国マニア(吉田一郎著)

2008-08-29 00:00:33 | 書評
吉田一郎さん、というのも随分普通の名前だ。本を書くならもっと奇抜なペンネームを付けたらいいのに、と思ってみるが、もしかしたら本名が奇抜なので、ペンネームを平凡にしたのかもしれない。



このネーミングの問題は、本書自体にもあり、「国マニア・世界の珍国、奇妙な地域へ!」。また帯には「考えちゃう人に贈るオモシロ世界地図」と、なんだかファニーな書みたいだが、内容は全然違うのだ。「交通新聞社」というマイナー出版社の頭脳を絞りに絞ってこういう題名になったのだろうか。う~ん。

さて、この本は主に「とても小さく、変わった国」を紹介している。とはいっても世界の約200の国は国連に加盟しているのだが、たとえば自治州とか勝手に独立している国とか領土のない国とか、そういうことに知見のある人は少ないだろう。

今も生きる十字軍の騎士たちの領土なき国家「マルタ騎士団」とか、飛び地の飛び地の飛び地の「クチビハール」とか、東ローマ帝国の勅令が生きる女人禁制の山「聖山修道院自治州(アトス山)」とか。

多くは、冗談のような国なのだが、よく考えると、冗談や虚構ではなく、リアルである。リアルになっているには、深い歴史や現代のパワーバランスとか、軽重様々な理由がある。それを読むと、この本は民族の血と汗と涙を軽いタッチで描いた奇書、ということになるのだろう。

恥ずかしながら、現代社会には知らないことが山のようにあることがわかった。

例えば、今話題の、グルジア問題。アブハジア共和国と南オセチア共和国のことが書かれている。要するに複雑なわけだ。ソ連の崩壊が始まったのは1989年で、そのあと、グルジアは独立し、ロシアと境界を接することになったのだが、その時には、これらの地域には、ロシア人が多く住んでいたそうだ。その後、十数年間でロシア系住民は難民として相当数、国外に追い出されてしまう。だから、出発点をどこにとるかによって、絶対的にロシアが悪いとも言い切れない部分があるようだ。

ただし、南オセチアは純粋にロシアシンパが多いそうだが、アブハジアの方は現在はイスラム系住民がグルジアから分かれたがっていて、それを政治的にロシアがバックアップしているらしい。同様に次のグルジア内の火種は南部のアジャリア自治共和国。結構、グルジア派とロシア派が拮抗しているらしい。

同様のことが、ウクライナの中にあるクリミヤ共和国にもあって、ロシアが西側からの領土奪回を狙っている場所らしい。

どうも20世紀までは、人種淘汰は「殺人」によって行なわれるのが常だったのが、最近は「追い出す」という方法に変わったようだ。少しは人類も賢くなったのだろうか。

さて、色々、勉強になるのが、ナウル共和国。世界で3番目に小さな国である。ニューギニアの沖の方の島で、遠い昔のアホウドリの糞がリン鉱石になり、それを掘れば、いくらでもカネになるものの、掘りつくしてしまえば、何もなくなる、と以前、学校で教わったのだが、実際に21世紀に入る頃、掘りつくしてしまったそうだ。そして、ほぼ国家破産状態になったものの、100年間遊び暮らしたつけで、勤労意欲のある国民は、ほぼゼロのようだ。なにしろ、糖尿病の比率が世界で最も高いそうだ。

同様に資源枯渇に脅え始めた国がドバイだそうで、周辺の中東国家は、まだまだ余裕しゃくしゃくなのに、そろそろ第二の道を探さなければならなくなっているらしい。大リゾート地に急ピッチで突き進んでいるのにはわけがあった。(その枯渇しそうで割高な原油(ドバイ原油)を、日本向け原油価格の指標としている中東各国のしたたかさにも舌を巻くわけだ)

そして、ツバル。平均高度2メートルの国土が温暖化で沈んでしまう、というなら、オランダのように堤防を築けばいいじゃないかと、思っていたのだが、本書によれば、ツバルの国土は珊瑚礁でできていて、スポンジのように地面から海水が染み出してくるそうなのだ。つまり堤防作戦はダメだ。いくつかの国からは、無人島提供の善意の声があるそうなのだが、多くのキリスト教徒は、国土が沈まないように神様がついている、と信じているため、全員脱出もまた困難らしい。日韓共同事業で竹島を寄贈したらいいような気もするが、いくらなんでも狭すぎるだろうか。

ところで、この本の「まえがき」でちょっとしたクイズが出題されている。

「東アジアにはいくつ国があるでしょう」

ところが、これが難問。正解はない、といってもいい。

例えば、

日本が承認している国は、日本、韓国、モンゴル、中国の4カ国

韓国の見解は、日本と同じで4カ国

北朝鮮の見解は、北朝鮮、中国、モンゴルの3カ国

モンゴルの見解は、日本、韓国、北朝鮮、中国、モンゴルの5カ国

中国の見解も、モンゴルと同じで5カ国

台湾の見解は1カ国(中華民国)だが、日本と韓国の存在は認めていて、モンゴルは自国の領土だそうだ。

国連加盟は日本、韓国、北朝鮮、中国、モンゴルの五カ国。

オリンピックは、日本、韓国、北朝鮮、モンゴル、中国、台湾、香港の七カ国。

ワールドカップは、さらにマカオが加わって8カ国。

一方、自ら独立国と主張している国は、日本、韓国、北朝鮮、モンゴル、中国×2、東トルキスタンの7ということになる。かろうじてチベットは入らない。東トルキスタンは2004年に米国内に亡命政府ができたそうだ。