グッゲンハイム at SHIBUYA

2004-08-10 16:47:35 | 美術館・博物館・工芸品
7044c154.jpg平日11時のグッゲンハイム美術館展は、ちょっとゆったりとした雰囲気が漂うのである。自分のペースで鑑賞できるゆとりと隙間空間がある。

先日も触れたのだが、森美術館のMomaと、Bunkamuraのグッゲンハイム美術館。ニューヨーカーからのクレームが無ければいいのだが有名作も来日中である。
セザンヌ・ゴッホ・ピカソ・シャガールからカンディンスキーへ、そして現代美術へと続いていく必然が時代的に均等に配置されている。
中規模の展覧会だけに、程よく、ちょうどいいというという気持ちになる。絵画もやはり、「生中継」が命であって、デジタルではかなわない世界である。
感想であるが、このレベルであっても、「芸術」とは何かを強く意識しながら精神的葛藤を続けた画家もいれば、余計なことを考えずに自分流で書き続けたミロのような画家もいることがわかる。
何度も壁を突破し、作風を変えていったピカソとミロが同じスペイン人であり、どちらもバルセロナに美術館があるのは偶然なのだろうか。
ところで多くの私設美術館が、個人コレクションの公開から出発しているのに対し(グッゲンハイム美術館もそうである)、このBunkamura、常に展覧会を続けていて方向が異なる(東急グループは五島美術館という東洋美術のコレクションも持っている)。
80年代後半から90年代に、関東でもいくつかの大型美術館が完成している。世田谷美術館(86年)、横浜美術館(89年)、東京都現代美術館(95年)などである。いずれの大型美術館もその建設費だけでも巨額であることがうかがわれる。
残念ながら、その巨大な建物に対して、所蔵品の質は追いついていないように感じる。美しい庭園を眺めながら、コーヒーを嗜むのも美術館での喜びの一つではあるのだが、少し寂しい。

Bunkamuraの活動は続き、その企画力と展覧会の質により、動員力と収益性、そして東急グループへの波及効果に影響が及ぶのだろう。
たいていの美術館では、絵葉書は1枚105円だが、ここでは147円。私の資力では絵画そのものを集めることはかなわないが、絵葉書コレクションだけは数枚ずつ増えていくのである。