言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

古書店巡り

2016年07月23日 08時29分56秒 | 日記

  先日上京した折に、久しぶりに神保町を散策した。この街を毎週のやうに利用してゐた時期もあつたが、今は足を運ばなくなつた。一つにインターネット古書店の充実がある。文庫本や発行時に部数のかなり多かつたものなどは、すぐに見つかる。ある程度の金額であれば、送料が無料になるサービスもあつたり、300円ほどで送つてくれるところが大半だつたりする。重い物を持ち歩く必要がない。そして何より検索といふ機能である。かつては神保町を1日歩いて収穫なしといふことがあつた。それがネットの検索なら一瞬である。気持ちの整理はパソコンの前ではなかなかつかないから、神保町を歩き回つた方が諦めはつけやすい。だが、瞬時の検索はそれ以上の魅力である。しかもリクエストを出しておけば、本が見つかると知らせてくれる。こんな便利なものはない。

 

 

  古書店街は苦境であらう。事実、古書店街も以前とは変はつてゐた。メインストリートの店には飲食店になつてゐたところもあつたし、DVDショップになつてゐたところもあつた。寂しいといふのとは違ふが、街の変化が気になつた。

  古書店もそれぞれにインターネット上に店を持つてゐる。実際の店には今までとは違ふ意味が出て来てゐるのだらう。掘り出し物を見つけるといふ喜びは健在である。事実、歩き回つて楽しかつた。かつての喜びが蘇つたやうに感じたので、また神保町巡りを再開したい。

 

 

 

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