湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

DAISYコンソーシアムの講演会に参加し/横浜Big Issue販売復活歓迎!

2008-07-31 06:52:10 | 引きこもり
朝、8時前にホームのケアマネさんから連絡電話が入る。父を8:45にホームに送り出して、やっと父の介護の比重が平常時に戻る。母が帰ってくるのだ。朝食の食器を洗って9時半、とにかく眠った。起床11時半。昼食をとって巡回へ。

人は鋭敏だから疲れは伝染し、対面しても警戒されてしまう。こういう日は淡々と学習指導に徹した方が、結局はいい結果になる。多摩センター君(仮名)と会ってから、臨時に任された不登校をしている小学生のところに立ち寄る。当人ではなく親御さんである。明らかな自閉症スペクトラムの方の悩みだった。すでに診断を受けていたのだが、そのことを学校の担任につたえていなかった。学校が成しうることを説明して巡回を終えた。

寒川に戻って図書の返却期日が来ていた書籍を更新し、虎ノ門の日本財団ビルに向かった。

DAISY というXMLで記述されたWEBのような国際標準書式のソフト開発会議が行われていた。各国代表から、自国のDAISYの研究局面が語られたが、DAISYが障碍者のツールと呼ぶその価値がはっきりと語られていかないと、結局は書籍のタイトな音声追加ツールになって、単なる提供機器に終わってしまう。当事者が見聞きするだけでなく、マルチメディアの自己表現ツール、コミュニケーションツールに育って欲しいと願う。(講演会の詳細は下記)私は「わーく」の活動の中にDAISYを取り込むことを考えている。それは表現とコミュニケーションのツールとしての次世代DAISYの意味と、情報共有と障碍者の職域としてのDAISY出版という現世代DAISYの機能と価値を社会活動に変換して取り込むことだと思っている。

●「オープンソース戦略によるDAISYの技術開発」

なお、動きの詳細は下記より。

●「障害福祉研究情報システムDINF」

今回は、主催者以外に神奈川の知人がいなかったので、お互いの顔合わせも東京のSさんぐらいしか話しこめなかったが、名刺交換しながら、やっと老舗が動き出してくれたので、ネット化の端緒は開けた気がしている。トップダウンの活動なので、なかなか横のつながりが見えてこないのだ。

「ノーマライゼーション」8月号をPJメンバーへのお土産用にいただいてきた。

今日から、8月9日用の提案資料作りに入る。PJと「わーく」編集部の双方のパンフレットだ。

----- しかし9日の設定は失敗した。個々の実践の芽は確かにあり、そこを育てることが地域に意味を持つことも分かる。しかしそれは従来積み上げてきた道であって、今起きていることを眺め渡す対話を交わした方が実が多いと思うのだ。これは空語ではない。見難い時代にどう踏み出していくかを経験交流することで、探り当てる必要を感じているからなのだが、共鳴する部分を広げていく活動の方法論が無いように思えてならない。経験交流が触媒効果を生むと思っているのだ。(皆さんの)「私の最前線」としたのは、そのことなのだが、時間も決まらない状況で、唸っている。

(入手書籍より)

●「The Big Issue No.99」>横浜ジョイナス口の販売員さん、復活。買うからがんばって!

夜間傾聴:******(親)
     町田さん(仮名)


(校正1回目済み)

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母が留守となった父の介護から考えた(2最終)家は戦場と化した

2008-07-30 06:49:53 | 引きこもり
父との二日目の日が過ぎていった。とにかく次の瞬間何が起こるかわからない父との生活は、紐でつながれているように離れられない。昨日は脳の血管が詰まったり、破裂したりして様々な心身の障碍が出てくることを語っている番組があったので、半身麻痺が起こっている原因を話した。全く無視。

「痛くない、平気だ」といういつもの応答。
「痛くなくても麻痺があれば異常がでているということでしょう?」と問う。
全く無視。

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昨日は巡回と労大研修があったので、炒飯を作り暖めなおすだけにしておいた。覚悟してガスの元栓を閉めて家をでた。しかし、気が気ではなかった。父が元栓を戻す格闘をするからだった。元栓は、収納扉の向こう、高さ30cmのところあるので、中腰が出来ない父は、元栓に手を伸ばすことが出来ず転がってしまう。その場に座り込めば可能だが、今度は立てなくなるのだった。

そうは言っても、ヤカンを何度も丸焼きにし、ドライヤーを動かしたまま水に漬けてしまう前科があるので、労大が始まる前に電話を入れた。1回鳴っただけで父が出て「大丈夫だ」と言った。

22時すぎに家に戻って驚いた。父が階段に寝転んでいた。3段下には電話の子機がころがっていた。滑ったのだった。しかも父は、今滑ったのではなく、すでに何分かそのままになっていたのだった。厨房はすさまじい状態。満たしておいたヤカンの水が床にこぼれて飛び散り、椅子が横倒しになっていた。冷蔵庫はしっかり閉まっていないために、警告音を鳴らし続けていた。入口に近い冷凍食品は溶けていた。

茶の間には湯飲み茶碗がたたみの上にころがり、茶のしみがついていた。食卓は斜めに曲がり、その足でびしょぬれになった新聞が引きちぎられていた。セコムの非常用スイッチは電話の親機の横に放置されていた。

これが要介護3という状態だろうか。亡き祖母の尻拭きにつかったぼろきれと新聞紙を取り出し、こぼした水分を吸収した。手すりを伝って父がやってきて、一瞥すると濡れた戦場の茶の間に座り込んでTVをつけたのだった。

斜めになった食卓のまま、買ってきた寿司を目の前に出して、床に転がった茶碗にお茶を注いだ。私は耐えられなくなって、リモコンを取り上げてTVを消した。

想像が付いた。座ったまま、遠方のポットから茶を注いだので横転した。食卓の中で起き上がったから、卓がずれ、茶碗も飛ばしてしまった。雑巾の代わりに座布団を使って水気をこすった。そしてまたこけて、サイドボードの中身を地震に遭った痕のように転がしてしまった。居心地がわるくなって厨房でインスタント麺を食べるために湯を沸かそうとし、やかんをひっくり返した。水を取り出した冷蔵庫のふたがいい加減に閉まっていたことを、その騒ぎで忘れてしまった。あせって電子レンジの中をみると、グレープフルーツが破裂していた。

8時間家を空けた結果だった。これは惚けではない、家事体験不足と半身麻痺の結果なのだ。すべてそう。

濡れた靴下を脱がせ、寿司のセットの殻を下げた。

今日は8時30分に、ホームの車が通所デイの送迎にくる。あと1時間。就寝は送り出してからだ。

今日はDAISY の国際シンポと関東関係者の集まりがある。もとのブログに戻る。

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8/9(土)の会場が決まる。茅ヶ崎市のコミュニティホールC会議室

しかし時間と中身がまだ決まらない。困った…。

夜間傾聴:******(親)
     町田2君(仮名)
     入谷さん(仮名)


(校正1回目済み)
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母が留守となった父の介護から考えた(今回は私的内容のみです)

2008-07-29 05:36:27 | 引きこもり
家事は際限が無い。母が法事で家を空けること2泊が決まり、何十年ぶりかの父とふたりの生活が始まっている。私も普段から家事の一翼は担ってきた自負があったから、これほど手を焼くとは思わなかった。次々に現れてくる仕事は、母と私の1+1=2の2の仕事分ではなく3や4の仕事となるのだ。動きながら観察すると、母に任せていた仕事は、母の流儀で整備されており、母の記憶に沿って結び付けられているから、その空白を解釈する仕事が結構大きいのだと気がついた。母が父より先に逝ってしまったら、この生活が始まるのだと思いつつ、夏期講習が前日の日曜日で一段落して、丁度よかったのだと胸をなでおろした。

とにかく父は、身体が不自由であることより先に、不精が目に付く。急須の茶を絞らずに放置するから、1杯で茶がだめになる。冷蔵庫の開閉があったら、追いかけるように庫内を見ておかないと、扉を力一杯閉めるので、扉に並べてあった生卵が飛び出して、割れて流れてきたりする。それを何十年も母は父に小言を言ってきたのだ。それがかけらも直されていない。無神経さが鼻に付く。父がひとりになったら、地獄の窯が開くのが目に見える。

先日、父が転倒した痕が痛いといって、母に寄り添われて、普段と違う近所の医師に臨時にかかったことで、治療薬が混乱した。痛み止めと血圧の薬がごちゃまぜになって分からなくなったり、湿布をしたままトイレに入り、剥がしてトイレに流したために、排水口がつまってしまったりと、信じられないことが追いかけてくる。

この絶え間ない緊張が異様な疲れを引き起こす。これは障碍のある方を家族に持つ主婦の疲労なのだとわかる。肩透かししながらルーチンワーク化して流していかないと身が持たない。ケアマネさんから、在宅補助のヘルパーさんをつけられると勧められたが、父の身辺介助は確かに助かるが、私は母とふたりで祖父母の介護を合算十五年分担してきたから、介護は父の件が初めてではないのだ。だからヘルパー制度の中途半端さも、嫌というほど体験してきている。この頃、父は茶の間に陣取り、年寄りはいい加減にしろと非協力の怒りをぶつけていたのだった。家事介護への無理解は自分の番になっても、動きが理解できないうちに認知症が始まってしまった。

父の不始末でこぼれた茶を拭いている横で、薬を飲んで包装紙をラーメンスープの残りの中に入れてしまい、水をくれという。前は父を厨房へ立たせたが、今それをやると転倒してしまう。入れ歯を湯のみ茶碗に漬けて、放置してあったものを、その中で軽く濯いで、再び口に入れる。その湯飲みの茶を飲んでしまう。これを見たとき思わす吐き気を感じて悪寒に堪えた。家事介護は命を支える仕事という自覚がなかったら続かない。小さなずれが重なって決定的な嫌悪や殺意に転じてもおかしくない。それほどまでに互いの心の深部に接する営為だから、だから互いのやりとりだけに視野を閉ざしてはならないのだ。その極端に私的な営為に見える部分にさえ社会は投影されている。核家族化が進んでいるから、それがいいとは言わないが地縁・血縁が切れているから、現に私だけが父を抱えているのだ。

父は野球が好きだ。昨日も一日中、高校野球を見ていた。ところが私が「どこと、どこの高校の試合なの?」と父に聴くが、一回も答えられたためしがない。神奈川の代表はどこと聞いても分からない。TVはただ音の中に身をおくことに意味があり、時に走ってる姿に喜び、興奮するアナウンザーの調子に自分を合わせる。それがいいとも悪いともいわないが、寂しい晩年だと思う。

主治医の定期検査のために父をタクシーに乗せた。注意していないといけないことだが、タクシー配車依頼は、目的地を告げてあっても、先方でドライバーと交信し我が家に向かうよう無線確認するときに、なぜか最終目的地を伝達していない。私が医院の前から電話して、父のいる我が家に配車依頼しても、父が目的地を言わない限り、ドライバーは車をどこに走らせたらいいのか分からない。こういう些細な経験を蓄積していないと思わぬ事件に直結してしまう。前例で言えば、父は医師の名前を覚えなかったので、青ざめたドライバーが会社を経由し、私の携帯をナンバー通知機能を使って、私に問い合わせを返してきたことがあった。確かにドライバーは災難である。

先読みと観察、そのための経過の記憶、このことが介護の能動的な性格を決め、専門性へと道がつながっていく。この部分を普遍的な言語で掬い上げていくことによって、支援者との活動の共有が生まれる。観察をどこの視点におくかによって、父のノイジィーな防御壁の向こうの要求に応じることが出来る。

父が医院で2度腰を抜かし、転倒し、それを見て見ぬ振りして手伝わない看護師への怒りを飲み込んで、医師と会う。このとき、医師の解説のワンマンショーにさせずに、短時間に濃縮したレポートと質問を行う。これに応じる医師を善しと私は考え、嫌な顔をする医師を篩い分けている。今の医師はボーダの評価だ。

本人が自分自身に向き合ってくれているなら、私はそのサポートに入る。しかし局面を見ぬ行動を続ける限り、それは身体の声を聴かないことになってしまう。人は意思的な存在だが、そのここかしこに身体のほころびが露呈している。その総体をもって、私は父を父として、患者として理解する。

今、黄変したパンツを漂白していびきの横で、干している。あと一日である。

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岩波新書の「反貧困」(湯浅誠著)を読み始めた。湯浅さんには一度会わねばならないだろう。PJで呼ぶか、取材するか…。

北海道浦河町の「べてるの家」から「ようこそべてるへ」(2006)が届いた。8/9のストレングスモデルと本人活動の可能性を語る資料として取り寄せた。ちょっと事前解説がいるようだ。

「自閉症の現象学」注文済み。


夜間傾聴:******(親)
     町田さん(仮名)
     多摩センター君(仮名:こちらから)

p.s. 夜が明ける、2階から親父が降りてくる。お願いだから寝室に戻ってくれといえど無視、TVがついた。(4:50)

(校正2回目済み)

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ともあれ、夏休みに入ったようです

2008-07-28 06:19:32 | 引きこもり
昨日は夏期講習前期の私のコマの最終日だった。高等学校卒業程度認定試験(8/6.7)の間際であるが、当日の試験会場、日大生物資源科学部(亀井野)や国立市の一橋大学も今年は出向く必要なし。所詮窓際なのだ。それよりも、試験間際に落ち込む連中の面倒をみろという具合。因果な役割である。年に2回あると、やはり気分が違う。

昨日はいわば演習補助。私は自閉症スペクトラムを抱えた子の最後の磨き上げのような仕事というか、厄介なので頼むというか、当人が呼ぶというか…いわば悪知恵を吹き込むお仕事。自信持ってやっておいでというが、深い内心忸怩たるものがあって、もう少し自分が担任だったら時間がもらえるのにと思っては、気持ちを飲み込んでいる。

中2のコマもあり、こちらは、やりたい放題のことをやってきた。言っても冗談で受け止められる子たちだ。あるひとつの職業がどのような基礎知識に支えられているかを語ったのだが、以前は農業をやって、きょとんとされたこともあった。経験とは何なのかというような話や最前線の実務研究と取り結ぶ場面で、わけわからない話が始まったという具合。今回は意外性は少ないが、ある花屋さんの話。興味ね~という顔も、数分後には何とか聞いているから、まんざらでもないだろう。

寒川に立ち寄り「協働コーディネーター」(世古一穂著)を借りてきた。まさに「興味ね~」の世界だろう。寒川は結構不可思議な書籍がある。

●「協働コーディネーター」

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サポセンに立ち寄り、7/26の福祉カフェの様子を聴いた。焦点があって、なかなか充実した会だったらしい。PJ紹介はTuさんがまとめて語ってくれたとかで、私が下地を書いたチラシも手直しの上、配布。詳細はわからないが新聞記事に大きく載ったとか。神奈川新聞だろうか。

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母が月・火と家を空ける。父との戦争が始まる。今日は買出しから始まる。

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神奈川職業リハ研の「職場定着を進めるには!?」シンポに出て

2008-07-27 07:05:21 | 引きこもり
夏期講習代講が飛び込んできたが、神奈川職業リハビリテーション研究会の会合があるので断ってしまった。研究会の参加費二千円がちょっと恨めしかった。さもしい話だ。まあ、戸塚に出来た就労支援研のDVD「ともにかがやく」や、論文集が付いてきたので納得ではあるのだが。

「職場定着を進めるには!?その3企業と特別支援教育との協働」がテーマ。横浜市の健康福祉総合センター4階ホール会場は、3分の1程度の入り。少々さびしかった。プログラムは以下の通り。(敬称略)

第一部:
金崎拓郎 (第一三共ハピネス株式会社)
平野 章 (ファイザー株式会社横浜パッケージセンター)
悪原義範 (県立鶴見養護学校)
薮内雅子 (県立茅ヶ崎養護学校)

それぞれの活動紹介が行われたのだが、金崎氏の話は、当人と家族・特別支援校・企業の連携のあり方の概念的な説明比重が多く、主眼は明快なのだが、担当者が毎年変わるので、コーディネーター役のサンシティの継続的な支援に依存している部分が大きいとか。しかしこちらは、茅ヶ崎養護・小田原養護卒業生の就職先として門戸を開いている点は、評価が高い。データもレジュメの形でいただいた。

次の平野氏の話は、いわば寝技。労務管理からすると大胆な試みをしている。これは精神障碍の方から得た体験を反映させているからで、たとえば職場で「挨拶は、しない」とくる。朝礼のときと、作業終了の就業のときだけ。これは精神の方が、通りすがりの出会いの挨拶をし忘れたことが気になり、一日中悩んでいたというような事例が背後にある。TEECHのように、一日の明快なスケジュールが提供され、作業の分業が共有できるように工夫されている。残念なことにこれらの論拠を平野氏の好みの話に短絡させてしまうので、危うさを感じることだ。

次に悪原氏は前任校「緑養護」との比較を交えての話であり、同時に地域の横浜北部就労支援ネットワークの取り組みが紹介された。いわば定着支援の弱い養護卒業三年目以降のフォローをどうするかという問いかけがあった。家庭訪問の際、データを共有してケース会議を深めるためにも「チェックシート」を生み出そうとしているとの話だった。

最後の薮内氏はケース会議の成果が出た定着支援の実例紹介が面白かった。そのうちのひとりは、どうやら私が知っている方だったので、外部の地域支援者には、地域の自立支援協のような大半の支援者が出会う場があり、そこで調整してケース会議が決まっていく水面下の動きが見えないだけに、地域ネットワークと言ったとき、親御さんと特別支援校、就労支援センター、対象企業を地域と呼んでいることに気が付いた。いつも気になっていた部分で、就労支援は適性とマッチングという「あてはめ」の地域サポートという考え方が基準になっている。これだと、精神障碍の成人発症の方とか、手帳を持っていない軽度の方が、入りようがない。そこまで手が回らないというところなのだろう。しかし知的の方が仕事に向かうときの賃労働ではない純粋さは、代えがたいものがある。人の輪とつながり、自分を活かしているときの喜びは、社会的挫折からの復活の道と重なりつつベクトルが違う。どう整理していくかなと、課題が残った。

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帰りに沢渡の県社会福祉会館に資料返却に行く途中、9/4の発達障害者就労支援セミナーの申込用紙を、仲町台から移転してきた横浜市発達障害支援センターのポストに投函した。一方職リハは、次回「加齢」のテーマが入ってくる。生涯のトータルサポートをどう取るかというところの中に就労支援が入ってくる。この部分で「地域」をどう生活支援と融合させていくかという部分に、市民活動の出番もありそうだ。いずれこの部分はまとめてみようと思っている。

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昨日は、茅ヶ崎サポセンでは福祉カフェが開かれていた。Mさんに任せきりだが、どうなったか…。

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相鉄線で海老名に出た。夜だったので入谷は危ないので、入谷さん(仮名)に海老名まで出てきてもらった。時間が遅いのでレポート等の用件のみ。間が悪く相模線が来てしまったので茅ヶ崎に駆け足で戻った。延長戦は夜間傾聴の時間帯へ。


夜間傾聴:入谷さん(仮名)
     ******(親)
     大森海岸君(仮名:中古LinuxPCの自慢<だよな)

p.s. 転倒したところが痛み出した父を母が近くの医者に連れ出していた。こういうときは電話してくれと注意したが、母が父を支えるとき捻挫でもされたら大変なことになる。結局湿布薬で終わったということで、大事にならなかったのが救い。帰りに買った弁当をがつがつと食う父の様子にため息がでた。母への配慮が欲しい。


(校正1回目済み)
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不登校・引きこもりは育ちが悪いのか?/藤沢市自立支援協就労支援部会にお邪魔

2008-07-26 07:33:53 | 引きこもり
昨日は巡回1件。相模大野の御宅にお邪魔した。親御さんが留守のとき、自宅は彼の城に変わる。しばらく話す機会がなかったので、話題を探さなくても、彼の中に話はいっぱいたまっていた。私はこういう時間が、いつか振返ることがあったならきっと輝いて見えるだろうと思う。家族が買い物から帰る短い時間だったが、また来ることを約束して、あれこれみやげを置いてきた。「いらねえ」という彼は、笑っていた。彼は大森海岸君(仮名)が作ったLinux 中古PC を使ってアクセスできるようになった。出会うことがなかったふたりがPCを契機につながり始めた。

藤沢に戻って、藤沢側の自立支援協の就労支援部会を見せてもらってきた。既知の面々、あちこちでお見かけした方々ばかりで、話題もそんな関係から予備情報に補填されて、大体見当がついた。初対面の団体のわからなさとは、内容の問題というより、その団体の地域の出来事の関連のわからなさだ。守秘の関係で、中身は書けないが、市民活動が地域のつなぎ役の一部を演じる登場部分がありそうだ。

ただそこのニーズそのままを展開している市民活動はまだない。就労は市町村自治体枠では窮屈なことが多い。湘南東部地域(茅ヶ崎市・藤沢市・寒川町)を核にした湘南地域の神奈川県の一部ぐらいの感覚が実用的に思える。主に対企業の関係だ。団体への行政支援は市町村単位のものがある。だから市町村単位の活動も当然ある。藤沢と茅ヶ崎の差は、要は窓が開いているかブラインド・シャッターが閉まっているかの違いだ。この交流からは、もうすこし経てば、紹介できる部分もありそうだ。

26日は県職リハ研の会合だ。茅ヶ崎養護学校の就労支援、とくに定着支援の事例についてY先生が語る。この日、茅ヶ崎サポセンでは福祉カフェ。地域就労支援PJ紹介の材料を提供して、職リハに出ることにしている。Mさん、ごめんなさい。この職リハに藤沢の面々がそのまま移動のようなことになるのだろうなと思っていた。

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いつもは木曜日の労働大学の研修が、今回は珍しく金曜日にあった。労働組合法の2回目。私は企業内労働者の立場ではなく、派遣やパートなど非正規雇用の雇用者による脱法行為の相談があるとき、専門家につなぐ役割を考えている。だから労働法やら少年法のダイジェストは、かじっておく必要がある。しかし今回の労働組合法の話は、直接関係する話は少なかったが、なんとも策略奥深い事例が多く、この企業が障碍者雇用をするのかと思うと、採用を手放しで喜べないところがある。彼が勤労者として働ける喜びに共感しつつも、前途に暗雲を見てしまう。

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>>>>>> 今日の新聞記事探索から

●「働くナビ:労組の労働者供給・派遣事業って何?」

---- 労組が派遣?よりまし論に陥っていないか。

●「不登校・引きこもり「育て直し」を支援…青少年施策大綱」

●「ネットカフェの「匿名・深夜利用」、法規制目指す議連発足」


---- この2点は、どうしようもない。過酷な職場に耐えろ、はずれるのは「しつけと堪え性がないからだ」という論は、社会矛盾を個人に転嫁しているだけ。「不登校・引きこもり」は、「しつけがなっていない。わがままだから」なのだろうか。鈍感にもほどがある。

---- ネットカフェがなければ、路上に寝ますよ。それも排除するんですか。

今回は、しょうもない記事2点+1点。


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夜間傾聴:*******(本人:こちらから)
     相模大野2さん(仮名:こちらから)

p.s.父の異常な食欲がぴたり止まった。水も飲まずに茶の間でごろ寝を延々としいびきをかいている。危ないなと思っていたら、厨房でふらつき、どっと座り込んだ。どうしても立てないのだ。匍匐前進させ、椅子の背もたれに寄りかかり立たせた。様子が変。土日、何もなければいいが…。


(校正2回目済み)

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堂々巡りをすこしずつずらす粘りを/兵庫県で障碍者トライアル雇用に動きが

2008-07-25 06:12:59 | 引きこもり
間が作れず、書き込み失礼しました。

一昨日はドロノワ倶楽部の陶芸WSが午前中からあったこともそうなのですが、夏期講習の補助が増えたことと、父が原因の母の家事忌避が大きいのです。7/26に茅ヶ崎市民活動サポートセンターを会場に、NPOサポートちがさきが「福祉カフェ」を午後開きます。このとき、地域就労支援PJの自己紹介パンフを配布しようと、新しいチラシを作っていたのです。昨日、β版が出来上がり、理事会承認を待っています。OKなら、本ブログでもご紹介したいと思っています。

責任者Mさんに見せましたが、「むずかしい」(ボツかも)が感想でした。これを言うときは、実は「慎重に検討しないと危ないんだから、もう」という意味です。「むずかしい」とか「専門」とかいうと、私が内心喜ぶと思っているのは、甘~い。

見た目読みと、内容読み(熟読)によって、大づかみできるようにしたつもりなんですが。

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昨日午前中、珍しく問い合わせ電話が入りました。といっても、以前お話した方。ご自身でも市行政と交渉し、肩透かしの経験をされてきた方ですが、相談相手が30代近いのに、お若い声なので親御さんではなさそうなのです。同業者かなと思いつつ、茅ヶ崎に大人の居場所がないのはなぜというご質問は耳が痛かったのです。主観的には、あねもね(ぽれぽれ)の活動が大きく、これがカウンセリング活動だったために、当事者の横のつながりが育ってこなかったことかなと思っています。皆、横浜などに出て行ってしまう。

ただ私が「居場所」というときは、東京シューレに見るように、様々な当人の活動が湧き上がっているイメージで、一律静かな静養の空間のイメージではありません。勿論、静養を否定しているわけではありませんが。

物理的な空間としての「居場所」がないと活動は求心力が得られず、繰り返し泡沫のように出来ては消えていくことになりがちです。定期的に公共施設の部屋を借りて運用しても、なかなかうまく行きません。必要として飛び込める空間の価値は確かに高いのです。しかしそれには、家賃支払い維持と、まとめあげ常駐スタッフがいないと、空間が維持できません。

そこを携帯ネットワークのような仮想空間に、代替させられないかと思っているのです。ところがこの携帯のすぐ向こうに、相手が控えているという関係を作るには、システムではなく、運用経験がひとを媒介するのです。入れもの(システム)を先に作っても魂が入らないのです。このお互いの活動を作ることを通して、システムに命が吹き込まれるのです。この活動が私は「わーく」編集部活動だと思っています。卵かニワトリが先かではありませんが、ジレンマがあります。運用しだいで、相当ホットな関係が生み出せると思っているのです。

会いませんかとお話して、電話は終わりました。「居場所、作りましょうね。」

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父がまた家具にひっかかり転倒。トイレに急ぐ途中だったので、悪夢のようなことになり、立たせて椅子に座らせる格闘があって、私の衣服を全取替えしました。夏期講習の時間が迫っていたことがあって、サポセンに7/26資料を届け、慌しく買い物を済ませ、コインロッカーに入れ、東海道線に飛び乗ったのです。日によっては、父の食事のために往復2時間強の職場から一度帰らねばならず、澱のような不満が溜まります。間食をやめ、食事時間を任せてくれれば済むことが、通じないのです。いずれ常時介護が必要な状態になったら、ショートステイをいれて、家族の命の洗濯をすることになると思います。

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一昨日は、朝出と夜間傾聴の、ある方の危機に寄り添っていました。
医師ではないので診断は出来ませんが、鬱病かなと思わせる周期的な不定愁訴があって、夜明けをご一緒にしていたのですが、投薬治療が必要になっていました。当人のカウンセリングは病院でサポートしていますが、不眠と早朝の危機を受け止める機関は、いのちの電話か私のようなボランティア(危うい綱渡り承知です。)が、取りつないでいくことになります。

深い心の声を引き受けたあと、父の強引な早起きと重なるとき、こころの解きほぐしと睡眠時間確保は慣れがないと超えられないでしょう。昨日はそういう臨界点にありました。固定的なメンバーと、何人かの入れ替わる方との対話だけで、個人の限界は来ます。より公開した形にするには、夜間傾聴辞さずというスタッフがいります。

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精神・発達障碍の闇、就労支援に、なす手はないかと…
●「非正規雇用 訴え切実」朝日埼玉版

トライアル雇用を行政がシステム化、始まった障碍者雇用。
●「障害者と企業「お見合い」」朝日兵庫版

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夜間傾聴:******(親)
     橋本君(仮名)
     大森海岸君(仮名;Linux話)

p.s. 書き込みをしている朝5時、父が手すりを伝って茶の間に下りてきた。茶をこぼして大騒ぎ。お願いだからあと1時間の頼み虚しくTVが大音量で付き、近所の雨戸が開いた。冷や汗をかいている。

(校正1回目済み)
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10時からTOTOドロノワ倶楽部の不登校の子のWSがあるので

2008-07-23 06:16:45 | 引きこもり
今回は、書き込みを休みます。
すみません。
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小学生の連休代講授業を久々に/8月9日を立ち上げるために

2008-07-22 07:19:19 | 引きこもり
連休があると、私は休暇を撮る専任講師たちの穴埋め仕事が出る。久々の小学生の授業は調子が違って楽しかった。考え方が二つあって、担任の中継ぎなのだから無難にこなして引き継ぐという方法。これが案外難しい。専任講師が私より若いから、学校と塾の担任を見比べるように、もうひとりの変な親父を比較の種にする子がいて、担任がじんわり嫌な気分を味わうらしく、あとで小言がでるのだ。大概は言い回しや、手順のこと。

もうひとつは、全然関係ないワン・スポットの授業をやってしまうこと。このときは、注文を引き出すようなことをすると、あとで担任が苦労するので、一方通行芸で押し切る方法だ。しかしこれも文句が出るのは、関係がうまく行っていないからという私の発想とはずれているので、私に食中毒のようなあとくされが残る。

以前は後者をやっていたが、今は前者をやりつつ、そっと時限爆弾を置いていく。説明不足を授業進度で振り切っているから、「なぜ?」というところを埋め込んでくるのだ。これは中高生だと時限爆弾になるが、小学生はその場で爆発してしまう。これが面白くて、ひげの生えたおじさんや、口紅塗ってるおばさんを教えることに、ちょっと道を過ったかなと思うときもある。

授業の中身を書くのはご法度なのでかけないのだが、不登校現役君たちのまじるクラスは、脱線が楽しい。

ただ、たて積みの仕事ではないので、その前後に巡回を入れて、収入を確保する。

今回は******君のお宅にお邪魔した。授業前にお邪魔したが、親御さんのいうような面会可能な状態ではなかった。ただ彼から「電話するから」という伝言をもらって、ちょっと、嬉しかったりもする。親御さんとの対話は、他の方の事例紹介をしつつ、長丁場の中の振返りの場の大切さを語ってきた。答えを隠して彼と話すのは、やめようという内容。あっという間に単位時間が過ぎて、延長戦は無給。

結局、橋本周りで帰っても、巡回断られ続けて帰宅した。夏休み入口の連休である。巡回相手の子が家にいても、兄弟を連れて家族がでかけるので、承諾確率が下がってるのだ。携帯電話のサブバッテリーが上がってしまったが、相模線を見送りながら(これは案外決意がいる。)、多摩センター君(仮名)、相模大野君(仮名)と話し込んで、帰ってきた。

家には、弟夫婦が来ていて、なるほど、これでは会ってくれないわと、連休を奇妙な形で体感したのだった。父は1時すぎまで起きてこなかったという。弟夫婦も、遠方から来た親戚に親をあずけて、その間を使って我が家に現れたのだった。

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8月9日の企画が煮詰まらないで困っている。参加者を集めるのに、提案者とそのテーマを固めておかないと、誘いようがない。ひとつはPJの役割を起動させること、もうひとつはUさんたちがやっている市会議員を交えたフリートークと呼応して、家族・支援者の考えを「私の最前線」として、まとまった形で話してもらうことだ。これによって、地域の活動活性を高めたいのだ。

PJは、未組織の困難を抱える方たち、軽度発達障害や、精神障碍のように中途障碍の多い領域の方たちのアクセントが強い。この人たちと「ともに」描く地域協働の就労の社会参画的な絵が課題になっている。その活動にも接点をもってもらいたいという願いがある。知的障碍の関連から就労を語るとき、その形は働くことへの喜びが基礎になっている、ところが社会的挫折組の多い精神障碍の側からは、労働そのものが喜びであるということをそのまま受け入れていく活動には、ならない。この喜びを身の軋みに問いかけながら再構築していく動きとなる。企業就労をめぐる評価の違いがあるのだ。

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今回の朝日トップは、ワーキングプアなどの低所得者層の生活保護について、申請受け取り拒否の政策が動いている。生活保護世帯数の急増対策だ。申請受理しないのは違法。

●「生活保護、自治体窓口で申請45% 国の抑制策背景に」(1/2)
●「生活保護、自治体窓口で申請45% 国の抑制策背景に」(2/2)

長期の引きこもり青年は、やがて生活保護のご厄介になる。この道の険しさを示す記事である。

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もうひとつ、気になる記事。中小企業求人の様相が中途採用、またはダイバーシティ・マネジメント(多様性を抱える経営)という形で、障碍者採用枠が広がってきている。

●「中小企業、採用は即戦力重視 中途採用、新卒を上回る」


夜間傾聴:橋本君(仮名)

(校正1回目済み)
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8/9意見交流企画の製作メモ

2008-07-21 08:27:03 | 引きこもり
8月9日に、地元の関係者の提案と交流の会を持ちたいと考えている。時期が夏休みに入ったために、親御さんが出席しにくくなっている。そんな関係もあり関係者が思いの丈を語り合えればいいと割り切り、お互い中途半端に先方の情報をつかんでいる現状を、一歩先までつかみ取れるような状況に話を持ち上げたいと考えた。単純に集まろうと言っても、ことは簡単には動かない。客の入らない喫茶店にはそれなりの理由があるのだが、それでも開かないよりはいいかという居直りもある。

「先方に伝えるまとまったメッセージを、持ち合わせていない」という戸惑いを解くために、「私の最前線」というサブ・タイトルをつけた。できるだけ自由な意見交換にしたいので、会の名前がころころ変わったのだが、企画の目的を盛り込むと、まあ、この感じかなという硬めの線にまとまりつつある。コメントがないので、飛び込み参加は、まだ動く状態である。

会の名前は「就労の水路をひらく提案と交流の集い~今取り組む、私の最前線を語る~」とした。「提案と、交流の」の意味なのだが、「、」をつけてみると、間がよくないので、曖昧な表現を残した。

各自30分語り、Q&A+free talk 30分で、1単位。これを積み上げる。めりはりをつけるために、映像提供をする。

協業の中に開かれる可能性の映像で、「Work and Recovery」「リカバリー」「ようこそべてるへ」の3本を上映する。障碍を矯正する立場に立たないつながりの可能性を示す画像群だ。

今日、なんとか印刷に入りたいと思っている。

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茅ヶ崎は浜降祭だ。遥か海岸方向でひとの早朝移動の音が聞こえる。

夜間傾聴:******(親)

p.s. 帯の文庫結びってどうやるのかと質問あり。男に聞いてもわからんって、もう。

(校正2回目済み)

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厚労省がネット難民に暫定的支援案/バスカード販売員は使い捨てられるのか/「ニッパツハーモニー」講演

2008-07-20 06:56:09 | 引きこもり
朝日新聞夕刊のトップに

●「ネットカフェ難民へ自立資金、高齢者就労支援 厚労省案」(1/2ページ)
●「ネットカフェ難民へ自立資金、高齢者就労支援 厚労省案」(2/2ページ)


という気になる記事が出た。まだ厚労省「案」、他紙は報道していない。

ネットカフェ難民化した非正規雇用者への暫定的支援策だ。
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就労支援事業の推進(入居初期費用や生活資金などの貸与)
職業訓練期間中の生活費給付
社会保険の適用拡大

この3点があげられているが、仕事がなければ元の木阿弥なのだ。この仕事について私は社会的企業(公益的仕事つくりと採用)古くはニューディール政策にさかのぼるような政策だが、これを福祉の分野に展開することを考えている。障碍者就労の課題と共に、重層的な職域拡大を図り、雇用を生み出していく。ヨーロッパの「ソーシャル・ファーム」型の活動を語る時期ではないか。

奇しくも、先日、教育再生懇談会の報告の中に、市町村への相談窓口の市民協働型窓口設置が語られており、こうした流れと合流する形で、是非具体化に踏み出して欲しいと思う。

先日、「ビッグイシュー」茅ヶ崎販売員だったTさんに会った。茅ヶ崎撤収だという。生計を立てていく上で、少なくとも25~30冊を毎日売り上げなくてはならない。これでも、休日を入れていない計算だから、よほど地域理解があるところでなくては、屋根の下で生活は出来ない。しかし、志からすれば仕事で身を立て直すことであり、これは社会的企業の傍流ではあるが、公益性を孕んでいる。こういう仕事への補助を行うというような、芽のある仕事の育成策があるべきだろう。

茅ヶ崎撤収ということで、ふたつ重たい現実を見ている。

横浜相鉄口の「ビッグイシュー」の販売員さんが、私が冊子を買いに行ったとき、ゼッケンもはずして、買い込んだ本を開いたまま、うなだれている姿に出会ってしまった。思わず図書館設置分の2冊に加えて1冊を増やして買いこんできたのだが、これが彼との出会いの最後になってしまった。横浜で売れなければ、地域拡張は無理だ。志を折るような放置をしている政治の鈍感さに呆れている。

茅ヶ崎販売の際に、駅前広場にはもうひとりの見逃してならない職種の人がいる。バスカードの販売員さんだ。SUICAやPASMOが路線バスで使えるようになり、さらにカードに利用ポイント機能がつくと神奈中バス内広告で知った。IC-CARD普及は便利である。ポイント制がつけばありがたい。しかしそれは、バスカード消滅の道であり、売上高払いのカード販売員さんの売り上げを追い詰めている。転職が難しい高齢の方もいる。このまま、使い捨てられていくのかと、社会政策の不在を思う。

企業努力で人材を抱える方向だけでは限界がある。啓蒙的な内容も含んで、公益事業の展開がのぞまれるのだ。このとき、そのひとに合った仕事の仕方を組み合わせていく知恵が必要なのだと思う。ここをどうデザインしていくかが鍵のように思う。

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昨日は厚木のヤングプラザの会場で、県特別支援学校就労促進の会主催のフォーラムがあった。日本発条(株)ニッパツの特例子会社「(株)ニッパツ・ハーモニー」の津中幸廣氏の「事業所の視点からの障碍者雇用における課題」と題する講演があった。

「ニッパツ・ハーモニー」は神奈川・長野に4つの営業所を持ち、重度障碍者18名を含む41名の会社であり、知的・発達・身体の方を中心に親向上の清掃・緑化・廃棄物回収と分別・パソコン解体を仕事としている。神奈川県下には横浜・厚木営業所があり、津中氏は中津工業団地にある厚木営業所の作業スナップを紹介してくれた。

この講演は以下に緻密に指導プログラムをつくり、成果を挙げているかという形の紹介であり、その指示の具体的なことが障碍者(特に自閉症の方)のやる気を生み出しているかを見せてくれた。働くことの喜びをそこに育んでいるのだと説明された。たしかに障碍者の方には、賃金取得と消費の必要から仕事を考えていない方がいることは確かだ。そこに展開されている労働の様は、仕事を実現していくスキル拡大への純粋な喜びや、社会参画していくことへの喜びに支えられているように思う。しかし、語りで気になったのは、職場の協業の部分が浮かび上がってこないことだった。そして買い物を教えることで、賃金を得ることの価値を知ってもらうというくだりは、すっきりしないものが残った。今、ここで作業が出来る自分という、いわば遊びの論理につながる価値が浮かび上がっていることが評価されていないのだ。ニートが消費文化と労働の狭間で自分を見失っているその場に、障碍者を引き込んでいることに、疑問を感じないのだろうか。「なぜ働くの?」この問いである。

職業が個人の能力と適性のマッチングに治まってしまったら、ニート・引きこもりの問いかけは解けない。未熟な人格とその矯正で、ニート・引きこもりを語れば、それは抑圧でしかないだろう。

普通のガンバリズム就労指導講演を聴いた気がしている。ただ大きな価値は、彼らが何をなしうるかという可能性を垣間みさせる画像が豊富であったこと。これは親御さんに見てもらう価値はあるだろう。ただしコメント付きである。

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私の留守中に父が曜日を間違えて、宗教団体の集会場へ出かけていった。その前に事件がおきていた。ガスの元栓を閉めておいたのに気づいて、父が流し下の収納扉の奥にある元栓を開こうとしたのだ。ここはしゃがみこんでも、手が届かない。そのため父はだるまのように転がってしまったのだった。慌てて立とうと手をかけたところにヤカンがかかっていた。幸い熱湯ではなかったが、父はヤカンの湯を浴びてしまったのだった。母が買い物から帰ってきたとき、鍵が開いたまま厨房は水浸し、転々と衣服が脱ぎ捨てられており、素足のまま革靴を履いた父が道端で座り込んでいるのを、近所の方が電話連絡してくれたのだという。家に連れ戻された父は、なぜ元栓を閉めるのかと息巻いたという。

金銭も持たずに出かけていった父。これから路上決戦が続くのかと、母とため息をついている。この話を書いているとき、5時前から茶の間に座り込んだ。TVをつけてこのまま、茶の間で夜まで過ごすのだ。火の始末と転倒という危うさを見張ることで、私たちの行動は縛られてしまう。デイサービスも在宅補助も、その場に家族がいなければならなかったり、帰宅時16時半という縛りにかかって、ショートステイ以外に価値を見出せないのが悩みだ。アンパンを袋のまま、オーブンレンジに入れてしまう人だ。悩みは尽きない。

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夜間傾聴:*******(親)
     旗の台君(仮名)
     多摩センター君(仮名)


(校正1回目済み)

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市町村に就労相談窓口をと…/浦河べてるの家に鍵がある

2008-07-19 07:05:06 | 引きこもり
やっと予約が取れて、午前中、心療内科に言った。当人と間違われるだろうなと思っていたが、案の定、そうで、説明に話がずれて、論旨が通らないもどかしさ。家族の相談という扱い。当人を診察しないと薬を出せないが、レム睡眠行動障害自身は珍しい障碍ではないという話。父の説得に段階が移った。しかし医者が若い。父がまともに話を聴くかなと少し心配。

帰りに遠回りだが海老名に寄った。入谷さん(仮名)と会う。自信がつくと声まで変わってくる。旅立ちかなあと、大人びた顔を見ていた。夏休みに入るせいか、若い連中の姿が目に付く。今までの入谷さんなら、絶対こういう場には出てこなかっただろう。私が仲介した店の手伝いを週に1回はじめたとのこと。力みもないし、まあいいかと思っている。販促チラシやラベルを作る仕事が任されているのだという。

朝から動くと、ろくなことがない。茅ヶ崎駅ビルで買った魚が帰ってみたら、ない。もともと考え始めると、すぐに物忘れする癖があったが、さすがにうんざりした。茅ヶ崎駅南口吉野家で、母の分の牛皿を買って、待ち時間にテーブルの下に入れた。そこだと分かった。電話を入れたがすでに、買い物袋はなくなっていた。電車座席の後ろに折りたたみ傘を置き忘れることは、しょっちゅうある。行動パターンを変えればいいのだが。

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8月9日の会のチラシの件で、どうも皆の乗りが悪い。テーマで話すことが苦手な連中ではないので、ひとが集まらないという高い壁に立ち尽くしている感じがする。労多くて実が少ないと感じているのだろうが、議論の公開セッションは講演会よりはタイムリーと思うのだが、言うことは知れていると思うから、つまらなくなる。

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藤沢の自立支援協を覘けそうだ。昨日の教育再生懇談会中間報告が市町村に「ニート」対策相談窓口開設を提案していることに、追い風を感じている。ここで鍵になることが、当事者性。丁寧なガイドをしても底が抜けている。どこで気持ちを反転させるかは、従来のキャリアカウンセリングではダメ。ヒントは「浦河べてるの家」にある。下記、ご覧あれ。

●「(社福)浦河べてるの家HP」

●「認知行動療法、べてる式。―DVD+Book」


夜間傾聴:*******(親)>事あれば深夜出動する。君はひとりではない。


(校正1回目済み)
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父の徘徊の悲しさ/障碍者の企業就労の職場理解こそ

2008-07-18 07:09:04 | 引きこもり
父が3時・5時・7時半に、寝室から降りてきては、階段途中で考え事をしていたが、なんとか時刻を説明し、寝室に戻らせていた。そんな状況の中、父の介護認定改定通知が送られてきた。「要介護3」に上がっていたものの、介護認定に使われる改訂長谷川方式の質問が、毎回教科書どおりというのは、いただけなかった。短期記憶のチェックに使われる単語群もそのまま。

ともあれ、サービスの幅はひろがった。利用できるサービスについて、再検討を始めている。

幸いというか、昨日の父の徘徊は足の萎えが影響して、門の外の駐車場に座り込んでいるところを近所の方の通報で徘徊を止めることができた。服装が下着姿で革靴というアンバランスのために、すぐ異常がわかったらしい。当人は帰宅後、ぐっすりと眠り、起きたときは徘徊したこと自体を忘れていた。この事件で父の様子は近所に伝わった。目撃者網は多いほどいい。父はタクシーを呼べないが、流しているタクシーを捕まえて乗り込んだり、路線バスに乗ることを前の徘徊のときにしていたらしいので、車の往来のある道路の手前でへたりこんだことは、足腰の衰えとは逆に、少しほっとしているのも事実なのだ。

このメールを書いている最中に、父は怒鳴り声をあげた。レム睡眠行動障害である。薬を飲ませなければ、自己管理が出来なくなった現状で、薬を飲ませているのに、症状が再発したことはどう考えたらいいのだろう。

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家事をやっつけて、なんとか巡回に間に合うことが出来た。フルに働けば、毎日数件は需要が確保できる状況にある。しかし体調を崩したり、家族の介護で身動きできなくなれば、生計の保障はなくなる。今朝の朝日新聞生活欄は、ビクターのCE(コンシェマー・エンジニア)の不安定な労働をとらえていた。「代理店請負い」の形で、非正規雇用社員に製品修理のFAXが入る。しかし、その注文が少なくなれば、何の保証もない出来高払いの仕事である。個人自営業扱いのため、労組の盾もない。社員ではないので、景気の状態で切り捨てられる。私と似ているなと思う。私の場合は、相手が人間。なおさら質的な成果への評価は難しい。今は理解のある担当者が仲介してくれているが、彼が配転されれば、私は身元の保証もない。社会活動という背景がなければ、私のような有償ボランティア以外は、やり手がいないだろう。私の同僚は、いわば派遣家庭教師であるが、私の場合は苦情処理的問題解決屋だから、副業に家庭教師をつけておかないと、時代状況に左右させられすぎて、生計収入が危ない。現実問題、複数収入がなければ、生活を維持できない。

こういう非正規雇用の冷酷な利用の現実の中で、一般企業への障碍者就労とはどのような意味をもっているのだろう。特例子会社の場合などは、こうした経費削減徹底企業がどのような顔で運営するのだろう。企業の社会的責任CSRの広告塔的な顔の範囲で経営することになるのだろうか。採用されてから、彼が充実した勤務を続けることができる環境を監視しておく外部監視の眼が必要に思える。これは時別の監視機関であるというより、必要なのは、彼の終業後の時間に営まれる本人活動の交流の場の結束だろう。そして彼らの要請で動く、実務者集団を背後に置くというような、彼を孤立させることのない仕組みを考えていく必要がある。

今日、新聞各紙は「すかいらーく」のアルバイト店長の過労死認定の記事を載せた。非正規雇用、または管理職の名を冠することによって、労働基準法36条の労使協定の及ぶ資格からはずされて、長時間労働に使い捨てられていく。これを就労の場とするなら、己の身を守るシステムを作るか、CSRの義務遂行のメリットを企業に提案していく活動がいる。

こんな時勢に、重度身体障害者の自立生活シンポが、立川市で行われる。シンポでは企業就労とは少し様相の違う地域就労と生活自立が全面におしだされるが、「街の中に生きる」こと、これが試みられている。

●「「すかいらーく」非正規社員の店長に過労死認定」(朝日)

●「すかいらーく契約店長の過労死認定、残業月80時間超える」(読売)

●「シンポジウム:重度身障者が自立生活語る--19日、立川/東京」(毎日

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一昨日、市会議員と語る懇談会に参加したとき、私は須田・海老名両議員の入ったテーブルに案内された。遅刻したせいで、テーマを選べなかったのだが、須田さん(以下おふたりを『さん』で呼ぶ。)と話し合いになったとき、須田さんの意見の中に、職場のいじめの問題が紹介されたのが印象に残っている。正社員が派遣・パートや、障碍者を差別することで、職場の不満のはけ口にしていることがあるのだという話だった。須田さんには思い当たるいくつもの事例があるのだろう。障碍者雇用を支援していくとき、一番重い問題が「職場理解」の推進だ。ジョブコーチのような形で、企業内に参加し、彼と職場仲間をつなぐ活動は、企業の守秘の壁の中で事が進められない。だから人事担当者への強い啓蒙活動や、事例紹介などの情報提供が大事となる。また制度的にも非所属のジョブコーチの制度的保障を生み出すことも必要だろう。須田さんには、いずれもう少し事例の話を伺うつもりだ。このとき、市や県の枠組みで、なしうることを考えていくことも大事だろう。

海老名さんについては、地域中小企業への就労の話で、地元の包容力拡大について、お邪魔して話してみるつもりだ。

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教育再生懇談会(教育再生会議提言のフォローアップを行う政府機関)が16日、中間報告を出した。その中で「ニート」対策の提言として、市町村に一元化した相談窓口の設置が盛り込まれている。この窓口がNPOを含む地域支援者を含めて考えているのが特徴。

●「「ニート」支援窓口を市町村に一元化…教育再生懇が提言」(読売)

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夜間傾聴:中延君(仮名:今日五反田で会った件の延長戦)
     大森海岸君(仮名:さっそく仕事の件)

p.s. 地域の就労支援実務者ネットワークを考えるとき、参考になりそうだ。
書籍:●「図説 ケアチーム」野中猛・著

(校正3回目済み)

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Mさんからの電話/NPOサポートちがさきの全体会二次会に出て

2008-07-17 06:57:25 | 引きこもり
一昨日の無茶が尾を引いて、昨日は13時ころまっで床にいた。市会議員と話しあう企画のとき、テーブルをご一緒した松の実会のMさんから朝10時頃電話が入った。昨日の話し合い続きで話し合いたいとのお申し入れだった。障碍者は様々な問題を抱えている。バリアフリーにして然り、職場内差別にして然り…。こうしたことについて、議事録を読み返すと、市行政はまじめに受け止めていないではないか、これはけしからんことだと思うが、あなたはどうだろうかというような問いだった。もう少し眠らせてくださいと応答したかったが、Mさんは市議を通じ、要望を出していく勢力を強めるために、私の同調を望むものだった。

問題が山積しているのは事実だが、それを誰がどう実現していくかということについて、議員と行政への陳情提案するために、膨大な議事録をコピーして、経過を細かに議論するエネルギーは、私にはなかった。事例や提案資料の束が月まで届こうと、提案の構想が含まれていなかったら、何の意味もないこと、その知識と情報を束ねる想像力の切れ味こそ問われること。そしてこれが様々な問題に困っている当事者の声を喚起し束ねる力として影響し、当事者・市議の流れを生み出すのなら、それは行政と社会を動かすことになるだろう。議員に論を迫り解決の代弁をさせることは、一見正しく見えるが、当事者の共感と同意を束ねていくことを忘れてしまうと、それは議事録にあるような空転に終わると思うと答えた。だから難しい。人の心に響き、人の共感を膨らませていくことから社会問題を解決していくとき、そこには当事者性が貫かれていることが大事であること。そしてこれを政治の課題として議論していくときは、勢力または勢力誕生の可能性を背景に、統治のプランを立てていくという力の方向が違う状況打開の力のある構想が共有されたとき、事は動く。民意と構想が統治の力と取り結ぶことが活動の解決力となる基礎であること。次に…

市議と話し合う企画の目的は、もうひとつクッションが有って、障碍者を取り巻く諸課題をしっかり議会に反映させる候補を掻きたて束ねていこうという狙いがある。この問題をやらなくてはねと思わせたら、まず、会としては成功なのではないですかと切り替えした。障碍者支援の施策の枠組みが二転三転しており、その評価が論じたテーブルの参加者ひとりひとりが違っているから、その施策のあり方を正確に伝えていく必要があるという提案もあって、私たちのテーブルはふたりの市議と育成会の代表、元代表というような活動を率いていた方だけだったので、私はこういういわばレギュラーのような方ばかり集まってしまうことに問題を感じるのであって、その方たちに施策のイロハを教えるつもりはないことを伝えた。自分の捕らえ方と同意や異論を伝えればいいと思うと伝えた。

Mさんががっかりされたかもしれないが、活動は「させること」ではなく「同意を生み・束ね・行うこと」にしんどさがある。それを突き動かすのが情報と構想の力なのだということを私は考えていることを伝え、Mさんは電話を終えた。

ひとの営みなのです。だから難しい…。

眠かったから、失礼な言葉があったかもしれない。Mさん、この企画の仕掛人の遊び心に満ちた設定、面白いと思いませんか。「どつぼごっこ」というか。こういう自由さを私は評価します。貸す耳はないのだろうけれど、勝手にうなづいています。

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貧乏性なのだろうか、身を横たえて13時過ぎまで床にいたのだが、Mさんのお電話への応答をしていたら、いろいろなやっておかなくてならないことが、やたらに浮かび、相模大野や相模原にあれこれ電話を入れていた。

頭痛薬を飲んで、無理やり睡眠に入ったが、夢うつつのまま結局は、エアコンのない部屋の蒸し暑さにあぶりだされて、縁側をすべて開放して、麦茶片手に母がたっぷり残してくれた家事をやっつけていたのだった。

水曜日は、ホームのデイサービスからの帰りを出迎える時間の縛りがある。16時半には家にいなくてならない。しかも帰宅はその後1時間の間の差異があり、待つことになる。この時間に間に合う駅からのバスはさらに早くなり、15時末から16時はじめにはバスに乗らなくては間に合わない。追い立てられるように駅前の買い物を済ませなくてはならない。家族の休息にはならない。

駅前にでて、次のバスに乗って帰ってくるということを地で行ったような一日だった。定時の時間拘束がある普通の仕事の人間には、支えられない世界だなと思う。

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ホームからは、昨日は珍しく運転者ひとりで父は送られてきた。今日は倒れることなく無事に済みましたと話す間に、父は車から降りられず、道路に転げてしまう寸前、脇をかけられたという状態だった。庭に立たせたまま、玄関の扉を開きに、父から離れたが,3歩目に杖を投げ出し崩れそうになった。これも寸前のところだった。

足のもつれが、急速な病状の進行を表しているのに、当人の渇きや空腹感に父は身を任せてしまう。父が留守中、ガスを扱わないように、簡単な食事を食べさせて家を出た。あとは母がまもなく帰る予定。バトンタッチなのだった。

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NPOサポートちがさきの全体会の二次会が茅ヶ崎市民文化会館の会議室で、あった。

理事の弔事があって、まとまりが付かないことが予測されたので、不良会員だが覘きにいってきた。Mさんに語った構想力が必要とされる論議だったが、市民活動の中間支援の必要性の認識は持っているが、様々で、性急さをさけるために、複数回連続することとなった。

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夜間傾聴:町田さん(仮名)
     ******(親:退院してきたとの知らせ)

p.s. 父が夜中の3時・5時・6時半に起き出して、危うい足取りで階段を降りてきてしまう。下ろせば茶の間のTVが大きな音で鳴り出し、危険な食事作りが始まってしまう。しかも**が来たとか、出かける時間だという錯誤があって、今も押し上げたところだ。眼差しが異様。認知症が進んでいる。

今日は両目が曇り始めたので眼科に行き、巡回を五反田でしたあと、石川町の労大研修。8月9日の雛形を作ってPJのMLに流す。

(校正1回目済み)


付:●「発達障害白書2008」
それぞれの場面最前線で語られていることが、簡潔にまとまり、スリリングな書。お勧め。特に第一部・炭谷・松為論文ご覧あれ。
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すみなせん、今回は小休止です

2008-07-16 08:02:58 | 引きこもり
労大研修から帰宅後、座り込んで立てない父を2Fの寝室まで背負った。役割を終えて玄関まで下りたら、動悸とめまいが来て、慌てて自室の床に横になった。

それから目が覚めたのが、1時の夜間傾聴開始のアラームだった。2時間ちょっと眠っていた。生業の仕事を始めたが首筋が凝って普段と疲れ方が違うので、昨夜は緊急以外の相談は断って、筋弛緩剤の残りがあったので、それを飲んでそのまま眠った。中延君(仮名)と町田さん(仮名)から連絡が入っていたが、事情を話して休ませてもらった。

昨日は、朝10時から、茅ヶ崎市の市会議員に聴く集まり(実行委主催)が市役所分庁舎であり。14名の市会議員が参加した。朝食を家族にとらせた後、滑り込み参加した。6グループに分かれたバズセッションには、すでに障碍者家族支援者5~8名ずつ席についており、空席のあったグループに参加した。育成会の主導者の女性軍と、松の実会のMさん、市会議員2名が同席し、結局「就労支援」の話と「生活収入」の話が中心となったが、結局今までどおり、問題点を上げることで終わっていった。企業内から見た採用後の差別の問題が出されたのが新味。

忙しいのでなかなかつかまらない**さんを捕まえて、昼食を取った。私は結果論であるが、常にホームグラウンドを持たずに生きてきた。寄りかかる所属の関係を善しとは思わないからでもあるが、それが理解困難とする方もいる。石橋を壊して渡る主義、壊れればそれ以上は壊れないとでも言うのか、そんなやり方が身に付いていたので、壊してきたのだった。きょとんとされていたが、憶測は立てようがなくなっただろう。困った習癖だが手を振り払ってきた。

3箇所の図書館まわりをして、期限が来ていた書籍を返したが、暑さにばてた。食材を家において、大森海岸君(仮名)と川崎で会い、石川町の恒例の労大研修に飛び込んだが、完全にばてていた。午前中企画があるとダメージが残る。低血糖か立てなくなった父を担ぎあげて、燃料が切れた。

今日はまもなく父をホームに送り出す。相模大野への書類届けは日送りして、夕方まで休むことにした。燃料補給である。

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