湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

入所先めぐりと…/夢たいカフェ運営実が今夜あり

2009-06-30 16:51:01 | 引きこもり
先日、ある老健の入所相談に行って、中を見学してきた。父の場合、糖尿病が原因の脳梗塞による緩やかな半身麻痺と歩行困難、いわゆる「まだらボケ」の介護度3であり、糖尿病治療がインシュリンを使うまでになっていない状態という、いわばボーダーラインにある症状なので老健の利用が可能なのだが、困ったことに、職員のいうことを聞かないとか、徘徊と転倒という困った悪条件がある。

家では最近大人しいのだが、先日のショートステイでは、夜間15回を超える夜間徘徊があって夜間担当の方が、室外での大排便の事件に巻き込まれていた。ベッド下に敷くセンサーマットが一晩中鳴り続けた。ポータブルトイレが枕元にあるのにトイレに行こうとする。ところが認知症が方向感覚を失わせているので、トイレが見つからない。職員が発見して連れ帰すと、また徘徊が始まるという状態。ただ便を出すために「トイレに行きたい」と感じて、また立ち上がる、この繰り返し。

相談員が老健の目的や、サービス、料金体系の説明を一通り済ませたあと、質問応答の場面になって、1)入所の可能性 2)認知症がらみの入所基準 の2点について確認した。居室も広めだが、老健だからリハビリがある。足の状態の現状維持が出来たらベスト程度の感覚でいるが、私からすれば特養入所と比較して生活にメリハリがあるので、認知の衰え防止にも繋がりそうだと思えるのだが、父は嫌がるだろう、そう思うと憂鬱になる。

旧い施設はプログラムの苦心をしていた。しかしここは、設備はいい。果たして職員はどうか、その辺の判断がつかない。デイサービスと入所フロアーは職員も違うだから、デイでお試しをやったとしても、職員・入所者の相性チェックなどは出来ない。ただ管理者のサービスの「肌理(きめ)」だけは予想が付く。

帰り道、バスが行ってしまったのでしばらく待たされた。待っている間に福祉車両の通り過ぎる頻度の多さに改めて驚いた。障がい関連の事業所も、このバス停のそばにもいくつかあり、高齢者関連の事業所をあわせると、なるほどとご近所さんが結構ある。交通と生活サービスの便がよくない土地の安いところに密集するのだから、当たり前ではあるが。徳洲会が駅の近くに作った有料ホームのような場合も有るが、値段が高い。

いずれにせよ、問題は当人が入所を拒否したときは、契約破棄となってしまうことだ。父はショートステイでホーム滞在中、「入所を承諾していない」と言い張り騒ぎを起こしている。ここをどう説得するかが問題。じりじりと家族が殺されていくような妄想が生まれてはかき消していく。この繰り返し。協力の無い介護は神経戦だと身に滲みる。

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K2インターナショナルの職場作り活動をたどっている。学校給食と絡み合わせた弁当配食サービスはどう作っていったのだろう。行政の協力があってのことだろうか、新しい領域を作らなければ、既存の職員さんが働いているのだから、人材確保もうまく行かないだろう。

もうひとつは、始めやすさ、起業のフレキシビリティを確保すること。身の丈から始められ、伸びていく可能性に満ちたもの。資本がなくとも始められ、わらしべ長者ではないが成長できる社会的な仕事。そこを考え続けている。

●「K2インターナショナル」

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今夜、運営実がある。事務所の方の話題は、翔の会メンバーがたい焼き修行に出ている間に詰めていく。今日は共有スペースのデザイン。ここの話。間延びしそうだなと。ブックアーチの件ももっとふくらませていい。


夜間傾聴:******君(仮名)
     中央林間君(仮名・親御さん)


(校正2回目済み)
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今回はつなぎ記事、すみません

2009-06-29 10:09:22 | 引きこもり
ゆっくりではあるが、右目の霞がもとに戻ってきた。壊れかけたブラウン管式TVの画面のようにちらついた視野。昨日は、たまっていた巡回をこなしてきたが、視線が異様だと、向かい合っている青年達がいう。左目でしか自分を見ていないのがわかるという。鏡を見てみる。眼球が瞼に邪魔されているように見える。なるほど片目でものを見ているようだ。

ビタミンAの大量摂取が症状進行を遅らせる効果があると、サプリが投与経験から処方されている。ビタミンAは過剰摂取の場合副作用が出てくるが、私は別の理由からレバー類を摂らないので、それを考える必要はないと思われる。

両眼の視野の下側が、流水の影のようなちらつきが続いていたが、レスキュラ点眼薬とビタミンAの処方3ヶ月目で、ちらつきが薄くなった。そのかわりちらつきは視野全体にかぶさって、錯視がふえたように思う。書籍を読んだり、PCを長時間操作するときに、集中力がなくなった。ちらつきが邪魔なのだ。

駅前の喫茶で対面状態で学習指導するとき、先方のノートが見にくくなって、ノートを引き寄せることが増えている。互いのメモで使う、オークションで買ったキングジムのポメラはフォントの大きさ変更が一応出来る。結構使える。筐体の強度が少し不安。すでに巡回に活躍している。反射型液晶画面だが、300g台だというのが嬉しい。

久しぶりに淵野辺駅で降りた。青学進学した子に合うのが目的だった。以前巡回していた青年で、高機能自閉症を抱えていた。入学後の様子を見に来たのだが、すっかり容姿も大学生風となっていたが、携帯をポケットから出してはしまい、また出すという落着かない癖は相変わらずだった。しかし、異様なほどに丹精に仕上げられたノートを見て、進路選択は間違っていなかったと確信。彼と分かれて、橋本に移動して、わずかな待ちの仮眠の時間に、彼の御宅で彼が撮り貯めた鉄道車両の分厚いアルバムを見せてもらったときのことを夢見ていた。

多摩センター君(仮名)と会った。寝ているところをはじめて見たと冷やかされつつ、指導中、また右目が霞んで、結局延長出来ないまま、相模線で熟睡。茅ヶ崎にもどった。しかし困った。ヒアルロン酸点眼薬を注すと少し楽になるが、まだ年貢を納めたくないのだ。

平塚図書館に返す書籍があったので、閉館間際のカウンターに飛び込んで交換。ローダ・カミングス&ゲイリー・フィッシャーの「LD・学び方が違う子どものためのサバイバルガイド」と佐藤学の「教師花伝書」を借りてきた。

準備しておいた食材に飛びつくように即食事の準備。カーテンを閉めに父の部屋に上がると、椅子が逆立ちし、ペットボトルの水が絨毯にシミを作ってころがっていた。床に落ちた掛け布団を取り去ると、電話子機に尿がかかりポータブルトイレの前にころがっていた。父は毛布のなかに入れ歯を飛び散らせて、高いびきで寝入っていた。紙パンツはぐっしょりと濡れていた。

炊事の始末が終わって8時、母が買い忘れた翌日の父のデイサービスに持参する浣腸を買いに薬局に走り、9時前にやっと横になった。メールの応答を書いているうちにダウン。ダウンを予測してセットしてあるタイマーが0時に鳴って、父の紙パンツ交換。1時から夜間傾聴と作業。日が変わって今日は、8時20分に階段介助のKさんが来て、9時に父をホームに送り出し。11時から某施設の入所希望者説明会参加と続く。16時半父を迎えたら、今夜は一息つける。本当にショートステイして欲しい。実感である。

夜間傾聴:******君(仮名)


(校正3回目済み)

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アリスセンター交流会「まちづくりの現場で語ろう!寿町編」に参加しました

2009-06-28 11:59:00 | 引きこもり
網膜色素変性症関連の記事が神奈川新聞に掲載された。
●「『目が見えないことは何ともない』畑守り続ける全盲女性/鎌倉 2009/06/27 神奈川」
中途失明の場合は、特に自分の状態を受け止める切り替えを行わなくてはならない。鎌倉の高井さんの記事からは、自分も準備を始めていかなくてはなと思う。特にパソコン関連の文字情報サポートの情報を集めていく。網膜色素変性症の症状の進行は人さまざまだが、やがてくる全盲生活に対し、視覚障がいの生活サポート関連も必要になってくるのだろう。自分の社会参画の絆を断たないためにも、早めの対策が必要。

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昨夜はアリスセンター主催の交流会「まちづくりの現場で語ろう!」第一回 寿町編」に参加してきた。コトラボ合同会社 岡部友彦さんのガイドで「お好み焼き ころんぶす」「さなぎ食堂」「横浜ホステルビレッジ」を訪問した。アリスセンターの主催ということもあってか「まちづくり」の関連の方の参加が多かったので、施策を施される側としてだけ路上生活者が語られることが多く、それは高齢化した生活困難者が寿の課題ということであって、ネットカフェ・日雇い失業を初めとした若年失業者を対象にした社会復帰の自立支援の課題は、脇の課題になっていることが原因していると、違和感の理由がだんだんわかってきた。

簡易宿泊所の稼働率が6割程度で、生活保護を受けるための住処となっていることや、そのバックアップを、横浜市が特例地区として認めていることでそれが可能となっていた。簡易宿泊所の見学を通して、ここの利用者が半分が長期滞在者、残り半分が外国人などのバックパッカー・近隣観光客であり、観光客の半分が女性という話。

いわゆる危ない街・路上生活者が溢れる街というイメージは、過去のものだと岡部さんは語る。街が老いている。だから高齢化する路上単身者の「保護」が必要という話になってくる。…その方の看取りが浮かんでくる。路上生活者支援の重い課題である。

私が課題としている、困難を抱えた青少年の社会参画的就労支援の話は、今回はまたK2インターナショナルの就労支援の話に構想が近くなる。近いというのは、障がい者就労の場面も「街の中にともに生きる(共生)」の課題として、就労という軸の中にインクルーシブな構想を立てていくことが必要。ソーシャル・ファームの類似形がここに育ってくるからだ。助成金をフルに使いながら職場を作っていく。また社会活動として仕事を地域の課題とリンクさせていくという社会的企業の大事な手法が、ここに実現しているからだ。夢物語ではないのだ。ただ資本のない市民活動が、これを実現していくには、もうひとつ、資金作りのバックの構想が力動的に検討されなくてはならない。シェイプアップされた社会的必要の課題の中に、有償活動をたてることが必要であり、そのためには知恵を絞る必要がある。

今、私には「夢たいカフェ(協働スペース)実現」と「Big Issue 再開」という地域課題がある。潜在しているが「軽度発達障がいや軽度障がい・社会的挫折の方のネットワーキングを通じた社会参画的就労」の手がかりを掴みたいという思いがある。おそらくはこの人たちは、構想の牽引者に化ける人たちだ。K2インターナショナルの就労活動の主人公たちだ。

湘南の手がかりをどこに得るか、霞んだ目の焦っても仕方の無いことだが、その課題は潜在化しているが大きい。

老朽化した宿泊所の背面には、エアコンの熱交換器がずらりと壁に並んでいる。夏日、これが一斉に動き出したらと、ヒートアイランド(エリア)が目に浮かぶ。鳥インフルエンザや地震のとき、この街はどうなっていくのだろう。寿町の交流会の話題は拡がっていった。次回は黄金町だとか。条件付参加かなと思う。

皆さん、やりたいことを持っている。そこから接点をさぐると、「まちづくり」と言ってしまうと、顔が消えるなと思う。個別の、例えば放置傘再販のような話との接点がまるでないことに、視座がちがうのだと改めて感じさせられた。「さなぎ達」さんには、改めて検討してもらえるよう、再提案させてもらった。

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「Big Issue 東京事務所」のMさんからメールが届いた。以前の販売のときの残部がまだカトリック教会に残っているので、7月初めにそれを回収。そのときに前任者と話してからの承認にとのこと。首を長くして待っているTさんに、どう話すかなと思う。Tさんの信用問題や支援システムの確実さの再検討に入っているのがわかる。「私は信用できます」という言葉は証明にならない。そういうこと。

もうひとつは、「あすなろ会」の代表者をTさんにしていることへの意見。支援者が代表であるべきという話、路上生活者はふいに消えることが多いから、継続が必要な活動のリーダーになるのはどんなものかという常識的な問いだった。「あすなろ会」を自助組織にしたのは、路上生活者自立支援は、本人のやる気が基本。一番難しい分野の支援に無茶なのかもしれないが、私の中心課題は路上生活者支援に絞りきれない。社会的企業の力を還元していく活動の先端に位置しているのは確かなことなのだが。

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帰宅した家では、父がベッド柵を投げ飛ばしていた。睡眠時の失禁にじれていたのだ。ポータブルトイレの内蓋がない状態で椅子クッション面の蓋がしまっていた。母が介護を拒絶している粗っぽさの表れだった。父と口論したらしい。

自分を含んでストレス管理をしていかなくてはと思う。構えるにしろ、構えないにしろ、戦場。持久戦。


夜間傾聴:□□君(仮名)
     大森君(仮名・久しぶり、傾聴にあらず)


p.s. K2フーズのみなと総合高校の給食調理場は取材の価値あり。>「わーく」


(校正1回目済み)

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失礼書き込み溜まりました/夢たいカフェ運営実報告/「市民カフェ」をドット・コムで開き

2009-06-27 06:58:28 | 引きこもり
目の調子が悪く、夜中父がポータブルトイレをまた深夜に修理しようとして阻止し、書き込みが出来なかった。いつもなら何のと集中できたのだが、霞む目に気後れして、運営実のMLへのレポートを書き送ったところで気力が切れ、書き込めなかった。もうしわけない。

右目の調子が悪い。朝、起きたてからしばらくは、視力が出ないのだ。父の朝食を作る8時ごろになると霞が少し消えて、焦点を合わせることが出来る様になる。事情を東京のクリニックのセンターに電話連絡して、割り込ませてもらった。昼間は半月前ごろと変わりないところまで戻ったが、眠りから覚めてしばらくの間、右目は点眼薬を注して、回復を待たないと焦点が合わせられないというか、全体が霞んでいるのだ。数分の出来事だがやはり変。PCの長文読み書きも片目をつぶりたくなるときがしばしば。ヒアルロン酸点眼薬を注すと回復する。

クリニックは、担当医の院長は予約が全然だめで、私は若い緑内障専門医が臨時に担当。指定時刻に飛び込んだら、すぐに診察してくれた。ただあくまでもつなぎのようで、従来の薬を処方するための診察の印象。地元の医師が処方したアレルギー用の薬のことは、要領を得なかった。結局、霞んだときの点眼薬を出しただけで、地元の医師が出した薬と時間をずらせば併用は構わないという。地元の実費診療は、やはり救急のときだけにしたいお値段。

いつもなら帰り道に本屋の梯子をやるのだが、さすがに目だとそうもいかない。まっすぐ辻堂に戻った。金曜日の夜は、茅ヶ崎市役所内の障がい者の協働喫茶(通称ドット・コム)が年数回、地元関係者の顔合わせのイベントを市行政との官民協働企画で行っている。「市民カフェ」と呼んでいるが、地元の協力網作りの顔合わせである。ここに参加予定だったが、少し間があったので一旦自宅に戻ったのがいけなかった。

いつの間にか母が買物にでかけ、足止め。父は元気が無いが、歩き回っての転倒のような派手な立ち回りではなくて、ベッドからずり落ちて自力で戻ることが出来なかったり、排尿が間に合わなかったりと、いつものような派手さはないが、それはそれで困ったことがおきた。

木曜日にショートステイから帰ってきたときの報告日誌には、「夜間14~15回の立ち歩きあり。宿直がベッドに戻すが、言う事を聞いてくれない。歩行が危ない状態なので、家族から説得して下さい」とあった。

父がいじめた亡き祖母が愛用していた竹製の孫の手を、父は無神経に奪って使っているのだが、この孫の手を布団をはたくように椅子を苛々とはたくのだった。そして排便。母が帰るまで目を離せなかった。幸いぎりぎりに母が戻ってきたので、夕食を駆け足で途中、駅ビルで済ませて、市役所に飛び込んだ。目の調子がわるいと、表情が歪む。片目を閉じたくなったり、眉間に皺が寄ったりと。

知り合いに会釈を繰返した頭を上げると片目をつむっているのだから、変に思われるのは仕方が無いだろう。

カフェは50名ほどで、喫茶スペースは満員。当事者の元気のいい挨拶の最中、発言者のすぐそばに市長がうなづいていた。すぐに立食パーティに切り替わり、福祉車両の販売業者さんや、市長に挨拶をしてきた。協働スペースのカフェが誕生すれば、要望を携えて市長室にお邪魔することが増えるので、その辺の事情を話した。これからの一年、茅ヶ崎市の障がい者就労の状況は大きく動く。大事な時期に入ってくる。

最後に三浦展 氏の著書「商店街再生計画~大学とのコラボでよみがえれ!」を紹介した。街づくりのヒントが豊富なのだ。

昨日は、横浜では、よこはまCbsmiles(事業主体:NPO法人市民セクターよこはま)主催の「障がいのある人の働き方を考えませんか?地域作業所報酬UPを考えるワーキンググループ」が行われていた。じわりと類似の活動が拡がって来たことを感じている。

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一昨日の6/25(木)の夜、協働スペースの運営実を開いた。7月上旬にたい焼きチェーンの研修が始まり、茅ヶ崎の事業所グループ「翔の会」の担当者2名が参加する。

秋口からは、横浜の小箱ショップのカフェ研修が始まる。10月オープンだとすると、よほどタイムチャートをしっかり作って動かないと開店に間に合わない。そういう状況にあるのは、わかるのだが、私にはこの活動の作り方が従来の事業所の立ち上げ方を質的にも踏襲していることが気になっている。事業所の申請や助成金の制約もある。しかし、事業所自体が準備する受け皿に何人かを駆け込むという形には、実績はあるが地域の中の機能の意味合いは放置されてしまう。質的にも地域起業を育てる発信基地的な役割を含ませる必要を感じている。私は本人活動を生み出していく「ケア・パートナー制」(メンター制の徹したもの)を動かしうる就労形態を考えている。受け皿作りから、育成型へのシステム的拡張の流れ作りを行うのだ。ショップ待ちうけ型がたい焼き屋さんのような製造業のように経験伝授・協業を含む場合は接点が持ちうるが、同型の生産型であって、様々な形の原形にはなりにくい。小箱ショップでは仕入れ販売活動となるが、そこは個人の資質が大きく影響するため、経験共有がしにくい。つまり、たい焼き展開と小箱展開の合流部分、接客活動部分に変容可能性がある。しかし起業生成の契機は意思的な束ねがないと消えてしまうだろう。この意味で、私は「物と仕事」の「配達業」にこだわりたいと思う。別名「御用聞きシステム」の展開だ。社会的企業と地域融合、知り合いネットワークへの仕事を媒介とした障がい者の組み込みである。それを進めるために「ケア・パートナー」を置くのだ。

運営実は、小箱ショップ主導者のふたりが後から合流したので、まずは見通しの部分や、各人が期待する活動の内容を語る形で前半は推移した。

しかし、旧養護学校卒業生に寄り添ってきた方の考えと、一般就労から脱落するような精神障がいと社会的挫折・軽度発達障がい畑から、障がい者就労の脱皮とゲタを履かせる考えとはイメージがまだまだ違っていることを感じた話し合いだった。

後半の小箱ショップが、より広範な層を獲得するために、どのようなターゲットを持つか、その共有空間をどう活かしていくのかという基本線について、7月早々の設計図完成までに、話し合っておかなくてはならない。例えば自由な会合を行う空間に、固定型の椅子が入ってしまうと、空間が死んでしまう。議論はあとでというわけにもいかないのだ。

きつくても、少々連続して行うことになった。次回は6/30の19時から、茅ヶ崎サポセンで話し合う。興味のある方、参加可能。

夜間傾聴:******君(仮名・一昨日)
     小田急相模原君(仮名・昨日)
     □□君(仮名・昨日)


(校正1回目済み)



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路上生活者自助団体「あすなろ会」の口座が出来た/「ポメラ」快調

2009-06-25 06:08:14 | 引きこもり
父のショートステイ最終日の一日、母は体調の回復していないにも関わらず、友人に会うと、東京まで出かけていった。父が帰ってくればまとまった時間、外出できなくなる。胃からの逆流は胃切除手術を受けた者の宿命のようなものだが、食事が出来なくなると体力が落ちる。だから、買い物のように、長時間歩くものは避けるようにと母に言って、勝手にさせてと反論された。その位なら心配なかろうと思っていた。

私は、まずは「あすなろ会」の口座開設交渉。個人名義ならすぐに開けるが、法人口座は代表者の本人確認と住所の確認が最低限の条件となる。ところが路上生活者の自助組織という特殊性から、口座管理者が住所を持つ支援者であって、代表者ではない。その部分がひっかかって、銀行は軒並み断られた。架空口座を作らせまいとするあまり、画一的な網をかけてしまうからだ。

路上生活者が住民票を取らなければ、実質、仕事につけないというハードルもそうだが、給与は口座に振り込むというような、その段階になってからの就労困難に出会うこともある。悪質な例では、期間契約で働かせておいて、口座がないのは本人の勝手と未払いで泣く事例もあった。金銭は手渡ししか出来ないという現実が有った。

口座の管理者が明確であって、代表が直接管理するのではないという特殊な事情が問題となっていた。あすなろ会は、路上生活者支援関係者も「自助」組織というのは聞いたことが無いという。だから類似の問題が起きていないのだが、私はBig Issue の荷解き場屋として、金銭管理は他者に譲ることがしやすいように、流れを関係者公開できるように通帳記載しておくことを考えた。また、今後の活動のとき、カンパ送金先を口座にすれば、活動の形も多様化できると考えた。そこで口座開設にこだわったのだが、考えは逆に一番形式的だろうと思われた「ゆうちょ銀行」に交渉をかけた。ここは「公益性」という基準が、それなりに関連してくると思ったからだった。

窓口職員は頭を抱えて、県に問い合わせを掛けた。局長裁量の道も考え、結局は代表Tさんの確認署名と会則提出(公益性・信頼性・特殊性の確認)および、私の身分証明を踏まえて、「あすなろ会」の口座開設を2日間、合計6時間の交渉の末、承諾させた。ところが今度はカードの発行である。郵送先を会計自宅には出来ないということで、カードは住所確認後、不在配達書を送ることで、私が郵便局に取りに行くことで落着いた。

Tさん、少し格好がついてきたぞと、メモを駅のたまり場に寝ているKさんに仲介を頼んできた。Kさんも通帳をみてびっくり。が「Tちゃんも、就職かあ」の応答にはまいった。彼は勘違いるのだった。

とにかく交渉の前後、昨日は溜まっていたお仕事の日。相模大野の取り出し指導やら、海老名の傾聴を終えて横浜に出た。

オークションに出品されていたキングジムの「ポメラ」を買い取った。新中古品である。色が気に入らない「(部分)白」なのだが、「黒」は人気があり店舗の販売価格と大差が無かった。それで、ひどいデザインだなと思いつつ、「白」を買い叩いた。「モペラ」は単純テキスト入力機。300gちょいの重さと開閉式の大きなキーボードがいい。通信端末ではないが、そこは携帯で行うものとし、電子メモ機や、原稿下書き専用機として持ち歩ける。デザインがひどいが、だから先方が手放したのだから諦めた。

先方は教員らしかった。ぶつぶつ交換、まさに「ぶつぶつ交換」であって、「物々交換」ではなかった。時間が迫っていたので、缶コーヒーの路上世間話だったのだが、久々に嬉しかった。モバイル機と言っても1~2kgのPCを持ち歩くのは躊躇する。家に戻るなり入力を試した。ケーブル接続で「ポメラ」はリムバブル・ディスクとして認識される。ファイル交換は楽だ。microSDでも受け渡しが出来るが、落として失くしそうだ。USBディスクが使えないのが難。単4×2が電源で20時間近く持つ。モバイル機を持たなくなるだろうなと思った。おじさんのおもちゃである。

今日は朝10時に父が帰ってくる。今まで「わーく」の仕事予定を考えていた。今夜の運営委に資料を出せないかと思っている。私の日常活動は、協働スペースの事務空間に収まるだけ。あとは広報活動としてリンクできるかが鍵。

その辺は、また今夜。

夜間傾聴:□□君(仮名)
     旗の台君(仮名)

(校正1回目済み)

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やっと目の調子が戻ってきました/Big Issue 東京事務所の方たちとサポセンで最後の詰めを

2009-06-24 06:31:42 | 引きこもり
デイサービスの翌日だが、昨日から2泊3日、父のショートステイが始まった。ショートステイは、迎えが遅い。10時半過ぎだが、これが休暇の実質を大きく減らしている。これだと外出はどうしても11時からになってしまう。昼夜逆転の作業を日常としている私は、7時に寝て9時半に起き、父の朝食と着替えを済まさせる。父を送り出せば1時間そこそこで、母の昼食となってしまう。午前中の生業のあるときは徹夜のまま外出となり、母に午前中の家事介護を委ねている。しかし毎回とはいかない。その日は職場で仮眠を取ったり、相模線の中で居眠りをする。これで父の帰りが16時半となると、バスの関係で16時には駅前からバスに乗っていなくてはならない。真綿で首を絞められるような時間の拘束を感じている。

父の部屋のポータブルトイレを、ベッドからの伝え歩きの道筋に、より近くなる向きに90度位置換えをしたので、排尿騒ぎは解決するだろうと予測していたが、昨夜の父はその予測を超えて奇妙な問題を引き起こした。

父は行動をパターン化しているので、夜間、照明を豆球だけにする薄暗がりの中で、父はいつもどおりトイレの椅子の座面の蓋を開けた後、バケツを押さえる穴の開いた中蓋を取ってははめ込み、はめ込んでは取る行為を始め、尿を漏らしてしまった。寒いと言い張り、就寝時も脱がないでいる靴下がびしょぬれになった。

蓋の開く方向が違ったことで混乱したらしい。トイレ設置位置の向きを変えるとき父の確認をさせたのだが、それは完璧に忘れられていた。

濡れた紙パンツと衣服を着替えさせた。ところが急に私が部屋に飛び込んできたので、父は怒られると思ったのか、ベッドに戻って、横たわった状態から、紙パンツ交換に抵抗して暴れた。尿で濡れた靴下で私の肩や顔を蹴り上げてくるのだった。午前2時半。このままでは眠れない。深夜シャワーを浴びたが、近所迷惑この上ない。シャワーを終えて身体を拭いていると、突然、金槌ちの打つ音。さすがに近所の窓やシャッターが開いた。

父はポータブルトイレを故障と間違え、木枠を叩いていた。真夜中に金槌を使うなと慌てて取り上げたが、父は傍らの歩行器をひっくりかえしてつかみかかってきて、バランスを崩して転倒した。間をはずすために、私は1階に下りて睡眠導入剤とぬるま湯を準備してから、歩行器で歩き回り金槌を探している父のところに持っていった。間をはずされて勢いを失った父は、無事ベッドに戻ったが、私達家族は、翌朝、ご近所まわりとなってしまった。

トイレの木枠が歪んでしまった。大工道具にこだわる癖の父による自己主張だった。しかし蓋の向きが90度変わったことが理解できない状態に、父の認知が後退しているのを、どう対処したものかと思う。手が無い…。

ただホームからの帰り、父の部屋に階段介助者と私が父をサポートしているとき、ベッドの手前のポータブルトイレの椅子に一度腰掛けて、足を休ませる。そのときに尿意確認をするが、決して「はい」とは言わないでベッドに戻る。介護者がベッドに父を横たわらせて、毛布をかけ、挨拶をして退出するその直後、父は毛布を巻いたまま立ち上がって排尿する習癖がある。排尿援助を日に何回もしているために、その他者のサポートに恥を感じているそぶりはない。というより、階段を上がりベッドに横たわるという一連のスケジュールが頭にあり、休憩や、中途の排尿というスケジュールが組み込まれないといった方が、観察していて当てはまるように思う。祖母は認知症が進んだとき、箸を渡すと、割り箸の袋を取り去る行動をした。現在起きている状況と行動が同期していないのだ。

私達はなれてきたので、退出する途中で、父の移動を待ち受けている。今回の中蓋の無意味な開閉の繰り返しも、同様の、パターンのほつれに生じた行為と解釈したほうが、納得がいく。

母が朝、近所回りをした。力を込めた大きな音だったから、母は冷や汗をかいただろう。私は実費診療ということで地元の眼科に行った。その足で寒川図書館に寄って、茅ヶ崎駅に出た。

私の両眼は、白内障のような混濁は無い。ただ視野が徐々に狭くなっていく。網膜色素変性症の典型的な症状では、視野外周部からドーナツ型に視野狭窄がおきる。私の場合は、あちこち島のように視野が欠けていく。左目は薄い雲とちらつき状態特に視野下部がちらついている。右目は煤に汚れた火事場を見るようにちらついている。近視や乱視の視野は光源はにじんだり、ぼけて卵割の卵のように見えたりするが、明るいところでは白く、暗いところでは黒煙の向こうから明るさの落ちた光源が見える。

やっと右目も従来の状態に近くなった。かゆみというのだろうか乾燥というのだろうか、ここしばらくは救急処方の点眼薬と併行してヒアルロン酸の点眼薬を注していく。寝不足のときの目の異物感があるような感じだ。

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寒川図書館からはケータイ・ネットワーク関連の書とおかずスープのレシピを借りた。胃切除した母向けの煮物の一貫。なかなかいいので紹介しておく。

●「おかずスープ―具だくさんのスープと、白いごはんで大満足 (デイリークッキングシリーズ) 」

家庭料理の本。私にはカロリーが高すぎるが、実はいくつかは、私が就労支援カフェを提案していた頃のレシピも入っている。

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15時に、Big Issue 東京事務所の担当者のおふたりさんと、路上生活者のTさんを交えて、湘南販売再開の最終的な打ち合わせを茅ヶ崎サポセンで持った。この契約内容が、東京事務所の会議で通過すれば、7月半ばから販売再開となる。

秋に「Tさんとの対談企画」をやろうと話した。秋は市内のたい焼き屋さんと協働スペース開店なので、1ヶ月は後に開く。そのとき、東京事務所からも是非ご協力をとお願いをした。

数日中に、結果がでる。


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あすなろ会の通帳をつくることで、奇妙なトラブルがおきている。あすなろ会は自助組織なので、当事者が代表になる。ところが彼は住所が無い。会計の私が管理すると言っているのに、代表者でないと通帳は申請できないというのだ。個人名通帳ならOKとのこと。都銀全滅・地銀(カナ銀はまだ)全滅ということで、ゆうちょ銀行と談判している。だめなら「ろうきん」に行く。っとに石頭。

夜間傾聴:******君(仮名)
     中央林間君(仮名・親御さん)

p.s. 相模大野校取り出し相談は水曜へ(2名)


(校正1回目済み)

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目の治療中でした/PCテレコム休止の時間中に考えたこと

2009-06-22 04:57:30 | 引きこもり
右目の調子が悪い。薄い霧がかかり綿埃のような影がかかっている。飛蚊症のように眼球の動きに合わせて埃が飛ぶような以前の状態を超えて、今は埃がひっかかっているようで、視野の中を動かなくなった。左目は埃が飛ぶが、眼球の動きによって一緒に動いている。右目はより悪化した網膜色素変性症の症状である。朝、起きたては最悪なのだが、処方してもらった点眼薬の効果で直っては来ているのだが、今朝は両目ともちらつき、右が以前より悪い状態が続いている。ともあれ右目の充血はとれた。介護も家事も片目が見えるので出来なくはないが、やたらに指先を引っ掛けて物を落としたり、ぶつかったりとミスが増えた。

月曜日は父のデイサービスのために、東京の眼科に行くことができない。朝9時の送り出しと16時半の迎えの間だと、茅ヶ崎駅に16時には戻っていなくてはならない。先方が昼休みを取るため、これでは通院できない。要するに、デイサービスは、家族のためのものではない。入浴と気分転換など本人のためのものなのだ。

ひとつの症状で複数の医師にかかることができないので、地元の眼科で実費で応急処置出来ないか相談する。明日は階段介助がいるので、家族が父の送迎時にいなくてはいけないという縛りがかかる。先ほど橋本の学習巡回だけを済ませてきた。今夜の相模大野の授業の取り出し指導は、火曜日朝担当に動かしてもらった。この辺は眼科より融通が利く。しかし生業の質は、これがぎりぎりのところだと思う。それは収入のことだけではない。

祖母の介護の頃から、私のフリースクール再建の道は、本業再開の可能性を失いつつ、社会活動として立てる方向に次第に後退していた。日本のフリースクールの実践史も、公教育によるつまみ食い(ゆとり教育)と未消化のままの復古という波の中に翻弄されてきた。私も某進学塾の裏仕事のような学力回復屋に限定的に治まっている。昔は、たまに請負いで授業の出前をやってきたが、事故入院後(2000~2002)、その請負い仕事も、祖母から父への介護の受け継ぎの中に追われるように時間を食いつぶされ、関係者の人間関係は押し流されてしまった。

今自分が始めている活動は、キャリア教育というか、学齢期を過ぎた方の就労という生活作りの社会人教育にシフトしてきたのだとも言えるように思う。教育というと教室という特殊な環境を前提に考えがちだが、社会参画(公私にわたる他者との関係作りと自己改革)の営みの意思的な関わりの総体を教育と呼ぼう。その広義の意味で、私の活動は、本業の仕事から社会活動へと軸足を変えてきている。介護との妥協の結果である。

生業の質がぎりぎりのバランスの中にあることは自覚している。しかし、2000年の事故で私は一度死んでいるのだと思っている。活動の継続は生業の中にあり、戻ってきた地域の社会活動は、実質0からの出直しとなった。人や活動をつなぐことによって生成する差異のすり合わせの接点を意図的に引き出す活動は、門付けのような無心と空転のまま8年を経ようとしている。そこに軸足を移しているのだから、活動の力学、自己形成と誕生の情動の熱気を発酵させる枠組みを、はずさずに生み出したいと思う。ジグソーパズルのはめ込み論や、受け皿論の自分を外に置いた論理を超えたい、その思いはますます強くなっている。

今必要なのは地域の消費生活に根ざした社会的企業つまり、公共活動のニーズに応える社会参画活動だと思う。地域起業の温床であり、プレ就労(企業就労または起業のための)のコンディション立て直しの場を生み出すことだ。それは依然芽をだせないままだ。

社会的弱者ということをめぐって、PJ創設時に論議があったことを思い出していた。私はこの言葉を好きになれない、しかし、社会参画と社会復帰の契機は社会的に認められるべきものだ。それは私たちひとりひとりの保険でもあるからだが、同時に企業賃労働の中に断ち切られた仕事と社会参画の、平和な融合を取り戻すためのものだ。その主人公を協働スペースに呼び寄せる磁場作りを悶々と探っている。

一昨日の夜は、PCテレコムを休み、網膜色素変性症の当事者団体JRPSの発刊したDAISY版の講演録を聞きながら目をつむっていた。視角障がい者向けの音声オンリー版なので、物足りなさと拡散する連想からDVDを止め、あれこれ考えていた。途中、中延君(仮名)の傾聴依頼が飛び込んだが、上記のような煩悶を堂々めぐりさせていた。

右目はちらつきは治まったものの、霞はまだ完全ではない。左はようやく前の調子を取り戻した。ぼちぼち書きこみも復活させるのでご覧下さい。

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次回の「夢たいカフェ」運営委への勧誘のために辻堂「ぽれぽれ」のTさんに電話をいれた。Big Issue 再販開始のご挨拶ということで、藤沢の「きずな」にも連絡を取った。順調といえば順調なのだが。

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父が最近静かになったというより調子が悪いようだ。一昨日は大声のレム睡眠行動障害を再発させたかのような一件があったが、とにかく眠りこけている。私の目の調子が悪かったので、配膳と夜の紙パンツ交換以外は、二階の父の部屋に上がっていかなかった。悪臭が階段を吹き降ろしてくるのて、ポータブルトイレを覘いて驚いた。椅子の右側全体が汚れて、椅子の右後のコンクリート土台の穴が尿浸しで溢れて、防水シートがびしょぬれになっていた。

父は椅子の右側の手すり越しに小便をしていたのだった。ベッドから伝え歩きが間に合わなかったのだろう。しかしその量は一・二回のものではなく一日がかりのものだった。尿の一部は防水シートから流れ出して、絨毯にシミを作っていた。紙パンツは乾いたままだった、介護に部屋に行き、そこで見た父は、尻と睾丸をむき出したまま、掛け布団を巻いて寝ていたのだ。

尿は茶色く濁り、時間がたって腐敗していた。猛烈な悪臭をふき取るには、木製のポータブルトイレを持ち上げて下を拭かなければならなかった。私は右ひざを骨折した後遺症で、しゃがみこむことが出来ない。ふたたびパンツ一丁で尿まみれを覚悟しなくてはならなかった。母がトイレの外枠を支えてくれたが、したたる変色した尿はラテックス手袋の手首から流れ込んできた。地獄だった。

拭き掃除を終えて、糞尿をためるバケツを一階のトイレに流しに行こうとしたとき、すさまじいことが起こった。バケツの無いトイレに、注意したにも関わらず、父が真横から排泄したのだった。尿は再び床に広がり、部屋に戻り制止した私の腕ははたかれ、怒鳴る父の入れ歯が宙を飛んだ。やり直しとなった。

2回目の清掃を終えて、先に母にシャワーをやらせたが、母は、こんなことで私の余生をつぶされるのと私に怒りをぶつけた。感謝や協力のかけらもない相手をなぜ介護しなくてはいけないのかというものだった。目にしみる悪臭のする手を洗いながら我慢してそれを聞いていた。

手を緩めれば、介護する妻と家族は世間から非難される。介護事業者も被介護者を優先して考える。母の同窓会では、すでに亡くなった方のために会員は半減しているという。死が隣り合わせにある年齢の人間の生の時間を、「介護に捧げよ」とは誰もいえないだろう。主の座を確保するために、宗教を振り回し、母方の仏壇を焼き、位牌を捨て、表札をノミで叩き割った人物である。母方の親戚は遠縁以外は亡くなり、孤立した母を従わせようとして数年後、その父が倒れたのだった。家族愛の強制を私達は長年受けてきた。だから父は交戦的なまま、感謝を弱みと間違えている。沽券に関わるからおむつをしない。しかし、間に合わなければ紙パンツにすればいいではないか。右手すりごしに排尿する横暴さを我慢する根拠があるのかと自問し、無神経と暴力の破壊力に耐えている。

父の膝の傷の化膿止めのクラビット錠を飲ませるのを忘れていたので、衝突の直後、再び水と薬を持って階段をあがった。ベッド枠にしがみついて寝転がっていた父もぎょっとした顔をしていたが、薬を飲ませて、照明を消した。

まもなく夜明け。

9時に父をデイケアに送り出す。10時には家業の関係で業者が来る。14時には家事援助の初仕事の方が来るので、説明の付き合いがある。16時半には父の帰宅待ちうけがある。しかし午後は母に任せ、眼科に行く。医院の昼休みが邪魔。16時半には家に戻らなくてはならない。タクシーかなと思う。夕食の下ごしらえをして、海老名の巡回。時間が間に合えば、サポセンで路上生活者のTさんからのメールチェックをする。睡眠時間の戦いの一日。

夜間傾聴:中延君(仮名・昨夜)
     なし(今夜)

<注文書籍より>
●「精神障害をもつ人たちのワーキングライフ―IPS:チームアプローチに基づく援助付き雇用ガイド」
●「ビレッジから学ぶリカバリーへの道―精神の病から立ち直ることを支援する」


(校正2回目済み)

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目の調子がよくありません/新協働スペース「夢たいカフェ」に込める仕掛けとは

2009-06-20 15:39:36 | 引きこもり
大きな綿埃のようなものが依然として両目に飛んでるが、左目はなんとか霞からは回復したが、右目の視野は薄く霞が残っている。もともと強度近視(ど近眼)だから、慌てなければ雑踏の歩行は訓練されていて、事故はない。一昨日、海老名からの帰り、右目は再び違和感があり、瞼を開けることができなかった。一夜明けて、昨日は薬が効いたのか両眼とも何とか復帰したが、休診日で放置したことを想像すると、ぞっとした。

子どもネットワークの関水講演会は、海老名巡回の重なりもあったが欠席した。しかし、発達障がい児者親の会のUさんたちと話し合っておく必要があったのだが。

協働スペースのプランについて、発達障がい系の青年達の登場の場が希薄なのだ。たい焼き屋さんのバックヤード以外に登場が難しい現行プランの中に、可能性の形ででも残していくには、先々の形を議論の俎上に乗せたいと思っていた。

配達や清掃以外に、ツールを使えば接客の道も広がる。協働スペースの入れ物談義には、具体的な彼らの特性が練りこまれなければならない。車椅子がバリアフリーの、ゆとりある環境を要求するように、環境設計には彼らの吐息がかかっていなければ、彼らとともに働く場は参加幅が狭まってしまう。見通しを持つ必要がある。

更に必要なのは、発展可能性の仕掛け。たい焼き屋さん、小箱ショップというプランを実現するために助成金や制度的な援助をもらうために、「整備する」条件をクリアしていく仁美であることは重々承知しているが、これは従来のショップ作りの反復の道。例えばサポセンは様々な市民活動の交差点だ。だが仕掛けなければ、そこから新たな活動がなかなか生まれないように、ひととの出会いの環境保証だけでは、現行プランで言えば、それぞれの営業定着と収益拡大以外に、新しい企画が生み出される仕掛けが放置されており、不十分である。

私が紹介しているクラブハウスやビレッジ(リカバリー)の地域就労支援活動も適材配置が基本であり起業・起案の可能性誘導のような試みは弱いが、これらの実践は、ちょうど遺伝子が複雑な生物を生み出していくような原初のコードに織り込まれた可能性を(遺伝子のように複製の閉鎖系ではなく)開放系の企画として埋め込んでいくことが可能なシステムであるのだが、今進行している企画には、発展への力学を織り込むような「システムへの着眼」がない。

見通しが、従来の諸制度利用への実現手順のプロセスに流されているように感じる。その場が、様々な異質な試みがそこから誕生する仕掛け「後押しのシステム」の論議が、運営者の見通しが抜けて、「場の提供」に留まっている。この落とし穴に何回、関係の施設を抱えた実践が落ち込んできたか…。

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昨夜はPJの月例会。設計者のTさんや、たい焼き屋さん店主の翔の会の面々他が遅刻・欠席の状態で、ともかく開店が10月1日となったことや、そのための諸制度・支援申請が目白押しとなってきたことが話された。

配置の設計図が議論された。他の店舗と比べれば空間的なゆとりがあるものの、フランチャイズのコンセプトが決まっているたい焼き屋さんにリンクするような形で協働スペースが展開されるために、そのコンセプトも影響を受ける。たい焼き屋さんが配達を店舗営業のバックアップとして重視している展開ではなく、味とサービスを中心とした店舗営業スタイルなので、対象は、よりローカルな住民とそのお付き合いネットに向けられている。

ところが小箱ショップをその「ローカルな住民とそのお付き合いネット」に置いたとき、売れるものは何かと考える。港南台ショップのように、大きな人口の街が対象ではなく、活気の無い田舎住宅街を対象にするとなると、趣味のサークルが作ったアクセサリーやファンシーグッズ中心の展開は爆発力を持たない。これらは、遠方から足を延ばしてくれる口コミ層が基礎になるからだ。この辺が、たい焼き屋さんと対象のミスマッチングを起こしている。

ある事業所の生み出した商品が「野菜」であるとしたら、どう展示するか。鋭いデザイン感覚で「人参」や「キャベツ」をメイクアップしてみても、隣にスーパー、反対側に出張廉売八百屋店舗と挟まれているところでは、難しい。屋外の端で売る程度のことになってしまうだろう。小箱ショップ自身が広域の顧客をターゲットにしているから、客層のミスマッチングが起きないか危惧する。そのままでは売れないと思う。たい焼き屋さんを軸とした、お客さんへの副次サービスを膨らませるとしたら、そのカフェ展開を吟味する必要がある。

協働スペースの大枠のコンセプトと環境設定の話が未分化のまま、今回も話が終わった。このショップには、特に精神障がいと知的障がい、そして発達障がいの青年と、その応援団的な性格をもった社会的挫折層の青年たちが地域生活に融合した開放的な形で関連付けられなくては、ショップ設立の意義が薄れてしまう。当たり前の姿として、街に障がい者が出て行くということは、その地域の社会に参画するプログラムがあってこそだと思う。販売業という接客の場面の社会性にそれを絞るとしたら、対人関係に難のある発達障がいや社会的挫折層の出番が狭まってしまう。たい焼き製造や店舗清掃という場面はあるが、第三・第四…のプログラム登場に後日登場しても構わないという構造になっている。

今回、バリアフリー環境が論議された。しかし接近してすれ違うショップ内の発達障がい者の職場環境は厳しい。その辺の発想は翔の会から当然成されてしかるべきと思っていたが、たい焼き屋さん実現のため、どうも遅々として進まない。このショップは屋内勝負の店であるか、様々な屋外展開の起点となる店となるかは、議論されなかった。

ともあれ、たい焼き職人研修や、地域カフェ展開の横浜の研修と諸制度支援引き寄せのための活動が急ピッチで進められることになった。

私の「わーく」編集部はその場の事務所コーナーが主になる活動なので、スペース利用企画提案の形で協働スペースと関係する。また、営業の休業日や夜間の会合ができれば話は済む。取材と発信の活動自身の具体化を準備している。それは、今夜まとめる。

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母の体調が優れない。父の特養入所が父の危険行為と入所拒否によって、中途契約破棄になる可能性が大きいことが見えてきたからだ。本人の非協力が続く限り、家族の拘束が続くことになる。精神的な袋小路に追い込まれないように対応しているが、しかし、流れてくる話が皆よくないのはどうしたものか。

母の地元の若い知り合いの何人かは、といっても50代前半だが、親の介護が破綻状態になっている。徘徊と他害・大声癖のある母親を抱えている方が、入所したが1ヶ月たらずで契約破棄、入所者の方の怪我の調停に走らなければならない事態になった話とか、寝たきりの認知症の母親が糞尿を弄ぶ状態になって、自営業の危機からより小さな家に転居を余儀なくされ、母親を施設に預けようとしたが空きが無くと追い込まれて、神経症発症した話とかとにかく、その母親というのが私の母と同じだったり、やや若いという事例が、母が塞ぐことにつながっていた。

今私の施設探索が、市内施設の巡回から周辺市外施設に移ってきている。しかし、本当に選べないという感じがする。入所希望者が溢れているからだ。

今も父は般若心経のような調子のうわごとを大声で怒鳴っている。敵だらけだった父のハリネズミのような生涯が投影されている。次がベッド上の格闘と転落というお決まりのコースなのである。他害はしないが、防衛的暴力は限界が無い。危ないのだ。

身内の家事ならぬ火事が収まらなくては、私は社会活動も踏み込めない。生活の隙間を自覚的に利用していかなくては、生業と家事・介護に封じ込められてしまう。これだけは避けたいと思っている。

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<気になった記事>
●「無届け宿泊所増加 千葉ホームレスら入居施設/読売千葉」
●「障害者女性に職員わいせつ/朝日神奈川」
●「土浦9人殺傷、金川被告と面会の精神医学者「責任能力問題ない」/読売」
●「障害者の結婚相談会/読売愛知」
●「福祉従事者府、府医師会など共同で離職防止へ/読売京都」


夜間傾聴:□□君(仮名)
     ******君(仮名・親御さん)
     橋本さん(仮名・新・臨時・親御さん)
     駒沢公園君(仮名・久しぶり、傾聴にあらず)

p.s. 辻堂「ぽれぽれ」と話をしている。カウンセリングのその先作りだ。
   XMLの簡単な独習書を探している。DAISY出版の準備だ。

   ある元教員の方(らしい)メールが飛び込んだ。心機一転の決意表明のようだったが、いたずらメールとの区別が無いので応答はしません。もしぶろぐを読んでいられたら、ご堪忍を。


(校正1回目済み)

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小休止させてもらいました

2009-06-19 11:27:55 | 引きこもり
原稿の校正に集中していたら、右目に霞がかかってしまった。地元のかかりつけの医院は休診日なので、この前検査をしてきた東京の某クリニックに、飛び込みで見てもらった。冷蔵庫に何個も溜まっていたヒアルロン酸目薬を差していたのだが、使いかけのままにしていたチューブを使ったらしい。すぐに薬を捨てるように言われ、当座の炎症は治まった。普段からそんなに頻繁に目薬を差すわけではないから、つい溜まってしまう。冷蔵庫保存していたのだが、使いかけは捨てたほうがいいとか。しかし、私の目、ガタがきている。

帰りに三省堂書店に立ち寄った。ここは教科書販売をしている関係で、昔から行きつけの書店だ。書架をみているうちに、両眼の視力の異常に気が付いた。私は強度の近視眼鏡といっしょに、老眼の入ったもうひとつの眼鏡を持って、交換しながら使っている。前者ではもともと書架が見えないのだが、今回は後者の眼鏡をかけても見難いのだ。眼科ではアレルギーといわれたが、焦点が定まるまでに時間がかかる。疲れが入っていると自覚させられた。

A.S.ニイル(堀真一郎訳)の「新版ニイル選集・問題の教師」が出ていた。なんとも懐かしく、「きのくに子どもの村学園にお邪魔する」とご挨拶してから10年が経っていたことに驚いた。フレネやニイルなどのフリースクールの環境に仕掛けられた創造性というものが、社会階層のバイアスがかかっていることは、きづいていたが、その知の偏在を突き抜ける実践の試みが、今振り返っても足先がむずがゆくなるような失敗や、今でも耳が熱くなるような親御さんの説得空転の虚しさが、じんわりと甦ってきた。育て始めた小さな成果の芽が、進学と教科学力向上の鍛錬の鎌で、あっさり刈り取られてしまう悔しさだった。

マスメディアを通じて、私達は膨大な情報と知識の海の中に生きている。だからその創造の芽は、私と彼らとが育てていく絆だった。ところが親御さんには、雑知識の欠片でしかなかった。膨大な知識と情報に翻弄されまいとする処世術が、芽を刈り取ってしまった。そのまなびの説得力を必要性の論理に依拠させまいとすれば、対話の論法は互いの暗黙の約束事を乗り超えてしまう。

ニイルの本を閉じて、今日一日は休むことにした。苦々しい思いを抱えて、茅ヶ崎に戻った。母も調子が悪く臥せっている。連日ではあったが、幸い父を1泊2日のショートステイに送っていたので、とにかく目を休ませることにした。とはいえ、PCと本を除いては、仕事にならない職業の因果。右目はまだ異物が入ったような違和感があるが、症状の軽い左目は回復したので、これから父の主治医のところに父の薬の不足分を受け取りに行く。帰りにサポセン。16時半に父の帰宅の受取り。19時に海老名の巡回。

Big Issue 東京事務所と契約の日が決まった。6月23日だ。さてTさんに、すぐ出会えるだろうか。


<気になる書籍>
●「教師花伝書/佐藤学 著」
●「ここからはじまる人材育成-ワークプレイスラーニング・デザイン入門」

夜間傾聴:中央林間君(仮名)
     小田急相模原君(仮名)


(校正2回目済み)
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季節労働完了の影響で/路上生活者自立支援自助組織「あすなろ会」サポセン登録しました

2009-06-17 13:12:41 | 引きこもり
予定より2日早く季節労働の成果品が仕上がって送られてきた。快挙ではあるが予定が狂ってしまった。完成品が到着した日に市場に流されるからだ。間が出来たという事は間が出来るので、水際チェックせいということでただ働きの校正をやっていた。結果、時間のゆとりなく、ブログ書き込みと夜間傾聴******君(仮名)の分を日送りさせてもらった。申し訳ない。

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一昨日は、珍しく吉報を届ける話があったのだ。湘南の路上生活者自立自助支援団体「あすなろ会」が、正式に茅ヶ崎市民活動サポートセンター登録団体に、なったのだった。サポチガMさんを夜、引き止めて申請。Tさん、書類に向かって緊張していたのが印象的。

Big Issue 東京事務所に翌日、さっそく連絡をとった。これから様々な小企画が Big Issue を中心に始まることになる。代表&販売員候補Tさんも通信を出すとのこと。放置傘再販も検討中。とにかく7月1日号のBig Issue 販売から実現したい。

しかしセンターの登録の際にも、代表者の住所が問題になった。ポルト湘南さんもそうなのだが、路上生活者の方の就労や諸申請には住所が要る。事情があって路上にいるので、簡単に住所を取ることが出来ない。今回もその悩みがあって、Tさんの身元はポルトさんと我が家で相談して決めた。

ハローワークに彼らが行っても、住所不定が問題になって就職できない。では空き缶集めをと街を歩くと、自治会所有を論拠に窃盗よばわりされてしまう。隙間のない世界を私達は作っている。挫折者の再出発の手がかりを丁寧に奪い去っている。世間は、この自覚がない。

多重債務の穴に落ちた方は、行政・弁護士を挟んで返済計画をたてる。破産宣告から立ち上がる。ところがこの制度を知らなかったり、恐れを抱いたりしながら、路上を彷徨っている。収入を得なければ復活できない。生活保護を受けるにも住所がいる。その手続きのハードルは容易ではない。

廃棄物の地域自治会の所有権宣言ほど無慈悲な行為はないだろう。自治会費は必要経費を住人に分担請求すればいい。一部業者の回収占有排除を考えるなら、自治体が審査を受けた路上生活者支援等のボランティア・自助組織経由で、一定の割合を路上生活者に届けるシステムを作るべきだ。「捨てる」という所有放棄がいつの間にか自治会譲渡に出発点をずらされている。必要経費はそれこそ支払い能力に応じて流行の受益者負担をすべきだ。

その結果、社会の隅に追いやられるから、そこに差別が湧く。障がい者ともつながる無能者排斥である。健常者の競技場を作ってコースから排除していく。それは駅の植え込みポッド設置であったり、公園からの浮浪者排除であったり、自治会の廃棄物占有であったりする。この間、企業倒産や解雇などが、無収入への道が舟板一枚の地獄であることを明らかにした。介護とて操舵を過てば、家庭は転覆する。そのとき自分にも失業やら殺し合いすら起こりかねない。賢明な事態解決の制度選択やその知恵が求められており、その経験が共有されていくことが必要なのが分かってきた時代だろう。

だからBig Issue のような小さな果実を育てていくことが貴重な実践となる。

今、私が手にした契機は、茅ヶ崎の一角の協働スペース。そして路上にぽつりと登場した社会的企業の試み(路上生活からの自助自立活動)、そして行政が生み出そうとしている相談窓口を兼ねたカフェ設置情報である。

だから今必要なのは、プレ就労と地域起業の結節点(ノード)作り、そして支援者にも魅力のある磁場をつくること。就労の場を提供してはめ込んでいくような硬直した形ではなく、(社会的ニーズを媒介にした)「当事者の新たな取り結びを湧きたたせるような枠組み(システム)」を検討していくことだ。

「今、出来ることは何か」ではなく「どこへとどう膨らませるか」が問われている。

今、協働スペースつくりは、より実務的な「運営委」と、その外側のネットワーキングと構想を支援検討する「地域就労支援PJ」という協業体制を作っているが、地域にいくつか生まれてくる結節点(ノード)の差別化(個性化)を意識していくことが必要だろう。大風呂敷ではなく見通しの話だ。

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昨日は介護度認定更新審査の医師の意見書を作るために、主治医の往診があった。医院の診察休憩時間を使って巡回されているので、午後の2~3時台がつぶされてしまう。

しかし今回の再審査は、生活上の困難や行動の判定が認知症や精神障がいの方には不利な形で行われることで、それへの当事者家族や世論の批判があるために、介護度据え置きの経過措置が取られることになっている。

医師は今回が初めての訪問。玄関からまっすぐに入る一直線の階段にびっくり。落ちたら命がけであることを実感したようだ。問診も気になった部分だけの質問で終わった。現場を見てもらえは、まあいい。

医師が帰る後を追うように、私は湘南ライフタウンに出た。以前、大庭図書館で学習指導をしていた子が、高3になる。病欠の留年が入っている。だから予備校選択の件で相談に応じていた。一年ぶりだった。

帰りに辻堂駅ホームで、亡くなった**君の神経質な面影を追って、電車待ちしながらぼんやりしていた。ふいに茅ヶ崎サポセンスタッフのSさんから声をかけられ、驚いた。平塚に向かうところだった。

平塚は駅前で介護用品が揃う街だ。藤沢、茅ヶ崎より確実だ。雨の中、図書館の書籍更新を済ませて教育センターに寄り、ラテックス手袋の介護用と手術用を買った。後者は市販されていないので、病院卸業者に頼んであった。例えば入れ歯の洗浄をしようとすると、手首から水が入り込んでしまう。手術用手袋は深いので水が入りにくいのだ。ただ薄いので、一般向けにはなっていない。

母が嘔吐を繰返していたので、巡回は延期。幸い父も元気が無いので、とにかく仮眠をとった。

聖林公司という会社はアパレル関連の会社のようだが、ここで介護用担架を販売している。詳細情報がほしくて、カタログ請求をしたら、300- 送金の振込用紙が送られてきた。嫌な予感がしたが、それにしたがって送金していた。そのカタログが届いて嫌になった。担架がまったく出ていない。若者のファッションカタログなのだ。電話で交渉しなおすつもり。ただ、ひとつひとつのことが、こういう具合に、やたらにこじれていく。当たり前と多数派の惰性で世界が回っているせいだが、ついこのことを、昨日でがけのバス停で出会ったSさんに愚痴てしまった。

Sさんは切れ味のいいセンスの持ち主だ。だが私のように一匹狼ならぬ野良猫風の生き方ではなく看板を背負っている。引きこもり関連のネットワークがケアと居場所論の医療モデルを背景にしているので、就労支援も適材配置のスタイルを抜け切れないでいる。アンガージュマン横須賀や、K2インターナショナルの「お好み焼き ころんぶす」などのように、はみ出した活動があるのに、それが論の見直しにつながっていないのはなぜだろう。

Sさんはこのネットワークにも深い関係を持っていた。だから私がこだわった軽度の障がいや、深い家族の事情を抱えた若者自身の活動ということになると、紅葉坂のネットワークとずれた部分が広がってしまう。カウンセリングで出会う不器用な若者達の磁場は、質のずれた集団との出会いの接点に生まれるだろうと予測し、それをセットした。その活動は実際にはあちこちに点在していながらも、取り出され活動論化されてこなかった。だから意識的にそれを追う活動は類を見なかった。それゆえ、出会わせようとする相手の障がい畑の活動は、門前払いを繰返していた。しかしその中では、触法青年や、路上生活者のような局地の青年と会うことが増えた。しかし、ますます「行き難さ」を持った青年の活動の本流から離れていくのを感じてしまうのだとSさんを困らせていた。Sさんは必死に受け止めていたが、無理難題、Sさん失礼しました。

まとまりが付かず過ぎていった一日。
今日はこれからサポチガの全体会が15時からある。16時半の父の帰宅には家に戻らねばならない。16時が参加の限界。母が帰る18時半前後までの1時間弱のブランクのために階段下バリケードを組んで、巡回に出かける。今回は小田急相模原君(仮名)のところだ。

藤沢ビックカメラで「わーく」収録用機材(デジカメとソリッドメモリ録音機…さて)を購入予定。

<気になる書籍>
●「「使い捨てられる若者たち」は格差社会の象徴か―低賃金で働き続ける若者たちの学力と構造」

夜間傾聴:******君(仮名 16朝>日送り、17朝>o.k.)
     □□君(仮名 17朝)
     小田急相模原君(仮名 17朝)

(校正1回目済み)

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Tさんとやっと再会し/網膜色素変性症医療講演会に参加して

2009-06-15 07:44:53 | 引きこもり
網膜色素変性症協会神奈川支部主催の医療講演会に参加してきた。県民サポートセンターの402通し会議室が満室状態。私は相変わらず10分遅刻。支部企画担当者の方の席を譲ってもらった、感謝。

「網膜色素変性 京都大学眼科の取り組み」ということで、大谷篤史先生(京都大学眼科助教授<准教授では?)の解説を聞いた。網膜色素変性症とは網膜に異常な色素沈着が起こり、夜盲や視野狭窄などの症状が起こる病気で、失明する場合もある。原因が不明で現在のところ治療法がない難病。遺伝子欠損が影響しているとも言われているが、その機能は不明だ。視覚細胞が死んでなくなっていく病なので、直らない。

今回のテーマは「進行抑制」の話。経験的にレスキュラという点眼薬(緑内障等眼圧抑制剤)の、血行を良くする副次効果を利用することが、行われているが、薬効は正式には立証されていない。

今回は他の薬物療法や定量放射線療法を中心にして、京大医学部眼科で研究されている知見の紹介をしてもらったわけだが、とにかく確定的な物言いができないので歯切れは悪い。しかし参加した方もよく勉強していて、医学用語に圧倒されはしないのがご立派(失礼、プロの方もいらして、私が新参者。)。

研究者が少なくて、症例も集めにくいこともあって、療法の実証研究が進んでいない。推定で4~8千人に1人位の発症率だとか。

私は地元の眼科で緑内障と診断された。眼圧を下げる薬トラバタンズの一日一回の点眼を処方されたが、視野の下のちらつきが激しく、点眼効果が現れてこないので4ヶ月目にセカンドオピニオンを求めて、東京の知名度のある民間眼科病院の検査を受けて網膜色素変性症と診断された。資料を探るうちに、症状がいくつものタイプがあるが、そのうちのいくつかに該当することが判明。ちらつきだけはレスキュラ点眼薬(一日二回点眼)の方が激しくならないようなので、症状と治療効果から網膜色素変性症の診断を選んだ。

医師の診断だけではなく、患者さんの会の話を聞くことにした。その結果、網膜色素変性症の患者さんのお話に共通点を感じ、こちらの診断の方を善しとした。ただ遺伝病であり、発症は若いときから徐々に進行するといことが違っていた。

この点について、網膜の視神経乳頭の周辺に異常があるために、先にかぶったから速く感じるのだという説明が医師からあり、一応納得した。このとき、私の右目について、正確な予測は難しいが失明するだろうと宣告された。ただ両親の家系に強度の近視はいても、他の眼科疾患がある話がないので、遺伝性というところが違っている。ここは留保。

今回、検査法の中で網膜電図(ERG)は、微弱な光に反応する視神経の電気信号を判定するので、これが網膜色素変性症の診断に使われるという講演を聴いて、病名がほぼ確定したように思った。

ともかく、私の仕事とPC作業とは切り離せない。眼精疲労が危うい事態を引き起こすのは、かなわない。京大・山梨医大に専門医がいる。一度は行くことになるのかなと思っている。父のショートステイのときだろう。

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Big Issue 販売員候補のTさんとの連絡がうまく取れないで困っていた。これは、路上生活者の若手が、集団で仕事を始めていることが影響しているらしいのだが、他人に干渉しないという鉄則があるので、依頼して連絡を取ることが難しいからだ。

サポセンの機能を連絡に使って、ファイルにメモを書いて置くことにした。南口駅頭から集団が消えているので、中継点が作れないからだ。サポセンはTさんが頻繁に利用するか怪しいなと思っていた。3日前、伝言を書き残し、昨夜19時に合流する予定を立てていた。しかし、見事に空転した。がっかりして、中央公園を通り過ぎようとしたとき、Tさんとばったり出会ったのだった。

早速引き返して、作った「あすなろ会」の登録申請資料を、サポセンに残っていた代表のMさんに渡そうと飛び込んだが、すれ違い。帰ったあとだった。今夜19時、再挑戦ということになっている。

しかし出会えないことが原因の進行の遅さはただ事ではない。私達なら3~4日で済むことが2ヶ月かかってしまう。電話の料金が支払えなかったり、遠慮が先立ったりという具合だ。この長さも影響して、協力者が、やる気の無さと判断して去った方も。しかしそういう時間スケールがTさんには通じない。

あらゆることが、様子見の危ういバランスの中にあり、口約束はないものと取らなければならないから、二重の防御策は打っているが、ひとつひとつハーケンを打って岩登りをするような策を打っていかないと、販売再開は実現できない。支援してみて、失礼だが段取りはTさんには無理だと思った。身を引いているから、説得が難しいからだ。

湘南では既存組織を基にしないと呼びかける相手すら社会一般になってしまう。一度失った活動は、ブランクがあると復活できないことを体験した空転の7年間だった。どんな小さなことでも成し遂げるものが欲しかったというのが、私の正直な気持ちだった。Big Issue 湘南販売再開は、そのひとつの仕事になる。巡回は、引きこもり青年を互いにつながない。その運動構造の難点を超すには、場が必要だった。私の仕事と介護に加え定点を開業するには覚悟がいった。

Tさんの販売開始日には、数名規模だが小さなお祝いをするつもりだ。

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「わーく」の再刊を始める。講演会企画は、私が作ろうとしている地域就労モデル関連のところに絞る時期だから、目的を関係者の同意が取れないだろうから、いくつかの小さな懇談会とし、インタビュー記事を「わーく」に反映させようと思う。地域就労の自主拠点作り、プレ就労の地域拠点、街へとはみ出していく起業の拠点作りの構想を練っていく必要がある。入れ物を作って当事者を抱えていく形の運動は限界がある。そこをはみ出していくには、従来の運動作りの蓄積だけではだめ。切り替えの構想が必要となる。いつの間にか決まり、それがひびから滲み出して流れを切り替えていくようなやり方では、既存の関係者のやり取りの世界で終わる。異なった世界との接点を開いていく活動には、プランがいる。そこに気付いてもらうことも含んで「わーく」を書いていく。活動報告と企画行事呼びかけの紙面ではなく、主をインタビューに置くつもりだ。

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父の世話をここのところ連続して母に任せている。その母が不調を訴えている。父の緊急預かり先を、当座複数作っておかないと危ういように思う。電話でホーム入所説明を聞きながら、ショートステイの可能性を探っている。今日もこれから、父がデイサービスに出た後、候補のホームに行ってくる。巡回は夜。父の介護は、また母の厄介になる。8時半には階段介助のヘルパーさんが来る。父を追い出して数時間が睡眠時間となる。勝負なり。

夜間傾聴:□□君(仮名)
     中延君(仮名・傾聴にあらず)
     通過新人さん(今回かぎり>東京いのちの電話へ)

(校正1回目済み)

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関西大の国際シンポ中断しつつ

2009-06-14 12:00:20 | 引きこもり
父の暴走が再開された。歩行器を外側から杖のように使い、歩行器ごと転倒を繰り返している。父は無様になることを絶対にしない性分だった。親戚や知人の集団の割り振りが回ってきても、こともなげに放棄し、そのために家族がさんざん嫌な後始末をさせられてきた。まだらの認知症が進んで、下の始末は全くその片鱗もないようなのだが、紙パンツやおむつへの排泄拒否や、姿勢の上からの物言いへの抵抗など、つきあいが長いと変わっていないことが分かる。この歩行器への抵抗も、目的地の最終移行遮断の機能的問題(踏切遮断機のようなもの)があることは確かだが、父が入院中も歩行器を嫌がった。車椅子は平気なのがよく分からないところなのだが。今回は器機を抱えての転倒なので、なおさら危険なので困っている。

昨日は関西大学の国際シンポが同大東京センターで有ったので、覗かせてもらった。認知科学系のシンポなのだが、社会諸活動の根底的なダイナミズムの研究の片鱗が紹介される。昨日のシンポは午前から午後に渡り、今日は会場を関西に移して行われている。

とにかく父の朝食が8時、食べ終わった食事の後始末をして、出発できるのは9時ごろになってしまう。早くても、今度は昼食前の空腹を訴えるので、結局定時の朝食にしなければならない。朝食担当は私なので、これが大きな枷(かせ)となっている。夜間傾聴終了が6時なので、朝食が日々負担となり戦いの気分で作っている。

昨日も9時に出発となったので、シンポの開始時間10時には間に合わず、30分遅刻。特別講演のQ&Aの最中に携帯の留守電が入った。父が倒れて起きられない。救急車を呼ぶほどではないみたいだが、すぐに帰ってきてくれという母の伝言が入っていた。東京会場で行われる機会は希なので、無念さが募ったが、急いで家に戻った。

父は自力でベッドにもどり、高いびきで眠っており、母は病院に出かけていた。何をやってるのかわからなくなる。介護はじんわりと介護者を絞め殺す泥沼のようなもの。無念さを飲み込んで、母に帰宅時間の確認電話をする。携帯の応答が無い、いつものことではあるが。

母は16時前に戻ってきた。修羅場だったらしい。転倒箇所には床にシミが残っていた。失禁の始末中に宅配便が来て、焦って階段を降りたら、父が階段上まで這い出してきたという。垂れ流しである。清掃に1時間かかってしまったという。呼び出しを怒る気にもならなくなっていた。

父は先日の介護度認定再検査のとき、市の検査員のI さんに明瞭な応答をしていた。腹立たしくもあるが、定型的な会話は平常にこなすことができる。ただ時間的な感覚はかなり妙だ。現在は***に住んでおり(40年前の住所)、現在は10月だった。食事は自分で食べることが出来、排泄も自立。ホームに出かける以外にも、床屋にときどきひとりで出かけると語った。洗面は洗面所、歩行器より杖がいいのに家族がわからなくて…、という。

日めくりカレンダーは8月19日になっている。短期記憶不全と数唱の逆唱が困難、半身麻痺の広がり、歩行困難、重度に近い糖尿病だが、足を引きずり、歩けてしまう、指示拒否と転倒という事態はは判定されないのかと思う。

介護度が下がったら、家族は破綻する。そんな危機感からホームめぐりを始めているが、生業や社会活動を圧迫されている事態は、悪くなることは有っても改善されることはない。こういうコンフリクトが創造を生むというが、さて当事者になってみると、やはり困るものだ。

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母が帰る間、あきらめて洗濯の山を片付けた。通販を利用して、食事の買物。すでに申込時間が18時以降の配達しか出来なくなっていたが、送信。シンポのあと自由が丘君夫妻(仮名)を訪問予定だった時間帯に巡回を一件飛び込ませた。16時前の母の帰宅を待って、洗濯物始末と食材通販の伝言、再度家を出発した。JR相模原と橋本の2件。

相模線で帰宅時、終バスを逃す。タクシー乗り場に並ぶ気になれず、半分自棄になって線路沿いの道を歩いた。自分の行為の社会性は透視できても、それを社会に返す道が成り立たない。

その虚しさや苦しみは、鋭敏な引きこもり青年には嘘をつくことは出来ない。だから、私の行き方は私という独自性の中の回答を出すことを持って彼に関わっていく。…それだけなのかと自分に問う。私は寄りかかる集団を持たない。そういう自分の始末をして死ねよという枠組みにははまらないが、家族という擬制共同体を捨てて生きることを選択した者がその家族の底無し沼にいる。

介護という社会的課題でありながら、その始末は極限まで個的なものだ。父との家族愛なるものは生もうとすれば嘘まみれになる。私は家族という暴力的な経験を経て、介護というステージに立っている。アプリオリな「かくあるべき」姿からの価値判断は拒否するが、私が引きこもり青年に語るものは、そういう孤独を生きている者が、君一人ではないこと。生きていく価値とその隘路は動けば見えること。それを語りうる私であろうとしていること。そういうことなのだと「そう」を重ねて、提案の拠点をつくる、虚しさをこえる手を握る側のふんばりを持続していくこと。

点け忘れた門燈をくぐって、糞尿臭のシャワーの玄関をくぐって、厨房の椅子に腰掛ける。目の前には食器の山と、無造作に置かれたために水浸しになった私信の束。母に帰宅の声をかけて、第三ラウンドが始まった。父は寝息をたてており、足元のTVが大きな音量で騒々しいトーク番組を流しているのを消して部屋が真っ暗になった。ポータブルトイレのバケツを始末し、父の下半身を清拭しながら紙パンツを交換。シャワーを浴びて、遅い夕食を済ませ、食器の山を片付け、朝食の下準備をすると、夜間傾聴の1時がやってくる。

伸びをしてガス抜き。シャドウボクシングにとりあえず区切りのゴング。

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今日は、湘南おやじの会の講演会だが、網膜色素変性症の医療講演会が重なってしまった。まもなく右目が失明する状況なので医療講演会を優先させてもらうことにした。(JRPS神奈川支部のHP■お知らせ&イベント情報>医療講演会)しかし片目になったらどうするのだろう。他人事のようだが…。

海老名の巡回を済ませて帰宅予定。

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今回は朝日湘南版をお持ちの方は、「就業や住居確保 相談窓口開設へ「ネットカフェ難民」対象」(2009/06/13 朝日湘南版)をご覧下さい。

「神奈川住居喪失不安定就労者サポートセンター」(愛称・かながわチャレンジネット)が15日、横浜市中区寿町のかながわ労働プラザに開設されます。対象がネットカフェ難民や失業者。「地域就労支援PJや『わーく』編集部は、連絡網参加を検討する予定。

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夜間傾聴:小田急相模原君(仮名)
     自由が丘夫妻(仮名・傾聴にあらず)

(校正1回目済み)

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路上生活者支援自助団体「あすなろ会」発足とその会則/Fountain House とJHC板橋会

2009-06-13 08:06:02 | 引きこもり
父の歩行器を、より大型で折りたたみが効くタイプに代えた。これは、父の居室の出入り口と階段が180度向きが違うために、この歩行器で階段に出ようとすると、壁が邪魔して回れなくなるから好都合だった。歩行器ごと転落する危険を避ける意味があった。

私が午前中「スペアちがさき」の総会に出ている間に、介護用品レンタル販売の業者が歩行器を持ち込んできた。母が応対したので、質問話もなく、あっさり交換が済んだようだ。この時間帯、父は訪問介護のヘルパーさんに清拭・着替え交換・居室清掃をしてもらっている。だから歩行器が持ち込まれたとき、父は混乱したらしい。

父の様子が、このところおかしい原因がわかった。便秘だ。どんどん食べてしまうために、いつものことと見逃していた。3~4日の周期なので、いつものことではあるが健康の観察は、いい加減にすると手間隙は自分に帰ってくるから、用心が必要なのだ。もうひとつは、膝の怪我の化膿。うっすらと20cm円ほどに傷の周囲が腫れていた。雑菌が入ったのだろう。糖尿病患者の場合、こうした傷が治らないから注意が要る。先日のデイサービスの入湯のとき、かさぶたが取れたらしい。一方、足首のあざは、タオルケット事件の後遺症だった。

母と入れ替わりに、私が一度帰宅したとき、父は電話にやつあたりしていた。夜、母の話では、最後の母達の同窓会が近々あるので、同窓生から電話がかかってきていたらしい。私も家に電話していたから、父の電話の枕もとの電話は、昼過ぎ、鳴りっぱなしだったらしい。操作が分からない子機が鳴るからうるさかったのだろう。ついには、枕元のゴミ箱に子機を投げ捨ててしまった。子機を拾う私の注意が気に入らなかったか、じれてベッド柵に体当たりを繰り返した。母が置いていったのだろう、グレープフルーツの食べ残しが、見事に板戸にたたきつけられ、皿も割れていた。

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スペア茅ヶ崎は軽度発達障がい児者の会である。総会は満席、ただ圧倒的に学齢期のお子さんのお母さんが主。青年層が薄いので就労支援関連活動は、なかなか話が膨らまない。学齢期のお子さんの場合、その困難に向かう活動は「発達」を背景にしている。この辺が療育モデルと結びつくところ。就労支援のように地域活動と取り結ぶ発想は出てこない。参加して新規な発見はなかったが、もう5年目なのかと皆、感慨しきり。

自閉症児者親の会や子どもネットワークの最近の活況は、普通教育への特別支援教育の広がりの中で、学齢期の高機能の方のニーズが急増しているからだ。特別支援校と障がい者団体の活動と市民活動的な軽度発達障がいの活動は、接点を持ちつつも、障がい児教育と一般教育と活動の枠組みが違っているが、この相互協力が進まないと、有効な活動にはなりにくいだろう。しかし我田引水だが、青年層の場合、「育て」の枠組みを脱し、就労支援のような社会への結びつきが明快な本人活動を軸にすべきだろう。この切り替えのノウハウが育っていない。

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昨日は巡回が夜だけなので、母の帰宅と入れ替え交換して、ポルト湘南さんに立ち寄り、Mさんにご挨拶できたので、路上生活者支援自助活動「あすなろ会」が正式に発足した。これでいよいよ来週、Big Issue 東京事務所との話になる。

以下「あすなろ会」の「会則」である。

----- ここから -----



「あすなろ会」会則            (2009年6月12日決定)


(目的)
  私達は、路上生活者ホームレスの社会復帰をめざし、自主自立と相互支援の活動を行う。

 ※以下「当事者」とは、路上生活者を意味する。


(名称)
  本会は「あすなろ会」と名づける。

 ※「あすなろ」とは、"明日は檜(ひのき)になろう"という気持ちをいつも持ち、活動したいという意志を意味している。


(事務局/連絡先)
  責任者は役員全員とし、住所は役員の自宅に置く。
  郵送連絡先を茅ヶ崎市民活動サポートセンターのレターケースに置く。


(活動内容)
 ①路上生活者の地域ネットワーク
   --- 特に茅ヶ崎の連絡網作り
   --- ホームレスに関係する情報収集
   --- 会誌の発行(定期化したい)
 ②路上生活者自立支援誌「Big Issue」販売による自立促進
   --- 販売活動の拡張
   --- 活動活性化企画の立案・実行
 ③ホームレスの自立等諸問題の当事者相談とその促進
   --- 支援者・専門家の仲立ち等

(会員)
  本会の会員は以下の通りとする。
 ①企画会員
   当事者の企画した活動の趣旨に賛同または参加した当事者を「企画会員」とよび、以後連絡網に属す。
 ②協力会員
   会の目的に賛同し、諸活動を支援する当事者以外の会員を協力会員とする。

(会費)
  本会の会員は、企画参加時において、実費をその都度、分かち持つによって会費とする。
  会誌発行費はカンパによってその都度賄う。

(役員)
 ①本会に次の役員をおく。役員と賛同当事者によって事務局を構成する、
   代表・副代表・会計 (副代表は置かない年度を認める。)
 ②役員の選出は年に1度、本会会員の相談によって変更する。
 ③代表は当事者から選出し、会を代表して会務を統括する。
 ④会計は本会の活動のひとつ「Big Issue」の出納管理者を兼務する。企画の実費の管理運営を行う。企画実費の集金は、代表または企画責任者が行う。

(経費)
 =収入=
   本会の経費は、下記の収入を持って賄う。
  ①企画会費
  ②寄付金
  ③路上生活者自立支援誌「Big Issue」中継収入

 =会計業務=
   会計は企画費用の出納を管理する。出納帳・通帳を管理する。

 =会計年度=
   本会の会計年度は、4月1日より、翌年3月31日とする。

(企画決定)
  役員と企画賛同当事者・支援者の会合をその都度持ち相談する。

(付記)
  本会は路上生活者の困難な生活にあわせて会員を構成している。固定した住所を持たないため、通年登録の「正会員」は適さない。企画ごとの賛同表明した当事者を「企画会員」とし、「正会員」より自由な立場を保持する。

  会員は、役員以外は、本名を名乗る必要はない。名簿作成時、通名・日常の居場所の住所の最後に「路上」と付け加え、住所の代わりとする。
  (例)茅ヶ崎市茅ヶ崎1-1-1路上

以上


----- ここまで ------

来週早々に東京事務所にお邪魔する予定。

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今、JHC板橋会の個性となっている「クラブハウス」のモデルを地域の就労支援モデルの参考にしようとしている。活動は歴史があるので、論文も古い物が多い。そのひとつをご紹介する。19日(19時サポセン)に地域就労支援PJの月例会が出来たら、その場でも紹介する。

●「クラブハウスモデルとは」
●「「クラブハウス・プログラムの国際基準」2006」
●「Fountain House方式のクラブハウスモデルと過渡的雇用プログラム」

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巡回:中央林間のみ
夜間傾聴:******君(仮名)


(校正2回目済み)

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Big Issue 登録のため、来週は東京事務所にお邪魔か/他

2009-06-12 08:33:49 | 引きこもり
ポルト湘南さんは昨日は入湯日だった。路上生活者の自助活動の会「あすなろ会」発足に協力してくださったお礼を Big Issse 販売員のTさんと、ともに行う予定だったが、入湯のため先に到着していたTさんからの電話連絡で、Mさんがお留守との連絡があり、日を改めることになった。Tさんは責任者代理の方に気持ちを伝えたからと連絡してきたが、これは、だめ。気持ちの問題なので、曖昧にせず、改めてお邪魔することに。

しかし、これで茅ヶ崎サポセンの登録に踏み出すことになった。今日、母が診察から戻ってきたら、ポルト湘南さんにお邪魔し、Tさんとサポセンに行く。やっとBig Issue の受け皿団体が公開される。Tさんの了解を得て、近々「あすなろ会」の「会則」を本ブログに公開する。

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昨日は父は災難の日だったろう。朝から訪問歯科医の診察があって入れ歯の型取り。終わりごろ、訪問看護師さんが糖尿病の関連採血、食事チェック。生協が注文の上履き靴を届けにきたので、父に履かせてみたがサイズが小さくて、待たせていた配達の方に返品した。なにやら憂鬱になっているところに、市の介護度認定の更新検査にIさんが現れた。父はナーバスになった。入所の予感である。父は、一日中ベッドから出てこなかった。

紙パンツ交換のとき、直したはずの膝の擦り傷が、再び赤向けになり、周辺が化膿しはじめていた。水曜日、デイサービスの入浴のときにかさぶたが取れたらしい。恐ろしいものである。その場所は、もう怪我をしてから1ヶ月を超していたからだ。糖尿病患者の傷は治りにくくなる。そこから雑菌が入ると、特に親指足先などから壊死してしまう。早速消毒したが、この傷への危機感が当人には全く無いのは、どうしたものかと思う。

好物の煮魚や奴豆腐を今日は食べ残した。大食漢の父にしては驚異の出来事。夜間の部屋を歩行器鳴らしてうろうろ歩く行動に変わりは無いが、転倒もなく大人しかった。そういえば、一日、私は父の応答の言葉を片言も聞いていなかった。

茅ヶ崎駅前の薬局で紙パンツを買う。しかし大人用のおしめや紙パンツを安く買うことが出来なくなった。旧丸岡屋の閉店が大きい。結果、分散しているチェーン廉売店に行くことになるが、他の買物との兼ね合いが難しくなってしまう。イトーヨーカ堂地下の薬局で、赤紫蘇のジュースを作るためにクエン酸を買い、一緒に紙パンツを買おうと薬局内をうろうろしていると、Aさんが怪訝な顔をして現れた。秋からのたい焼き屋&協働フリースペースの進捗状況を話題に立ち話。完全に専業主婦(夫)化していることに気が付いた。ここもおしめ&クエン酸、両方とも置いていなかった。駅ビルのT店とともに、イメージ商売をしている感あり。

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母が眼科の瞳孔を開く薬の後遺症で、ぼんやり厨房の椅子に腰掛けていた。近視の人間は視野の状態が似ている関係で、この後遺症には比較的慣れていて強いのだが、検査詰めで母も参っている様子だった。

大きな紙パンツの袋を2階の父の部屋に持って上がり、降りて夕食の下ごしらえを整えた。まったく時間の余裕がない。巡回約束の時間まであと1時間、遅刻だった。海老名である。

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日程にゆとりが無いときは、将棋倒しが起こる。あやうく巡回もそれに巻き込まれるところだった。高校卒業資格認定試験の解説を延々とやっていたら、後の席にいたスーツ姿の女性が声をかけてきた。英会話の巡回講師をされているという。喫茶店で対面指導をしているというお話。時々私を見かけるということで、なにやら知り合いができてしまった。指導中なので、遠慮してもらったが、個人情報の漏洩は注意しないといけないと思った。大事なところは筆談にし、メモは最後に本人に返すことにしているのだ。

2段目が橋本。相模線を使っての商売。しかし遠い。

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今日は10時から「スペアちがさき(軽度発達障がい児者家族の会)」の総会がある。これから出かける。父は訪問介護を10時から受ける。夕方まで母に任せている。サポセンに立ち寄る予定。「あすなろ会」の件、JHC板橋会等の「クラブハウス」関連論文の打ち出し。これは参考資料として月例会に配付予定。

神奈川県中小企業同友会の障がい者委員会の**さんと、県立保健福祉大の++先生にメール。後者は同大図書館のビデオ資料閲覧のための紹介状のお願いである。JHC板橋会は研修用ビデオを出している。今回は4巻シリーズ物。しかし神奈川では、こちらしか大学図書館でも所蔵していない。横須賀なのでお願いするつもり。

夜間傾聴:□□君(仮名)


(校正1回目済み)

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ポルト湘南さんに「あすなろ会」発足のお礼と報告を/横浜高島屋が傘回収?/日は流れていく

2009-06-11 08:55:51 | 引きこもり
父を送り出した後、家事は山積しているが、とにかくベッドメイクだけ済ませ、シャワーを浴びて、横浜に出かけた。私の用事は日本大通りの県庁か紅葉坂の青少年サポート課や県立図書館が多い。ところが10時~16時、いや出発は11時からであるから、往復で2時間強を差し引くと4時間弱しかない。この間に買物や雑多な用事を済ませることになる。振込みが2件。話しもむことなど出来はしない。デイサービスは、入浴サービスと、父の会話促進(ボケ防止)しか意味が無いのだ。一度家に戻って父をベッドまで運ぶ作業を家族がいないとやってくれない。家族を解放してくれないのだ。

とにかく用件だけで小走りにすませるだけ。20分おきのバス1本乗り遅れても、送りの車の到着時間に間に合わなくなる。今回は人身事故があってダイヤが乱れていた。間に合わねばタクシーということになる。幸いバスは間に合ったもののまとまったことは出来ない。母はその時間大概はリハを終えて帰宅中の時間となる。ホームと交渉して、送りの車の巡回の一番最後にしてもらった。それでも17時前。前後30分の到着時刻の誤差がある。この時間帯、父の宗教の信者さんの協力を得て階段介助をしてもらっているが、ここの部分だけ頼んでいる事業所ヘルパーさんの日もあり、いずれにせよ、彼らが到着する前に私は帰宅していなくてはならなかった。

父は私を睨みつけて帰宅した。何か起きていた。職員さんの報告を聴いて憂鬱になった。父は午前中入浴した。一眠りして昼食後、父は入浴していないと職員さんたちと口論を起こしていた。不安定に立ち歩き、怒りを周辺にぶつけて結局、その日はなだめるだけになってしまった。寝不足のご様子ですという伝言。恐縮してしまった。

他害・危険行為があると有料老人ホームでさえ追い出されてしまう。NHKスペシャルでも報じていたが、就労と介護は両立が難しい。退職して介護につくひとも多いとの内容だったが、地縁・血縁のあった昔でさえも、その矛盾は「嫁(主婦)」に押し付けられてきた。そのつながりを失った少子核家族化した現代では、家族で抱え込むこと自体が無理なのだ。

父は爪を切らせなかった。デイ・サービスの依頼メモに書いておいたのだが、暴れた結果だった。汚れた洗濯物を洗濯機に入れて、手を入念に洗って玄関を出た。巡回である。

禁煙騒動君は、本校に現れたという。美容室からの帰りだろうか。むっつり語らないが大丈夫のようだとの話。禁煙話は煙草の香りや味の話ではない。彼が彼の存在を不服と思い、関係を変えようとすることなのだが、柱を蹴る力がある限り、私は柱になる。矛盾と壁を感じる手がかりを彼が持っているからだ。無理に押しても引いても、残念ながら関係は解決しない。相手のあることだからだ。この意味で私は即応しない、狸を決め込む。

私は思春期だからどうのとは思っていない。私とて、偉そうな説教できる立場ではない。私教育と社会運動という既存のモデルを模倣できない、つるむことの出来ない獣道を歩いてきたからだ。生きた証を出せる頃には、半分干物になっているこれが人の社会のせちがらい融通のなさなのだが。

本校の同僚の話を聞いて、禁煙騒動君は結構職員の支持者がいる。意外と思うかもしれないが、彼はずっと煙草を吸って柱を蹴っているわけではない。みすえているから彼は苦しむ。彼の認識からはみだしている別の顔だってある。それを彼自身が知らない。こんなことを書けば、証拠をだせと言い出しそうだ。嫌である。

相模大野から北里大に少し近づいたあたりに、今回の巡回先があった。もう一件は、小田急相模原君のお宅。駅前まで出てきてもらって話すことになっていた。順調に話を終えて、厚木周りで帰ってきた。

父は帰宅したら既に眠っていた。紙パンツを下げて眠ってるので、失禁した尿は背中に回っていた。着替えと予想をたてて敷いておいた作業用紙シーツを父を立たせて交換した。父を寝させて、炊事の始末を終えたら1時を回っていた。

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夜間傾聴の待機時間は、いつもならオンラインの作業をしている。今日は仮眠を取ることにした。

今日は午前中、歯科の往診がある。父の入れ歯の調整。そこに一部時間帯が重なって介護用品の営業マンが折りたたみ式の歩行器を持ち込んでくる。昼食が終わると,市の介護度認定の調査が入る。なにやらむちゃくちゃな一日になりそうな気配。

15時からは、ポルト湘南さんにTさんの「Big Issue」販売の登録に入った件を報告する。Tさん、風呂に入ってからお礼すると、元気。

雨である。巡回は夜、海老名である。


<気になった記事>
●「派遣労働めぐり日産に指導 庶務的仕事なのに3年超え/朝日」
●「県営住宅入居の未就職者 8月まで期限延長/朝日神奈川」
●「「ストレス発散で暴行としか」 広島・少年院4教官逮捕/朝日」
●「付属池田小事件8年 「風化させぬ」」
●「オードリーやもえさんデザイン「MOTTAINAI傘」/朝日」
●「アルツハイマー病関連のたんぱく質、阪大グループ発見/朝日」


夜間傾聴:□□君(仮名)
     中央林間君(仮名)

p.s, 横浜・高島屋で中古傘の回収サービスを開始した。部品再利用とか業者転売するとか。23日まで。さっそく交渉することに。(NHK情報)>放置傘再販の件


(校正1回目済み)

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