湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

6/29 「わーくNo.65」印刷終了、明日から配布/18才選挙権に思う

2016-06-30 05:40:59 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/29 記
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「わーく No.065」の再校正を済ませ、出版へ。印刷終了。明日から配布が始まる。束を抱えたまま橋本へ。塾長の奥さんと会う。夏期講習、今年は相模原の手伝いをすることに。ガレ展の入場券をもらった。立ち寄れるか、あやしい。しかし参議選活動がうるさい。18才以上選挙権、模擬選挙に熱くなっている塾長の奥さん、投票練習を教室で、やったとか。ひどいセンスだというと怒った。政争の論点が難しいのであって、投票のやり方がわからないのではないよというが、民主主義の基礎と言って譲らない。茅ヶ崎でパスタを食べたが、隣の席の高校生集団、両親も年齢も同じなのに、ふたごではない…なぜだなどと、大声でクイズをしている。古い…。話を聴いていて、投票するの、こいつら…と、つい。

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差し歯1本入れる。馬鹿に安いので受付で問い合わせると、1割負担になっていた。直したらまあ値段の違うこと…。言わなければよかったと冗談をいうと、後で計算が厄介なことになりますと叱られた。訳がわからない。

母が東京の主治医の診察を受けに出て行った。調子はいいのかなと思っていたら、腰を曲げて帰ってきた。帰りの東海道線が混雑していて、席をゆずってくれなかったので、戸塚でダウン。ホームで休んで帰ってきたのだという。用意した寿司折に手をつけず、ベッドにもぐりこんでしまった。これでは、何のために東京まで出かけたか意味がなくなってしまう。

しかし、歳だ。ふたりして通院のはなしばかりなり。

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明日から「わーくNo.065」の配布開始。しかし「頓挫企画号」というのは、私も「ひどいセンス」なのには違いない。

夜間傾聴:ひとり(自転車を新調したとか、実はこわい傾向)


(校正1回目済み)

 

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6/28 「わーくNo.065」残りの頁「金曜災害ミニカフェ関連

2016-06-29 05:39:14 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/28 記
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「わーくNo.065」残りの頁、完成。

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=6月レポート=

●女川災害FMは、今年3月助成金終了を持って閉局した。しかし、全国、そして地元スポンサーの資金ぐりがついて、公共団体ではなく民間局として再出発することができた。災害時のローカルエリア放送は、若者によって運営される。地元の水や物資配給情報や、道路交通情報、行政が提供する生活情報を織り交ぜながら、近所の顔の見える人々が若者の元気を分かち合う活動となる。
インターネット媒体の交流は、災害時には使えないことがあったり、デジタル・デバイドと呼ばれる世代や障がいの質による利用できない層がいることもあって、半双方向通信であるが、FMラジオが大きな役割を担う。視角を変えれば、若者達の貴重な居場所・表現活動の場である。悩みながら成長していく様が地域に受け入れられていく。その貴重な記録になっている。ただ最期に気がかりなことは、ろう者の配信メディアのことだ。避難所などなら施設内に無線LANの文字配信を考えられるが、在宅のばあいなどは、「高校生の配食連携自転車配達ボラ」に通信紙やチラシを乗せることなどが考えられるだろう。
●熊本地震は、東日本大震災の体験がつぎ込まれているが、医療・ケア活動の必要性がこれほど浮かび上がったこともないといえる。しかし、話を聴けば聞くほど、被災者の病気の悪化やメンタルな危機の話は聞こえるが、さらにその影に障がい者の心身の危機が隠れてしまっていることは、自覚的でありたいと思う。何故災害という非常事態でさえ、日常と変わらず分断が持ち込まれるのか、東日本大震災のとき、あれほどもてはやされた「絆」の内実が空疎に聞こえてくる。
●家族の喪失・生計の破綻という悲劇が普遍で、心身が死の淵まで追い詰められて行く、被災下の障がい者が特別という論は成り立たない。ゆえに今回のような番組は繰り返し放映して実情を伝えて欲しいと願う。福祉避難所・地域非登録者避難・外出時被災などまだ論じ足らない話も多い。続編を望む。

 

★金曜災害ミニ・カフェ7月予定★

●被災時、障がい者とその家族は孤立する。特に日々医療ケアに支えられている身体障がい者や精神障がい者は、医療機器や常備薬の維持確保そして、看護分担の危機に直面する。避難所までの移動や、障がい者の抱える困難に無理・無理解な集団生活が待ち受けている。福祉避難所も医療機器や常備薬を準備してあるわけではなく、結局、医療の外部支援に依存し、サバイバルのような医療機器維持や常備薬欠乏の持久戦を、倒壊している自宅で行うことになり、物資も情報も途切れたまま孤立してしまう。今回は、5分おきに痰の吸引が必要な子が紹介される。また薬が切れて部屋にこもる統合失調症の方が紹介される。(7/8)

●東日本大震災から6年、熊本地震から2ヶ月を経て、被災者のニーズに届く支援がはっきりしてきた。医療とこころのケアの支援だ。関連専門職以外の外部支援者が関わりにくい分野だが,その形を考えてみたい。(7/22)


----- ここまで -----

夜間傾聴>ひとり

(校正2回目済み)

 

 

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6/27 金曜災害ミニカフェ7月分完成/「わーくNo.6 5」まもなく完成

2016-06-28 05:48:41 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/27 記
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7月分の「金曜災害ミニ・カフェ」の予定決定。ポスターと「わーく」誌面作成中。


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<<日程>>
7月8日 医療ケアが必要な被災者たち
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★ハートネットTV緊急報告・熊本地震「取り残される障害者」(2016/05 30分)録画に難あり。

★NEXT 未来のために 熊本地震「"医療ケア児"見過ごされた子どもたちを救え」(2016/06 ETV 30分)


7月22日 取り残される障がい者たち/長期滞在支援の中から
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★NEXT 未来のために 熊本地震二ヶ月「密着 日赤こころのケア・チーム」(2016/06 ETV 30分)

★NEXT 未来のために 熊本地震二ヶ月「震災ボランティア 手探りの支援」(2016/06 ETV 30分)

----- ここまで ------

今回のテーマは、「医療ケアの必要な障がい者の現状」と住み込み支援」。作る福祉避難所は多様でなくてはならない。戸枝陽基氏の語りが素晴らしい。

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「わーく No.065」まもなく完成。

(夜間傾聴)ひとり

(校正1回目済み)

 

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6/26 「わーくNo.065」表紙記事 医療・ケア専門職と市民協力者をつなぐ中間支援

2016-06-27 05:13:18 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/26 記
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「わーくNo.065」の表紙,巻頭記事のβ版を転載する。「熊本地震に学ぶ/専門職と市民協力者をつなぐ/地元ケア・ボランティアの育成を(結)」より

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●熊本地震は、二千回弱に及ぶ長期余震と、繰り返される悪天候という特長によって、被災者の健康維持、メンタル・ケアが大きな問題となって現れ、東日本大震災の経験を活かす試みが見られた一方、物資配給の結節点の人員不在という穴も開いた。同時に活断層帯をマクロにみると、熊本>大分の先に、伊方原発のある佐田岬半島を通じ、四国の背骨にあたる中央構造線から伊豆半島の駿河湾側の付け根に至る地形も見えてきた。被災時の支援のライフラインにあたる道路交通路網寸断時の様子などから、被災現場の孤立度、自主耐久期間が浮かび上がってくる。
●その悪環境の中、熊本地震は地元自らの健康管理と、要援護者といわれる方々の重点支援の必要性という、リアルな避難生活の実態が全国に伝えられた。医療・生活ケア活動の重要性が、これほどクローズアップされたこともない。しかし、この領域の活動は医療・ケア専門職が支える領域という漠とした認識があり、被災者はその活動に「協力する」という構造が出来上がっていた。東日本大震災以降、大災害の際は、彼ら医療・ケア専門職の人員不足による対応の遅れや、効率配置を実現するセンターの不在などが重なり、専門職の家庭被災を抱えながらの過重負担がのしかかってしまう。これは短期交代していく外部からの専門職支援では補え切れないものが、地元専門職の双肩に重く蓄積してしまう。これでは長丁場には持たない。

●このことから、防災リーダーのような安全避難技能習得者の枠を超える、避難生活の避難者自主活動の推進者(中間支援者)の育成を市民活動の中に求め、医療・ケア専門職の切り出せる職務の担い手を育てる視点を中間支援者に持たせたい。それには中間支援者の避難生活ケースカンファレンスを積み上げて行くことが大切になる。誰に何が可能か、熟知している人材だ。それは医療・ケア専門職の代替技能者ではなく、被災者の自主活動と医療・ケア専門職をつなぐ地元活動の触媒となる人材である。

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(注)今号は、「わーく」が3.11以降提案して来た活動を頓挫したものを含めて紹介した。それは今後「わーく」の活動は、よりニーズの高い活動のうち、特に地元の若い人々に託す活動の吟味に絞って行くからだ。共感してくださる方は、「金曜災害ミニ・カフェ」や「懇話会」にご連絡頂きたい。

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夜間傾聴>ひとり

(校正2回目済み)

 

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6/25 「わーくNo.065」<連載>個人医療情報 QRカードの検討 024 β版 他

2016-06-26 04:40:51 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/25 記
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この間、「わーく」編集部では、3.11以降様々な提案をしてきた。その多くは「なしのつぶて」・「のれんに腕押し」のような闇の中に消えたまま、実現しなかったものも多い。失敗談集ともいうべき事例だが、その提案の命はなくなっているとは思わない。それゆえ、「No.065」において、一度まとめて紹介しておくといいだろうと特集を組んだ。

もともと被災者支援・防災活動は、安全避難と防火活動にステレオタイプ化しており、そのイメージ固定化も手伝って、防災活動自身が鬱陶しい「必要性」の煙が漂うために、先送りする傾向が強く、関心を広げる活動の困難さは、湿った薪に火をつけるように、ただ事ではない。ましてや、専門職ではない者の提言の価値は、誰かが支持し動き出すまで、怪しいものには近寄らないたぐいのものだ。ゆえに、常に流されていく。そういうことは、覚悟済みで提案しているので、どうということはない。ただ手遅れにならないように、提案者のできる範囲で、可能性は追求しておきたいと思う。社会活動ゆえ、誰が真似してもかまわない。むしろ真意を継いでもらえるものならば、歓迎する類のものである。

このブログでも、公開すると、予想通り呆れて読者が半減する。つまらないなあと思う。それも一向にかまわない。使えそうならもっていけばいい。おそらく「No.065」も、のれんの彼方の闇の中に消えていくのだろう。より実現性に富んだ有効な提案を考えていくのが、とるべき道と考える。

以下は、「お薬手帳QRコード版」24回目の一区切りと思って書いた。次号からは「要支援者とQRカード」の話と「生存・所在確認、日常時の処方薬・食事の禁忌管理」の話だ。この提案は被災混乱の渦中の命を救えるかもしれないのだ。


----- ここから -----

「わーくNo.065 /<連載>個人医療情報 QRカードの検討 024 ~立ち返る QRカードの目的と効果再考~」より

●災害時、医療現場は大混乱する。その混乱は、時間を追って整理すると、いくつかの場面の差があることがわかる。発災時は、救命がまず第一の目標となる。ここでは傷病者が、被災現場から医療施設に安全移送し治療につなげるものだ。ここでは傷病者の固有名詞は二の次になる。救命は時間との勝負となるからだ。応急処置を終えた傷病者は、医療施設で治療を始める。「お薬手帳QRコード版」は、その場面で、効率よくかつ効果的に個人情報を扱い、医療ミスを軽減することを目的に考えられた。「お薬手帳QRコード版」は、生存・所在確認や、日常時の処方薬・食事の禁忌管理という治療現場の外側の機能もあるが、緊急性から考えると、大災害時の医療現場の混乱という事態は回避しなければならない。

●大災害時、地域拠点病院を中心とした医療機関は大混乱する。それは、瀕死の重症患者と時間的に待機可能な傷病患者が混じって、治療体制がハング・アップしてしまう事態のことだ。被災現場では被災現場と救急外来において、トリアージという治療緊急度が基準の段階分けを行うが、このトリアージ網をくぐりぬけて、家族が傷病者を病院に直接連れてくる例が頻繁に起こる。静岡県などでは、地域住民自身が「市民トリアージ」というほぼ2段階の簡易段階分けを現場において実施し、病院への傷病者の救護所と病院との区分けを行うことで混乱軽減を行う試みが始まっている。「お薬手帳QRコード版」は、このハング・アップ寸前の状況の場面で、医療関係者の仕事効率化のツールに使い込もうというのだ。

●前号で、日本薬剤師会の「日薬eお薬手帳」というスマホ・タブレット端末用アプリの問題点を取り上げた。患者さんは処方された薬を大まかな薬効(”胃の薬”、”血圧の薬”という具合)で掴んでいるものの、薬剤名は覚えていない。日常的には複数医療機関から薬をされることから、飲み合わせてはいけない、病気によっては飲んではいけない薬がある。そういう危うさを医師や薬剤師たちがチェックできるツールとして「お薬手帳」が実施されている。しかしそれをデジタル機器の機能に入れ込んでしまうことには問題がある。それはスマホを避ける高齢者のデジタル・デバイドを軽んじていることと、アプリの目的を見失った高機能化が行われてしまい、大災害時の機能簡素化と逆行してしまう。そのアプリのデータを病院のカルテに転送する作業も手順が多くかかり、人力入力を挟めば入力ミスも呼び込むことになる。そこを解決していく目的で「お薬手帳QRコード版」は考えられた。「お薬手帳QRコード版」は交通事故などの小規模被災にも対応できることは、勿論だ。

●次号は「お薬手帳QRコード版」の実現化への道筋や、周辺機能の解説を行っていきたい、要援護者のサポートのことや、生存・所在確認、日常時の処方薬・食事の禁忌管理の話だ。

----- ここまで -----

歯が欠けて、歯医者通いを始めた。いままでの医者は、レントゲンをほとんど撮らず、治療は口腔全体を直さねば終わらなかった。今回通い始めた医師は、極端に狭い治療部分に限定した写真を撮り、耐久性充分なら最低線の価格のものを勧めると言う古くからの地元医だ。機器も薬も古いが、患者もいない。そんなもんだと思いつつ、ともあれお手並み拝見というところだ。

今、片面粘着型感熱シートを探している。QRコードの処方薬データを重ねて更新できるシートはないかというものだ。ZEONに近いものがあるらしいが、「重ね更新」が可能か調べている。


夜間傾聴>ひとり

(校正3回目済み)

 

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6/24 「わーくNo.065」に載らなかった継続・終了企画 他

2016-06-25 05:03:38 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/24 記
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3.11以降、「わーく」編集部が提案してきた諸企画は、その大半が闇夜の鉄砲のように、宙に消えて行った、今号はその諸企画を特集してみた。その中で生き残っているものは、かろうじてというものが多いが次の通り。

---- その他の企画 ----

●中学生防災教育のなかに「災害時率先避難誘導員市内研修資格と研修修了書発行」<継続提案
 市内資格・防災リーダーに従う補間資格・一時避難所まで誘導推進。救急法取得は防災リーダー育成にて。防災参加のハードルを下げるのが目的。

●金曜災害ミニ・カフェ(かろうじて継続)

●お薬手帳QRカード版(継続中)

●『災害医療と被災者の保健』茅ヶ崎懇話会(年数回)協力(継続中)少数懇談を行う。

●避難所内マイクロFM(ボラ塾授業にて提案中)

●福島原発避難地域ペット飼い主仲介(終了)

●岩手県大船渡市障がい者作業所作成「椿油」請負用途開発(頓挫・ネパリパザーロが実行)

●鶴嶺高校生有志から始める大船渡被災地自転車見学(南三陸ボラバス企画に代替、頓挫)

●中古車を大船渡広田半島長期滞在ボラに寄付。(終了)

「以下はNo.065 記載」

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「わーくNo.065/災害その時☆ハイティーンズの仕事(3)」より


~被災直後避難所外被災者の地元見守り役として~

大災害時、学校は休校になり、中高生は自宅に近い避難所や自宅に待機することになる。準急性期ごろになると避難所にも外部支援者が入り、大人のボランティアたちとともに避難所運営が偏りはあるものの積極的に動き出す。行動的なティーンズは、避難所運営の補助に参加して行くが、家族の中でも有効に活動しているとは言えず、その後学校が再開すれば、彼らの支援活動は学校の無難な集団活動に制約されてしまう。

しかし彼らは地元を熟知した若者たちであり、それを活かした独自の役割がある。(下表)その中でも、避難所外で避難生活を送っている方を孤立させない為に、配食サービスへの協力・物資配達・要望仲介を行う仕事を訪問活動ボランティアをリーダーに、自転車配達を行う仕事だ。大人のリーダーは、彼らの安全と大切な「要望仲介」の指導を行う。

要援護者の多くは、避難所の集団生活に困難があり、家族の介護などで家族を離れられない方の要望を、行政やボラセンに仲介する彼らに託す道が開けてくる。これは高校の防災活動の中で定式化していくべき活動だ。ティーンズは、判断に未熟なところはあるが、地元の地理条件に慣れた若者であり、役割分担すべき世代なのだ。彼らにとって貴重な社会体験となる点も見逃せない。地域の大人と結びつく事は,彼らの地域生活にも大きな影響を与えるだろう。

ただ被災直後の環境は危険に満ちており、彼らの安全は見守らなくてはならない。また、配食を例に取れば、食中毒防止のために、弁当の即日回収が必要だ。こうした経験継承を、彼らに簡易研修する必要が出てくる。 (続く)

---- ここまで ----

熊本地震赤十字巡回支援情報依頼。(**医師経由)

夜間傾聴>開店休業
     昼間親御さんと茅ヶ崎にて(pswさん仲介へ)

(校正3回目済み)

 

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6/23 「わーくNo.065」は8ページものに/慈恵医大眼科に行って

2016-06-24 04:46:05 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/23 記
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「わーくNo.065」は8ページものになりそうだ。これがあれば、失敗話続きの「わーく」の試みが見える。継続は力なりというが怪しい。自分の責任を明らかにしていかねば、つながる資格もない。この指とまれ型活動の限界でもある。

今、寄稿依頼した方に電話をかけさせてもらったが、忙しいのでという共通のダメだしがあって、どうしたものか思案していて、結局8ページものにすることにした。

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橋本から慈恵医大附病院眼科にいく。見える方の視野がどうもおかしい。主治医は予約で半年先の状態なので、視野検査を受け、空きの医師のつなぎ診察をうけた。白内障があるのではないかと予測していたが、網膜上の異常が視野でいうと上の外側にやや進んでいるようだという。今の点眼薬の濃度が高いものも出てきたが、変更しても、点眼回数が減る位で、治療効果はあがらないだろうという。そう、今の治療水準では治療法は無く、症状の進行を遅らせるだけなのだ。

しかし、こわい。自分では見えているかのように感じているが、医師の持つボールペンが突然現れるのだ。今までは片目状態で、生きている側は視野の中央だけ損傷しているのだと思っていたが、視野の損傷部位が拡がってきたのだ。同じ場所がじわりじわりと抜けて行く。書を読むのは視野の下側なので影響は少ないが、環境情報が減った。ひとの像や表情が目を凝らせなければわかりにくくなっている。眉間に皺がよれば、人間関係がそれで更に壊れて行く。その無意識に気が付かなければ、説明しても無駄。右往左往するよりは、自分のなしうることを積み上げていくことの方がよっぽど大事だ。

帰りに日比谷で乗り換えて、銀座に出る。キリスト教系書店の教文館ナルニア国コーナーに立ち寄る。あるグラフィック系作者の原著を探していた。私の知人の娘さんの入学祝だったのだが、通販書店在庫切れで、輸入がもう3ヶ月も遅れているので、別の代替書を探しにきたのだ。他の書店に問い合わせ仲介をしてくれた、感謝。結局良い情報は無く、丸善に戻り、シュルツのデッサンを購入した。媚びた擬人化ディズニーよりはいい。タイミングをはずしたので、注文書籍が来てからにしよう。

「東日本大震災と特別支援教育 共生社会にむけ多忙際教育を」「親子で理解する発達障害 進学・就労準備のススメ方」を購入。

東京駅構内で、私を追い抜いた通行人のキャリアバッグに足が引かれた。危ないと注意すると、40代営業マン、黙って立ち去った。とにかく荒んでいる。

夜間傾聴>ひとり
     塾長の奥さん

(校正1回目済み)

 

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6/22 東日本大震災被災者支援失敗実践集(「わーくNo.065」より)

2016-06-23 05:55:20 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/22 記
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「わーくNo.065」は、失敗談集を記載した。今後の支援活動に活きるだろうか。

------- ここから ------

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●JAGDAの「被災地からのことばのハンカチ展」を子ども・障がい者交流へつなげる試み(頓挫)

 (注)JAGDA>公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会


JAGDA(公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会)企画の「被災地からのことばのハンカチ展」という素敵なプロジェクトが2012年から岩手の被災地などで行われた。多様な形態があったが、そのひとつに被災地の小学校にJAGDAの指導者が入り、子どもの気持ちをハンカチの絵に表し、それを日本全国で展示即売会を行った。その収益はハンカチを描いた「子ども達に」贈られ、収益をどのように復興に使うか考えてもらう試みが行われた。

「わーく」は2013年Part3横浜展で現物確認し、これを地元の学校や障がい者工房と仲介し、交流が行えないか考えた。某私立小学校と某障がい者団体を経由した工房に打診を行ったが、失敗に終わった。その理由は次のようなものだった。

<非被災地側のステレオタイプをどう回避するか>
被災地側のハンカチは、JAGDAの仲介が入っていたこともあって、素晴らしいものだった。しかし、湘南側では展示即売会招聘から踏み出して、「交流」を追及するとき、小学生・障がい者に「災害」をどのように理解してもらうかというハードルがあった。この説明の部分を「わーく」が行い、JAGDAの技術指導が得られないか調整に入った。

横浜展示を終えた時点でJAGDAは「被災地からのことばのハンカチ展」を終了しようとしていたことと、某私立小学校では年度途中の新規企画は難しいという話、某工房仲介をお願いした団体からは、なしのつぶて状態が続いた。教頭先生との話の中で、「災害」の話は授業時すでに話してあるから、なんとかなったとしても「がんばれ」「元気」というステレオタイプの応答だらけになるのが目に見えている。表層的なメッセージを被災地の子どもに贈れるだろうかという、ハードルをめぐる話を飛田側で持ち出し、双方で考え込む場面があった。JAGDAからも日程が無理との話があって、この企画は流れた。

しかしこの絵のメッセージ・ハンカチ企画は、今後の被災者との交流に示唆を与えるものなので、とりあげておく。以下のURLをご覧下さい。

● http://www.jagda.or.jp/information/jagda/1951
● https://shop.jagda.org/group.php?id=3
● http://yokohama-sozokaiwai.jp/eventreport/7306.html

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●美容券<間接支援システム>の試み(頓挫)

2012年、平塚で美容師組合の方から、被災地避難所への出張カット・サービスの支援頓挫の話を伺った。美容師さんのカットは、被災者の方々に喜ばれたが、地元美容師さんから、厳しい抗議があって、カットサービスは中止せざるをえなかったというお話だった。外部からのサービスは、地元同業者を圧迫するので、やめろという内容だった。やむおえず、避難所の手伝いをして帰ってきたという。

話は不合理なものを感じたが、大船渡市には、店舗を失った美容師さんたちが協力して「絆」という共同経営店舗を立ち上げ、盛岡に同業者組合から生み出された共同店舗推進団体と連携し、
被災者待ちうけ期限内無料カットサービスを始めていた。

「わーく」は、引きこもり青年の現地参加の形として、避難所巡回助手活動の了解を取りつつ、湘南の美容室販売の美容券を盛岡の団体発行で被災者に還す現地美容師支援を兼ねたシステムを考えた。茅ヶ崎の美容師同業者組合に協力を求めたが、組合の支援活動終了時期で決議が得られなかった。しかし、この「間接支援システム」は、非被災地の支援の形として深める価値を感じている。

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●半鐘の記号コード・システムと緊急避難警報(提案空中分解)参照図版

 高齢者の行方不明情報や、異常天候警報を市内の定点から、音声の放送を行っている行政無線放送だが、どうしても輻輳して放送内容がエコーで聴き辛くなってしまう。津波避難のとき、サイレン音が使われているが、外出時、状態がなかなかつかめない。この点について、古い技術が使えないかと考えた。

 それは火災情報を伝えていた「半鐘」の記号コードだ。「避難待機」・「避難指示」・「火災」・「津波」・「台風・豪雨」の5情報のうち2情報を音声情報の切れ間に、交互に入れ込んでいくというものだ。法的な問題が絡んでくると思うが、検討の価値がある。

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夜間傾聴>ひとり(報告のみ)

(校正3回目済み)

 

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今日はお休みします

2016-06-22 04:41:22 | 地震津波災害ボランティア
母が異常な低血圧となり、リハの帰りマイクロバスの中から連絡があった。途中にあるかかりつけのクリニックで母を降ろしてもらい、先に私がクリニックで待ち受けることになった。

原因は、複数の医者からもらった処方薬の多重服薬。きょうは一日中、介護。有り合わせで食事作り。妙な疲れがあり、ブログを休みます。すみません。
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6/20 「命の旗」から「いるだけ支援」・「長期訪問支援」へ(「わーくNo.65」)より

2016-06-21 05:37:05 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/20 記
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「わーくNo.065」の記事原稿β版より

**「命の旗」から「いるだけ支援」・「長期訪問支援」へ**


「わーく」では、独居仮設入居者向けの「命の旗」の議論をしてきた。孤立死を防ぐために、宮城県登米市の駐在さんの提案によるものとされ、玄関に毎日生存証明の旗を掲げるというものだった。しかしこれは、巡回員の効率化の都合であり、「世間に迷惑をかけない」という「塞いだこころ」を理解していない提案ではないかという意見があり、実際、阪神淡路大震災では、被災による家族・生活の破壊に曝された者が、隣人との関係を臆したまま、病死・自殺に追い込まれて行ったが、なぜ隣人がそれをわからなかったのかという深みまで、孤立した心に立ち入ることが出来ぬまま、その問いはその後の災害現場に引き継がれていった。

「わーく」では、この問いが地縁の濃い地方と、疎遠な都市部の場の力の差異があるように思えることと、巡回員の感受性の質の問題が抜け落ちていることが議論の後半で浮かび上がってきていた。

地縁の濃い地域の仮設では、仮設入居者が複数集落でシャッフルされている仮設と、集落そのものが丸抱えで仮設入居しているところとでは、「世間の迷惑」の出方が違うように思えた。複数集落がシャッフルされた仮設では、つながる手立てが遠く・届かない、まさに他人の中の「孤立」がありながら、小さく生きて行く最低限の矜恃として「世間の迷惑」が登場した。地縁の濃いところでは、家系の脱落者の陰口を恐れる防御壁として「世間の迷惑」論が登場しているように思える。隣人の食事の献立まで知っている集落の、いわゆる田舎の付き合いの中では、隣人にとって防御壁の中は異質なグレーゾーンでしかない。

ところが「命の旗」が、逆に拡がる可能性があったのは、都市部だったように思える。ただしこれは、異質な隣人との親しみある友人関係や仮面的な近所付き合いの「絆」以外に、巡回員との個別契約的な掲示取り決めの中で成立する可能性を残していたからだ。実際には「孤立死」に追い込まれる入居者は、その契約を守るほどのゆとりすらないだろう。

ところが、ここでは巡回員の質も問われなくてはならない。東日本大震災の際、仮設巡回するものは、県や市町村の保健師・看護師や、地元社協や行政職員のガイドがついた全国の行政や医療ケア関係団体の外部支援者、そして被災者臨時雇用枠の防犯巡回員さんが連携せずに、多重巡回していたという現場事情があった。継続して見守る目が成熟していないのだ。縦割り行政の矛盾が、ここにも影を落としていた。孤立者は命の保護を、その誰と契約するのか。支援の谷間に落ちた課題こそが「孤立死」の課題だった。

訪問活動は新聞や郵送物がたまっていないか、電気積算メータが動いているか、洗濯物はどうかというような外部観察に立ち返ることになって行ったが、大船渡市などでは配食サービスが健康確認を兼ねる活動を兼ねて行われていたが、しかし長期戦となったとき、配食を維持して行くことはNPOでは荷が重すぎた。

地域にケア支援ネットの連絡会の早期立ち上げと、仮設ごとの相談員配置により、社協・行政による巡回確認員の地元化と長期のケア・サポートというシステムの中に、関連ボランティアがhttp://www.kahoku.co.jp/naigainews/201606/2016060701001422.html協力するという形が、高齢者では地域包括支援センターや訪問医療の巡回の流れに接する形が定型化し、成長が始まっている。

NPOのなかで、仮設や災害公営住宅入居者に対し、ふたつの注目する試みがある。ひとつは仮設空き部屋や災害公営住宅への大学生の短期体験循環入居の試みだ。もうひとつは、仮想親戚作りの試みだ。

前者は志願大学生たちが仮設生活を行い、その間、仮設の高齢者・独居者・障がいを抱えた家族のいる家庭と交流し、新規のコミュニティ作りの一助となるという試み。これは地元大学を中心に試まれているが、経験学生が、自立した災害ボランティアへと成長する副産物がある。ここで「孤立死」を防ぐ保健の目を育てて行く。

もうひとつは、NPOによる巡回訪問活動だ。地元の医療・ケア関連に連絡することが望ましいが、巡回周期は長くなるが、メールや電話などの補助をたてつつ、長期にわたりつきあいを継続していく活動だ。阪神淡路大震災以降、この活動を継続されている貴重な活動をされている方を、今秋、懇話会にきていただけないか交渉中だが、いわば仮想親戚作りともいうべき活動であり、学生さんには荷が重いが、大人の活動としては優れた活動である。

「命の旗」に始まった管理的な議論は、多面的な人の交流を通して、長期見守りを行う活動の試みへと成熟を遂げている。「孤立死」という極端に見える出来事は、独居なら誰にも起こりうる課題であり、「ひとと出会う」という原点に返ることに、解決の隘路はあった。経験に委ねられる意味で難しいが、必要とされることなのだ。

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平塚市民活動センターにお邪魔しつつ、「わーくNo.064」を配布した。

配食活動の記録/被災地施設の障がい者支援活動記録を収集中。

 

夜間傾聴>ひとり

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6/19 6月の気になる記事を整理しつつ/「わーく」寄稿要請活動開始 他

2016-06-20 05:59:30 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/19 記
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楢葉町の放置ネコを私たちが仲介し、某看護師さんがネコを引き受けた。しかしその数ヵ月後、職員寮に戻るので飼えなくなったと、送り返されたので、預かっている。その楢葉ネコの調子が良くない。知り合いの獣医師さんに相談したら治療費1万数千円かかるといわれて、少々悩んでいる。痛いが連れて行く以外なかろう。去勢・予防注射は済んでいるが、生き物は金がかかる。

「わーくNo.65」7月号を書いている。寄稿依頼が不調。夏休みに入る前に早稲田の打診が返ってきたら、バックナンバーを持ってお邪魔するつもり。

大船渡の友人が3.11の紹介で東京に出てきていた。用事を済ませて、鎌倉観光をして帰る車中からメールを送ってきた。海産物通販を始めるらしい。鎌倉は近所だったと答えると、地理感覚がないのでとのこと。もしかしたら鎌倉の支援者さんと合流しているかも。地元の語り部運動が続いているが、利用者が増えていないという悩みがあるとのこと。

会えないで残念。新幹線を使っても、一関乗りかえ、岩手の海岸線は、結構面倒臭い。年内に大船渡にお邪魔できるかわからないが、意思はあると応答した。

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6月の新聞記事の中で、要チェックの記事をピックアップしている。まだ途中だが、下記に載せておく。そのそれぞれの記事の背景をかんがえてみる。

●「秋田<引きこもり>企業が支援「職親」に」6/2
●「阪神大震災 借り上げ住宅、入居継続求める 西宮で署名活動 /兵庫」6/2
●「気になる所、グーグルマップで 地震動予測地図こう使う」6/10
●「<災害公営住宅>石巻の住民半数「持病あり」」
●「社説(6/11):東日本大震災 在宅被災者/「最後の一人まで」忘れまい」
●「熊本)誓約書提出「行き過ぎ」 仮設入居手続きで県是正」6/12
●「兵庫)熊本の子に心のケア 西宮のNPO、被災教訓に」6/17
●「アマチュア無線大活躍 災害時の情報迅速に」6/17


夜間傾聴>ひとり(珍しいね)

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6/18 引きこもり青年の取材活動/災害ボランティア活動の価値について

2016-06-19 05:36:25 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/18 記
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以前「わーく」誌の取材活動を通じて、引きこもり青年の社会との直接接続復活を試みたことがあった。しかしそれは、ある程度の安定性を回復してきた者の卵の殻を破る行為のような性格があって、私が担当していた人数の中では、チームを作ることどころか、誘う者不在のため、1年以上のブランクが生じてしまうこととなり、治療的関わりの特徴である通過性の片鱗を捨てない限り、継続不可能となった。

しかし、記者としてともに歩いたときの彼の表情の劇的変化は忘れられない。このブログの「オンラインフレネ」の元のセレスタン・フレネが開いた記者活動教育の創造性を拡張したいと願ってつけたものだが、ここの大きな鍵は自分の社会的役割、社会の居場所、「記者」という接続ツールが提供されたことによるものだった。

引きこもりなる存在は、幽霊のように、いるのにいない・雑踏の通行人のような認識されない寄る辺なさのように当人は考えている、手をさしのべる場面もえられない苦しみを抱えた存在だった。その一方で自分の中に湧き上がる自己表明の枯渇の自覚もあり、それゆえに記者の名刺を渡したときの、閉じた世界に穴があいたような受け取る手の汗の湿りを忘れられない。

私の会う青年達は、挫折と再出発という流れに会う者たちと、心身に固定した困難の中から、社会の居場所、役割を練り上げる方向をとる者がいる。

3.11のあの日、帰宅した我が家のTVで信じられない光景を見た。あらゆる日々の営みが押し流され、命が飲み込まれていく光景だった。いみじくも3.08に、社会的企業のソーシャル・ファームの講演会を行い、障がい者就労・チーム就労の道筋を行おうと年間予定を思案していた直後のことだった。その一切をなげうち関わらねばならない課題が生まれたと思い、私の中では社会的企業と就労支援の活動は、災害ボランティア活動に飲み込まれた。信用という大きな損失を引き受けても、行わねばならない仕事であるし、ひとの生涯が津波に飲み込まれていく怒りと悲しみのようなものを噛み締めている自分がいた。

接続の手立てを得るために、被災地につながる団体の紹介をえようと諸団体にアクセスをかけ、大船渡・陸前高田に5月下旬に踏み出した。引きこもり青年ふたりに声をかけた。ひとりから同行に同意を得て、実費は私の立替え(後日分割返済)で出かけ、名刺を忍ばせた彼の期待は、陸前高田に来ていた気仙沼の方との対話によって、現実のものになっていった。私の驚くほどの変貌振りを見せ、彼は記者の名刺が必要ないほどの自立をとげていった。ここに「災害ユートピア」の影を、見ることも可能だろうが、彼の得た結びつきは一過性のものではなかった。「必要とされること」このことが、彼の殻を破ったのだと思う。

夜間傾聴に参加してくる者は、オンライン上の匿名のつながりは、十年に及ぶつわものもいるが、明け方「魔の時間」という自殺念慮(自殺願望・希死念慮)やリスト・カットという危険な場面を回避するために、対話を求める者もいた。「た」と過去形にしたのは、もともと私のなしうる人数は限界があり、予備校の方で決めた会員制だったからで、退職した結果、絶望の淵を覗き込むような者とは、会うことがなくなった。昨年からは、古株が時の共有を求めてきている。

教室の集団授業がなくなり、訪問指導だけが残った。つまり、私の担当している者の多くは、欝であったり、パニック障害、自閉症スペクトラム系の困難を抱えてる古株が大半であり、リターンマッチ待機の者は少数派だ。

この少数派の者を中心に「記者」話を復活させている。また、懇話会ゲストやその所属団体に「わーく」への寄稿依頼を出した。まだ応答がない。

「わーくNo.065」を書き始めている。結局はその団体事務所を訪問し、取材しなければならないのだろうが、今回は記者を連れて行くわけにはいかない。設定テーマの価値が理解できないだろうからだ。

今夜は、牧さんへの依頼状と、「わーくNo.065」の「被災時の地元高校生に期待する仕事」を書きつつ、災害論議が障がい者・高齢者の喫緊の課題であるとどう答えるか思案している。

夜間傾聴>開店休業

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6/17 障がい者家族の被災経験をたどり直し(災害ミニカフェ)/他

2016-06-18 05:09:53 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/17 記
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ビッグイシュー誌の配達が終わった。今回の表紙アリアナ・グランデのマスクが図書館職員には刺激的だったらしく、同誌の主旨を尋ねられた。ここの図書館に以前から勤務している方に聞いてみてと応答し、説明をしなかった。勿論OK。

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奥歯のクラウンが取れて痛み、久しぶりに歯医者に行った。昔、引きこもりの青年(統合失調症を発症していた)の抜歯の件でお願いしたことがあった。残念なことに私を忘れていたが、医師は親切な方で、近所なので通院を決めた。あっさり終わって、来週は出費がかさむことになりそうだ。

平塚盲学校に行き「わーくNo.64」を渡す。閉門時刻なので深く話せなかったが、目をとおしてくれた。

金曜災害ミニ・カフェは、今回

●「クローズアップ現代+『5万人避難 命をつなげ"連鎖"大地震 最新情報』」
●「ハートネットTV 緊急報告 熊本地震(3)どう支える 被災した障害者」

ルポの中には、熊本地震によって浮かび上がった。経験を論じたかったが空転。

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帰宅してチェックしていた「人生デザイン U-29『パフォーマー団体代表』」(ETV)が面白かった。いじめによって不登校に追いやられた海渡君くんが渡米し、ストリート・パフォーマーの生き方に共感。特訓の末、日本でパフォーマーとして自立。

公演中、自閉症の少年がお手玉パフォーマンスを気に入る。

親がコミュニケーションを育てるために、個人レッスンを望む。そしてお手玉ができるようになっていく。その教えるときに共鳴が起き、対話がはじまった。表情が豊かになっていくのがわかった。注目すべきカット。私の原点。

夜間傾聴>ひとり

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6/16 茅ヶ崎養護に立ち寄って 他

2016-06-17 05:25:41 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/16 記
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サポセン登録団体名簿の団体紹介原稿を、昨日FAXで流したが、SCFの分、変更箇所のサインペン指示がコピー時、消えてしまうことが分かり、サポセンに電話を入れて**さんに直してもらった。とにかく目の障がいのこともあるが、じっくりひとつのことに関われない事態になっている。来週に入れば、不慣れな始末は終わるのだが。

東京の店の隣接ビルのボヤ火災被災処理の余波で、その一角に様々な問題が発覚していて、一段落つけてきていたのだが、消防署やら町内会のどうのやら、とにかく古い町並みなので、飛び込みの余計な話やら、韓国・中国籍の関係者の非協力があったりと、まだごたついている。

以前、都心のビル街の防災訓練がバケツリレーの初期消火であって、流行おくれどころか、大震災時の火災発生時には、避難が優先となる。延焼火災に囲まれて逃げ遅れたり、二次避難所が一時避難所から火災をまたいで避難しなければならなかったりと、あまりにも現状離れしていることを町内会アンケートに書いた。それが波紋を及ぼしており、野暮で面倒至極な話。

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相模線寒川で途中下車。村役場と社協に寄ったが、平塚に回るには時間が遅く、茅ヶ崎養護に回ることにした。「わーくNo.64」配達と、成人障がい者把握の状況の質問があったからだ。残念なことに教頭さんと会えなかったが、##先生には会うことができた。懇話会への招待の話、避難所開設と運営の件や、被災家屋の自宅で避難生活を送る方々への支援策の有無など、時間切れで終わったが、このとき15:34/函館市川汲町では震度6弱震源の深さ10mの突発地震が起きていたことは、全く気がついていなかった。じわり、嫌な感じだ。

神戸の火災のとき、障がい者の避難はどのよう相互連絡をとったのだろう。前回の懇話会の福永さんのお話からは、同じ避難所で出会った方とは、生き延びたという確認はとれた話はあったものの、避難後の相互扶助(共助)のとり方や、全国からの支援をどう活用したかなど、肝心なことはうかがえなかった。牧さんのお話は、その辺のエピソードを知ることができるだろうか。絞りきれないのだ。牧さんは、被災後障がいを抱えた「被災障害者」の方の支援も行っており、来年の障がい者施設関係者や、独居被災高齢者関連で赤十字ケアチームか高齢者地域交流拠点作りの&&さんや、公営復興住宅への学生チーム移住をしている++さんの主眼と、巡回支援との関連など、牧さんに対しては、絞れない悩みがある。是非招待したいのだが、どうしたものかと悩んでいる。

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<気になった記事>

●「ニュース・解説 熊本地震避難者185人の脚に血栓…エコノミークラス症候群の予備軍か」


夜間傾聴>開店休業

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6/15 作業効率が悪い一日/特別支援校まわり再開で

2016-06-16 04:33:31 | 地震津波災害ボランティア

2016/06/15 記
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橋本で授業。家具を振り回し窓ガラスを割った青年だが、今回は別人のように落ち着いている。無理をせず、すぐに雑談モード。専門学校を休学している。横浜でビッグイシューを買い取る。表紙はアリアナ・グランデ。男性が表紙のときは女性が雑誌を買って行くが、女性が表紙のときは、売れ行きが落ちるという。男性はなかなか買ってくれない。ベテラン販売員さんが、最近、藤沢駅頭に立って、様子を見ているという。参院選が始まると、道路使用許可を取っていないと、取締りがきつくなるという。

今日はサポチガの月例会の日だが、橋本の時間と会わず、欠席した。母が月二回東京の主治医のところに通院し、戻ってくる時間なので、辻堂で合流。食欲が落ちているので冷製スープを自分で購入させる。こうすると、嫌がらないで飲むからだ。子ども並みだ。このまま、母を家に戻らせ、私は辻堂に戻った。家にいれば、家事と庭の手入れを強要されて一日が終わってしまうからだ。

白浜養護に「わーく」を届けにいく。閉まる寸前。話が出来なかった。サポセン宛に、登録団体リストの原稿校正最終版をFAXで送った。チェックしたが青ペンの線が消えてしまった。明日、電話で修正を加えねば。一度コピーしたものをFAXしたほうが、先方に明瞭なFAXとなることを手抜きした。急がば回れなのだ。

島原の元看護師さんに、メールを出した。枡添問題にこんなに時間を割いて、マスコミの偏重報道の陰で起きている重大な問題がブラインドされている。とことん、都民と国民は愚弄されているのに、それでも外野で、しらけている。中国の情報収集艦の領域侵犯や、熊本の仮設住宅団地が工業団地の敷地に516戸が7月上旬までに完成し、現場状況が次の段階に入りつつあること、石巻市の調査で、災害公営住宅(復興住宅)入居者の独居高齢者率が24%に及んでいることなど、様々だ。島原の**さんには、横浜の##さんからもメールが届いているようで、##さんを仲介してほしいと頼んだ。

横浜で銀ダラの粕漬けを仕込んでおいたので、焼いて母の食卓に乗せ、私は鮭。XO醤は、明日用。手っ取り早く食事に出来る。辻堂モールの休憩席で、次回候補;牧秀一さんの仕事調査。ぎりぎりまで帰宅せず。牧さんの後は、大船渡(または石巻)
と熊本からゲストをたてる。

p.s.北海道の元看護師さんの娘さんに送っている洋書絵本最終回の注文が、在庫が無く、本の輸入が遅れて時機を逸してしまった。どうしたものか、6月分がまだ来ない。


夜間傾聴>ふたり

(校正1回目済み)

 

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