湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

活動を続けるエネルギーの話 他

2008-01-24 08:35:50 | 引きこもり
公私のバランスというが、難しいものだ。相手が人間だから、つい先方の様子に引き回されてしまう。今、私が父の件で味わっているやりきれなさは、軽度の精神障碍の家族の思いにつながっている。この家族の閉塞感がひとをつないでいく。

私が歩んできた私教育畑からの思いは、子育て「支援」の立場から発想されたものだった。私個人の込められた動機はもうひとつ奥にあるが、親の立場で他の親子につながっているというより、生業でありながら、教育サービスを提供する「ボランティア」のようなねじれたスタンスだったように思う。「ボランティア」と敢えて書くのは、職業と言い切るには非効率な部分が多すぎると思えるからだ。つまり、これは現状を距離をおいて鳥瞰することのなかに、自分の役割のひとつを見出している立場ともいえる。この景観の整合性と解釈を実践の一面では常に追っていたのだ。

私の立場はいつも、「非当事者」という侮蔑にさらされてきた。それの行為の当否を論じるつもりは無いが、今運動の局面で感じている閉塞感から、この手の批判が流れ出していることを考えると、やはり解決にならない言葉だと改めて思う。私なるものが流れ出してしまう思考停止の言葉だからだ。

今、私は地元では、引きこもりと軽度発達障碍の青年の「就労支援」という空拳を振り回している。彼らが社会の中の正統な一員として位置づくことを、それが彼らとの共同の願いだという前提で走っている。Uさんに、地域就労支援PJの際に、引きこもり青年たちが本当にそれを願っているのか示して欲しいと言われて困った。

引きこもり青年の全員がそれを願っているというのは嘘だし、今苦しみの坩堝にはまっている青年や、挫折感を引きずっている青年に、周囲と取り結ぶことへの直線的な願いの有無を問うのは的外れだからである。また親からしてみれば、長年の対立に疲れているところに、世代からすると自分の親の介護が重なってくる。当座フリーターとして子どもがアルバイトでもできたら、それ以上は望まないとなってしまう。

私には引きこもり当人の年齢があがったときの再就職の道が狭まり、ますます不本意なものになっていく社会の歪んだ仕組みを意識するから、…ここが大事なのだが、本人は、ますます生計にふりまわされて、なりゆきに流れて生きる以外なくなってくる、これでいいのかという思いがある。お節介である。

社会人というレッテルを額に貼って生きているいわゆる大人たちは、その価値を「家族をつくり子を育てること」にその思いを流し込んでいる。その思いは時に身勝手に子どもを振り回していく。引きこもり青年たちは、その家族の窮屈さを知っている。なのに自分が大人として、その論理をふりまわさなければならない不合理さを知るがゆえに、大人社会の基準として結婚と子育てを強いるつもりはない。

ことなのは、標準からはずれた大人社会の価値観が徹底的に希薄なことだ。私も自分の家族を失って、いわゆる独り者で生きてきた。そこに社会的な排除の不合理はある。だが社会は平板ではない。そのずれゆえに、それをひりひりとした切り口として、社会とクリアに出会うことが出来る立場で生きていくことが可能だと思う。ひとと新たな関係を「生み出して」いったり、殉教者のそれのように彼方を見通したりする点については、結果的に「優遇されている」ともいえるのだ。

私は話し合いの席をつくっても、誰もすわらなかったら、客寄せ演技をせねばならんのかなと思ったが、それは何ともあほくさいことと思う。

昨日、サポチガの事業部門会議なるしんどい名前の会議の席上、「市民活動に私は参加しているけれど、人に対してそれを誘う言葉がない」というSさんの言葉が印象に残った。そう、共感が市民活動だけでなく、あらゆるところに透明な壁があって、共感の響きが遮断されているのだと心の中でつぶやいていた。

この共感とは、多数派の日々の思いの共通性に横たわるものではなくて、わきあがる思いに互いが巻き込まれる状態をいうのだ。つまり少数派も多数派もない質的なものだ。

この共感が生み出せる関係を、私は引き寄せたいと考えている。残念ながらSさんではないが、共通性のかけらを拾い集める行いは空虚だ。拾い、「磨いて」みないと真価が見えないのだ。その拾い集めの宝探しの基準が空からの「眺め渡し」によって与えられるのだと思う。

この「眺め渡し」を「展望」とか「予測」といい、それらは知識の世界とつながっていく。「眺め渡し」に没頭するのはあほだが、知識は非現実的と避けるのもあほだ。同じあほにはならないから、踊らないし損だとも思わない。

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朝、ドロノワ倶楽部の陶芸に参加した。素質が無いなあとがっかりしながら、素焼きの小鉢を磨いていた。これから釉薬をつけるのだ。私は夜間傾聴の関係で、朝からの陶芸に参加できないことがあったり、居眠りをしてしまうこともやった。その関係で指導者の方の顰蹙をかっている。素焼きの小鉢を磨いた後、色見本を探りながら、釉薬処理を行った。と、そこに指導者が立ち寄り、奇声をあげた。釉薬のつけ過ぎだった。私の担当者のOさんは、理論派だから、それでも事情を説明してくれた。しかし、どのようにするのかということを定量的には語ってくれなかった。熟練のからむ技能は言葉を媒介にする必然はないし、言葉への翻訳をこばむものがある。だからなのだろうか。

「この釉薬は流れてしまうのです」と語りつつ、指導者がナイフで釉薬の層を削っているのを眺めていた。おそらく次は、今回より予測的な行動をとれるだろう。私と彼とは同じ手元をみて状態を感じ取っている。チンパンジーの母子のジョイント・アテンションの話が浮かんでいたから、やはり素質はなさそうだ。

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父は注意を守って階段をあがらずに茶の間に陣取って一日を過ごした。茶の一杯も飲んだ形跡が無く、食事を待っていた。母はこの「しがらみ」を切り捨てる宣言をしていた。食事は三度、夕食は5時前にと父からいわれたら、一日中食事に支配されてしまう。それに足の世話の件を加えたら、自分がいなくなってしまうと怒った。とにかく茶碗のひとつ下げないし、家事を一切手伝わない。この長年の鬱積が父の体調悪化と同時に、怒りとなって噴き出していた。あんぱんを包装ごとオーブンレンジで焼いてしまう人間である。ただごとではない。結局SECOMの監視に頼ることになったが、人の交渉がなくなれば認知症は加速する。交渉の場をつくれば宗教を振り回すというこまった性格。家族の和解への模索はもう擦り切れていた。

事業部門会議を終えて、駆け足でジャスコで買い物をしてタクシーに乗り込んだ。夕食をだして、パンをかじり、巡回に出た。今回は*****さんの親御さんの話を聴いて帰ったが、さすがにダウン。2時間ほど仮眠。

夜間傾聴はありがたいことに、なし。

今日は女性センターの昼食相談会を済ませたあと、社会的企業の資料回収に県図書館リファレンスにたちよる。巡回は電話次第。


(校正2回目済み)
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