古墳の発掘(森浩一著)

2019-10-02 00:00:00 | 歴史
実は、古墳の本を何冊か読んでいる。約50年以上前の本なのだが、奇妙なことに古墳の発掘というのは、土地開発のブームと同時に進展するようなことになっている。



50年以上前というのは、東京五輪を起爆剤として、高速道路や、新幹線、団地開発、工場の地方分散などが起きた時代で、古墳のことなど気にせずに開発図面が先に合って、工事の都合で大急ぎで、お金をかけないでサッサと発掘調査していなくなってくれ、というようなことが多く、数少ない研究者が現場に数日いて、埋蔵金発掘のように土を掘って、大慌てで走り回ることになっていたようだ。

社会の関心も薄く、何か金目の物を目当てに掘っているかのような誤解があって、本来は古墳時代の歴史や文化を解き明かそうというのだから、埋葬品の場所とか石棺の形状とか時間を掛けて調べる必要があっても、人も金も時間もない中、研究者にできることは限られていたそうだ。写真が掲載されているが、堺市の湯山古墳が解体される途中で、切り崩された山から横穴式石室が露出している。土地は埋め立て用、石は栗石として砕かれて新幹線や道路の敷石になり、平らにされた土地はディベロッパーが宅地にする。写真に写っているダンプカーの会社は、現在も存在する。皮肉なことに仁徳天皇陵に接したような場所に会社がある。まあ、土建屋には責任はないだろうが。



当時、破壊を免れた古墳というのは、天皇陵と思われる古墳で、国が管理するものであるのだが、最近の研究では、天皇陵ではないというものも含まれる。逆に言うと、天皇陵と思われていなかった天皇陵は破壊されているかもしれない。

いずれにしても、誰が埋葬されたにしろ古墳は墓地なのだから、墓地を整地してしまうということのわけだ。



また、仁徳天皇陵の南には履中天皇陵があるのだが、そのすぐ南にあった大塚山古墳という大規模古墳は、完全に破壊された日本最大の前方後円墳ではないかということらしい。現在の地図をみると、後円にあたる部分の道路が円型のカーブ上になっていて、完全に崩さないで傾斜を残して住宅地にしたことがわかる。住民が古墳の上に住んでいることを知っているかどうかは不明。

破壊された古墳の数は、数えようがないそうだが、おおざっぱに言うと、残っている古墳は数で言うと数パーセントということらしい。いまさら百舌鳥・古市古墳群が世界遺産とは、ばちあたりな話のようにしか思えない。

破壊が進んだ一つの原因は、古墳を所有しているのは大部分が個人であったわけで、土地の単価は墓なのだから格安のわけだ。すなわち高く売れるならすぐにでも手放したいわけだ。結局、土地の所有者が転々として100倍になるわけだ。そこに目をつけたのが総合商社の〇ということらしいのだが、実は、全然関係のない分野でその〇社で顧問をしていた人物の名前がでてきたのだ。万能のドンみたいなのがいたようだ。

なお、この本は、全体の半分が「古墳の破壊の話」で残りが「学術的な話」なのであり、そちらも専門的なことをわかりやすく書かれているわけだ。

といって、これから自分で古墳研究を始めようということではないわけだ。こどもの頃から土遊びは好きではなく、どちらかというと木登りの方が好きだったのだが、木登りの先に学術を見つけらなかったわけだ。
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