言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

言葉の救はれ――宿命の國語113

2006年10月19日 21時39分20秒 | 福田恆存

 福田恆存は、かう言ふ。

「『現代かなづかい』においては、文字はかへつて音韻に不忠實になり、音聲學的にも必ずしも實際の音聲を寫してゐるものとは言へなくなつてしまつたのです。それは現象を寫すに急で、本質を寫しえてゐず、個々の音韻を寫さうとして、音韻體系を寫しえてゐないのです。が、音韻は音韻體系のうちにのみあるものなのです。」

「現象を寫すに急で、本質を寫しえてゐず」とあるのは、たとへば「躓く(つまづく)」を「つまずく」と表記する愚のことである。爪先(つまさき)を突(つ)くのであるから、「つまづく」が語の関連性を保ち、語意において本來的であるのに、それを[ZU]はすべて「ず」にするとひと括りにしてしまつたがゆゑに、さういふことが起きた。「突く」と「づく」との「音韻體系」内の關聯をまつたく無視した結果である。

日本語の音韻は、確かに不安定である。しかし、その不安定な日本語を表記するのに都合のよいのが、不安定な文字である「かな」である。それを音素に分解しても意味はない。

  福田恆存は、かう言つてゐる。

「歴史的かなづかひを習つてきた私たちは、語中語尾の『は行』文字について少しも矛楯を漢字はしませんでした。文字と音とのずれなどと事々しく問題にする氣など起らなかつたのです。」

  同書の別の所では、古代日本人は母音を語中語尾で使へなかつたと記してゐる。「思ふ」は「思う」とは言へなかつた。今でも母音は語頭意外では弱い音でしかないやうだ。たとへば地名を見ても、母音で終はる地名は少ない。東京を「とうきょう」と發音してゐる人は少なく、ほとんどの人は「とうきょー」と拗音(きょ)を長音化して發音してゐるはずである。

 福井や仙臺にしてもそれぞれの末尾音を單獨で發音する時(「イ」)よりも、弱いのは頷けるところであらう。外來語にしても「イタリア」は「イタリヤ」に近づくし、「ロシア」は「ロシヤ」に近づいてゐる。

 「本」といふ言葉にしても、「本も」「本の」「本が」の時の「本」では音がそれぞれ違ひ、m、n、ngと發音してゐるが、音聲學的には母音である。表記はいづれも「ん」であるのにたいして、音は三つもあり、それぞれ後の音に引つ張られて音を變へてゐる。母音が弱いとはさういふ意味である。

 「『現代かなづかい』は個々の音韻に忠實であらうとして、國語の音韻體系そのものを破壞してしまつたのです。うはつらの表音を目ざして、かへつて表音的でなくなつたと言へませう。もし一字一音といふことが望ましいなら、歴史的かなづかひの方がさうだつたと言へる。」

  かう記して、その後に続けて福田は、具體的に國語の音韻體系を示していく。

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「夏の夜の夢」と靖國の空

2006年10月16日 10時12分41秒 | 福田恆存

  東京文京區にある三百人劇場で、シェイクスピア劇「夏の夜の夢」(福田恆存譯・三輪えり花演出)を觀て來た。

  演出は斬新で、戸惑ひもあつた。福田恆存が生きてゐたら、かういふ演出はありえたかな、といふ思ひもあつたが、場内は笑ひが絶えず、喜劇の魅力を十分に堪能できた。もちろん、下支へしたのは、シェイクスピアの作劇術の力であり、福田恆存の飜譯の力でもある。さうした安定した土臺の上に、三輪さんが咲かせた花はじつに華やかで、魅力的だつた。途中15分の休憩を挾んでの3時間弱の芝居に、興奮した。これが三百人劇場に足を運ぶ最後の機會かもしれないが、素晴しい體驗であつた。

  芝居が終はつて、事務局長の杉本了三さんと歡談した。俳優さんの近況、福田恆存の思ひ出、今後のことなど2時間近く御話して、氣が附くと日付が變はる時刻に迫つてゐた。

  久米明さんは、今あるレコード會社から養生訓の録音テープを出す豫定で制作中だと言ふ。それから、小池朝雄さんと福田恆存との間柄(小池さんは刑事コロンボで有名だが、實はシェイクスピアにこそ彼のやりたいことであつたといふことらしい)、また福田恆存は「弟子」といふ言葉を使はれなかつたとのこと、誰にたしても「○○君」「○○さん」といふ風に言つてゐた、など御人柄を感じさせるエピソードをうかがつた。今後のことは、いづれ發表されるであらうから、ここでは書かない。しかしながら、福田恆存が遺した演劇の傳統は、その演劇論とシェイクスピアの飜譯、そして創作劇を通じて、遺つてゆくであらうと感じた。

  翌日、晴れ渡つた秋空の下、靖國神社に參拜した。本殿に入り、お拂ひをしていただき、この國の平安に感謝しつつ、一つの御願ひをした。それは個人的なことなのでここでは書かない。澄んだ空氣が氣持ちよかつた。御遺族の方方と一緒の參拜であつたが、その思ひの深さは所作に表はれてゐるやうに思へた。

  その後、博物館に行つた。靖國神社の歴史と戰爭の歴史とを概觀した展示は、學ぶことが多かつた。私は數年前まで九州に住んでゐたから、西南戰爭での西郷軍の行軍經路を見て、感じることがあつた。人を引きつけ、その人のためになら死んでも良いと思はせる何かが西郷にはあつたのだらう。劣勢の西郷を生命をかけて守らうとした人人がゐたといふことが尊い。「よらば大樹」といふちつぽけな考へしか持たない平成の私たちには、それだけで十分である。

  囘天にこれから乘るといふ青年の書いた親への手紙を見た。海軍大尉水知創一といふ青年である。昭和20年7月16日附の手紙であつた。マリアナ海域にて戰死したといふ。その手紙にはかうあつた。「國家の危機に青年が起つのは當然のことです」と。涙を禁じ得なかつた。私の大叔父も鹿兒島の知覽から特攻隊として飛立ち戰死した。どんな思ひで空に向つたのかは分からない。しかし、私の誇りである。

  博物館の囘覽經路の最後には、來館者が書くノートが置かれてゐた。いろいろなことが書かれてゐた。贊否兩論である。人が死ぬのである、戰爭では。そのことを以て戰爭に反對する、それも見識である。戰爭とは相手があつて始めて成立する行爲である。自國の歴史だけで戰爭を語るな、それも見識である。しかし、正しいことがいつでも良いことであるわけではない。

   今の私には、あの青年の手紙を讀むことが出來て良かつた。日本の歴史を裁斷するために來たのではないからである。

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三百人劇場、最後の公演上演中

2006年10月13日 20時23分13秒 | 福田恆存

御案内が遲くなつたが、福田恆存ゆかりの三百人劇場で、

最後の公演「夏の夜の夢」が上演されてゐる。今月の29日まで。

昴自體は、どうやら存續するやうだが、あの千石の劇場は無くな

つてしまふのは、とても寂しい。以前、私はあの劇場の近くに職

場があつたので、何度も足を運んだ思ひ出がある。惜しむらくは、

福田恆存演出の芝居を一度も見たことがなかつたことだ。

私も、今囘の芝居を觀に行くことにした。ぜひ、皆樣も御出かけく

ださい。

以下の案内は、ホームページより轉載。

チケット予約
 
  料金
  ○一般4900円
  ○男女ペアチケット9200円
  ○シニア(60歳以上)4400円
  ○高校生以下2500円
   ※全席指定/高校生以下は当日学生証提示
   ※男女ペア、シニア、高校生以下のチケットは昴チケットコールのみ

  チケット予約
  ○昴チケットコール 03-3944-7071
  ○電子チケットぴあ 0570-02-9988(Pコード369-808)
  ○ローソンチケット 0570-000-407(Lコード35827)
  ○e+(イープラス) http://eplus.jp (パソコン&携帯)

 
  お問合せ
  ○劇団昴 三百人劇場 03-3944-5451

 
  Webチケット予約
   チケットフォームへ進む

  ○10月8日(日)、21(土)終演後に
  出演者と演出家を交えたポスト・ショウ・トークを行います。
  ○10月15日(日)終演後に視覚障害者のための
    舞台説明会を行います。

三百人劇場閉館のお知らせ


三百人劇場は平成18年12月末日をもって閉館いたします。
昭和49年4月の開館以来、長い間皆様の御愛顧を賜って今日に

至りましたが、三百人劇場は老朽化の為、閉館することになりま

した。

この間、私達の劇場にお寄せくださった数々の皆様の御好意に

対して厚くお礼申し上げます。


 
10月
 ・夏の夜の夢  作/ウィリアム・シェイクスピア訳/福田恆存  

4月15日[土] 5月6日[土]
 ・三百人劇場映画講座
野村芳太郎レトロスペクティブ
サスペンスだけではない百花繚乱の野村ワールド30作品以上を上映!
■お問合せ 三百人劇場 03-3944-5451

これからもよろしくお願い申し上げます。


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言葉の救はれ――宿命の國語112

2006年10月12日 20時37分46秒 | 福田恆存

前回、長々と金田一京助の文章を引用したが、「知識人」特有の、その持つてまはつた言ひ方を見て欲しかつたからである。「言語の歴史性へと観入させる」ことが、自分一人の國語學でできると思ふ傲慢ぶりもさることながら、自分だけが「言語の大綱」を知り、「規範意識」に「囚われ」てゐないと考へてゐる無知加減には呆れてものが言へない。學者が學者であるためには、自分がその専門分野について何を知らないかといふことを知つてゐなければならないはずだ。知つてゐるからこそ、學問全體のなかでの自身の研究内容の位置づけができ、新しい研究テーマを發見することができるのではないか。それを「言語の大綱」を知つてゐるのであれば、後世の学者は何もしなくて良いといふことになる。恐れ入る。

しかしながら、もちろん「言語の大綱」など知つてゐるはずがない。ましてや、その誤解に基づいて、現在の國語のあり方を云々するのはもつてのほかである。

「言語の永遠の變化」は數百年の單位で訪れるものなのであつて、己れ一人のわづかの知見と一世代にも及ばない數十年といふ短い時間の流れとによつては、言語の變化を起こさせてはならないとするのが、正統な國語學の立場である。

音韻が曖昧、不安定であれば、表記で私たちの國語の傳統を守る労をとらなければならない、それが國語にたいする正しい姿勢である。福田恆存の姿勢とは、まさにそれである。

「依然としてかな文字は私たちの不安定な音韻を表記するのに最もふさはしい文字であり、歴史的かなづかひはさういふ國語音韻の生理に最も適合した表記法であると言へます。つまり、歴史的かなづかひが表音的でないことに不平をもらすまへに、人々はまづかな文字が表音に適さぬことに不平を言ふべきであり、さらに溯つて、國語音韻そのものが表音を拒否してゐることに著目すべきであります」 

 まつたくこの通りである。かなは發音記號でないのだから、表音的でないことに目くじらを立てても詮無いことである。それに、そもそも文字とはどの言語でも發音記號ではない。不平を持つ學者たちが手本とした歐米の言語でさへ、發音記號ではない。そして、一見表音文字のやうに思はれる隣國韓國のハングル文字も、陽陰を中心としてきはめて整理された表記の體系をもつてゐるが、發音記號ではない。

 文字は、文字で獨立した體系をもつてゐる。それで良いではないか。ちなみに手元にある『新編国語要説』(鈴木真喜男・長尾勇著、学芸図書)といふテキストには、かうある。

「音声は生理的現象であり、表象は心理的現象であって、本来、本質的には、まったく異なる次元に属する。この二つの現象が発生的には恣意的に連合したところに言語の成立があり、かつ、この点に言語の本質がある」

「恣意的に連合」といふところは、いささか氣になるが、音と文字との關係については、正確に捉へた指摘である。

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松原正論――政治と文學主義

2006年10月10日 18時27分14秒 | 日記・エッセイ・コラム

  何だか、このブログが騷がしくなつてきた。きつかけは、私の書いた「松原正論の註」である。どうもその書き方があるいは語句の使ひ方が御氣に召さないやうで、ずゐぶんと御叱りを受けてゐる。ちなみに、今日の朝日新聞によれば、かういふ現象を「炎上」と言ふさうで、小さなボヤ程度だが私には初體驗で驚いてゐる。「氣に入らない」といふ感情が先走つてどうにもやり切れないが、かう書くとまた「感情が先走つて」ゐる證據を見せろと御叱りを受けさうだが、もう御答へしない。讀者に判斷は御任せしようと思ふ。

  けれども、私は決して今囘の「炎上」を「空しい」とは思つてゐない。私に反論した方の中には、「空しい」と感じ始めた方もゐるかもしれないが。私は收穫をずゐぶんと得た。松原先生の著書に「戰爭はなくならない」といふものがある。人間が理想や正義を捨てられない限り、それを實現するために「戰爭はなくならない」といふ意味だと私は理解してゐるが、全くさうだと思つた。そして、それと同じ意味で「炎上もなくならない」だらうと思ふ。それぞれに理想があるからである。一つの論爭が終はる時とは、互ひに力盡きた時か、あるいは紙面を提供してくれる媒體がなくなつた時のいづれかであらう。だが、ここはブログである。締切もない。續けようと思へばいくらでも續けられる。

   ただ私はもつとその炎上の舞臺を大きくしたいと思ふ。未だ松原正論の「註」にすぎないのに、それで火消しに廻らなくてはならないほど私は暇ではない。言葉が言葉を呼び、次次と話題が變はつてゆく、誰が名附けたのか「炎上」とはうまい表現である。たぶんその時各人が自分の理想を追ひ求めてゐるのであらう。いづれの發言も一所懸命である。説得しようといふ意識が前面に出てゐる。その道徳的心意氣が、どうにも道徳的である。「道徳的な、あまりに道徳的な」である。「道徳主義」と言つても良い。こんな私の「註」にである。大げさだなと思ふことしきりである。

   そこで、「にもかかはらず」は終へることにした。どうせなら、本文の「松原正論」の方で「炎上」してもらひたい。

   信奉者の方からすれば、「飛んで火に入る夏の蟲」かもしれないが、行き掛かり上、もうそれを始めようと思ふ。ただ、準備不足を言ひ譯にはしたくないので、しばし御時間をいただきたい。タイトルだけは決めた。「政治と文學主義」である。

  その中で、批判を下さつた方への御答へをして行きたいと思ふ。「言葉の救はれ――宿命の國語」もまだまだ續けてゆくつもりなので、ずゐぶん遲遲とした歩みとなると思ふけれども、それでも宜しければどんどん御批判をください。

コメント (32)
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