白夢国覚書(海宝明著)

2010-03-22 00:00:41 | 書評
hakumu副題が「ある銀行マンの見たヨーロッパ」とある通り、本著は欧州(ベルギー・ブラッセル)と日本の比較文化論であるとともに、1990年代初頭の邦銀の中で通用していた「常識」が、現代の企業の「常識」とかなりずれていた、というインサイダーレポートという、二つの軸を持っている。

ところで、堅い話は置いて、著者を知っているわけだ。将棋が強いバンカー(銀行員)だった。おカネが好きなプロ棋士というのもいるが、結構、経理マンには将棋が強い人も多い。詰将棋なんか、決算書を創るのと似ているのだろうか。横道にそれた。

昨年末、知人たちのアジト(いや失礼)になっている和食店で酔っ払っていると、彼が中央公論の編集者とともにやってきて、「今度、本出しましたから」とカバンの中から一冊手渡し、風のように姿をくらましたわけだ。

サインをもらうべきところ、ついうっかりしていて、さらに、本の一部を醤油で汚すという始末だったのだが、その後、本著を読む前に、彼の推奨である岩倉使節団の欧米ツアー記にとりかかっていたので、つい三カ月も読むのが遅れてしまったのだが、先日、仕事場(本当は社内では仕事してないのだが)に突如訪問の奇襲を受けてしまった。

まったく読んでいない本のことを読んだかの如く語ることは不可能なので、ややバツ悪し。

ということで、やっと読み終わり、間の抜けたメールを送ったりした。

冒頭に書いたとおり、本書には、ベルギー人のアイデンティティのことと、銀行マンのことと二つの軸があるのだが、もっとも笑ったのが、本店の要人を出迎えて、フランス料理店で社内接待するところだ。

まず、フランス料理の下見に行って、読めないメニュウを読むふりをすること。ワインのセレクトも同類だ。(本書には書かれていないが、いかなる準備も、もちろん客人が勝手に注文したら、ムダに終わる。)さらに、広い空港で、客人が迎えのハイヤーを長い時間待つことがないように、空港内に4台の貸し切りハイヤーを循環させて、もっとも近いハイヤーが駆け付けるように計画したそうだ。費用4倍だ。

これと最も似ているシチュエーションは、要人暗殺団だ。

(これも本書には書かれていないが、西武グループの堤将軍が一時、常にハイヤーを二台並べて走っていて、不意の車両故障に備えていたことを思い出す。三和銀行はまだかわいいかも。)

次に、メインじゃないことで恐縮だが、著者はベルギー人の友人から、一度、お城見学に誘われたそうだ。日本と異なり、欧州では今でも城に住んでいる貴族がいる。(今、日本ではお城に住んでいる家系は一つしかない。)私もお城ファンの片隅なので、そのあたりの欧州の事情について、後でメールで確認してみた。

やはり、居住に向いているのは、戦闘用のシャトーではなく、近世以降は平屋建て構造とのこと。日本と同じだった。

そして、ベルギー人特有の茫洋とした性格。著者は、ベルギー人のことをあの手この手で書き連ねるのだが、これがなかなかの苦労だ。特徴がなかなか言いにくい。

思うに、欧州というのは、各国別には、似て非なる物ではなく、似てもなければ非でもあるのだが、何となくジグソーパズルのように全体が集まると、「それが欧州」ということになるのだろうか。

多くの国は歴史のある時間、ナンバーワンだった。ギリシア、ローマ、オランダ、ポルトガル、スペイン、英国、フランス(ナポレオン)、そして最後に失敗したのがドイツ(ヒトラー)。一方で、チャンピオンになったことのない国もある。その代表がベルギーなのだろうか。

ベルギー人の有名人。Wikipediaに、ベルギー人の一覧という変な1ページがある。正直、3人しか知らない。オードリー・ヘップバーン(女優)、カール・ゴッチ(レスラー)、エルキュール・ポアロ(探偵)。ただし、一人は実在しない。


ところで、著者が勤めていた都銀は、結局、数回の合併の末、三菱東京UFJ銀行となる。主な母体は、三菱、東銀、三和、東海ということだろうが、当時、海外に強かったはずの東銀は国内で無謀な融資を始め、国内派だった三和はあわてて海外侵攻に突入、手薄になった阪神地区を名古屋中心だった東海が攻めはじめ、結局、当時から今まで何もしない三菱が生き残ったということを思えば、ちょっとむなしい。