まつたく偶然のことなのだが、教へ子の父親が勤めてゐるある大手企業がこれから10年後のことを考へてSTEAM教育の教材づくりをすることになつたやうで、ついてはご意見をもらへないかといふことになり、一度お会ひすることになつた。ところが、そもそも「STEM教育」といふのは私の理解によれば「理系のリベラルアート」といふことだから、私からは何もいい話はできないのではと思ひ直して、お断りしようと考へた。とは言へ学校で受けることだから一応上司に訊いて見ると、理科の教員だけに彼はそれは面白いんぢやないかといふ反応でお越し頂くことになつた。
STEMにAがついてゐるが、Aとは何か。それはARTだと言ふ。それなら面白い。私は中学時代は美術部。うまいかどうかは分からないが、絵に関心はある。油絵を高校時代には描いてゐた。今は何もしてゐませんが。
デザイン思考といふこともよく聞く。機能主義的に設計するのではなく、全体の布置を考へてデザインするといふことが大事だとも説かれる。それで本書を読んでみようと思つた。
著者は東京学芸大学付属中等教育学校の美術の先生で、授業の実況中継のやうで、とても読みやすい。メッセージがとても明快で、何度も繰り返されるから、読書の速度はどんどん上がつていく。初めての著書でこんなに文章がうまくて、図解もていねいで分かりやすいといふのは素晴らしい。授業の語り口はこのままではないかもしれないが、生徒もきつと引き込まれていくのだらう。
私の受け取つたメッセージは、自分だけのものの見方で答へを見つけようとし、そしてさらに新たな問ひを生み出せ、といふものだ。
それが「アート思考」だと著者は言つてゐるやうに受け取つた。
これだけを読むと、なんだか陳腐だねと思はれるかもしれないが、さてどうだらうか。結構考へさせられますよ。
そのことを歴史を辿りながら考へていく、6回分の授業。私にはそれがとても明瞭な美術史のやうに思へて、そちらの方もとても収穫が大きかつた。もちろん、私が持つてゐる美術史理解とは異なるところもあるが、そんなことは「アート思考」にとつては当たり前のことで、むしろ刺激にすべき事柄である。本書からは勇気をもらへた。
私の中学時代の美術部の顧問は画家だつたが、その職人的な雰囲気は嫌ひではなく、私自身も藝術家の職人性を尊重するタイプだが、かういふ軽やかな「アート思考」こそ芸術家の資質であるといふ著者の考へも魅力的である。
2時間ほどで読み終はる。ちゃんとした読み方をすれば、もつと時間がかかる。なぜならば「演習」の時間があるからで、私はそれは飛ばして答へをすぐに見てしまひました。
ところで冒頭の件であるが、いまのところ進展はない。このコロナ騒動も影響あるが、学校に迷惑がかからないレベルのものになるまでもう一度考へを練りたいといふことのやうだつた。それもアート思考ですね。