三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

今月22日の裁判(口頭弁論)を前にして 6

2014年05月14日 | 紀州鉱山
■原告準備書面(2)
(六)「熊野市紀和鉱山資料館」問題・「英国人墓地」問題

 被告熊野市が設置した熊野市紀和鉱山資料館には、紀州鉱山に強制連行され強制労働させられた英国人兵捕虜については、「戦時下で徴兵によって減少した労働力を補うため英国人兵捕虜を働かせた」ことを人形などをつかって説明されており、紀州鉱山で死亡した16人の英国人兵捕虜の名前が刻まれた碑の写真パネルなどが展示されている。
「熊野市紀和鉱山資料館条例」の第1条には、つぎのように書かれている。
   「本市における鉱山の歴史及び民俗に関する伝統文化を永く後世に伝えるため、貴重な資料を収集し、収蔵し、保存し、及び
   展示し地域文化の発展に寄与することを目的として、熊野市紀和鉱山資料館を設置する」。
 つまり、被告熊野市は英国人捕虜の強制労働にかんする資料の保存を、みずからの行政責任において、熊野市の「地域文化の発展に寄与する」資料として「収集し、収蔵し、保存し、及び展示」しているのである。その熊野市が紀州鉱山の朝鮮人の強制労働とその死者について、どうして「知らない」などと言えるのか。
 被告熊野市は、紀州鉱山で死亡した16人の英国人兵捕虜にかかわる「英国人墓地」を熊野市の文化財に指定し、郷土の歴史的な資料として保存している。
 だが、紀州鉱山に強制連行され強制労働で死亡した朝鮮人犠牲者については、なにもしてこなかった。
 熊野市が「英国人墓地」を市の文化財に指定しているのは、いまは熊野市に併合されている紀和町が1965年にこれを文化財に指定したのを踏襲したからだと言うが、熊野市は、これが文化財に指定された理由を、「わからない」と言う。熊野市指定文化財の指定の経緯も、文化財に指定をした主旨も、当の熊野市が説明できない、というのは異常なことである。
 文化財保護法では文化財を「学術上歴史上価値が高いもの」と定めている。熊野市は、「英国人墓地」がどのような意味で「学術上歴史上価値が高いもの」と判断したのかを説明できないまま、文化財に指定しつづけ、保護しているのである。
 それだけでなく、被告熊野市は「英国人墓地」に固定資産税を課税しない理由を、あたかも文化財指定とはまったく関係のないかのように言い、この土地は石原産業から寄贈を受け、被告に帰属したものだから、固定資産税が課せられていないのだ、と主張している。
 だが、熊野市が「英国人墓地」を文化財に指定したことは、「英国人墓地」が文化財という公共の財産であることを承認したからではないのか。石原産業から寄贈を受けたのも、「英国人墓地」を文化財として指定しているからではないのか。
 1965年に「外国人墓地」を文化財に指定したのも、1978年にその敷地の石原産業からの寄贈を受け入れたのも、ともに旧紀和町がみずからの意思と判断においてやったことであり、熊野市は旧紀和町のこの意思と判断を踏襲し、2005年に「外人墓地」を「英国人墓地」と改称して熊野市の指定文化財をしているのではないか。
 英国人墓地に「学術的歴史的な価値」があると判断した被告熊野市は、紀州鉱山における英国人捕虜の「墓地」に公的な意味を認めているのではないか。
 熊野市は「英国人捕虜」の紀州鉱山での犠牲者を追悼する「墓地」を公共の土地として認めていながら、紀州鉱山で働かされ死亡した朝鮮人については、労働の実態も、犠牲者の名前も、遺骨の所在も知ろうとしない。それどころか、犠牲となった朝鮮人の追悼碑の敷地に課税するという行政犯罪をおこなっている。


■原告準備書面(2) 
(七)「「親書」を手渡したことは認め、その余は知らない」と主張する無恥

 「答弁書」の「第3 請求原因に対する認否」の1の②のには、「「3 韓国での批判・抗議行動」のうち、2012年4月3日(原文は元号使用)、金昌淑韓国慶尚北道道議会議員が中田悦生熊野市議会議長に慶尚北道道議会議長の「親書」を手渡したことは認め、その余は知らない」と書かれている。
 この「親書」は、慶尚北道議会の議決にもとづき、慶尚北道議会の李相孝議長が中田悦生熊野市議会議長にあてて書いたものである。2012年4月3日に慶尚北道議員団が熊野市議会を公式訪問し、中田悦生熊野市議会議長と岩本育久副議長と面談したさい、熊野市を公式訪問した慶尚北道議員団の金昌淑団長が中田悦生熊野市議会議長に直接手渡した。「親書」の日本語版には、
   「今度、私を変わりに(ママ)慶尚北道議會議員訪問団は熊野市の紀州鉱山で亡くなられた韓國人に對する眞實糾明と追悼碑
   敷地の課税撤回を要求するため熊野市議會の議長様を訪問する事になりました。
    熊野市議會も紀州鉱山で行われた不幸な事件に對して關心を持って歷史的な眞實糾明のためにご協力をお願い申し上げます。
    これからも両議會がお互いに信や友好協力と共により活發な交流が行われる事を願っております」、
と書かれてあった。
 これにたいして、中田悦生熊野市議会議長が「関心を持って勉強していきたい。係争中なのでコメントできない」と答えたことが新聞で報道された(甲第17号証・第18号証)。
 「親書」が求める真相糾明は、被告熊野市の責任においてなされるべきものである。また、課税撤廃は、課税者たる熊野市がなすべきことである。
 このときの公式面談および「親書」の内容は、当然、熊野市長にも、熊野市議会正副議長から公式業務の一環として報告されているはずである。
 それにもかかわらず、被告熊野市は、「その余は知らない」と偽りを述べ、裁判所を愚弄している。被告熊野市が「その余は知らない」とここで言っていることが、この「答弁書」全体の虚偽性を明白に示している。
 熊野市の虚言を示すためにも、2013年6月20日付け「証拠申出書」で申請した金昌淑大韓民国慶尚北道議会議員の「証人尋問」を、ここで再度、裁判官に要請する。


■原告準備書面(2)
(八)租税法律主義・租税公平主義について

 「答弁書」の第4の末部(10頁)で、被告熊野市は、
   「租税法律主義や租税公平主義に鑑み、市長にはその判断について自由裁量権を有するのではない」
と主張している。
 しかし、地方税法第6条(公益等に因る課税免除)第1項では、
   「地方団体は、公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合においては、課税をしないことができる」
とされている。追悼碑の土地が、公益性よりも広い概念をふくむ言葉として使用される公共性を有していることは、使用目的と使用状況をみれば明らかであるから、同法第6条により課税が免除されなければならない。
 また、地方税法第367条(固定資産税の減免)では、
   「市町村長は、天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要とすると認める者、貧困に因り生活のため
   公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、固定資産税を減免するこ
   とができる」
とされている。
 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する土地は、紀州鉱山の真実を明らかにする会が法人でないために原告ら5人が所有者として登記したものであり、原告らが私的に利用したり利益を得たりする目的のために購入したのではない。
 原告ら5人は、地方税法367条でいう「特別の事情がある者」に該当し、当該土地は、熊野市税条例第71条1項4号の「特別な理由があると市長が認定する固定資産」に該当する。
 紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する碑を建立する歴史的な経緯と社会的な状況を認識するならば、地方税法6条、地方税法367条、熊野市税条例71条1項4号にもとづき、土地税が免除されなければならない。
 日本政府(地方政府をふくむ)と日本企業が法律にもとづいて朝鮮人を紀州鉱山に連行した事実とその朝鮮人の数十名を死に至らしめた事実を明らかにすることは、歴史の真実を究明することである。
 被告熊野市が、紀州鉱山への朝鮮人強制連行・強制労働という非人道的な行為に加担したことを反省し、犠牲者に謝罪し、犠牲者を追悼することによって責任の一旦を果たしていくことは、人権の尊重を旨とする社会の実現に寄与するものである。
 租税において、「租税法律主義」と「租税公平主義」が原則とされているのは、国家や地方自治体の不当な課税から市民を守るためである。この原則を担保するために、地方税法6条、367条、熊野市税条例71条が設けられているのである。これらの法律・条例が正しく解釈され、厳密に適用されてこそ、「租税法律主義」と「租税公平主義」といえる。
 被告熊野市は、
   「そこでいう「特別の事情」とは地方税法6条1項の「地方団体は、公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合において
   は、課税しないことができる」とする」(答弁書9頁、21行目~24行目)
と主張しているが、この条文では、「公益上」と「その他の事由」が区別されている。
 それにもかかわらず、被告は、この区別を無視して、
   「しかして、〔熊野市税条例71条1項〕4号の「特別な理由」とは「公益上その他の事由に因り課税を不適当とする場合」であると
   解されるところ、特定の個人や団体とは離れて公の利益のため固定資産が使用され、当該固定資産の納税義務者個人に固定資産
   税を負担させるのが相当でないとみられる場合に限って認められると解するのが相当である」(「答弁書」10頁7~11行目)
と主張している。
 しかし、熊野市税条例71条(固定資産税の減免)では、(1)が貧困、(2)が公益、(3)が災害、(4)が特別な理由であるが、この(4)の特別な理由が「公の利益」に限るのだとすると、(2)の公益とダブルことになり、(4)の規定の文言「前3号に掲げるもののほか、特別な理由がある……」という文言と矛盾することを主張することになることから、被告の法解釈は誤っている
 「租税法律主義や租税公平主義に鑑み、市長にはその判断について自由裁量を有するものではない」(「答弁書」10頁12~13行目)という被告熊野市の主張は、地方税法6条・367条、熊野市税条例71条1項4号の解釈を誤っており、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑の土地に熊野市長が不当に課税したことを「弁明」しようとする詭弁である。
 熊野市長は、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑の敷地への課税を免除することによって、租税法律主義や租税公平主義という法の精神をまもることができるのである。市長にはそのような自由裁量権がある。
 市長が紀州鉱山で亡くなった朝鮮人を追悼する土地にたいする固定資産税を免除すべき根本理由は、「紀州鉱山への朝鮮人強制連行」、「紀州鉱山での朝鮮人強制労働」という歴史的事実である。
 それについて、被告熊野市が「知らない」と強弁することは、地方税法・熊野市税条例を厳密に尊守して紀州鉱山の朝鮮人追悼碑の土地にたいする課税を免除するという法的・社会的判断を回避する行為である。それは、公正な裁判を妨害する行為である。
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