湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

2/28 大船渡・陸前高田の仮設巡回に地元ガイドがついて(感謝!)、身の回りの準備へ

2012-02-29 04:29:21 | 引きこもり
2012/02/28 記
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3/1~4私は湘南には、いない。そのため、駅前対面指導をやっておき、2月末から3月初頭分の時間数をこなしておき、図書館の書籍更新や諸支払いをすませておくこと、大船渡・陸前高田への事前連絡など、気仙地方行を密度の濃いものにしておきたかった。

取り残される母の世話のことを考えた。母は心配いらんと言う。しかし転倒事故は今の母に十分ありうることであるし、突発的なめまいも完治しているわけではない。子育てに忙しい浜見平の知人親子と、嫁さん側の母親の介護中の弟に母のチェックを依頼した。物置に入れてある灯油を運ぶことが母にはできないので、縁側にポリタン2つ運び入れた。米のチェック、飲料水の予備分購入。母は胃がほとんど取り去って残りが無いので、外食は少ないと思われる。

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ペットレスキュー支援通信を市内動物病院に掲示してもらうために、通信を持ち込み話をする。今日は5部巡回を済ませた。神奈中営業所前から二ツ谷まで歩く。辻堂駅北口で夕食の買い物帰宅し、家に戻った。

朝、サポセンの**さんから電話が入った。鶴嶺高で毛糸の帽子を「集めて」あるから受け取りに来て欲しいとの連絡があったとのことで驚いている。今回南三陸町に体験学習に出かけた女の子たちが、8月のボラバスに乗るまでの期間、学校内で出来そうな活動のヒントとして、被災地の社協で聞いた「毛糸の帽子」を作って、被災地の高齢者に届けるというような手があると、前回被災地体験報告の時間のとき、担当の先生に言ったのがいけなかった。

先生は「毛糸の帽子がほしい」という具合に解釈し、帽子を集めた。手作り品でないかもしれない。大きくは「高校生でもやれそうな活動」を始めてほしかった。しかしどうしたものかと考えている。とりあえずサポセンに一時預かりしてもらったが、今回の大船渡・陸前高田のボラセンに仲介してこようかと思っている。仮設巡回が、陸前高田だとボラセンまで時間がかかる。どうしたものかと思案している。なんとか**高校の先生に仲介してもらっているが、そこに帽子を持ち出したらびっくりするだろう。直接鶴嶺高とつながっていない意思疎通の難しさ。改めてかんじている。

29日は8時起きで、図示の京急ウィズの見学会に出る。18時からは、市雇用労働課から連絡があった「ニート、引きこもり者の就労支援の講演会」がある。昼間にサポセンに立ち寄り、帽子受け取りと、名刺作り、過去のチラシ増し刷り。海老名の対面指導は日送りした。携帯のカメラで勝負だが解像力がいまいち。カメラを借りられないかと交渉したが、これは断念。金が無い。フィルムの一眼レフを担いで行くのはしんどいぞと、迷っている。

夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)


(校正1回目済み)



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2/27 父の老健に行く/映画「津波そして桜」

2012-02-28 04:53:37 | 引きこもり
2012/02/27 記
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湘南は、やはり暖かいのだなと思う。私は自分が手袋をしない人間で、それは物忘れがひどく、ハンカチや傘と同じく、手袋もやたらに片方をなくすので、しないで来た。それでいられるのだから、湘南は暖かいのだ。しかし、岩手県はそうはいかない。ドロナワで安売り店を探したが、男性向け手袋はすでにシーズンオフとなって、入手できなかった。

私は冬場の気仙地方は初めてだった。朝、留守電に横国大の**さんが、同行を次回にしたいと言ってきた。がっかりした。徒歩探索を覚悟した。宿泊先に電話をして私一名と、彼の分をキャンセルした。地元の支援者ネット関係者にメールを出して現地で会うことになった。

一件は遠野まごころネットの関係者だが、遠野の金太郎ハウスに私が行く形だったので、これは改めて次回5月の話にさせてもらった。神奈川県の金太郎ハウスも来年3月までとなっているから、腰を落着けた活動という長期戦の絵を描くことがより難しいことになる。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。東海新報の木下さんへのご挨拶に、応答をいただき、地元の仮設の状態に詳しい方を紹介してくださった。感謝!である。企画の全般の評価や、仮設環境の話、見守り支援の状況などを教えていただけそうだ。同じく、行政の方もひとり、会ってくださることになった。陸前高田の経営者団体代表の方も、関係者に根回ししてくださることに。ただ学校教員は全滅。茅ヶ崎の県立鶴嶺高校のボランティア塾と、つなごうとしたが、やんわりと断られてしまった。交流企画が全国あちこちから申し出があるようだ。

ともあれ、現地接触が出来て嬉しい。

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TVニュースを見ていたら、今年度のアカデミー賞は落選してしまったものの「津波そして桜」の名前があった。

●「映画『津波そして桜』予告編」

●「震災と日本の姿を捉えた英国人監督に聞く 『津波そして桜(the tsunami and the cherry blossom)』


自主制作物で震災関連の作品が他に2つ地方紙に紹介された。連休あたりに上映できないかと思っている。被災者家族の眼でみた仮設生活の話もある。具体化したら、また紹介する。

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父の老健のクリーニングと衣料レンタルの支払いがあったが、月初めは出かけているので、父を覘いてこようと予定していたのだった。

ひな祭りが近いので、大きな雛人形がロビーに飾られていた。父に予約のたこ焼きを食べさせながら、身体の様子をチェックした。麻痺した側の手がすっかり固まってしまった。肘も固まっているのは、生活の質が見える。リハが行き届いていない。

施設企画の花見を申し込んだ。車椅子を押して外出するのだ。食欲もあるしと思って、そうだ認知症になってしまった方は食欲は旺盛な方が多いことを思い出した。車椅子を押してフロアにもどるとき、エレベーターを使う。入っていって嫌になった。正面は鏡。真っ白な頭がごま塩頭を押しているのだ。老老介護かいなと思ったら、突然父が大きな生あくびをした。父が爬虫類に見えた。鏡はよくない。

時間が18時を大きく過ぎていたので、動物病院は1件きり。

被災地の高齢者はどうなっているのだろう。長い避難所生活の影響で高齢者の2割の方が歩けなくなっていた。その方は特養等の施設が復活するまで、仮設に同居しているはずだ。仮設には、あちこちに地雷が埋め込まれているように思える。人権という爆弾だ。

明日、茅ヶ崎で湘南みやげを買う。

夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     南大沢君(仮名・久しぶり)

p.s.自己紹介メール作成中。


(校正1回目済み)

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2/26 未練のない本を売って/大船渡市仮設37ヶ所、地図化済み

2012-02-27 06:14:46 | 引きこもり
2012/02/26 記
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金欠である。神田**堂の*藤さんが藤沢に遺品書籍の査定に来るとの情報をツイッターで得ていたので、茅ヶ崎に立ち寄って欲しいと頼み、快諾を得た。*藤さんには昔からお世話になっている。今回は教育実践レポートのようなものが大半なので、安いぞと予測していたが、案の定、二束三文だった。嫌な時代だなと思う。Book Off なんぞに持って行けば、一山いくらで始末されてしまう。かといって**さんの古本ボラさんのところに持って行っても、教育関係者しか意味を持たないものばかりだから、市場に出て買い叩かれるだけだ。一応グラフィックな書に値がついただけで、一箱1万1千円で手を打った。結局、気仙地方に行くときの雑費で消えそうだ。落合恵子さんのサイン入りもあるぞと挑発したが、飛田さんへがいけないそうだ。まだ私の髪が黒かった頃の書だ。

藤沢では、ある工芸関連の店主の遺品だそうで、数十万円だったそうだ。数年に一度、定期刊行物を中心に集めておき、買取りのついでに立ち寄ってもらい、持って行ってもらう。児童書は**さんの流通に乗るだろうが、手放す数が少ない。

*藤さんに我が家の昼食を食べてもらった。父の信奉する宗教団体は、今も玄関先の空き地に黙って車を駐車していく。*藤さんの車の通路を妨げる位置に車を停めて出かけてしまっていた。*藤さんの車が足止めとなっているので、昼食となった。おかげで大和まで車に乗せてもらった。エビで鯛を釣る感じだ。

いいことは長続きしない。相模大野校では、私のキャッチアップを行なっている中の、きつくたしなめた子から私の交代整理の話が出ていた。事務局が退学を勧告している。困ったことに、私の訪問日程の変更の多さを彼らが盾に使っていることがわかった。回数は減らしていないが、たしかにまずい。しかし相手の弱みを言い募って応戦するというのは、情けないことだ。そのことが自分の論の正当性を保証しないからだ。つぶすことを目的にした喧嘩の論法なのだ。

ともあれ「お仕事」をして、そっと消えた。帰りにも、二重につかまるほど暇ではないからだ。そうは言え、ふてくされつつも、辻堂駅から兵金山までバスに乗り、そこから鉄砲道を突き抜ける感じで、仲町まで動物病院とペット・ショップまわりをし、2ヶ所で院長さんと話す機会を得た。ひとりは石巻に月1回、シェルターまわりをしてくるのだそうで、新年度、講演会やりませんかと院長に投げかけた。まんざらでもないようなので、企画化していく。テーマは地域防災に偏りよりそうだが、私には集客力がないので、小さな会ゆえのテーマをたてて、お願いしようかと考えている。

もうひとりは、タウン紙に活動紹介しないかというお誘いだった。受付にはっていただいた通信を読んで、タウン紙の記者さんが仲介を頼んだらしい。前に「ふれあい朝日」さんから、といあわせがあった。ペットレスキュー「支援」の間接支援に興味をもたれたらしい。しかし私たちの会は、引きこもり君とDVで相談にいらした方で、裏方を希望。オンライン上の雑務をおねがいしている。結局外回りは私だけ。だからとても紹介記事などに載せてもらえる状態ではないからだ。今回「ふれあい朝日」さんじゃないかと、ひやひやしている。

通信配信、あと8枚。

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大船渡、天候道路情報が一向にはいらない。初日はひとりだから。市議選公示直前なので、議員さんや関係団体は、飛込みでは無理だろう。行政関係のみ。

大船渡37箇所の仮設の中で、街中の仮設は後回しにして、市内はずれの仮設を優先してまわる。

優先巡回の予定。

地図作り、大船渡分完成。

夜間傾聴:なし


(校正2回目済み)

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2/25 障がい者・高齢者の虐待関連の講演会/ペットレスキュー通信配布二日目

2012-02-26 07:05:01 | 引きこもり
2012/02/25 記
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社会福祉士会湘南東支部公開講座「虐待防止、わたしたちにできること~障害者。高齢者支援における権利擁護のとりくみ~」講師:内嶋順一氏(みなと横浜法律事務所・弁護士)に参加した。

平成24年10月より「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」が施行される。障害者・高齢者の虐待の事例を踏まえて、私たちのなすべき役割と取り組みについて、その概要をたどるという内容。

家族として障害者・高齢者とともに生きていくことは、他者の立ち入り難い様々な壁にぶつかる。家族の側からすれば、誰の手も借りられない孤立感の中で、心の軋みが虐待となって生活弱者としての障害者・高齢者に降りかかる。

その事例は衝動的なものから、鬱積した感情に基づく悪意にまで歪んだ、人間の生臭い泥沼のような場面も起きる。その虐待を通報や目撃などで知った者が、公的な介入をどう実現させていくか。その事態をどう救援していくかという方向から、専門職の連携を生み出さねば、根治できないと語る。

私のように、夜間という支援の闇に係わるものとして、専門職に受け渡す綱渡りのような行為は、この講演会の中でも語られることが無い。夜間傾聴ボランティアの炸裂した事態への対応は、夜間緊急出動や、警察の介入までありうる。もし専門職のカンファを通じたネットワークがしっかり出来上がってくれば(ACTのような提案もあるが)、私は通報程度の役割で済むのだろう。

私はいわゆるバツイチであるがゆえに、曾祖母から祖母まで5人の介護に携わってきた。予定が未定であり、宙吊りになった時間を使いこなして生活してきた。だから父の代わりの母の補助として、教育者と主夫を両立させてきた。だから、こうした専門職の地域サポートの価値が身に滲みる。しかし、その必要性を語られながら、際限のない仕事量と正誤で裁けない世界の命のサポートとして、なかなか成長してこなかった分野でもある。それが前述の法の実施を契機に、どこまで成長させうるのではないか。

ざっと事例をからめた問題提起で今回の講演会は終わったが、私には生計の破綻を背景にした被災地仮設入居者のことが思い浮かんでならなかった。

会の終わりの16時は、動物病院の午後の診療が始まる時間だった。いそぎ、サポセンに「仮設カーシェアリング」の第二回会合招待のチラシを頼んで、近くの市役所前バス停から登象の「つるみね通り動物病院」に向かった。ここから辻西交差点を左折。ここから国道一号線に出て、馬入橋まで歩き、折り返して十間坂、幸町と歩いて、沿線沿いの動物病院を回った。3時間の勝負である。通信は動物病院の掲示板に貼ってもらっているが、今回は獣医師さんの情報ネットワークから,1月の「ソフトバンクお父さん」譲渡の試みの噂が伝わっていた。やっと獣医師さんと警戒の壁を超えたコミュニケーションが始まったように思えた。これが今回の収穫だった。

トリマーさんや、美容師さんは引きこもり青年たちの比較的取り組み易い職種であることもあって、私は道を付けている気になっているのだが、邪道だろうか。

サポセンの私のメールボックスに、市雇用労働課から、K2インターナショナルの方たちが勤労市民会館で雇用相談活動を始めている。その紹介の会を29日18時からやるという案内が入ってきた。締切が24日と一日過ぎてしまったが、FAXですぐに申し込んだ。この日、(株)京急ウィズの見学会が昼にある。訪問指導の時間を調整せねばと思っている。

大船渡・陸前高田の支援者ネットワークに連絡を取っていたが、「舫(もやい)」の応援団が到着しているらしい。現地でであえるといいのだが。

今日は小和田方向の通信巡回後、授業だ。

母に豚汁を作り、横で市販のおでんをつついた。糖尿病、悲しい病いである。


夜間傾聴:緊急性の低い話は、遠慮してもらった。


(校正1回目済み)

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2/24 ペットレスキュー支援紙配布巡回開始

2012-02-25 04:37:59 | 引きこもり
2012/02/24 記
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ペットレスキュー支援紙が完成し、カラーコピー50部、B/W 100部作製。動物病院とペットショップに貼ってもらっている。毎月\3,000-なり。あとは市内を徒歩で配布していく。カラーコピーでないと毛並みが見えないし、掲示してもらっても読んでくれない。A3は高いので、B4サイズでまとめている。今回は浪江町の被災猫。書籍紹介は「フリスビー犬、被災地をゆく」(石川梵・写真集) を取り上げた。

浜竹を皮切りに一中通り、茅ヶ崎駅前、次に鉄砲道に。最後は時間切れ。

1月は事前にお休みをしていた通信再開もあってか、行く先々で歓迎されて驚いた。わんちゃん委譲の頓挫の件で、**院長が活動の話を拡げてくださったのかもしれない。

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前回、参加された方と、知人関係に3/6(火)18;30~ を明記した案内を個別メールを書き続けている。

獣医は、土日のほかに木(水)が休み。午前中と16時からの診療時間なので、昼夜逆転生活をしている私は、16時~19時の時間帯に配布していく。片目なので自転車も無理だ。

茅ヶ崎寒川獣医師会や県保健所にもカラー版を配っている。B/W は一般向き。

吸い込まれそうに眠い。

夜間傾聴:**子(仮名・好きなスターの話)
     橋本3君(仮名)

p.s.

(校正1回目済み)

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LPGスタンド(株)サガミさんを訪問し/ペットレスキュー支援紙2月末号完成

2012-02-24 06:29:58 | 引きこもり
2012/02/23 記
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ペットレスキュー支援紙「被災したペットの新しい飼い主さんを探しています!」No.05完成。今回は「東京・ねこひと会」の紹介と「ねこ」2例。東京譲渡のバザーに、3月に入ってから行ってきます。

大庭の「カントリークラブ入口」にあるLPGスタンドに、調査に行ってきました。LPG車のメリットの燃料費が安いこと(ガソリンの約7割弱)からLPG車はもっぱら営業車、特にタクシーで使われてきました。なぜ個人の車で使わないかというと、販売時の車はガソリンや重油のエンジンを積んでいる。それをあえてLPG車に変える改造コストをかける意味が無いこと、補給スタンドが少ないことだそうです。

タクシー会社の中古車は、短期間に相当の距離を乗り潰しているので、かなり痛んでいる。LPGのタンクバルブの弁の定期検査があるが、この費用は大きいのではなく、全体の痛みではないかとのこと。個人がLPGスタンドで燃料補給するときのデメリットは、現金取引になること。カードが使えないとのことだ。

(株)サガミの経理の皆様、お騒がせしました。

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タクシー協会から中古車寄付を受けようとするとき、技術的にはどうなのか、費用はいくら、というような質問はタクシー会社のメンテ畑に質問する。小さな会社は修理工場などに外注しているので、大手に質問を持っていく。

3月初めの大船渡・陸前高田行では、被災地のLPGスタンドをチェックしてくる。

夜行長距離バスの往復2泊。乗車券は入手済み。3.11前後が少し混みそう。今日、現地宿泊先の大船渡プラザホテルの空き室待ちが通り、宿泊は2名、今月一杯に1名キャンセルがあるかもと確認。無理矢理了解をとった。ここは湾が近く、津波が突き抜けたところ。3Fだけで細々と営業を続けてきた。12月から営業再開にこぎつけた。

とにかく修理費用の捻出方法が見通しをつけないと、誰もが様子見になってしまう。走りながら考えるという具合には、皆ならないから、基礎データを整えなくてはならない。3年はすぐに過ぎてしまう。被災地滞在型以外の周辺からの支援は、事態の深刻さとは裏腹に、加速度的に退潮してしまう。これは想像力の戦いなのだと思う。活動モデルが出来ないと波及しないから、台数よりも真似のしやすさを重視して実現に向けたい。

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ペットレスキュー関連巡回開始。市議さん説得続ける。現在半数。

相模大野駅構内の特例子会社の方と、偶然、商店街で出会う。資料を複数枚もらえた。清掃業務の職場は、労働状態も丁寧に分析する必要あり。

翔の会の本部には時間切れで訪ねられなかった。藤沢市市議会も同じ。



夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     南大沢君(仮名)



(校正1回目済み)


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2/22 県立鶴嶺高校報告会に参加し/「仮設カーシェアリング」第二回会合3/6チラシ

2012-02-23 07:01:15 | 引きこもり
2012/02/21 記
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横国大の友人が平日に休めないことが判明。割り切って私の一日後から合流の線で、現地合流できないかと調整している。深夜長距離バスの往復券を入手。大船渡の知人の店に電話を入れた。大船渡は市議選が始まるらしい。とすると議員関係や議員支援団体はまとまった話にはならないだろう。今回は仮設のニーズを外側から予測する立地環境調査で、とにかく状況の裏づけをすることにした。現地初日が車を使えないので、まずは配食ボランティアの車に便序させてもらえないか電話交渉を始める。だめなら徒歩で回る。

午前中、母のめまいの件で東京の某病院で定期診察を受けているが、その結果を持って地元の医者に行った。私は片道の付き添い。医師の話を一緒に聞かされるので外来でやきもきしていた。11:30頃から、県立鶴嶺高校の高一英語のスピーチコンテストがあって、その場で南三陸に体験学習に出かけた女子4人組の報告スピーチがあるというので、会場の同校体育館にお邪魔した。母は帰りは浜見平の友人と昼食をすることになっていて、我が家に弁当会食をしてくれる。本当に助かる。その厚意に乗っかって、診察の話を聞いた時点で、タクシーで鶴嶺高へ。

コンテストの審査の空き時間に話すので、4人に割り振られた時間は10分程度。
しかし、自主的にボラバスに乗った。そして仮設のサロンや子どもの世話をやり遂げ、同学年の友達に現地に行くことを勧めていた。しっかりしている。

**さんからは、8月末に再度ボラバスを出し、南三陸に行くという。この企画に助成金も申請したという。それは素晴らしいことであるし、高校生が災害ボランティアに参加するのは、ぜひ進めて欲しいとも思う。しかし、大船渡と陸前高田の商店さんの協力を進め、朝市体験や被災地学習サイクリングコースと、ガイドを準備してきた私にとっては、0からの再出発ということになってしまう。今回、地元高校の先生と会えるよう頼んでいたが、それも交流話を切り出せなくなってしまうという矛盾がある。どうしたものかと思う。高校生に何を語れるのだろう。言葉を奪われている虚しさを引きずって拍手をしていた。しかし高校生に、いま成しうる最高の活動環境を提供できるのは、南三陸なのである。

私の岩手の気仙地方巡回の密度を濃くするために、社協と行政の知人に連絡を取って話した。そのとき高校生になしうることということで、問いかけをしてみた。その結果、穴は「毛糸の帽子作り」かなと応答があって、これなら春先まで使ってもらえると納得した。以前、仮設に遮光カーテンを送ってきた支援団体の話を紹介してくれたのも、この方だった。「毛糸の帽子作り」案を鶴嶺高の担当の先生に紹介した。面白がってくれた。これは地域を問わない。岩手でも宮城でも受け取ってくれるだろう。

遅い昼食会を支援者たちで食事し、仕事は時間が早かったので、カーシェアリングの通信をまとめるために、女性センターのロビーで作業しようとセンターに向かい、ロビーは他団体に占領されていることがわかった。やむなく海老名まで近づいて、ファミレスで作業。経費捻出ルートがはっきりしてこないと、活動が膨らまないのはわかっている。しかし、事態は事態だ。現地派遣の専門職に依存していれば解決するのか、湘南に居てなにも手助けできないのかと思う。見守り活動の支援は現地以外は何も手出しできないのか。

以下は完成した「仮設カーシェアリング」関連のチラシの文章だ。3/6に第二回目の会合を持つ。世話人会に引きずり込むような姑息なことはしない。活動の必要を感じたら是非覘きに来て欲しい。




----- ここから ------




●「仮設に共用車を贈ろう 通信(準備号)」
        2012/02/22 No.0001

呼びかけ:
 「わーく」編集部(SCF)
「仮設カーシェアリング」実行委世話人会



 2月の初め、読売新聞宮城版に「気仙沼の復興商店街苦戦」という記事が出ました。(右記事参照)気仙沼市では震災後。被災地最大級の仮設商店街が出来ているが、地元客の集客に苦戦しているという記事です。仮設間の交通が不便なため、買い物に来るのに往復5千円かかるという話も出ています。支援の仮設間格差もあって、もともと非住宅地の公共用地に建てられてることが多いので、高台や僻地のために、足腰が弱い高齢者や障がい者の外出が困難だったり、行政のコミュニティバスや大手スーパーのマイクロバスも本数が少ないため、健常者も不自由を強いられています。津波で自家用車が流されたが、生計不安のために車を買えないという状態もあります。

この不自由さは、特に高齢者や障がい者、子育て家庭に深刻な問題を引き起こしています。


*家族を失った。仕事も家も財産も流され、今後どうなっていくのかわからない、人付き合いが苦痛。

*抽選で入ったので、周囲は知らない人ばかりだ。

*足が弱まったので、買い物に出られない。医院も流された。遠くの病院にもなかなか行けない。

*地元の古くからの知り合いに会いたいが、出かけられない。
*夜中に子どもが熱をだした。でも救急車を呼んでいいのだろうか、近くに医者がいない。


 中高年の仕事が無いことでアルコール依存症となり、失業保険も切れた。こういう方が独居の場合孤独死しやすい時期に入り、実際、隠れた悲劇が出ています。単に外出に不自由という事だけでなく、引きこもりがちな高齢者の買い物・通院への同伴外出促進も、救急医療も「仮設コミュニティ」作りの支えあいに関連する緊急な課題です。

 仮設は若い方を分散入居させており、自治会や常駐相談員のいる「ケア付仮設」もあって、公共の共用車の管理をお願い可能な仮設もあります。ガソリン代などは、利用者負担にならざるをえないと思いますが、車検やメインテナンス料は、支援者側で考えないといけません。ここが運動の弱点なのですが、この部分をタクシー協会や、レンタカー同業者組合などのCSR(企業の社会的貢献)で、車を完動状態で提供してもらうことや、市民からの目的寄付でメインテナンス料募金として被災地自治体等に贈ることで越えていけないでしょうか。

 現在、3台の車のお話があります。しかしこれも、メインテナンス料が未解決でペンディングさせてもらっています。2月13日の世話人会作りは、社協のボラバスの翌日だったこともあって、3人という寂しい状態でした。企業交渉には公的な顔が必要です。議会・行政の方の協力をお願いします。3月初め、大船渡市37仮設と陸前高田市53仮設を出来るだけ巡回し、現地2日の範囲で実態調査してきます。大事な問題です。是非ご協力下さい。      (文責:飛田)

注)●「気仙沼の復興商店街苦戦」

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<第二回会合>               
 日時: 2012年3月6日(火)18:30~20:00 
 場所: 茅ヶ崎市民活動サポートセンター
 議題  岩手・気仙地域仮設環境報告 世話人会作り
     現在の車の贈り方相談 etc.
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---- ここまで -----

夜間傾聴:なし

(校正1回目済み)

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2/20 慈恵医大>ウェルハーツ小田急見学会>通信作製開始

2012-02-22 05:59:02 | 引きこもり
2012/02/20 記
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慈恵医大病院眼科に、右目の異常と左目のかすみの検査に行く。12:45から。相模大野集合でウェルハーツ小田急の見学会があるので、病院受付開始の8:30すぎに病院にいく。しかし外来は満員。予約ではないので待たされ、処方箋薬局から薬をもらった時点で、タイムリミット。御成門駅に飛び込んで、なんとか集合時間7分前に到着した。

網膜色素変性症が進んでいる。右目は夜の道の暗闇に、水流のような模様がちらついて、薄明かりの物の判別が難しくなってきた。左目は眼鏡の焦点がずれてきたのだ。覚悟はしているが右目は隙間から見えていた外界が間もなく閉じる。

ともあれ、恒例の見学会は、私の職場のお膝元というわけで、相模大野駅構内に小田急の特例子会社の本部がある。詳細は次回に譲るが、問題がいくつも見えてくる。健常者の差別もまた見えると、同行の**さんが語っていた。ビルメインテナンス協会の業務との比較など、様々な話をした。

時間が空くが、相模大野校ならいいのに、橋本で個人指導とJR相模原で演習補助授業があった。家にもどって23時。夜間傾聴は1件。さすがに疲れていた。

ともあれ、翌日は県立鶴嶺高校の南三陸体験学習をした高校生達の学年報告会があるということで、午前中から地元のクリニックに母を連れて行って、そこからタクシーを飛ばして、同校の体育館の報告会に出席していた。

平塚で本を返したあと、南大沢の個人指導がはいっていたが、強烈な眠気に勝てず、会う時間を早めてもらって、急ぎ帰宅した。

「仮設カーシェアリング」の通信と、ペットレスキューの通信を書いていた。

帰宅すると母が眠っていた。ダンピングである。夕食の予定を変更し、サムゲタンを準備する。たべたくないという母を諌めて、半分量たべさせる。私は茄子焼き定食という感じ。

20&21で通信を仕上げる。詳細は通信を書き終えてから。


夜間傾聴:中止(レギュラーには、謝って遠慮してもらった。)


(校正1回目済み)

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1/19 仮設一覧を作る

2012-02-21 04:06:56 | 引きこもり
2012/02/19 記
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大船渡と陸前高田の仮設は、各市内のものに限定すると37ヶ所と53ヶ所に及ぶ。この仮設を昭文社の地図の上に書き込んだ。陸前高田と大船渡の両方とも、初めは5万分の1や2万5千分の1の地図に描こうと思っていたが、昭文社版は両市ともに道路地図化出来るので、こちらを取ることにした。ただユポ紙は水を弾くので、点は揮発油性のものを使わないとにじんでしまうという面倒がある。

仮設の土地環境は、等高線が有った方がわかりやすいということも確かだが、今回は車を使って巡回する。しかも37とか53という数である。もし私がひとり歩いて巡回するなら、きっと37箇所すら、こなしきれないに違いない。大船渡の吉浜や、綾里、赤碕というような広範に散った場所には、一時間に1本程度の路線バスに頼るのなら、それに制約されてしまうからだ。

考えた。ならば仮設に配食サービスしている団体の手伝いをさせてもらえば、いくつかの仮設を巡回できるだろう。ただ厄介爺ぃさんを臨時に受け入れてくれるだろうか。ともあれメールで打診してみることにした。しかし、運転手候補氏がまだ「行かない」とは言っていない。配食サービス・ボラに頼めば、彼が行かないことが決定的になってしまう。週末まで運転手君を説得することにした。

スマホのGPS機能を使うが、今度は充電用乾電池式充電器と、乾電池を持ち歩くことになる。

ヒートテッックのような暖房用衣類を買って着こんで行くことにした。

まだ「仮設カーシェアリング」、車は3台あるが世話人会も立ち上げられないでいる。被災地の行政への打診は時期尚早だろうか。仮設入居者の協力が無ければ、車の運転者がいないではないかという批判もある。「ケア付き仮設」の普及率も覘いてきたい。

「仮設カーシェアリング」は、3月15日号の茅ヶ崎市広報にも「市民団体だより」に載る事になった。確実な一歩を踏み出すために、現在の1台が明快な形になっていない分を抑えて、資金的裏づけを他の1台に与えることにし、2台をまず話をまとめることにした。これはそのままでは、私の準備と異なり1台が宮城・南三陸にいくことになるかもしれない。それを大船渡・陸前高田の見守り活動にリンクさせるには、1台からのスタートになるかもしれない。岩手勢と出会いたい。痛切に思う。

仮設一覧は岩手県全体に及ぶ大きな表で、帰って使いにくいので大船渡・陸前高分だけ切り出した。といっても、もとのファイルがpdfなので、手作業で印刷物を切り抜いて貼り直している。

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LPG車の問題について、タクシー協会と交渉する公的な顔が得られるかということについて、現在の状態から言えばだめだろうと思う。市議さんたちへの訪問説明活動は、まだ半数に満たない。利になるかわからない活動であり、見守り支援という、元気付け路線とは違う実務的展開は、各党各会派慎重になるだろう。こうした私のやり方に、違和感を持つかもしれない。しかし、中古車の一般公募とメインテナンス料等アフタケア料募金という筋は、圧倒的に資金不足におちいるだろう。そのためにまず、出発点では特に企業CSR(社会的貢献)に期待する率が高い。仮設生活3年間として、必ず1回は車検を通ることになる.1台辺り数十万円を捻出しなくてはならない。企業協力を引き出さないと、提供された車すら活かす事ができない。交渉に企業の資金バックアップが必要なのだ。

「見守り支援する後方支援」これがなくなれば、現地滞在型ボランティア以外、支援は

体力限界、書き込みここまで

月曜には「ウェルハート小田原」見学会、慈恵医大眼科外来(AM)が午前中にある。通信とリーフレット、ペットレスキューの通信配布が待っている。


夜間傾聴:橋本2君(仮名)
     南橋本君(仮名)


(校正1回目済み)


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すみません、間に合いませんでした。今夜書きます

2012-02-20 04:47:26 | 引きこもり
LPGスタンドの件、大船渡・陸前高田仮設巡回の件がありますが、間に合いません。9時から慈恵医大眼科、12:45から特例子会社(株)ウェルハーツ小田原の見学会があり、夜授業です。書き込みはそのあとになります。

明日、某タクシー会社に行ってみます。

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2/18 読み飛ばしてください

2012-02-19 05:31:06 | 引きこもり
2012/02/18 記
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今日は午前中、某タクシー会社の事務方さんに、タクシー廃車後の転用の可能性について質問する約束だった。母のダンピング嘔吐が再開し、地元医に連れて行くことでFAXで日程変更をお願いしたが、応答が無かった。(当たり前である。)

NTTの訪問修理を9時に断って、その後すぐに母を連れ出した。さすがにばてた。徹夜である。午後は平塚で震災ボランティアの交流会が開かれていたが、参加する余力はなかった。とにかく眠ること。夜の訪問巡回まで、眠ること。

母の好きなホワイトシチューを作って、暖めるだけにして家を出た。母は風邪を引いていた。橋本往復、とにかく寄り道をしないで家に戻った。

母はひと箸も食事を口にしていなかった。口がまずくて食べたくないという。白だし醤油できしめんを煮て、野菜ジュースを無理強いして飲ませた。年になると冷たいものを嫌がる。内蔵体温が下がるためだが、とにかく、最低限の食事はとらせなければならない。

洗濯物を縁側に取り込んでおいて正解だった。ところが家中が馬鹿に寒い。灯油が切れてストーブをつけるには、物置から灯油タンクを運んでこなければならなかったのだ。新聞にゴミ出しが重くてできないから、新聞を取るのをやめたという独居高齢者の話を見たばかりだった。

ところが灯油が物置になくなっていた。私が忙しくなるとこういう穴が空く。やむなくポリタンクをひとつ抱えて、ガソリンスタンドに行き、帰りはタクシーを呼んで灯油を運んだ。また0時を回っていた。スタンドで明日の配達を頼んでおいたが、この配達が朝8時台なのだ。母の部屋と私の夜間の作業室を暖める。

夜間傾聴をどうしたものかと、誰もアクセスがありませんようにと祈りつつ、遅れていたブログの更新に入った。

終了5時。今回分の記事は簡単にさせてもらう。8時過ぎには業者が来る。


夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)


(校正1回目済み)

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2/17 日本ロレアル特例子会社見学/プシケおおた糀谷生活支援センターへ/二子玉川から茅ヶ崎の講演会へ

2012-02-19 04:59:18 | 引きこもり
2012/02/17 記
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●日本ロレアルの特例子会社を見学

朝10時に川崎・矢向駅(南武線)に集合し、駅から5分、日本ロレアル(株)の特例子会社「エヌ・エル・オー(株)さいわいファクトリー」の見学会に参加した。ハローワークや、地域就労支援センター、企業人事担当者、特別支援校就労担当者の集団のスーツ姿の中で、ひとりジーンズのうらぶれたブレザー姿の違和感はなかなかのものだったが、期待通りというわけにはいかないが、予想外の発見もあった。自閉症青年たちを中心とした知的障碍者の職場、その集団作業である。

今回の特例子会社は、高級化粧品の輸入販売を行なっている日本ロレアルの作業下請けを行なっている。1)輸入化粧品の日本語ラベルのラベリング作業 2)宣伝物の作製・組み立て作業 3)サンプル品の充填作業 を業務としている。

この特例子会社が誕生して1年半。15名のチームを5名の管理スタッフがサポートしている。様々な経営上の説明を伺ったが、建物も施設も、もったいないほどの容量を持っており、成長途上にある会社なのだが、静かな作業の背後が見えてくるようだった。mm単位でずれてはいけないシールを3×4cmパッケージの化粧品サンプルの英文の上に貼っていく。欧米サイズの作業デスクは、日本の規格よりも1.5倍ほどあって大きい。対面型にした3列のデスクに座って黙々と約1時間半単位で作業を行なっていく。貼りこみ済みのサンプルは、10個ずつ積み上げ並べていく。その作業面にはゆとりがある。

私がまわってきた見学会の中では、「手順」ということが一番強く感じられた職場だった。クリーニングの現場では、その人は洗濯物の異物を注意して、洗濯機のドラムに洗濯物をいれ、選択後にそれを出すとか、郵便物をセクション分けして配達のカゴを出していくというように、工程が少なく移動もまた少なかった。ところが今回は、一定数貼り終えると、指定の場所に仕上がり品の入ったトレーを集積場に積み上げていく。そしてシール面を内側に巻いたロールを管理スタッフに要求し、元のサンプルのトレーを自分で持ってくるのだった。黙々と作業。表立ってはこうした動きだったが、足らなくなったロールを要求したり、この作業が終わったら、別のサンプルの「袋詰め」作業に切り替えられるのだった。

つまり作業に熟達しているし、作業の手順が何工程も頭に入っている、心身がおぼえているのだろう。作業ができるようになるまでの、さまざまな訓練が活きているているのだ。説明で印象的だったのは、「納期」にせかされ、作業の速度を上げなくてはならない場面もあって、管理スタッフがダンパになっているが、それでも、その変化についてきてくれるということだった。全体状況を共有しているかは無理がありそうだが、急ぐ指示が通るということは、管理スタッフが信頼されていなくてはならない。

無影化した柔かい照明の元ではあるが、mm単位の仕事を力みもせず黙々とこなしている姿が印象的だった。今回は作業場面を見ることは出来なかったが、化粧品サンプルの袋詰めも、大きさの違う瓶やチューブ、箱をゆとりの無い袋に詰め込んでいく作業や、化粧品梱包の箱折り作業は、前者は手順を、後者は力の入れ具合に熟練が要る。箱の中の仕切り版などは、化粧品が入る穴の部分以外の折り皺(しわ)や歪みを残してはいけない。見せていただいた袋の作業は、ひとりが袋を折ってねじり、隣の方がそれを受け取り、テープ機に通して貼っていくという共同作業が見られた。個々の部分は自閉症ではない知的障がいの方が担当していた。

つまり管理スタッフが、綿密に配置や作業デザインを考えているということだ。

作業室から出て、会議室に戻った私たちは、管理スタッフに質問をぶつけた。本社と別の建物を借りて特例子会社を発足させているが、家賃がかさむだろう。ましてや、空き室のある大きなスペースを残していて、賃金水準を確保しうるのかという直球だった。応答は、今は過渡期、もうすこし社員を増やしたい、その中で解決して行きたいとのこと。若い会社なのだ。

そのQ&Aのやり取りの中で印象的だったのは、(カナー型の)自閉症の人たちは、同僚同士のもめごとをつくらない。社員の中の自閉症者の比率が半数を超えるのは、そういう雇用メリットがあるからだという話がなるほどと思いつつ、町田の「赤い屋根」の、「高級豆腐の引き売り」に見られる「協業」の姿の対極にある作業効率の論理が見事に通っている例と感じ取っていた。

私たちが作業室から出ようとしたときは、ちょうど昼休みに入るところだった。次々に仕事を切り上げて、会合スペースに座って弁当を食べる様に、自然な集団を見たような気がした。互いの存在を認め、私たちに礼をしているのだった。自閉症者の無機質な感じがしない。返って不思議な気がしていた。

しかし、見学会の参加メンバーの関係か、かなりオフィシャルな感じがして、完全に浮いているなというところ。これからあと数箇所、見学会が集中して組まれている。私は手帳を持っていない高機能な方と手帳のある方との協業を地域社会の中にデザインしたいとかねがね思ってきた。いわゆる障碍畑と困難な条件を抱えている方との動的な労働の基本デザインを探っている。このとき、その対象となる方の実力と特性を肌で感じ取っておきたいと思っている。毎年、2・3月は集中して障碍者就労をしている会社の見学会が集中して行なわれる。これには積極的に参加していきたいのだ。会社への就職を持って就労と呼ぶ、いわゆる障碍者採用枠を拡げて、賃金労働者となっていく道を開いていこうとするベクトルの上に企画化されている見学会だから、特別支援校卒業者の就労を考える道を強く感じるのは当然のことだ。精神や身体の中途発症者の就労の視点は希薄だ。私の目指すものは、昔からサポート体制が「福祉的雇用」と「一般雇用」に二分されいることを無視した「横断的地域就労または起業」の道だから、非常識にいまだに観られている。公的な就労支援が、やっと境界線の人々を意識し始めた。その時代の眼で職場を見つめて行きたいと思っている。


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●「プシケおおた・糀谷生活支援センター」に行ってみる

**子は大田区の馬込周辺に住んでいる。川崎まで来たのならと、**子に電話を入れた。**子は現在の作業所では閉塞した人間関係にうんざりしている。IQもボーダーではあるが高めで、現在の環境の入所者に不満を感じていた。初めそれは知力や機能差によるものと思ってきたが、それはそれで無くはないが、彼女の交友関係が、そこでトラブルが起これば、そこから距離の置き様がないといういわば、いじめの温床になりやすい。

それを避けるためには、「別の作業所に移る」「もうひとつの別の居場所を持つ」という距離を保つことが必要になる。私は**子に、更に広い意味で、同世代の交流を提供しておきたかった。**子のご両親は、ご母堂の介護と自営店の経営に忙しく、作業所を除いたところで**子との家族サポートに時間がなかなかとれないという状態がある。通信制高校時代の友人は遠方のため疎遠になってしまったという。ご両親が老いたとき、**子は孤立してしまうと思ったからだった。

知的障碍関係の施設ではなく、精神障碍の居場所施設、地域の交友のノード(結節点)として生活支援センターを利用するのは、自主企画の率が高そうだからだ。外出やスポーツ観戦・夕食会・施設内企画等に、好きなときだけ利用することも可能だ。ただ交通の便が遠かった。

父親の車に送迎してもらうという話が主だったが、もしひとりでバスに乗り継いで、この居場所や交友と出会う場所として利用できれば、**子の午後と、作業休みの日の交友のもうひとつの選択肢を作ることができるだろうと思ってきた。

そんなことから、折角川崎まで来ているのなら、大森を回って馬込に出るのもいいかと、**子の携帯に電話を入れて、**子に会うことにした。

しかし、**子に会ってみると友達は欲しいと答えながら、生活支援センターの話は、はぐらかしてしまうのだった。それでは、やめようかというと困った顔をしていた。「私、説明聞いてもわからないよ」という言葉に様々な意味が込められていた。話の意味ということだけではなく、彼女の一存ではことが決められないという意味でもあった。さらには、新たなことへの怯えも含まれていた。

この件は、旗の台君(仮名)のとき、自由が丘夫妻(仮名)のとき、駒沢公園君(仮名)のときも外出への怯えや、自分の一存ではことが決められない自主性を主張できない環境などは共通するものだった。(自由が丘夫妻のときは、ふたりともパニック障碍の持ち主だったという事情もあったが。)

ファミレスで会いながら、母親に携帯で、これから大森に出かける旨の連絡を入れるように指示。相談員の予約はしていないので、施設内には入れないが、ともあれ糀谷に行ってみようと誘った。さきほどの煮え切らない怯えた表情はすっかり消え笑顔にもどった。

私たちは、馬込からバスで大森に出て、駅の反対側のロータリーから再びバスに乗って仲糀谷のセンターの前までいってきた。「プシケおおた」は蒲田の工学院の先に、もうひとつの生活支援センターを持っている。こちらの方が人数が多く、**子の同世代も多いという。しかし駅前から工学院までの通りは歓楽街で、夜間女性ひとり歩いて帰るとなれば、親御さんが認めるはずが無かった。

こうして糀谷のセンターを確認して大森に戻ったが、**子の表情はすっかり陽気になっていたが、忙しい父親が送迎してくれるかどうか不安の色を隠せないのだった。果たしてここの利用者が、**子とそりがあうかどうかは、わからないしかし、一枚、扉を開いたのだ。大森で**子をバスに乗せ、私は大井町に出て二子玉川に向かった。

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●多摩美の学生さんと二子玉川で合流

夜の湘南子どもネットワークの講演会の時間が迫っていたが、3/1~4の気仙地方に出かける件で、もしも横国大の++の都合がつかなくなったとき、仮設まわりの運転手がいなくなってしまう。陸前高田のボランティアに参加していた知り合いの学生さんに最悪のとき、依頼できないか考えていた。彼には3/2に夜行バスを一日遅らせて乗ってもらえば、私は初日、歩いて大船渡の仮設を回り、行政との車贈呈関係の下準備をしてくれば、翌日彼と合流して、残りの大船渡の仮設と、すべては無理になるだろうが、陸前高田の仮設を回り、3日の夜のバスで池袋にという形で、彼の民宿宿泊費と一日分のレンタカー料金を浮かせた分で、レンタカーのガソリン代と彼の交通費の一部が出るだろうと、縮小企画を考え始めていた。この縮小企画なら横国大さんも平日を休まないで済むのだが、平日の一件で横国大さんの被災地行の意欲は萎えていた。

多摩美君(仮名)の応答は友人との予定があって無理とのこと。実は彼にとって交通費は大きかった。破談は痛かった。全額保証できるほど私の懐もゆとりはなかった。これで知人関係はすべて無理とわかったので、横国大さんを説得する以外なくなっていた。

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●湘南子どもネットワーク講演会
「発達障がいを持つ子どもの母が『障がい児でもOK!』」に参加して

上杉桂子さん、売井坂美奈さんの対談型講演に、なんとか間に合った。田園都市線から小田急江ノ島線、東海道線と乗り継ぎだらけ。自閉症児の子育て中の若い母親の比率があがった講演で、どんな苦境に立っても、ふりかえれば乗り越えられていたというエール。いままでのように、保育士さんたち中心の専門職向けの講演会とは違う層が参加していた。90名弱。いつもより20名ちょっと多い。

子育ての中で抱えている苦難を分かち合うような中身であったがゆえに、参加者の胸に熱いものがあった。司会者の##さんもまた、子育て中の身。声が思わず詰まっていた。こういう印象深い講演会となったのだが、私は一抹の不安を抱いていた。

それは、いままでの講演会が専門職の仕事の糧となる内容という実利が伴っていたが、今回の講演は心情を分かち合うものだったこと。優劣の話ではなく、新たな20数名は、内容を見て参加された方々で、講演会の内容は参加者数に大きく影響するほどのもの。逆に言えば、心に落ちる内容でなければ、これらの方は再び去っていくということだ。こういう濃い質の企画を連続していくことは大変なことだ。

午後、我が家には父方の伯父が来ていた。正月に屋根の修理で、屋根から庭に落下して、ひどい打ち身が治ったところの来訪だったことで、JR線に乗せるところまで送ることにしていた。20時をまわって、講演会から抜け出して、母が茅ヶ崎駅までバスで送ってくるのを受けて、私はJRのホームから伯父を電車に乗せる役割だった。

伯父を乗せ、先方の従妹に連絡。改札を抜けて、至急イトーヨーカ堂で明日の食材を買い集め、二次会の酒の席に飛び込んだ。

いつもとは違うメンバーが4名加わり盛況だったが、遅れてきた私は保育園関連の方たちの隣に座ることとなり、子育ての話以外の話題を切り出せないで弱っていた。この場では高齢者見守りを中心とした被災地への「仮設カーシェアリング」への協力要請や、3/1~4の運転手さんの候補探しの話題を切り出せないでいた。場が違う。いつもその思いを抱えるのだが、今回は絶望的だった。席の違いが結果を大きく変えてしまっていた。

今回は若松町「ゆめたい」関連からの一行が参加していた。

会の終わりは0時をまわっていた。駅に出て家まで歩いた。こういう空転が山ほど積みあがっていく。悔しさのようなものがこみ上げてくる。それを飲み込んでいた。ひとりではやれないというのは嘘だ。やれるベストを尽くしていくこと。この中でしか、ひとに働きかける資格はないと繰返していた。帰宅0:45。


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伯父の通り過ぎた我が家の厨房は、ひっくりかえしたような騒ぎだった。食器を洗って3日溜めた洗濯物を洗っていると、夜間傾聴の専用携帯が鳴った。

塾長だった。深酒君を親御さんと精神科に連れて行ったという。なんとも重たい話が炸裂したように出てきた。私のかかわり分について、至急母親宛にFAXしてくれという。参っていた。

家事をやっつけ、母親宛のレポートをFAXしている最中、母がダンピングを起こして吐き始めた。明日は朝、タクシー会社の事務方と会う約束があった。やむなく月曜日に変更させて欲しいとFAXを送った。明日は母を地元医のもとに付き添っていく。時間がどんどん過ぎていくので、次の調査項目のLPGガススタンドが湘南ライフタウンにある。土曜日午後もやっているだろう。費用やバルブメインテナンス料のことなど、聞けるだけのことは聞いてくる。

母、風邪でなければいいのだが。

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朝、ルータの修理にNTT東日本の下請け業者が来ることになっていた。ルータのLANケーブルが異様に張って、コネクタ部に接触不良が起きていたことがわかり、すでに原因を取り除いていた。NTTに断りの電話をするのを忘れていた。故障修理の受付電話は9時まで無人。9時まであと2時間半。

夜間傾聴:JR相模原の塾の塾長(傾聴にあらず)
     **子母(仮名・留守電に応答)
     橋本2君(仮名)

(校正1回目済み)

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2/15 ルータ故障に泣きました 今回は下書き原稿が2つ

2012-02-17 02:01:18 | 引きこもり
2012/02/15 記
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16日早朝、突然アクセス速度が極端に落ちた。数秒のデータが1時間かかる始末。原因がわからず、NTT東日本と@nifty の技術サポートとぐるぐるまわって、結局原因不明。書き込みが出来ませんでした。

NTT東日本がルータをチェックしに来る話がまとまって、その後、ルータのコネクタ部が目一杯引っ張られているのを発見。私の不精を見かねて母が掃除機をかけた、そのときLANケーブルをひっかけたということが判明。

コネクタ部が破損していることをチェック。ハブの差し替えを行なったところ復活。半日かかってしまいました。すみません。

今回は、「仮設カーシェアリング」の「通信」作りと平行して「リーフレット」も作るつもりで、かき始めた原稿の下書き。

もうひとつは、就労困難を抱える青年たちの就労打開の研究会を続けていくべきであると、関係者に説明した文書からの引用です。東日本大震災経験を境に、社会の基本的な社会観が変化したこと。そことの関連において、私たちが生きていくこと、仕事を通じて社会参加する意味合いを見つめなおそうという提案でした。

現在は「通信」の本文に「世話人会をたちあげましょう」という、13日の失敗に終わった会合のレポートを書いています。別に私と組まなくとも同一の企画は実行できるのですから、狭い根性で企画参加に執着はありません。ただ今やらなくてはならないことを実行すること、それが動き出していないのなら、私はひとりでもこれを実行に移します。そういう意味合いが込められています。

まずは「リーフレット」原稿初稿(下書き)です。

------ ここから -------

私たちは、東日本大震災という極限を見ています。同時に被災者がその中で、懸命に家族と地域の生活を再建しようとしている、しかしそのことは、実家や親戚のの出来事であったり、日々の生活を提供してくれる人々の災害、生産流通の破壊でした。人が人の悲惨な状況に向き合うこと以上に、私たちと直結した人々を襲った出来事でした。またそのことは、湘南という立地の中で、いつか同様の体験をする可能性の中にある出来事でした。だから、この災害は同情の域を超える問いを私たちに投げかけました。災害はいつでもあなたの生活を根こそぎ破壊してしまう。そのとき、あなたはどうするのという問いです。目をつむるのという問いです。

どす黒い津波が町を襲い、原発を破壊し、昨日まで話していた方や家族の命を持ち去ったのです。被災直後、避難所には様々な善意の物資や応援の手が入りました。福島のように分散避難した方々のように、支援を集中し難く、長期避難を余儀なくされるという、未体験な困難をどう受け止めるかという重い問いもありました。

秋口から仮設住宅や半壊した自宅から、生活を再出発した時点で、非被災地の支援者は現地に行ける人以外、的確な支援を届ける道筋を見失ってしまったかのようです。これを日本人の移り気と説明した人もいます。そんな単純なものではないと私は思います。支援したくとも、その方法が見えない、募金の力もどこに行くか知れず、その効果すら疑われています。

被災地産の商品を買っても、その効果が仮設入居した高齢者に届くのだろうか、ましてや福島の避難者のような方々を支援することになるのだろうか。そういう限界のようなものが見えてきます。支援しようにも支援し切れない澱(おり)のようなものが心を覆っていきます。

だからこの時期の支援は、支援の行き先がはっきりとした、目的が明瞭に見える支援が必要です。また現地に出かけることの出来る方の応援も必要でしょう。湘南に居て、被災地に効果的に届く支援、それは何なのでしょう。

私たちは被災地の方々が、家族や親しい人々、仕事と財産を失い、生活再建には二重ローン・進学保証と僻地介護のような難題を背負い込んでいることを知っています。ですから、日々の生活の中の必要に手助けするような支援が必要です。なんのことはない、私たちも緊急の程度さはあっても抱えている問題ではありませんか。解決の糸口になるような支援はないのか、しかしそれは被災地の仮設入居者の方々に聞いても漠然としすぎていて、これが欲しいと絞りきれない状況があります。しかも抱えていることが他人には話せないし、隣人が見知らぬ人が多い仮設の生活では、孤立感が深まっていくばかりです。

だから仮設集会所の食事会交流や、手仕事を皆でやりつつ交流していくような「見守り交流」の支援が始まり、被災者臨時雇用事業として相談員採用を進めているところが多いのですが、失業した男性や、心身に不自由が出ている高齢者が引きこもりがちになり、男性はアルコール依存のような問題となり、高齢者は認知症予備軍となり、なかなか手がつけられないでいる状況があります。

こうした状況の共通点は、地域の親しい隣人との出会いの困難や、日常的な買い物・通院などの外出が思うに任せない深刻な悩みがあります。仮設は公共用地に立てることが多いために、本来の住宅地ではない学校の校庭や公園など、高台や僻地に建っていることが多く不自由で、それに対して地元大手スーパー送迎バスや、公共の仮設巡回バスをだしているといってもその本数は少なく、必要に応じて自由になるという性質のものでもありません。しかしそれらは、当人の精神衛生上のことは考慮されていません。だから自由になる「足の確保」ということが、大きな意味を持つと思うのです。

もし、子どもが夜間に熱を出したり、怪我をしたが救急車を呼ぶのはためらうような場面や、保健薬ではなく治療薬が無くなっていることに夜、気がついたとき、どうしたらいいでしょう。ニトロやインシュリンのような薬が、高齢のために自己管理に穴があったときどうしますか。仮設の近くには医院もクリニックも流されて、遠方の病院に出かけなくてはならない。若い人にお願いして病院に行くでしょう。このときの車が共用車として仮設にある安心感は大きいと思います。

訪問客の送迎にも気兼ねなく使える車、外出や民間救急車としても使える車、それを提供できないかと考えるのです。

中古車を被災地行政に贈り、適地に配置してもらうというのです。勿論これには様々な問題が立ちはだかっています。


●「車の提供者」>これは現在、贈ろうという具体的な話にはいろうとしている車が2台、申し入れをいただいた車が1台の3台の車が出番をまっています。

●「車の管理者」>初めは「ケア付き仮設」という常駐相談員のいる仮設に、共用車を配置してもらい、管理してもらいます。つまり地元行政や関係支援活動の合意の中で、進める必要があります。

●「メインテナンス料・車検・ガソリン代等運用費用」
>ここが高額なので大きなハードルになっています。ある方から、手渡した後のメインテナンスは、共用車を100~200円程度の有料にすることや、ガソリン代は使用者を含む支援者の負担として相談するという案はどうかと提案されました。しかしここは、車の入手に企業CSR(社会的貢献)が必要だと思っています。タクシー協会・レンタカー同業者組合・自動車教習所・配達業同業者組合を通じた交渉をすること、中古車を出すときに、メインテナンス済みの完動車として提供してもらうことが必要です。また維持費負担は、仮設生活最長の3年間を保証するものとし、期限を区切ること。

●「運転者と隣人の善意」
>「ケア付き仮設」(常駐相談人のいる仮設)「仮設自治会」のある仮設から順番に共有車を配置。運転手には行政の感謝状や薄謝が必要。

>仮設コミュニティは、再建実家や、被災者住宅が出来るまでの過渡的な性格があるが、3年程度の生活を潤滑にするもの。だから高齢者を買い物や通院に連れ出すこと自体、精神衛生上大きな意味を持つが、同時に運転者と高齢者の交流の契機となって、仮設コミュニティを作る一助になる。そのことから運転者に行為の意味を伝えるような公共情報提供が必要。


●「地元タクシー業界との関係」
>当初、小さな仮設を包括支援する公設タクシーに使う共用車という構想もあった。しかしこれは営業車とみなされる。不特定の乗客を乗せることになるので、コミュニティバスの小型版と考え、行政の公共サービスに組み込む必要がある。

>地元タクシー業界からは、業務妨害という批判は必ず出てくる。しかしこれはコミュニティバス増発と同じこと。丁寧な説得が必要。

(未完)


----- ここまで -----

次は社会参加的な地域労働の積極評価を研究会続行提案として、書いたものです。東日本大震災の被災者自立支援の活動から「就労」を時代の風の中で見つめなおそうと呼びかけました。3.11は膨大な破壊と悲惨におわるものではなく、様々な人の関係や価値観の露わになった現状を取り上げていく。

====== ここから ======

家計を支えるため、賃金を得ることのために働くとしたとき、その仕事することの価値が見失われる隙間がある。その隙間を見失わずに「就労」という観点から諸企画をやっていこうと呼びかけています。来年度のために。


>  今年度は、東日本大震災の支援の関係で、実質上休止状態でした。この東日本大震災は、それ以前の私たちの「社会と私のあり方」を深く問うものになりました。家族も職場も財産も、すべてが一瞬のうちに覆されてしまう。ひとと家を流されてみて、次の一歩を踏み出すためには、隣人の協力がこれほどに必要と感じたこともなかったでしょう。
>
>  大企業の機能停止、系列中小企業工場の破壊と生産停止、農林水産業の壊滅的な打撃というように、大地と海の氾濫が平常の仕事を奪いました。仕事の土台となる働き手の家庭の危機が、その状態を決定的なものにしたのです。仕事と家庭ということも、今回の震災で露わになったことです。
>
>  震災直後から被災者と支援者が動き出し、人命の保護や、生活の支援の活動が始まりました。自分の出来ることが問われ、抜き差しなら無い状況の中で人々が動きました。
>
>  注目すべき点は、まず必要とされたのは、医療の確保・行政機能の復活・生活物資流通の確保・社会的弱者の保護でした。ところが気付かない出来事もここで起きていました。専業主婦・ティーンズ・高齢者・軽度障がい者の方々が自分の身の回りからケアに至るまで、徐々に動き始め、やがて協力して、支援者の応援や、身の回りの方々のケア、農地整備等に動き出してたのです。
>
>  私は岩手県大船渡市・陸前高田市を中心に被災地に行って見て驚いたことがあります。路上生活者支援の「舫(もやい)」のメンバーをあちこちの避難所や、ケアの現場でみかけるのです。よくみると、私の顔見知りの引きこもり青年たちが、被災地に来ているのです。両市の支援者ネットワーク関係者にその話をしたところ、大船渡の避難所の支援をしていた青年を紹介してくれました。
>
>  その対話の中で非常に大切な言葉を聴いたのです。
>
> 「ここは、お互いが 必要と されているから ね。」
>
> という卓越した言葉でした。
>
>  震災は、「働く」という事の深淵を見せてくれました。ひとを通じて自己実現するというボランティアの精神が、「働く」ということの原動力でもあったのです。こうした身の回りから動き出す、つまり「地域から仕事をつくる」ということが社会的弱者の方々の社会参加の大きな契機となっていたのです。
>
>  天災は湘南にも高い確率でやってきます。このとき、その天変地異のなかで生き延びる知恵に満ちた社会参加的な働くことのモデルを探っておくことが、大事なことだと思います。そのための諸企画を練りませんか。防災とは違う角度ですが、災害の中の人をポジティブにつかみ出していく作業です。
>
> (文責:飛田)
>

------ ここまで ------


「地域カーシェアリング」の「通信」原稿は現在進行中。失敗は書きにくいが、そこでも成しうることを書いていこうと思っています。

明日17日は、朝から特例子会社「エル・オーさいわいファクトリー」の見学会に参加し、帰りに**子と会い、夕方、某タクシー会社の技術屋さんと会います。

一昨日のNPOサポートちがさきの本会議を踏まえて、高校生やハイティーンズたちの受け皿を作って行きます。

とりあえず、〆。


夜間傾聴:深酒君(仮名・親御さんから謝罪うけ。困ってしまう。



(校正2回目済み)

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2/14 たまっていた仕事を済ませ>「プシケおおた」の見学2施設

2012-02-15 04:57:56 | 引きこもり
2012/02/14 記
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昨日の低調に終わった顔合わせの報告を書いている。「仮設カーシェアリング・共用車を湘南から」通信No.001を出す。もうひとつペットレスキューの通信が2/15版として定期発行する日なのだが、これを1週間発刊を遅らせることにした。

今日は、約束の物事がたまっていたので、タクシー会社や整備工場をまわることは出来なかった。相模大野校から大森に向かった。結構乗換えが面倒である。町田に出て、横浜線で東神奈川に出て、京浜東北線で大森に出る。

目的地は仲糀谷。「プシケおおた」の「こうじや生活支援センター(相談支援事業所・地域活動支援センターⅠ型)」だった。**子の現在通っている作業所をベースに置き、**子の狭い人間関係からの離脱要求を受けて、もうひとつの居場所作りを試みていた。**子の作業は午前中に終わる。午後の居場所と同世代の多い団体企画を利用することを求めて、フリースペースと夕食会を不定期に使って構わないという場所を**子に提供するためだった。

通所先を増やすとすると、加重が大きすぎた。またサービス利用にも資格的な問題も発生した。不定期に施設を利用する形ならばそれは可能だった。

障がいの関係で、遠方の外出は問題視された。不定期に夕食会や行事などに合流する形ならば、父親の店の車で送迎が可能な距離(大田区内)を探していた。

ここならば、馬込から大森までバス直通であるし、本数が少ないのが難ではあるが慣れれば何とかなった。

もう一箇所は「JR蒲田駅西口の飲食店街を工学院キャンパスを抜けた交番の隣の3Fに「かまた生活支援センター」があった。大森から蒲田に出る。しかしここは、父親が許さないだろうと思う。工学院に入る前までの繁華街が柄が悪いのだ。両方の施設職員さんと相談した。現在の作業所は知的の関係者が厚い。ところが今回の「プシケおおた」は精神の関係者が中心となる。集団の様子がちょっと違う。改めて**子と父親を交えて見学し、利用を勧めようと思う。

どこの施設も少し不便なところは、雨天時、通所者がガタ減りになる。そのおかげで、時間をかけて相談員さんと時間をかけて話すことができたのだった。どこも私と**子の関係を不可解に思うのだろう。

しかし、フリースペースとか、引きこもり青年の社会復帰活動という話は、一番伝わりやすい場でもあった。やはり鬱(うつ)の関係で利用されている方もいるようだ。自分もホームグラウンドに帰ったような気分で話すことが出来た。

大事なことは**子のQOLを上げることだ。そのことによって、選択肢が増える。自己実現を投げかける対象ができる。職員さんも柔らかく、施設の目的を熟知しているように思えた。問題は「通い」である。

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しかし「かまたセンター」からの帰り、軽く外食してから帰ろうとすると携帯が鳴った。専門端末用携帯に何回連絡を入れても応答しないからと苛立ちを露わに、JR相模原の塾長から連絡が入った。深酒君が無銭飲食で逮捕されたというのだ。ちょっと違和感が走った。かれはもともと異様に細かい。酒の勢いに飲まれても、所持金はいつもゆとりがあった。これはこれで問題なのだが、家庭が過剰な小遣いを渡しているからだった。

「何かおかしい。余計な事情が絡んでいるような気がする」と塾長に伝えた。さすがに、今から相模原に来いとはいわなかったが、私が帰宅後、食事の最中に塾長からまた電話がかかってきた。かつあげを隠すために仲間の店に引き込まれ、彼の連れが必至の思いで逃げ出して通報した。それを無銭飲食したからと店側が居直ったらしい。もともと社会人再出発のための進学を志した青年である。挫折しても完全に荒みきってはいない。警察も常習の店を知っている。かつあげ犯の捜査に切り替えて、彼は調書を取られた上で即刻釈放された。親御さん同伴で、塾長が彼を引き取ったが、こういう事例は毎年起きる。年度末に記録更新と塾長を労って(?)電話を切った。油の無い赤身肉の生姜焼きは、さめてかちかちになっていた。

帰りは、東海道線の通勤時間の混雑が嫌だから、大船まで根岸線で出て、大船で買い物をした。出直しのネジを巻かなくてはと、高値となった三ケ日みかんをながめていたら、値引きすると後から声がかかって、勢いで買ってしまった。風味が無い無駄な買い物だった。そういえば「くさったミカン、くさったリンゴ」論があったなとふと思いだすのだから、やはり悲しい。

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大船渡の仮設を歩くために、押さえねばならない地点を選び出している。運転手が見つからないときの準備だ。実態調査は基礎の基礎。だから、やってくる。

陸陰極
夜間傾聴:塾長(夜間傾聴にあらず)
     橋本3君(仮名:本人、めずらしい)


(校正1回目済み)

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2/13 世話人会の芽作りは失敗しましたが

2012-02-14 06:27:34 | 引きこもり
2012/02/13 記
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夜明け前まで資料を作っていた。「仮設カーシェアリング」を担う人々の情熱の部分をあれこれ考えていた。

共用車が仮設に届いたとする。チューンナップした車にして、被災地行政に手渡すところまでは、非被災地の支援者の情熱が、そこかしこにこめられている、しかし、その共用車を有効に運用するのは、地元の車の免許の所持者であり、現地駐留ボランティアである。つまり共用車を活用するのは、車を贈る側だけでなく、運用に携わる方々との共同作業がなければ、効用が引き出せないという当たり前の事実だ。この協力関係を生み出すには被災地の支援者ネットワークに連携して、みこしを担ぐ他方の方々と、仮想の利用場面のひとつひとつを共有していく必要がある。

大船渡のネットワークに参加し、その協働の芽を生み出さねばと考えていた。幸い人かの方は知りあいである。東京在住の方がいらっしゃるので、躊躇していたメールをだすことにした。

その企画を裏付ける実態調査をやっておく必要があった。これは3/1~4の大船渡・陸前高田の仮設めぐりだ。先日の南三陸に係わっているTさんの話に寄れば、気仙沼は広い平地と遠い高台という条件にあり、仮設カーシェアリングの共用車の対象になる地域ではないかという。大船渡・陸前高田に加えて気仙沼をまわるなどということは、その数からしても無理なので、大船渡・陸前高田めぐりということだけでも実現しておきたい。平日を1日入れなくては行政関係者と話し合うことができない。そのために運転手さんが年休を取る必要があり、そこが下手をすると私ひとりになる可能性がある原因となっている。

往復1万5千円と宿泊費7千円として、2万数千円とレンタカー2日間料金とガソリン代を抱えるとしたら6万円を私が持つ形で運転手を雇うことは無理だ。自分の目を恨めしくも思うが、されば現地で協力者を得れば2万数千円は安くなる。3万数千円なら、なんとか抱え込むことができる。しかし木下氏の講師料の分割が残っているので、やはりきつい。

巡回は、仮設の立地環境・医療と買い物の状況・仮設間コミュニティバスや大手スーパーバスの運行状況等が主な調査項目だ。欲張ってもだめ。まず大船渡、次のどちらかをまずは完成させること。運動の必要性の裏づけと、湘南の関係者の説得資料となる部分だ。

また湘南の地元では、「仮設カーシェアリング」の大切さを伝える企画の必要性や、ともあれ世話人会を作り出さねばならない。今回は、ボラバスの反省会(サイゼリアにて)との時間の衝突、藤沢市長選の翌日ということもあって、会合は嫌な予感どおり、3名。仮設の影の部分の必要性を論拠にした活動が、なかなか馴染まないこと、市議さんに必要性を説いたが、特定の政治勢力に依存しないという立場が、逆に活動の根無し草的危うさと取られるという困った事態が進行しているように思う。何が優先かが見えるまで、これはこれで今後も個別説得は続けていく。

実際、車を抱えて企画が後追いという活動の腰の重さが出ているが、今、私に出来ることは、仮設カーシェアリングの実現可能性の条件を膨らませていくこと。

1)仮設の実態調査(運転手問題だめなら、大船渡を歩く。)
2)大船渡・陸前高田の支援者ネットワークへの参加
3)現在確保している車を庭に抱え、車検を通しておくこと
4)タクシー会社、整備工場まわりをして実費を算出しておくこと
5)オンライン通信の発行(高校生との対話版・取材活動)
6)市議さんの説得・関係団体への協力要請
7)被災者の生活の言葉を拾っている映画などの開催
8)被災地交流企画の推進(見守り活動推進の専門職の講演)
9)写真展(現在進行中)

ここには、まだ引きこもり青年たちの活躍の場が登場しない。5)・7)・9)の企画推進に呼びかけられないか。

私はこれ以外の領域で、防災・被災動物保護をしているが、「東北を忘れるな」ということ、家族と仕事と財産を失い、孤立化を深めている単身者(独居者)に寄り添う活動を専門家の活動から拡張していくこと、ここと関連付けて行なっていきたい。

今回の会合で、「車が来たときその車を誰が運転するのか」、「仮設の若手の善意にずっと依存して企画を立てていいのか」という問いは、今後の書き込みに反映させていくつもりだ。


夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)



(校正1回目済み)


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