湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

Z君は無事だった/「わーく」誌0号印刷完了11/2行政プレゼンへ

2006-10-31 06:56:21 | 引きこもり
ばてた。今回は身体的にというより、純粋の睡眠不足。昨夜の事件のフォローをするために、経過を確認するために茅ケ崎警察署に担当刑事を訪ねた。個人情報のこともあり、身元調査と活動内容説明を要求された。問題は昨夜担当の方は、今は非番の時間で自宅でお休みになっていることだった。取次をしてくださり、私が一番心配してる件、命の淵を歩いていないかということは、間接情報をつかむ以外なかった。

ただ分かったことは、警察の介入が実行されたとき、警察は単発の事件として扱うのではなく、この間の経歴の中で行動しているということなのだ。正直言って見かけの状況判断を元に捜査が行われないかとひやひやしていたが、一定の状況判断がなされ、それはどうやら妥当なものだったようだ。間接情報をいただき、私の仕事が警察の知るところとなったこと。調査に門前払いが無くなりそうなのだ。

とりあえず、彼がひとりで悶々としている状態はよくないから、彼と時を過ごすつもりで弁当持参でお宅を訪ねた。御留守のようで会えなかった。個人のお宅には立ち入ることができないので、不安抱えつつ駅に戻った。ともあれ、仕上がった「わーく」お試し号原版をコンビニでコピーし、帰宅した。

彼から電話が10時過ぎに入って、疲れから彼は延々と眠っていたことがわかった。胸をなでおろした。よかった、本当によかった。

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<四つ折り製本の採用>
「わーく」は、カラーコピーの両面刷り(手差し)をやらせてくれる店が見あたらないため、ちょっと変わった方法を取った。4面構成だからできる技なのだが、4つ折り製本を採用した。1枚の紙を4つ折りにした状態で、4面の冊子とみなすという粗い方法だ。これは紙代が倍になるが印刷費は同じだった。これなら裁断工程が無くなる。4つ折りは隅をあわせて、ずれないように折るというスキルが要求されるが、裁断機のような一般家庭には無い機材を使わなくても製本できるメリットがある。ページの順と上下の向きに注意すれば、折ったとき冊子の体裁が出来上がる。ホチキスもいらない。

<分散ネットワーク印刷>
むらむらといたずら心が動いた。「わーく」編集部は若い方々に分かち持ってもらうが、中央集権型な構成はとらず、分散ネットワーク方式を入れようと考えている。ある程度の枚数は私のところでつくり、それをコンビニやサポセンに無料で置くが、原版をDLできるようにしておき、あとは勝手に各自でコピーしてもらい勝手連方式で増刷。自宅周辺のコンビニを開拓していただくことにしようと思う。このとき、コピーは、その置かせてもらうコンビニで印刷しよう。これも契約条件というものだ。カラーコピーの高い印刷経費を、分かち持っていただく姑息な手段だが、実はもうひとつ特典を提供しようと思う。…裏面である。

<裏面(内面)誌面開放>
ここを開放しようと思う。絵でもいいし、自作の小説でもいい。自分たちの企画予定の案内でもいいから、裏写りしないような範囲で印刷または白黒コピーしてもらい、内側に折り込むのだ。つまり読者には、もうひとつの「おまけ」情報が提供される。一部は私のところに送ってもらい、裏写りチェックを行う。品質管理である。この裏面開放がいわば「遊び」である。内容のクレームは、表裏別々とし、全体では技術的な品質管理の責任を持ち、この範囲で限定的中央集権的管理ネットを張っていく。大事なことは「遊び」だ。

<印刷上の技術的問題の克服>
A5縦の紙面を連写印刷でA4として2ページ分まとめて印刷する。このA4原版を2種類、片側を上下逆にし、4面分をA3と見立てて、それをB5に縮小コピー(61%)する。このとき、印刷画質は「文字のみ」とし、やや濃度を高めで印刷する。

ところが困ったことが起きた。コピーの印刷面が用紙より小さいために、縁が白枠となってしまうのだった。下地は目立たせる黄色用紙に同色系インクで原版を印刷した。私の手元印刷分は。これを変更し、白地カラーコピー暖色系(同色系)デザインで原版を用意し、印刷用紙を黄色のカラー用紙に印刷するのだ。これなら縁取りが出来ない。ただし、店舗コピーでは、このカラー用紙を用紙に使わせてくれないから、そのところは白縁をやむなしとして製品化する。

<店舗設置法>
空き缶等に入れて並べるが、それが許可にならないところは、カレンダーにポケットをつけた入れ物を壁などに下げさせてもらう。この設置に行政の推薦が欲しいのだ。(勿論予算の支援もなのだが。)

----- 「わーく」には、企画立案・取材などの局面がある。町に出て取材したり、業界人を呼んで取材する。フリマや映画の上映などを企画してもいい。これが実はプレ就労の場であり、地域起業の契機となる。この企画に「インクルージョン」の実体を育みたい。これは「就労しゃべり場」であり、この場(環境)を行政が提供してくれれば、その影響は地域活動には大きなものになるだろう。「わーく」は独自のコミュニケーション触媒の活動であり、同時に就労相談窓口(活動相談窓口?)の肝、就労しゃべり場の揺りかごなのだ。(オンラインネットワーキング活動は次回)

行政の方がこだわる「就労」=「企業配置採用」・「一般就労か福祉的就労か」という硬直した区分は、ここでは意味をもたない。ここから育つ活動も、そのような枠からはみ出していくだろう。就労支援とは、満員電車の押し込み係ではないのだ。

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雪崩のような一日でした

2006-10-30 06:39:02 | 引きこもり
何ともいろいろなことが雪崩のように起きている。

担当している子の緊急事態で、深夜に徳洲会病院救急外来に行って来た。何とか収まったのだが、これでまたもうひとつ、彼と家族の心に傷がついた。それが悲しい…。今日昼、当人に救急対応面談予定。サポセン独立室にて。>小林さんとニューズレター印刷の手伝い。

昼間、訪問の前に新宿歌舞伎町のロフト2に立ち寄った。ADHD(注意欠陥多動性症候群)とリタリンが登場する青春ものの映画「サムサッカー(指を吸う人)」の講評会があったのだが、ここに東大先端研の中邑賢龍教授が現れるという情報があったからだ。中邑さんにはなかなか会えない。障碍領域を工学的アプローチで、知的な水準をかさ上げ(いい言葉がない)できる技術とツールをフィジカルに追っていく、わくわくさせられるような研究をされているのだが、その主にコミュニケーションツール(対話・表現技術)は、学習の場面だけではなく就労の場面でも、携帯電話の発明のように、今後大きな影響を与えていく。私のテレコム(携帯ネットワーク)をインフラにすえた青年地域活動網とも重なりが大きく、絶対連続講演会に登場してもらわねばと考えていた。

ATACという工学系学会が12月に京都で会議があるのだが、そこの講演者が中邑さんだったので、京都で逮捕(失礼)するつもりでいた。幸い新宿・歌舞伎町で会うことが出来、是非お願いと、ダメ押しすることができた。これから正式に申し込むが、突然話が進んでしまった。

帰りは大岡山に立ち寄り、喫茶訪問学習。ところが是非来て欲しいと連れて行かれた先に、某手工芸品店。なんとここは、私が自閉症の子の起業に目をつけていたところ。ここもまた予想外の展開で話が進んでしまった。

いいことが続くときは、先に注意したほうがいい。

やはりそのとおり。父がまた…糖尿病は飢える。戴き物のカステラ2本が胃袋に消えていた。足が萎えている状態で、介護つきのドライブ先で動けなくなっていた。先方の車に乗せてもらうことにし、バッグを投げ出した足で迎えに出た。低血糖を起こしたのだった。

父を寝室に送り込んだ。ところが10分もたたないうちに、ふらふらと茶の間に下りてきて、TVを抱えてころがってしまった。やむなく放置して食事を取って、「わーく」の原稿修正をしていたところに、事件の電話がかかってきたのだった。

今日は波乱の一日だった。傾聴ひとりで切り上げさせてもらって、日記を書いている。
今日は、ここまで。


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「ワーク」誌0号試作品ができた/中邑賢龍氏を口説けるか?

2006-10-29 06:55:09 | 引きこもり
やっと「ワーク」誌0号試作品ができた。4面構成の研修企画紹介などは、すでに日程が過去のものになってしまっていた。ここまで作業が遅れてしまったのは、OpenPneの設定がこじれにこじれて、1ヵ月半経つがまだ動かないことに起因している。現在は会員制仮掲示板が動いているだけ。覘くけれど、まだ私以外書き込んでくれない状態。

「わーく」編集部・故Oさんの書いた記事は、「懇談会通信No.018」の方に記載しました。これも1ヶ月遅れ。Oさんとよく似た子をイトーヨーカ堂の100円ショップの階でみかけて、どきりとする。一緒に記事を作っていたらと…。

今日は、新宿に中邑賢龍氏を捕まえに(失礼)行く。1月か3月の連続講演会講師を頼みたいからだった。精神・知的の障碍畑の話題には、あまりツールの力が話題にならない。しかし人間関係を潤滑にすることもあるし、表現を可能にすることもある。障碍者の就労の可能性を語ってもらおうと思っている。うまく行くことを願っている。

「フリーターにとって『自由』とは何か」杉田俊介・著/Oct.2005/ISBN:4409240722

辻堂図書館に有ったのでオンライン予約をいれておいた。一風変わった書と聞いている。

企画書作成中。まもなく沈没。
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母子寡婦福祉会佐藤かよさんに聴く/映画「サムサッカー」のこと

2006-10-28 05:29:42 | 引きこもり
茅ケ崎市民活動サポートセンターを会場に、NPOちがさき自主企画福祉PJ講演会ということで、よりによって午前中10時から「母子寡婦福祉会会長(県&市)佐藤かよさんに聴く」をやった。勿論遅刻。眠気止めの手を打っておいたものの、話が始まる前から意識拡散。

市の管轄では少子高齢部が担当している領域。離別・死別の原因により取り残された母子の困難に支援を行う活動、離婚等による独身女性・未婚の母の保護支援を行う活動です。主に経済的支援、生活支援。市内に福祉会登録者数150~160名。平成15年調査で全国123万世帯。その8割が離別に寄っている。県窓口センターは江ノ島女性センターに置かれている。

話は新聞記事以外では、初めて。しかし「かふ」って何だ?という話が前の準備会のときにでたほど古い語感、昔からの活動で戦災未亡人の会が前身とか。「シングル・マザー」とかに直せばいいとの話も出た。会の活動が対象者が減っているわけではないにも関わらず、市補助金減の現状を訴えていらした。しかし、どこで接点をもっていったらいいのか。困惑状態のまま、会が終わった。

次回は11月16日(木)13時半~茅ケ崎サポセンにて、中西拓子さんに「学齢期までのお子さんの教育・生活支援」を語ってもらう。不登校・DVなど様々。

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12月が健康マアジャン(高齢者福祉)。そして1月に、県内3箇所の販売地点のひとつとなった茅ケ崎販売の支援を入れて、路上生活者の自立支援の「The Big Issue」販売活動を取り上げる。またカトリック茅ケ崎教会の炊き出し弁当活動を併行して捉える予定。講師交渉を開始した。

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会が終わったら、ぐらぐら意識が飛ぶ中、参加諸氏と昼食をとった。話はSNSの重要性のこと。障碍畑にどんどん呼びかけて、福祉マップが浸透するようにとOさんは、はやる。私とて「わーく」活動への参加を呼びかけたい。しかし、自立支援法施行の現状では、事業所は経営破たんを踏み越えることに尽力している。ある団体からは自殺者が出ている。こういう状況下では、極楽トンボとからえられかねない。この落差を意識していないことにOさんの空転はある。Oさんにその認識はなく、私の価値判断が彼の構想を遮断していると感じている。活動は入れ物(構想)とコンテンツによって成り立つが、それらをスタティックに捕らえてはいけない。生々流転を繰りひろげる活動の波の中に位置づけられなくては、根付かないのだ。だからむずかしい。

ジャスコで夕飯の買出しを済ませて、帰宅。16時前になっていた。すぐに睡眠。2時間後、訪問にでかけた。今回は蒲田だ。途中で到着したアスペ・エルデの会の冊子「はじめの一歩」を読み、携帯に感想を打ち込む。(通信No.019原稿)帰宅後、傾聴R君。バイト先の決まったH君に応答。映画「サムサッカー」(ADHD青年を取り上げている)公表会で中邑賢龍氏と会う陰謀を練る。

●サムサッカー
http://www.sonypictures.jp/movies/thumbsucker/

このままでは「わーく」が日の目をみないので、今日のスペアの講演会は、パスさせてもらうことにした。父は平穏。今日は、ここまで。

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ジョブカフェセンター「きっと見つかる自分未来仕事―若者就職支援白書」/東海道線運休と

2006-10-27 05:48:38 | 引きこもり
夕方、東海道線で事故があった。3時間半運休状態が続いた。藤沢=辻堂間の踏み切りでショベルカーがトラックの荷台から落下横転したらしい。幸い怪我人は出なかったようだ。しかし運がよかった。昨日は自由が丘・相模大野を巡回し、小田急線を使って移動していたから、直接の影響は受けなかった。蒲田筋だったらかき回されていただろう。藤沢本町で降りて、茅ヶ崎駅行きのバスに乗ろうとした。バス停で待つこと、待つこと、大失敗。

帰宅して驚いた。母が抗議の炊事拒否をしている。それもそうだ、定時3回の食事を父は要求する。夕食は5時台を常識として要求。買い物をして帰ると、もう冷蔵庫からおかずのみを引き出して食べてしまう。健康管理もなにもない。朝は6時、用意しないと残飯のみを山ほど食べてしまう。茶碗のひとつ下げることもしない。1ヶ月前倒れてから極端になった。

冷戦の間に入って遅い食事を作る。母は食事を拒否。父はすっかり食べつくしてふらふらと2階の寝室にあがってしまった。6時・12時・5時の米飯食事と家事一切の非協力は、亡き祖母の介護の中で始まった父権の主張。愚かしい。これが続くと、母とふたりは、生活時間を寸断されて炊飯マシンとなる。父の食事のカロリー管理に、生活時間がすべて費やされてしまう。担当の栄養士と相談して、健康自主管理要求を強めることにした。

しかしひとは、こうもつまらない自己主張をするのだろう。訪問のケースを踏むと、両親の側に心の歪みを感じることが多い。当事者と話すが、引きこもっている原因が、将来歪んだ家族を支えることを要求されていると感じ取っている場合が数々ある。自分の自立に家族がのしかかっているのである。今までなんとか適応してきた子が、ゴールの先が見えて嫌になるのだ。

この場合は、担当医やカウンセラー達との連携となることが多いが、サポート校がカウンセラーを置いているわけではないから、当人を地元の臨床カウンセラーや、心身に二次障碍が出ているときは心療内科などの医師をはさむことになる。療育の発想は嫌いだが、親に対し教員の立場では発言権が弱いからだ。悩みは私のような民間ボラは、守秘を盾に連携を拒否されてしまうからだ。このときは当人に仲介してもらうこともある。親を治療することが難しいので、当人の指導は、この出会いの時間を豊かにする事にしている。へこんだ心が重荷を引き寄せるからだ。

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経済産業省がジョブカフェ運営の中間報告を出した。「きっと見つかる自分未来仕事―若者就職支援白書」という本で、145例の成功例をまとめたもの。ここで注目されるのはジョブカフェミーティングや、地元組織・機関をコーディネートする活動だ。就労相談窓口は個人面談に閉ざされているわけではない。ただ相談相手をどこかに当てはめていくというのでは、これも前例の親のように、大きな影響力があるにも関わらず、棚上げにされる「大人社会」があるので、お仕着せの歪みがある。

《参考》
●「きっと見つかる自分未来仕事―若者就職支援白書」
著者:経済産業省
出版社: 同友館 (2006/10)
ASIN: 4496042282(注:ASINは、拡張ISBN)

今日は、ここまで。
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ドロノワ倶楽部あねもねWS/障害物競走中なり

2006-10-26 07:45:38 | 引きこもり
ここ2日、生業をさぼったツケがきている。
高校入試の方の面談の手伝いやら、訪問やらをやるのだが、時間帯の中が空いて茅ケ崎=相模大野を無駄に往復したりと、しょうもないことをやっていた。

しかし、乖離性神経症のK君が、藤沢の市民活動推進センターのビルの前に座り込んでいたのには驚いた。彼はここに来た事がない。私が推進センターの話をした記憶、「映画 Able」の話だったかある。話が大騒ぎになる前に保護できてよかったのだが、私が印刷に推進センターに行こうとした件は、みごとに吹き飛んでしまった。

昨日は、TOTOドロノワ倶楽部あねもねWSがあり、朝、父の通院を母が付き添うのとが出来なくなって、行きがけに父を病院に送った。外来でうたた寝をして遅刻。何とも格好にならない話。

ボタンの掛け違いというか、スタートがずれると、すべてが微妙にずれていく。結局、昼食会の時間に11/10のトムトムのコンサート、11/16福祉PJの中西拓子さんの講演(不登校・引きこもりと、乳幼児の母子保護),11/28の市子ども課主催「10代の子の居場所」講演会(13:30市分庁舎)と、同日19時からの武藤啓司さんの講演(SCF主催19時~市民文化会館第4会議室)の連絡と説明で終わってしまった。

しかしここも、不登校の子の世代交代があって、常連の顔ぶれが変わってきている。障害者支援団体関係者の親子が参加したりしてるが、心理カウンセリングは中西さんだし、参加者には保母さんや看護師さんがいる。そして集まる場所には陶芸指導のメンバーが揃っているとなると、私は野次馬的に関わらざるを得なくなってしまう。参加している子たちが中西さん経由の方だからだ。青年たちの参加よりも学齢期の子たちを焦点化しているからだ。この場の活用ももう少し考えないといけないのだが。

茅ケ崎イトーヨーカ堂の生鮮食料品売り場で、神奈川県母子寡婦福祉会会長の佐藤かよさんと、ばったり出くわした。SNS利用の誘いの件で話があったのに、家に食材を置いて訪問に出かけるアクロバット行動の途中だった。なんとも間が悪い。時間が細切れになると、活動も浅くなってしまう。マイペースに戻るには、今週一杯かかるだろうか。

「広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度PARS」を遅ればせながら手に入れた。いわゆる問診アンケートのようなもので、共通の診断を持つための基準となるものだが、専門家なるいわば有資格者以外は、参考にするにとどめる必要あるとされている。モデリングは当事者を逆に規定する危険を常に孕むものだが、発達障碍の理解の現状にあっては、より広範な網の目が広がることが優先となる。そのうち有志で読み合わせするつもり。東京のメンバーかな。

中邑賢龍氏に会いに京都に出かける予定を12月2日に組んだら、大事な会議が同じ日に飛び込んだ。京都を1日に変更か。悩ましいところ。

これにて爆睡。
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さぼっていた仕事を片付けています

2006-10-25 04:17:48 | 引きこもり
10時からTOTOドロノワ倶楽部のあねもねWSなので、書き込みを休みます。
すみません。

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活動協力者の方と懇談し/来年度企画準備でUさんと話し込み

2006-10-24 06:31:23 | 引きこもり
昨日は「調整の一日」とでもいうべき一日でした。

私たちの「『拡張版ヤングジョブスポット湘南』作り」の活動に、関心を示してくださった方がいらして、茅ケ崎サポセンを会場に、紹介者のMさんと三人で話し合っていました。製図指導の元プロの方で、YJSの活動にも精通されている方です。私よりもはるかに人生の先輩で60代の貫禄を持った方です。私たちの活動は手弁当(古い!)で、わずかな者が走り回って屋台骨を支えているので、正直言って受け皿ではない思いです。しかし、ここはしっかり見て評価していただくことにしました。私たちは志はあるのです。ただ力がない。

11/2 は茅ケ崎市の産業振興課・障害福祉課と私たちの三者の協働プラットホーム(会議)が開かれます。ここが来年度の民間提案協働授業の始まりになるか、今年度限りの終わりになるかの峠のような会議になります。いっそこの会議を傍聴していただいて、判断をいただこうということになりました。

茅ケ崎市地域福祉計画を繰りながら、Uさんとも話し合いました。景気好転と言っても若者の就労環境の厳しさは格差社会の到来の中で、とても安心できるものではありません。そこに一本の樹を植え育てるやり方を取るか、森を育てるかという選択が有ります。私たちは後者を取りました。それゆえの難しさが加わっています。軽度発達障害への公的支援を含んだ就労相談窓口・就労しゃべり場・実務者ネットという構成をバックに、様々な社会参加と就労の地域インクルージョン的な諸活動を飛び火させていくという活動は、具体的な企画を持たなくてはなりません。

今年度の連続講演会第一期は、接点を持つ諸領域からの就労をめぐる状況と要請をすり合わせることに主眼がありました。来年度は継続講演会をハンデキャップを抱える若者が、地域に活躍の場を形作る事例を追うこと、個々の新規企画の提案と先行事例の紹介という個別の内容に踏み込んでいきます。よって展開はシンポジウムが主になります。この辺の詰めをUさんにしていたのです。果たしてどこまで踏み込んで行政が協働するかが問われます。

まずは今年度後期をやりきっていく、その調整を行います。11月は武藤啓司さんにお願いしますが、ここを是非、講演を連続の中に見ていただき、引きこもり領域の会にしないということに注意をしたいと思います。引きこもり青年たちは、潜在的な地域活力であること。障碍畑全領域のコーディネートを考えていく、企画提言の出発点にしていきたいと願うものです。

12月は忘年会ではなく来年度の作戦会議を開きます。

1月は、SNSオンライン環境を背景にしたネットワークの形を探ります。

2月は、来年度活動方針の議論を煮詰めます。

3月は、養護学校の進路担当の立場から提言をもらいます。

Uさんは、来年度の厳しさを指摘。それまでに「わーく」のような出版・ネットワーキングの当事者網がスタートさせたいのです。今回も会の支援者の機械苦手意識を超えて理解していただく活動が必要です。それがないと当事者になかなか広げられません。これは早急に開始します。

次に「わーく」のような実体が目に見えにくい活動をどう可視化していくかということでは、いくつかの企画が必要だと思います。それには人力がいる。今年度じゅうには、曲りなりとも日常活動を開始していなくてはなりません。

今年中に講師の件で京都へ、プラン確立のために静岡と名古屋に行かねばなりません。膨大な空転を踏まえなければことは成り立ちません。ひとりでもふたりでも企画を分かち持ってくれる方が必要です。


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今日は午前中が広報合同会議です。午前中企画への参加は協力避けたいのです。睡眠時間との戦いになるからです。やれることは、やりつくす。しかし午前中の企画参加は割り切るいがいないのです。

幸い父の体調は回復しました。しかし、脅迫的な朝型志向は変わりません。少なくとも私の最低限の睡眠時間は確保したい。もう何十年もの戦い。火のしまつ以外は朝食要求は拒否です。自分でやってもらう以外ないのです。いつ介護で活動が中断されるかもしれない状況ですから、対策は少しでも予定を組み見通しをたてていかねばと思うのです。

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湘南「にじ」企画の携帯電話の勉強会にお邪魔し/就労支援活動に応援団が?

2006-10-23 07:09:24 | 引きこもり
湘南にじ企画の携帯電話の勉強会に参加させてもらいました。「わーく」の会員制仮掲示板の紹介だったのですが、チラシを撒いてもらったり、紹介の時間を戴きました。Kさん、支援者の皆さん、ありがとうございました。

ドコモから3人、指導員が携帯電話の機能説明とTV電話の紹介をしていたのですが、参加者の方は自分の携帯を使って、しょっちゅうお互いのやり取りをしている話を公開していて結構楽しそうでした。しかしドコモの説明は、どうも的がはずれているような…。

参加された方のほとんどの方が携帯を普段から使っていました。それなら、危うい場面もあるし、知っておいて得をする制度もあるから、その場面を中心に話せばいいのにと思いました。

小学生用の冊子ですがドコモから「ケータイなぞとき探偵団」(無料)という冊子が出ています。場面で問いかけ解答をしていく構成で、マンガの内容も精選されています。大人でも使える内容なのに、機械的に小学生向きと切り分けているなと思わされました。この冊子を使えば流れが違ってきます。

この冊子が、ドコモ茅ケ崎営業所には「数冊」しか残っていないとのことで、学校回りや、遊び企画参加のとき配る場面もあるので取り寄せを依頼。「数冊」を私が会の休憩中にとりに行き、今日の企画を支えた支援者の方に数冊の中の1冊を紹介資料として手渡すつもりでいました。ところが普段の行いが悪いものだから、企画中に別資料を撒くのではないかと勘違いされ、私が弁解する一こまも。

ただ「ハーティ割引」というドコモの制度では、手帳を持っている方の名義の1台分の電話料を半額にするサービスがあるということは、なかなか。会場の当事者も知らない方がいらして、これはまあ役に立った。ここで休憩。

休憩直後の時間に説明時間をいただきました。細かい話は意味が無いと判断し、「わーく」の会員制仮掲示板の紹介をさせてもらいました。実際にやってみないとわからないところが多く、わけがわからないけれど何かができるらしいというところで話を終えました。あとはチラシを見てくださいというわけですが、なんとも…。動きが出るか?

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昨日連絡メールが届き、軽度障碍の方の就労支援活動に興味をもたれた67歳の元職業訓練所職員の方が協力を申し出てくださいました。今日、「わーく」のことなどを話して、動きを応援してくださるようお願いする予定。

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「ワーク」編集部SNSへの誘いを携帯電話学習会へ

2006-10-22 04:57:58 | 引きこもり
先日、アンガージュマンよこすかの小柳さんから彼は街派(町派?)であることを伺った。私も隠遁傾向を好まない。ひととあれこれやっているのがいいと思っている。しかし、私が自営塾をやっていた1970年代後半~1990年頃は、自然科学系の野外活動をやってきた。その中で鍾乳洞観察をたてて、洞口~最深部の生物分布なんていうのをやっていた頃は、丸々3日地中で過ごすことをやったり、一晩中地表に仰向けに寝転がって、流星観察をやったりしていた。地史的な時間というか、別なスケールの時間が重なり合って時は流れていることや、アンガージュマンよこすかの滝田さんのお馴染みの長柄の蛍観察をやりながら、今度は「闇」の文化的な意味を、中高生に語ったりしていたことを思い出します。知の世界のつややかな部分というか、それを挑発する舞台には、人のいない世界もまた、なかなかだったと思います。町中も勿論スリリングな世界が重なっているわけで、それも「子どもと歩く」という活動の中で、いわゆる無教室ゼミというかセレスタン・フレネの「取材活動」をやってきたわけです。湘南オンラインフレネの教材集(ファーストエイド集)は、その名残りです。

学習困難な子たちのクラス指導を担当するようになり、理数・国語(作文)・社会・芸術(英語・国語は別講師)を教えているうちに、自閉症スペクトラムの子に出会い、文の行間が伝わらない強烈な体験をしたり、感受性の違い・流儀の違いから、結局ゼミというかテーマ探索の中の人間関係が、知の魅力と同等に大きな力であることを再認識させられたのでした。

しかしいずれも、私がしてきたのは「知」をめぐる「教育」の関わりであって、子どもや青年たちとの日常的な出会いではなかったことに気づきます。しかしそこから私は人の出会いにこだわるようになったので、同じ街派と言っても好みというより、非隠遁的(癒しとあえていいません)方向が結果として固まってきたということがありました。手のひらに、落ちてきた桜の花びらをのせて、その美しさを愛でることと、花びらを見せ合うことと、その価値の優劣はないということかな。後者はひとの間に出来事が横たわっています。これ、街派ですよね。

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今回はこんな思いから書き始めました。

というのも、就職活動を再開したZ君がアクティブに動き出した様子が、彼からのメールから伝わってきて、私もちょっと嬉しくなったということなのです。

「わーく」の初取材もしてくれました。「まあ、無理しない、無理しない」と伝えつつも、今日午後から湘南「にじ」企画の携帯電話の勉強会で「わーく」携帯ネットへの誘いをする勇気が実は湧いてきたというところなのです。当事者の流れがうまれれば、事は動きます。

Open Pne は微笑んでくれないので、当座、会議室型会員掲示板を仮のシステムとして部分スタートという、説得力に欠く環境提供のスタートになりました。SNSを実現しないと、なかなか価値になりません。どうCMするかです。

就労しゃべり場への糸口がひらけるか、思いが伝わりますようにとディスプレー拝んでどうするんだろう??

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アンガージュマンよこすか見学会に参加しました

2006-10-21 06:34:42 | 引きこもり
「アンガージュマンよこすか」の見学会に行ってきました

小柳さん、昨日は押しかけて御迷惑かけました。活動の概要、町を仕事の学びの場と出番のある居場所に変えてしまう手腕面白く聞かさせてもらいました。いろいろな活動の水位があがって、それぞれがこぼれ落ちそうな印象を受けました。羨ましくもあります。

それに商店会と当事者・支援者のニーズがぴたり合ったとき、状況は大きく変わるのだという実例をみたように思います。私は中間支援のような立場から就労支援と様々なハンデキャップを抱えた青少年の出番(居場所)を生みだしたいと考えているので、たまりばの西野さんたちの活動の作り方より、小柳さんたちの活動の形の方が近いかなと思いつつ、実現の可能性を受け取りました。はるかぜ書店も、取り組み始めには向いた職種、参考になりました。ありがとうございました。

以下、「アンガージュマンよこすか」HPからの引用です。勝手に持ってきてすみません。

--- 以下引用 ---

> アンガージュマン・よこすかとは
>
> 不登校、ひきこもりのご本人、周囲の方々と共に社会参加(=engagement)を目指しているNPO法人です。
> 現在、居場所、学習サポ
http://engagement.angelicsmile.com/

〒238-0017 横須賀市 上町2-4
電話:046-801-7881 FAX:046-801-7881
engagement@jcom.home.ne.jp ("@"は"@"に変える)

--- ここまで ---

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アンガージュマンよこすかの参加者に、スペアちがさき主宰の茅ヶ崎市議の大関さんがいらして、茅ヶ崎の活動の可能性、特に行政連携の質の話を意見交換させてもらいました。

また、スクールソーシャルワーカーのMさんご一行と合流しました。帰りは小規模通所授産施設クオレ仕事探しクラブにお邪魔しようと試み、県立大学駅側に別れて向かいましたが、残念ながらわかりませんでした。帰宅後調べたら、そこは横須賀精神保健ふれあいグループうららの場所と勘違いしていました。両者とも就労支援活動をされているところです。また横須賀に行く機会があったら、お邪魔したいところです。

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家に戻ったら、無事に一日が過ぎた顔の両親と山積みの食器を見たら、どっと眠気が来て2時間弱爆睡。風邪引きかけていたので何やらそちらもすっきりしました。もと私の祖母の介護のときお手伝い願った退役ヘルパーさんがいてくれたおかげです。

あさって、携帯電話の会があります。そこに携帯ネットの提案を持ち出そうとおもって、仮掲示板と本番のOpen Pne をいじりながら、チラシを作っています。通じるかなあ、心配。

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「わーく」の役割/茅ケ崎市行政に要請すること

2006-10-20 06:48:42 | 引きこもり
NPOちがさきの自主事業福祉PJの講師の調整で、神奈川県母子寡婦福祉会会長の佐藤かよさんと懇談した。母子寡婦福祉領域の中で問題となるのは、離婚しても子どもを抱えて、自活できる仕事に就職できないという日本の女性労働の現状のこと・子どもの一時預かりが保育園土日がだめ。子どもの体調が悪いと、預け先がない。

お互いが福祉会会員でありながら、事務局の諸サービス提供を受ける側として考えるのか、お互いがなかなか出会う機会がないという。公的資金のカットなど、社会的弱者への経費負担増はここにも押し寄せていた。

10月27日(金)朝10時に、開催日を1週間遅らせ調整完了。実業団バレーボールの選手だったというお話で、お年には見えない。びっくり。

PJ役員としての話を終えて、佐藤さんにSNSの形の携帯ネットを広げてみないかと提案。SNSは、こういう場面では威力がある。ただ世話人の方々が理解できるかは別。この女性たちがネットサポートの助っ人に変身してくれることもあるだろう。SNSには公共広場がいる。ファシリテータが必要。

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茅ケ崎市市民活動推進課から連絡が入り、11月の武藤啓司さんの講演紹介が広報ちがさきに載ることに。記事の校正をしに推進課にお邪魔。武藤さんが就労支援の場に登場するのは珍しいのではないか。

市産業振興課・障害福祉課との三者協議が11/2にある。青年無業者対策が県から市へと役割比重が降ろされてきている。ことは稼いで経済的に自立しているか否かが本質ではないこと。ひとが社会を生きていく上で、どれだけ他者との出会いが響きあえるか、その言葉が虚しくなるほどに社会は病んでいる。そこを生き抜き社会を変えていく力を育んでいく重要な転機のひとつが就労だ。

青年無業者の矯正論ではなくて、彼らとともに再出発できるシステムが欲しい。競争と効率の企業にあてはまることを至上の目的としないで、彼らの絵を地域に描けないか。ひとが出会い結ばれる社会参加と起業が進められないか。それを「わーく」発刊・配布と交流HPという共通課題の中にはぐくめないか。就労支援とは企業就労にスキルを高め当てはめていく活動であるのではなく、彼らの絵を描く地域の環境を整えていくことが本道と考える。ここに市のバックアップが得られないか。

来年度は軽度障害の青年たちが地域で何かを始めていく起点にしていきたい。生涯と社会参加の観点から就労を練っていく場として、就労しゃべり場とそれを支える就労相談窓口を作りたい。その先行的実践として「わーく」を位置づけたい。行政関与の、いや行政を変えるバックアップの中身を考えている。

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父が体調を取り戻してきた。これはこれでいいのだが、なんとも危ないことをしてくれる。昨日はガスのつけ忘れ2回。玄関先の転倒。袋扉の蝶番壊し1件。荒っぽいのだ。取り込んだ洗濯物がまた洗濯槽に新聞広告とともに入り、濡れてしまったり(私は着替えを洗われてしまった。)椅子が壊れたりと、とにかく疲れることばかり。協力しているつもりだから、余計困ってしまう。

佐藤かよさんと会ってすぐに、買い物をすませて家にもどった。玄関に鍵がかけられ、茶の間から大きな音のTV音声が聞こえてきた。カギを開けて入ると、まんじりともせず腕組みして父がTVを睨みつけていた。異常に気が付いた。ガスコンロが非常遮断が作動して水浸しになっていた。湯がわかせなかったから放置したのがわかった。遮断解除が出来なかったのだった。ぼけているのではなく、不器用なのだ。家事をすべて任せてきた結果なのだが、これでは遠出できない。外勤講師巡回を足の不調と嘘をいい、来週初めまで休むことにした。

横須賀の見学を支えるために、亡き祖母の介護をお願いしていた退役ヘルパーさんに母の応援を頼んだ。

父用の献立の下準備を先ほど済ませて分けて冷蔵庫に収めた。夜があける。

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突き抜けるべきこと/公共性の考え方の背景

2006-10-19 06:25:07 | 引きこもり
NPOちがさきの全体会に出た。必要があったものの、気になることがあるときに、会議は出るものではないなと思う。勝手な話と思うかもしれないが、結局自分が無責任な表現しかとれないからだ。水漏れタンクのような気分で会議を終えた。

福祉PJでは、開催日が20日に変わっていたことを、間際まで見逃していた弛緩した判断を嘆かわしく思いつつO氏と話したのだが、O氏は話題をそらせて論争を避けた。領域横断の福祉論議などやる人間はまずいない。交点の価値に気付いている者だけだ。その意味でO氏と私の認識は結果が同じでもずれている。行政が描く福祉の網を行政区津々浦々隅々にかけていく鳥瞰図を下絵に、民間がジグソーパズルのようにつないでいく発想を持って、福祉のネットワークを語ることは、現実に起きている様々な問題や活動の局面の衝突というような内発の場面を掬えるとは思えない。実際に起きていることが、行政区分や社会常識の分類のなたで分断されているがゆえに、アクチュアルに事態に対応できなかったり、活動の場面でも適格な判断が鈍らされていることが、領域の交点では価値や判断のずれから見えてくる。見通しを切り開く活動なのだということが、現場レベルではなかなか問題にしにくい。それは必要の時間に追われているからだ。だから福祉pjはその辺の構想力と意識性を持った介入が続かないと、PJ参加のメリットは生まれてこない。仕掛け人が意見交換しておかないと、幽霊のように足のない存在になってしまう。

中西拓子さんの講師依頼は11/15 or 16 となった。10月は私が横須賀見学会に出かける20日、茅ヶ崎市母子寡婦福祉会会長の佐藤かよさんが母子寡婦問題の現状を語る。それに続いて、乳幼児からローティーンズの世代の特に学校と教育の現状と地域の課題を語ってもらうことになる。

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会議終了後、O氏と話している最中、私の心は自宅に飛んでいた。今日は母は東京に出ている。父がひとりだから、気になっていた。やかんの空焚き、浴槽の栓を抜いたままのお湯張り、階段落下など常習犯だったからだ。靴下と入れ歯が冷蔵庫から出てきたり、山のような茶殻が急須からあふれ出ていることもある。夕食の食材を買い出して、急いで帰宅した。

案の定、冷蔵庫がしっかり閉まっていないため、警告音が鳴り響いていた。闇の庭に座布団が干したままになっていた。5時台に夕食を食べるものだという信念の持ち主なので、昼食の食器洗いが終わる13時半から3時間半の間しか自由時間がない。そんなバカなと抗議すれど、夕食は山ほどの煎餅とお茶の腹ふさぎに化けていたりする。だから冷蔵庫を開けたまま、2階にあがってしまってもそれは珍しいことではない。ただ来客があった痕が玄関にあり、御留守なのでとメモが残っていたのには驚いた。言えば大声で居直られるだけである。

買い出した食品を急患手術のような手つきで調理する。先に食事を出してから、自分たちの食事をつくる。おかげで調理は速くなった。食事を回収して、母の帰りに合わせて調理ができるよう材料をならべておき、自分の部屋に飛び込み着替えをして、ともかく目をつむった。1時間でも仮眠しておかないと、明け方まで持たない。

母は確認を破り、弁当を買ってきた。食材はいつもこうして無駄になる。21時。自分の時間が始まる。

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引きこもりをしている子たちから電話が入る0時過ぎまでに、自分の仕事を済ませていく。親の会などへの電話もここで済ませる。遅い時は電話やメールが2時すぎ位に入り始める。応対を済ませ、生業の学習指導と添削・本校へのレポートFAXやメールを送ると5時半になっている。最後に、この日誌を書いて一日が終わる。

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社会運動は必要を元に、特定の利害を担って現実を変えるために展開される。これに対し市民活動はより広範なスタンスを持っている。遊びの要素や自由意思が基準になることもある。私は社会運動の中で育ってきた。その発想のずれがサポセンに行くと語れぬ言葉を鬱積していく。「特定の利害」とは、その価値観を優先することが、現状の迫害・不平等解消や水準向上につながる見通しを持つという方向性を併せ持つから、その正当性を主張できる。ところが市民活動の場合、公益性を語る必要はないものもある。趣味の世界の活動だ。

サポセンに参加される方と話すときの違和感は、当人の活動の必然が見えないこと。無媒介に改革や公益性が降ろされてくること。極論すれば、Aと言おうがBと言おうがその選択は勝手の世界だということだ。余暇があったので、何々をしてみようと思いましたというような論理だ。これは否定されるべきではないが、必要に突き動かされて登場する諸活動が接点を取り結べない状況は、やはり変えるべきだろう。特定の政党の活動はまずいだろうが、社会問題を抱える活動が手を携える信頼できる相手がいない。これはおかしい。

この疑惑が、逆に支援者の結びつきを門前払いするような結果を生んでしまう。悲しいことだがその通りなのだ。このとき、支援者はどうすべきなのだろう。私は愚直に目的を貫く以外ないと考える。石橋は叩いて壊されぬ範囲で叩かれるべきなのだ。しかし創造性の翼を持ちたい。お互いにここがなければ、つながることが偶然に委ねられてしまうからだ。

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11/2 向けの企画書骨子メモ終了
10/20補助資料準備終了
「わーく」呼びかけ(団体世話人向け)書き始める

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こうしている間に夜があけ、父が朝食をとりに2階から降りてきた。朝型人間は夜型を認めない。このどうしようもなさの台所騒動の中で一日が終わる。これから非協力の中、睡眠戦争が始まる。

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Z君とヤングジョブスポット詣/11/2茅ケ崎市と協働事業会議決定

2006-10-18 05:31:13 | 引きこもり
Z君、某社面談後移動との予定に合わせて11時、藤沢駅改札口にて待ち合わせ。20分過ぎにZ君が現れる。寝坊したとのこと。引きこもっている子にはよくある事態なので、確認後、横浜に移動。昼食後、「ヤングジョブスポットよこはま」に連れていく。

入口の喫茶にチーフのSさんが先客と懇談中。失礼にあたりそうなので、そのままエレベータでオフィスへ。約束してあったため、Z君はすぐに面談に入ることができた。今日はすいている。関係者に挨拶ののち、湘南の経過を簡単に伝え用件を済ませ、面談終了を待って1Fの喫茶で待つことに。チーフのSさんを探したがすでに出かけられていた。

猛烈な眠気に目覚まし薬を1錠飲み待機を中断し動くことに、近くのSTビル、県「かながわ若者就職支援センター」を訪ね、Z君の面談飛び込み予約と、連続講演会講師調整や「わーく」誌への企画掲載許可手続きの件を話し込む。補充のパンフレットを20部づつ頂いて、ヤングジョブスポットの1F喫茶に戻った。まもなくZ君が、面談を終えてビルを出てきた。

IさんにZ君を丁寧に見ていただいた。感謝している。Z君は満足したようだ。彼の選択肢が一つ増えた。ヤングジョブスポットに通うことで、夜型の生活から抜け出すことを勧められたとZ君は率直に語った。納得したようだ。ここは同じ立場にある青年たちの出会いと情報交換の場でもある。その雰囲気はZ君に伝えられたと思う。

STビルには就労関連の諸団体のオフィスが固まっている。まずは5Fの「かながわ若者就職支援センター」に立ち寄る。Iさんに面談担当をお願いしていたが、順番がずれてFさんに担当が移っていた。そこで、事前に引き継ぎ情報をFさんに伝え、Z君の面談開始。

Z君の面談中、16Fの「よこはま・ヤングワーク・プラザ」に挨拶に行く。活動が停滞しているのがはっきりわかる。「就職がむずかしい」子の正社員採用枠は、もともと狭い。たとえ空いていても、当人がそこにマッチするかどうかはわからない。だからパートが広がる企業社会への正社員化の働きかけの力量は弱まっている。

そんな重い本音を聞きながら、労働局の話やらハローワーク藤沢の話やらを講師依頼の件も参考情報を入手。1Fの古めかしい喫茶に移動し、虚血でしびれ始めた身体を脱力して、硬い木の椅子に身をゆだねた。仮眠1時間ほどしただろうか、私の様子に不安げな顔をして、Z君が戻ってきた。時間があれば桜木町のリロードを訪ねたかったのだが時間切れ。Z君は窓口の雰囲気の差の中で、返って面談の技術を含む体験などをする場として「かながわ若者就職支援センター」を割り切って利用することができたという。ここは対面指導と、進路適性テストPCが中心の古典的進路相談の窓口だ。横浜情報が多くはないかと期待したが、それは無し。

最後は地元心理カウンセラーを紹介する仕事。彼をカウンセラーに会わせ、夕食の買い物があるので、先に失礼した。私の仕事は窓口仲介だけではない。ヤングジョブスポット湘南実現と地域交流の環境づくりを主眼に活動を進めている。

11月2日に茅ケ崎市との協働プラットホームの会議をもつことになった。来年度こそ、就労支援窓口開設を実現したいと思う。「わーく」と「就労しゃべり場」という、町に散った青少年無業者への積極的な関わりの企画に、行政の支援が欲しいと思う。2日までに、来年度の概要を提案したい。

10月20日が「アンガージュマンよこすか見学会」なので、その場を利用して話そうと考えている(なんと福祉PJ企画とぶつかってしまったようだ。日程がなぜぶつかったのか、いまだにわからない。19日と思っていただけに、また論争の火種が出来てしまった。)

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家に帰って驚いた。ポリ袋が飛び散り、父のパンツが投げ捨てられている。母は自分の部屋のベッドに大の字になって寝ている。朝、血管造影剤を使ってCT検査ということで、8時台に出がけ前の大騒ぎが起きていた。父が嘔吐し、立てなくなっていた。私の就寝の1時間後の出来事だった。しかし、なんとか自分の足で歩かせて、タクシーに乗せて病院に運んだのだという。そこで父がふらついて、病院玄関先で倒れ、母がその下敷きになったのだった。意識はしっかりしているが、平衡感覚がおかしくなっている。母も手をひねったようだが、かけつけた看護師の誘導で検査室へ。

点滴もあったので8時半~13時すぎまで、ふたりは病院に缶詰にされていた。下敷きの衝撃と長時間待機、介護誘導がかさなって、母は、ばてていたというのが大の字の状況だった。父は行きがけに着替えた下着類を放置したままだったのだ。担当の院長はいつも四角四面のことを言う。父の薬の残りがまだあるからと、めまいの薬や吐き気止めの座薬を出すことができないという。薬が翌々日でなくなったら、また診察を受けなければ処方箋が出ないのだ、薬だけは受け付けない。内科外来は数時間待たされる。

次回予約は1週間後なのに、ブランクをどうするのか。それを母が質問したところ、それなら保険医療ではなく実費となると言い出し、1万数千円の医療費を請求したのだった。母はショックを受けて帰宅した。ところが家には当人の薬管理のずさんから飲み残しがあって、翌週までぎりぎり間に合う状態であることがわかり、保険外医療の薬代なるものを電話交渉で撤回させた。一万数千円の薬代は1,100円になった。この未払い薬代と昨日の医療費を収めるために、バッグを台所に置いたまま米をといで、そのまま病院へとんだ。

支払いを済ませ、自宅にUターン。食事を作って済ませたところで、今度は私が落ちた。眠気に勝てず、2時間爆睡。今、夜間の後半戦に臨んでいる。病院の粗雑さに呆れる。杓子定規でひとを何時間も拘束して平気なのである。私や母の勧める通院方の変更に、父は医療機器が整っている病院から開業医への軸足転換は不安を訴える。しかし糖尿病外来は開業医に移した方がいい。他の疾患はそのまま病院でと切り分ければいい。母が倒れれば私の社会活動はすべて飛んでしまう。ここは正念場なのだ。

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Open PNE は以前未解決のままだ。11月2日のタイムリミットも出てきたので、仮掲示板を使うことにし、最悪の時は、livedoor を使う。SNSは絶対に必要な環境だ。初期画面設定が立ち上がらないだけで1ヶ月が過ぎている。このあと次にどこでつまずくかわかったものではない。体が3つは欲しい。

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品川裕香さんの旧い翻訳書「ティーンエイジ・ブルー」が藤沢南図書館にあることが分かったので取り寄せた。辻堂図書館に来ているので、数日中に受け取りに行く。

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11/2については、あとでまた書く。

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OpenPNE苦戦続く/今日はヤングジョブスポットに行きます

2006-10-17 06:43:26 | 引きこもり
OpenPNE をセットアップする段階が全く超せないで、全くお手上げ状態。類似の障害報告が出ているがどうやら文字コードUTF-8の文字化けも影響しているらしい。相談には手嶋屋勉強会が土曜日11時から新宿で行われており、そこに出て個人的に質問するという話のようだ。プロバイダが簡単なガイドをHPに載せているが、作動設定まで保証していない。つまり自分で探れということのようだが、すでに1ヶ月経ってしまった。土曜日は企画の重なりで、まず空けることができないから、経験者に聞く以外ないようだ。

プロバイダが用意しているwikiもあるが、プロフィールの必須項目が細かすぎて、個人情報を流用される危険がある。むやみに生年月日を聞くものではない。何才か年齢を聞けば済むことだ。livedoorのフレパも簡単そうだが、他のSNSに入って行ったとき、障碍を持つがゆえにだまされる可能性がある。SNSは紹介制といいつつ、社会の縮図だから危険がないとはいえない。独自の人間関係でまずはならし運転をするのが無難そうだ。

携帯ネットにPC端末を加える位の比率で、「わーく」編集部のネットを考えていたが、PC所持者がかなりゲームマシンにPCを酷使しているようだ。一面でPCを使い慣れているといいつつ、反面セットアップが必要かとじんわり作業が増えそうないやな予感もしている。Knoppix+Firefox+Emacs21+128M USBメモリの組み合わせで、推薦SYSをCD-R1枚で提供しようかと思っている。Linuxだがメンテが楽になる。ただアクセス設定はUSB-RAM に記憶させておかなくてはならないが。

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父を栄養指導の場に連れ出し、食事療法について開業医の契約栄養士さんと話をしてきた。母と私がいくら食事をセットしても、当人が間食や暴飲暴食を続ければ治療にはならない。また食事は妻に任せてあると話を聞かず、勝手に食事するは怒るはでは、栄養士指導とばかり、食事を準備する側に責任を追いかぶせてくるのは御免だ。

結局1時間半話し、父は内情暴露され、爆発寸前を堪えて話を終えた。タクシーで帰る父を送りだしてほっとした。

その足で駅前で食事。サポセンに向かった。ところがОさん、何をどう取り違えたか、今日の日程を変更してしまっていた。今日はОさんの都合が悪いから「任せる」と、福祉PJ講師の調整を任されていた。それが予定変更されて空振り。なんとも割り切れない思いで、仕方なく夕食の買い物をして幸いできた仮眠時間をとって、再び外出、蒲田に出た。

私の仕事は定時制の生徒さんと年齢層が似ている。今日の方も、喫茶店のテーブルに学習参考書が開かれていなければ、学習指導とはわからないだろう。社会体験など私よりいろいろな世界をくぐっている。蒲田からの帰路、他の親御さんと電話相談。なんとか終バスに間に合いごろり横になった。添削を終えて、さすがに傾聴ボラは堪忍してもらったが、明日11時から、ヤングジョブスポットに青年を案内する。ジョブカフェもぶっつけ本番で回ってみる。

Uさんからメールが入った。20日の横須賀見学の確認。Оzさんは大丈夫だろうか。

Open SNS は、当座、仮掲示板でスタートする。PWゲートがあるだけなので、すぐに破られるだろう。あくまでも仮設なり。

藤沢の市民活動推進センターの「情報クリップ」に、20日の見学話が載った。スタッフの皆さん、感謝!

今日はここまで。

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