千代田区のルーツ

2012-06-03 00:00:27 | 美術館・博物館
千代田区立日比谷図書文化館は、もとの都立千代田図書館。耐震工事を続けていて、何ヶ月か前に改装オープンした。

その1階には常設展示館があり、東京の歴史について数万年前からの解説が書かれている。

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どうも2万5千年前には、東京湾は全部陸地だったそうだ。氷河期が終わり、地球が温暖化して海が広がって東京湾が形成されたようだが、当時は荒川区あたりまで海だったようだ。皇居のあたりまで貝塚があるそうだ。南太平洋の小島に漂流して住んでいた民族などは、仕方なく丸木舟に乗って太平洋漂流の旅に出たのだろう。

そして、日本のどこにでもあるような縄文対弥生の戦いがあって、国家統一の波に飲み込まれていく。君が代の時代になっていったわけだ。

その後、太田道灌の話になっていくのだが、彼は江戸に強力過ぎる城を作ったため、主君から疑われて、滅ぼされてしまう。その後、江戸は小田原の北条家の傘下に入るのだが当時の千代田区はどうもぐちゃぐちゃの地面だったようであまり出土品は多くないようだ。(椎名誠によれば、神田のあたりは、死体遺棄場になっていて、そのまま鳥葬、獣葬、風葬という感じだったそうだ。霊感スポットである。)

そして、展示室は江戸城物になり町人文化コーナーになり明治に至るのだが、そのあたりは、江戸東京博物館に行った方がいいのかもしれない。ここの100倍以上の規模だからである。
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夢の中の将棋

2012-06-02 00:00:19 | しょうぎ
itotaniフリーペーパー「駒doc.」2012年春号を読んでいたら、新連載!「回答真摯」というコーナーがあった。「真摯」なんてコトバを知っている人が、この雑誌を読むのかなという大疑問はあるのだが、棋士が質問に答えるコーナーらしく、第一回は糸谷哲郎六段が登場。

いくつかの質問の中で、将棋の夢を見るか、という設問があったが、

「対局よりも対局に遅刻する夢が多い」とのこと。それは、将棋の夢じゃなくて遅刻の夢でしょ。誰でも遅刻の夢は観るのだけど、遅刻常習の人は、たぶん遅刻する夢は見ないのだろう、と想像できる。会社がフレックスタイムだと、遅刻の夢なんかみないのだろうね。

「詰将棋を見る夢はもありますが、大抵どうやっても詰まない詰将棋ばかりです」
「作る夢もありますが、抜け道があったり、角や飛車が3枚あったり」

たぶん中原誠元名人のような超楽観主義者は、負ける夢とか見なかったのだろうなと思うのだが、今はどうなのだろう。


ところで、自分でも時々は夢を見るのだが、一度、羽生さんに勝ったことがある。ただし、秒読み時間切れでだ。詰将棋を作る夢は時々見るが、筋と言うよりも、いい筋の詰将棋ができた!という幸福感だけを頼りに。なんとなく作り直してみることがある。


さて、5月19日出題作の解答。

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動く将棋盤は、こちら

本日の出題は、軽作。

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わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評いただければ正誤判断。
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差出人戻し(ディック・クラスター)

2012-06-01 00:00:54 | 市民A
sasidasinin1ミステリである。実は、結構ミステリ本を持っている。一時、大量に読んだ時期があった。多くの文庫本は散逸したが若干残っている。これを再読してみたのだが、驚くことに何一つ覚えていない。1993年発行となっていて19年前に読んだのか、買ったのに読まなかったのか、それははっきりしない。それを何とか思い出すのが最大のミステリなのかもしれないが、読んだことがあるのかないのかの痕跡、あるいは記憶は見つからなかった。

思うに、本にしろ映画にしろ記憶のかなたに飛んでいくのなら、ミステリーを100冊とか007シリーズDVDボックスとか買って、周期的に何度も読んだり観たりすれば、非常に割安なのかもしれない。

さて、本の中身だが、要するに平凡な一人の男が、ある日突然に事件に巻き込まれて入って、殺人事件に巻き込まれていくというパターンである。舞台はアメリカからベルリンに移るのだが、果たしてその事件の本質は、スパイ物なのか、企業資金横領なのか、政治資金の流用なのか、あるいはその他。

ところで、小説ではなく実話として、そういう事件を思い描くと、ある日、網棚に置いたバッグを持って駅を出たところで、バッグが他人の物であることに気付き、バッグを開けてみると、その中には、・・・

といった感じで書き始めて、バッグの中身を国家機密にしたり、現ナマにしたり、オザワ先生の名刺入りの紫の風呂敷とか、各種いくつかのミステリが書けそうだ。

sasidasinin2そして、作家のディック・クラスター氏だが、『大型新人』と紹介されているが、その後、活躍したようには聞いていない。
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政治ショー三幕

2012-05-31 00:00:09 | 市民A
本当は、スペイン国債やイタリア国債の利回り上昇による国債ドミノゲームの方が重要テーマと思うが、国内での政治ショーが三幕あった。

まず、河本準一氏吊るし上げショー。

なんで、一般論の議論ではなくちょっと小賢いだけの小心者の一国民である河本準一氏が吊るしあげられたのか。だいたい所得がいかに多いと言っても、彼の才能であと何年この職業を続けられるかわからないではないだろうか。どうみても明石家さんまになれる訳もないだろう。金持ちという一般的カテゴリーからは、はずれているように思うし、これからの世界って、5割の仕事をしないで何らかの生活保護を受ける人と4割の普通の人と1割の高給取りのクリエーターというような構成になるのではないだろうか。スマホを見ている人は多いけど、コンテンツ作れる人はほんの一握りだし、高級レストランで料理を作る人とそれを食べる人とファストフード店に並ぶ人みたいな関係で、少数の「クリエイティブな人」が高給を得、税金をたくさん払い、単に「おカネを使う人」に政府(税務署)を経由して再分配するような社会になるのではないだろうか。


菅直人吊るし上げショー

どうも、彼をバッシングする人たちの気持ち(動機)がわからない。別に彼を支持するわけでもなく、今更ながら他者の批判をする態度もいかがとは思うが、原発事故の結果としては、ほぼ同じようになったのではないだろうか。

表現はともかく、現場から当事者の東電が逃走することは防いだし、避難地域が広過ぎたという批判は、後知恵もいいところで、放射性物質拡散範囲は当時の風向きの結果の話であって、風向きが変われば安全が危険に変わるわけで、半径で避難地区を決めたこと自体がおかしな判断とは思えない。

また、彼の「原子力ムラ批判」には正鵠を突いている部分も多いと思うが。


そして、小沢×野田戦。

一本勝負なのか三本勝負なのか、デスマッチなのかはよくわからないが、小沢氏の発言要旨を読む限りは、消費増税がノンなのではなく、順番が違うといっているだけで、野田首相が歳出削減案をいくつか打ち出し顔を立てれば、10%が通ってしまうのだなあと思うわけだ。

注目すべきは、増税時に行うかもしれないと言われている軽減税率について小沢氏から提案がなかったようだが、まあ、軽減税率って脱税の入り口みたいなものだから、やめた方がいいと思う(節税の専門家の小沢氏も勧めていないし)。また、教科書的な「消費税は逆進性がある」かどうかには少し疑問がある。というか、果たして消費者は税金を負担するのだろうかということもある。低価格品の場合、中間流通段階ですべてかぶってしまい、税率%分のマージン低下というだけじゃないだろうか


次の政治ショーはエジプト発かもしれない。結果は想定されているようで。ショックは少ないかもしれないと思っている。
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転倒感覚

2012-05-30 00:00:04 | 市民A
眼科に行った。コンタクトの処方箋を書いてもらうため。日食で視力がなくなったわけじゃないが、本当は、その後、右眼の視力が落ちたような気もするが、新聞情報では眼科に行っても治らないと書かれているので、とりあえず視力検査を参考にすることにするが・・

待合室に小冊子がいくつかあって、そっと手にしてパラパラと。一冊目は「遠視と老眼」。遠視と老眼が全く別物であることが書かれているが、実際にはよく理解できない。どうも、遠視はそれ自体が問題らしいが、老眼は病気じゃなく老化ということらしいが、あえて深く理解しないことにする。

次に「近視のはなし」。まあ、近視になるのは多くは10代の頃らしいが、自分が近視になったのは30歳位の頃。ちょっと眼が悪くなったころにメガネ屋に騙されたのかもしれない。


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で、その冊子の中に、眼で物が見える原理の絵があるのだが、カメラと同じようにレンズによって、上下左右が網膜上には逆に写っているそうだ。その逆映像を、すべて逆にして脳が認識しているそうだ。

というのは、実に不思議な話で、たぶん、生まれた時から直ぐに逆に認識できるようになっていて、トレーニングとかの結果ではないのだろう。逆というのは要するに画像を180度回転した状態なのだから、二日酔いのベッドの中みたいな見え方なのかもしれない。

哺乳類にも、爬虫類にも、鳥類にも魚類にも同じような仕組みの眼球があるのだから、この「すべて見えたものの逆にイメージできる能力」というのは、何億年も前からのことなのだろう。もしかしたら、昆虫なんかは違うのかもしれない。

将棋などのゲームでは、相手の指し手を想像する時は、上下左右が逆になったりするかというと、そういうこともないが、プロ棋士なんかは、自分が反対側に回って指すように見えるのだろうか。

ところで、冊子には書かれていないが、人間の目は画素数が百万画素程度だそうで、既にデジタルカメラの方が上をいっているらしい。それに、物を見るって、そういうことじゃないのだと思うわけだ。見えたものが脳をどのように刺激するかということじゃないだろうか。

そして、やや気になっていた右眼の度数だが、半年前より改善していた。左眼の方は変わらない感じだ。度数が改善したのは、もしかして・・
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シベリウス交響曲第4番(マゼール)

2012-05-29 00:00:00 | 音楽(クラシック音楽他)
s41991年にピッツバーグ交響楽団をマゼールが指揮し、ディジタル録音。

なぜ、この一枚を聴いたかには大した意味がない。最大の理由は、ピザの配達を頼んだところ、30分後ということで、その30分間の有効活用だった。特にシベリウスの意味はなく、CDジャケットのマゼールの快活な表情がピザと赤ワインといった連想につながったのかもしれない。

ただ、実はシベリウスの交響曲第4番は、この表情とは無関係な「不安」な楽曲である。静寂の中から、どこからともなく始まる第一楽章は、ただただ暗い。さらに第二楽章も第三楽章も第四楽章も、いずれも人間の心の中の不安をテーマにしているようにも聞こえる。

思えば、シベリウスは、ベートーベンやモーツアルトやチャイコフスキーなどの大作曲家時代の後に登場。ヨーロッパの戦争の不安の中を生きていた。さらに、自分はガンに侵されていると勝手に思い込んでいたそうだ。すべての不安を背負い込んでいた作曲家だ。

思えば、日本でも「ばくぜんとした将来の不安」を感じていたのが、シベリウスの27年後に生まれ、30年後に35歳で自殺した芥川龍之介だ。


そして、漠然とした不安というのはバブル崩壊後の日本にこそふさわしい感情だったのだが、実は、大震災以降、その不安の正体が徐々に明らかになる。

高度成長を支えていたのは原発が作り出す電気エネルギーだったのが、その危険性に真剣に気付いていた人間は極めて少ない。第一、地震が来るということだって信じていなかった。

今はそれぞれが、漠然とではなく明確に不安の正体を突きつめたところである。

さて、ピザが届いた。
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久留里線の混合編成

2012-05-28 00:00:03 | たび
アクアラインで川崎から木更津へ抜けて、さらに、そのまま圏央道を10分ほど走ると、突き当りになる。木更津東ICである。この先、工事中だが、成田空港につながる予定。

この木更津東ICから降りるとT字路で、右に曲がると1分足らずでセブンイレブンがあり、大きな駐車場で車を降り、店舗に入ろうと思う瞬間に、裏手に列車の気配を感じた。

JR東日本久留里線下郡駅である。撮影しようと思ったが、あいにくポケットには低画素数の携帯電話しかない。こういうものでも写真家のプロはあらかじめ、さまざまなシチュエーションでの撮影方法を研究しているのだろうが、これからガイドブックを読むわけにはいかない。敷地のフェンス越しに、撮影してみた。

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撮り鉄家ではないので、そこで見たことしかわからないが、単線のディーゼルで、二種類の車体が混じっている。3両編成。北海道なんかでは一両で走っている場合もあるので、利用者は多いのだろうか?とか・・

ところが、この記事を書きながら調べてみたら、ちょっと訳ありのようだ。

この先頭のクリーム色とレッドの国鉄カラーの車両はキハ30型。そして後ろに繋がるのがキハ37型という車両で、どちらも超レア車両らしい。もはや数台しか日本に残っていないようだ。

そして、昨年の冬に、これらの車両についに「定年引退の時」が言い渡されたようだ。

 
久留里線新型車両の導入について(PDF)


ハイブリッド型ディーゼル車両へ置き換わるようだ。なにしろ燃料の軽油は高い。そして、車両重量が重いということで、逐次線路の改良工事や安全設備の設置が進められているようで、結果として「撮り鉄屋」の撮影ポイントが、どんどん失われていくそうである。

というか、撮影ポイントが少なくなればなるほど、撮影の欲望が高まるのがマニアというものなのだから、まったく同情しないけど。
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悠久の美(出光美術館)

2012-05-27 00:00:22 | 美術館・博物館
yukyu1有楽町の出光美術館で開催中(〜6月10日)の『悠久の美』へ。

悠久とは中国4000年の歴史というのだが、本当に4000年の歴史なのかどうかは、よくわからない。文明のはじまる前には石器時代があり、ある時期に統一政権が興り、中央集権的に文明および文化が始まったのだが、現在わかっているのは「夏」「商(殷)」「周」という順番で、「夏」以前は不明だ。(もっとも日本なんか、遠い過去の政権のことなんかまったくわからないし、去年の政権のことすら、記憶があいまいだ。逆に米国は、大統領が替わるたびに、建国の精神に戻ろうということを言い出す)

yukyu2そして、この夏・商・周の三王朝を「三代」という。(三代という言い方で、もっと後世の王朝を3つ束ねていうこともある)

それで、本展では、主に室町・江戸時代に中国大陸から流入してきた「からもの」と呼ばれる主に唐の時代以降のオタカラ類を数々見せた後、それらの減流として「三代」への回帰があったとしている。

そして、三代の特徴としては、素材が青銅製であること。そして、玉といわれる石材。

実際には、鉄や木材も使われていたのだろうと推測できるが、長い年月の末、朽ち果てたのだろう。造形的には、唐時代以降は、青銅器で作られた古来の造形を、陶器で焼き直すという作業が続けられたようだ。古いものを大切にしようという概念が当時の中国人にはあったのだろう。

yukyu3そして、思えばそれらの古典的な形を模した壺や皿や茶道具は、その後、中国だけではなく朝鮮半島や日本列島での造形に大いに影響を与えているのは確かだ。

ただ、日本人(及び朝鮮半島人)は、ごちゃごちゃとしたデザインを好まず、あくまでもツルっとした触感をもって、極上と考えたのだろうと思っている。
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門脇芳雄氏ご逝去の報

2012-05-26 00:00:21 | しょうぎ
全日本詰将棋連盟元会長の門脇芳雄氏が5月17日にご逝去されたそうだ。享年78歳。2年前の脳梗塞以降、再起できなかったようだ。



実は、書棚にある『詰むや詰まざるや』および『続詰むや詰まざるや』は古典詰将棋を門脇氏が編集・解説したもので、奥付けをみると初版が昭和50年12月、三版が昭和53年7月になっている。「無双」と「図巧」を両者とも収録している。当時は、この2作に触れるには、この本を買うところから始まるようなところがあった。

今となってはよく覚えていないが、本を買ってから、開くまで10年以上かかったような気がする。


さて、5月12日出題作の解答。

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▲5二銀打 △4二玉 ▲1二飛成 △3三玉 ▲3二竜まで5手詰。

なんとなく、可能性の低い方の手に、どんどん進んでいくといった感じで作った。余計な御世話だが、初手を▲5二銀と「打」を付け忘れると不正解。3手目は▲1二飛不成でもいいが、その場合は最終手で▲3二竜と書くと不正解。

動く将棋盤はこちら


今週の問題は、先週に続いて「王飛金金香歩歩」の握詰めボツ作。

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先週作よりは複雑だが、終盤で玉方の変化同手数がある。結局、縦方向ではなく横展開作を作り、ポストに投函。

わかったと思われた方は、コメント欄に最終手と手数と酷評を記していただければ、正誤判断。
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南極料理人(2009年DVD)

2012-05-25 00:00:24 | 映画・演劇・Video
この映画を見るまで、南極の日本基地は「昭和基地」だけだと思っていたのだが、そこから南極に1000キロ進み、南緯77度19分01秒に位置する「ドームふじ基地」のことは知らなかった。そこには、ペンギンもアザラシも住めないし病原菌すらいない。


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雪はあり余るほどあるが、水は雪から作るしかない。気温はマイナス50度付近だ。

そこには8人の男がいるだけで、科学者に混じって、一人の料理人がいた。西村淳。原作者の名前だ。その西村を演じるのが堺雅人。なぜか料理人の役を無難にこなす。


それで、結構話題になった映画だが、ちょっとケチをつけると女優がほとんど登場しない。まあ、8人の異分野の研究者たちが、料理を食べるという共通項でつながる。

そして、極寒の地で食べられるのは、実は高級食材。洋食や和食で男たちの心を和ませるのだが、実は日本の中年男性の好物は高級食材ではなく、夜食で食べるインスタントラーメン。料理人の目を盗んで夜間、調理室でこっそりラーメンを食べるので、ついに、任期の半ばでラーメンが底をつく。

そうなると、基地内がパニックになる。ただし、その分、他の高級食材が余ってきて、調理人は、ついに「イセエビ」の海老フライを揚げてみる。

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そして、朝食から「カニ料理」ということになるわけだ。

懸案のラーメンについては、任期終了の直前、ベーキングパウダーから炭酸水を作り、それをかん水として利用し、小麦粉を打つことにより、ついに完成に至るわけだ。

なんとなく思うのだが、この映画には、本来映画に必要な要素である「ストーリー」がない。一つ一つが面白いエピソードをつなげているが、それを見て、何を思えばいいのだろうか。
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