湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

11/30今日10時から地域就労支援PJの話し合いです

2007-11-30 05:50:54 | 引きこもり
鶴川君(仮名)が荒れている。本来の担当者が向かった。

昼食会後、相模大野へ。
厚木経由で寒川図書館・平塚図書館・調剤薬局(医院は休み)・サポセンへと。

木曜昼食会、女性センターロビーでぽつねんと食事。藤沢大庭図書館の待機は、不登校・引きこもりの当事者家族との学習相談だった。ただ今回は、この辺が混乱している。私は「わーく」の編集スタッフをしてみたいと思う引きこもり青年と出会うために、定点に立っている。しかしそのことも、私がここにいることすら、情報は当事者に届かないだろう。だから活動の常道では、関連活動を行い、その中で待機のことを伝えていく。もしこの関連活動が孤立し成り立たなくなるなら、チラシを撒こうがポスターを貼ろうが、存在は闇に消えてしまう。こういうときは、近隣活動の場にお邪魔して広告する。それもへたれたら、持久戦となる。

藤沢大庭図書館のはじめ1年は、まったくの空転だった。ともかく定時にそこにいて当事者を待つ。平日なのに時間をつぶしているようなローティーンズに声をかけた。嫌がられたが活動を拓くために藁をもつかむ思いだった。私の近隣には藤沢の関連活動があり、そこには集団があり活動があった。しかし私は特定の政党に属さない、というよりその価値観のつながりが閉鎖的に見えて、そこに属することを拒否した。対立するのどうのではなく、時代をステレオタイプで解釈してしまう転倒が嫌だった。ルーチンワークはそれなりの見返りが得られる。ところが類型からしかものを見なくなってしまう。

だから手元に「不登校・引きこもりの方の相談待機をしています」と書いた紙を置いて、ともかく図書館に足を運んだ。行政関連窓口を訪ねて、待機のことを伝えた。

ところがここにも行政の縦割り体質が邪魔をした。私の本拠は茅ヶ崎である。ところが茅ヶ崎市立図書館は話をしたり、学習指導したりしていると注意される。休憩室は喫煙所のような状態である。かと言って部屋を借りるということは、他者から見れば扉の向こうに見えなくなることであり、約束のない方との出会いを絶つことになってしまう。香川分館は公民館とつながっている分、場を使うことができたが、限られた地域の方しか利用していない難があった。藤沢も辻堂館は話すことが難しかった。ところが限られた地域の方の利用ではあったが藤沢大庭図書館はテーブルのある休憩室があり、近くには公民館とサイゼリヤがあった。そこで茅ヶ崎の住民ではあるが、大庭図書館を合流点にしたのだった。

行政は私が茅ヶ崎市民と知ると、話に消極的になった。なにより、相談が心理相談ではなく学習相談であることを嫌がった。「塾の勧誘」と見極めがつかなかったからだ。こうして月2回1年間20数回はむなしく過ぎて行った。

出会いの契機は、先方の家族が公民館で親の集まりを持ち、終了後サイゼリヤで食事をしたこと。待機を終えコーヒーを飲んでいる私と出会ったことだった。不登校の言葉に、私が声をかけた。それがきっかけとなった。偶然の出会いであるが、見方をかえれば、通っていたからこそ出会えたことだった。確かに行政窓口や、推進センター、教組などから情報を得る道はある。事実その可能性も追っていたが、「塾の勧誘」への警戒感と、私の実績がまた「塾」であることが邪魔をし続けていた。

このサイゼリヤの出会いから、相談は約4年続いた。そして当人の大学進学を最後に、この集団以降の新しい方と会えないまま、再び待機に入っている。背後に組織がないものは、この空転に負けたら何も始まらない。

だから待機から活動を広げるという発想は、組織を背後に持つ者の発想といえる。つながる企画を組織していかなくては、待機の時は膨大なものになってしまう。引きこもる方も互いにつながるのが下手な方だ。当事者同士複数につながる壁は企画の力抜きには越えられないと思っていい。その企画をどこからどうつくるのか。フリースペース論は、だからここで登場する。しかし私は3回の失敗で資本を数百万失っている。(一度にではないから目立たないだけだ。)初動資金と人をどこでどう得るかということで、19年の塾を閉じてから15年、さまよい続けている。

私の雇用先はそういう経過を知っている。だから私の活動を持ち込まないことを条件に採用されている。ここに矛盾がある。当事者と出会いながら、それを活動につなげていくことができない。ただ大田・品川の子達は友人の塾の紹介だ。だから自由さはあるが彼らとて湘南は遠い。

だから仕切りなおしは茅ヶ崎にこだわった。女性センターは彼らが出入りするところではないから、近々場所代えをするが、さて一本釣り風の適地はあるだろうか。悩むところではある。

この木曜昼食会は私の定点である。ここに行けば出会える場。問題は平行して行う中心課題、企画活動である。就労支援PJ、そしてフォーラム懇談会である。このいずれも当事者活動とセイフティネットを生み出すための模索を積み重ねる力が弱い。自分の領域以外の話題には、なかなか広がらない。この線をどう越えていくか、そして「実現のための資力それをソーシャル・ファーム型に置く」と言っても、現実には個人資本持ち出しによって支えれている現状では、周囲はリアリティを持たないだろう。この社会的企業の手法の検討が公民権(話題化)を得るには時間がかかるだろう。

その難関は、夢物語には付き合わないという遮断だ。これは夢物語ではないことがわかるとき、それは私の話の影響というより、周辺にその動きがあちこちで始まったときだろう。ことは準備をしっかりと作っていくこと。だから企業接触や市場調査をまずは加速して蓄積していく。これは結局私個人がやる以外ないだろう。どうじに、新しい活動へと橋渡ししていく、一緒にやっていける過渡期の活動を生み出すこと。蛇が自分の尻尾を飲むような循環論法だが、結局はここだ。

金がないから空間が得られない。そこの運営をはみ出す活動を描くのが私の役割だから、フリースペースは任せられる専業チームがいる。運営に飲み込まれず活動するには、どうしたらいいか。既存の組織の連絡会の形から育てる方法が成り立たない以上、実務者ネットは彼方に去ってしまった。地域の絵は、PJに返されている。

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今日は10時から、方針をめぐって話し合う。当事者活動のことでKさんが話してくれることになったが、論点はますます拡散するだろう。また朝が来た。このまま会に出る。腹くくりつつ、迷いつつ。

夜間傾聴:自由が丘君(仮名)
     町田さん(仮名>今夜まで待ってもらった)
     鶴川君(仮名)担当者

(校正2回目済み)

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野ざらしでもいいじゃないですか

2007-11-29 05:47:46 | 引きこもり
サポセンの運営のお手伝いの形で引きこもり状態にある方の社会復帰のささやかな支援をすることを、サポチガの自主事業福祉PJや地域就労支援PJに位置づけられないか手探りを始めています。

現在の窓口業務に支障の出ないことが第一条件になりそうですが、いわゆる窓口業務ではなく、たとえば、花壇の手入れボランティアのお手伝いとか、テーブルに花や折り紙などを置いたり、利用者さんの印刷製本作業のお手伝いをするというような副次的な業務参加です。

労賃は無理としても、寸志程度の実費補助ができればいいかなと思います。勿論交通費補償のような実費補償ができれば、それに越したことはありませんが、狙いは利用者の方の心の安定に理解のある方との出会いの可能性を提供することです。現実問題、大人数は無理ですから、ケースバイケースで進めていくことになるでしょう。この件について現実例になりそうな方がいらしています。相談をしながら話を進めていこうと思っています。

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昨日はドロノワ倶楽部WSのあとで、15時からNPOサポートちがさきの事業部門代表者会議が続いていたので、咳込んで直らない長期戦の風邪の対策に、とにかく医者に行ってからと普段利用しない近くの病院に飛び込んだのだった。かかりつけの医者が平塚なのだが、この立て込みスケジュールでは割り込みは無理ということで、近くの病院に保健外治療を頼んだ。おかげで一睡も出来ないまま、朝一番で外来に入った。風邪の頓服薬を要請したが、思うに任せず二重診療なのでと、消炎剤一日分が出ただけだった。ともあれドロノワとサポセンの会議では沈黙を守っていた。話し出すと咳き込んで止まらなくなるからだった。

サポセンに飛び込むときに売薬の風邪薬を追加した。咳対策を強化したいと目的を告げ、医師からの薬を見せ、常用シロップ剤と、先方の推薦する粉末剤を追加購入した。あれほど言ったのに成分をみてあきれ返った。ジェネリックともいうべき成分のどれも同じ配合が書かれていたのだった。「塩化リゾチーム」「リン酸ジヒドロコデイン」「dl-塩酸メチルエフェドリン」「マレイン酸クロルフェラニン」。シロップ剤も粉剤も形態が違うだけで主成分が全く同じなのだ。これをあたかも違う薬であるかのごとく説明する薬剤師がいる。医師の薬とて同じ成分の薬が出ているはず。重ならないようにといくら言っても、この調子。絶対薬局の薬剤師は信用してはいけない。

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事業部門代表者会議では、11/30の会員懇談の中に提案する予定のいつくかの案を紹介するつもりでいた。ところがいつものことではあるが、継続の話題の第二ラウンドが始まっていた。年末決算の細かい数値の話が中心となり、結局黙って話を聞いて帰ってくる結果となった。重要案件が優先されるのは当然のこと。しかし空しさは変わらない。

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市社協から会費の督促状が来た。いつも出かけたついでに支払おうと会費所持していて、話すと忘れてしまうことの繰り返し。ポストへの手紙の投函と同じなり、申し訳なし。今日昼食待機の後、支払ってくる。

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Moさんに地域就労支援PJの就労支援の現状を載せる新聞というかパンフレットというか、印刷物を作る提案を書いたチラシを手渡した。11/30用である。11/30が独自活動のない沈黙に沈むなら、私は原点に帰る。本拠を閉ざして、野ざらし行脚はすでに十数年を費やしてきたのだから、0に帰ることはいまさら厭わない。しかし私の提案の価値は変わらない。今やるべきことはやるべきなのだ。

支援の狭間にある障碍の方の苦しみがあり、定型活動の壁に阻まれて社会参加に苦しむ方がいるかぎり、私の提案はやめてはならないし、症状タイプに割り振って、問題ことたれりと状況を見切ったかのような治療の言説には異を唱え続ける必要がある。私たちは生活をしている、そこにどういう活動の形を提案していくかが道を分ける。

私が日々メールやチャット対談している若手は、また小言が始まったと思っているひともいるだろう。活動は、頼っては駄目、でもひとりで解決するのも駄目。相手に乗る試みは駄目。手を結べる現実のやり方を無と紙一重の中から生み出し続けることが肝要なのだ。

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先ほど、古い友人から久々に沼津の伊勢原君(仮名)の消息を聞いた。私の友人がZ会関係にいる。その彼がボランティアをしていて、偶然、伊勢原君の面倒をみているXさん(仮名)と出会ったという。そのとき私に名前が出て、お互いびっくり。そのときの話に伊勢原君の近況の話が出たという経過で、Z会君(勿論、仮名)が連絡をしてくれた。伊勢原君は退院して、Xさんの家から数分のところにあるGH(グループホーム)に入ったようだ。元気ならよし、私にとって、なによりのたよりなり。しかし世間は狭い。

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昨夜の傾聴の話は、「夢を持て」と諭されたこと。「ひとは未来を期待するからがんばるのか」という問いが中延君(仮名)から出ていたのだが、別の機会に駒沢公園君(仮名)が「夢なんてないよ」という乾いた笑いをしていたことが今回話題となり、しばらく中延君が考えてから、ぼそりと言い出したのだった。以前、旗の台君(仮名)は、「考える暇無し」と家族の緊急状態のことを語っていた。私はふんばり型の生き方をしているが、飄々と生きることが劣っているとは思わないから、「駒沢公園君の言葉は、案外、的を射ていると思う」と私は中延君に応答を書いた。

身を刻むような引きこもる者の夜間の孤独や苦しみは、つながれない状況の澱のようなものであるし、つながったとしても幸せが得られるとは限らない。しかし夢を追うから生きていけるという嘘は、一緒にいる誰かと心分かち合っている静穏を説明できない。むしろ状況を黙殺するだけだ。

やれることが必ずありますって。だから私は裸一貫になっても、黙らないのですよ。中延君、皆さん。

夜間傾聴:****(Sが緊急対応ののち)
     中延君(仮名)
     Z会君(親父なり)



(校正2回目済み)
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風邪で迷走?

2007-11-28 04:52:39 | 引きこもり
いきつけの町医者に行き、風邪薬をもらってきた。咳き込みもそうだが、さらに引かない微熱の方が気になっていた。呼吸器は平塚の医院で少々遠いのが難。順待ちしている間、予防接種に来ている子の多さに気が引けてならなかった。

そこにメールが飛び込んだ。昨日は藤沢大庭図書館の面談待機の日だったが、通院時間と重なるので、現在常連さんが卒業してから閑古鳥状態となっていたので休みにした。メールは待機のものではなかった。鶴川に行くようにという指示だった。「担当者と話してもいい」と親御さんに当人が話したらしい。引きこもり青年との話は本当にタイミングである。どうしたものかと思案の末、やはり行くべきと判断し、気後れした分、茅ヶ崎から厚木経由の遠回りで鶴川へと向かった。せわしい藤沢経由が負担だったのだ。

案の定、服薬した薬が効いてきて、厚木に着くときうっかり乗り過ごすところだった。バスを降りたところで親御さんが迎えに来てくれた。つい先ほど荒れたのだという。しかし彼は律儀な男なので、大丈夫だろうと判断した。扉越しの対話だったが、やっとことが動いた。私の様子を見かねて、親御さんが車で送ってくれた。感謝。

車中でレポートを本部にメール。どう勘違いされたか私を乗せた車は厚木街道に入り、本厚木に向かってしまった。私を厚木の人間と勘違いされたのだとわかったので、駅前でおろしてもらい、階段のないバスに延々と揺られて平塚にでたのだった。なにやら旅行気分。平塚から平塚に返されて、遅い夕食の買い物を済ませて帰宅した。土地感覚が東京側の方は違うのだ。

ショック療法だろうか、明日は朝10時からドロノワ倶楽部陶芸WS、午後から茅ヶ崎サポセンで事業代表者会議何とかなりそうだ。夜の授業代講は変更しているので、会議で終わり。しゃべらなければなんとかなるだろう。

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茅ヶ崎市立図書館を私はよく使う。オンライン検索をかけて予約するが、そのときメモに使うのがISBN-Codeだ。数字の配列だけで本が特定できる。ところが不可解なことがおきた。図書館で在庫のある書籍のISBNをメモしておき、オンライン書店の通販のところにかけるとISBNの間違いと表示されてしまう。書籍が昨年末ぐらいのものだから、古くて廃刊という類のあやまりではない。最近のISBNの978の誤りでもない。

例えば雨宮処凛さんの「生きさせろ! 難民化する若者たち」は「4778310479」と出てくるが、実際は「4778310470」、「雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか」は、実際は「4492260846」なのに「4492260845」と出てくる。やたらにずれてしまうのだ。これを同図書館のオンライン検索にかけると両者とも本来の書籍にたどり着くのだ。つまり,茅ヶ崎図書館検索のISBN-Codeは、当てにならないということ。どこかバグっているのだ。

熊沢誠氏の「格差社会ニッポンで働くということ―雇用と労働のゆくえをみつめて」を買おうとしたら、AMAZONも紀伊国屋も、そんな本はないと応答してきた。茅ヶ崎図書館DBには「4000224789」で合ったそれは、正しくは「4000224786」だった。これはひどい。出版予定書と出版時の書籍コードが違っているのだろうかとも考えている。

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「懇談会通信ピックアップ」の復刊1号がまもなく完成する。11/30の会合で私の続投と資料集発刊が決まれば、手直し程度で発刊できる。そうあってほしいと願う。最終稿は、木曜日の昼食会待機のとき、仕上げるつもりでいる。

職があれば事は動く。しかしその職が問われることが必要だろう。就労が困難な方には、仕事のマッチングがだいじなことになる。今は、現在の職場の中から分業切り出しをすることによって、より平易な仕事を作り出し、その仕事をさせることを試みる。ジョブコーチは、この切り出しやマッチングを行うプロだが、仕事を協業におき、その融合を試みるような労働上の共同性を正面から取り上げることはしない。なぜなら仕事の入り口作りと安定初動が果たせれば、ジョブコーチの仕事の大半は終わっているからだ。

この部分は企業の労務政策上の仕事とされるだろう。ところが引きこもり青年にとっては、それは二の次の問題ではない。職場適合の最中にも常に自分に問いかけている課題だからだ。この部分への相談相手になることは、大事なことだ。しかし一方で、それを意識してする仕事は浅い仕事になってしまう。仕事の瞬間瞬間は没頭している。そのあとに裏づけとして確認される価値観だからなのだ。しかし没頭が先ともいいきれない。引けた腰が動くのも、可能性が開けるときだからだ。

この日々の営みを支えていく活動があったならと私は考える。いわゆる青臭い語りを交わす場である。ここの育て方は、よく行われている食事会のような場でもいい。ただ語ることが嘲笑される関係は絶っていく。

その「職場適合」と問題にするときの職場の変化への柔軟さをどう提起し、生み出していくかに触れて書いてみている。引きこもり青年の受け皿は、そのもの自身も問われることを経文の題目ではなく実際の問題として課題化していくには、「郷に入りては郷に従え」ではないということ。そのことが大事なのだが…。


夜間傾聴>大森君(仮名・彼はいじわるである。人が咳き込むのを待っている。)
     ******
     鶴川君の親御さん(仮名)

(校正1回目済み)
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今回の日誌をパスします

2007-11-27 05:13:11 | 引きこもり
今、自由が丘君(仮名)の話を終えました。

風邪がしつこく咳が止まりません。微熱が下がらないので
今回のレポートと、本日の藤沢大庭図書館待機を中止します。

すみません。

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就労困難な若年者の就労支援の現状紹介紙を発刊しませんか

2007-11-26 16:01:43 | 引きこもり
次のような提案を11/30の「地域就労支援PJ」の際に行います。どうでしょう。やりませんか。


*** 就労支援紙発行について (案)***

就労に困難のある若年者の就労について、湘南東部特に茅ヶ崎市と寒川町について、関連諸団体の取り組み紹介の小パンフレットを発刊したいと思います。就労支援については、手帳のある方の法廷雇用枠の完全実施を目指した企業就労への取り組みと、企業就労に馴染み難い方や手帳を持たない方の地域社会参加を狙った地域就労支援の取り組み、さらにはハローワークからの就労を軸とした非正規雇用からの正規雇用化への方向付け支援の流れがあります。今回は地域諸団体が取り組みを進めている1番目・2番目の取り組みを中心におき、就労支援の地域の現状について浮かび上がらせたいと考えます。

財源は発送費を含んで、「地域就労支援PJ」が助成金より3万円を支出し、ここに参加団体のカンパを合流させます。助成金の契約から3万円は印刷費に当て、発送費をカンパでまかないたいと思います。発行団体は「地域就労支援PJ」とします。これは年1・2回今後も発刊継続を考えるためで、あえて編集委員会発行形式をとらないこととしました。

試案としてA4版8面構成、白黒刷りとし、郵送費も90円枠内に納まる重さにして刊行します。対象は地域関連団体宛・湘南東部行政各課・養護学校および県や国の関連行政課および地域図書館(掲示型)・市民活動推進センター・就労促進の取り組みに協力的な企業等宛に発信します。発行部数は予算枠に既定された部数とし、特に市(町)行政には全課配布を行います。発行予定時期は2008年3月とし、編集会議を積み上げます。

この発刊活動には、各団体の当事者への編集・取材活動への参加を呼びかけ、この取り組み参加をする当事者の表現紙面枠を同時に設けます。各団体がこの当事者参加を支援してくださいますよう要望いたします。

年内には編集会議を開始したいと思いますので、各位よろしくご検討ください。

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LD学会最終日施設見学は

2007-11-26 05:44:08 | 引きこもり
LD学会最終日は施設見学でしたが、当日参加が不可能で、結局昨日は風邪で臥せっていました。大きな流れとして、「地域就労支援PJ」と「湘南子どもフォーラム懇談会」の流れの整理と方向性について、Uさんからコメントがついている件についてあれこれ考えていました。

新規提案を含んで少々まとめています。
間に合わないのでとりあえず。

昼間も書く予定です。

夜間傾聴:町田さん(仮名)


p.s.ちょっと発見・寄贈本交換サイト
http://www.bookshare.jp/juzou/index.html

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LD学会2日目は就労とDAISY関連のシンポだった

2007-11-25 06:10:49 | 引きこもり
LD学会2日目が終わった。今回は昨日のような不作のシンポはなかったが、人気シンポには定員を超す入室待ちの行列ができて企画者が始末に困る状態が生まれていて、特別支援教育への関心の拡がりを感じさせた。

しかし石頭である。会場のひとつの開港記念会館は、建物が古いために消防法の制約が厳格で、定員以上の立ち見や15分前以前の入室ができないということで、45分間の昼食休憩中、ずらり参加者を30分以上順待ちの列で平気で待たせるのだからだ。列にいた私は主催者に番号札(整理券)を臨時に作って配布すれば解決すると提案したが、担当者は空席ができたり順待ちの熱意のある人に聴かせたいからと責任逃れの便法を弄して、そのまま参加者の昼食時間をつぶしてしまった。この鈍感な神経が知れない。臨機応変さが全くないのだ。

私が参加したのは、就労と自立生活支援関連と、DAISYマルチメディア図書関連のシンポジウムだった。手帳を持たない自閉症スペクトラムなどの発達障碍の方の就労支援の環境整備とその現状については、法定雇用率達成を追い風とした障害者自立支援の波の弾力的運用による企業就労に乗る形と、その困難を明確にすることによる「出来る事」探しを通じたハローワークからの一般就労の道筋があり、後者はネットワーク形成の力を蓄積していくことで、企業就労を開拓していく細い道である。学校・親の会・行政・関連専門機関のそれぞれから、環境整備と取り組みの現状を語ることで時間切れとなったが、地域の試みの特質を踏まえた声を情報として、もう少し聞いておきたかった。

共通項としては、職場実習やトライアル雇用のような就労イメージを具体的に当事者につかんでもらうような試みを強めていくこと。不安定な世情ではあるが、生涯教育の実践を踏まえて、ライフスタイルの長期的な自立就労イメージの中に就職活動をおくこと等、「継続的な相談相手としての支援者の役割」が強調されたことだった。

アスペルガー症候群の当事者ソルトさんの語りのきっちりしていることや、支援プログラムが本人の同意をとる形で見通しを持った場合、狭く深くという特質を生かした専門性を発揮した取り組みが成果をだしていることが印象に残った。職場サイドから絞り込んだ要望は、

1)意思疎通>人間関係を支える
2)協調性 >潤滑な情報伝達
3)自己表現>協力を求める力

この3点が強調されていた。これはつまり、仕事は個人プレーではなく集団として成し遂げていくものというメッセージである。それでは障碍特性とのマッチングをどうするのかというところの議論まで煮詰めきれないうちに時間切れとなった。しかしこの間の就労支援が本人に力をつけさせるための支援の形をとってきたが、関係者の受け入れ側の変化を進めていく支援が実は大事であること。多様性を受け入れる職場環境作りが必要ということが改めて確認されたのだった。

最後のマルチメディアDAISYのシンポでは、米国のNIMASのような法的な強制力のない日本では、著作権法の壁が厚いことが問題となった。ここも「障害者の権利に関する条約」の批准と法整備が必要で、これは文化審議会著作権分科会の動向からも、近々著作権法改正の道が開かれるだろうという見通しが語られた。今回の大会のテーマに盛られたディスレキシア(読み書き障碍)への支援ツールとしての有効性は、効果の確度を高めており今後の実践例が待たれる形で話が終わった。

全体的に就労は相変わらず「企業就労」一本やりであり、地域就労との関連を示した社会参加型就労の形が出てこないのはさびしい。しかし初日の不登校バッシングは何だったのだろう。新規提案の少ない玉石混交の大会だった。

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のどを完全にやられてしまった。土曜日ということもあり、車内で乳幼児を抱えた母親が近づいて、移していけないとひやりとする場面が何回もあった。とにかく長い。毎年今頃風邪に悩まされる。薬で体温は37℃は変わらないので、肺炎併発しないように、町医者に月曜日行ってくる。

今日は臨時割り込みで久里浜の特殊研に向かう予定。茅ヶ崎サポセンの市民活動カフェや、某市議の政策報告会は欠席の予定。

夜間傾聴:自由が丘君(仮名・順調のようですね)
     *****
     #####(過剰労働なので断った)

(校正2回目済み)
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LD学会の不登校関連はどうしてこうもはずれるのだろう

2007-11-24 04:17:07 | 引きこもり
私のように曜日に関係ない職種についていると、連休の祝日をまるで気づかずに外出して気づくというぼけをやらかす。ましてや風邪を引いているとそれに気づくことによって、今まで考えていたことを忘れてしまう。薬のせいだといっては見るが、睡眠不足の前科はサポセン窓口タッフのひと間違いなど確固たるものがある。今日は主に改札口でそれが起こった。スイカのカードを切符挿入口に通してみたり、バスカードを地下鉄で使ってみたりという具合。以前は「なか卵」の自動販売機半券を改札口に突っ込んだことがある。

昨日はLD学会の受付で、役員のAさんを見つけてご挨拶したが、突然私は大会参加費を支払わなくてもよくなってしまったのだった。焦って担当者を手招きして、支払いを済ませたが、惜しかったなとも思うのだ。ボケは伝染するのだ。

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私は町田の巡回を1件済ませた後、午後からLD学会に参加した。そんな関係から、自主シンポジウム8の「コーディネーターはこうでないと-校内におけるコーディネーターとして役割-」の中途から参加した。特別支援教育士または学校心理士の方が主役のシンポだった。何を言いたいのかがよくわからないシンポだったが、まあ、元気な方が補助に入っていくなら、教員には厄介だろうが、まあいいのではないかという程度の感想だった。

問題は後半だ。

自主シンポジウム12「二次問題としての不登校が示唆すること~実践を現場に活かすために~」これはひどかった。まず対象者のプロフィールは、自閉症スペクトラムの結論へと結び付けられるための刺身のツマとなってしまった。特に医師の方の発表は「わからんちんアレルギー保持者の過剰反応」とでもいうべきレッテル貼りが噴出した。子どもの理解のために生み出されたはずの概念が転倒して、正常化裁きの基準に化けてしまっている。特に「底つき」といわれる引きこもりの苦しみの果ての台風一過の晴天のような寛解が訪れる現象を「身勝手」ととられたり、突然苦しみだす(当人には連続している)状態を「フラッシュバック」としてSSRIセロトニン製剤投与でかわしていくというような奇異な行動抑制というところに持っていってしまう無理解。「不登校は誰にでも起こりうること」とした研究成果を無視して、不登校を「病者の精神疾患の発現」に押し込めてしまうひどさ。この手のひとが医学博士として生き延びている世界なのだと、寒心させられたシンポジウムだった。百歩ゆずって精神疾患が発現したという論を前提にしても、精神疾患の急性期と寛解期が波状にやってくる精神疾患を「身勝手」とするとは、なんとも程度が低いのだ。不登校関連団体が参加しないのもむべなるかな。

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今日は就労関係とDAISY関連に参加していく。

周辺に風邪を移しにいくような、少々後ろめたさはあるが、マスク・マスク。今夜はこれにて。

夜間傾聴:入谷さん(仮名)
     自由が丘君(仮名)>渋谷外出成功おめでとう!

(校正1回目済み)
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11/23~25は横浜でLD学会があります

2007-11-23 07:00:43 | 引きこもり
今日から横浜の関内ホール・開港記念会館等を会場にLD学会が開かれる。遠方の友人と会える貴重な機会なので、参加しようと思っている、その矢先、風邪をこじらせている。朝からの参加は断念して、とりあえず夕方からの不登校関連だけ参加し、重点を翌日に置こうかと考えている。しかしいつも思うのだ。参加費が高い。他の学会と比較すれば、そうでもないのだが、私にはあの電話帳のような資料集はいらないので、安くして欲しいと思うのは、個人参加の野暮ったさであろうか。

先ほど体温が37.8℃あった。薬を飲んだが、咳が止まらない。戸山サンライズのパソボラ研修の祟りとかしょうも無い話をしているが、幸いテレコムでは先方に風邪をうつすことは無いのが幸い。

一昨日の自殺騒動は無事治まったようだが、この手の判断はほんとうに難しい。継続して当人を熟知することが一番なのだが、それでも予想外のことは起きる。

昨日、担当者からの電話連絡(声がでないので辛い)で、彼はむっつりとして授業に出ているとのこと。しかし人騒がせな「財布」や「メモ」は、前者は母親の動転からであり、メモは親が子どもの机などを捜した結果だから、子どものプライバシーに踏み込んだことである。加えて「死んでやる」とは、今回が初めてではないことを意味している。親御さんの行動として正しかったのか注意しないと、繰り返すことになる。

今日から3日間、横浜通いとなるが、巡回の穴を昨日埋めておこうと思っていたが、残念ながら埋め切れなかった。後日の宿題。

行きつけの町医者は呼吸器関係は平塚においている。それで平塚に出かけて、図書館にも立ち寄った。●「貧困と社会的排除―福祉社会を蝕むもの (講座・福祉社会) 」岩田 正美 (著), 西沢 晃彦 (著) を借りたが、内容は生活保護世帯と野宿者に向けられている。格差社会の進行があるので、引きこもり者の課題はそこまで見切る必要があるが、親御さんによる終身抱えの課題は逆に抜け落ちている。さらに拡張していくと、非正規雇用の生活困窮や、障害者の入所の件まで広がっていく。どこからどう手をつけるかという課題になっていく。片方では障害者の成人後見制度と就労支援という大きな基軸が浮かんでくる。厄介な本読みきれるのか怪しいが、借りてきたのだ。

11/30amの地域就労支援PJの会員懇談、当事者K君、参加OKとか。サポセンのMoさんから連絡が入った。週明けにK君とUeさんに会って調整の予定。

母が年賀状を買ってきた。ゆとり無し、まだまだ早い、あとあと。



夜間傾聴:
 中延君(仮名)
 旗の台君(仮名)
 同僚(昨日の件)

以上
(校正1回目済み)
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風邪に流された一日

2007-11-22 07:28:51 | 引きこもり
朝9時すぎに電話で起こされた。家を定時に出たのに、到着時というのに本校に到着していないという。これならただの「さぼり」だが、前日母親と激しくぶつかり、今朝母親の財布がなくなっていたということで、騒ぎになっていた。行き先が見当がつかないかというので、私は騒ぎすぎではないかと担当者を問いただした。すると「死んでやる」という走り書きがあったのだという。死ぬのに金がかかるのかと言ったら、担当者が電話を切った。

何のことはない、彼の母校、谷口中のまわりを歩いていたのだった。家族がみつけ、家に連れ帰った。財布は持ち出していなかった。

彼は不登校を始めてから、高卒資格認定試験を受けていた。結局私の睡眠時間は、まったく取れなかった。蒲田に巡回が入っていたが身体がじんじんと脈打っているので、休むことにした。騒動があった子の母親から、謝りの電話が入ってきたと、また連絡が入り閉口した。騒ぎの元の走り書きは古い物らしい。

午後は15時からNPOサポートちがさきの全体会だった。平日昼間の集まりに出てこれるメンバーは決まってしまう。継続論議をしているうちに、風邪薬が効いてきた。意識ははっきりしているのだが、身体が別の入れ物のように重く感じられた。

夕食の買い物を済ませながら、携帯でアマゾン・コムで友人の娘さんのクリスマスプレゼントを贈った。ひにち指定をつけて、一件落着。

帰宅してヴォルザガの「社会的企業」の続きを読むが、字がまったく頭にはいらない。夜の巡回も日送りしたので、ストーブ抱えてチラシの整理をはじめていた。

0時。夜間傾聴が始まった。ひとりは私と同じように風邪を引いているので、専用携帯で話すことをやめ、メールにした。

身リハ協のパソボラ講座のとき、「精神障碍の方にはメールは不向き」という指摘があったことを思い出していた。行間に埋め込まれた状況や感情を推察することで、そこに「妄想を膨らませてしまう」というのだ。語り言葉よりも書き言葉は吟味の時間がいる。それが妄想を生み出すというのだ。

私は高機能自閉症の方との接点が多い。書き言葉は比喩・暗喩の部分に注意しないと、字面通りの解釈をしてしまう。「そこから妄想が膨らむ」と言うのは、やはり精神障碍の領域からのコメントだなと思う。一方パーソナリティ障碍の方の場合、文面は対人間の弾力ある会話にはならない。相手が見えぬ分、自分の見えていると思っている世界を克明に描いて、相手に投げ出して伝えようとする。ここも妄想という世界とは違っている。

妄想というとき、それは自己表現の過程ではなく、先方(相手)の言説の解釈のところで、際限なく解釈が広がっていく異常をさす。たしかにこのタイプの方にはメールはしんどいかもしれないが、話すことによって、妄想の隙間を泳ぐように言葉と実在感を重ねていく。ともに流れることによってお互いが変わっていく。妄想は避けるものとは限らない。

今回の傾聴で、ひとりは家族の言葉を延々と書き連ねた。もうひとりは、趣味の世界をトリップした。しかし私には、前者のほうに傷を感じる。後者の方は、語るべきことが内発力を弱めて、私とつながるための刹那の話題をだしているという意味で、彼が意識して流していたからだ。

結局5時前まで話してしまった。


夜間傾聴:*****
     某レギュラーさん

<気になる記事>
「平塚市議会:自殺防止条例提案へ 自治体独自は全国初」毎日・神奈川版

(校正2回目済み)
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流されるような一日

2007-11-20 07:50:38 | 引きこもり
しょうもない話で、風邪を引いた。

鶴川からの帰り、鼻水が止まらず難儀。おっさんの鼻水ほど忌み嫌われるものはない。これは朝型の生活をした祟りと思っている。

高卒資格認定試験は、一方で不登校の子らの憂鬱を引き出すこともある。親が認定試験をやたら話題にして、子どもが心を追い込んでしまう場合が多い。すでにここ数日で*件の相談が入り、その中のひとりを私が担当になった。私は基本的に学齢中学生以上の子の担当なので、小学生がまわってくることは少ないのだが、今回はその子が東海道線沿いの在住のために、お鉢が回ってきたのだった。

久々に南武線に乗った。空席に座ることができたので、早速うつらうつらと舟を漕いでいた。しかし東海道線沿いから小田急線の本校のように、なぜか遠方から通学してくるものなのだと、改めて思う。遠方通学の子が、近隣の子と様子が違うのは、親が同伴している場合が圧倒的だということだ。

初対面の子をみて驚いた。右手首に擦り傷とあざがあったからだ。案の定だまりこくっている。無理をせずに、自己紹介と目的を告げ、まなざしがあったので、まずは目的達成と、お暇した。電車が混んでくるので、寄り道をせずに帰宅した。

放置していた研修資料を整理し、駅ビルで買った惣菜で親の夕食を出して横になった。横になりながら、携帯電話の応答を書きあげ、夜間傾聴が始まる23時まで3時間の仮眠を取るつもりでいた。

携帯電話を枕元において、久しぶりの「懇談会通信ピックアップ」の記事部分を打ち込み始めた。そこにサポセンのMさんの電話が入った。11/30amの地域就労支援PJの開催連絡が報告されていないとのこと。さっそく担当のSさんに連絡。無事に報告は済んだが、結局眠れなかった。

夜間傾聴は、0時に連絡が入り、スタート。連絡はメールで来るが、案の定、新しい人。いくつかの運用ルールを説明していると、別のメールが飛び込んできた。次回の順の約束をして待ってもらった。レギュラーの子の知り合いだった。

本校からの紹介とはいえ、新しい方が複数名入ってくることは珍しかった。新しい方と言ってもひとりは、お兄さんが引きこもりを続けている方。しかし複数同時はやはり、どこかで合理の鉈をふるうことになる。私のキャパが浮かんでくるからだ。以前「ぽれぽれ」の方から、自分の鬱積はどうするのかと問われたことを思い出した。影響を両者の話にだして、対応の質を落としてはならないのだ。これは、営業マンも同じだろう。

閊(つか)えていた栓がはずれて流されるような、そんな一日だった。

イギリスでニート対策として、義務教育年齢を18歳に引き上げるという記事を発見。

●「義務教育は18歳まで 英政府が期間延長の方針」11/16朝日

夜間傾聴:++++++
     町田さん(仮名)
     大森君(仮名)

以上

(校正2回目済み)
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高卒資格認定試験が終わり/パソボラ講習最終日が済んで

2007-11-19 06:02:05 | 引きこもり
昨日、高卒資格認定試験が終わった。

新宿の戸山サンライズで行われていた障害者リハビリテーション協会主催の「障害者パソコンボランティア指導者養成研修」の最終日の日程を済ませて、相模大野と相模原のクラスに向かう。解答速報に一喜一憂しながら、それでも終了した開放感。いつまでも教室に残っている者は少数だが、それでも私が担当した子がいて、あれこれ話し込んだ。終バス少し前、橋本から相模線経由で帰宅した。年2回の行事だが入試ほどの重さは無いとはいえ、やはり終えた気持ちはいい。表情は、ほっとしている。

受験の子は私はピンチヒッター以外、授業担当していないしがない外勤講師だから、そういう意味で双方どこかしらけている。しかし、不登校の不安の山を越えた子は、いまだ出席がばらついている友人のことを気遣うふりのふりをする。やはり気になるのに関わるのが仲間のタブーにふれるから、わざと気遣うふりをふりする。話をきいて、月並みな応答して帰ってきたが、相模線車中で、にんまり。一番心配していた子が予想を超えたところがじんわりと効いてきたのだった。ここ昼夜正常化三日間は睡眠時間数時間が続いたために、ずっしりと身が重い。気持ちだけがこうこうと高ぶっていた。

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「障害者パソコンボランティア指導者養成研修」は3日目最終日、発達障害・精神障害への情報支援と、マルチメディア活用法。某都内NPO法人の事例報告と続く。この事例報告が典型的なプロ言説。私の自己紹介に反発し、精神障害に就労支援活動は禁止。成しうることをし、責任が取れないことはしないというものだった。私も急性期の方に就労話などしない。ただ常識の石頭というか、就労は企業就労のこと、就労支援はガンバリズムと決め付けて断罪してくるのには参った。先方がイメージの貧困なのだ。河村宏氏が「浦河べてるの家」に張り付き、その報告を事前にしているのに、そこで起きていることすべてに、担当者が責任を持つというのだろうか。何もつかんでいない。

さて、河村氏の話はDAISYを中心とした知識伝達の話と自己表現の話にからませて、ツールの国際標準化のもたらすものの解説が整然と語られた。その講義の間に新しい情報がいくつも埋め込まれていたが、国際標準化がもたらすものについての説明の深さに欲求不満が残ったものの、全体としては、閲覧ソフトAMISを初めとしたソフトの操作実習など、一応パソボラ実践の自己研鑽の口火は提供してもらえたような気がする。

私のスタンスは、1・2日目の身体障害の機能・生活保障のスタンスというより、生活の拡張やコミュニケーションに力点がある。パソコンの操作習得より、生活さまざまな場面にIT技術を埋め込むことに関心がある。3日間を通じて様々な予備知識を得たという意味で価値ありだったのだが、就労と日常生活に障害を抱えた方の社会参加を踏まえた潤滑剤とイースト菌のようなITコーディネートが話題にできないものかと同種の企画のとき、いつも思う。操作履修をもって研修にしてしまう勿体無さを今回もまた感じてしまったのも満足の片隅の事実だ。

最後に話題となった公共施設設置PCがいまだ98である事例や、Vistaインストールをしたために、ドライバが対応していなかった上、メーカーサイトにもそのドライバのVista版提供をしていなかったために、XPに戻そうにも周辺機器が使えなくなってしまったということもある。精神障碍の領域がらみでは、掲示板利用をしたために過剰の刺激と、解釈の多義性から妄想を喚起してしまう悪循環にはまってしまう危険性があるという指摘があった。この見極めが、チームで動くべきであるということになるが、テレコムを一方で化け物視しているビギナーの眼差しを感じる。

実はこの最終日、もうひとつの願いがあった。河村氏に接点を求めることだった。このIT技術は社会的不利益を被る障碍者と、格差社会の底辺にあって非正規雇用に固定されている層の方々に、解決の実践の実現可能性を提供する役割について、テレコムの可能性から語っていただける数少ない講演者だったからだ。

私は引きこもり青年の個別接点は持っているが、発達・知的・精神障碍の中度・重度障碍のお子さんたちとの具体的な接点を持っているわけではないし、親御さんの会に割り込んでお手伝いしているわけでもない。だからこうしたIT情報機器による支援が新規技術の押し付けのように先方に伝わってしまうジレンマがあった。未来社会を勝手にデザインすることはできない。だから、抜かぬ刀をさび付かせないようにするというところにあえて立ち止まる選択をした。今私がなしうることのひとつがここにある。困難を超えて自由を獲得する道筋に、かならず現れる活動に埋め込まれた領域だからだ。

地域就労は、企業就労の流れの中で二の次になっている。ここをしっかりコーディネートしていかなくて禍根を残すことになる。PJは育てなくてはならない活動。そこに私のなすべき手立てがまたひとつ加わった。

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研修の最終日、会議室の隣がにぎやかだった。隣ではピープルファーストの東京会議が開かれており、会場から熱気が漏れてきていたのだった。当事者活動が湘南東部にも地域就労活動として動き出したら、社会復帰を試み始めた引きこもり青年たちの姿もそこに見ることができるだろう。黒子の支援者が支えるセイフティネットワークが、果たして生み出せているだろうか。後部席の車椅子の青年が手を振ったのに応えて手を振ったものの、同時にため息をついていたのだった。

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私のPC操作を斜め後ろの席から見ていらした事務局のNさんに、社会的企業の好例ですと「The Big Issue」誌をプレゼントしてきた。また余計な尾ひれがつくのにとの幻聴君(べてる流)の声があったものの「わーく」の類似性を語るには好例のため、渡すことにした。

しかし、同好の士(?)が得られなかったのもなんとも残念だった。精神主義的といわれそうだが、これから、当人のところに私は戻る。何ができるだろうか…夜の相模線の目の前の空席を私は睨んでいた。

夜間傾聴:******
     大森君(仮名)

p.s. 今日は、木曜昼食会の件を書いた「懇談会通信ピックアップ」(復刊)を書き始める。

(校正2回目済み)
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「パソボラ指導者養成研修」2日目/せっかく定番ソフトを紹介してもらっても

2007-11-18 04:03:25 | 引きこもり
ここ2日間、障害者リハビリテーション協会主催の「障害者パソコンボランティア指導者養成研修」に出ています。健常者向けのパソボラのように「ワード」「エクセル」の使い方やインターネット・アクセスの方法を教えるのではなくて、生活上の困難を軽減させる、いわばノーマライゼーション(いやですね、正常があるみたいで)の「落差軽減のゲタ履かせ」のスキル。これをずらせて、生活環境改変と社会的企業の業務イメージを作れないかと思いつつ、講演を聴いている。

二日目は「視覚障害者情報アクセス支援」(高橋倫花さん:スラッシュ)と、「聴覚障害者情報アクセス支援」(山本秀人さん:横浜市中途失聴・難聴者協会)の講演。普段使っているフリーソフトの紹介が面白く、他の領域転用も可能だった。

最後、山本さんの講演の後のQ&Aの際、サポセンにバリアフリー機器のような形で、ソフト組み込みPCを準備しようにも、行政関連施設の機器には、一切フリーソフト利用を認めない。他の自治体の方はどのような状況で、また禁止されていたフリーソフトを採用させたか事例を紹介して欲しいと、無理なお願いをした。せっかくの研修もセンターや公民館で利用できないのなら、これは大きな問題だ。

実は私は、有用なソフトを作者と交渉の上、公的な機関がお墨付きをあげる形で、ダウンロードできるDBリンクを解説して欲しかったのだった。バージョンアップは、遅れても仕方が無い。例えばLhacaのような圧縮ソフトなど、すでに日常的に使われているものもある。この手のソフトが、それぞれの障害領域の補佐の役割を持って開発されているので、集中DLページを構成すると、行政を説得しやすいのだ。

行政はウィルスなどによる個人情報流出や、撹乱を恐れているために、肝心な活動も疎外してしまう。ここの改善に手を貸してもらえまいかというはなしだったのだが。

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昨日は帰りが少し早かった。乗り継ぎが多くてうんざりなのだが、若松河田から旗の台に出た。旗の台君のお宅にお邪魔。彼の調理の様を眺めながら、うたた寝、いや、失礼。

今日と同様の講演。対象が「発達障害と精神障害情報支援」を河村宏さんに語ってもらう予定.今日が本番なのだ。


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夜間傾聴:町田さん(仮名)
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しんど4時だ。
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障リハ協:主催「障害者パソコンボランティア指導者養成研修」初日

2007-11-17 02:53:39 | 引きこもり
日本障害者リハビリテーション協会主催の「障害者パソコンボランティア指導者養成研修」の第一日目が済みました。戸山サンライズ(新宿区)は2時間弱かかるので、8時前には家を出ます。夜間傾聴最終時刻が6時ですから、2時間も間がないことになります。ということで、この土日、3時切り上げにさせてもらいます。

第一日目は概論・身体障害とITコーディネートということで、障碍という困難に対し、IT機器を使うことで、機能回復と表現開放する様を、駆け足でたどってきたのですが、その営みにある利用者さんと、支援者の間に進められていく心の交流を、いわば職業意識を高める職業教育のように押さえていくところが、なるほど概論なのだなとわかりました。

特に七沢リハセンの作業療法士・松本琢磨さんによる、身体障害の状態の再現とパソボラが指導の局面で出会う、配慮には大きなビニボールなどを利用した障碍再現。が面白く、当人の状態に自覚的であれという内容は、最後の畠山卓朗さんの解説とともになかなか印象的なものでした。しかし盲聾を除く身体障碍という範囲の話だったのには、少々私がフォローしようとしている知的・発達・精神障碍の内容と違う機能保障が木になる部分で、様相が違います。これは最終日、河村宏さんが現れるということで、楽しみにしています。


参加者は、団塊の世代や関連機関職員の職域拡大の感があり、若い方はちらほらの感じ。はじめの寺島彰さんとともに、ぴたりはまった語りを聞くことができたことは満足の一日でした。研修をうけたから急にどうということではありませんが、私自身が暖めているアイデアに肉付けができることを期待しています。とりあえず、今回はこんなところで、寝ます。

帰りに大森君(仮名)・*****君(本業分)の学習面談を済ませて帰宅。


夜間傾聴:大森君(仮名)
     旗の台君(仮名:君の好きそうな話だったよ。)


(校正1回目済み)

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やれることはやる、可能性を閉ざさない

2007-11-16 04:51:23 | 引きこもり
やれることをやっていく。可能性を閉ざさない。こう念じて家を出た。

朝、某保守系会派の市議に会いに行った。議員に頼るのではなく、PJへの参加と協力を要請しに回る。これから接点が見出されるところから順に、話をしてまわるつもりだ。地元の引きこもり青年に出会いたい。そのことも言ってきた。青少年相談窓口や、医療関係はもちろんだが、議員講演会網のような団体網から、参加者宅の当人に接点を求めたいからだ。私の今までのホームグラウンドは東京側多摩川沿いと、相模大野・町田・大田区・品川区周辺だ。昔、塾をやっていた頃、私は湘南の地元で活動をしていた。事情があって塾を閉じ、東京に活動の場を移転した。2000年末の交通事故を契機に、退院後、古巣の湘南に活動の場を戻した。2回の塾の危機と、入院等で出資可能な資金を失った関係で定点(拠点)を開設できない事情があって、オンライン活動と学習カウンセリング巡回を軸とした活動に切り替えた。ところがこれは当事者を出会わせ、活動を生み出していく点については、厄介な形となった。湘南東部という地域に登場するには、やはり地元の青年たちの活動が必要になる。私は商売柄土日が忙しいことがあって、支援者と接点を持つことも企画のときに顔を合わせるという形以上の出会いは作れていなかった。日々家族や近隣の方が出会うように、互いに普段から顔を合わせている関係が作れていない。いやオンライン以外ではというべきだろう。

社会活動は、観点というか各人の価値観が実践の根底に横たわっている。中年以上の方は私を含めて価値観が固まっているとされる。たしかに経験は積んできているし、真贋を見極める目はそれなりに持ち合わせている。それだけに、まずは合わせてやってみようという柔軟性はないものとされる。だから既存団体に参加するにしても先方から敬遠されるし、また先方の団体の価値の値踏みもついしてしまうというのも事実だ。だからいつまでたっても一度浮浪した者は、収まるところがない。趣味の団体ならば、お互い譲り合うところも柔軟にいくだろうが、社会活動は、ひとをめぐる抜き差しならない課題を持つことが多いために、そこの部分の価値観が一致しない団体をホームグラウンドにすることはできない。既存の政党の硬直した観点からでは、新たな活動を生み出すときには野暮ったいものしかでてこない。共通利益集団には人脈と権力という「実行力」が生まれる。あえて「解決力」と書かないのは、ちっとも「解決」につながらない活動である場合がこれまた多いからだ。私の作りたいと願う活動は結果的にすべての政党を横断していく。しかし、ひとを見つめる価値観はちっとも横断しない。だから協力関係を結ぶことはあっても、属することはない。それが自由を担保することになると思っている。

だから面白がる、関心を持つ方がうまれてこなければ、「永遠のよそ者」となる。引きこもり青年たちは、既存の社会の仕組みや価値観にはシニカルな観点を持っている。政党とか既存団体からは一歩引いているところに彼らのスタンスがある。だから一歩引くのではなく、その場で自分のものを作り出してしまえばいいと考えている。徹底して価値と魅力を磁場とし、その底にぽったりとした定点の安心の開放感がなくては、だめ。

この辺のことで、先日はUさんとサロン作りの必要性のことで、それがうまく行くかいかないかという議論となった。障碍者団体の場合は、障碍という共通項があり、お互いが協力し合わねば、重い現実が解決しないという事情が働いていく。ところが引きこもりの場合は、器質的な障碍を抱える方から、社会的挫折組までさまざまな方を「引きこもり」と呼ぶために、各人は自分だけの問題と思い込んでいる。出会い探りあっていく過程や、家族のそれのように、なんとなく居合わせている結果、相手を感じ取ることを通してお互いがつながる。壊すほどに石橋をたたいて渡るから、サロンは、さぐる集団がなかったら、はじめのひとりは絶対に現れないのだ。そのサロンも腰掛である。だから誰のサロンかがみえなくては、しかたがないという事情がある。

引きこもり青年は、常に外野に身をおく悲しい習性がある。私は巡回のとき、「見ててもわかんないよ」「やっちゃってみる」というのも手だと言っている。何も一気にはじめることはない。ぽちぽちやってみればいいのだと思う。それをぼそりといえる場は、定点(拠点)だと思う。あえてフリースペースと言わないのは、私のイメージは事業所に近いからなのだ。だからサロンは難しいのだ。つまりUさんとの議論は、背景にしているものが違うから、意見が異なったのだ。

昨日、2回目の木曜食事会をひとりぽつねんとやっていると、さぽちがのSさんが不思議な顔して通り過ぎていった。CMをどうするかなと考えていた。会いたいのは「わーく」編集や、オンライン対話をしてみたいと思っている引きこもり青年や、支援者のひとと出会いたいのが第一だ。次がいわゆるカウンセリングだ。私はシビアな要素を抱えている方は、心理臨床の正規のカウンセリングにまわす。橋渡し屋をやる。

PJ以外のところがこれから極端に小さくなる。持久戦が始まる。こういうときだからこそ通信を復刊する。私の提案していることは、時代にしっかり噛み付いているものだ。だから他にやれる人がいるなら、どんどん真似すればいい。私もやめる気はないし、打開の可能性はやりきっていく。

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今日から3日間、日本障害者リハビリテーション協会主催の障害者パソコンボランティア指導者養成研修に参加する。ワード・エクセルの使い方講習ではなく、コミュニケーションツール・生活拡充ツールとしてIT技術をコーディネートする技術を高めてくる。とくにDAISYは障害者の仕事につながる。湘南にこの活動を就労活動として根付かせるために、スキルアップをしてくる。新宿戸山サンライズ、朝10時から17時半まで。茅ヶ崎を7時半ごろ出る。睡眠時間との戦いがあるが、挑戦。

走りながら考える、それが私のやり方。

夜間傾聴:自由が丘君(仮名:元気だ)

(校正1回目済み)

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