文藝春秋 2013年 09月号 [雑誌] 価格:¥ 890(税込) 発売日:2013-08-10 |
それで、久しぶりに読んだ。それでも、これでまた「受賞作を読む」といふ課題を再度実行しようといふ気にはならなかつた。不気味な内容で、女同士の恐ろしいやり取りに、おののくやうな印象もあるが、それは小説の世界であつて、こんな世界がそのまま日常にあるほど、私たちの世界は荒んではゐまい。ホラー映画を見て、それが日常だと思ふ人がゐないのと同じである。そして、「3.11」の悲惨さにたいして同情するのが当然といふ空気のなかで、「怖いと言った。言っただけだった。恐怖はつるつるとあなたの表面を滑っていった。」と書けるのは、日常の観察としては正確だと思ふ。作者が受賞の言葉として「小説は情報だということをいつも意識している。」と書いてゐるが、この挑発的な言葉の正否は措くとしても、自らの作品で実行してゐるについては認めていいと思ふ。
選評については、あの池澤夏樹がやめたから、とんでもない勘違ひがなくなつて、読み物としては面白くない。が、それだけ現実的な批評が読めていい。小説とそれに対する批評が、同じ媒体のなかで読めるといふのは、芥川賞の存在価値の一つである。
宮本輝が、かう書いてゐる。「過度な深読みなしではただの文章の垂れ流しでしかないという作品が芥川賞の候補作となるようになって久しい。新しい書き手のなかには、読み手に深読みを強要させる小説にこそ文学性の濃さがあると錯覚している人が、ひとむかし前よりも増えてきたと思う。」といふ言葉が面白かつた。私は、勝手に、それが「きことわ」「abさんご」への批判に読んで、一人溜飲を下げた。一人よがりであらうか。