湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

8/29 避難所・地域における回復期と治療支援&保健活動を切り出す (2-21)

2015-08-30 05:48:53 | 地震津波災害ボランティア

2015/08/29 記
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(前回からのつづき)

避難所に入れない障がい者とその家族は、発災時の直後、自分の家族は自分で守らねばならないと危機感を持った。行政に相談し、倒壊を免れた市庁舎の会議室を臨時に世話してもらった。宿泊は無理だという。他の家族も部屋に入ってきた。特別支援校は津波で道がなくなったところを横断しないといけない。電話が通じない。教員の携帯電話を何回かかけたが、中継局故障で通じず、場所を変えて1時間後、メールの応答があった。職員不足で対応できないとのこと。今後は学校にいくと通告してくれた。今晩は、毛布を提供するので車で寝てくれとのことで、避難所の近くの駐車場に車を止めて、一応ひと晩、陣を張った。

自閉症者は環境変化に敏感だ。加えて避難時は生活パターンも、成り行きまかせのところが多くて、描くことができない。最悪の状態がつづく。早く生活パターンを安定させたかったが、その夜、彼は昂奮し自傷行動がでてきたので、ガソリンが続く限り走り続けることで一夜を明かした。

(つづく)

この避難所の話は大規模避難所の話が前提になっているが、中規模・小規模避難所の話が欠けているという感想をいただいた。これについては、次回、福祉避難所の話と両方書いて行く。

 

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私の母の介護の計画を担当してくれるケアマネさんが変わった。先日挨拶にいらしたのだけれど、若いなというのが第一印象。母から要望を聞き取っていったのだけれど、見事にすれ違った。困ったなと母と話している。

母は介護度のサービスは利用していない。長年家族の介護に関わってくると、現在の母に必要なサービスが無いと判断したからだ。母の周辺は次々と亡くなったり、認知症を発症して、気楽に話せる友人が減っている危機感がある。現役自営業者とか趣味の世界の指導者、もと教員というような足は弱まっているが気持ちはしっかりしているというような知り合いが残っただけだ。自立した自分の世界を持っているひとが結局生き残った。母としては自分の世界の話は聞き流されてしまうような不満を持っている。私には社会の階級とか階層が投影されているように見える。

この交友関係の広がりが崩れてきていることから、趣味の世界や出身地の旧友から広がるたての交友(年代差のある知り合い)を作ってきたが、最高齢に祭りあげられる疎外感が伴うという。

地域にそのひろがりを得られないかと、父の存命の頃から、捜していた。先方から近づいてくるのは、宗教関係であり、高額健康食品販売であったり、息が合う関係を求める人たちは絶滅危惧種の感があった。

そこで、老健や特養を通過した父の世話を焼くと称しつつ、施設見学、とくにデイサービスをみてきたが、塗り絵に銭太鼓、唱歌斉唱と下手な書道(母はもと師範だった)、風船とばしに、座席に座った楽な体操、カラオケ演歌と、効能はわかるが全部嫌いなものばかり。帰化高齢者はどうするのだろうと文句を言っていた。ワンパターンなのだ。なにより心身の程度差をわきまえない年寄り扱いをする職員の親切さが無礼にうつっていた。元気ならカラオケ演歌という宴会文化(なんでゆっくりできないの)と家庭事情への深入り以外話題のない同世代利用者は最悪だということは、私も同感だった。

ケアマネさんの問いかけに事情を説明した。きょとんとしている。だって楽しいですよという。しかたなく私が最近の事例で説明した。

母はTVドラマを見ている。しかし、前述の例外を除いて、だれもTVを見ていなかった。就寝時間が20時で起床が5時、録画操作が出来ないせいだとか、最近のTVはつまらない(確かだが)という。見ても歌番組ばかりだった。ドラマの筋が追えないし、内面の機微がわからないんだろうと母は見事に分析した。高級な難しい話をしようというのではない。見ず知らずの「どことかのなんとかちゃん」が「どうしたこうした」という話をするので、寝屋川の子たちと話すと、寝屋川さんって知らないと応答があった。「フナッシーの天敵はばあちゃん」という話で、生放送でフナッシーが高齢者のそばで演技した。すると「中に入っているひと、大変だねえ」といたわって、画面が突然切れてMCの「天敵論」で茶々が入った。この場面理解が出来ないのが嫌だと録画見せられつつ話したのだ。

デイに行っても、つまんないんだとケアマネさんに話した。全く通じていなかった。

母の友人が車椅子生活になって有料老人ホームに入居。ぼけていないが、食道楽。茅ヶ崎市内のおいしいお店でバリアフリーになっているところを知らないかとケアマネさんに聞いた。

昨日電話があって、ファミレスならどこも車椅子OK。悩むことない、センターの職員と話したんですよとのこと。がっかりして返事する気にもならなかったと母は話した。食道楽の意味はB級グルメではないのにと話す。

携帯電話が使えないので、入所とともに疎遠になった方も、在宅サービスを受けていた頃、買い物代行で味噌・醤油と衣料は値段をケチらないでと何べん指示しても、「安かった」とバーゲンものを買ってくる。担当を替えてもらっても同じでうんざりしたと話していた。入所先は同じ茅ヶ崎でも交通の便が悪いところなので、何回もいけないと母がいうので、浜見平の友人の車で送迎してもらい、覘きに行った。初めから終わりまで地獄だとこの方に愚痴られたという。入所者も職員も何も共通の話題がないというのだ。母は近未来を見たらしい。その日、母は能弁で私は仕事中。私はナポレオンには、なれない。両手をあげてお茶にした。

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浜見山の被災犬保護協力を申し出た方から電話が入った。飼遂げる意志があるか問われたという。厳しいですねと言われた。年齢制限も言われ、該当しなかった。70代後半独居が審査に引っかかった。動物愛護の観点、犬の生涯を考えてのことだからと慰めたが、この方の家族の協力は考えられなかったのだろうか、先方のコーディネートの硬さを感じてしまうのだ。

夜間傾聴>ふたり

(校正2回目済み)

 

コメント
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