湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

2/9分は、OSのアップデートが突然始まり

2019-02-10 05:26:28 | 不登校
途中でハングアップがあっててこずっていたため、まにあいませんでした。午後に書きます。
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2/8 整形外科転院事情/藤沢・鵠沼松ヶ岡大捜索

2019-02-10 05:14:21 | 不登校
2019/02/08 記
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私の手首のリハを転院する件で、今日、スポーツ・リハ科を受診した。やたらに問診に主張のドライブをかける医師で、「前の病院の担当医の紹介状が不可欠。その上なら、引き受ける。状態回復できる」といい、私の手の関節を強く折り曲げ、指関節を鳴らせた。

紹介状は有料。診断書ではないのでトラブル回避策か。関節は一時やわらかくなったが、またすぐにかたく引きつれるのに、即時効果を見せて、ちりやややにあえたてな評価を求めるのは反則。紹介状ですかと、とぼけて応答した。ともあれ可能性がある医者をみつけた。
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母の独り住まいの旧友が、年末に転倒して大腿骨骨折して、湘南中央病院に救急搬送され、先月退院して、どこかのGHに入所し、音信が途絶えていた。

自宅は空き家状態となっており、息子が静岡にいると聞いていたが、連絡法がなかった。近所に遠縁の方が住んでいるとの話があったので、母の依頼で、この方の入所先を探るため、この遠縁の方を訪ねて欲しいというミッションをうけて、ざっくりとした住所と名前から、探偵もどきをしてきた。夕闇が迫り、表札が見えなくなりはじめていた。場所は鵠沼松ヶ岡。丁目まではわかっていた。

交番が得策と小田急鵠沼海岸駅に降り立ち、交番に行くが留守。不動産屋を探すが無い。クリーニング屋とかピザ屋など、配達業を当たり、個人宅がでている明細地図を狙ってみたが、配達をしていない。通行人を探すが、たまに犬を連れた方が通るが、近所のかたではなかった。

そうこうしているうち、日が暮れて表札が見えなくなった。と、警察のバイクが2台。しばらくまっていると、警官が戻ってきて助かった。交番の巡査だった。おれおれ詐欺の事情聴取だった。

珍しい苗字なので、しらみつぶし方式で、発見。幸い近くだったため、お宅にたどりつけた。入所先もわかり、しかも車で藤沢まで送ってくださったため、遅めの夕食に間に合った。

旧友は市内のしせつで、車椅子生活をしているが、肩を骨折して、片手が不自由、認知症も発症していたという。母の旧友には、もうひとり、善行の長期療養型しせつにいる。知り合いがつぎつぎと、いなくなると、母の言葉を傾聴した。夜間傾聴をすませたら、さすがに疲れた。

夜間傾聴: ひとり
(校正1回目済み).

<<気になる記事>>

●「人間のできる仕事の範囲を越えている」当事者が語る“児童相談所”の実態
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190204-00010007-fnnprimev-soci
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夜間傾聴中、のちほど

2019-02-09 05:48:43 | 不登校
すみません。
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2/7 夜間傾聴の☆☆さんの通院について 他

2019-02-08 06:32:30 | 不登校
2019/02/07 記
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糖尿病外来に、予約時間の3時半から6時まで拘束される。午後の診療開始が3時なので、結局一日がかりとなる。先日、夜間傾聴で連れ添った方の奥さんと経過相談申し込みがあって、海老名までご足労願って、昼食をしたのだが、大和・藤沢経由は茅ヶ崎経由より時間がかかって、病院到着がぎりぎりとなった。

彼は心療内科通院再開となり、予後回復のサイクルにはいったが、相談は病院変更のことだった。彼は就労先が親戚の事業所だったので、休職しても解雇される心配はなかった。医師の資質の話ではなく、現在の病院の通院距離があることだ。かれが高校生の頃からの付き合いだから長い。夜間傾聴の利用者は、9割が古株。精神の3級の方が何人かいる。

母の見守りは、電話。
いぶりがっこが、阪神淡路大震災の炊き出しに活躍したことを思い出しつつ、夕飯にと買い込んだ。

●「臨時災害放送局というメディア」
ISBN: 9784787234421 2018/10刊。
●「誰もが難民になりうる時代に 福島とつながる京都発コミュニティラジオの問いかけ」
ISBN: 9784773813128 2013/09刊。

アマゾン便、届く。

夜間傾聴: なし
(校正1回目済み)

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2/6 蟄居の一日/3.10サポセンの防災企画/雨宮処凛さんの記事より

2019-02-07 06:32:09 | 不登校
2019/02/06 記
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母が東京のリハを悪天候を理由に休んだが、私の手首のリハを現在の湘南中央病院から転院する決断をしたことが影響していることがわかる。それが妙に苛立たしく、「親の苛立ちが子の不機嫌を誘発する」アナロジーのように思えて、母の好物の某コンビニの「冷凍鍋焼きうどん」を買って、感情のガス抜きをした。距離感を保つことも、長期戦には必要になる、認知症の出た故・父の介護のときに身につけたことだ。

朝兼用の昼食に、さっそく「鍋焼きうどん」を温めて食べた。苛立ちは消え、母も活気を取り戻した。しかし、まずいことに今日は、母の東京側の見守りを頼んだ##さんを断らねばならず、母の体調不調という嘘を伝えることに気が重かった。もうひとつは、母の外出中に、一気に仕上げるつもりだった教材屋の請負い仕事に、突然伏兵があらわれたことだ。

こうして、一日中、「猫の手」作業をしていた。
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サポセンでは、8年目となる、東日本大震災前日に、内野さんたちが、イベントを組んでいる。教材屋と宿題残しの確定申告で、まず行けないだろう。発災時の安全避難と避難所生活が活動の中心で、私らのように、要援護者支援活動とはベクトルが違う。私らは会が3月末〜5月連休頃になる。今回のサポセンの会は下記の通り。

☆「3.11メモリアル防災カフェ2019 ~いつか来るその日のために、大災害をイメージしよう~」
https://sapocen.net/sapocen/3-11メモリアル防災カフェ2019/

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雨宮処凛さんの記事を読んだ。私も支援経験している泥沼。皆、目を潜め通過していく事実だが、生き方として、私は目をそらすまいと思う。最近の学校、教委、児相のどうしようもなさに通じる鈍感さは人を殺す。

雨宮処凛さんのご好意で、出典明記ならという条件に従い、転載させてもらう。

●「第473回:立川生活保護廃止自殺事件、その後。の巻(雨宮処凛)」
By 雨宮処凛 2019年2月6日

 2015年12月、東京都立川市で、一人の男性が自ら命を絶った。
 その死から1年4ヶ月後、弁護士などによって「立川市生活保護廃止自殺事件調査団」が結成された。私もそのメンバーの一人である。
 ことの発端は、15年の大晦日、立川市の共産党市議団控え室に以下のようなFAXが届いたこと。
新聞社・議員へ
 立川市職員に生活保護者が殺された! 真相を追及して公開、処分してほしい
 知り合いの○○(個人名なので伏せます)が高松町3丁目のアパートで12月10日に自殺した 担当者の非情なやり方に命を絶ったよ
 貧乏人は死ぬしかないのか 生活保護はなんなのか 担当者、上司、課長は何やっているのだ 殺人罪だ 平成27年12月 ○○の知人
 亡くなったのは、立川市で生活保護を受けていた48歳のAさん。15年12月10日に自殺した。自殺前日、Aさんには、生活保護の廃止通知書が送られていた。このことから、生活保護廃止という通知を受け、絶望して命を絶ったことが推測される。
 この事件については、連載の第413回で詳しく書いたのでそちらもぜひ読んでほしいが、生活保護を受けるまでのAさんの暮らしぶりは、まさに90年代から始まった「雇用破壊の犠牲者」と呼びたくなるものだ。高卒後は正社員として働くものの、その後期間工となり、自衛隊を経たあと、派遣の仕事を転々とする。が、リーマンショックの前年、30代にして路上に追いやられてしまう。その後、紆余曲折ありつつも立川市で生活保護を利用して暮らすようになるのだが、アパート生活を始めて約1年後、生活保護廃止通知書が送られ、その翌日、彼は自ら命を絶ってしまう。
 生活保護の廃止理由は「就労指導違反」。要は「働けと指導したのに働かなかった」ということだ。が、大きな疑問として浮かぶのは、「そもそも彼は働ける状態だったのか?」ということだ。
 生前の彼と接した支援団体の人などによると、Aさんは「死にたい」と口にすることもあり、うつ状態が疑われたという。また、高校卒業後、短期で職を転々とするという経歴や、路上にまで追いやられてしまったという事実からは、軽度の知的障害や発達障害などがあった可能性も浮かび上がる。しかし、そのようなことが顧みられることはなく、福祉的な支援に繋ぐという対応もなく、生活保護の廃止は決定されてしまった。
 過酷な路上生活も経験し、生活保護を受けてやっと取り戻した「住まいのある生活」。そんな中、保護を廃止すると言われたら。家賃も払えず、生活費、食費もない。また路上に戻るのか、それとも死ぬしかないのかという究極の選択を迫られる。
 この廃止処分について、市の担当課長は「路上生活の経験があるので、保護を廃止してもなんらかの形で生きていけるんじゃないか」と話したという。これは、人間に対して使われる言葉では決してない。この言葉を知った時、Aさんの絶望の片鱗に触れた気がした。そして廃止処分を受け、Aさんは路上に戻ることを選ばず、死を選択しているのだ。
 Aさん亡き今、彼に障害があったのかどうか、あったとすればどのようなものなのか、確かめるすべはない。しかし、どこかの段階で誰かが彼の抱える「生きづらさ」に気づいていたら、場合によってはうまく支援に繋がれたかもしれない。少なくとも、「とにかくすぐに仕事を見つけろ。見つけないんだったら保護を打ち切るぞ」という展開にはならなかったのではないか。
 このようなことが二度と起きないよう、彼の死から一年以上経って、「立川市生活保護廃止自殺事件調査団」が結成され、私も入ったというわけだ。
 立川市との話し合いを重ねる中で、調査団が要請したのは、再発防止のために職員研修を充実させること。軽度の知的障害など、一見「支援の必要がない」ように見える人々に対する支援のあり方などについて、職員に知識・スキルをつけてもらうことだ。現場で一人ひとりと顔をあわせる職員だからこそ、気づけることがある。救える人がたくさんいる。そんな職員が増えていけば、Aさんのような悲しい事件はもう起きないはずだ。
 そうして今年の1月30日、とうとうその研修の日がやってきた。立川市の生活福祉課が、「軽度障害者の支援のあり方について」という課内研修を開催したのだ。講師は、調査団が推薦した精神科医・森川すいめい氏。世界の医療団の理事であり、年末の炊き出しでは、寒風吹きすさぶ中、吹きっさらしのテントでいつもニコニコしながらホームレス状態の人たちの相談に乗っている人だ。一言で言うと、私がもっとも尊敬する精神科医であり、「現場の人」である。
 そんな森川氏は、立川市の職員たちを前に、誰も置き去りにならないよう、ゆっくりゆっくり、優しい声で話した。時々立ち止まって、「ここまで、大丈夫ですか?」と室内を見渡す。参加した職員は生活福祉課の30人ほど。日々ケースワーカーなどとして働く人たちだ。それ以外に立川市議会議員の面々や調査団メンバーなど。
 森川氏による研修は2時間にわたって続いたのだが、軽度知的障害について、本当に発見の連続だった。
 例えば、森川氏はある人のケースを紹介した。
 話がうまくて、一見とても障害があるようには見えない。しかし、働けない。働いても続かない。森川氏がその人の話をじっくり聞いてわかったのは、その人には限定的な学習障害があったということ。脳の障害によって、かけ算や割り算ができない。よって、飲食店などで働いても計算ができずミスをしてしまう。だから仕事が続かない。本人は「自分が勉強しなかったからだ」と思い込んでいる。しかし、そうではなくて、障害があったのだ。
 また、「施設に入ると失踪してしまう人」のケースについても紹介された。中卒で建設現場などで働きつつ、20年ほど路上生活をしてきて生活保護を利用したある男性。個室シェルターから施設に移ると、失踪してしまう。これまで、実に4回の失踪を繰り返してきたという。そんな人の話をよくよく聞いてみると、「漢字が読めない」ことが発覚した。ひらがなは読めるものの、多くの漢字を読むことができない。
 路上生活をしている間は、「漢字が読めない」ことは彼の障害ではなかった。なぜなら、手配師に仕事をもらい、単純作業をする生活の中では漢字は必要なかったからだ。しかし、施設に入るとそれは障害になる。まず、施設のルールが書いてある貼り紙の字が読めない。読めないからルールを破る。怒られる。怒られると、失踪する。それを繰り返して生きてきたのだ。中等度の知的障害がある彼は、「誰かに相談する」「困っていることを伝える」ということができなかったという。また、誰かに説明を受ける際も、理解していなくても「うんうん」と頷いてしまっていたのだという。そうやって、従順に振る舞うことで生き延びてきたのだろう。
 「納豆が食べられない」という理由で施設から逃げてしまう人の話も紹介された。施設の食事で出る納豆が、食べられない。しかし彼は、「食べられないと言っていい」ことを知らなかった。そんなことを言ったら殴られてしまうのでは、という恐怖。納豆が食べられない彼は、納豆が出るたびに失踪してしまうのだ。そうして路上生活に戻る。
 路上生活の理由が「納豆が食べられない」。まさかそんな理由でホームレス状態になっている人がいることに、一体誰が気づけるだろう。その彼はおそらく、「原因」など想像もつかない人たちから「一体なんなんだよ!」などと責められ続けてきたはずだ。そうしてどんどん「支援」というものから遠ざかっていく。「責められる場所」「怒られるところ」からはとにかく逃げる。そうやって、なんとか自分の身を守ってきた人たちがいる。路上にいる人の中には、今もそんな人たちが多くいる。10年以上、貧困の現場を見ていても、それはわかる。
 「ホームレス状態でも生活保護を利用できる」「若くても利用できる」などの知識が知られてきたことによって、知的な障害のない人は比較的早めに福祉の網にひっかかることができているという印象がある。一方で、今も路上にいたり、路上と施設を行き来したりしている人の中には「支援の難しい人が多い」というのが現在の印象であり、多くの支援者から聞く言葉だ。この日の研修の前に挨拶した立川市の職員も、生活保護を利用する人の中には、専門的な課題を抱える人が増えているということを話していた。
 さて、それではそのような支援の難しい人たち、見えにくい障害を抱える人たちに対して、どうすればいいのか。
 森川氏が強調したのは、いかに「本人の話を聞く」ことが重要か、ということだ。プロの支援者であればあるほど、経験から思い込みによって支援を進めようとすることがある。しかし、本人の困難の理由は、プロの支援者の斜め上を行っていることが多々あるのだ。
 「思い込みによる支援をやめる」。それよりも、まずは本人の話を聞くこと。丁寧に丁寧に、聞くこと。そうすれば、いかに専門家の主観が間違っているかよくわかる。
 話はそこから、「オープンダイアローグ」(フィンランド発の精神療法。本人を交えた開かれた対話)に繋がっていった。オープンダイアローグ。この数年、注目されている方法で、私も関心があり本などを読んでいるものの、改めて森川氏から聞くとまたまた多くの発見があった。オープンダイアローグは対話の手法として、ホームレス支援とか障害がある人への支援とかまったく関係なく、すべての人が知るべきノウハウが満載だ。
 研修の中盤、4人一組になって、「相手の話を聞く」「自分の話をする」ことを実践。自己紹介、ここに来たいきさつ、期待などをそれぞれ語る。私は職員の方々と同じグループになった。日々、生活保護の現場で働く人たちの生の声に触れられたことは大きな収穫だった。同時に、私自身がなぜこのような問題で活動、取材しているかなども話した。行政の人々と対立するのではなく、生活保護行政を充実させたい、という点ではおそらくみんな同じ思いを持っている。そんな話をもっともっとしたかったけれど、時間切れ。そうしてあっという間の2時間の研修は終わった。
 「やっと、実現しましたねぇ…」
 研修のあと、調査団のメンバーとしみじみ言葉を交わした。
 Aさんが自ら命を絶ってから、3年以上。調査団を結成し、記者意見をし、立川市と話し合いの場を持つなど様々なことをしてきた中で、やっと「職員研修」までたどり着いた。本当に少しだけど、一区切り、ついた気がした。
 何をしたって、失われた命は戻ってこない。だけど、まるで亡くなったAさんに導かれるようにして、ここまで物事は動いてきた。調査団結成の前、Aさんについてみんなで調べていた時には、本当に偶然、Aさんの痕跡を発見したこともあった。生前、Aさんはある支援団体を訪れており、相談記録が残っていたのだ。それによって、Aさんがどんな人生を歩んで路上生活となり、生活保護に至ったかが次々と明らかになった。その記録を発見した時には、その場にいた全員、鳥肌が立つような思いだった。「自分の無念を晴らしてくれ」。Aさんに、そう言われている気がした。そうしてこのたび、この研修にまで辿り着いた。みんな会ったこともないAさんが、弁護士や市議会議員、支援者などいろんな人を動かして、立川市での研修が実現したのだ。
 小さな小さな一歩だとは思う。だけど、私たちがずーっとやってきたのは、このような小さな一歩を積み重ねることだ。そのことによって、ほんの少しずつだけど、社会は変わっていくし変わってきたことを知っている。
 一方で、思う。Aさんが生きているうちに、森川さんのような精神科医に会えていたら…と。が、森川さんが言うように「丁寧に」話を聞くには時間と人手が必要だ。それは生活保護のみならず、今、多くの支援の現場でもっとも不足しているものではないだろうか。
 立川市は、話し合いの中で、今後、就労指導違反を理由とする生活保護の廃止・停止をする際には相談機関などを記載した文書を交付することを約束した。これもひとつの大きな前進だろう。
 もう二度と、Aさんのような死者が出ませんように。そのために、できることをやっていく。


出典「マガジン9:https://maga9.jp/」

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夜間傾聴: ひとり
(校正2回目済み)

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すみません今夜は書き込めません

2005-10-15 04:47:59 | 不登校
朝8時半集合で自閉症の子たちと横須賀・猿島に、バーベキューにいきます。帰りは夜になります。

では。

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メインテナンスに阻まれて

2005-06-25 04:54:47 | 不登校
PCが4時からメインテナンスで、まだアクセ出来ません。
今、携帯から書き込んでいます。昼間外から
記事を書きます、すみせん。

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自学教材ヒント集に《足あとを探ろう!》を載せました

2005-06-03 06:19:42 | 不登校
--- 今回は《足あとを探ろう!》。以下をクリックして「ヒント集」を見てください。また「書庫」に移したものもありますから、そちらもご覧下さい。


●自学教材ヒント集《足あとを探ろう!》
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=tobipub2


今回は様々な世界の入口に成る「痕跡(足あと)」の話。

この紹介の中の「Footprints on the Roof」は、イラストが詩的です。
霧箱の話は欲張りすぎと割愛しました。
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ドロノワ倶楽部あねもね陶芸WSに参加して

2005-05-26 05:38:11 | 不登校
 小1の子が参加した。中高生を相手にすることが多かった僕にとって、小学生とはこんな時期の子たちを含んでいたのだなと改めて思った。「湘南子どもフォーラム」は、青少年を中心に下は乳幼児を含んでいる。統一した企画では包摂できない幅である。

 その子はおばさん集団にすぐに打ち解けた。しかし、おっさんには身を引いてしまう。少々悲しいものがある。この辺をジャパンフレネの木幡氏は、ガキ大将方式で乗り越えていく。しかし、悲しみの中にある子まで、届いてはいない。これは時間が要る。

 帰りには挨拶できるところまで行ったから、上々と勝手に思っているが、内心ほっとしている。中高生や大人たちと同じ企画ではかわいそうに思った。人形や具象物を使って物語を表現するのも特徴。椀や花瓶作りとはエネルギーの質が違う。

 次回までの宿題が僕に残った。居場所を空けていかなくてはね。

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ぼけっと神奈川(^^; 主催で横浜・片倉うさぎ山公園で竪穴式住居もどきを

2005-02-15 02:45:47 | 不登校
作ってきました。

 風邪で午前中医者に寄って、その足で横浜・地下鉄「片倉町」付近の「片倉うさぎ山プレーパーク」にお邪魔しました。不登校の子、約10名と親御さんが焚き火しながら待っていてくださって、ぼけてもいられず、ちょっとがんばってきました。きっと明日、足腰が痛いだろうと覚悟しています。

 片側で落とし穴作りが始まると、こちら側も穴を掘り始め、途中で池になったり、竪穴式住居になったりと、子どもの遊びの特徴(移ろい)のまさにそのもの。形が出来てきてからは、竪穴式住居を唱えた女の子ががんばる、がんばる。

 煽られつつ、スコップ作業をやってきました。先を地面に突き刺したあとは、片足で踏みつけなくてはなりません。このとき片足で立ちます。これが情けないほど安定しないし、深さが1mに満たないのに穴から出ることが出来ない。

 幸い建材の「笹」はぎりぎり間に合ったし、数時間で出来ました。しかし、遊びの中の様々な場面で、技術や人間関係の知が動いています。豊かな時間でした。

 来月は科学未来館、ちょっとつまらない。

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平塚の市民運動推進センターにお邪魔して…

2005-01-19 04:38:17 | 不登校
昨日は夕食の買い物の時間ついでに平塚の市民運動推進センターにお邪魔し、11月の湘南子どもフォーラム・文化祭への協力感謝と、提案をもとに生み出された「湘南子どもフォーラム懇談会」の情報提供を、短時間ですがしてきました。

市民運動は領域を超えると、案外お互い知らなかったりすることや、その越境を進める試みがないことなど、スタッフの方々と話し合ってきました。

呼びかけ文を拡大コピーして掲示してくれることになり、平塚の団体関係者が入ったときにはニュースなどに紹介が可能になることなど、協力してくださることになりました。

FHCYのTさんが合流。今、3月に講演会を打てないか思案中。

 修築工事が木曜日まで延長されることになりましたが、今日は県青少年サポートプラザの担当の方と、少し話してきます。

 リロード・ヒッキーネット関係者の方とも、一度話し合わないととおもいつつ、工事明けから団体巡回をして懇談会ML参加を呼びかけてきます。参加資格は団体関係者ということ。この辺が湘南子どもフォーラム2MLと違うところです。運動推進者のニーズ交換と、企画立案が中心課題になるからです。詳細は飛田にお問い合わせください。

問合せ先:
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飛田> tobita@mbm.nifty.com まで
(スパム対策で"@mbm"が全角になっています。
  戻してご利用ください。)

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昨日は、子どもサポート・あねもねの月例交流会でした

2005-01-16 06:23:56 | 不登校
 悪天候の影響もあって参加者はレギュラーのみ。

 主催者の中西拓子さんはSSW(スクール・ソーシャル・ワーカー)山下英三郎さんたちの活動。活動の領域の中心は、学校と当人の間にあるわけで、SOFのように状況に応じてまなびの場をシフトするというわけにもいかないということで、湘南子どもフォーラム飛田提案の場が「学校外」におかれていることとやはりずれてくるというわけで、お互いの今年の活動の場の確認で終わった。

 なんとも寒々としたスタートだが、いよいよ今年が始まったの感あり。

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 生業の通信塾の子がセンター試験を受けている。…というのに、先ほどまでメール交換(僕はチャットをしない主義)をしていた。達観視しているというか、猛者というか。

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教材編集中。昼間にあと1本出せるか??

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2005年 明けましておめでとうございます

2005-01-01 04:46:42 | 不登校
読者のみなさま、明けましておめでとうございます。

 今年は「湘南子どもフォーラム」で据え置きになっている飛田提案が成り立ちうるのか、地域共同作業所や関連団体のご意見を巡回傾聴しつつ、実現へ向けた論議を重ねていく、そういう意味では土台作りの年になります。地味な作業ですが、実現の際、伴走する潤滑剤兼安定機として仲人のような裏方作業をする大人たちも募っていかなくてはなりません。

 一方SOFの従来の仕事も深めていかなくてはと思っています。「自学教材リンク集」を重ね、ともあれ、地域に関連課題で集まってみようという動きを引き出したいと思います。

 いずれにせよ、具体的なテストケースが生まれる年にしていかねばと思っています。

 お知恵を拝借したいことも多くなるだろうと思います。その節は、よろしくお願いいたします。
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地域参画のまなびとは(理科教員たちのML『共足共沈』論議をヒントに)

2004-12-28 06:31:24 | 不登校
 2004湘南子どもフォーラムの関連メールを1フォルダーにまとめておいたCDを眺めて驚いた。メール総数は、到着分だけで1000通近かった。僕が送信しっぱなしの分を入れたら1000通は軽く超える。ひとつの大きな行事にはさらに会員間の見えないトラフィックが隠れている。改めて行事の手間隙の大きさに驚いている。

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 今日で塾の私の担当分は終わり。裏方作業は30日まで続くが、時間のやりくりがつくので、一安心。

 ざっとメールに目を通すと、ふたつの気になる記事があった。ひとつは理科教員関係のMLで「共足共沈」という議論があったこと。もうひとつは青少年支援セミナーのSOF紹介(紹介感謝!)の中でフレネ教育の紹介があった。このふたつに関連する件を書いておく。

 前者は東大の佐藤学さんが、習熟度別学習の問題の指摘の中で、「レベル別に分けた少数の子ども相手に、教員が範囲を絞って丁寧に教えると、子どもは理解し教員も満足する。が、蓄積結果をみると子どもも教員も成果が沈んでしまう」というものだった。

 単純な競争原理を肯定するわけではないが、教育は背伸びなのだ。同時に眺望(見通し)を獲得する行為なのだ。機械的に輪切りにされた習熟度別学習はまなびを寸断してしまう。

 理科教員たちの議論は、わかりやすく教えるために始めた「おもしろ授業」が、手品の面白さに終わり種明かしの面白さに踏み込んでいないという議論と重なり、一生懸命教えるがたちどころに空転が始まって、「おもしろ授業」不感症に引きずり込まれる悩みと、系統性に深まらぬ苛立ちへと導かれてしまうという話になっていた。

 しかし話は、「なぜだろう?なぜかしら?を解明する楽しさが伝われば生徒は寝ない。 」というところに、なぜか話が落とされてしまうのだった。本当だろうか。ことは更に深いところに隠れているのだと思う。

 学校教員は学校制度の空気の中で生きている。だから、授業の欠陥は改良をすれば超えられると考える。しかし、子どもの知的好奇心の衰退のように見えるそれは、学校知という教室環境の特殊な学びの中で起きていることであって、子どもの生きている社会歴史環境が消費社会にどっぷりと浸かっていることに無頓着だ。佐藤学さんが「逃走する子どもたち」と述べたように、基礎基本と実践を分離した学校制度下の学びが制度疲労を起こしているということに思いが至らない。モラトリアムの形に隔離された場の学びが効力を失ってきているのだ。

 旧フレネ教育は、その学校制度下の枠組みの中で、子どもが社会へとはみ出ていく実践だった。しかし、この方法もそのままでは古色蒼然としている。

 教室という場ではなく、子どもの社会参画の場面から学びを再構成できないだろうか。学校制度の柵を超えて子どもの成長を支えていく地域の場面を描けないかと思う。

 この辺が見えるのは、おそらく不登校・引きこもりの子達からだろう。結果的に学校の管理から降りた立場だからだ。SOFの学びへの誘いと短期ゼミ風の学び行動は、学びの糸口を開く学びへと特化している。(cf.教材ヒント集)その糸口の先の探求にも伴走協力していくのだが、これもまた子どもの脳内の知識の刃物研ぎを教員が操作して行うわけではない。学習の中の他者の存在、協業の中のずれが彼を磨いてくれるだろう。

 青少年支援セミナーに紹介していただいたフレネは学校教育からはみ出したフレネだ。フレネの方法論には言及しないが、まずは関係性を変容させていく学びへと転換していく試みなのだ。

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 実は、社会歴史的文脈の中に学びをおくということは、今回の湘南子どもフォーラムの飛田提案の中にも自覚的に取り入れられている。

 引きこもり・不登校の青少年と心身に障がいをもつ子とそのご家族との日常交流は、従来の実践としての見守りと癒しの延長上に、自分を再構成していく試みとして位置づけられる。

 全体会の場では提案し切れなかった三層構造の第二層は「団居(まどい)」と創造の層だ。


1)「日常生活の近隣の出会いと共生」

2)「地域共同作業所の協業デザイン(喫茶・販売など)」

3)「協同起業デザイン」(または巣立ちの『企業就労デザイン』)


 ここには、ニートを背景とした不登校・引きこもり群の思春期の子たちが中心となり、人材的に労力を提供しながら、企画参加していく。このことにより彼は多様なひとと出会い、友を作り出していく。心身障がいを持つ子には、友人候補との出会いを提供し、その関係は中にはともに起業していくこともありうる。勿論、その触媒となるコーディネーターの役割がなければ、ことは頓挫してしまうだろう。

 しかし、こういう枠組みへの参入離脱は相互承認の上で自由であるし、ここにまなびを見出すこともできるのだ。ひとは必要とされる者を抱えるとき真価を発揮する。ここにまなびの層を重ねてみようと思う。

 この実践は心身障がいの分野からは新しい枠組みではない。そこに屈折した人材がやってくる、その出会いのなかで、お互いが共生の力を感じ取ってもらえるのは絵空事ではないだろう。

 心身障がいの関係者と出会うのは、見聞を開くためではない。そこに自分を再出発させ、友を得る場を考えているのだ。


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 e-mail年賀状を書き終えた。

 ロジャー・ハートの「子どもの参画」を読み始めたが、接点のなさに驚いている。この辺はいずれ、レポートする。論の立て方が違うのだ。

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藤沢大庭図書館待機の仕事納めでした

2004-12-27 06:09:55 | 不登校
 今年最後の藤沢大庭図書館待機をしてきました。毎月第一・第三週の空き曜日(水・木中心)14時半から16時まで、不登校(選択登校)の子とその家族の方との接点を求めて2年が経ちました。

 当人3人。親御さん1人が利用。ほとんど教材ネタ調べに通っているかのような状態です。雑談室でおしゃべりしたり、読書ガイドやノートパソコンの使い方のコーチのときもありました。しかし最近は陶芸の窯元電話仲介が1件あったきりで、閑古鳥が鳴いています。

 図書館が開館している限り、かならず「いる」という状態をキープしています。

 辻堂駅から大庭隧道経由「湘南ライフタウン」「湘南台駅」「慶応大学」行のバスに乗り「大庭小学校前」下車、目の前です。

 tobita@mbm.nifty.com に連絡をくれると携帯電話が鳴ります。正面玄関左手の談話室でお待ちください、杖をついているので、目立つとは思いますが、そのおっさんが飛田です。

 来年は「1月13日(木)14時半」から再開します。陣中見舞い歓迎 (^^; です。
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