併行して、NPOによる、それぞれの障がいや地域のSNS配信メールと基地局作りの試みを紹介する。基地局は現場生存表明の送り先としても価値をもつ。宮城の事例から考える。

●今回は2本だてである。「NHK 被災地の福祉はいま(1)~(4)」を順次取り上げる。教育・精神医療・高齢者介護・高齢者地域医療を考えて行く。被災と生活再建という生活危機に取り組む大事なポールを検討していく。

●私は予備校やフリー・スクールの講師を40数年やってきた。その際、出会ってきた課題は、モラトリアムの学生世代の歪みや、障がいや生活困窮ゆえの条件や機会の不平等の諸問題に、カウンターカルチャー的な「まなび」を育てることを心がけてきた。既存の学校教育の完全履修と進学補完という、いわゆる「塾」の実用主義の立場をはみだすことを重ねてきた。なかには成人識字学級や夜間中学という世界から、在日外国人の子どもの教育、病弱や長期入院児教育も短期ながら体験してきた。博物館・美術館が行う文化教育という試みを重ねてきた。

●NHKが紹介する「仮設住宅の劣悪な学習環境・家族の危機の中の学習と進学危機」という内容から、即時的には「地域の学習室運営と教科学習補習」が出てくる。番組は「子どもと遊ぶ」ボランティアを別の番組で取り上げていたが、子どもは常に「いま・ここ」を生きていることに自覚的でありたいと思う。貧困や困窮という場面の中で、脱出の援助という活動が行われ、またそれは過剰ではない範囲で否定されるものではないが、彼は被災と家族の危機という現実の厳しい体験にも、寄り添いたいと思うのだ。

●講師に対して、家庭が透けて見えるような子どもの「いま・ここ」の訴えが番組にでてくる。そっとうけとめてやってほしい。講師には教科書の紙面ではなく、子どもに向かい合って欲しい。そのサインが出ていることに気が付いている点で、なかなかだなと思いつつ、若い講師だから話せることもあることに気が付いて欲しいと思う。これは「ななめの関係」と呼ぶそうだ。


>>>次回は 「5月23日(金)19時~サポセンにて」
「NHK 被災地の福祉はいま(3)相次ぐ新たな”こころの病”」「TBS 『震災と自閉症』小野寺凌君の被災3年」の2本立てを企画している。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、3年目の危機を考えます。
---- ここまで -----

夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)

コメント

4/26&27 「わーく PicUp No.042」原稿(一部)

2014-04-28 06:25:06 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/26&27 記
-----------------
「わーく PicUp No.042」の製作に入っている。本紙は不定期刊行だが、「読者とともに考える」という生活支援期の東北支援活動の道をさぐり、防災の中に官民協働の災害ケア・ネットワークの芽を育てるための、耕作作業というか「やりながら考える」試行錯誤紙だ。


1)金曜ミニ・カフェ(5/19 19時~)
  「居場所を失う子どもたち/山田町」
  「TBS 震災と自閉症 小野寺凌君」

2)「即時避難が難しい人の 被災孤立を防ぐ携帯」

の書き直し。反芻している。


その意味で以下は部分だが、ご覧あれ。



---- ここから ----


No.041 (その1)より続く

***「要援護者の被災保護は、
      家族保護の視点で(2)」***

☆昨年春、地元の方にお願いして車で仮設をまわることが出来た。市議会事務局の方だから、地域情報も詳しい点で助かった、感謝。高齢者が多いといわれる仮設、車椅子を利用されている方の仮設等、大船渡市(赤崎・三陸町を除く)と陸前高田市東部の仮設巡回から得た資料だが、仮設の敷地は、学校等の既存施設と公園などの公共用地が中心で、後者は人家から孤立したような場所にたてられていた。高齢者や障がい者らしき人影が窓の奥に見え、特徴は戸別訪問しても、応答がないお宅が何軒もあったことだ。

昼間、仮設は静まり返っていた。家の方は外出されているが、集会場がにぎわっていた。空き巣や粗悪品の訪問販売が事件を起こしていたために、基本は仮設の部外者立ち入り禁止となっていた。だから通行人と会ったときは、素性を明らかにして、情報収集に協力してもらった。勿論、被災の傷が癒えない方もいらしゃるので、質問は深みに立ち入らない内容にとどめ、次回調査への手がかりを作ることを心がけた。

この巡回で得たことは、大船渡市が津波被災しなかった地域が残った余力も手伝って、食事会などに出られない高齢の方をも通所デイケアで一時預かりするほどに、施設の孤軍奮闘が見えたこと、障がい者は施設を通じ、市外の施設への一時入所が行われていたこと。つまり、仮設の人影は、そこからはみでた方で、中には入院待ちの医療ケアが必要な方たちだった。巡回後、行政・市社協にお話を伺い状況を知った。

東北は車社会である。震災当日、災害弱者を抱えた家族は、移動困難承知で車に当事者を乗せて避難を図った。しかし車までの移動が無理と判断した方は、当事者に寄り添い、様子見に家に残った。前者は脱出時間と国道45号線の渋滞が、後者はその場所の標高が明暗を分けた。在宅当事者のそばには家族がいた。災害弱者を語るときに、当事者を地域登録する際も、当たり前のように思うが、この家族介護者のストレスを組み込んだプランを一体化して考える必要がある。このプランでは、避難後は出来るだけ当事者から距離をおける自由になる時間をとれる支援をしなくてはならない。場面に柔軟に応じられる支援はありうるのだろうか。      (つづく)
          
----------------------------------------------

<連載>個人医療情報QRカードの検討
      002 トップダウン型 実現の壁
 
       
●災害時要援護者(障がい者・高齢者を初めとした災害弱者の総称、最近は”要支援者”とも言う。)は、被災時、医療支援を受けたり、生活支援をうけたりする際に、自己表明をする必要が出てくる。ところが怪我や病気のために意識を失っていたり、心身の困難を抱える者・孤立した乳幼児・在日外国人等の場合、自己表明のハードルは高い。そこで健康保険証の裏面にQRコードのシートを貼って、その内容を医療関係者や行政・施設管理者に見せることを考えた。
●QRコードは、そのままでは読み取れないが、携帯アプリなどで保証されている「QRコードリーダーアプリ」を使って読み取る。そのままでは、個人情報の安全が保てないが、適度のプライバシー保護が可能だ。カードは携帯性のよさと同時に、特殊な磁気ICカードリーダーのような特殊な専用機を使わないでも読み取れるところが利点となっている。大規模災害のとき、トリアージを終えた方が、治療を受ける際、医療関係者は一挙に大人数の聞き取りが必要になる。携帯電話で読み取ることで手書きせず、デジタル情報を得ることが出来る。特に意識を失っていたり、乳幼児などは、身元や治療経歴などを代弁してくれる。主眼は急性期の治療を迅速化、直接Excelなどの表計算ソフトのデータになるなどの利点がある。また生存所在情報登録や、避難所の食事など配布物資の受け取り確認等、IDカードとして汎用性がある。そして製作コストも安い。
●心身に困難を抱えた障がい者等の方は、医療関係者・支援者等に、自分の状態を理解してもらうために、簡潔に解説文を書いた「SOSカード」裏表に組み込むのもいい。
●しかし、このカードは病院などに協力してもらわねば、意味が無いため、このカードの実証実験を行うためには、市町村行政との協働事業として企画するのが現実的だ。市立病院などの実証実験を踏まえて、全国に広げて行くという、段階を踏むやり方が必要となる。   (つづく)

----------------------------------------------

<<災害ユートピアと
   引きこもり青年の再出発について(2)>>

☆引きこもり青年は、社会的挫折と不安を抱えているために、彼に合った道を探すのは容易ではない。社会的挫折が原因になっている方には、緩やかな治癒の時間を踏まえることが必要になるが、自閉症スペクトラムを持つ方は、むしろ適した場所を見つけた方がいい。ただ、両者とも「他者から必要とされる」体験があると、彼は変容していく。その場が災害ボラ体験の場合がある。(続)

---------------------------------------------

----- ここまで -------

夜間傾聴>4/26 ひとり
     4/27 なし

(校正1回目済み)

コメント

無粋な宿題に追われています、後ほど書き込みます、すみません

2014-04-27 05:25:10 | 地震津波災害ボランティア

講師の研修資料。

もうすぐ終わります。

 

コメント

4/25 「音のない3.11」、金曜ミニカフェ上映空発信

2014-04-26 05:34:47 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/25 記
--------------

連休が始まる。個別指導をしている私には無縁な休日だが、様々な影響が出てくる。案の定、先方の家は実家なので、兄弟家族らが里帰りで帰ってくる。こうなると彼の居場所がなくなる。引きこもりの方は予測が増大する傾向があるが、彼もまた変調をきたした。家のエリア内は比較的自由に活動していた彼が、昨日から部屋から出なくなった。玉突き式に、私の学習予約は先送りとなった。塾長は塾長で、先日フィリピン人の女性の学習指導を私が不要とした件でむくれており、連休の影響の話に耳を貸さなかった。日本語学習は私のテリトリーではないと断ったからだ。自発学習能力がある方なら日本語学習ボラがいるので、彼女たちと連絡を取ればいい。

今日は、被災ろう者の体験記録「音のない3.11」を「金曜ミニ・カフェ」初回の企画として上映する日だった。今村彩子監督の映画で「架け橋 きこえなかった3.11」の部分バージョンだった。「金曜ミニ・カフェ」は、「『わーく』編集部」の取り組みで、「災害時要援護者の議論の公共空間」である懇話会の取り組みではない。

私は震災を多面体だと思っている。多様性の総体。その支援もまた、その震災曼荼羅を抱えて、結びつきの中に個々の事例を見つめていこうと考えている。今回のろう者の被災体験もそのひとつ。次回は「ハートネットTV シリーズ地域の福祉は今」の4回シリーズが、被災者の心象風景を的確につかんでいるので、まずは「音のない3.11」が1巻ものだったので上映し、次回(5/9)から録画のTV番組から拾って行く。その初めをきりだすのが「ハートネットTV シリーズ地域の福祉は今」だ。

そんな事態もあって、従来の被災用「DVD」は、今回が区切り。嫌な予感的中で、見かねた**さんが上映を覗いてくれた。観客(1)人という前途多難な幕開け。覚悟していたからどうということはないが、「ろう」は「ろう」、「視覚」は「視覚」、「知的」は「知的」と交差することがない。

しかし被災と生活という視座で見直したとき、これは災害というひとつの切り口だが、互いの障がい区分は溶解し、つながり目が浮き出してくる。対象は災害ボランティアとその候補であり、行政だ。障がい者とその家族は、釈迦に説法の感がある。問題はその災害ボランティアと候補の方々のなかで、生活支援に関心が持てる方は、相互接点が希薄なままちっているので、出会いが難しいが、ここを育てて行くことと、的確な災害情報提供を受けた障がい者家族との間に「橋渡し」をしていくのが、「わーく」編集部の活動である。

次回の「居場所を失う子どもたち」は、仮設住宅生活の中でストレスを溜め込んで行く生活者全体の状況報告で、その中で、子どもたちが描かれる。だから題としては不適切。課題をぴしりと提供してくれる。このシリーズ(4回)はいい。

CM方法を考えなくては…。

夜間傾聴>なし
(校正1回目済み)

コメント

4/24 「金曜ミニ・カフェ」下準備中、茅ヶ崎養護・平塚ろう・平塚盲学校巡回済み

2014-04-25 06:16:20 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/24 記
--------------
災害ボランティアのように、場面を想定した活動は、現場の生々しい臨場感を心の中に維持し続けていないと、効果的な意味の「切れ味」を鈍化させてしまう。過去の体験の引き継ぎたい部分をより普遍化して、活動のスタイルに組み込んでいく作業は、誰しもが一定のレベルから活動を開始できるようにしていく、いわば「定式化」の作業だが、実際の活動はその定型を壊す形で実践される。このとき、生々しい現場の息吹きの価値を感じ、再編の情熱を取り込む力とは、何なのだろう。活動の有効性にはふたつあり、共感を呼び起こす方向性であり、もうひとつは、本質的な解決へとつながる質的な力だ。

明日、初回の「金曜ミニ・カフェ」がスタートする。この場では、現場の感覚を大事に取り上げて行く。

今回は、ろう者の3.11体験をえがいている。過去のBDを探していたが、時間食い虫。ついブログをわすれていた。視覚障がい者の体験談も二人分みつかった。気仙沼の木村さん、南相馬の矢島さんの記録だ。これも近々上映する。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

コメント

4/23 4/25金曜ミニカフェノCMで市北部を歩く

2014-04-24 05:58:29 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/23 記
--------------
海老名で塾長推薦の訪問学習予定者と会った。彼女の場合は、学力というより言語の問題で、フィリピン風日本語の空白部分を埋めて行く役割が求められている。だから私の出番ではないのだ。今回の話も、塾長が無理して押し付けたものだ。

結局、災害があったときに、信頼できる地域集団があって、そこに依存して流れていけば、命は助かるという彼女の指摘で、自主判断ということをあれこれ話した。訪問者のような、よそ者が田舎で被災したとき、日本では助けてくれるけれど、フィリピンでは無視されることが多いという。先入観は嫌なので、あなたの情報として聴いておくと、相手を不快にさせるかもしれない言い方で応答すると、塾長の言っていた通りだと笑われた。まあ、続かないなと思いつつ、とにかく顔合わせは終わった。

予定より早く終わったので、茅ヶ崎駅前から鶴が台団地周辺の包括支援センターと、訪問看護ステーション、パイン・ナッツと鬼瓦味噌蔵、成年後見センターを回ってきた。4/25の「金曜ミニ・カフェ」は、どうやらひとりだ。CM不足もあるが、ともあれスタートさせることだ。明日は香川駅周辺。

連休直後に「プライマリィ・ケア学会元PCAT」の事務局の方と会う。予算交渉がらみになりそうだ。

同じく連休明けに、石巻か気仙沼に行きたい。だから連休中は蟄居なり。

「わーく PicUp No.042」編集開始。

夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

コメント

4/22 庭師の**さんのこと

2014-04-23 05:23:23 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/22 記
--------------
我が家の庭師の**さんは、生活保護を受けていた。突然脳梗塞を起こして半身不随となり失職した。単身者なので、ケアを受けるようになり、医療リハを経て、巧緻運動は無理だが、なんとか握り足首も復活したが、住居が建て直しとなり、ケア付きグループホームに移った。ただ茅ヶ崎市内に空き室が無く、平塚に転居したのだが、彼の庭の約束がカレンダーに残っていた。このまま行けば、茅ヶ崎ではなく、平塚の病院に入院することになって、周囲が全く知らない人ばかりになるのがこわいと転居時に彼は語っていた。

先週、知らない女性から電話があって、我が家に庭仕事は無理だが、話をしたいから訪ねたいとの話の仲介を求められたという。私は彼の体調を尋ねたが、ここにくるのは、かなり無理がかかるという。今日は雨、無理だろうなと母に伝言して家を出た。帰宅すると母のところに、もつれた声で雨で行けないと電話が入ったという。律儀なひとだと思う。とりあえず元気のようだと母は言った。

身寄りが無いとのことなので、知人・友人が多い茅ヶ崎で暮らしたいという願いを叶えてあげられないものかと、その気持ちを平塚市に伝える方法をまとめ、次回れんらくすることにした。

カレンダーを見ている。明日、海老名の学習支援後、伊勢原から平塚に出る。東海道線の海側の事業所施設と高齢者包括支援さんをまわり、帰ってきた。

包括支援センターには、補聴器を必要としている高齢者の方を想像してほしいと言葉を添えて、懇話会ニュースNo.007と「わーく」No.041を配布してきた。

「音のない3.11」試写。トラブル超える。


夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)

コメント

4/21 懇話会ニュースNo.007/「ワークPicUp

2014-04-22 06:19:36 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/21 記
--------------
「金曜ミニ・カフェ」をスタートさせるが、「音のない3.11」試写がどうも調子がよくない。DVDのドライバを選ぶようなのだ。あれこれ試しているが、少々焦っている。今村彩子監督のサイン入り4カ国版なのだ。(日・韓・英・葡)サインはともかく、字幕切り替えが気になる。

サポセンに行って、TVを予約した。4/25 19時~は、げんき基金の打ち合わせと重なっているとのこと。今後の5月の予定とも、サポセン内のどこか、プレールーム優先となった。5月は、5/9,5/23 19時~だ。

いずれも全体で1~1時間半。

今日は市議会・記者クラブに配布。県保健所では**さんと話した。手をつなぐ育成会はお留守。市長・秘書課は##さんが再刊にびっくり。岩手3紙にも送付。

地域医療の在宅診療推進の是非に関する資料、探索中。

「あと少しの支援があれば」の中村雅彦さん(福島県立点字図書館館長)宛のメールを書いている。9月かな。

--------

母、ビーフ・ストロガノフを食べ、餅をたべた。食欲がありすぎると思っていたら。明け方、またダンピングを起こした。治らない。困ったものだ。

橋本、次回は地図を準備のこと。


夜間傾聴>なし

(校正2回目済み)

コメント

4/20 楢葉町で保護の猫2匹、獣医さんのネットに。。

2014-04-21 04:57:46 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/20 記
--------------
母が風邪をひいたらしく、寝床から出てこない。バイタルの血圧が普段より低い。微熱。昼過ぎに出てきてほっとしたものの、予定が狂わされてしまった。

私はペットレスキューのお手伝いをしている。最近、仲介者の方が親団体の内紛を契機に嫌気がさして、しばらくお休みしていたので、親亀こければ子亀も影響をうける。新規の被災犬猫話が福島のシェルターまで,取りにいかなければならない状態で、お休みを余儀なくされていた。その方が仲介した楢葉町の猫2匹が、保護親先から「猫エイズ」だったと私のところに戻しに来て、やむなく私が預かっていた。「猫エイズ(猫後天性免疫不全症候群)--- Wikipedia」は、犬やひとには感染せず、猫同士も流血の喧嘩や交尾以外は感染しない。下痢などの症状がでることもあるが、獣医の指導下であれば、日常生活にさしつかえない。しかし、保護親先の方には受け入れられなかった。

母が寝ている隣の部屋で、獣医さんに紹介していただいた##さんと話をして、いちおう引き取り話が成立しそうというので、獣医さんのシェルターに移動してくれることになっていた。2週間ちょっと預かったが、保護親さんの反則(猫エイズは、事前通告済み)だったが、生き物を粗雑に扱うわけにもいかず、今回は末端仲介者の覚悟を改めてかみ締めていた。2匹の猫は、獣医さんのネットワークの方の手に受け渡されたのだが、2週間飼うと情がうつる。母が出てきて、あれこれ詮無い話が始まってしまった。

2時間も足止めさせてしまったが、猫はもらわれて出て行った。
猫の餌だけが残った。

すっかり予定が狂ってしまった。サポセンのレターケースに投函したり、チラシをおいてもらい、4/25 の上映会のとき、TVを貸してもらいたかったので、様子を聞きに行くつもりでもいた。だめならノートPCのディスプレーで上映するつもりでいた。この間のことを考えたら、下手をすれば私がひとり、番組を見ている程度、順調でも数人だろうと思うからだった。沈黙しない、やるべき事はつづけなければならない。

ところがサポセンの窓口スタッフの方には、迷惑をかけてしまった。テーブルは先着順で予約制ではないので、この程度の会ならなんとかなると思っていたが、スタッフの方は、もっと大規模で、かつ、プロジェクタを使うなら、行事と関係が出てくるということで、スタッフ**さんからメールで、ご注意をいただいていた。初回「音の無い3.11」だけは、TVを使いたかったので、予約にいくつもりでいたが、猫騒動で時間切れだった。

サポチガが企画している「よる・カフェ」への招待もしてくれた。しかし、この企画の重要性とはうらはらに、集客力は全く無い。だから実績見通しが出てからでなければ、「よる・カフェ」は無理だろうと思っていた。

電話で事情を話して、明日、TVの予約を月曜日夕方にとりに行くこと、部屋の企画重なりの事前相談をしなかったことを謝った。すみませんでした。

--------

湘南台で相模大野校講師スタッフの**さんと合流。打ち合わせ(有給お仕事)。霧雨がなんともさえない。

都社協の「災害発生時の要援護者支援における福祉施設等の役割と可能性-調査結果と提言-」を再入手。チェック中。

明日、墓碑の石屋に行き、打ち合わせにいく。帰りに慈恵医大眼科に薬の補充を頼みにいく。母の風邪気味、少々心配。


夜間傾聴>なし

(校正1回目済み)

コメント

4/19 昨夜明け方、母のダンピングを看護したため

2014-04-20 05:09:45 | 地震津波災害ボランティア

睡眠不足。

夕方、母と縁日を見て外食をして家に戻った。

1時間もしないうちに、前後不覚の睡魔。目覚めたら1時間が過ぎていた。

調子が悪いので、今夜の書き込みと傾聴は中止。

 

明日、書き込みます。

すみません。

 

コメント

4/18B 「懇談会通信No/007」「『わーく』Online PicUp No.41」配布ぁ

2014-04-19 05:27:41 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/18 記
--------------
「懇話会ニュースNo.07」と「『わーく』Online PicUp No.41」の配布を始めた。市役所関係課のところでは、人事異動でいなくなった方の話が中心。あとは配布資料について、前回の保健師さんのドキュメント映像と、今回の聴覚障がい者のドキュメント画像の比較の話が出た程度。話し込む状態には、なれなかった。橋本の訪問学習の時間がじわり迫っていたこともあった。分庁舎売店に、身体の**さんに仲介依頼。読んで下さっていることに感謝。

サポセンに立ち寄った。##さんと珍しく出会えた。ビッグイシューと上記2種類のプリントを渡す。時間切れ。茅ヶ崎駅に向かう。

昨夜のTVのニュースで「徘徊などで行方不明の認知症高齢者は1万人。その中で身元が確認取れた方が350余名」という恐ろしい数字が報道されていた。身元不明者として、精神病院などに収容されているのかと思うと、背筋が寒くなる。

被災自閉症児者の状況情報を探していた。ニュース報道の中で、3/29の民放、4/6 20:05 NHKにそれがあることがわかった。3/29の映像は、気仙沼市在住の方の例だった。3/29の方は映像確認済みだが、4/6の方は埼玉県自閉症協会協力の消防庁の訓練の様子だった。私の画像メモは、母の余計な操作で削除されてしまった。数分の映像だ。無念。

午前3時、++くんから電話相談あった。就労相談。無茶をしないことを祈る。

夜間傾聴>ひとり
     ++くんのは、傾聴ではない。


(校正1回目済む)

コメント

4/18a 「『わーく』Online PicUp」No.41

2014-04-19 00:51:48 | 地震津波災害ボランティア

--- ここから ---

「わーく」Online PicUp 通算No.41 「わーく」編集部
-------------------------------------------------
2014/04/18

*** 「要援護者の被災保護は、家族保護の視点で(その1)***


☆この間、岩手県の陸前高田と大船渡の被災地の、とくに仮設住宅を巡回して、高齢者・障がい者を中心にした「要援護者」の避難生活の情報収集に回ったが、得体の知れないNPOには陸前高田の公的機関は糸口を与えてくれなかった。しかしそれは職員すらもが被災し、役職の方も他県からの応援に依存しているセクションがあり、協力のしようがなかったのだと判明した。一方、大船渡側の行政の方からは、公開情報を絞込み、的確な情報を提供いてくださった。感謝している。

☆このように、隣接している地域ですら被災状況と再建作業の様相は全くちがっており、地元諸団体、出会った方々とも、同じ「要援護者」の現状について地域状況把握が全く違っていた。混乱期の情報錯綜の結果というより、事態の多様さが噴出している現実を目の当たりにしているように感じた。

☆ただそのなかで「高齢者」というとらえ方は、ふたつの混乱に出会った。それは仮設の食事会や共同作業に参加している方々のなかで、シニアの方に混じって参加されている「高齢者」と呼ばれている方々の年齢の若さだった。それは主に支援者の方が使われている「高齢者」だった。60代後半から70代前半にかけて、これらの方を「高齢者」と呼んでいることに、違和感を感じた。また 80~90代の方も、足腰がしっかりとしている健康な方が目立つ。それほどに地方の高齢者の身体年齢は若いのだ。緊急避難時、問題となる身体の困難が問題となる高齢の方は、どこにいるのだろうと、保健師さんに問いかけた。それは、「仮設を回ればわかる」とのこと。

☆案の定、人影の見えない昼間の仮設の部屋の窓辺や仮設の入り口近辺に、じっと道の先を見つめている明らかに年配の方がそこにいた。地元の高齢者施設はデイサービスなどがんばってサービスを提供しているが、職員が全く足らない。その結果が仮設の中で、所在無く部屋にこもっている方々の存在となっていた。仔犬と遊んでいる高齢の女性に取材させてもらうと、食事会は「嫁」の集まりだという。なるほどと思った。シニアと肩を並べるほどにお元気な高齢の女性は会合にいらしても、身体に自信のない高齢の方と男性の方の姿が見えないのだ。「要援護者」と呼ぶ「高齢者」は、隠れたところにいらした。やっと支援のターゲットが絞られた感じがした。 (つづく)
=1=



==== 外出時被災 避難協力者表明サイン ====
  広めよう!! >>>外出時の「災害弱者の緊急避難を手助けします」というサイン。/頭上で両手の交差を繰り返す。物を持つ必要なし。  (図 飛行機の誘導サイン)


●東日本大震災が起きた3月11日、都市部では交通網が麻痺し、帰宅ようとする通勤客が駅にあふれ出ました。「通勤難民」という言葉が生まれ、交通情報が麻痺した状況のまま宿泊避難する場所を得られなかった方々が、路上にあふれ出ました。ここに第二・第三の余波、あるいは津波が起きたなら大混乱することは目に見えていました。幸い激しい災害が起きずに済みましたが、この群集の中に障がい者・高齢者を始めとした「要援護者」といわれる「災害弱者」の方々がいらしたら、在宅時とは全く違う危険に晒されます。

●周囲に知り合いがいるとは限らず、周囲もまた災害弱者の存在に気づくとは限らない局面となります。群集の流れに押し出されて、視覚障がい者や高齢者・子ども・妊産婦がホームから落下したり、健常者と見間違えられた聴覚障がい者が逃げ場を失ったり、知的・精神。発達障がい者がパニックに陥ったりと、地方とは異なる困難が予想されます。

●外出時、災害弱者が被災したとき、一番有効と思われる手立ては、明快な災害弱者用の避難所が社会的に理解されやすい形で設置され、自主避難を容易にすることですが、視覚障がい者の方や、歩行困難な身体障がい、車椅子利用者の方などは、この施策とて自力で移動するわけには行きません。視覚障がいの方々からは、鈴の付いた黄色いハンカチの携帯をすすめて、混乱の中で助けを求めるサインにしていく活動があります。車椅子の低い視線からは、群集の状態把握がしにくいという事態への考慮から、支援者の側がお手伝いの意思表示をする案が練られてきました。それが整備士の「飛行機誘導」に使う「両手頭上交差サイン」です。素手でもかまいません。

●このサインは、助けを求める人と支援する人の出会いのサインです。また支援者同士が出会うサインでもあります。ただ視覚障がいの方には向いていない欠点もあります。それに、このサインが社会的認知を得ていないと、サインの意味が伝わりません。一部地域で試みて全国へという流れが実質不可能なのです。ただ素手でできるメリットがあり、災害弱者のそれぞれの全国組織が吟味し、有効ならば全国にCMする形でスタートしていくことになります。外出時被災の際、災害弱者を援護する方がその場で通行人に協力を求めることも可能であり、これを補佐する携帯アプリも試作されているようです。それは、bluetoothを使ったSOS信号を出すアプリで、通行する支援者が同じアプリを作動させていれば、近くに助けを求めている方がいるとアラートが鳴るというものです。しかし、これら道具使用案は排他的な工夫なのではなく、同時並行して行えばいい性格のものです。

●頭上交差サインの有効性を試す基礎実験なら、地域でも試みることができます。この試験データをつけて、全国組織で試みてもらうのです。始めてみませんか。
=2=
--------------------------------------------------

<連載> 個人医療情報QRカードの検討
  001 トップダウン型実現の壁

  (図 QRカード)(図 QRコード)


●「個人医療情報QRカード」、これは被災時に個々人の身体調子や、住所・名前などの基礎情報を記録した保険証の裏に貼り付けて、救護された時、携帯電話やスマホのQRコード読み取りから、的確な医療を得られるようにする発案で、避難所パスポートとか支給品受け取りカード等、汎用カードに出来る。QRコードは3枚に分かれており、「基本」「医療」「家庭」の各任意情報を載せる。携帯電話を使った古いメディアの情報カードだ。携帯電話利用が可能なのが利点。ただこのカードは病院の協力がないと意味が無く、いわゆるトップダイン型の活動に乗せないと実現できない。そこをどう越えるかが鍵になる。今後、連続物として、カードの得失を考えて行く。 (つづく)

<<<災害ユートピアと引きこもり成年の再出発について>>>(その1)

●「災害ユートピア」という言葉をご存知でしょうか。レベッカ・ソルニットというノンフィクション作家が著書「災害ユートピア」(ISBN:978-4-7505-1023-19) の中で、災害発生時、被災地の人々は、協力し合い善意の共同体を形作るという。しかしそれは復興とともに消えうせてしまうが、災害の急性期に生まれる「災害ユートピア」が果たす理想の絆の効果を描いている。

●私たちSCFの「わーく」編集部が出会う、いわゆる「引きこもり」青少年は、心の静穏を取り戻したとき、社会復帰的なボランティア体験、特に今回の東日本大震災の支援体験の中で、「ひとに必要とされること」を体験する。この体験こそ「災害ユートピア」の体験であり、自分の未来を拓くきっかけになる。「わーく」は地元の方と出会う活動をしている。同書は茅ヶ崎市立図書館にある。
=3=
--------------------------------------------------

---- ここから -----

☆☆金曜ミニ・カフェ☆☆
=3.11災害と防災の映像を観よう=

4/25(金)19時 サポセン

    2012年/カラー/23分/音声日本語/日本語・英語・韓国語・ポルトガル語字幕
    取材・撮影・編集/今村 彩子・渋川 和憲
    制作・著作/目で聴くテレビ
    販売元/Studio AYA

あらすじ/
主人公である菊地信子さん(ろう者)は宮城県岩沼市に住んでいる。
信子さんは地震が起きた時、地元の人に身振りで、津波が来るから逃げるように言われ、避難した。
その後、津波が来て家が流された。
もし、地元の人が信子さんに伝えなかったら、信子さん夫婦は津波にのまれ、亡くなっていたかもしれない。
取材中に私も震度6の余震を経験し、情報が得られない恐怖を感じた。
命と安全に関わる情報に格差があってはならない。
避難所から仮設住宅に移った信子さんの1年間を通して、ろう者がぶつかる様々な壁を取材した。

 ///////////////////////////////////////////////////////////////////
●今回は、今村彩子監督の「音のない3.11」を上映します。上映時間は23分、見終わったら少し話をしましょう。1時間前後で終えます。

●これから月2回、金曜の夜に軽い上映懇談をしましょう。映画は無料です。持参でコーヒーでも飲みましょう。これから被災者支援と湘南の防災関係のTV録画画像などを見ながら、今後のことを考えましょう。

●とくに「要援護者」といわれる災害弱者のことについて、話題提供していきます。

●今後は以下の予定です。(最近の情報を直前に、本ブログで場所の確認をしてください。)

☆「被災地の福祉はいま(1)~(4)」
  5/09   19:00~ サポセン(場所の予定あり)
(1) 「居場所を失う子どもたち」

  5/23   19:00~ サポセン(場所の予定あり)
(2) 「南相馬市/瀬戸際の介護現場で」

=4=

--- ここまで ---

(校正2回目済み)

 

コメント

4/17 「『わーく』PicUp No.41」完成、「懇話会 No.007」配布開始

2014-04-18 05:28:02 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/17 記
--------------
「『わーく』PicUp No.41」・「懇話会 通信No.007」双方仕上がり、印刷した。前者は社会活動と研究の冊子であり、後者は災害弱者生活・医療・介護の議論の公共空間情報紙だ。

「わーく」や「懇話会」両方とも、本ブログに載せた記事をそれぞれの性格にあわせ選択、編集したものだが、以下に抜粋する。

---- ここから「懇話会 No.007」抜粋 ----


☆☆☆災害時の医療から、高齢化社会の地域医療を考える☆☆☆

●次回の懇話会は、被災時から被災者住宅生活に至る、地域医療のロング・スパンの鳥瞰図を描いてみようと思います。その中でも「避難所生活」・「仮設住宅生活」という生活再建途上の被災地に起きている出来事から、個々の事例を取り上げます。

●今回は、宮城の被災地のプライマリー・ケア連合学会の医療関係者(家庭医・訪問看護師さんたち)を打診しています。この時期は、災害の痕跡が色濃く残る時期であり、特に仮設住宅入居後は、お互いの様子が見えなくなります。また生活再建途上、3年目ごろから特に、頑張りの限界疲労や孤立の精神保健環境の困難がのしかかってきます。一方、支援は地元のケア専門職に限定され、一般支援者はなすことも掴めず退潮していく時期でもあります。この峠のような状態を打開していく知恵を練れないでしょうか。

●個人の家庭・ケア専門職への負担集中に対し、民間支援者が連携して負担軽減できる外周支援は、いままで着目されてきませんでした。プライバシー保護との距離感が難しかったからです。しかし、東北の被災地では巡回相談員や食事会などの試みがあり、地域医療ネットワークの地域モデルが浮かびつつあります。その現地の風を呼び込んでみようと思います。(詳細後日)

/////////////////////////////////////////////////////////

●時間のなかで芽生える希望・穏やかな営みの再建●
 ~映画「架け橋 きこえなかった3.11」


-- 去る4月13日、映画の下見のために、さいたま市聴覚障害者協会主催の「架け橋 きこえなかった3.11」上映会に行ってきた。今村彩子監督とも会ってきた。

削ぎ落としたさらりとした構成だが、映画全体は生活再建の道にある「ろう者たち」の日常が淡々と描かれている。今村さんのお話から被災した30名近いろう者への取材交渉は難航し、家族が無事で、津波被害が比較的少なかった方が撮影に協力してくれたとのこと。だから失われた命の重さは承知の上で、被災の恐ろしさ・深刻さを映像にするのではなく、生き残った者がなんとか元気に生活再建を始めているというメッセージになっている。

ろう者は常に健常者と間違えられ、しかも音声情報が得られない。聴覚困難のために、避難生活も四六時中周囲の健常者の様子を窺っていなくてはならず、神経が磨り減るような思いを経験してきたという。私はこの作品に、次々と協力者と手を結んで行ける開放的な連携性と、観客を安心させるメッセージに好感を持った。しかし観客はどうしたらいいのだろう。画面という向こう岸に「架け橋」がかかっていない、そう思うのだ。

しかし、災害体験者や支援者のように被災地を見てきた者以外は、救急避難と避難生活について、体験談のような、観客が連想しやすい語りを織り込んで欲しかった。震災津波が押し寄せるカットは例え無くとも、各人のエピソードが、ろう者の困難を浮かび上がらせ、観客を問う手法もありうる。

私は「架け橋」という題が、実際上の生活再建支援という意味合いを予測していたが、福島県の被災後ブランド清酒の「架け橋」をまねたというとのこと、ちょっと幻滅。

ろう者の数家族の現状のオムニバス化した作品だが、現状打開のエピソードは語らない。元気を取り戻せてよかったねえという話であり、私たちの防災に引き継ぐ経験は、描かれていない。ろう者の被災時の危機や困難を描いた映画ではない。私が古いのだろうか。

透析患者や吸引が必要な病者にとって、震災停電は命がけだ。
状況の理解が取りにくい知的・精神・発達障がい者は、地震避難次第では命をおとす方もいる。死の影や、独居と孤立化という部分を語らないと、やはり震災は語りきれない。今も脅かされている方々の声を、被災終息の物語に包み込んでしまう「架け橋不在」に凍えを覚えると同時に、次のステップを踏み出し始めている方へのエールもまた感じる。この亀裂が意味するものは、同じ時代に生きている者の立場の差異なのだということに自覚的でありたい。

私たちは、隣の方の喜びも悲しみも、気づくことがあっても、私の言葉は生まれない。そこに「橋」を架ける契機は、同じ風に吹かれていることに気が付いたときなのだろう。見えないものこそ大事。 ふうわりとした画面の先の闇に思いを馳せたい。  (飛田)

● 「架け橋 きこえなかった3.11」
http://studioaya.com/kakehashi/index.html



----- ここまで -----

「わーく」は明日に。


横浜に出て、ビッグイシューを販売員さんから、まとめ買いしてきた。帰りに2冊届ける。通信配布時に届けよう。

販売員さん、別の仕事も始まったとか。よかったねえと声をかけたら、どうやら失業保険の関係らしい。


夜間傾聴>ひとり

(校正1回目済み)

コメント

4/16 朝、相模大野校の面談を済ませ、後は予定外なり

2014-04-17 05:47:06 | 地震津波災害ボランティア

2014/04/16 記
-------------
懇話会の通信No.007 完成、印刷終了。明日から配布。
「わーくPicUp」No.041、「架け橋 きこえなかった3.11」の部分バージョン「音のない3.11」の「ミニカフェ」上映日の変更が入り、手直し中。まもなく完成。同時配布したい。

今日はサポチガの全体会の日だった。母の眼科検診の日で、虹彩が開きっぱなしになる点眼薬を使うのでと、付き添いを急に頼まれて送迎のお付き合い。

某訪問介護事業所の**さんとバスで会う。しっかり懇話会通信No.005を手渡す。No.006はいささか勇気がいる。岩手・宮城の支援のイメージが無いようだ。環境から福島原発の発想に閉じている。

明日、サポセンに通信配布に寄る予定。

夜間傾聴>なし

(校正2回目済み)



コメント