首里城炎上

2019-11-01 00:00:43 | The 城
沖縄についてのマイナーテーマを書こうと思っていたら、首里城が炎上した。テレビでみた画像は、言い方は不適切かもしれないが「城が燃え落ちる時のある種の美学」を自分の中に起想させるに十分だった。沖縄の象徴ということについては後で述べるとして、自分が生きている間に城が燃え落ちることなどないと思っていた。第二次大戦末期には米軍のB29が天守閣を目標として空襲したので多くの残存天守閣が燃えたのだが、その時は市街地も焼けているので感傷を持つ人もいなかっただろうし、城址を陸軍が使っていたケースも多い。



歴史で有名なのが大坂城。日本最大の城が燃え落ちている。江戸城天守閣も2回も火事に見舞われている。北の庄城(福井城)は柴田勝家、市の夫妻とともに焼け落ち、逃げ延びた市の娘の一人が後に秀吉の側室になり秀頼を産んだことから、ふたたび世は動き出し、関ケ原を経て大坂の陣に至った。

そして、再建のことだが、今はほとんどの人が動転しているわけで、いずれ再建すればいいのだろうが、よく考えた方がいい。○○がなくなったから、すぐに代わりに取り換える、という前に、首里城の存在をもっと市民、県民、国民で考えた方がいい。



「沖縄の象徴」と安易に「象徴」という言葉を使うのはどうかと思うわけだ。憲法の中の天皇制とは違うわけだ。首里城がなければ沖縄には統一感がないのだろうか、あるいは日本国民にとって本土と沖縄の距離を近くしているのか遠くしているのか考えてもいいのではないだろうか。

そこに広場があって、過去にここにあった首里城は米軍と激闘の末、完全になくなったという共同記憶を持てばそれでいいのではないだろうか、とも思う。理念なき再建は愛されない城を作る結果を招きやすい。



ところで、2009年に首里城に行っている。当時の写真を確認すると、向かって左側の屋根の上で工事が行われている。また避雷針もある。



薄い記憶なのだが、展示品にについて大部分がレプリカでオリジナルは県立博物館に保管されていたような気がする。

王冠や琉球王国の印章が展示されていた、印章の画像を左右逆にして解読すると、『琉球国王の印』と書かれている。中国の覇権が明から清に変わった時に明から頂いた印を返して新たに清の国王から認可されている。
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