1960年代の肖像(後藤正治著)

2010-03-17 00:00:18 | 書評
1960nenまず、この著書。「岩波現代文庫」である。岩波書店の本は、確か出版社が売切制(返品お断り)だったはず。そういうことで、町の小さな本屋では売られていないことが多い。さらに、岩波文庫については、著者のすべてが冥界入りしているはずである。著作権切れを待って一儲けしようと思っていても、気が長い話である。というわけでもないだろうが、新たに、生存中の著者のために「岩波現代文庫」が誕生したのだろうか。

1960年代日本の何人かの人物をとりあげたノンフィクションである。著者は後藤正治氏。

だが、少し暗い。

思うに、ノンフィクションライターといってもタイプは様々。ネアカで、本来悲しい運命の主人公に対しても、「こうして、●●は、貧困と絶望の中でこの世を去ったのだが、現在の最高級の評価を考えれば、案外、墓石の下で大笑いをしているのかもしれない」とか勝手に書く人もいる。また、新聞記者や刑事のように証拠を積み上げて事実風に書きあげるタイプもいる。

しかし、後藤正治氏のタイプは、まったくのネクラ風と見かける。

まず、本書でとりあげる1960年代のヒーローは5組。

藤圭子。
 滅びの演歌と名付けている。不幸がワンピースを着て歩いている、と表現。『新宿の女』のヒットと、それが完成するまでの秘話から始まるわけだが、そんな個人的な秘密を調査してもいいのだろうか。彼女に関連する様々な群像が描かれるが、唯一、藤圭子本人は、インタヴューに応じなかったそうだ。

ファイティング原田。
 彼のことは、ちょっとしたことで知っているのだが、基本的に紳士である。だから、いくらほじくっても暗い話は出てこない。一方、デビュー当時、三羽カラスといわれた原田、海老原、青木を並べ、海老原、青木のことを追う。海老原はごくありがちな小さな成功を積み上げ、彼なりの名声を得るのだが、飲み過ぎがたたり早世してしまう。残念ながら問題児だった青木勝利の行方を著者がつかむことはできなかった。

ボビー・チャールトン、ジョージ・ベスト、ビートルズ。
 英国人シリーズの中では、いくつかの疑問もあるのだが、まあ自分で調べることにする。

戦後最高の名馬シンザン。
 成功物語のところよりも、36歳で大往生したシンザンの晩年の姿が、胸に重い。60ページのうちの最後の1ページなのだけど。本書で一番のページ。立ち読みする人のために書いておくと247ページの最後の方から248ページにかけてである。

吉本隆明。
 つらつら思えば、彼は予言者だったのか。ということに気づく。何か読んでみようかと思うのだが、現在の思想を予言した過去の書物を読むというのは、実はつまらないことではないだろうか、とも思えて、少し考えることにする。