CDで一人ゲームにはまった男

2004-11-12 21:53:52 | 市民A
パソコンの付録にはよくフリーセルとかの一人ゲームソフトが付いている。この一人ゲームをパソコンではなくCD(現金自動引出機)で楽しんでいるうちに、はまってしまった男がいた。

クレジットカード犯罪の古典的な手口は、カード自体を財布ごと抜き取ったり強奪して、すばやく高額物件を買い物をし、そのまま中古で販売するというようなやり方がある。犯罪としては、単純であり、スピードが命だ(と書いていると、犯罪者側の論理になってしまうが、その意図はない)。

さらに高度化するとスキミングになる。カード情報だけをコピーしてしまい、同じデータのカードを作り悪用しようという方法だ。この方法は、スキミングするところに技術が必要で、普通はカードリーダーが使われる。怪しいサービスを受けるために脱いだ上着の中のカードを、スキミングされる分には同情心もほどほどしかわかないが、ホテルのレジの中に無線発信機が取り付けられていた事件や、財布の外側から磁気を探知される装置などが出現したりすると、他人事ではなくなる。スキミングはしばらくは発覚しない。キャッシングや買物に不正使用されたカードの正規の利用者に請求書が届いて初めて気付く。うかつな人は気がつかない場合すらあるだろう。

古典的な手口をアナログ犯罪とすれば、スキミングはディジタル犯罪と言える。しかし、今回発覚した「コスモ・ザ・カード不正引出し」はアナログとデジタルを組み合わせた犯罪といえる。

「他人の不幸は蜜の味」という諺もあるが、なかなか面白いところがある犯罪だ。
そして、この手の犯罪にありがちな、被疑者は特定できるが、被害者が誰なのかよくわからないし、管理責任ということになれば、もう責任の所在はうやむやになる。

当初報道されたのは、11月9日の午後であった。報道の内容は各社ほぼ同じなので一例を紹介するとNIKKEI NETを見ると、こう書いてある。


*コスモ石油カードの不正使用で8300万円詐取

 コスモ石油(東京・港)が発行するクレジットカード「コスモ・ザ・カード」が不正使用され、同カードの与信業務を受託しているセントラルファイナンス(名古屋市)が総額8300万円をだまし取られていたことが9日、分かった。不正使用していたのは同カードのシステム管理の受託会社の役員(48)で、住所不明などで返送されてきたカードのデータを偽造し、自動引き出し機を使って金を引き出していた。

 同役員に対し、コスモ石油はカードを改ざんされたとして、電磁的記録不正作出容疑で告訴する方針。セントラルファイナンスは全額弁済することですでに示談が成立したとしている。

 コスモ石油によると、不正使用された可能性のあるカードは1982件。氏名はそのままで、住所と引き落とし用の口座番号のデータを書き換えていた。期間は1995年6月から2004年9月まで。引き出した総額は3億9500万円で、不正が発覚しないよう、カードは一度しか使わなかったという。
以上


他社報道も同じ内容であるが、いくつかわからない点が残る。
1.引き出し額が3億9500万円なのに、なぜ被害額が8300万円なのか?
2.10年間も犯行を続けて、なぜ発覚しないでいたのか?
3.なぜ今回発覚したのか?
4.被害者がカード会社というのはなぜなのだろう。

これだけの情報では考えてもよくわからないので。「時効になった分が多いのではないか」とか想像していたのだが、そうすると残りの3億円は泣き寝入りか?とか思ったのだが、さすがに翌日になると細かい事件簿が明白になってきた。

まず、この被疑者の男性が役員をしている会社は誰と契約していたかというと、コスモ石油ということになる。コスモ・ザ・カードはいわゆる信販系カードではなく、コスモ石油のハウスカードにクレジット機能とキャッシング機能を追加したものである。それで、与信管理とキャッシングの部分を旧東海銀行(現UFJ)系のセントラルファイナンスに委託していたのだが、顧客管理についてはコスモ側が行っていたことになる。そのため、直接被害者はセントラルファイナンスで、一義的加害者はコスモ石油。コスモは委託会社に対する関係で被害者になる。その会社は、その役員に対して被害者になる。誰が誰を告訴するかは良くわからないが、8000万円のほとんどは返ってこないだろう。そして、名前を使われた無関係のカード名義人(お客様)は、最後の数ヶ月は与信ブラックリストに載せられていた可能性がある(間接的被害者)。委託を受けていた会社の名前が公表されないのに、セントラルファイナンスの名前が公表されたのも少しかわいそうである。そうでなくても大変なのに。

次に、犯行期間はなんと10年に及ぶ。約2000枚の返送されたカードを利用し、1回20万円ずつキャッシングで引き出していたわけだ。引き出し総額は約4億円だが、被害額が8300万円というのは、要するに、自転車操業をしていたわけである。返済期限になると、カードで入金し、残高を合わせる。その資金は別の返送カードを使って調達するというやり方だ。もちろんその運転資金の差額が手元に残るのだが、10年間続けて、8300万円を浮かせたことになる。
しかし8000万円を20万円で割ると400枚になる。10年間の2000枚という枚数からいえば、最後に残ったカード枚数は異常に多く、発覚直前にはかなりエスカレートしていたことがわかる。推測だが、意図的に住所を書換え、返送カードを増やしていたのではないかとも思える。

次に、カードに入っている情報はディジタル情報である。一人の人物が簡単に読み取れるわけではないのだが、この人物、休日出勤中にデータ改ざんを行っていたそうである。休日にまで働いては、儲けたカネを使う時間がないだろうに・・

そして、なぜ今回発覚したかということなのだが、実は別の事件の影響なのである。今年初め、コスモ・ザ・カードの個人データ漏洩事件があり、92万人の個人情報が流出し、犯罪行為に使われている。個人の住所あてに、見に覚えのない借金の督促状が送られている。
その結果、カード管理体制の見直しが行われることになり、不正行為ができなくなったわけだ。結果として自転車操業が困難になり、一気に8300万円が焦げ付いたわけだ。

全体を見れば、アウトソーシングにありがちな、「まかせきり体質」が上から下(個人)まで徹底していたと言えるわけだ。東アジアではなかなかアウトソーシングが機能しないという説があるのだが、こういう上場会社にとどまらず、「まかせきり体質」はひろく社会にはびこっているような気がする。

しかし、この男性、どうやってこの”楽しい一人ゲーム”から抜け出すつもりだったのだろうか?