双葉郡川内村下川内毛戸(ふたばぐんかわうちむらしもかわうちもうど)にある富岡川水系の毛戸ダムに来ました。アクセスは前回の萩ダムから南東方向に進む道を行きます。そして独特な形をした湖のところが毛戸ダムです(説明が難しい)。
ダムへ通ずる道にそれを示す看板などはないので入口を探すのは難しいかもしれません。ウロウロしながらなんとかダムの左岸に到着しました。これがダム上の道になります(未舗装路)。
しかし周囲には案内板などは見当たりません。ふと見れば階段がありました。何かあるかも。登ってみます。
予想はピタリ的中。「毛戸ダム」と刻まれた縦長の石碑がありました。1966年1月竣工だそうです。
その裏には建設の経緯が記されています。転記すると
「此の毛戸ダムは所謂 代行開墾建設事業として上岡地區七十町歩の開田用水源とし計画され国県及び川内村地元既存農家の理解ある協力により昭和二十六年(1951年)工事に着手し 一時中断したが昭和四十一年(1966年)三月見事完成したもので これが富岡町の開発に果たす役割は大きいものと確信される
今こゝに毛戸ダムの竣功を記念し碑文とする
昭和四十一年四月 福島県双葉郡富岡町長 山田次郎」
う〜ん、石碑の表には1966年1月竣工とあるのに、裏の記述では同年3月完成となっていますね。実にナゾだ。
まあ、ともかくここが毛戸ダムであるのはハッキリしました。では、ダム上を進んでみましょう。アースダムの下流側の斜面はこんな感じです。
その遠景はこんな感じ。
一方、貯水側の景色はこんな感じです。
対岸(だとその時は思った)に来ました。振り返るとこんな景色です。
しかしこの手のダムには必ず余水吐があるはずなのにそれが見当たりません。どういうことなんだろうと訝しく思いつつ、その先の道を進んで見ることに…。
しばらく行くと、道沿いに屋上部分が見晴台になっている建物が。
その屋上から見た貯水池の景色がこれです。
ほぉ〜、良い眺めじゃん。いやいや景色を満喫してる場合じゃありません。余水吐を探さないと…。
さらに道を行くと、ありました、ありました。やたら間口の広い余水吐が!写真ではちょっとした広場のように見えますが、これこそ余水吐なんですよ!
そして、この橋の下が排水路になっていて(写真にはワシの指が写っちゃってます。すみません)、
水はここを流れていきます。車両が交互通行できるくらい幅広いのでビックリ。
もっとも、増水時にはこれくらいの排水路でないと溢れちゃうのかもしれませんね。
ダムへ通ずる道にそれを示す看板などはないので入口を探すのは難しいかもしれません。ウロウロしながらなんとかダムの左岸に到着しました。これがダム上の道になります(未舗装路)。
しかし周囲には案内板などは見当たりません。ふと見れば階段がありました。何かあるかも。登ってみます。
予想はピタリ的中。「毛戸ダム」と刻まれた縦長の石碑がありました。1966年1月竣工だそうです。
その裏には建設の経緯が記されています。転記すると
「此の毛戸ダムは所謂 代行開墾建設事業として上岡地區七十町歩の開田用水源とし計画され国県及び川内村地元既存農家の理解ある協力により昭和二十六年(1951年)工事に着手し 一時中断したが昭和四十一年(1966年)三月見事完成したもので これが富岡町の開発に果たす役割は大きいものと確信される
今こゝに毛戸ダムの竣功を記念し碑文とする
昭和四十一年四月 福島県双葉郡富岡町長 山田次郎」
う〜ん、石碑の表には1966年1月竣工とあるのに、裏の記述では同年3月完成となっていますね。実にナゾだ。
まあ、ともかくここが毛戸ダムであるのはハッキリしました。では、ダム上を進んでみましょう。アースダムの下流側の斜面はこんな感じです。
その遠景はこんな感じ。
一方、貯水側の景色はこんな感じです。
対岸(だとその時は思った)に来ました。振り返るとこんな景色です。
しかしこの手のダムには必ず余水吐があるはずなのにそれが見当たりません。どういうことなんだろうと訝しく思いつつ、その先の道を進んで見ることに…。
しばらく行くと、道沿いに屋上部分が見晴台になっている建物が。
その屋上から見た貯水池の景色がこれです。
ほぉ〜、良い眺めじゃん。いやいや景色を満喫してる場合じゃありません。余水吐を探さないと…。
さらに道を行くと、ありました、ありました。やたら間口の広い余水吐が!写真ではちょっとした広場のように見えますが、これこそ余水吐なんですよ!
そして、この橋の下が排水路になっていて(写真にはワシの指が写っちゃってます。すみません)、
水はここを流れていきます。車両が交互通行できるくらい幅広いのでビックリ。
もっとも、増水時にはこれくらいの排水路でないと溢れちゃうのかもしれませんね。
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