イエロー・ジャーナリズム?

2018-02-20 00:00:00 | 市民A
約2年間、暴露雑誌が売り上げを伸ばしていたのだが、二つの報道から、違和感を感じ始めた人が増えているように思える。奇しくもどちらも「小室」関連なのだが。

振り返ると、複数の雑誌が取り上げたスクープ記事は、「ベッキー」「甘利」「宮崎」「ジャイアンツ野球賭博」「舛添乱費」「山尾」「今井」「森友」「加計」・・・その他多数なのだが、特徴があるのは、「秘密性」というよりも「不公正」というところの要素が大きいような気がする。

テレビで活躍している姿とはまったく異なるタレントの実態(もともと虚像なのだが)に騙されていたことに気が付くというパターンがある。

公明正大であるべき政治家が嘘をついていたパターン。

やっては絶対いけないはずの野球選手の賭博。

一般国民には厚い壁である国家権力の忖度。

パワハラ、セクハラ、うそつき。もみ消しの類。

つまり「アンフェア」。


ところで、両小室事案だが、

小室哲哉の件。小室哲哉という存在は、虚像ではないわけで、作曲家をやってお金を稼いだわけだ(そして派手に遣ってしまった)。それはみんな知っているわけで、そういう能力のある人は、大衆からは妬まれないわけだ(同業の作曲家からは別として)。ストーリーに登場した看護師という職業も、みんなが知っているように、激務であり、それに対する報酬が少ないことが言われている。つまり、もともとアンフェアではない人たちのわけだ。

そしてもう一つの小室家のことというのは、今のところ当人には責任がないことになっている。こどもが婚約したから親が婚約破棄したとしても、少なくても子供の責任はないはずだ。こどもの問題に親が責任があるというのには一分の理がある場合もあるが、逆はない。少なくとも小室家は普通の家庭なのだから、色々なことがあってもよくある話であるわけで、皇族でなくなる人と普通の人に対して行き過ぎ報道もいいところだ。

イエロー・ジャーナリズムの本家である英国だって、皇位継承権のある第二王子の花嫁の肌の色がちょっと違うとかバツイチだとか言わないことになっている(むしろ英皇室内に漂っているようだが)のに、日本はかなりの勘違い報道なのだろう。

といっても、買う人が一人もいなくなったら成り立たないのが雑誌の「定め」で、雑誌ほど勃興の激しい出版ジャンルはないのだから、その運命は一人一人の読者の財布が決めればいいのかもしれない。