言葉の救はれ・時代と文學

言葉は道具であるなら、もつとそれを使ひこなせるやうに、こちらを磨く必要がある。日常生活の言葉遣ひを吟味し、言葉に学ばう。

時事評論――最新號

2011年09月21日 08時50分06秒 | 告知

○時事評論の最新號の目次を以下に記します。どうぞ御關心がありましたら、御購讀ください。1部200圓、年間では2000圓です。 (いちばん下に、問合はせ先があります。)

 「反時代的考察」などといふ大仰な見出しで、現代社會論を書かせてもらつた。ここ二三年、ずつと私は「待つしかない」といふ思ひで現状を眺めてゐる。「眺めてゐる」と書けば、ずゐぶんと無責任な言ひかたになるが、さうするしかないといふ思ひである。前首相にたいしてもその行動には我慢がならないといふ感情は私も共有してゐるが、民主黨に一票投じた責任をいやでも痛感すべきと考へることのはうが、民主主義といふものの愚かさの學習につながると考へて、我慢してゐた。じつに愚かなことであつた。

   そして、このやうにして大東亞戰爭といふものも起きたのだらうと考へるやうになつた。意志の力で惡事が起きないのが私たちの社會である。良かれと思つて策を講じると、大惡を招く。それを歴史の力と表してもよいだらうが、それが私たちの國柄である。

  かうした時代状況のなかで、保守主義者は何を語るべきか。それを書いたのが本稿である。

   私はこの夏、エリオットの詩を愛讀してゐた。英語が出來ないのでもつぱら日本語譯であるが、以前にもこの欄で觸れた「うつろな人間」は原詩も讀んでみた。そんな最中に、どぜうの詩に人生を託す我國の總理大臣の誕生を聞き、その貧困さが身に沁みた。

  エリオットの精神こそが社會や歴史を動かす「支點」になるだらうと考へた。

  それから、連載二囘目の留守先生の「この世が舞臺」が面白い。「いちご寒」とは、日本にはない言葉であるが、「花冷え」などと同じ言葉であらう。このR・P・ウォーレンの小説を紹介しながら、「經驗の世界」と眞に對峙しない私たち日本人、といふ指摘はいつもながら刺戟的であつた。さうなのである。

 

歴史は誰が作るのか――反時代的考察

                文藝評論家 前田嘉則

元兇は「小選擧區比例代表竝立制」

      ―政界再編可能な「中選擧區制」に改善せよ〈上〉―                

                       政治評論家  伊藤達美

教育隨想       

      育鵬社教科書の大躍進と、その波及效果 (勝)

サイバー攻撃と安全保障

      ―「專守防衞」政策では對應できぬ攻撃手法―                

                    大阪國際大學准教授  安保克也

この世が舞臺

     「いちご寒」                                    

                     圭書房主宰   留守晴夫

コラム

        金メッキ人事  (菊)

        讀間違ひの意味 (柴田裕三)

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コメント (6)
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