宝運丸はなぜ関空連絡橋に衝突したか(推測)

2018-09-05 00:00:32 | 災害
台風21号の強風(関空での最大風速は58m/秒)により宝運丸(日之出海運所有2591トン・長さ89m)が関空連絡橋に衝突した。船員11名は今の段階では船内にいるようだが、機関室への浸水がなく、エンジンも停止して、積荷(ジェット燃料油)も船内にはないのであるから、とりあえず火事や沈没は考えられず、波による転覆が問題だが、タグボートを横付けすれば問題はないだろう。台風が北側にあるので、ずっと南から吹いている風と波とで橋に押し付けられているのが逆に幸いしているような気がする。

もともと船会社にもいたことがあるので、資料を寄せ集めてみると、いくつかの推論が組み立てられた。

まず、事故と直接関係ないのだが、船舶は古い。1996年竣工で、そもそも所有者は別の会社だった。老朽船である。現所有会社の元請けにあたる船会社が所有していて、船名も異なっていた。しかも、竣工した時は、東京湾内だけを航海することにしていた。成田空港のジェット燃料油を空港の持っている東京湾内のタンクに運ぶ専用船だった。ということで、このサイズの船としては少し小さいわけだ。通常は長さが105m程度であるから1割ほど短い。

しかも東京湾内専用ということで、比較的外洋を航海するのが設計的にやや苦手のわけだ。東京湾は完全な入り江だが、関空は瀬戸内海でもないし、大阪湾の一番外の方であり、紀伊水道から風も波も入ってくる場所である。

そして、成田第三滑走路や羽田のD滑走路により、東京湾ではこのタンカーでは経済性が合わなくなり、2013年に改造した上、今の所有会社に売却の上、関西空港を主な航路とすることになったわけだ。


事故は、走錨(そうびょう)という現象で、海底に引っかかっている錨(いかり)が、強い力により海底からはずれてしまい船体を支えることができなくなる状態を指す。同様に、錨を繋いでいる鉄の鎖が切れることもあり、鎖についてはほとんどの場合日本製の鋼材を使う。錨そのものは鉄の塊なので中国製でもOKということになっているが、後日、錨を巻き上げた時に破損していないか点検する箇所だろう。

そして、最大の問題は、バラスト水を張っていなかったことなのだ。が、それにはある理由がある。

バラスト水というのは、こういう嵐の時に荷物のない空船状態で航行すると転覆の危険があるため、油を積むタンク(通常は10タンク)のうち何ヶ所かにある程度の量の海水を積んで、船体の水面上の体積を減らすことで、風による影響を抑えることである。車高の高いクルマで橋の上で横風に吹かれると危険なのと同じである。冬の北海道のなどではよくあるケースだし、技術的に難しいことはない。橋に衝突した船体を見ると、船底近くまで海面上に見え、ちょっと信じられない。

一方、ある理由というのは、運ぶものがジェット燃料油であることに起因する。ジェット燃料油の成分はほとんど灯油と同じなのだが、水分を徹底的に排除するわけだ。理由は、燃焼する場所が高度1万mだからだ。氷点下であり、水分が凍ってしまい配管内が詰まり、燃料が正常にエンジンに届かずに大惨事になる可能性があるわけだ。海水をタンクに張ると、そのあとかなり洗浄しても100L位は配管内に残るとされる(傾斜があったり配管の曲がる部分とかに)。積み荷は4,500,000Lなので、まさに0.002%位のミクロの話だが。

ということで、通常はジェット燃料油を運ぶ船は、ジェット燃料油か灯油かの二種類を積み続け、バラスト水は使わない。他のガソリンや軽油を積んだり、緊急にバラスト水を使った場合は灯油を数回積めば配管内の水分はなくなるので、その後、ジェット燃料油を運ぶことができる。では、そういう複雑なオペレーションをするとまずいのかというと、コスト的にはあまり変わらないわけだ。タンカーは何百隻もいるのだし、要するに、「面倒」ということなのではないだろうか。たとえ、少し高くても、橋にぶつけるのとは大違いだ。

では、実際はどうだったのだろう。「船の安全のために海水を張る」と「次の航海のために海水を張らない」と相矛盾する行為を決断するのは、船長の権限であり義務である。おそらく、どこかの誰かに指示を求めて電話を掛けたに違いないだろう(忖度して掛けなかったかもしれないが)。その結果、バラストを張らずに事故を起こしたのかもしれない。その場合の責任は誰にあるのだろうか。実は、船長なのである。クルマの運転で助手席の人間が「赤だけど走れ」と指示をして、その通りにして事故があっても運転者の責任であるのと同様だ。