漢字の運命(倉石武四郎著)

2013-12-19 00:00:25 | 書評
kanjinounmei漢字のことを調べていたら、20世紀の初頭に、今では考えられないようなことが中国で進んでいたことを知った。さらに日本でも真剣に考えられていたようだ。

本書の著者の倉石武四郎さん(1997-1975)は、中国語学者で、東大・京大で学んだ後、戦前の北京にも在住し、日中学院も主宰していた。

この著で論じられる「漢字」は、主に中国での漢字のことである。つまり、表音であり表意である中国の唯一の文字のことである。日本では文字としては、漢字、カタカナ、ひらがなにローマ字まで使って表現するが、なにしろ中国では7万種類もの漢字を使ってコミュニケーションするのだから大変だ。「すべての漢字を知っているのは辞書だけだ」というのが正しい(というか、日本もそうだろうが、漢字がわからなければひらがなで書けば意味は通じる)。

そして、20世紀の初めの中国では8割の人が文盲で、このため日本や西欧に対して近代化が遅れた、と考えられていたようだ。本著の倉石さんも同様の意見を持っていて、おそろしいことに、難しい漢字を廃止し、読み方にしたがった表記をすべきだ、という固い決意を持っていたようだ。

そして、代替文字としてはABCDを使おうということで、中国国内の国論は決まっていて、何度も会議が行われていたようだが。もともと中国国内の発音(方言)の差が大きく、表記がまとまらないということになっていたようだ。

そして、その後、中国は混乱。むしろ朝鮮半島の方が先に漢字を捨ててしまった(実際には読めないと困るので、みんな知っている)。

先生は、日本語もローマ字に統一するように主張するが、よほど漢字にコンプレックスがあったのだろうか。実際には、文字と文盲率に相関関係があるのかどうかは微妙な問題で、文字の質の点でいえばもっと難しい日本では、文盲率は皆無に近いだろうし、単なる28字の表音文字のアラビア語圏の文盲率は、きわめて高い。

本書の中でも、福沢諭吉が「二千程度の漢字を必須としておけばいいのではないか」と主張していたことを記載されていて、結局は福沢の慧眼力に感心することになる。彼の言うとおりになっていれば漢検3級であり、古代中国に近づこうとするものは、漢検1級にチャレンジすればいい、ということになる。

実は、その福沢諭吉だが、2013年12月12日付「大阪の医学のあゆみ」の中で、緒方洪庵の弟子だったことを書いたのだが、その後、緒方洪庵のことをもう少し調べていると、実のこどもが13人(内4名は早世)もいたにもかかわらず、優秀な弟子には「緒方」という姓を与えていたそうだ。政治家の緒方竹虎氏の先祖や国連の緒方貞子氏の御主人の先祖なども、その緒方拝命組のようだ。

となると、弟子なのに緒方を認めてもらえない諭吉はそれほど緒方洪庵からは高く買われていなかったのだろうかと推論することになるが、弟子は師匠を超えていると内心思っていてノーサンキューしたのかもしれない。


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