木村伊兵衛、文豪を撮る

2004-11-22 21:37:08 | 美術館・博物館・工芸品
866f7184.jpg写真は上から、永井荷風、横光利一、川端康成の写真だ。撮影後50年以上経っているので、作家本人と写真家・木村伊兵衛の権利は侵害していないと思う。今、東京竹橋の近代美術館で木村伊兵衛展が開かれている。12月19日まで。

木村伊兵衛は1901年生まれの20世紀人だ。ライカを持って、街や風俗、農村風景を多く写している、日本のプロカメラマンのはしりである。日本写真家協会初代会長だ。

展覧会の面白いところは、単に作品を見るに留まらず、作家のことをまるごと知る機会になるのだが、木村伊兵衛がカメラマン生活をはじめた30歳台の頃、応援していた人物がいたことがわかった。花王石鹸の宣伝部長、太田英茂氏だ。モノクロ写真であるが、洗濯石鹸で真っ白に洗われたシャツが物干し竿ではためいているコマーシャル写真などを何年も彼に任せている。所謂、旦那というかタニマチ的である。創業者でもない太田氏が支援を続けるというようなことは現代では考えられないが、宣伝部長が相当の力を持っていたとすると、やはり花王は凄い会社だ。洗濯作品は今見れば、あまり感動する作品ではない。コマーシャルそのものだから。

どういうわけか、その後ライオンで同様の写真を撮っているのだが、その間の事情は不明だ。展覧会も社会史的な視点の写真が中心だが、もう一つの顔である人物写真(ポートレート)が強烈だ。

よく、後輩の土門拳が「人物を紙に貼り付けるように写す」と言われるのに対し、木村伊兵衛は「金魚すくいのように写す」といわれる。表情が深く、声が聞こえてくるようだ。「芸術」より、「芸」に近いのだろう。現代に生きる篠山紀信は逆に土門拳型だ。

彼の写した作家は多いが、特にこの3人の写真が好きだ。作家の”軽み”が表に出ている。荷風1879年生まれ、利一1898年生まれ、康成1899年生まれ。れっきとした前々世紀の生まれだ。作家論の場ではないが、激動の20世紀前半をそれぞれの生き方をし、いずれ訪れたそれぞれの死を考えれば、撮影の時期は、三人にとって最も幸福な、つかのまの瞬間であったのかもしれない。

しかし横光は本当にいい男だ。彼が守ってやらなければ、川端の切れそうな神経の糸は数々の不思議な名作群を生み出さなかっただろう。

1947年横光利一没(49歳)、1959年永井荷風没(80歳)、1972年川端康成没(73歳)、1974年木村伊兵衛没(73歳)
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